1.

 次に俺の意識が戻り、視界に入ったのは見たことも無い場所だった
まぁ見たことも無くても想像はいくらでもできるというものだ
真っ白なシーツの布団に入って真っ白な部屋に居る俺
窓は少し開き木が風でゆれ葉の擦れる音がさわさわと聞こえ
真っ白なカーテンが風に揺らめく

こんな汚れやすい色で完全に統一した部屋なんてのは病院以外俺には思いつかない
この時点で二つの仮説を俺は立てていた

一つは昨日(俺の感覚的にだが)の出来事が事実だったということ
もう一つはあれが完全に俺の脳内の出来事でここは精神の病院だという可能性

 出来れば前者であって欲しいものだと思いながらとりあえずはベットから起き上がる
わずかだが消毒液の匂いがするのに気付く、精神病院は消毒液の匂いするのだろうか?
どうだろう、行ったことが無いからわからないがこの匂いはなんとなく外傷関係じゃないかと
少し希望が見えた気もしてベットから降りる、ご丁寧にサンダルまで真っ白だった

 無駄に広い病室の扉をできるだけ音を立てないように開いて廊下に出ると
学校の廊下のようにたくさんの窓があってその一つをあけてサッシに肘をかけ
外の空気を肺いっぱいに吸い込む

ふと思い出して長い患者服の白い袖を捲くるが左腕にはなんの痕跡も残ってなかった

「目を覚ましたって聞いて飛んできました」

 捲くっていた袖を戻し、窓の外を眺め黄昏て数分たったか
青く長い髪を後ろでくくった姿でこなたが
膝上の丈のベージュの短パンとTシャツという非常にラフな格好で現れた
落ち着いた状態で見ればやはり彼女の体型の未熟さがよくわかる
最初はずっと車に乗ってたし途中からわけのわからない事象の連続でちょいと
俺の認識能力が低下してたのかそこまで気にしてなかったが
あぁ、こうしてみると俺より二つ年上だというのに俺の胸までもないその身長ははやり少々異常だ

「なぁこなた」

「なに?」

「あれは本当のことだったのか?」

「あれは事実だよ、キョン君。君はエヴァ初号機に乗って神人と戦闘し勝ったんだよ」

「今日は?」

「ん? 大丈夫あれは昨日のこと、普通に睡眠時間程度しか経ってないよ」

「そうか…」

「で、君に会わせたい子が居るんだけど、会ってくれるかな?」

 こなたは若干の逡巡を感じさせてからそう言った

「会わせたい奴?」

「うん、多分だけど…会っておいた方がいいと思う」

 曖昧でいまいち掴みにくい台詞だった
こなたはしかし俺がなにか質問しようとしたのを感じたのかなんなのか
さっと踵を返してなにも言わずに歩き始めた
俺はサンダルの歩きにくさに気をつけながらとりあえず後を追うことにした



   2.


「ズズッ……はぁ~」

 暖かい缶コーヒーを飲み、革張りの長いすに腰掛て観葉植物とにらみ合い
自販機がいくつか置いてある小さな休憩所
そこで俺はこなたの奢りのコーヒーを啜りながら時間を潰していた
壁にかかってる白い掛け時計は5分程度時間が経過したことを報せる

「……会わせたい奴ね」

 あの後こなたはここで俺に待ってるように言って
また忙しなく正反対の廊下を通ってどっかに行ってしまった

「ズズッ……」

 残り少なくなって冷えたコーヒーを一気に飲み干して空になった缶を手の平で転がす
しかしそれにもすぐ飽きて立ち上がり自販機の隣のゴミ箱に捨てる
歩くたびにサンダルのかかとがカコカコとうるさい

 革張りの椅子にまた座りなおして
自分のサンダルの音以外に足音が聞こえるのに気付く
いや、そりゃここは病院なんだし自分以外にも入院患者や見舞い人とか医者にナースも居るだろうし
むしろいままで誰も通らないことのほうが不自然だったのだと
廊下側に向けてた背を振り返り確認する

「……」

 無表情な女の子がゆっくりとした足取りで俺の方に向かってきてる
いや正確には多分この休憩所なのだろう、俺は昨日ここに来たばかりの新入りなのだから
当然顔見知りなんて居ないし俺を見かけたからといって話しかけてくるような人は居ない
たまに初対面の人にも旧知の友のように話しかけてくるフレンドリーな人種も居るが
少なくともそんな雰囲気とその女の子は対極に位置してると言っても過言ではない

 俺は顔を観葉植物に戻し両腕に体重をかけて後ろに少し傾く
こなたは一体何をやってるのか、時計の長針はさらにメモリ7つ分進んでいる
もしかしてこなたは観葉植物に視線のみで穴をあけさせようというのだろうか
とまたしても新しい足音がした、小走りでうるさったい、明らかに病院という場所を無視した足音
これは確実にこなただろうと振り向く

「のぅ!?」
「……」

 先ほどの無表情少女が真後ろに立って俺を見下ろしていた
驚くほど色が白く、薄い眼鏡越しに見える瞳は漆黒と表現するのが適切のような眼だった
だが一体なんでこんなに俺に接近してるんだろうか?
もしかして俺がいま座ってるところはこの少女の指定席で俺が勝手にそこに座ってしまったのだろうか
なぜか自分には非が無いはずなのにすみませんと頭を下げそうになった

「ちょ、ちょっと有希! スタスタ勝手に行かないでってば!」

 目の前の少女にほぼ全視界を奪われてた俺はその声に我に返って
体を少し傾けて少女の横から顔を出して後ろを確認する
声の主はつまるところ先ほどのうるさい足音の主で
それは勿論と言うかこなただった

「よう、ずいぶん息が荒いな」
「あ、あはは」
「……」

 こなたは後頭部を照れくさそうに掻いてから
深呼吸の後に咳払いをして

「えっと、この女の子が長門有希。キョン君と同じエヴァのパイロットよ」
「俺と同じって、…そもそも俺ってパイロットだったのか?」
「あら、聞いてない? まぁその辺の詳しい話とかも追々するよ
 住む所とかも色々決めることもあるしね」
「住む所…、はぁ!? どういうことだ!?」
「第二新東京からここまでは近いようで遠いからね、有事の際は当然一刻を争うし
 そんな時にはリニアは動かないしね」

 流されに流されてる感じだった、まるで流木の如しだ
ってかそもそも俺以外にもできる奴居るんじゃん
ハルヒのやろう、何が俺にしか出来ない俺になら出来ることだよ
のせられた…

「まぁ細かい事は置いといて、とりあえずキョン君が初号機のパイロットで
 この子は違う機体の専属パイロットなの! わかる?」

 どうやらあながち俺はのせられたわけじゃないのかも知れない
俺は単純すぎる俺に少々の呆れる

「えっと……よろしく、長門さん」
「……よろしく」

 なんとなく握手のつもりで俺は手を出すが、長門さんとやらはその手を一瞬みて
『なんのつもり?』といった感じで俺を見てきた、いや台詞は単に俺の想像だが
しかし一気に俺のモチベーションが下がったのは確かだった

俺は俺に呆れる!

「え~有希はキョン君と同じ17歳なので、まぁ仲良くしてください、うん」

 適当な言い方だ大雑把ともいう
俺はとりあえず宙ぶらりんになってる右手をそっとしまって
「へぇ同い年ねぇ」と、呟きながら近すぎる距離を少し離すために
椅子から立ち上がって向かい合う
……こなたと交互に見てみる

「え? 同い年、なんだっけ?」

「……えぇ」

「ちょっと待ってキョン君、なんで私と見比べた?」

「いや、外見年齢を…」

「なに私はふけてると?」

 いや、それは無い、絶対にない
お前は実年齢の半分で通せる、十分


   3.

 足元にジオフロントと大きなピラミッドのような形の本部施設が見える部屋
どんな構造になってるのだろうかと、首を傾げつつ未だ痛む頬を摩る

「んじゃ、まずはキョン君の今後についてね」

 見かけによらぬ凶暴さを文字通り痛感させてくれた青髪少女は
平然と話を始める

「とりあえず住居に関しては第三新東京内にある職員用の住居になると思う
 既に第二の前の家から荷物は送られてる筈だから、後は学校の転校手続きと
 あ、これキョン君の正式なカードこれがないと本部に出入りできないからね
 それでキョン君にはしばらくは初号機専属パイロットとして登録されるから
 給料は結構いいはずだから、で、このカードは身分証明書にもキャッシュカードにもなるからね
 あとはさっきいった学校に関しては第三新東京市立第壱高等学校ってところになるからよろしく」

 矢継ぎ早に、まるでテレビアナウンサーの試験でもやってるのかという速度で
書類に眼を通しながら色々と大事なことを軽く言い流すこなた

「あ~、事後承諾にも程があらぁな…」

 聞こえるか聞こえないかの声で呟いてため息をつく俺
どうせ無理やり途中で止めさせても事態はとまりはしないのだろうことは明々白々だ
俺は少し大人になったってことで
「でも、最低限確認ぐらいする暇はくれよ」って話でやっぱりこなたの話を遮る
自分の住む場所がわからなくて見知らぬ町を放浪するのは嫌だ

「とりあえず、この地図のこの場所に俺は引越しってことだろ? 荷物は移転済みと」
「そ」
「敷金礼金とかは?」

 俺は一人暮らしだ

「カードカード」
「あぁこの中ね、しかしキャッシュカードか。給料ってどれくらいなんだ?」
「パイロットは基本的に一尉と同じ扱いって事で最低でも毎月50はあるよ
 で、当然命を張ってるので出撃した際は当然ボーナスがつくよ」

 それぐらいは当然か、月50万で命を懸けるなんて誰がやるという
そもそもじゃあいくらなら妥当かってのもない、金でどうこうの話じゃないはずだろ
あぁ、平和ボケした意見なのはわかってるさ

「いま、キョン君のそのカードには1500万入ってるよ」
「…は?」

 カードを弄くってた手を止める
急に桁が二つ増えたぞ、一般市民はなかなか手にしないぞそんな金額
なんか一気に敷金礼金気にしてる自分が阿呆らしく思えた
いや、それは現金か。たくさん手に入ったからって今までの価値観を早々に捨てるのは馬鹿だ

「すでにキョン君には単体でエヴァ初号機で出撃して作戦を成功させ敵を殲滅させてるからね」

 成功報酬1200万+突然の事態での引越しやらなんやらでの生活費が300万だそうだ
ちょっと、待て。そういえばすっかり忘れてたが

「なぁちょっと話が変わるんだが、俺は本当にあの神人とやらを退治できたのか?」
「ん? どしたの急に」

 そうだ、なぜ忘れてたんだろう。
結局倒したと思って、帰ろうと思った時に足に何か絡み付いて
目の前が真っ白になって…、あれで倒したとなんで思ってたんだろう
あれは確実に攻撃の類で、その後の記憶が無いならまた自己修復して暴れてた可能性だってあったじゃないか

「あぁ、記憶の混乱か…、精神汚染の危険性は無いって言ってたしそのうち思い出すだろうけど…
 ん、あれはそうだね攻撃というより道連れかな。あいつは最終的に
 身体の一部を自爆させてキョン君を道連れにしようとしたんだよ」
「……」
「でもキョン君が発生させたATフィールド、…あのバリアの事ね。
 あれが爆発を抑えて、結局何事も無く終了。その後キョン君は自力でエレベーターで戻ってきたんだよ」

 そうだったのか、記憶が無いのでいまいちリアリティが無いが
しかしそんな気もしなくも無い

「ふぅ……」
「とりあえず納得できた?」
「あぁ、とっとと次いこう」

 ――あとの会話は少し省かせてもらう
内容はカードはクレジットカードにもなるという追記
高校の方の転入試験は免除であるという事
この後正式な退院手続きをした後に直ったばかりのマイカーで住居に案内してくれるということ
最後にエヴァについてやこの施設等見たこと知ったことは機密事項であり
パイロットである俺には守秘義務が課せられるとのこと

まぁこの四点程度だろう
しかし本当にあの車の修理費を経費で落とさせたのだろうか
こなた、中途半端な恐ろしさだ。七味唐辛子と偽って一味を渡すぐらいの恐ろしさだ
かけてしまった後では遅い


   4.

 爆発を受ける前よりも綺麗になってる車内
修理じゃなくて本当に隠れて新しいのと入れ替えたんじゃないだろうかと
微妙な猜疑心に駆られながら、俺は窓から入る風を浴びて
いまだにほぼ無人状態の街をのんびりと走る

「途中で買い物していこう」

 ハンドルを握ってる手を離して、ポンと手を打つこなた
そのいいこと思いついたみたいな表現はいいからとっととハンドルを握れ、マジで
こんなのに権力持たせていいのかと真剣に悩み
さらに有事の際、つまりは俺が出撃する際にはこいつが直属の上司として俺に命令を出すというのだから恐ろしい
だが当人は俺の葛藤なんてどこ行く風で商魂たくましいスーパーに車を止める
…しかし青い瞳に青い髪のこなたの愛車は真っ赤なセダン

「あれか、お前は要するに反骨精神が旺盛なのか?」
「はい? いきなりどしたの?」
「ん、車のカラーの話」
「あぁ……、ん~まぁなんか似たような色ってやじゃない?
 白とか黒ならなんでも会うけど、あれって汚れやすいしね」
「ふぅん、まぁ俺にはわからんな車は。バイクバイカー」
「あぁ、バイクもこっちにきてる筈だから安心してちょ」
「了解」

「いらっしゃいませー」

 自動ドアが開くと同時に威勢のいい声で出迎えられた
なんだ気持ちのいい接客だなおい、新しい家に向かう途中の道のスーパーなら
近いだろうから買出しはここを利用しようか

「はいはい、いいからいくよ~。食べたいものでもある?」
「お前が作るのか?」
「歓迎会ッスよ、好きなものをお姉さんが作ってあげよう」

 最高に似合わない台詞だった。が、俺はそれを口に出しはしない
頬に紅葉みたいなのはギャグ漫画の王道だが俺はギャグ漫画には関与したくない
無駄に痛い目見るばかりだ、絶対死ぬような事態が日常茶万事なのはごめんこうむる

「俺は好き嫌いないしな…」
「嫌いなもの無いのはいいけど好きなもの無いのはつまらないよ、君」

 んじゃ、まぁこういうときの定番カレーかな、とこなたはジャガイモを手に取り
いくつか見比べてから俺に籠を持ってくるように促して野菜エリアを見回り始めた

 入り口に重なってるカゴから一つとりついでに他のコーナーを回りながら遠回りで野菜コーナーに向かう
生鮮食品、冷凍食品、缶詰やらレトルトカレーとか一人暮らしには色々手間のかからないものが必要だったりする

「遅い」
「スマン、流石にそんなに食材を持ち運ぶとは思ってなかった」

 手に取ったりはしなかったもののキョロキョロと真新しいスーパーをうろついてこなたと合流したら
こいつは人が来るまで待つという選択肢はなかったのか
ジャガイモ、玉ねぎ、ニンジン、キャベツ、万能ねぎ、ピーマン、もやし等々
およそカレーには必要なさそうな野菜までも大量に保有していた
これはカゴは一つでは足らないかもしれないと思う勢いだ

「あとは肉とルーと、…小麦粉炒める?」
「いや、変に手を加える必要はないさ」
「だよねー」

 一気に重量を増したカゴを俺に押し付けて俺が先ほどまでうろついていた方に
さっさと進むこなたとそれについていく俺
肉は鳥か豚か牛か。意表をついてシーフードか
まぁシーフードならジャガとニンジンはいらんか


  5.

 結論

「全部入れようぜ!」 byこなた

 ということでチキンカレーでもポークでもビーフでもない
いうなればミートカレー? あぁでもミートてひき肉だな
まぁいいや、とにかく肉々しいカレーになりそうだった
そしてバーモンドカレー中からを2パック(1パックで12皿)と更にカップラーメンをいくつか買って
本日の買い物終了
締めて4089円なり

安い? まぁ新首都だしその他もろもろ考えれば安いか
こなたは財布から5000円札を取り出して支払いを済ませ店をでる
曰く「あんまりカードを人に見せないほうがいいよ」とのこと
暴力団の刺青じゃないが、持ってるだけでこれは下手な国家権力
まぁ警察の手帳とかよりも威力を持つらしい、特にその直接的恩恵を受けてるこの街では

 つまり、俺もとっととどっかのATMなりなんなりで金を下ろさねばならないということだ
クレジットカードとして機能するなら硬貨や紙幣をもつ必要はないと思っていたのだが…
まぁ別にいいんだけどさ、クレジットカードって使ったこと無かったから使ってみたかったんだよな

「ふぅ…」

 窓から顔を出す、緑がまったく見えない道路
似たり寄ったりの形のたくさんの建物
一度迷ったらなにを目印に行動すればいいのやら

「ちょいと寄り道おけ?」
「もうなんでもおーけーだよ」

 遠心力がかかって車は曲がる
機械的な街からゆっくりと遠ざかり少しずつ常緑樹が生え
土が見えて山が見える

「どこに行くんだ?」

 聞く

「あの山の向こうまで」

 なんとなくロマンティックなかほりのする台詞であった

 「見て見て」

 こなたは車から降りるなり走り出し
山の頂上付近にある小さな広場で手を振りながら俺を呼ぶ
ぴょんぴょんとジャンプして、まるで子供そのものの姿

「こんどはなんだってんだ?」

 たった二日しかも実際に会話をしてる時間なんて片手で数えられる程度のはず
なのにもうこいつの行動に慣れたというか変にリアクションを取るのを諦めたと言うか
こなたは腰程度の高さの柵につかまり下を見下ろす
俺も近づいてそれを真似る

「なんか、寂しい街だな」

 太陽に照らされて、紅に染まる町は等間隔で並ぶビルと
離れた場所にポツポツと並ぶ住宅
ここから見える範囲が広い分、そのポツネンと取り残されたような街が寂しく映る

「そうでもないよ」

 こなたの、少し誇ったような声を皮切りに
低いサイレンが、腹に響くような音が広がる
同時に装甲の様に建物と建物の間にあったスペースが大きく口を開ける

「…すごいでしょ?」

 俺の顔を横目で見て、楽しそうにこなたは言葉を紡ぐ
だけど、俺にはそれに答える暇は無かった
目の前で、空いたスペースから次々に立ち並ぶ種々様々な建築物、建造物

「ビルが、生えてくる…」
「これが対神人戦用要塞都市、第三新東京市」

 サイレンが鳴り止む頃にはそこは暗くなってく街に人口の光を灯し
色々な大きさの建物が立ち並ぶ首都としての街が出来上がっていた

「いまはどう? 寂しい街だと思う?」
「…いや」

 面白い街だと思う、綺麗な街だと思う
やはりこれが戦うために作られたならそれはそれで――やっぱり少し寂しい気がする
でも、今はそんな本音を言う場面じゃないだろう

「住み心地の……よさそうな街だよ」
「うん、保障するよ」

 それからこなたは夕日が沈み、空が紫になるのを待ってから口を開いた

「キョン君」
「うん?」
「君はさ、巻き込まれたって思ってるかもしれないし
 戦ったのもいやいやかもしれない。」
「……」

「でもこの景色を守ったのはキョン君なんだよ。胸を張ればいいよ」

 ありがとう、と言おうと思ったけど
やっぱり俺はそんなキャラじゃないしそんな改まる場面でもないと俺は思い直し少し軽い感じで

「さんくー」


   6.


 ここが新しいおうちですよー
と、車に揺られて山からさらに十数分
こなたの間抜けな声に引かれて窓から顔を出し
見えたのは明らかに庶民には手の届かないようなマンションだった
っつかさっき山から見て一番でかかった建物だと思われるのだが

「や、家賃はいかほど?」
「ん? 寮みたいなもんだからそんなん気にしなくていいらしいよ
 社員特典的な?」

 つくづく桁違いだと思いながらとりあえず顔を引っ込めてこなたが駐車場に車を停めるの待つ
顔を出しっぱなしにしてたら危うく額が削れるところだった

「おぉ、俺のバイクがある」

 車から降り、マンション入り口に向かう途中で見慣れたバイクを発見
もちろんマイバイカー(比較級)排気400ccのCB

「ん、ちゃんと荷物全部届いてるみたいだね」

 俺の肩をポンと叩いてこなたは自分のカードを取り出して入り口の扉についた
ゴツイ機械にそれを通す、一瞬後電子音がして扉が左右に開く
セキュリティは万全か、俺は一定の速度で首を振る監視カメラを眺めつつ
自分のIDカードを取り出して扉に差し込む

 先ほど買い物した荷物を全て俺が持ってエレベーターで8階へ
昨日今日と上下方向の移動が激しすぎる

「ここだよー」

 エレベーターを降りてすぐの道を直進したつきあたりの場所
そこがどうやら俺の新居となるらしい
玄関の前には大量の段ボール箱が……大量の…

「いや、いやいやいやいや」

 これは大量すぎる、俺はこんなに私物を所有した覚えは無い
そもそも俺には物欲とか占有欲とかその手の欲求は比較的薄いほうで
家具を除いて自分が愛着を持って長期間所有してるのは書物の類しかない
だが、それも俺の身長を超えるほどの積載量には到底及ばない

「どしたのよ?」

 こなたは荷物の前で顔をしかめて立ち止まる俺に不審気に声をかける

「いや、荷物が多すぎるだろ」
「あ、そういや言い忘れてたね~」

 後頭部に手を当てて、たはー、と愉快気なため息を漏らす
確信犯だ(わざと誤用するのがコツ、だそうだ)と俺は理解した
……関係ないがここで確信したと言葉を重ねて見ようかと思ったがやめた

 こなたが次に言う言葉が俺には手に取るようにわかる

「私もここに住むのだよ」

 だ・か・ら、と一文字ずつ区切ってこなたは俺の腰から俺のIDカードを取り出し
自分のと二枚俺に見せるようにしてからまず自分のカードを扉についた
マンションの入り口と同じ機械に通す


「私のカードで鍵を閉めることも開ける事もできるし」

 緑のランプと赤のランプが交互に点灯する

「勿論キョン君のカードでも同じ、他の人のでは開かないこの二つのカードのみで施錠開錠ができますっと」

 どうよ? といわんばかりに無い胸をそらしフンと鼻息をつくこなた
一体こいつはなにをそんなに誇らしげにしてるのだろうか
俺と自分の年齢とか性別とかその辺を理解できてるのだろうか?
それともなにか、このマンションはそんなに飽和状態に人間が詰まってるのか?

 手に荷物を持ってなかったら手刀の一つも入れる場面だが
しかしこなたは不意に笑みを消して俺に詰め寄る

「ずっと、一人暮らしだったんでしょ?」

「……」

「ここでも一人暮らしするつもりだったんでしょ?」

「……家族なんか、居ないからな」

 自然と口調が暗くなる、触れて欲しくないと、思う

「一人は、寂しくない?」

「…人間はなんにでも慣れるんだよ」

「それは、違うよ」

 こなたは、呟く

「寂しいことには慣れないよ、人間はそれを我慢することに慣れるだけ」

「だからどうした?」

 だから、どうした。

「だから、私が家族になったげようと行ってるんだよ」

 それはまさしく、不意打ちだった
なぜだろうか、普段おちゃらけてるからいきなりの真面目な台詞に心打たれたのだろうか
…冗談じゃない、俺はクールだ。 だから俺は泣かない
目を擦って誤魔化そうとしたけど、荷物が邪魔だったから
俺は上を向いてみた、涙がこぼれない様に。口笛は吹かないけど。

「私は先に晩御飯作ってるから」

 こなたは俺の手から荷物を勝手に奪って家に入っていった。


 廊下の照明が、やけに目に沁みた


昔の友人にいきなり呼び出され、半強制的にエヴァとか言う巨大ロボに乗せられて
化け物に殺されかけて、目が覚めれば病院で。

第三にきて、初めて俺は人と触れた気がしたように思う

『人間が泣けるのは、そのまま泣く為なんだから我慢しなくていいのよ』

そういってたのは誰だったか
俺は少しだけ、何年ぶりかの涙の味を感じた

 俺は目頭を押さえて深呼吸してもう一度廊下の照明に目を向ける
あぁ、気まずいな。それに格好悪い。

「やっぱりヒーローなんて俺には無理だな」

 苦笑い、の後、俺は玄関に足を向ける
圧縮空気の抜ける音がしてから、こなたの料理してる音がいい匂いとともに微かに聞こえる
息を吸って、吐く

「ただいま!」

 こんな台詞を言ったのももう何年ぶりか

「おかえり!」

 こんな台詞が帰ってきたのは何年ぶりだったのか


 俺は泣いたり笑ったり、これのどこが感情を表に出さない奴だと少し自分に呆れた

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2008年06月30日 08:44