1.
「ただいま」
7時20分自宅到着
IDカードスラッシュ!
ピッという音とともに開錠されてドアが開く
最初はハイテクだと感心したこれも、今じゃ結構慣れてしまった
「あれ、電気がついてない」
ドアが開いて中に入るといつもなら見える居間の蛍光灯の光が見えない
まだ仕事から帰ってないのかと思ったものの、しかしこなたの仕事用の革靴はある
「こなた~?」
呼びかけるも返事はなし
とりあえずスイッチを入れて照明をオンにする
”入るな危険”
そんな文字が踊った紙がこなたの部屋の扉に張ってあった
「…っのやろう、拗ねてんのか?」
ノックノック、しかし反応なし
扉の下から光が漏れてるのが見えるし居るのは確かのはずだが…
「おい! こなたなにやってんだ?」
返事なし、なにやらごそごそやってる音は聞こえたものの
そもそもとして返答する気がゼロのようだ
「お~い、拗ねたスネオ君?」
「うるさいやい!」
「なにしょぼくれてんだよ」
「しょぼくれてないよ! 拗ねても無いよ!」
んだよ、元気じゃん
あれだ、あれだ、反抗期だ。多分。
きっと起こしてもらえずしかも放置を食らったことに気を悪くしてるのだろう
「俺が悪かったよ、今度はお前も誘うしさ。でも俺のクラスの連中だし
お前を連れてくわけにはいかんだろ」
「けっ、そんなことわかっとるわい
私がお気に召さんのは、言わんで言ったことじゃい
つまりそれってあれじゃん? 私がついて行くって言うと思ってたわけじゃん?」
「…」
なるほど、怒りの根幹はべつのところか
「いや、それに関してはまったく俺がわるかったよ」
「明日の晩飯はキョンが作れよー」
明日はこなたの当番日
「しゃあねぇな、好きなもん作ってやるから出て来い」
「妥協案呑んだからってえらそうにすんなよなー」
ドアが開き、こなたがこっちを向いてるのが見えた…のは一瞬で
次の瞬間には顔にクッションが飛んできた
2.
「長門のIDカード?」
俺は喜緑さんの皿にシチューをよそう手を止めて聞きかえした
「そう、これはキョン君の分ね。先日カードの更新があったんだけどあの子に渡すのを忘れていて」
「長門の…ね」
先日の公園での会話を回想
「だが何で俺に頼むんですか?」
「明日は有希の実験があるのよ、だから今渡しとかないと明日締め出し食らっちゃうの」
「なるほど」
実験、再起動実験だったか?
そういえば零号機のカラーとか外見とかってどうなんだろうか、初号機がそれなりに派手だからな
似た感じなのか、どうだろうか。しかしここで聞くのもまずいな
俺は長門とあの日あってないしその辺の会話もしていない
つまり俺は長門に関しての情報はまったく持ってないのが前提として現在ある
今日は火曜日
あの時は土曜日で長門は来週と言っていた
多分、間違いないのだろうとは思うが
しかし聞きたくても聞けないっていうこの中途半端感は嫌だな
「いや、今日渡さないといけないのはわかりますけど。なんで俺に?
長門もパイロットならここに住んでるんですよね?」
「キョン、それは違うよ?」
「は?」
「有希はね、開発地区のマンションに住んでる」
開発地区、それは逆を返せばいまだに工事中で
煌びやかな中央地区とは対をなす廃墟のような場所も少なくない
しかもあの辺りのマンションと言えばd地区のものだろうが
あれは小学生が『お化けがいるんだぜー』と半ば以上本気で言っている辺りだ
「なんでそんなところに?」
「本人が希望したんだよ」
「長門が?」
「ここはうるさすぎるですって、彼女には」
こなたと喜緑さん、二人は俺よりも長く長門と付き合ってるはずの二人
しかしその顔には、この間まで俺がしていた長門という個人に対する誤解の色が見え隠れしていた
あの子は仕方がないと、問題児を見てみぬ振りするような色が
「わかりました、つまり明日本部に向かうまで、放課後までには渡せばいいんですね」
「そうよ、頼んだわねキョン君」
「了解です」
ふと、カードの写真に目をやる
無表情な長門の顔……、こりゃ誤解を招いても仕方が無いか
「なにぃ? キョンは有希みたいのがお好み?」
「お前よりは女の子らしいのは確かだな」
「ひどっ!」
こなたの相手は面倒だ
無視すれば角が立つし、まじめに受けても馬鹿を見る
適度に流すのが何事も一番である。まる。
「ま、とにかくせっかく作ったんです冷める前に食べてください」
カードは一先ずポケットにしまい
俺はとりあえず夕飯に思考を切り替える
冷めたシチューは上顎にざらざらしたのが残るんだよな
「これキョン君が作ったの?」
「えぇ、一応ここに来るまでは一人暮らしで自炊してましたから」
クロワッサンをちぎりながらシチューを食べる喜緑さん
こなたはもう慣れたが彼女に食べてもらうのは初めてで
多少戸惑う、喜緑さんはお世辞とか言わないタイプっぽいし
悪ければ一言で切り捨てそうだ
「…とても美味しいわ、泉さんは毎日食べてるのね。羨ましい」
「ん、交代制で交互に作ってるんだけどね」
こなたはスプーンを銜えながら喋る
言葉を口にするたびに銀のスプーンが上下して非常に目障りである
「あら、じゃあ私は運が良かったのね」
「それはどういう意味?」
「さぁて、どういう意味かしらね?」
「なら私の料理を今度食べさせてあげるよえみりさん」
「あれ、遠慮させてもらうわ。仕事に支障が出るから」
「私とキョンは二日に一回は食べてます!」
「免疫ね、人間の身体の神秘は科学じゃ解明できないところまで発展してるのよ」
「えみりさん!」
「うふふふ」
…その間俺はただただ黙々と食べることに専念させていただいた
いや、喜緑さんも食べる手を止めてるわけじゃない
ただ同時にこなたをいじくって遊んでるわけだが
しかし、喜緑さん。あやのと似たような温和な雰囲気を持ちと同じような笑い方をする彼女は
心根が少々強靭だった、結構この人毒を吐く
「…ご馳走様」
「あれ、キョンもう食べ終わったの?」
「すでに結構時間が経ってることを時計を見て確認して、それでももう一度同じ台詞を言ってみたら褒めてやる」
「私もご馳走様、美味しかったわキョン君。またご馳走してくれる?」
「えぇいいですよ」
本音を言うとこなたと同席してない状況でという条件をだそうと思ったが自重
「d地区、か」
長門は一体なにを思い、なにを考えてあんなところに住もうとしたのだろうか
まるで誤解を自ら招くようなその行動の裏に何があるのか
「もしくはなにもないのか」
まぁなんだっていいさ誰に聞けるわけも無い
特に本人なんかに聞けるはずも無い事だ、俺はただ明日長門にカードを渡せばいいだけだ
…だがとりあえず、なにをするよりも先にだ
「この二人を止めないといかんな」
まったくこなたも喜緑さんも仲がいいのか悪いのか…
3.
工事をする重機の重低音が響き
時折金属がぶつかり合う甲高い音がそれに混ざる
罅割れたコンクリートで視界を埋めるほどに乱立する劣化したマンション
この一室に長門が一人住まいを構えている
「403号室……どこの棟だよ」
長門の住んでるところがd地区のマンション403号室だというのわ聞いたが
しかしこれだけ複数同じ形をした長方体が立ち並ぶ荒土ともいえる中
その番号にあう部屋は棟の数と等しくある筈だ
時間が限られてるこの状況で、その数は途方も無い数字と取れる
一時間、大体あとその程度で長門は家を出て本部に向かい実験となる
それまでにこの広大な面積の住居から一室を探し出さなくてはならない
「無理だ」
考えるまでも無い、見えるだけで20棟はあるこの中から
たった一つを見つけるのは困難を極める
虱潰しをするには時間が足りない
ローラー作戦は人手と時間が第一前提なのだ
「ちくしょう、電話して聞くか……」
それが最善だろう、このまま渡せずに居たら
長門は締め出しをくらい、実験に間に合わず
またそれで喜緑さんにどやされるのは俺で
再起動実験が遅れれば戦闘に支障が出て、それで困るのもまた俺だった
「なにしてるの?」
学校帰りに直で来てたため
バックから携帯をとりだそうとしていた俺はしかしその行動を中途で止める羽目になった
「長門」
俺はそのままバックから手を離す
もう携帯を取り出す必要は無い
「私になにかよう?」
まるでここに居ることが長門関係の事柄に直結してるような物言いだったが
多分その通りなのだろう、思うにここには長門以外の住人なんて
それこそ小学生の言う”お化け”程度になってしまうだろう
だからその長門の顔見知りがこの辺りを歩いていれば
順当に考えて自分に用事があると思うのが普通か
「これ」
俺は携帯の変わりにカードを二つポケットから取り出す
えぇと、長門のはこっちだ
「IDカード、更新して新しいのを渡し損ねたからって喜緑さんが」
「そう、わざわざごめんなさい」
長門はそういって俺の差し出したカードを取る
その手にはビニール袋がカバンと一緒にぶら下がっていて
「買い物してきたのか?」
「…夕食と明日の分」
それは見たことのあるスーパーの袋だった
透けて見えるのは、レトルトのカレーやなにやらジャンクフードの類
「…」
べつに俺は女の子だから料理ができるべきといは言わない
俺は基本的に男尊女卑とまでは言わないが、あぁいう形をなしてた時代が一番良かったと思ってる人間だ
女権拡大? 吐き気が出る。
必要なのは性別に対する平等でなく実力に対する平等性だ
男はできて女はできない、そういったものに割り込んでなんだというのだ
できる女が居ればそれに対して平等でこそあれ、”女”と言う物に平等である必要なんて無い
―閑話休題
しかし、俺も同い年の連中よりは料理に一言持つ身
育ち盛りのこの年齢でその食生活は少し見過ごせないものがあるのも事実だ
せめて最低限の自活は女としてでわなく、人としてできて欲しいというものまた本音
言わないだけで考えてないわけじゃない
「長門、今日あの実験だろ?」
「えぇ」
「俺も訓練あるしさ、一緒に行っても構わないよな?」
「……構わない」
「よし! じゃあ!」
俺は、長門に少し遠くに停めてあるバイクを指差した
4.
「ついたぞ」
「…」
本部の駐車場、黒塗りの車が多いなか
こなたの赤いセダンや俺のバイクが目立つ
長門は着いて俺のヘルメットを返してから口を開かない
「バイク初めてか」
「…」
頷く長門
まぁそりゃそうか、この年で免許持ってるって言ったって原付とかばかりだしな
俺は意外と少数派、現在取ろうとしてる進行形が多数派
長門はスタスタとゲートに行ってしまい
俺は少し慌ててそれに続く、更新してもらったカードを通して
金属製の単体で1tあるんじゃないかというゲートが上下に開く
「長門の零号機って俺見たこと無いんだが…どんな感じなんだ?」
「感じとは?」
ここで俺は質問を質問で返すな!
ということも出来たがしかしそんなキャラじゃないので自粛
「あぁ…色とか、形とか。…基本特徴?」
「角が無い」
「へぇ…」
いや! べつに俺だって角が基本アビリティと思ってないぞ!?
う~ん、確かに初号機との相違ではあるがしかしまったくつかめない
「ま、見ればわかるって奴だな」
「百聞は一見にしかず」
「そ、それだ」
ま、それも今回の実験が成功し
次回以降の戦闘に零号機が参加すればの話だ
どうせ今日は見れないだろうからな、俺なんかをそんな実験に混ぜてくれるとは思えない
「…」
「…」
二人で黙って本部の長い廊下を歩く
俺はシンクロ、ハーモニクステストの後
インダクションモードというコンスタントに行ってるルーチンをこなすために模擬体のあるボックスへ
長門はどこかの実験室だろうとは思うが、詳しくはわからない
ただ今のところ道は同じようである
「あれ、キョンじゃん、有希と二人で珍しい」
ふいに後ろから声をかけられる
本部内で俺に個人的に声をかける人間は限られているが
しかしその中でも俺を呼び捨てにするのはこなただけだ
「カードを渡したついでにな、俺も訓練でも受けようかと」
なんとなく、やましいことも無いのに言い訳がましい口調になりながら説明する俺
まぁ実験を覗けやしないかと言う企みがあるのは事実だったのだが
こなたはだがそんな俺の心中を垣間見たかのように
「ん? 実験見てけばいいじゃん」
そう非常に軽い口調で言った
「いいのか? 関係ない人間入れて」
「関係なくないでしょ、同僚の実験だよ?
それにエヴァの搭乗準備やシンクロを客観的に見ることなんて無かったでしょ?
これもいい勉強だと思えばいいよ」
そういえばそうだな
俺がエヴァに乗るとき周りでどんな風に事態が進行してるのか
俺はまったく知らない、無知は罪だと言う
「ならばお言葉に甘えさせてもらうさ
実際零号機とやらを見てみたかったし」
「ならCブロックの第一起動実験室にゴーだよ」
「わかった」
起動実験室、つまりは起動実験専用のルームがあるのか
ならば起動に失敗することは成功する確率と比べて良くて五分悪ければ…
とまぁそれぐらいであると最初から織り込み済みか…
今回、本当に実験は成功するんだろうか?
「んふー、心配げだねキョン。眉間に皺が寄ってるよん」
「起動実験室と言う部屋があるだけでそれに足るだろう、つまり俺だってあの時起動させられなかったかも知れんわけだ」
「そうだね、あのときの初号機の起動確立がどれくらいだったか知りたい?」
あまり聞きたい事柄ではないのは確かだ
真実が想像よりよかったなんてことは、決してありはしないのだから
「オーナインシステムと呼ばれたんだよ」
「は?」
「0.000000001% それがあの時の初号機の起動確立だよ
起動させられなかったじゃないんだよ、本当。あの時起動できたのは奇跡としか言いようが無いんだよ」
「そうか…」
そりゃずいぶんと酷い数字だった
十億分の一? 飛行機事故に会う確立のさらに百分の一位か?
はっ、なら一つの宝くじで一等を当たられるじゃないか
「ま、いまは定期的に起動してるしキョンとの相性もいいみたいだしね
安定してるよ、ほぼ100%と言っていいくらいにね」
フォローなのかなんなのか、まぁいいさ
実際問題動きませんでしたなんて謝られてもどうしようもない状況だ
あの時動かなければ逃げられたのかとも考えたりはしない
動かなければあの場のみんなが死んでいただけだ
パシュッともはや聞きなれた圧縮空気の音が聞こえる
音につられて振り返ると、長門が居なかった
”更衣室”いつぞやの思考を思い出す、どうやら長門も自分のスーツがあるらしいが
「ん、先に私たちは行くことにしようか、実験室と搭乗場所は別の部屋だし」
「わかってる」
なにも言わずに行ってしまった長門に感じるものを覚え
しかしとりあえずはこなたについて先に進むことにした
「第一次接続開始」
「主電源コンタクト」
「稼動電圧臨界点を突破」
「フォーマットフェーズ2に以降」
「パイロット零号機と接続開始」
「回線開きます」
「パルス及びハーモニクス正常」
「シンクロ問題無し」
「オールナーブリンク終了、中枢神経素子に異常なし」
「再計算、誤差修正なし」
「チェック2590までリストクリア。」
「絶対境界線まで後2.5、1.7、1.2、1.0、0.8、0.6、0.5、0.4、0.3、」
「0.2、0.1、突破。ボーダーラインクリア」
「零号機起動しました」
分厚い一メートルを超える防弾防圧防熱ガラス
その向こうに見えるオレンジのような、山吹色の零号機
単眼のその特殊な顔、シンプルと言うか同じ意味でも単純と少し乱暴な意味を含ませたイメージ
痩身の初号機よりさらに華奢な造型は本当に戦闘に耐えうるのか不安になる
「これが零号機…」
「そう、初号機の前の機体だよ」
なるほど、ある意味零号機は正しい形だろう
この機体の外見的、性能的欠点を補った結果初号機になったと考えるならば納得できる形状ではある
しかしそれはつまり性能的に初号機の方が上だと暗に明に示している
素人考えではあるものの、しかし後続機が旧型より性能が劣るようではこの世は回らない
そのスマートと言うより人間で言うなら病的な細さは一種の恐怖すら煽る
その瞳に淡く宿った光が零号機が起動に成功したことを表してると如実に表し
決して誤作動を起こさず、長門の意のままに動くと理解しても覚える嫌悪感
それは生物的に下位である俺の本能なのか
「うん、問題なし。これで神人の研究に精を出せるわ」
この実験を取り仕切っていた喜緑さんは顔を綻ばせている
彼女にはないのだろうか、この異端で異常で異形な存在への先天的恐怖というものが
わかっている、俺のいまのこの感情は一種の感傷だということを
それでも、恐怖を覚えない彼女達にすら、恐怖を覚える
ここで違和感を感じる
この状況にではなく自分自身の中の感情に
零号機に俺は今現在恐怖心を進行形で煽られてる
だが、”エヴァ”に恐怖を覚えてるわけじゃない
初号機に対し俺はむしろ逆の安心感、安定感を覚えてすら居る
そうだ、異常といえばそれが異常でなくてなんだというのだ
なぜ俺は腕を折られて、切り落とされ。たった二回戦っただけでその二回ともで死に掛けてる中
俺はなんでこの状態に安穏と構えていられる?
どうして俺はこの状況に心のどこかで納得している?
初号機になぜ俺はこんなにも馴染んでしまった?
「キョン…どしたの?」
こなたが俺の不審に気がついたのか声をかけてくる
人に言っておきながら、お前の眉間にも皺がよってるぞ
「この時間の流れの中での自分と言う一個単体の存在理由を考えてた」
「なに? 自分探し?」
ずいぶんと軽い感じの物にさせられた
まぁ軽い物言いをあえて選んだのだが…
だがしかし、今回の実験はこのまま四肢の動きの調整
動作の伝導率等を調べて終了だが、俺にはベクトルの違う部分で見つかったものもあった
正直、洗脳の類でもかけられていた主人公が一気に記憶を呼び覚ますような感覚だった
べつに俺はそんなことされてないと断言できるが
しかし最初に乗ることを拒否してたらそういう可能性もあったともまた断言できる
どうせ俺が現実から目を背けて、ここに居場所を作ろうとしたとかそんなことだろうとも言える
ここで戦う日々と、前の第二の生活は、俺にとってなにが変わったと言うわけでもない気もするし
ならば単に慣れとか習慣の問題かもしれない
…ただ、零号機はそれでも一つ教えてくれた
『異常で異形で異端で、世の中の異変であるのは俺も同じ』と言うことに
わかったことでなにかが変わるわけじゃない
ともすればわからないほうが幸せだったこと、でも知らずに居る訳にもいかないこと
俺はもう一度認識する、俺がしてるのは化け物との殺し合いだということを
こなたと家族ごっこして、クラスメートと遊びに行って
「俺は馬鹿か…」
急転直下、ちょっとした好奇心が世界に対する猜疑心を再発させた
こんな展開ちっとも待ってなんか居なかった
あぁ、なんで
「なぁこなた、なんで現実ってのは厳しいんだろうな?」
独り言に近い、自嘲に近いその質問は特に答えを期待してたわけじゃないが
しかしこなたは予想に反して真面目な顔をして答えてくれた
「逃げるから、目を背けるからだよ。
だからいざ直視すると辛いんだよ
べつに現実ってのは厳しくないしやさしくもないものだよ?
いつも見てれば、そのうち”見慣れて”くるよ」
それは俺の心を読んだような、やっぱり厳しく辛辣な言葉だった
「なんで、お前はこういう時は真面目なんだろうな」
「家族のことだから」
俺はいま確実にここに居る、そう諭された気分だ
「ごめん、こなた」
俺はそういった。
一ヶ月一緒に暮らしてたこの帰還を俺はごっこと称した自分の曲がった心根を見透かして
なお俺のことを考えてくれる家族に俺は謝った。
こなたはなにも言わず、ただ俺の額にでこピンを食らわせて笑った
レッドランプが光り警報
後にスピーカーから少し割れた音声が流れる
『未確認飛行物体が遠野沢上空に出現』
3.
「総員第一種警戒態勢!」
こなたは作戦部長として切り替えて周りに指示をだし
実験は中断されて零号機の瞳の光は落ちる
「初号機を360秒でだしなさい、D-6エリアのカタパルトで急いで!
零号機は現状待機、ホールドしときなさい」
一瞬動揺にしたかに思われた実験室
ハルヒがいつ現れたのか後ろで怒鳴りつけて周囲を黙らせる
「なにしてんのよ? 出撃よ、聞こえなかった?」
戦闘時のハルヒは、正直目を合わせたい相手じゃない
俺は一瞬仰け反ったあとに歯を食いしばり更衣室に駆ける
紫を基調とし所々に一部緑や黒が入った初号機と色を同じくする俺のプラグスーツ
ラバー製のような肌触りだがゴムのように伸縮するこれに身を包むのももうかなりの数になる
「くそっ!」
ロッカーに拳を叩きつけ、痛みとロッカーの扉にゆがみが残る
俺は更衣室からまた脱兎のごとケージに向かい
初号機に乗り込み、三回目の戦闘に躍り出た
「エヴァンゲリオン初号機発進」
この台詞もすでに三回目
すぐあとにやってくる重力に耐えつつ俺は地上に出る
「リフトオフ」
肩の接続部分が外れ、俺は単身敵に向かう
結局長門のは間に合わなかったのか…、と思いつつ敵を分析する
正八面体のクリスタルのように輝く無機質な…身体?
これは本当に生命体と呼べるものなのかどうか疑問が残る、というか疑念しかわかない
「キョン聞こえる?」
「オーライだ」
一箇所にとどまるような不様はせず
アンビリカルケーブルの残量や途中の遮蔽物を考えながら常に移動する
「突然あらわれた敵で出方がわからないからまずは様子見で近くの偽装ビルからライフルを取って威嚇射撃」
「了解、だがこの距離からだとぎりぎり届くかどうかだぞ」
「パレットライフルじゃない、遠距離用のの武器だから大丈夫」
「おっけ」
言われたとおりの武装ビルから緑の長砲身のライフルを取り出す
弾は12発装填で手動単発射撃またオート連射も可能
ロングレンジからの攻撃には最適かもしれん
「基本は狙撃用のG型装備を使うんだけど、それじゃ接近戦に対応できないからね」
「了解、まぁ自力であわせるさ」
的は十分すぎるほどにでかい
俺は足元の色が違うタイルを踏みつけて緊急用装甲をだして
それに隠れてでかぶつを狙った
「キョン! 避けて!」
というこなたの声が聞こえた。だが時既に遅し
引き金を引かんとしたタイミングにキラリと光ったのが見え
次の瞬間にはライフルが溶け、装甲板が溶けて
俺の身体が一気に溶岩に飛び込んだかのように灼熱した
「があぁぁぁぁぁ!」
全身の血液が沸き立つような感覚
熱く、熱く、熱く、そして熱かった
『LCLの冷却循環システムを最大に! 加熱を最小限に抑えて! キョン聞こえる!?』
目が眩むような閃光の中、俺はやっと状況を飲み込んだ
敵の攻撃、レーザーかなにか強力な攻撃を食らい続けてると遅ればせながら理解した
まずい、LCLが攻撃の熱でぐんぐん湯になっている
俺は咄嗟の判断で叫ぶのを止めて口を硬く閉ざす
沸騰したLCLが肺に入れば俺は死ぬ
熱く、声を上げなければ堪えられないようなこの状況を
しかし俺はどうにか理性でとどめる
俺は続けて目を瞑る、死の淵で目を閉じるのは恐怖以外の何者でもないが
しかし眼球もまた熱でやられれば失明は確実だ
目を閉じてもまだエヴァの目がある
ぐつぐつと、ぐらぐらと茹だる液体の中
釜茹地獄は八大地獄のどの階層だったかと過ぎる
『キョン! まだ意識あるね!? 射出口に退避して!」
俺はうなずくこともままならず、ただただ言葉に従って後退した
胸部の内側から来る焼けた鉄をねじ込まれる様な未曾有の感覚
死ぬ、戦闘で危機一髪で死ぬところだったのは毎回だが
これほど強く死ぬということ、命が無残に塵砕かれる感覚
そんなものをここまで体感したのは初めてだった
「…ぐぅ……ぅぅっ!」
うなり、歯を食いしばる口からはLCLよりもなお濃い紅い液体が混じる
転がるように、というよりまさに足が持たずに転んだ
おかげで巨大ビーム砲が胸部から斜めに肩から後方へずれる
その軌道がまた激痛すら感じぬ邪悪な熱を帯びて
俺はそのまま這い蹲って射出口の入り口を壊し
自由落下に身を任せてその長い縦の空間をすべり落ちた
ガシャンと普段出撃の際に昇る分を落下した衝撃を受け
俺はカタパルトを一台破壊して本部になんとか帰還した
『生命維持機能最大域にあげて!』
『パイロットの脳波乱れてます、心音微弱…いえ止まりました!』
『心肺蘇生急いで!』
おいおい、心臓止まってるって死んでんじゃないのかよ俺
なって薄れる意識の中聞こえる声に思いつつ、スーツが強く胸部を叩く勢いで
こんどこそ俺は気を失った
4.
「……」
目が覚める、意識がゆっくりと覚醒していく
やけに重い瞼を無理やりこじ開けると真っ白い天井が俺を見下ろしていた
見たことのある、白い空間
「…病院か」
どうやら助かったらしい
全身が動くたびに起こる衣擦れに痛みを感じるあたり
軽微な火傷は負ってるみたいだが、この程度なら問題ない
真っ白なカーテン真っ白なシーツ
「…」
パタンと、本の閉じる音
長門が、ベットから少し離れた位置にパイプ椅子を置いて座っていた
ご丁寧にパイプ椅子の通常青の合成革までホワイティング
お前らは悪魔をそこまで恐れるのかと
「いたのか…」
「推奨する」
長門は静かに閉じた本の背表紙を撫でながら呟く
「なにをだ」
「食す事を」
「…なにをだ」
同じ言葉を連続して口にする俺
「食事」
長門が一度喋るのを止め、本からやっとのこと目を離して俺の右手側
長門からみて俺を挟んだ反対を指差す
そこにはアルミ製の薄いプレートに乗った
味も素っ気も無い事務的な食事、ただの栄養補給に主観をおいた病院食
「食いたくないな」
「…そう」
ぱさっ、ともう言うことはなにもないと言うように本を開く
…ロシア語の本、ドフトエフスキーの原文写本か
カラマーゾフの兄弟、だったか。ずいぶんと前に読んだ覚えがある
日本訳になってないだけでずいぶんと厚さに差がでるものだ
「でも空腹を覚えているのは確かの筈
現在時刻は午後6時、日付変更とともに再度作戦実行
食べる事を推奨する」
…当然か、俺はあの時敵を倒せず不様に逃げ帰っただけだ
いまもまだ敵は上空に平然と浮かんでいるのだろう
「…状況を、教えてくれ長門」
「あなたが後退した後、神人は現在ジオフロントの直上、第三新東京市の上空にて停止
身体の形状を一部変えて今は22層ある装甲を破壊中」
「敵の戦力とかはあれからなにかわかったのか?」
「…」
長門は一旦黙り込む、あまり長い言葉を喋ると息が詰まるのだろうか
まぁ俺もべつの意味で現状に息がつまりかけてはいるのだが
「あ、起きた?」
扉が開きいつもとは違う軍服に身を包んでるこなた
この状況を打破してくれるのかと思ったが
これではちょいと無理がありそうだ
少なくともふざけられる雰囲気ではない
「よかった、心配したよキョン。
…その調子じゃどうにも有希から話をうまく聞けてないみたいだね」
「あぁ、とりあえず作戦ってのと敵に関してわかったことを簡潔に頼む」
「おっけ、…よかったよ。
実はもう乗らないって言うかと思ってた」
こなたは少し目を伏せて
無理やりに笑みを浮かべて言う
対して長門が本から目を上げて俺達を伺うようにしていた
「今回は本当に私のミス、まだ時間はあったのに焦って…
キョンは既に二体も敵を倒してるからって油断してその場任せにさせちゃったね
ごめんなさい」
「あまり、気に病むな」
俺は今生きてる、どうにか生きてる
…そう生きてるじゃないか。昔とは違って俺は生きてると自分に言える他人に言える
最初に変えてくれたのはこなただった
なら俺はこなたに生まれさせてもらったようなもんだ
「俺は、気にしてない。お前の所為だなんて思ってない。
お前は次を考えていろ、ちゃんと次は俺も仕留める」
奴のあのレーザー攻撃はわかってればどうにかなるような
そんなちゃっちぃもんには見えなかったし、次も避けられるとはあまり思えないが
しかしそんなことは言ってられないだろう
最終更新:2008年07月02日 22:22