蘇るになし藩国

「九重+瑠璃の場合」



九重、常日頃からぼんやりしているとか注意力散漫とか言われる人間だが
近頃は輪をかけてぼんやりしていた。

シーズンオフ中でになし藩国には人がほとんどいない。
ただでさえ空虚な空間の、I=D工場の格納庫のすみっこ、
かつてトモエリバーの武器を保管する為に用意されたウエポンラックの横に座椅子を持ち込んで九重はぼんやり座り込んでいる。

──視線を上げれば「がんばって」とマーカーで落書きされた何本ものソードが写りこむ。

トモエリバー用に開発されたこのソード、
大半の武器は機体の廃棄と同時に鉄屑になっていたが
これだけは例外として保管されていたのだった。

主力機がダンボールになってソードが使われなくなっても、
発掘兵器が使用出来るようになってプラズマソードとか振り回すようになっても、
ただ一振りも失われる事なく格納庫のすみっこで鈍い光を放っていた。

九重、これまた私物で持ち込んでいた携帯ゲーム機を脇に置いて、
改めて剣に刻まれた落書きを見た。

それは何の力も無いただの落書きである。
──が、この国の一部の人間はそうは思っていない。
一部の人間は自分が今この国にいるのは運命で、それを導いたのは一筆の落書きである、
と信じ込んでいて、九重もまたそんな人間だった。

剣の群は変わらず鈍い光を放っている。
その鈍い光は加護にも似て、今もこの国を護り続けているように九重には思えた。


「うーんうーん」
剣を見上げる九重の右後方、何が詰まっているのかよくわからないコンテナに腰掛けて唸っているのは瑠璃である。
調べ物でもしているらしく、膝上のノートパソコンをもにょもにょいじっている。

シーズンオフ中はとりあえず格納庫で待機するのが通例になっていた。
唸っている理由もまたいつもどおり。
「……ひめさまの情報ないなー。迷宮の奥の方で見かけたらしい、って聞いてそれきりですよ」
迷宮に行けるくらいには元気になったのかなー、でも何しに潜ってるんだろう。
とか九重に言うわけでもなく呟いている。

同じ場所にいるだけで別々の事をして過ごしている二人ではあったが、根底の目的は全くもって同じであった。
すなわちぽちに何かあった場合に即駆けつけられるように、情報収集しながら待機しているのである。
わざわざ格納庫で待機しているのも機体のそばにいた方が何かと都合が良いだろうという目論見だった。

とは言え肝心の何かがそうそうあるわけもなく、趣味で時間を潰しながら待機しているのに変わりはない。
「うーん、第二王女ですってよ九重さん」
「へー、そんなんいるんですか」
「……姫様にも姉妹とかいるんですね。そういえば、私たちってあのひとのこと、全然知らないですよね……」
九重に負けず劣らずマイペースなこの人物には珍しく物憂げな表情である。
あー、とかえーと、とか前置きして何か言おうとしていた九重も結局うまいこと言えそうにないので言うのをやめた。
九重自身はぽちが戻ってこないかも、とかいう心配は微塵もしていなかったので
「戻ってきたら仲良くなって色々聞けばいいじゃないですか」とか言おうと思ったのだが
それでも心配なものは心配だろうし如何ともしがたいなぁ。と思った故の空回りであった。

気が付けばまた剣を──そこに書かれた落書きを見上げていた。
それは何の力も無いただの落書きだが、ただそれこそが自分と王女を繋ぐものであると信じて、九重は王女の無事を祈った。

テキスト執筆 九重 千景@になし藩国

最終更新:2008年08月15日 18:07