413 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/03(火) 23:24:39.59 ID:37OU16gw0
「窮屈だわ……」
タバサの足元で、ルイズがぼやいた。
ルイズはコクピットの床面にお尻をついて座り、伸ばした足でフットペダルを操作している。
膝上まであるソックスに包まれたタバサの両脚が背もたれ代わり。その両膝が、ルイズの頭を
やんわりと挟んで固定してくれていた。

「我慢」
涼しい顔でそう言うタバサは、杖を構えて魔法で操縦桿を操作していた。
ルイズに輪をかけて小柄なタバサは、直接レバーを握って操縦するのを最初から諦めていた
ようだ。


420 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/03(火) 23:29:45.11 ID:37OU16gw0
「桃色の髪の娘っ子はまともに魔法が使えねえからな。これがベストな体勢だろう」
そう言い、自分で自分の言葉に納得したかのようにカチャカチャ鳴るデルフリンガーをきっ、
と睨んでから、ルイズはなんだか悔しくなって、傍らに置いた『始祖の祈祷書』に思わず目を
やった。

そして、息を呑んだ。

その内の一ページが、また光を発しているのがわかったからだ。


422 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/03(火) 23:34:22.27 ID:37OU16gw0
ルイズは震える手で祈祷書のページをめくった。
光っていたのは、序文の次のページだった。


「以下に、我が扱いし『虚無』の呪文を記す。
初歩の初歩の初歩。『エクスプロージョン』」


その後に、古代語の呪文が続いていた。

それを一通り読んでから、ルイズは顔を上げた。背骨を反らし、顎をぐっと上げ、上下反転して
見えるタバサの無表情な顔を仰ぎ見る。
「ねえ、タバサ……」

「何?」
タバサが不審げに眉を動かした。


436 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/03(火) 23:39:45.11 ID:37OU16gw0
ルイズはしばし逡巡していたが、やがて意を決して言葉を継いだ。

「あんたとベイダー、このところよく一緒に居たけど、何やってたの? それから、あの恋文みた
いなのは何?」

眼鏡の奥の目が一瞬困ったように泳ぐのを、ルイズは見逃さなかった。
じっとその視線を絡めとり、放さない。
逃げ切れないと思ったのか、タバサは一度両目を瞑った。

そして、その瞼がもう一度開いた時には、瞳に映るのはいつもの無機質な色だけになっていた。

「ベイダー卿に、字を、教えていた」
一言一言紡ぎ出すように、ぽつりぽつりとタバサは言った。
「字? ベイダーってば、字がわからなかったの?」
少しだけ困ったような表情で、タバサがこくりと頷く。


452 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/03(火) 23:46:21.70 ID:37OU16gw0
「でも、どうしてあんたに? わたしに習えばいいじゃない。四六時中一緒にいるんだし」
タバサは今度こそ目を伏せた。
「あなたを、驚かせたかった」
「はぁ?」
「ベイダー卿が、そう言っていた」
ルイズはあんぐりと口を開けた。そっちの方がよほど驚きだ。


467 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/03(火) 23:52:08.39 ID:37OU16gw0
なんて馬鹿げた理由だろうか……ルイズは思った。振り回されるこっちの身にもなってほしい。

第一、ルイズはベイダーが字を解さないこと自体、今の今まで知らなかったのだ。
驚く驚かない以前の問題である。

そして、そんな困惑とともに、ルイズの胸の中に沸々と笑いがこみ上げてきた。
胸中澱のように溜まっていた疎外感が、ぽろぽろと剥がれ落ちていくのを感じた。

(あんたも結構ヌケてるんじゃない、ジェダイの騎士さん?)
ルイズは顔の向きを戻し、ひとり笑いをかみ殺した。


471 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/03(火) 23:56:14.11 ID:37OU16gw0
タルブの草原が近づくにつれ、爆発の衝撃が強くなってきた。
それに揺さぶられ、機体のブレも大きくなる。

デルフリンガーの指示でタバサが操縦桿を小刻みに動かし、続いてルイズが必死にラダー
ペダルを踏み込む。


二人が力を合わせて操縦するハリアーが、戦場の空に躍り出た。


478 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/04(水) 00:02:11.52 ID:/LcM/qO40
「なんてこと……!」
予想を遥かに超える事態に、ルイズは束の間呼吸を忘れていた。
ルイズの姿勢では上方を仰ぎ見ることしかできないのだが、それでも相も変わらず悠々と滞空
する超巨大戦艦と、無数の機影が空を覆っているのが見て取れた。

地上でも乱戦が繰り広げられている。
「下りられない」
白磁の如きタバサの顔が、さらに蒼白くなった。

それどころか、今こうしている間にも撃墜されないのが不思議なくらいだ。


488 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/04(水) 00:08:05.63 ID:/LcM/qO40
上空を見守るルイズの視界の隅で、一機の小型機が味方に撃たれて墜落していった。
なぜだかわからないが、ルイズの背筋を、悪寒が駆け抜けた。

そしてその刹那、今しかない、と誰かの声が聞こえた気がした。
気がつけばルイズは立ち上がり、キャノピーを開放していた。
その背後では、タバサが珍しくぎょっとしたような表情を浮かべている。

ルイズは『始祖の祈祷書』に記されていた呪文の詠唱を開始した。


エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ


タバサは今度こそ目を見張った。
ルイズの唇が、勤勉な彼女ですら聞いたことのない、古代のルーンが紡ぎ出していた。


498 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/04(水) 00:12:45.82 ID:/LcM/qO40
オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド
ベオーズス・ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ


ルイズの中を、リズムがめぐっていた。一種の懐かしさを覚えるリズムだ。
呪文を詠唱するたび、古代のルーンを呟くたびに、リズムは強くうねっていく。
神経は研ぎ澄まされ、辺りの雑音はすでに一切耳に入らなくなっていた。

体の中で、何かが生まれ、行き先を求めてそれが回転していく感じ――誰かが言っていた
そんなセリフを、ルイズは思い出していた。
自分の系統を唱える時には、そんな感じがするのだという。

だとしたら、これがそうなのだろうか?
いつも、ゼロと蔑まれていた自分……。
魔法の才能がない、と両親に、長姉に、先生に叱られていた自分……。

そんな自分の、これが本当の姿なのだろうか?


507 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/04(水) 00:17:12.08 ID:/LcM/qO40
タルブの草原目がけて落下していくVウィングのコクピット内で、ベイダー卿は奇妙な声を聴い
た気がした。
不思議に暖かく、懐かしいようでいて、こちらの勇気を鼓舞する声だ。
ベイダー卿はハッとして目を開けた。
被弾の衝撃で、ほんの一瞬だけ、気を失っていたかもしれない。

できる――ベイダー卿はそう自分に言い聞かせた。
意識と無意識の狭間で聴いたあの声が、ベイダー卿を高揚させ、自信と勇気を与えていた。
自分にならできる……。


515 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/04(水) 00:21:41.17 ID:/LcM/qO40
操縦桿を握る手に力が籠もる。
飛行を続けるのは絶望的だが、操縦系統はやられてはいない。
機体を制御することは可能だ。

必要な動作を見事な手際でこなしつつ、ベイダー卿は先ほどの声の主をおぼろげながら感じ
取っていた。
そして、『彼女』がやろうとしていることも。


536 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/04(水) 00:30:07.98 ID:/LcM/qO40
草原が急速に迫ってくる。
それが瞬く間に視界一杯に広がってから、ベイダー卿は思い切り操縦桿を引き、機首を起こした。
目の前には、着陸した二機のガンシップ。
ベイダー卿はトリガーを素早く引いた。
まばゆい激光が連続して数十発放たれ、二機のガンシップをたちどころに粉砕した。

それからベイダー卿は、Vウィングを地面とほぼ平行に滑空するような姿勢に持ち込んだ。
ランディング・ポイントは、トリステイン軍と帝国軍のちょうど中間。
思い切り左に舵を切り、機体を横滑りさせながら接地。

そして次の瞬間、ベイダー卿はコクピットのハッチを跳ね上げた。


567 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/04(水) 00:41:54.31 ID:/LcM/qO40
トリステインは小国ながら、歴史ある国である。由緒正しい貴族が揃っている。
軍におけるメイジの比率は、各国で一番高いくらいであった。

着陸した大型機から数十名の兵士が姿を現した時、少なからぬ数のメイジが反撃を試みた。
今まで空を飛ぶ謎の敵に蹂躙されっぱなしで活躍できなかった鬱憤を、ここで晴らそうとした
のである。
それは貴族の名に恥じぬ勇敢な行為であったが、結果として、新しい敵の強力さを印象付ける
ことになった。

彼らが手にした円筒状の大きな武器から出る光は、ほとんどの攻撃魔法より殺傷力が高く、
しかも比較にならないほどのスピードで連射ができた。
さらに、彼らが着込んだ白い甲冑は軽量の上に非常に頑丈で、『ドット』や『ライン』程度の攻撃
呪文ではなかなか致命傷を与えられない。
そして、より強力で時間のかかる呪文を詠唱させてくれるほど、敵は鷹揚ではなかった。


580 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/04(水) 00:46:40.36 ID:/LcM/qO40
敵の部隊も、初めこそ既知の体系にない原理で生み出される『魔法』という攻撃手段に戸惑っ
ていたようで、その間に数名を倒すことができた。
しかしながら敵部隊が『魔法』のおよその性質を把握し、体勢を整えるや否や、トリステインの
メイジたちは次々に撃破されていった。

何しろ、こちらが一発の攻撃呪文を詠唱する間に、相手からはその何十倍もの光線が飛んで
くるのだ。それも、確実に被弾した者の命を奪い取る殺人光線が、である。

そして、一人の敵兵が投げた小さな球状の兵器が周囲を焼き尽くす火球を出現させるに及んで、
ついに彼ら勇敢な貴族たちも戦意を失った。


590 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/04(水) 00:53:44.49 ID:/LcM/qO40
その場に踏みとどまろうとするアンリエッタとマザリーニだったが、もはや戦線の維持は困難に
なっていた。
前方の味方は瞬く間に総崩れになり、逃げる間もなく屠られていった。

だが、被害がアンリエッタのすぐ前の兵士まで及び、彼女自身も身の危険を感じた時、こちらの
方に機首を向けて低空を飛んでくる小型機が目に入った。

先ほど味方であるはずの大型機を撃墜したのと同じ機体だ、とアンリエッタが気づくより先に、その
機は敵味方の間の地面に接触し、草地の上を滑走する。
前部を覆う風防が跳ね上がり、人影が一つ、ばね仕掛けの人形のように高々と空中に飛び
上がった。

赤く光る長剣を手にして。


609 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/04(水) 01:00:08.68 ID:/LcM/qO40
背後のガンシップが破壊され、さらにスターファイターが眼前に落下してきたことに浮き足立ち
ながらも、歴戦のクローン兵たちの対応はさすがに素早かった。

ファイターのコクピットから宙に舞い上がった黒い人影に、立て続けにブラスターを撃ち込む。
だが、標的の人影は空中で華麗に体勢を整えると、手にしたライトセイバーを振るい、その全弾
を跳ね返した。
その影が着地するまでの一瞬の内に、偏向された光弾を受け、数人の死傷者が出た。

気づけば身長二メートルあまりの黒ずくめの巨人が、原住民の軍隊を守るようにして彼らの
前に立ちふさがっていた。

「ジェダイだ! 殺せ!」
コマンダーが怒号を発した。


630 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/04(水) 01:04:55.04 ID:/LcM/qO40
「あなた……だったのですか」
わけのわからぬスピードと身のこなしで目の前に降り立ったベイダー卿の背に、アンリエッタが
声をかけた。
枢機卿のマザリーニは、唐突に現れた巨人に目を丸くしている。

ベイダー卿はブラスターの弾を偏向しながら、ちらり、と顔だけをアンリエッタの方に向けた。

「貴婦人の護衛には慣れているのでね」
笑えないジョークだった。


642 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/04(水) 01:07:27.88 ID:/LcM/qO40
残ったクローン兵たちは姿を現したジェダイの騎士にブラスターの砲火を集中させた。
だがその騎士は、彼らが今まで共闘してきたどのジェダイよりも手強かった。
あたかも全身を偏向シールドで覆っているかのように、ライトセイバーの細い刀身でことごとく
光弾を弾き返す。

傍らの兵がサーマル・デトネーターを投げつけようとするのを、コマンダーは激昂して制止した。
「やめろ! フォースで跳ね返されたら我々は一瞬で全滅だぞ!」
だが、このままやっていても勝ち目は薄い。
コマンダーはコムリンクでもう一方の軍勢に向かった小隊を呼び戻すと共に、残存の航空戦力
に連絡を取った。


656 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/04(水) 01:11:54.22 ID:/LcM/qO40
アンリエッタとその周りに控える高官たちは、ベイダー卿の戦いぶりに目を見張っていた。

人間の認識力を超えた速度で飛来する光線が、赤い刃に次々と跳ね返されていく。
しかもそれを振るうベイダー卿の動きには無駄もよどみもなく、あたかも軽やかなダンスを踊っ
ているかのよう……。

ベイダー卿が光弾を防いでくれているのを見て、後ろに控える貴族たちもにわかに勢いを取り
戻した。
口々に呪文を詠唱し、火球や真空の刃をクローン兵目がけて放つ。
敵兵が次第にその数を減らし、味方の士気が回復していくのを感じ取って、アンリエッタはぼん
やりと理解した。
ああ、こういう人をこそ英雄と呼ぶのだ……、と。
黒いマントに包まれた広いその背は、どんな城砦よりも頼れるものに思えた。


682 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/04(水) 01:22:03.96 ID:/LcM/qO40
残るクローン兵がガンシップの残骸を迂回して一旦引き、もう一つの小隊と合流するのを見て、
ベイダー卿はライトセイバーの刃を収めつつ、すぐ後ろにいるアンリエッタに声をかけた。

「トリステインの王家は代々『水』系統の魔法を得意とすると聞くが?」
「え、ええ……」
ベイダー卿に話しかけられたことに少々面食らいつつ、アンリエッタは曖昧に肯定した。
その言葉に嘘はない。彼女自身も『水』系統のトライアングル・メイジである。

ベイダー卿は満足そうに頷いた。
「ならば、できるだけ広範囲に濃密な水蒸気を張ることは可能か? 味方全部を包み込む
ような」

「わ、わたくしひとりでは心許ありませんが、もう何人かの貴族に協力してもらえるなら……。
でも、どうして?」
「彼らの持っている武器は、水蒸気によって減衰させられ、威力が半減する。しばらくそれで
持ちこたえてほしい」
対レーザー用エアゾールを、魔法の力で作り出そうというわけだ。


705 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/04(水) 01:28:40.12 ID:/LcM/qO40
アンリエッタは戸惑った。
「そ、それはかまいませんが、あなたは?」

ベイダー卿はそれに答えず、アンリエッタの顔をまともに見下ろした。
「航空戦力からの攻撃からは、僕の力でもきみたちを守りきれない。だが、僕にはわかる。もう
すぐマスターが来るのを感じる。それまで、できるだけ散開して被害を抑えるんだ。いいな?」
「は、はい……」
迫力に気圧されたアンリエッタがそう返事するのを見届けてから、ベイダー卿はもう一度前方
に目を向けた。

クローン兵の小隊が戻ってこようとしていた。


726 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/04(水) 01:36:02.34 ID:/LcM/qO40
ルイズが来てどうするというのか、アンリエッタにもよくわからなかった。
だが、ベイダー卿の活躍でなんとか立て直してもらった自軍の将兵を守るのが、指揮官たる
アンリエッタの使命だ。
そして、そのための指針も与えてもらった。

甲高い音とともに、ベイダー卿の右手に握られたライトセイバーが、再び光を発する。
マントを翻して駆け出すその背に、アンリエッタは我知らず呼びかけていた。

「メイ・ザ・フォース・ビー・ウィズ・ユー、ロード・ベイダー!」
戦場の猛き風がその声を届けてくれたかは、だれにもわからない。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2007年07月04日 02:18