1.

「キョン君、学校なれた?」
「ん? まぁまぁかな」

 屋上、金属製のそろそろ修理が必要そうな柵に背を預け
自分で作った弁当をつつきながらの場面で今回は始めようと思う

「玉子焼きくれ」
「意地汚い野郎め、だが寛大な心を持つ俺はお前のようなものにも施しを与えるのだ
 さぁ玉子焼きを取るがいい」
「へへー」

 正直なことを言うと俺は日下部が昼食のたびに心配になる
いつぞやの肉カレーよりも肉々しい、ミートボールで構成された弁当
栄養分が偏るにもほどがある

「…うめぇ! キョンの弁当は毎度美味いな!」
「どうも」

 前回の敵襲が木曜日、それから一週間たっての今日が金曜日
あやのと”仲直り”したその木曜日から今日まで
今のところ毎日昼食を三人で取っている

「自分で作ってるのよねキョン君」
「あぁ、なんか流れでそのまま毎日作ってる」

 結局バイク登校に関してはこなたの力を借りることになったし
まぁなんというかあいつを俺が起こしてる以上
あいつが俺より早く起きることは無いわけで…

「お前らは?」
「私も自分で作ってるお弁当よ、みさちゃんもそうよね?」
「おう、自分の好きなもんばっか入れてる」

 なるほど、それであの弁当か
どうにも日下部は調理実習の班を組みたくないタイプらしい
ちょっと眼を離してるうちに自分が好きだという理由で味噌汁に肉団子をいれそうだ

「文字通り肉汁…」
「ん? どうしたのキョン君」
「いやなんでもない」

 俺はからっぽになった弁当をカバンに仕舞って
空を見上げてみる、太陽がひたすらに核融合反応を続けていた
エネルギーを地球に分けてあげてください

「暑いな…」

 風が吹くし、屋上という場所は比較的涼しいのだけど
雲ひとつ無い晴天の空を見てると自然と額に汗が浮かぶ

「あれだ、海とかプールとか生きたくなんよなー」

「俺はどちらかというと山とか行って木陰ですずみたい派だな」

「あ、私も登ることを考えなければそっちの方がいいかも」

「土日で行くってのもありだな…」

 この手の会話は続ければ続けるほど行きたくなるしやりたくなるし欲しくなる 

「えぇ~だから登るのどうすんだよ! 普通に登ったら疲れるじゃん」
「俺はバイクで行くっていう方法がある」
「卑怯者、私達を置いてきぼりにするか!」
「じゃあ私はまた後ろに乗せてもらおう」
「あやの~」

 楽しい会話だった

「ほら、話は中断、もう教室に戻らんと午後の授業遅れんぞ」
「うぃ~、どこでもいいから遊びに行きたいな~」

「あっ! そうだ」

 校舎に入る扉に手をかける前で日下部のでかい声に止められる

「どした日下部、くだらない事言って俺達を授業に遅らさせたら極刑だぞ」
「いや…飛ばしてるなキョン、まぁあれだ私もバイクは持ってないけどさ
 ちょっと時代遅れなもん持ってるんだよ、それ使ってみようと思って」
「…前時代的とな?」

 なんだろう、キックボードとかか?
あれでバイクについてくるつもりなのか?
…死ぬぞ

「いや、だからちげーし…」
「とっととしろ、くだらない話でなくてもお前の所為で遅れたらヘッドロックをかましてやる」

 俺がそういうと日下部はニヤッと笑ってこそこそ近づいて
何事かを耳打ちした

「ほう、面白そうだな」
「だろ?」
「あぁ、俺がその役をやってみたいくらい面白そうだ」

 これは明日行くしかないだろ―


 ―廊下をとがめられない速度で早歩きして
教室までの道程を短縮する俺達三人
日下部は教室の扉が見えるとさらに加速して扉を

ガラッではなくバーンッと勢いつけてあけた

「セーフ!」

「なにがセーフやあほんだら、よくみて発言せい。そもそも鐘はとっくになっとったやろ!」

 あの後、話を終えて屋上の扉に手を掛けた時点で鐘がなり
三人で顔を見合わせた後できるだけ早く来たのだが
まぁ、ダメだったか

「ちぇ、今回に限っては大丈夫だと思ったんだけどなー」

「俺もだ、油断していた」

「私も…」

 そうだ、鐘が鳴っても五割以上の確立で俺達は間に合っていたはずだったんだ
いま壇上で俺達の遅刻を咎めてる先生こそ、この学校一番の遅刻魔なのだから
鐘がなった時点でいたことなんて二割程度(ずっと彼女の授業を受けてる奴談)らしいので
まぁその辺の油断はしかし仕方の無いことだろう。合掌。

「なんで今日に限って遅くないんですか…」
「ひきょーもの!」

 いや、それは意味がわからない
ってか言ってしまえば俺の発言も無理を言ってる

「はっはーん、屋上で談合してるお前らがみえたからわざわざダッシュ決めたんや!」

 子供のようにつまらないことを得意げに話すえせ関西弁の彼女
黒井ななこ 2X歳 独身は金髪のポニーテールを振りながらけらけらと笑う
基本的に話しやすく、いわゆる最近の友達先生という奴なのだが
少々幼稚なところがある。
そのポニーは俺にとって学校での数少ない心の拠り所になっては居るけれど

「あの、三人とも、えっと、席に座ったほうが…。先生もそろそろ授業の方を…」

 委員長が流石に見るに見かねてか席から立ち上がっての発言
えっと…岩崎さんだっけか、おとなしめの外見通りの性格なのだろうか
注意する声にいまいち迫力が無い

「あぁそうだな、おら日下部とっとと席につけ」
「そうよみさちゃんいつまでも立ってちゃダメよ」

 そっと自分達は席についての発言である

「え? あっ、ひでぇ!」

 ダダダと走って最後尾の席について

「よし、初めていいぞせんせー」

 ついでにこの時間は歴史

 残り時間は35分と言ったところ
まだ十分に授業をできる時間だろう
俺は端末を開いて授業用の頭にスイッチを切り替えた―

   2.

 「よし、準備はOK」

適当な私服に着替えて財布と携帯二つ
あとは音楽プレーヤーをポケットに入れてバイクの鍵を人差し指でくるくる回す

自分の部屋の机には一枚の書置き

『探すな危険』


 正直、遊びに行くって事でもっとも面倒なのはこなただった
クラスメートであるあの二人と遊びに行くわけで
それを説明すれば確実にあいつは邪推してその持ち前の好奇心で下手すると追尾してくる可能性がある
しかし自分の立場を考えるとなにも言わずに外出するのもはばかられたので
この一枚の紙である

「行ってきます」

 寝てるこなたに一応一言告げてから家を出る
本日は晴天なり、否本日も晴天なり
俺はエレベーターで一階へ

「いよう!」
「おはようキョン君」
「うっす」

 淡い色のワンピースに麦藁帽子という夏らしい姿のあやのと
…あやのと

「なんだよー」

 ヘルメットをして肘と膝にプロテクターをつけて
ローラーブレード履いてる日下部だった
いや、予定通りなのだがどうにも場違い感も否めない

「よし行くぞ」
「あれ、ヘルメットは?」
「いらんだろ」

 この服装のあやのにメットをかぶせて後ろに乗せるのが少し惜しくなっただけだったりする
日下部は駐車場のアスファルトの上のゴロゴロと…

「おい、それうるさいぞ」
「仕方ないだろ」

 バイクに跨り後ろにあやのが横のりする、男なら一度はやってみたいシチュエーションだ
後ろにつかまったローラー少女が居なければだがな

「よし、キョン! レッツラ号だ」

「意味がわからん」

 ゆっくりと駐車場の出入り口まで進む
このマンションに出入りする人間は酷く少ないことは最近わかったことだが
かといって外の道路に行き来が無いわけじゃ決して無い

「日下部、やばくなったら手を離せよ。俺もすぐ止まるから」
「おっけだって、自転車で押されるよりはバランス取れるって」
「ならいいが…」

 まぁスピードは抑え目にしとくのが吉だろう
ここは最新鋭の都市であるからして道路は酷く綺麗でほとんど劣化してない
まぁだからこんな荒業を考えたわけだが

「しっかりつかまれよ二人とも」

 いって俺は公道にバイクを進めアクセルをふかした

   3.

 バババババ
ゴロゴロゴロ

「いやぁ、ミラーに写ってる光景が面白すぎるだろ…」
「ふふっ」

 麦藁帽子を片手で押さえてもう片方の腕を俺の腰に回し俺にもたれるあやの
後ろにはフェンダーの辺りをつかんで滑らかに舗装されてる道路の上を引きずられる日下部

「おぉ! キョンこれおもしれーぞ!」
「そうか、よく手が疲れないと感心してやってもいいぞ」

 目的地は結局当初の予定通り山へ
といっても近くの俺が先の戦闘で陥没させた山でなく
ここらで少し有名な観光場所である山だ

「おっと」

 信号が黄色に変わったので減速する
べつに普段は気にしないが現状では安全思考にならざるを得ないだろう
いや本当に

「ねぇキョン君」

 あやのが信号で止まったのを待ってた様に声をかけてきた
いや実際まってたのだろう、走行中はうるさくて喋れないし
俺も注意力散漫になること請け合いだ

「なんだ?」
「お昼どうするの?」
「ん~、登ればなんかあるだろ」

 するとあやのは、そういうと思ってた、といって
肩にかけてたバックを俺に示して

「お弁当作ってきた、キョン君もみさちゃんもよく食べるから足りるかわからないけど」
「おぉ、凄いな。実はちょいちょいお前の作った弁当は食べたいと思っていた」

 これは正味かなり思ってた
学校の昼食のたびに見るあやのの弁当は非常に素晴らしい出来だと思えた
中途半端に料理をする人間として一度教えを乞いたいものである

「キョン! 青!」
「お、おぉ」

 気がつかなかった
俺はアクセルをふかす、この道を真っ直ぐいってあと十分程度で目的地だ


   4.

「そういや、お前その装備をしたまま登るのか?」

 バイクから降りて停めながらの台詞
山の半ばまでをバイクで登り、残りをのんびり頂上まで歩くのだが
しかしローラーブレードで登るのは無茶があるだろ
坂を上ろうとして下っていきそうだ

「いや、ここに置いてく、靴持ってきたし」
「ならいいが」

 靴に履き替えてる日下部を置いて先に行動を起こす俺とあやの
少しまわりを見渡すだけで、なにやらもう店とかが色々あるのが見える
傾斜があって高度がたかいだけの田舎町の様呈だ

「結構色々あるのね」
「だが飲食店ならともかく雑貨店とか百均とかあるとな…」
「あれだろ? …まぁ色々入用なんだよ!」
「なにもないなら思わせぶりな発言するな」

 追いついた日下部と三人で軽い傾斜の坂を登る
木は大量に生えて風にあわせて葉がさざめく
ひんやりとした空気が避暑地的だ

「まぁ水筒とかよりいまはペットボトルのご時世だからな」
「私は水筒持って来たよ」
「わたしも」

 ピンクの可愛らしい水筒となんと迷彩柄の水筒
どっちがどっちかなどは考えるまでも、ましてや俺が教えるまでも無いだろう
当然だが魔法瓶だろう、でなければあっというまにぬるくなってしまう

「中身は?」

 聞いてみる、外見同様中身にも個性が出てるのもまた歴然としてるだろう

「紅茶」
「カルピス!」

 紅茶は全然問題ない、アイステーだ
だがカルピス…小学生の遠足の定番とは違うぞ
飲めば飲むほど喉が渇いてしまうじゃないか
と、そこで日下部は急に走り出す
俺とあやのはしかし突然の日下部の行動に驚くような学習機能の無い精神は持ってないので
あるいて追いかける
日下部は雑貨屋の前で止まって商品を掲げながら

「キョン! バトミントンやろうぜ!」
「馬鹿か、なぜ涼みにきて運動しないといかんのだ」

 晴天のなか運動する気分のよさはわかるが
だがしかしいい汗をかきに来たわけでは決して無い
俺はバトミントンが個人的にかなり好きであるが
だからこそいざ始めたらかっぱえびせんになることは確実だ。やめられないとまらない。

「麻薬だろ」
「ん?」
「なんでもない」

「んじゃソフトボール」
「より疲れるものに!」
「じゃあ卓球」
「卓が無いぞ!?」
「じゃあどうすりゃいいんだよぉ~」
「俺がわるい方向に!?」

 店頭で漫才をやってる俺達だった
ってかどうするんだよこの空気
え? なにあの人達? みたいな
仕方ないなにか買っていこう
俺は水筒持ってきてないから飲み物でも

「どうしたー?」
「いや、俺も自分の分の飲み物を…」
「私の水筒でよかったら」
「ん~、炭酸気分」
「じゃあ無理よね」
「あぁ」

「まいどー」

 ジンジャーエール500mlで157円為り

「神社を応援?」
「違う、ジンジャーは生姜だ」

 確か、うろ覚えだが

「じゃあ生姜を応援?」
「それも違う、直訳というか超訳の域だ」

 緩やかな坂道を歩きながらの行程
いつだったか、どっかの山の地獄坂とかいうのを登った覚えがあるが
しかし比べ物にならない程の快適な道である

「いい天気だな~」
「そうね」
「…」

 さて…、この辺りでちょいと語ることがなくなってくる
頂上についたならともかくそれまでの移動中にそこまで語るべき物語もなかなかあるはずがなく
そもそもそんな移動にまでハプニングにまみれてしまう様な人生など俺はごめんである
精神の磨耗速度がアスファルトでドリフトした後輪タイヤよりも早くなる
ということでここから少し簡略かした状態で語りさっさと頂上へ到着したいと思う

 頂上までの行程
その1、日下部はなにかしらの店が見えるたびにそれに走り寄り時間を潰そうとする
その2、それ以外の場面では明らかに発言に覇気が無い
その3、あやのの麦藁帽子が一度ならず飛び、それを取るために俺が一度ならず跳んだ
その4、俺のジンジャーエールは半分以上を日下部に飲まれた

以上が山頂の自然公園に至るまでの主な日常的なできごとだ

「おぉ! キョン見てみろよ、川が流れてるぞ!」
「自然公園だからな」
「おぉ! あやの見てみろよ、リスが居るぞ!」
「自然公園だからね」

 この辺も描写は必要ないだろ
台詞だけで思う存分情景が浮かぶ

 頂上は公園になっている
ということは一般的な思考を持っていれば推理できると思うが
来るときに使用した道のように木が生い茂りまくってるわけじゃなく広場になっている
木陰が出来るほどに木が生えてる公園ではキャッチボールもできやしない
フライングディスクを投げれば即行方不明だ

「お、小魚も居るみたいだな」

 川は公園の中央を走り、大き目の石で脇を固められている
川幅は大体一メートル弱ってところで、人工の川だと思われるが
しかしメダカの様な小さな魚が結構うろついていた

「キョン! このリス人懐っこいぞ!」

 日下部は早速半野生動物とフレンドリーに遊んでいる
本人も犬みたいな奴だからな

…いや、犬に安易に近づいたら食われるだろリス
警戒心がなさすぎる

「あら、ここから見ると虹ができてる」

 あやのは小さめの噴水を眺めてにこにことしている
噴水はテーマパークにありそうなちゃちな丸い形式の奴だったが
しかし場所と雰囲気の所為かなにやら少し厳かなものを感じないでもない

「俺もちょっと歩き回ってみるか」

 川に沿って少しぶらついてみる
腕時計を見ると正午を少し回った辺りで
どうやら太陽の機嫌も最高潮で虫眼鏡があればバグジェノサイドも可能の熱量

「お、上流の方はまた森林地帯か」

 丁度いい、涼しげな木陰の中川にそって歩くのもいいものだろう
一昔前なら夜に蛍が居そうな風景

「…」

 その先、川の中心辺りにある岩に腰掛けてる人物が居た
木陰の隙間から射す日光に照らされながら、風にさざめく水と葉の音のなか
ポツンと取り残されたように、小さな存在感を持たせ
ふと、妖精か何かと誰かが呟けばそれが真実になるような儚い感覚

「長門…か?」

 俺は以前に一度彼女と会ったことが無ければ
自身がその想像に飲み込まれていた可能性を慮りながら声をかける

「…なに?」

 川縁に靴を置いて、素足を水流にさらし
岩の上で読書に勤しむ彼女の邪魔をしてしまったことにちょいと後悔しながら
しかし反応をしてもらった以上ここで去るわけにも行かず話を続けようとする俺

「よく来るのか?」
「…」

 本に目を戻しながらなにも言わずに頷く長門
どうにも無口な性質らしい

「俺は今日始めてきてさ、結構いい場所だなここ」
「…えぇ」

 今度は返事があった、俺は少しでも会話として成立させようと
どうにか頭を巡らす

「長門は一人か?」
「…」
「そうか、歩いてここまで来たのか?」
「…」
「あぁ、ここに直通バスがあるのか…」

 そういえばそれなりに有名だとか言ってたな
上野動物園前みたいなノリか

「なんの本を読んでるんだ?」
「…」

 本を持ち上げて背表紙を俺に見えるようにかざす長門

「英語の本か、原文で読むのか」
「…」 コク

 博学のようである
その題名は俺のボキャブラリー内にあるものだったし
それでなくても長門とは似た立場でありながらほとんど話したことが無いので
もう少しだけ会話をしていたかったが、しかしこれ以上読書の邪魔をするのもはばかられたので

「ほう、まぁ俺はそろそろ行くから。 邪魔して悪かったな」

 そういってさらに上流に向かおうとしたのだが

「…いい」

 足をすぐに止めた

「…ん?」

 どこか逃げるようにその場を去ろうとした俺は肩透かしを
食らったような感じで振り向いて長門を見ると
長門は本をばたんと閉じて、細い折れそうな足で水を掻き分けて
靴を置いてある川縁に座りなおし

「べつに、どこかに行こうとする必要は無い。ここが気に入ったなら居ればいい」
「あ、あぁじゃあそうするよ」

 俺は長門から人一人分距離を空けた隣に腰を下ろす
ふと手を伸ばし川の水に手を触れると思った以上に冷たく心地よかった

「…気持ちいいな」
「冷たい」
「それが気持ちいいんだよ」
「冷たいは気持ちいい?」
「それは極論だが…」

 話が少しだけスムーズに行われてる

「長門は、俺と同じなんだよな」
「…?」

 俺の方に目を向けて首をミリ単位で傾げる長門
向けられた漆黒の瞳に戸惑いながら、それでも目を逸らさないように

「ほら、エヴァのパイロットなんだろ?」
「…そう」
「長門の機体って…」
「凍結中、来週にその零号機の再起動実験が行われる」

 零号機、初めて聞いた言葉
名前から推測するに初号機の前の機体だと言うのは理解できる
しかし再起動実験とは起動させる実験、しかも二回目以上
つまり何回かは起動に失敗してると言うことか?
なるほど、今まで戦闘に参加しなかった理由が漠然と見えてきた

「そっか、がんばれよ」
「なにを?」
「実験」
「…」

 …そろそろ面倒な会話は切り上げるか
ハンドル操作を間違えると気分が沈みかねない

「…長門、目を瞑ってみてくれ」
「…?」

 言われた通りに目をつぶる長門
純粋なのかなんなのか、俺が悪人だったらこの時点でバットエンド一直線だ
だが俺は当然悪人でない、悪戯好きではあるが

「…」

 目を瞑ったままの長門に気付かれないように川に手を入れて
長門の顔の前にもってって、水飛沫を顔に飛ばす

「…っ!?」
「ははっ!」

 驚いたような表情で眼を白黒させる長門
少し間をおいて濡れた俺の手を見て、俺を軽く睨んでくる
だが怒ってるわけではなく呆れてるというのが近い感じ

「たまにはそんな表情するといいぜ」

 俺はそういって今度こそその場を歩いて去った
俺はどうにも長門を少しばかし誤解してた面があったらしい
長門は無口な普通の女の子だった

   5.

「おう、キョンどこ行ってたんだ?」

 日下部は俺が広場に戻るなり開口一番俺にそう聞いた
そういえば長門と日下部やあやのは俺よりよっぽど長くクラスメートやってるわけだが
なんとなく長門とあったことは伏せといた
言えば日下部の事だ、騒がしく長門を探しに行くだろう
俺が長門のことを吹聴したと思われるのも嫌だし
そもそもこれ以上長門の時間の邪魔をしたくはない

「上流に旅してた」
「優雅に旅してたのか?」
「上流階級の上流じゃない」

 長門の時とは反対にこいつと話してるとなぜか自分の知能指数が下がった気がする

話してるだけで自分を馬鹿だと自覚させるとは
そういう意味では日下部はなかなかに稀有な人材のようだった

「そろそろお昼時よね、お弁当食べましょ」

 あやのがそう切り出し
俺はなるほど、確かに日下部がどこ行ってたと問いたくなるほどには
長門とともに時間を過ごしていたことになる
すでに一時をすこし過ぎている

「なら少し移動して影のあるあたりの芝生で食うか」

 ついでに広場は全面芝生、念のため。

 あやのは用意周到でレジャーシートも持っていたらしく
二畳程度の大きさのそれを芝生に広げ、隅に飛ばないように水筒を置く

「わたしのも置いとくな」
「俺のペットボトルはすでに中身がないな」
「飲んだ!」
「この野郎…」

 トライアングルを作るように座る俺達
俺は胡坐をかいて、あやのは正座を崩したような女の子座り
日下部は…

「なんで体操座りなんだ?」

 その格好での弁当が食いにくさは折り紙つきだ

「へへー、なんとなく運動会を思い起こしまして」
「運動会…ね」

 そんなものもあったなとかいうレベルの俺
誰かと弁当を食った記憶の無い俺にはこの環境から運動会を思い起こすことは無い

「しかしこりゃまた気合の入った弁当だな」

 重箱は普通遊びにいったときの弁当として現れることはないだろ
ってかよく持ち運んでたな、意外とあやのは体力があるらしい

「二人ともよく食べるから張り切っちゃった!」
「張り切りすぎだろ…、これは一日仕事だぞ」

 確かにいまの空腹具合をと面子を考えれば問題ない量だが
それにあやのが作った料理だそれでなくとも残すわけにはいかん

「あやのの料理はうめーからな」
「ありがとうみさちゃん、ほら食べて食べて」

 にこにこと本当に笑顔を絶やすことの無いあやのは
俺と日下部に早く食べるように勧める
自分の作った料理を他人に食べさせるときの
こう…形容しがたい気分はしかし俺にも親しみのあるものだったので
言葉に押されるままにいただきますと言って箸を手に取った

 …どれから手をつけるか一瞬迷うものの
しかしそれは迷い箸という礼を欠いた行動であることを知識として一応ながら知っていた俺は
とりあえず手近にあるアスパラの肉巻きに箸を伸ばす
本当に色々なおかずがある、和洋折衷と言うか和洋中

「…やっぱりというか、うまいな」
「えへ~、よかった。人に食べてもらうのって結構緊張するわね」
「あやのならそんな心配とは無縁だと思ってたな」

 正直羨ましい
俺ではこうは行かない、やはり本格的に教えを乞うことを選択肢に入れておくべきか…

「たけのこー」
「…これはなんだ? 煮付けてあるのか?」
「うん、醤油とだしとみりんと…塩かな?」

 ほう、なるほどそれでこの味か

「しかしあやの」
「なに?」
「この場にちょっと散らし寿司はがんばりすぎだろ」

 あやのが現在最下層に位置する重から取り分けてる散らし寿司
既製品と勝負? ドンとこいや! と言わんばかりのそのできばえは流石と感嘆の一息だが
しかし友人同士の外出でこれは本当に一日作業だ

「なんか…ね、つい」

 そう困ったような笑いを漏らすあやのに言いたいことも多少あったが
しかし美味そうなことに変わりなく、俺は素直に渡された分を口に運ぶことにした

 それからは非常にのんびりとした時間だった

「お茶飲む?」
「…? もらう」

 シートに置いてある水筒とはべつの水筒をとりだすあやの
曰く、紅茶じゃあわないじゃない
だそうである、あやのはあれだ、他人とかに気を配りすぎて自身の体調管理がおろそかになって
がんばってがんばってがんばって、急にばたんとなりそうな雰囲気の人間だ
…そうならないように俺がしないといけないな、友人として

「あやのー! これうまいぞ、もっとくれ!」
「はいはい」

 その第一段階として日下部をもっと大人しくさせる必要がありそうだ
まるで親子のようなやりとりは見ていて心和むところもあるのだが
しかし今日はやけに耳鳴りの回数が多い

「おい日下部」
「なんだ?」
「もう少しボリューム下げろ、野生動物がお前の声を威嚇だととってみんな居なくなる前に下げろ」

 この風景は基本的に鳥の声が聞こえるような場面であって
決して遊園地の絶叫マシーン付近ではない

「いや、だってこれ美味いって、キョンにもやる」
「もらう、が、話を逸らしてやるつもりは無いぞ」
「お前はなにが不満なんだ!」
「その声がでかいと言っているんだ!」

 変なテンションになりかける前にここで一時中断
日下部がよこしたものを食べる

「あっ、うまっ」
「だろ?」
「あぁ、だがそこで胸を張るべきなのはあやのであってお前ではない」

   6.

「ご馳走様でした」
「ごちそさま!」
「お粗末さまでした」

 綺麗にからっぽになった重箱(やはりこれを素直に弁当箱と呼ぶのは抵抗がある)を前に礼をして
俺は芝生に横になる、食った後に転がると牛になる? 知ったことか
親が死んでも食休みだ馬鹿野郎

「いや、腹いっぱいだ」

 少しだけ傾いた太陽を観測しつつ流れる雲を目に映す
晴天とは空に対する雲の割合が一割未満の場合を指すため
空を眺めていて、あの雲はなんの形だ見たいな事をするほどの雲は無い

「キョン寝るなよー」
「ちょいと無理な相談かもしれないな」

 いや、まだ問題ないが、このままぽかぽかと寝転がって日光浴をしていると
本気で眠くなりそうだった。猫の気分。

「てぃ」
「つめて!」

 なにか投げられる
投げられたものを見ると、氷
日下部が水筒に入って溶け残ってた氷を投擲してきたらしい

「お前な…」

 投げられた氷を投げ返す
なにかを投げるということは投げ返される危険性があるということだ
して、俺が投げ返した氷は見事日下部の額にクリーンヒットさせ砕けた

「いって……いやほんとに」
「知らん」

 微妙に濡れた手をはたきながら
さて、これからどうするかという方向へ話を進めてみる
別に丸一日外で遊ぶ必要もないし帰るなら帰ってもいいのだが
しかし中途半端ではある

「しっかし、二人乗り+αの移動方法であまり移動したくないのも事実としてある」
「どした」
「このあとどうするかと思ってな」
「…帰るのか?」
「別に予定はないから夕方くらいまでなら私は大丈夫よ?」
「あやのんちは門限あるからな」

 門限とはまた今時のそこらの高校生には絶対に無い概念だろう
あってもスルーだ

「何時まで?」
「7時」

 中学生でも余裕で遊んでる時間だ
なるほど古風な両親なのか、単純に小さなころの制限が続いてるのか
俺が少しばかし頭を悩めていると日下部が立ち上がり選手宣誓よろしく

「わたしカラオケ行きたいです!」

 宣言した

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最終更新:2008年07月02日 22:18