1.
 赤いこなたの愛車は第三新東京のハイテク都市を縫うように走る
この間とは違いたくさんの車が走り、歩道では人が歩き
店は開いて買い物客が見える、建物はネオンを光らせ眠らない街の様相を呈してる
だが、そんな明るく眩しい夜のここでも、月ぐらいは見える
仮想空間には無かった太陽の光をその身に浴びて輝く月は鋭く光っていた

「…さむ」

 自分のバイクでこなたの車のあとを追うようにして走る俺
LCLを洗い流すために浴びた先ほどのシャワーで湿った髪が
夜の風を時速80kmで正面から受けて体温を奪う
もう少し丁寧に乾かしてけばよかったと思う

 しかし、本来なら学校帰りに直行した俺は歩いてバスで帰る筈だったのだから
こんな事態予想できるわけがないのだ、もしくはこなたの車に乗ってくか
だがこなたは

「私の方も同じタイミングでいつも終わるわけじゃないから
 一人で帰れないと困るっしょ?」

 と言った
俺はそれに従いジオフロントから上にあがると
駐車場に行くとなぜか俺のバイクがごく当たり前のように置かれていた

「横乗ってくより自分で運転したほうが覚えるしね! バスより楽っしょ」

 確かにバス代も毎日となれば馬鹿にならないが
なんでお前は許可も取らずに人のバイクを動かすかな?
俺は比較的気にしないが、人によっては留めてる自分のバイクに跨られるだけで
そいつの顔面にこぶしを打ち込む奴だっているだろうに
なぜ自分の車を大事にしててわからないかな、その辺は考慮しようよ

 信号で止まる、間に入ってきた車の脇を進んで
こなたの車に追いつく
すると助手席側の窓が降りて、こなたがにへっと笑みを浮かべる

「よう、青になると同時にスタートでどう?」
「路上レースを挑むな国家公務員」
「いけずだね」
「そもそも道がわからないからお前が先導してくれないと困るっていってんだ」

 俺は会話のために空けたメットのシールドを閉めて信号が青になると同時にアクセルを入れる

「あっ! こらキョン君!」
「馬鹿め、勝負を挑んだときから勝負は始まっているのだ!」

 そもそも実はさっき通った道にこの間のスーパーがあったから
ここからなら道はわかるのだ、さらに言うとあのマンションはこの街最大の建物で
すでに頭が見えている、方向がわかれば後は適当に行っても帰れる
俺はスタートダッシュで距離を稼ぐ、バイクが車に勝つには結構根性が居るのだ

――――

「やぁ、狼少年」

「待たせたなセリヌンティウス」

「卑怯者め」

「お前も近道しただろうが」

 結局俺の方が少し遅れてついた
まぁ地の利といった奴か、こなたが引っ越してきたのは同じ日だが
しかしその前からこの街には毎日のように来ているのだ、わき道の一つくらいなら知ってるか
ヘルメットを脱いでバイクにかけて、二人でエレベーターを使って帰宅

「あ」
「ん?」
「飯どうするよ?」

 こなたは顎に手をやって

「冷凍カレー?」
「やっぱりか」

―次の日、朝の6時半の目覚ましのベルを止めて
さらに五分後にセットした携帯のアラームも解除する
洗面所で顔を洗って歯を磨いて、部屋に戻って制服に着替える
そしてこなたの部屋に向かって寝てるこなたを叩き起こす

 起きたのを確認した後、今度は朝食作成にまわる
パンをトースターにセットして冷蔵庫から卵パックを取り出す
後ろでドアが開いてこなたが部屋から出てくる

「スクランブルエッグと目玉焼きどっちがいい?」
「混ぜたほう」
「了解」

 卵をパックから3つ取り出して残りをしまう
ボールの中に卵を3つとも割りいれて、さいばしで白身と黄身が混ぜる
フライパンはこの間に火にかけて熱しておいて
水をかけたらすぐ蒸発するくらいになったら火を弱めて、油をひく

 そこにほどよく混ぜた卵を投入
そのまま薄く広がって、薄焼き卵にならないように
はしでかき混ぜ、塩コショウを固まってきた卵にふる

「トースト焼けてるから皿にだしとくよー」
「頼む」

 髪を適当に整えて服を着替えたこなたが現れて
食器棚から皿を机に並べてトーストを上に二枚ずつ重ねる

「熱いの通るから避けろ」
「へーい」

 俺はフライパンを持ってこなたがだした皿の中の小さめの二つに
スクランブルエッグをまぁほぼ同量になるようにわけ
フライパンをコンロに戻す

「こなた、マーガリンと一緒にウィンナー取ってくれ」
「ウィ」

 フライパンをまた火にかけて
その上に皮付きウィンナーを数本転がす
机ではこなたがマーガリンを熱いトーストに塗って
溶けたマーガリンがふんわりと甘い匂いを広げる

 先ほど卵をのせた皿に今度はウィンナーを追加して
今日の朝食は簡単洋風で完成

「いただきます」
「ん」

 サクッと音を立ててトーストを齧る
狐色に焦げ目がついて、内側はふわふわで最高の焼き具合だった
俺はそのトーストにスクランブルエッグを少しのせて
マヨネーズを少量かけて食べる。至福。

「いやいやいや、そこは醤油でしょ…」

 こなたが口を挟んできた

「いや、マヨネーズは比較的なににかけても美味いが卵には特に合うんだ」
「この紛い物の日本人め!」

 いきなり贋作扱いだった。まさか髪の毛も瞳も青いちびっ子に人種を否定されるとは思ってなかった
ってかそもそもトーストを食らいながら何を言ってるのだろうか
ならば明日からこいつには小麦を摂取させないようにしなくては

「……ごめん、言い過ぎました」
「よろしい」

「そもそも、味覚なんて個人的な趣向が激しくでてるんだから
 他人に自分の好みを押し付けるのは傲慢だぞ」

「反省はしている、でも後悔はしてない」

 パキッと音を立てて割れるウィンナーの皮
続いてパンを食べて牛乳を少し飲む

「ご馳走様」
「お粗末さまでした」
「…それは作った側が言うんだ」
「知ってる」

 この野郎…
俺は食器を流しに置いて、部屋からカバンを持ってきて玄関に向かう
こなたは今日は遅出なのでまだ食ってる

「ごみ捨て頼むぞ」
「承知!」

   2.



「さて、当面の問題はあやのにどうやってあやまるかだが」

 というか、どうやって機嫌を取るかってことに近いな
俺の方に非があってそれであやのを怒らしたわけじゃないからな
それなら逆にわかりやすいのだが…

いや、やっぱ俺が悪いのか。意図的でなくても俺は加害側か
気が重い、が日下部とも口頭ではあるが約束をしてしまったからな

 教室の扉を開く
まだ顔も名前も一致するしない以下のレベルのクラスメート達が声をかけてくる

「よ、キョン」
「おはよう、キョン」
「キョン君おはよー」

 たった一日でここまで根付いてしまった
俺は一応適当に返答しつつ、席について速攻で頭を抱えた
なんで昨日の今日で俺のあだ名がここまで広がってるんだ?
自分からは言ってないぞ、ってかそういや日下部も昨日俺のことそう呼んでたな

「あぁ、ハルヒか」

 答えはすぐにでた
昨日俺がクラスの連中に詰問を食らってる際にハルヒが俺を怒鳴りつけたときに
そういえばキョンという単語を使っていたな
それでか…

「…そういや、そのハルヒは今日は休みか?」

 振り向いてもハルヒは居ない
まぁ病欠ってわけじゃないだろうから、仕事があるのだろう
あいつもあんな組織のトップだ……

世界は終わってる

「よぉ、キョン! 元気ねぇな、あやのにふられたか?」
「いや、まだ今日は会ってないな。ってかその言い方やめろ
 一日で誰かを口説くような軽薄な奴だと思われたらどうする」

 俺は硬派なんだ、軟派なイメージを抱くような発言は控えてもらおう

「まぁなんでもいいけどさ、友達同士が仲良くないのはつまらないからな」

 友達ね…

「こういうのに第三者が介入すると余計面倒になると聞けけれど
 あんまりにもあやのとうまくいかなかったら言えよ」

「おぉ」

 ピピピピピッ
携帯が鳴った、どちらかなんて考えるまでもない
俺は話してた日下部を少々乱暴にどかしてバックから携帯を取り出す

「もしもし」
「キョン君! 至急学校からこっちに向かって!」

 ガタッと、机にぶつかりながら立ち上がる
周囲の目が一気にこちらに向く

「なんだ! なにがあった!?」
「神人が現在進行中、エヴァの出撃要請がきてるの!」
「警報鳴ってないぞ!」

 という俺の台詞とどっちが早かっただろうか
街中に設置されてるスピーカーからサイレンがなり
シェルターへの非難を促す

「くそっ!」

 携帯を乱暴に切ったポケットにしまう

「キョン、また化け物か?」
「あぁ、全員シェルターに非難しろ!」

 俺の電話を聞いてた連中は大体が状況を察知して
クラスの委員長が先導して非難準備を始めていた

「キョンさん」

 と、俺の視線に気がついたのか委員長がこっちに歩いてくる

「委員長」
「岩崎です、みなみでいいです」

 やっぱりファーストネームで呼ぶのはデフォなのか

「クラスのみなさんは私が責任を持って非難させますから
 だからキョンさんは気兼ねなくお願いします。

 そして、…あの……がんばってください」

「キョン! がんばれよー」
「負けるなー」
「かっこいいところ見せてくれよ!」

 クラスの連中は俺の肩をたたきげきを入れてく

「あの、みなさんは並んでください。急いで」

「おら! いいんちょ困ってんだろ! とっとと行けよ、キョンも急げっつの!」

 日下部がクラスメートを追っ払い

「じゃ、あとは頼んだぜー」

 そう軽く言って
自身も廊下に出ていってしまった

「はっ、こりゃ意地でも勝たないといけないな」

 もう巻き込まれたなんていってられない
俺は戦うために走って本部に向かった


   3.

「状況は!?」

 慌しい発令所の大きなモニターには羽もロケットもついてないのに宙に浮かぶ
不気味な二本の触手を持つ生物が映っていた
モニターの向こうのその生物は表面にミサイル等の爆撃や砲撃を食らっているのに対し
まったくの無傷まったくの無関心でここに向かって前進している

「キョン君! 遅い!」
「スマン」

 学校から歩いていける距離では当然無く、バスも動いてないため
走って家まで帰ってバイクに乗り換えてからここに来たのだ

「いま戦自が攻撃を仕掛けてるけど、効果はなし
 現在エヴァの起動シフトに移ってるから、キョン君はこの間のスーツに着替えてエヴァに搭乗して」
「了解」

 プラグスーツ、と呼ばれる首の下からつま先まで一つになってる
全身を覆うゴムのような不思議な素材の服
説明書を軽く目を通してそれに着替え右手首にあるボタンを押す
すると、だぼだぼだったスーツの余計な空気が抜けて完全に体にフィットする

「…よし」

 着替えをロッカーに叩き込んで
ダッシュでエヴァの待機してある場所へ移動する

 プラグの中、足元に溜まってくLCL
目を瞑り顔まで上がってくるそれを受け入れて、肺の空気を押し出し
LCLを代わりにとりこむ

 「主電源接続」

 「全回路動力伝達」

 「第2次コンタクト開始」

 「A10神経接続異常なし」

 「初期コンタクト全て異常なし」

 「双方向回線開きます」

 「シンクロ率45.2%で固定」

 「ハーモニクス全て正常値」

 シンクロを開始した瞬間、いつもよりも少しだけ鮮明にエヴァの存在を感じた
スーツの効果だとしたら、なるほど大したものだ
プラグ内がガラス張りのように周囲の映像を映すと同時に
もはや恒例となるウインドウが開いてこなたの顔が映る


「現在目標はG-9エリア内を進行中
 予想移動ルートを送るから確認しておいて
 また、今回は出撃するポイントはE-3エリア
 そのポイントまでの予想到達時間は10分
 ここまでOK?」

「大丈夫だ」

「出撃したポイントの左右に兵装ビルがあるからそこで武装すること
 また、万一のために近くの電源ビルも確認すること」

「了解」

「兵装ビルに入ってる武器はシミュレーションと同じパレットライフル
 わかってるだろうけど、弾の着弾による弾幕に気をつけるようにして
 まずは様子見だから」

「了解」

「…っ」

 上に跳ね上げられる衝撃が最後に強く走って
地上にでる、どうやら今度の射出口はビルに偽装してあるようで
初号機の最終安全装置がはずされると同時に前のシャッターが上下に開いて街にでる
俺は目の前のビルに手を掛けて中からライフルをとりだして装備し
代えのマガジンを肩のウェポンラックにしまう

「地図」

 俺がつぶやくと目の前に簡易化された第三の地図が現れる
それには今までの神人の移動経路と
台風のようなだんだん大きくなる移動範囲予想図が描かれていた
それは一定時間ごとに更新され、範囲予想図は少しずつ細くなり
移動経路は長くなる

「現在位置F-5……ここに居たら素通りされちまうな」

 ケーブルを射出口から引っ張り出して銃を構えて移動を開始する
最初の作戦内容にあったもう一つのライフルを無視する形になるがしかたない
流石に両手に機関銃を持ってのビル越え移動は危ない、バランスが取りにくいイメージがある
エヴァを動かす中でイメージは重要だ

出来ないイメージが浮かぶような行動はできるだけ慎まないと、一気に不利になる

 俺が、というか初号機がF-3、E-3と移動を終えて
長さの足りなくなったケーブルを入れ替えようとしたとき
そいつが俺の前に現れた

「…こちら初号機、目標を肉眼で確認」
「攻撃開始」
「了解」

 シミュレーションと同じようにビルの影からタイミングを計り
宙を浮かんでる気持ちの悪い敵に発砲する
三発撃ってビルに隠れて一拍、そしてまた三発撃って隠れる

「ダメージは確認できず」

 何故だろうか、こちらの攻撃に効果が見られないという事実
それに焦るどころか気分が高揚してくる自分が居る
頭の中で考えていた細かい作戦や慎重に動いていた心が薄れて
全身が熱くなるような錯覚を得る

 ビルから飛び出す
宙に浮いていた体制を変えて地面に平行になっていた体は
地に足をつけるような体制になっていた

「好都合」

 つぶやき、引き金を引く
劣化ウラン弾は全て大きくなった的に吸い込まれる
狙ったのは、前回の敵と同じ腹部にあった紅球
非常に硬い球体にあたった弾は粉々になり周囲は灰色の煙で満たされる
俺は武器の詳細ウインドウを見つつ、残弾が数発になったところで左のウェポンラックから
ナイフの横に入れたマガジンを取り出し


敵に放り投げた


  3.

 初号機の腕力で投げ出されたマガジンは高速で粉塵の中心に向かう
俺はその飛んでいった弾倉を残ったライフルの弾全てを使って打ち抜く
火薬の詰まった弾を大量に同時に爆発した威力は相当のもので
熱せられた空気が膨張し、その後冷えて爆心地に戻り上空に舞う
いわゆるキノコ型の爆発が小型ながら観測できた

「ちょ、ちょっと! キョン君なにしてんの!」

 スピーカからこなたの焦ったような声
独断専行を戒めるというより、ただ単に展開についてこれてない
だが俺はそれに答えず爆発の中心を見続けた
作戦って言うのはいま持てる全力で
その状況下での最良の行動を行い最善の結果を収めるための過程を表したものだ
刻一刻と変わってく戦況についてけないなら、それは作戦指揮官失格だぞこなた

「まだ、殲滅を確認してない。落ち着いてくれこなた」

 俺はそれだけ言って通信を一時的に遮断する

 キラッと何かが光った気がして後ろに跳んだ

「しまっ……」

 アンビリカルケーブルを入れ替えずに戦って居たため長さが足りず
後ろへの跳躍が中途半端になった、腰にロープを巻きつけて
その反対を大樹に巻いた状態で走って、ロープが張り詰めたときのように
腰が抜けるような衝撃を受けて予定の半分も移動できずに道路に横倒しになる

 しかし怪我の功名か
転んだ初号機の上空を白く光る、細く長い何かが通過し
そして爆発の中心に戻っていき、その途中で帰りの駄賃とばかりにケーブルを叩ききっていった

「やっぱあの程度じゃだめか」

 愚痴っぽく、ケーブルが切れたのをいい事に
後転して距離をとりずいぶんと短くなってしまったケーブルを腰から引き剥がす

 爆煙の晴れた場所には周りの焼けたビルの中
無傷で浮かぶ気持ち悪い両生類のような敵とその前に存在するA.T.フィールド

 武器はもうない、そもそも本体にあたって効果のなかった武器が
A.T.フィールドを前にしては、もうあってもなくても変わりやしない
今度こそナイフを取るためにウェポンラックに手を伸ばす
黒く分厚い刃が、手に取ると同時に浅く振動し仄かに発光する

「いくぞぉぉ」

 ナイフを低く構えて走り、自分のフィールドのイメージを強く
相手を切り裂くイメージを強く持つ

が、そのナイフは敵に刺さることはなく、フィールドに触れることすら適わなかった

 ナイフは道路に刺さり、俺はまた不様に地に伏せていた
今回は仰向けでなくうつ伏せで

「なんだ!?」
「キョン君! 足!」

 こなたの声が、いつの間に繋ぎなおしたのか通信で入ってくる
言われて足を見てみると地面から生えた白い鞭のような物に足を絡め取られている
それは敵の身体に生えていた触手の片割れ
もう一度神人に目を向ける

「ちっくしょう、なんて触手系のありがちな攻撃方法だよ」

 その長い触手は足元の道路に穴を穿ち
地面を進み初号機の足を捕らえたらしい
神人は一瞬間を置いて、動き出した。触手を動かし隠す意味がなくなったからか
触手が道路を壊して一つの道を作りながら隠れてた部分の姿を現す
初号機の足から奴の身体まで伸びている白い触手

 神人は鞭のようにその触手をしならせて
初号機の身体を持ち上げ、ジャイアントスイングのように円を描き振り回される
一周、二周、三周

五週を越えたあたりで数えるのを止めた
遠心力は高まり、足に絡まる触手をはがすために上体を起こすこともままならない

「うっ」

 頭を先にして回されてるため遠心力で血液が頭に向かう
眼球が圧迫されて、気分が悪くなる
吐き気とともに戦闘意欲が少しずつ失せていく

 しゅる、となんの前振りもなく触手が放される
空中で回っていた初号機は慣性の法則に則って放された位置から斜めに飛んでいく
また慣性の法則は質量が大きなものほど強く作用する
結局初号機が地に再び戻ったのは数ブロック離れたB-1エリアの小さな山だった
背中を山に叩きつけて、それでもまだなくならないエネルギーが山を初号機の形に陥没させる

「…くそ」

 ふらつく頭で立ち上がろうとして
視界に映ったのは学校、第壱高校の校舎だった

「あぁ、もう! こういうの人間強度が下がるっていうんだぜ!?」

 勢いよく起き上がり、衝撃でぼろぼろになった山の欠片を
こちらに向かってくる神人に投げつけるが、それは初号機と敵の距離の半分を行ったあたりで
触手に粉砕される

 あと残る武器は右肩に収納されたナイフ一本のみ、取りに行こうにも
敵がそう簡単に通してくれるとは思えないし、そもそも内部電源はあと三分しかない

「ちょっとキョン君タンマ!」
「なんだ!?」

 切羽詰った声に反応するも、できればまた切りたかった
タンマでカウンターは止まりはしない

「その学校の校舎の屋上に民間人が確認されたの!」
「はぁ?」

 敵から目を逸らすのが致命的なのはわかっていたが
それでもこの間の戦闘のこと、あやのの兄弟が怪我したことを思うと見ないわけにはいかなかった

「峰岸あやの16歳、第壱高校の2-A生徒
 キョン君のクラスメート?」

「あぁ、そうだ」

 なんであやのはこんな所にいるんだとかはとりあえず置いとく
俺はあやのを右手を伸ばして掴んだ
いまは戦闘中だ、しかも形勢はきわめて不利

「おい、このままじゃ戦えないぞ! どうすりゃいい!?」
「エントリープラグに入れるのが一番安全で手っ取り早いんだけど…」
「けどなんだ!? 早くしてくれ時間が無いんだ!」
「プラグ摘出中はエヴァは無防備になるんだよ!
 フィールドも当然張れなくなっちゃうし」

 白い触手は会話中も容赦なく襲い掛かる
学校をつぶさないように踏みとどまって、フィールドで防ぐのにも限度があるし
そもそもフィールドが無くなったら確実にその間にしとめられる
しかしこのままでも削り殺しだ

「えぇい、ままよ!」

 こんな言葉を使う日がくるとは思わなかった
俺は声を上げて、敵に背を向けて山を登って反対方向に逃げる
戦略的撤退だ

 エヴァの最高速はかなりのものだ
あの敵は触手は音速だが、本体がトロくさい
ならば残りの一分半使えば距離は相当取れる
なんとかケーブルを繋ぎなおしてあやのをプラグに入れる程度の時間は稼げる! 筈!

「キョン君、一番近い電源ビルはA-1にあるから方向変えて!」

 俺の意図を理解したらしいこなたはすぐに指示を出してきてくれた

「了解!」

 手のうちにある少女がこの動きに耐えられるか懸念もあったが
しかし多少は我慢してもらわないことには助けることも出来ない

「あった」

左手一本でケーブルを取り出し接続し振り向く
まだ神人との距離はある

 初号機の右手を首の辺りに動かして手のひらを上に向ける

「初号機を現状でホールド、エントリープラグを緊急射出!」

 内部のモニターが全て消えて金属の壁に戻り
プラグが排出されてハッチが開く
俺はシートから離れて肩のところの手に乗り困惑するあやのを手で呼びつける
LCLが肺に溜まってる状態では通常の大気中で呼吸も会話もできない
あやのはしばらく躊躇した後に肩を伝ってプラグに入ってきた

「水!?」
「すぐに息が出来る」


「再起動開始」


 プラグのハッチが閉まり再入されて壁面はまた外の景色を映す
―結構危機一髪だった

「あの、キョン君……」
「うるさい、話はあとだ」

 おずおずと何かを言おうとするあやのを押しとどめて
俺は目の前の敵に集中する、話したいことがあるのはお互い様だが、いまはそのときじゃない

「電源はなんとか間に合ったが…」

 先ほどまであやのを掴んでいた右手を少しずらしてラックからナイフを取り出す

「武器はやっぱりこれだけか」

 深く、腰打めにナイフを構えて跳躍
真っ向から行けば、直接襲ってくる単調な触手をフィールドではじき返し
そのままの勢いで敵のフィールドを真上から両断する

 切り下げたナイフを返す刀で紅球に下段から袈裟に切る
瞬間吹き出る大量の緑がかった青い火花が散る

「わぁぁぁぁぁっ!」

 なにが起こったのかわからなかった
あと何秒か紅球を切り続ければ勝てたと油断でなくただ事実として認識した瞬間だった
左腕が、肘と手首の中間の辺りを切られてその先が地面に落ちた

 痛み、痛み、痛み
ホワイトアウトしかける視界に、あやのの存在を思い起こし
自身を鼓舞するように声を上げて右手だけでナイフを強く押し付ける

 触手がフォンとうなりをあげて周囲を舞う
自分のフィールドは展開されない、どうやら敵のフィールド消すと自分のも構築できなくなるらしいが
いきなり腕を切り落とされると思わなかった
掴まれたりが多くてまさかここまで切断力のあるものだと考えから外していた

触手はさらにうねりを大きくして、初号機の首に絡みつく

首がしまり、呼吸が詰まる

「キョン君!」

 呼んだのはあやのかこなたか、呼び方だけでは区別がつかなかったが
確認する余裕なんてなかった

ナイフにこめる力が徐々に減っていく気がする、気をしっかり持て
締められてるのは俺の首じゃない、呼吸が出来ないはずがないだろ

「くぅ…」

 少し呼吸が楽になるがしかし左手の痛みも常軌を逸してる
骨が折られた事なんて些事にしか思えない痛みが続く

 時間がどれほどたったのか、流れが酷くゆっくりに感じる
俺が死ぬか神人が死ぬか、これは確実に殺し合いだった
一介の高校生から確実にずれた存在に自分が居ることを認識しつつ

 俺は、紅球が砕ける音を聞いた
ガラスが割れるような、小さな音がして球体は色を失い
初号機の首から触手が力なく離れた

「かはっ、げほ!げっ、はぁはぁ……」

「キョン君大丈夫!?」

 また聞こえた俺を気遣う声、今度はこなたの声だと理解できた

「すぐに初号機のシンクロをカット! 回収班急いで!」

 と続いて聞こえた声のあと、俺の全身の打ち付けた痛みや呼吸不全に似た症状や
切断された左腕の鋭痛が全て薄らいだ
流石にシンクロを切ったからと言って脳が感じた痛みは完全に消えることはなく残滓は残っていたが

「キョン君」

 スピーカ越しでない肉声
あやのの、震えた声だった

「あぁ、話すことがあるだろ? お互いさ、回収される内に話とかないと
 回収されたと同時に避難義務や極秘事項を知ったことでの説教やらなんやら食らうだろうからな」

 こなたはともかくハルヒが青筋を立てて怒鳴り散らす様が目に浮かぶ
…多分俺も一緒に怒られるんだろうな、もしかしたら喜緑さんにも怒られるかもしれない

「あの、…ごめんなさい」

「…なにが?」

「邪魔しちゃって」

「別にいいさ、結果どうにかなったからな」

 途中で頓挫しかけたのを立ち直らせたのは学校とお前だし、とは言わない
言うべきこと、言わないで置くべきこと

「でもあやの、お前の兄貴は戦闘に巻き込まれて怪我したんだろ?
 それなのに自分が同じ穴の二の舞になってどうする」

 同じ穴のむじな、二の舞

「…」

 突っ込みどころか反応すらなかった
切ない

「私はね、ちょっと後悔してたんだ
 …ううん、いまキョン君が戦ってるのを見たからそういってるだけだね
 ただ、避難しないで屋上に行ったときは単に興味本位だった」

 訥々と話し始めるあやの
俺はなにもいわない、相槌を入れるべきなのと、そうでないものの違い
話上手。聞き上手。

「べつにね、キョン君にロボットのパイロットって聞いたのは
 責めるとか怒るとか、そんな事じゃなくて。ただのクラスメートとしての興味
 だって私のお兄ちゃん、怪我っていっても骨折程度だし。本当に自業自得なんだもん」

「…」

「それに、あの場に居たのはお兄ちゃんだけじゃなくて私も
 キョン君があの時戦ってたとき、見てたんだよ」

「…俺は、まぁ見てのとおりこのエヴァのパイロットだ」

「うん、知ってる」

 隠そうとしてたのバレバレだよとくすくす笑うあやの

「ただね、目の前でみたから知っちゃったの
 他のクラスメートの子は、あの化け物とロボットのことをまるで映画の中みたいに思ってる
 まるでイベントみたいに楽しんでる子だっているのよ?
 でも、私はそんな風に思えない。ちょっと間違えば死んじゃうんだってわかった」

「…」

「だから、目に焼き付けておきたかったの
 私達の居る場所を壊す奴らを」

 あやのは、強い眼で俺を見た
射抜くようなというか、ハルヒがいつだったか幼いころ俺に見せた強い眼にも似たなにか
俺は何を言おうとしたのか口を開こうとしたとき
がくんとプラグ内がゆれて、ハッチが開いた

「回収班か」
「タイムオーバーだね」

 シートから離れてハッチに向かうあやのに
俺は


「あやの」
「なに?」
「お前の世界も、おまえ自身も、お前の周囲の誰も。壊れないさ」


『俺が守るから』

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最終更新:2008年07月02日 21:48