1.

 SOS、というネーミングには失笑を禁じえないが
いやはやしかし少なくともその情けない名前をハルヒの独断によって付けられたこの団体は
結成から三年程度しか経っていないにもかかわらず公的機関として確固として存在している
非公式の公的団体―というのがこなたの説明だったが意味のかぶりと矛盾が観測されるその言葉が
しかし言い間違いやら言葉不足といった類ではないことだけは理解できた。

「んっと……こっちの道は…さっきいったから」

 腰まで届く非常に長いブルーの髪を片手で弄りながら長い無機質な廊下を立ち止まって
地図と道とを見比べするこなたとその後ろであきれ返ってる俺。状況を説明するのは非常に簡単だ
単純極まりない、一言で済む。いいか? 言うぞ? ――迷った。

「あれ、こっちだっけ? でもあっちのエレベーター乗ったらCブロックだよね……」
「なんで2ブロック隣のケージとやらに移動するだけでこんなに時間食ってるんだ?」

 ただでさえリニアが停まったり爆発で吹き飛ばされたりと時間は失いすぎているというのに

「ま…まぁ、こっちから行くのが無理ならあっちに来てもらえばいいんだよね!」
「ケージに来てもらうんのか? 流石ハイテク」

 違う違う、とたたんだ地図をパタパタと振ってこなたは笑って携帯を取り出した。
まぁ誰か道案内を呼ぶつもりなのは理解できた、というか本来なら
その道案内役としてのこなたが居たはずなのだが。とため息を小さくつく

「あっ!」
「なんだ!?」

 こなたは俺に苦笑いを向けて自分の携帯を俺に向ける。それは多分あの大爆発の時だろう
液晶は粉々になり携帯電話としての使用は不可能になっていた。俺は咄嗟に自分の携帯を取り出す

「俺のは大丈夫だな…」
「貸して」

   2.


カチッカチッカチッ

「……」
「……」
「……」

カチッカチッカチッ

「………ごめんなさい、えみりさん」
「わからないならもっと速く連絡すること時間の無駄、そもそも地図を持っててなんで迷うの?」
「……」

 狭い個室、硬く閉ざされた扉の上では針が大量に並んだアラビア数字の上を踊り小刻みに音を立ててる。
個室は現在ジオフロント内の地面を0として地下63メートル
階層ではなくメートル表記のエレベーターを俺は始めてみた

「だってここって迷路みたいで」
「迷路みたいだろうとなんだろうと形が固定されてる以上一月もあれば道は覚えるでしょ、普通は」

 普通はを強調していう”えみりさん”俺はまだ正式に自己紹介をしてもらってないので彼女が一体
こなたとどういう関係でここでなにをしてるのかは知らない、そもそも苗字もまだわからない。
いや、もしかしたら”えみり”と言うのが苗字かもしれない、…いやないか
ただ力関係は彼女のほうが上っぽい

 喜色満面の『喜』に緑色の『緑』
江ノ島の『江』に美しいの『美』そして千里の道も一歩からの『里』
あわせて喜緑江美里18才女性、というのが彼女がこなたを一通り叱咤した後に
俺にしてくれたテンプレートな自己紹介の内容だった。

「よろしくキョン君」
「えっとよろしく喜緑さん」

 この人には一生タメ口になる日は来ないだろうと嫌な予感めいたものを感じながら
俺はここでまたというかやっと一つ不思議な点に気付いた
ここでも、先ほどこなたとあったときも俺は自己紹介なんかしちゃいない
ある程度の情報はリークしてるのかと思ったが、それなら俺をローカルなあだ名で呼ぶ理由が無い
やはり冷静なつもりで混乱してたのだろう、思い返せばこなたにも何回かキョンと呼ばれた覚えがある。

「あの…」
「つきましたよ」

 不思議というよりむしろ不審と評すに値することに俺は質問をしようと口を開くがそれを遮るように
喜緑さんは穏やかな口調で言葉を紡ぐ、と同時にチンと安っぽい音がして扉が開く

 誕生日パーティーか? ケーキが見当たらないが迷ってるうちに蝋燭が燃え尽きたのか?
なんて事が頭に浮かぶ、理由はエレベータの扉が開いた先は完全な暗闇だったから
唯一の光源はそのままエレベータの内側のライトのみでそれも時間が少したって
扉が静かに閉じればそれすらもなくなる、暗闇はいくら経ってもなれる様子も無い
当然、ここは地上とは違う。人工の光が無くなれば目が慣れて見えてくるような少量の光すら残らない

「動かないでね危ないから」
「はい」
「泉さんもね」
「…はい」

 喜緑さんは暗闇の中右往左往してる俺となぜか(と言っても迷子になったのを見た今はその理由も
わかるというものだ、正直自分の命の恩人という尊敬の念も大半が効力を失っている)こなたにも声をかける。
カンカンと足音と思わしき音が少しずつ自分から遠ざかっていく、止まる。

 バッと舞台にセットされてるような丸く大きなライトがあたりを一気に照らす。
視界がいきなりの強い光に白く染まり、咄嗟に手で目を庇う
瞼の上からやってくる鋭い光に少しずつ瞳孔が開き、いわゆる明順応をしてくのを感じ
ゆっくりと目を開く

「……ロボット?」

 俺は確かに身長は高いほうじゃない、大体170ちょい程度だ
だがその俺と同じくらいの瞳をもった人型のなにかの全長はいったいいかほどの物だろうか
目の前の紫という奇天烈なカラーリングのそれは眼光鋭く俺を映す
これは、今日一番の驚愕だった。

 これが現実か? ありえない、足元がふらつく眩暈がする
次々に展開されるこの一連の流れに認識が追いついて来ない
俺は感情が表情として現れることが少ないとよく言われる人間だが
しかし俺の今の顔を第三者として観測できたならそれは非常に不様に狼狽してる様が手に取るようにわかるだろう

「それはロボットじゃないわよ」

 ともすればそのまま足元の金属製のタラップに崩れそうな俺を
なんとか持ちこたえさせたのは冷ややかで鋭い、懐かしい声だった

「久しぶりね、キョン」
「ハ…ルヒ…か?」

 肩まで朱色の液体に使った巨大なロボットの顔、それの更に上
天井から迫り出したガラス張りの部屋かなにかに、ハルヒは腕を組んで底意地の悪い笑みを満面に湛えて
俺を見下ろしていた。口調、態度、声や表情、年を重ねた分だけ外見に差異は見えても
それは紛うことなく涼宮ハルヒだった

「話したいこともあるし、再開を喜びたい気持ちも山々なんだけど。
 正直時間が無いのよね予定よりずっっと! だから手短に話したいの悪いわね」

 「あんたはその汎用ヒト型決戦兵器人造人間エヴァンゲリオン、初号機に搭乗して
 神人と戦ってもらうわ」

 見えないがインカムでも付けてるのだろうか
左右からのスピーカーか何か、大音量でグワングワンと聞こえるハルヒの声
それはどこまでも平静で冷静で、そして俺にとって誰に言われるどんな言葉よりも冷酷だった

「神人って……、なんだよ」
「察しはついてるでしょう?」

 俺が必死に会話を伸ばそうと、決断せずに要るために時間を稼ごうとした質問
しかしそれもあっさりと切り捨てられる、つまり、俺に化け物と戦えって言ってるのだ。ハルヒは。

「冗談だろ」
「んな訳ないでしょ」

 俺の無駄な抵抗は一笑に伏される。一蹴される。笑っちまいたくなった
久しぶりに懐かしい友人と会える、そう浮かれていたのか俺は
あぁそうだ、わかってる。あいつは俺に期待に過去に一度でも答えたことは無い
それが意識的でも無意識下のことでも。あいつは常に俺の期待を裏切り続けた
いい意味でも悪い意味でも。今回は悪く転がっただけだ。そうだろ?

「あんた言ってたじゃない、不可思議な現象に立ち会って
 漫画的アニメ的なヒーローになりたい、誰にもできないことをしてみせるって」
「…それは!」

 確かに言っただが、それが実現するなんて誰が思う?
そんなのは多感期の誰にでも起こる万有感、自分が特別だと思い込む万能感
子供の頃見た有象無像な夢が、幻想が、夢想が、誰が現実になると心のそこから信じきる?
ヒーローになりたいウルトラマンでも仮面ライダーでも戦隊物でもいい
そんなものはフィクションであってフィクションでなくてはいけないんだ

「でも、あんたは確かに言った。一度口にした言葉は戻らない
 そして今実際にあんたにしか出来ない、あんただから出来るファンタジーが目の前に現れたのよ」

 やりなさい、そう目で、態度で、言うハルヒ。
こなたや喜緑さんは居なくなっていて、この場には俺とハルヒだけになっていた。
訳がわからない、度を越えてる、何故俺じゃなくちゃいけない、俺ならできると何故言える?
いきなり見たことも無い巨大な兵器に乗せられて、見事操縦できて見事勝利を収められるのは漫画やアニメやゲームだけだ
俺が無理やり乗せられて、あんな爆発のなか余裕で生き残ってた化け物に喧嘩挑んだところで
待ってるのは勝利なんかじゃない、確実な俺自身の死だ

 ガシャンと勢いよく尻餅をつく。
といっても俺がこの会話によって腑抜けて力抜けたわけじゃない。それにはまだ早い。
それとはべつの理由で俺はタラップにしがみついて倒れこんでる
ロボットが浸ってる紅い液体は波立ち飛沫がかかる、天井からはパラパラと細かい塵が降り
照明はぐらぐらと揺れ影がそれにあわせて不気味に形を変える
爆破音と強い衝撃がここを襲ったのだ。
まったく爆発だのなんだのって言葉を爆竹レベル以上で使ったのは電子レンジで卵を温めた以来初めてだ

「ほら、キョン。敵さんが気付いちゃったわよ」

 強い、震度にすれば5強はありそうな揺れの中しかしハルヒは少し身じろぎしただけで仁王立ちのまま
俺に愉快そうに笑みを強めて揶揄するように言う

「このままだとみんな死ぬわよ、あんたもこなたもえみりも、もちろん私も」









『どうする? みんなで死ぬか、戦うか。あんた、私を守るんじゃなかったの?』

  3.



 「主電源接続」

 「全回路動力伝達」

 「第2次コンタクト開始」

 「A10神経接続異常なし」

 「初期コンタクト全て異常なし」

 「双方向回線開きます」

 「シンクロ率39.1%で固定」

 「ハーモニクス全て正常値」

 周りがなにを言ってるのか理解が出来なかった。
ただ自分がこれ以上ない大きさの選択肢を選び終わってしまったのは感じた
強い血の臭いに嫌悪感を超えて吐き気すら催しながら俺は歯を食いしばる

 結局俺は流されるまま流されてここに座っている。
どうにか落ち着こうと目を閉じる、が周りの景色は消えない
むしろはっきりと目を閉じたことで細かいところまで、一気に視力がよくなったように周囲がよく見える

曰く、このロボットは俺の思うように考えるままに動く
もう一つの自分の身体のようなものだということだけは教えてもらった
だからどうしたという話だ、いきなり乗って動かすというまず漫画補正の第一前提はまぁ解けた
操縦する必要なんて無く考えるだけなら動かすことくらいはできるのだろう、きっと。
なら次の問題だ、勝てるか否か。

「……はぁ」

ため息をつく、吐息は目の前をこぽこぽと気泡になって浮かびそれもすぐに溶けて消えていった
なんの単語の頭文字なのかは知らないがLCLとか言う呼吸できる液体
鉄の臭いなんて周りくどいいいかたをしないでそのまま言うなら血の臭い
これが原因だ、気持ち悪い、気持ち悪い。

 液体の中に浸かり。考えただけで動くでかいロボに乗って人類の敵と戦う
なるほど単純明快な話の流れだ、間違いなく俺が主人公のストーリーだ。
だが、このまま発進してうまく敵を倒して自分が生き残れればという条件が付けられれば
それはたちまちただの俺視点の悲劇にもなれない戯曲だ。
ならば俺は道化か、玉の変わりにロボに乗り猛獣と対するピエロか?

 「エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ」

 言葉と同時に反作用で身体が前に放り出されそうになる。シートベルトは無いのだろうか
後方に動いてるらしいと自分とロボの視界で把握する。背中が壁に触れて固定される。

「ほら、ちゃんと座って。舌かむよ」

 空気中、というかこの液体中に四角いウィンドウが現れてこなたの少し険しい顔が映る
俺は言葉の意味を図りかねたが先ほどの移動でずれた身体を深くシートに沈める
と同時に首が取れるんじゃないかと思うほどの勢いで上に打ち上げられる
重力が数倍になったのではと感じたその時間が数秒続いた後に
今度は全力疾走してる途中で服の襟を捕まれたように下に引っ張られる

 鞭打ちになるんじゃないかと思うほどの衝撃に、もしこれが液体がなくて普通に地上に居た場合だったらと
この血液のにおいする液体の存在理由をはじめて体感し、前を向く

 緑の巨人が待ちくたびれたように比較的低いビルに腰掛けていた
吹き飛んだはずの腕はなんの問題も無く二本揃ってるし、全身ケロイド状態だったのも綺麗さっぱりだった


「修復機能つきの化け物をどうやって倒せばいいんだよ…?」


俺の頭には既にBADENDの文字が浮かんでいた


  4.



「いい、まずは歩くことだけを考えるんだよ。自分の身体を動かすのと同じイメージ」

 そんなこなたの台詞がシートの横のスピーカから漏れる。
そして最後まで肩に接続されていた安全装置も外され、完全なスタンドアローン状態
緑の巨人は相変わらずビルの上に退屈そうに腰掛けていて、いきなり攻撃を仕掛けてくることはなかったが
…しかし

「歩くことだけっつっても…」

 感覚で行ってる、無意識下の行動を意識的にやるってのは難しいぞ
えっと…、
右足の踵を上げて、つま先を地面から離す。腿をあげて前方に向けて体重を移動させ
元の位置より前の座標の地に足を置く。
頭の中で行動を文章にして順番に意識する、とロボの右足はゆっくりと前に進み勢いよく地面に足跡を残した

「よし、次は反対だ」

 スピーカから突然わっと声が上がる、歩いたという事実に対する歓喜の声らしいが
しかしなんだ、このロボはクララか? 動くことは当然の前提としてそこにあるものじゃなかったのか?
俺はいきなり無関係の一般人である俺に戦えと言って乗せられたことに続き
この一連の流れが本当に偶然やらなんやらで適当に出来上がった結果だということを肌で感じた

 右、左、交互に足を前に出しゆっくりと、だが確実に俺は神人に近づいていく

「…あっ……れ?」

 気がついたらコンクリートの地面にヘッドパッドをかましていた
額に疼痛を感じ押さえるとロボットの手も不器用な動きを見せる。

「大丈夫!?」
「一体どういうことだ? なんか急に感覚が変になっていつのまにか転んだ…」

 又も操縦席にウインドウが開きこなたが血相を変えて声をあげる

「自分のペースをイメージしすぎたんだよ、最初にゆっくり一つ一つの動作をイメージした時は平気だっただろうけど
 エヴァがキョン君のイメージ通りに実際に動くまでにはタイムラグがあるんだよ、それを修正しないで
 自分のイメージを先行させすぎればズレは大きくなっていくよ」
「あれだ、子供と一緒に歩いてるときに子供にあわせる感じか」

 なるほど、わかりやすい。が、扱いにくい
こんなものはわかったところで対応できる性質の事ではないだろう

「とにかく早く起き上がって!」
「わかってる」

 まず両掌を地面につける
上半身を起こして膝を曲げて前に
両腕を突っ張って上半身を立て、膝を伸ばして立ち上がる

 イメージ、イメージ、イメージ

「え?」

 起き上がって神人を見る。つもりがすでにそこにはビルしかなかった
俺がぶっ倒れてる様に戦闘意欲を削がれたか?
しかし元から戦う気があったようにも見えないが…
とそんな悠長なことを俺は考えていたせいで、だから反応が遅れてしまった

 しかしただでさえしようと思ってから動くまでに時間がかかるらしいのだ
だったらどちらにしろ間に合わなかったのだろう、でもそれでも心構えくらいは出来た筈だった
ミシッと強い圧力をかけられて何かが軋む音、続いて左腕の痛み

「……っつ!」

 神人は別にどこかへ行ったわけじゃなかった、いや移動は確かにしていたが
それはあくまでも俺に対する戦闘行為の一環だったらしい
コクピット越しの自分の視界でなくロボを通した視点
それには紫色の細い腕が後ろから緑の蔦の様な腕に今にも握りつぶされようとしているのが映っていた

「いってぇ! くそっ、どうなってんだよ、こんなの聞いてないぞ!」

 ギリギリとミシミシとロボの腕が嫌な音を立て
それが自分のことの様に鈍く痛い

「嘘だろ?」

 あまりの痛みに自分の視界で自分の腕を見る
そこには肘から手首にかけてぐるぐると”蔦のような何か”に締め付けられてるように
腕が圧迫されて鬱血していた。

 俺はどこかでまだ安心してる面があった。
もし負けても自分がいる操縦席みたいなこの棒が壊されなければうまくすれば死なないんじゃないかと
時と場合によっちゃこの中に居るほうが安全だと勘違い、錯覚してる自分が居た
だが、こんな、攻撃食らったら自分にバックしてくるシステムだなんて聞いてない
これじゃ、ロボが完膚なきまでに壊されて操縦席が無事でも
結果的には俺は死ぬじゃないか

「うわぁぁっっっ!」

 折れた、それはいともあっさりと
ポキッとかベキッとか、そんな”らしい”音は立てず
ただただ折れた感覚があった
別に骨を折ったことが無いわけじゃない
まがりなりにも17年生きてきた、事故の一つや二つくらいある

でも、こんな悪意と殺意と敵意と
そんなものに囲まれて腕を折るために折られた事なんて始めてだった
喧嘩もまともにしたことねぇんだぞ!?

「しっかりして! 自分の身体じゃない、それは歩いたり転んだりと同じように感じるだけ!
 キョン君の腕は折れてなんかないよ! イメージを持って!」

「キョン君! ちょっと聞いてる!?」

「落ち着け! 馬鹿キョン!」

 痛みと共に現れたリアルな死という事実
混乱し動揺し狼狽し、そんな俺を正気に戻したのは結局誰でもないハルヒの声だった

「あ……あぁ、大丈夫だ。少し取り乱した」
「少しどころじゃなかったよ…」

 そうだ、まだ俺はなんとか生きてる。
後ろから伸びてる手は折れた腕を執拗に締め付けるが大丈夫
気をしっかり持てば我慢できない痛さじゃない

「俺の腕自体はなんの問題もないんだったよな?」
「そうだよ」
「だったら…」

 俺は右腕で左腕を絡んでいる神人の腕の上からしっかり掴む
痛みは当然増えるが元から意識してれば大丈夫だ、歯を食いしばれば問題ない
左腕を身体を捻じる様にして内側に引き込む
腕を掴んだままの神人は当然引っ張られてロボの背中にぶつかるぐらい接近する

「痛みに耐えさえすれば普通に動かせるって事だろ!」

 声を荒げる、怒鳴る。そんなの自分が今まで数えるくらいしかした事の無い行動だ
俺は接近した神人に向かって折れた左腕で裏拳をかます

 そのまま肘で殴って殴って殴った
正直やっぱり裏拳は相手に与えるダメージよりこっちのバックの方がでかい
自分の腕が折れてなくても痛みで心が折れそうだった

「キョン君! 肩のでっぱりわかる? そこにナイフがあるから使って!」
「ナイフ!?」

 肩のところのってコレか。さっきから後ろの神人を確認する際視界に入ってじゃまだと思っていたが
そんな隠し武器が入っていたのか
俺がそれを意識すると顔の横にナイフがシャコッと現れた
思うように動かない、動きが遅いロボに苛立ちを感じつつ
俺はそれを右手で抜き取り、左腕に以前絡みついた緑の腕を切り落とす

「痛い!」

 とこいつが言ったかどうかは知らないが、俺の腕を折ってくれたお返しだと思え
俺は開放された腕を神人から遠ざけるように右回りで一回転して
神人に対し正面向いてやっとのこと対峙した

 ナイフを構える
なんていっても俺は別に切れたナイフと呼ばれたことなんてない普通の中高生時代を過ごしてきた
だからナイフなんて物を手にしたのは初めてで
構えたなんていっても適当に右手で掴んで振りかざしてるだけだったりする

だがナイフなんてものがこんな非日常の怪獣とウルトラマンみたいな戦闘に使用されるとは思わなかった
バタフライナイフを持ち歩く中学生じゃないんだからこんなんで強くなったような気は毛頭しないのだが…

 神人は斬られた腕から青い血と思わしき液体を垂れ流していたが
その量も少しずつ減っていく、そういえば自己再生ができるのだったか
このままお互い見詰め合ってても俺が与えたダメージが回復するだけで
俺には何の利も無い、ハイリスクノーリターンだ

「わぁぁぁぁっ!」

 視界が上下に激しく揺れるゴツク硬い足がコンクリートの破片を巻き上げて
最初の歩いていたのとは比べ物にならないスピードで神人に接近する
走り出すのには時間がかかったが走り出しさえすればこのロボットは風のように走った

 タイムラグを考えてまだある程度距離がある段階でナイフを振りかざして、そして振り下ろすイメージ

 衝撃はあった、手ごたえというかとにかく振り下ろした先になにかがあって
それにナイフは完璧なタイミングでヒットした
遅すぎて身体で体当たりを先にかますことも、早くて空振る事も無く見事にナイフはあたった
でも、刺さらなかった。神人の体には一ミリの傷も付けることが出来なかった
そして当然ナイフの方に意識をやっていた俺はナイフを振り下ろした後も走るのをやめるのを忘れていて

 それにそのままの勢いで結局は全身で体当たりを食らわした
正八角形の薄く紅く光る半透明の薄い壁にぶつかった
額どころか膝も肘も、ナイフをその壁に阻まれていた右手は変な風に捻じれ手首を痛め
反動で後ろに不様に尻餅をついた

「なんだこれ!?」

 倒れることの危険性はもう左腕を代償に十分知った俺はすぐに立ち上がる
といってもその気になればいくらでも攻撃できるような動きだが
鼻も打ったらしく後からツンと鼻腔を刺激する痛みを感じながら後退して距離をとる
その間もその発光するスケルトンの壁は不気味に宙を漂い神人の緑の体を照らす

「やっぱり奴らも持ってたの!?」

 こなたの声、画面は出ていないで声だけだスピーカーから聞こえる
どうやら俺に話しかけてるわけじゃなく咄嗟にでた声がここにも聞こえてきたということだろうが

「やっぱりってなんだ? このバリアみたいなのの存在を知ってたのかよ!?」
「可能性だけど」
「ふざけんなよ……」

 折角どうにかなりそうだったというのに
どうしろっていうんだよ…、ん? ちょっと待てよ

「奴らもってこのロボットも同じの使えたりするのか?」
「……可能性だけど」
「本当にふざけんなよ!」

 畜生、役にたたないにも程があるぞ
可能性とかなんだとか、無限の可能性ってありがちな言い方を許してもらうならそれこそなんでもありになっちまうじゃないか

 イメージだろ? いいさ貧困な想像力を総動員してやろう
どうせそんなに苦労しないさ、きっと。
目の前に実物があるんだ無から有を出すわけじゃない
頭の中だけで絵を描くんじゃなくてトレースだ、簡単の筈だろう

「壁、自分を守る自由自在な壁、強固な壁」

 目を閉じて自分の視界を閉じてロボの視点で、浮翌遊する正八角形を睨む
イメージ、ならシチュエーション、ポーズも手助けになるんじゃないか?
俺は両手を体の前に持ってきて胸の前で合わせる
数瞬たった、敵の前にある奴に比べればぼんやりと薄い弱弱しいものだったが
それは確実に存在を形作る

 俺はナイフを掴みなおしてもう一度神人に接近する
同じタイミングでナイフを振りかざし振り下ろす
ただし、それはさっきと違い刺すのではなく斬る動作




はたしてナイフは分厚いゴムを切るような抵抗を受けながら緩慢な動きでその発光する壁を切り裂いた


「ざまぁみろ!」

 半ばほど切り裂いて霞のように掻き消えた壁を越えて
俺は左腕で顔と思わしき仮面を掴み地面に叩き伏せる
神人はぱちくりとその仮面にあいた二つの穴を瞬かせる
このとき俺はアドレナリンの異常分泌による作用かなんなのか
左腕の痛みは完全に麻痺し、気分は非常に高翌揚していた

 顔を掴んだまま、ナイフを握った右手で二度三度殴りつけ
腹部になにやら思い切り弱点らしき赤い球ころが引っ付いてるのに気がつく
俺はそこめがけてナイフを振り上げて、一拍おいて感覚と実際の動きを合わせて振り下ろす
が、やはりそれは弱点だったのか神人はこれまでにない程の気色悪い脈絡の無い動きで
マウントポジションの俺を振り払おうとし、ナイフはずれて押さえていた顔の目と目の間
眉間と思わしき部分に刃渡りの半分程度を埋めた

 顔から青いぬめった液体が溢れ出し、ナイフは甲高い音を立てて火花をまわりに散らす
刺さったナイフと化け物の傷と血を見て俺はナイフを左手に持ち替え顔を刺したまま
右手を先ほどナイフを取り出したのと別の肩のボックスに伸ばす
二つあるのだからナイフも二つあるだろう、なんてそんな冷静な考えは無かった
その瞬間はただの反射というか、そんな感じでの行動だった

 パシッと吐き出される二本目のナイフを青い血で気味悪く汚れた右手で掴み
今度こそと振り上げ、一拍置いて振り下ろす
二度目の正直というか、目測誤らず二本目のナイフは紅球に突き立つ
顔の部分よりもずっと頑丈で刃先しかその球体に刺さらなかったが
火花は比べ物にならないくらい飛び散り、また神人の暴れようは最高潮に達した
俺は多分先刻のハルヒさながらの凄惨な笑みを浮かべていただろう状態で
左手も二本目のナイフの柄に添えて全体重をかけるように力を込めた

 しばらく四肢をバタつかせ悶えていた神人はしかし紅球からでる火花の量が減るのと
まるで比例するかのように力なくなり、やがて球体が光をなくし灰色の塵となると同時に完全に動きを止めた

「はぁ……はぁ…」

 全身の倦怠感、両手にこびり付いた血液の感触
いまさら戻る左腕の鈍痛、人間のと違う少し甘く生臭いそれでもそれとわかる神人の血の臭い
この短時間でずいぶんと慣れてしまった動きで俺は神人から離れ立ち上がる
神人が死に間際に暴れた際に抉れ倒壊した周囲のビルや道路
後ろを振り返れば一定の間隔でついてる大きな足跡

「キョン君!? キョン君! 返事して、大丈夫!?」
「こ…なた、か。問題ない、何も、ない。生きてるさ、無事戦闘終了だろ?」
「よかったぁ」

 目の前に現れるウインドウにもそれが当然様に会話を交わす

「いま地図を送るから、きた時と同じルートで回収するから。…行ける?」
「……余裕」

 非常に体が熱い、この俺を包んでる血の香りの強い液体には俺の汗が混じってるのだろうかとか
多少思考をそらしやっと生き残った実感を感じつつ、送られてきた簡単な地図を見て
足を動かそうとして…動かなくて

足元を見た、そこには俺が倒したはずの緑の巨人の腕と似た蔦のようななにかが幾重にもまきついていた



そして、目の前が真っ白になった

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最終更新:2008年06月30日 08:39