ハイパ~ベイダータイム



175 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/18(月) 03:01:14.15 ID:VYsc/m080
ハリアーの轟音は、まだ朝ぼらけの中にあった学院の生徒を一人残らず叩き起こした。

タバサもその例外ではない。
目を覚ました彼女が枕もとの眼鏡をかけ、窓の向こうに視線を向けると、竜の羽衣が中庭の
地面から浮き上がり、ハルケギニアの誰も見たことがない加速力で雲間に消えていくのが
見えた。

ベッドから跳ね起き、身支度を整えるタバサ。
出し抜けに、部屋の扉が乱暴に開いた。
見るまでもなくわかる。キュルケだ。

タバサはマントを羽織りながらキュルケに向かって頷くと、窓を大きく開けた。
主人の意を汲んだ使い魔が、合図の口笛より先に既にその下に待機していた。


28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/23(土) 01:53:50.94 ID:XQ0GhEZs0
「なんてスピードなの! シルフィードでも追いつけないなんて!」
吹きすさぶ風に負けじと、キュルケが声を張り上げた。

地上三千五百メイル、足元に下層雲が広がる目もくらむような高空を、タバサの駆る風竜の
シルフィードが飛行していた。

空気の澄み渡った上空では彼方まで見渡せるため、タバサたちは遥か前方を飛ぶハリアー
を辛うじて見失わずにいられた。
シルフィードはきゅいきゅい、と一声鳴くと、さらに増速した。既にその速度は時速五百キロを
超えている。

しかし、それでも両者の距離は開く一方である。


31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/23(土) 01:56:11.83 ID:XQ0GhEZs0
そして、既に豆粒よりも小さくなったハリアーからオレンジ色の光が放たれたかと思うと、次の
瞬間にはその姿が掻き消えていた。
タバサたちは追いつくのを諦め、速度を若干落としつつ同じ方角に向かうことにした。

その針路から、ベイダー卿の目的地は予想がついている。

つい二週間ほど前に訪れた小村……タルブの村だ。


34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/23(土) 02:00:10.59 ID:XQ0GhEZs0
「うおー、ほんとに飛んでやがる! こりゃ速えな! まるで矢のようだぜ!」
邪魔にならないよう操縦席の脇に横たえられていたデルフリンガーが、興奮したように騒いだ。

「僕はこの何十倍もの速度で飛ぶ機体も操縦したことがある」
機体の動作を一つ一つ確認しながら、ベイダー卿は少し誇らしげに言った。やはり空を飛ぶの
は爽快だ。

へえ、とデルフリンガーが感嘆の声を漏らした。
「まったく、相棒の元いた世界とやらは、ほんとに変わった所だね」


37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/23(土) 02:02:52.66 ID:XQ0GhEZs0
そろそろ頃合か――ベイダー卿はそう考え、アフターバーナーに点火した。
ノズルから炎が吹き上がり、機は一気に時速1000キロメイル近くまで速度を上げた。

機体がわずかにきしむ。加速度が体にかかり、ベイダー卿はわずかに呻いた。
彼にとってはこの程度の加速度は苦痛ではなく、むしろ心地よい。

……だが、同乗者にとってはそうではなかったようだ。

「う、わ、きゃああああぁぁぁぁぁッ!!」
機が加速するのと同時に、座席の後部からけたたましい悲鳴が上がった。


49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/23(土) 02:10:07.92 ID:XQ0GhEZs0
「乗り心地はどうだ、マスター?」
加速を緩めながら、振り向きもせずにベイダー卿は背後に向かって声をかけた。

果たして、悲鳴の主はルイズであった。加速が緩むまで、コクピット後部に新設された座席の
下で丸まり、体にかかる途方もない重圧にどうにかして耐えようとしている。


「あああ、あ、あんた、わたしがいるのわかって今のやったの!?」
ようやくショックから立ち直ったのだろう、ルイズは安定を取り戻したコクピットの中で腰を浮か
すと、震える声でわめきながら、シートからはみ出たベイダーの頭部をぽかぽかと叩いた。


61 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/23(土) 02:19:45.01 ID:XQ0GhEZs0
ベイダー卿はコクピット内を改造し、ハルケギニアで使い道のないアビオニクスの大部分を
取り払っていた。
その分だけ空いた後部スペースには座席が設けられ、急ごしらえながら複座機の体裁が整
えられていたのであるが、無断で乗り込んだルイズはとりあえずその下に隠れていたので
ある。

「僕を欺けるとでも思ったのか」
絶え間なく降り注ぐルイズの拳を意に介した様子もなく、ベイダー卿は嘯いた。

「ほ、本気で死ぬかと思ったんだから! あ、あんた、ご主人様をな、なんだと思ってんのよ!」
よほど怖かったのだろう、ルイズはもはや反泣きである。
それでも強気の姿勢を崩さない辺り、さすがは気位の高い公爵家の娘と言えた。


64 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/23(土) 02:25:52.82 ID:XQ0GhEZs0
「して、その“ご主人様”はなぜこの機に乗り込んだのだ?」
いきなりの核心を突く質問に、ルイズの手がぴたりと止まった。
ベイダーは黙って操縦桿を握っている。その沈黙はしかしながら、返答を促しているかのよう
でもあった。

「そ、それは……」
ルイズが口ごもる。彼女とベイダーは、ハリアーの前で口論の末に別れたはずである
もとよりルイズは、明確な目的があってハリアーに乗り込んできたわけではない。
ただ、このところずっと引きずっているもやもやした思いを見極めたかった。あるいはむしろ
それをぶつけてやりたかったのかもしれない。
そうして気がついたらコクピットにかかるはしごに手をかけていたのである。

それに、その時のルイズにはかすかに予感めいたものがあったのだ。


――このまま行かせたら、二度とベイダーに会えないかもしれない、と。


74 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/23(土) 02:34:14.50 ID:XQ0GhEZs0
それなのに、この期に及んでまだルイズは素直にそう口にすることができなかった。

「きき、決まってるじゃない。あんたこれから戦場に行くんでしょ? せ、戦場に使い魔だけを向かわせる貴族なんて聞いたことがないわ。どうせあんた、止めても聞きやしないだろうし」
ベイダーは黙って聞いている。ルイズは初めて体験するジェット戦闘機の乗り心地に軽い眩暈
を覚え、シートに座り込んだ。
そして、深呼吸してからまた口を開く。
「だ、だからこうやってついてきてあげたんじゃない! 忘れないで! あんたはわたしの使い
魔なんだからねっ! だから勝手なことは許さないの! いい? こうなったからには、あんた
の使命はご主人様であるわたしを戦場でしっかり護衛すること! アルビオンの竜騎士に落
とされでもしたら、許さないんだから!」

嵐のような勢いでそうまくし立ててから、ルイズは再度大きく息を吸い込んだ。

もやもやした思いは晴れるどころかますます大きくなって、その小さな胸を内側から圧迫して
いた。


78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/23(土) 02:37:43.70 ID:XQ0GhEZs0
「わかった。撃墜されたりはしないから、安心するがいい。……少し揺れるぞ。座席のベルトを
締めておけ」
ベイダーは前方を見つめたまま、何一つ異論を差し挟まなかった。
その物分りの良さがまたルイズの神経を逆撫でしたが、彼の言うとおり機体が大きく右にロー
ルしたため、彼女は慌てて指示に従った。

ベイダー卿はラダーペダルを踏み込みながら操縦桿をさらに右に倒した。
後部座席のルイズが、また盛大に悲鳴を上げる。

二人を乗せた機体は、右に旋回しながら急降下した。


雲を突き抜けた先は、戦場だった。


82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/23(土) 02:39:41.28 ID:XQ0GhEZs0
ラ・ロシェールの街に立て籠もったトリステイン軍の前方五百メイル、タルブの草原に敵の
軍勢が見えた。
アルビオン軍だ。
三色の『レコン・キスタ』の旗を掲げ、悠々と行進してくる。

生まれて初めて見る敵に、ユニコーンに跨ったアンリエッタは震えた。
その震えを回りに悟られないよう、アンリエッタは目を瞑って軽く祈りを捧げた。

敵は草原を進んでくる三千の上陸軍だけではない。
視線を上方に転じれば、巨艦『レキシントン』号を旗艦とする大艦隊が隊列を整え始めていた。
トリステイン軍に舷側をさらす形の単縦陣。
砲撃戦の構えだ。


89 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/23(土) 02:44:58.56 ID:XQ0GhEZs0
アルビオン軍の艦が次々に砲門を開いた。
灼熱の砲弾が巨大な慣性重量を乗せて自軍めがけて飛んでくる。

着弾。
何百発もの砲弾が、ラ・ロシェールに立て籠もったトリステイン軍を襲った。
岩や馬や人が、いっしょくたになって舞い上がり、飛び散る。
圧倒的な力を前にして、味方の兵が浮き足立った。

岩山を削って造られた要害に立て籠もっているという安心感は、一瞬の内に吹き飛んだ。


恐怖に駆られ、アンリエッタは叫んだ。
「落ち着きなさい! 落ち着いて!」
近くに寄った枢機卿のマザリーニが、アンリエッタに耳打ちした。
「まずは殿下が落ち着きなされ。将が取り乱しては、軍は瞬く間に潰走しますぞ」


91 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/23(土) 02:49:31.76 ID:XQ0GhEZs0
マザリーニが発した伝令で、トリステインの貴族たちが岩山の隙間の空にいくつもの空気の
壁を作り上げた。砲弾がそこにぶち当たり、砕け散った。

しかし、何割かはやはり飛び込んでくる。
そのたびにあちこちで悲鳴があがり、砕けた岩と血が舞った。

マザリーニは呟いた。
「この砲撃が終わり次第、敵は一斉に突撃してくるでしょう。とにかく迎え撃つしかありませんな」
アンリエッタが緊張で乾いた唇を湿らせる。
「勝ち目はありますか?」

マザリーニは、砲撃によって兵の間に動揺が走りつつあるのを見届けた。
姫に続けとばかりに出撃したが……人間の勇気には限界がある。

しかし、忘れていた何かを思い出させてくれた姫に現実を突きつける気にはなれなかった。
「こちらの地の利を考え合わせれば、五分五分……といったところでしょうな」
その言葉とは裏腹に、マザリーニは痛いぐらいに戦況を理解していた。
敵は空からの絶大な支援を受けた三千。対する自軍は、砲撃で瓦解しつつある二千。


勝ち目は、ない。


96 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/23(土) 02:56:48.27 ID:XQ0GhEZs0
右に大きく傾いた機体のキャノピー越しに、ベイダー卿は眼下のタルブの村を見つめた。
先日見た、素朴で、美しい村は跡形もなかった。家々は黒く焼け焦げ、どす黒い煙が立ち
昇っている。

草原はアルビオンの軍勢で埋まっていた。
雲霞の如き大軍が、我が物顔に草花を踏みつけてラ・ロシェールの方角に行進していく。
そしてそんな彼らの自信を裏打ちし、士気を鼓舞しているのは、上空に控える大艦隊であった。


98 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/23(土) 02:58:37.63 ID:XQ0GhEZs0
二週間前の、祝宴の席を抜け出した夜を思い出す。
マントに顔を埋めて泣いたシエスタの頬の感触が、シートにあずけた背中に蘇る。

機械で満たされた胸腔に、雷雲のような怒りが広がっていくのがわかった。

その脳裡で、泣き腫らした目でシエスタが浮かべたあの笑顔が、幾度となくフラッシュバック
した。

マスクの中の瞳が、金色に染まった。
その目が、こちらに向かって上昇してくる何匹ものドラゴンを捕捉する。

「皆殺しだ」
ルイズさえもゾッとするような声で、ベイダー卿は呟いた。


60 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/24(日) 14:26:20.76 ID:8o0wSeUN0
「一騎とは、なめられたものだな」
急降下してくる竜騎兵を迎え撃つため、自分の竜を上昇させたアルビオンの騎士が呟いた。
その視線の先に、雲間からこちらに向かってくる竜の姿があった。

ずいぶんと見慣れないかたちの敵だ。
横に伸びた翼は、まるで固定されているかのように羽ばたきを見せない。
しかも、聞き慣れない爆音を轟かせている。
あんな竜、ハルケギニアに存在していただろうか?

しかし……、どんな竜だろうが、アルビオンに生息する『火竜』のブレスを食らったら、ただで
はすまない。瞬時に翼を焼かれ、地面に叩きつけられることだろう。
彼はそのようにして、既に二騎、トリステインの竜騎兵を撃墜していた。

「三匹めだ」
唇の端を歪めて、急降下してくる竜騎兵を待ち受ける。
しかし火竜に指示を出すわずかの間に、敵の竜は想定の何倍ものスピードで距離を詰めて
いた。瞬きのたびに倍加騒音に、彼の騎乗する竜がぎゃんぎゃんと鳴いて身をよじる。

彼がそれをなだめようとした寸前、竜の頭部に風穴が開いた。
何事か理解する間もなく、彼自身の頭も三十ミリ機関砲弾を喰らって吹き飛んだ。


65 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/24(日) 14:30:54.29 ID:8o0wSeUN0
最初の正面反航戦で、ベイダー卿は機を巧みに操って、火竜のブレスの射程の遥かに手前
から、四人の竜騎士をそのドラゴンごとしとめた。

機関砲の装弾数は決して多くはないので、二、三発のバースト射を確実にドラゴンと乗り手
双方の急所に叩き込む。

四匹の竜がバラバラと落下し、機首を起こしたハリアーが頭上を通過していった時にも、残り
の竜騎兵は何が起こったのか把握できていないようだった。


ベイダー卿はエレベーターとラダーを同時に操作し、上昇しながら機体を旋回させると、墜落
していく味方を呆然と見ていたアルビオン竜騎士隊の背後に回りこみ、速度を緩めながら
砲撃を浴びせた。

二十発足らずの弾丸で、残りの八騎が屠られた。


72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/24(日) 14:36:25.18 ID:8o0wSeUN0
「十二騎の竜騎兵が三分足らずで全滅だと!?」
艦砲射撃実施のため、タルブの草原の上空三千メイルに遊弋していた『レキシントン』号の
後甲板で、トリステイン侵攻軍総司令官サー・ジョンストンは伝令からの報告に顔色を変えた。

「敵は何騎なんだ? 百騎か? トリステインにはそんなに竜騎兵が残っていたのか?」
「サー、そ、それが……、報告では、敵は一騎であります」
「一騎だと……?」
ジョンストンは、呆然と立ち尽くした。

伝令の兵士の報告はまだ続く。
「そ、それに、報告によれば十二騎のお味方が落とされたのは、あくまでも接近する敵を探知
してから三分。接敵から数えれば十数秒とのことです」
ジョンストンは今度こそ言葉を失った。


75 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/24(日) 14:40:57.27 ID:8o0wSeUN0
「続いて五騎、右下からあがってくる」
デルフリンガーが、いつもと変わらぬ調子で告げる。
「わかっている」
ベイダー卿は短く答え、機首をそちらに巡らせた。

それは、もはや格闘戦と呼べるものではなかった。
竜騎士が跨る火竜の速度は時速およそ百五十キロ。
ベイダーの駆るハリアーはその四、五倍のスピードで機動を行っている。
止まった的を撃つようなものである。
スターファイターの操縦の名手として名を馳せたベイダー卿にとっては、なおさらだ。

ベイダー卿は難なく竜騎士たちの背後を取り、正確無比の砲撃を加えた。
三騎の竜騎士が真っ逆さまに落ちていった。


77 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/24(日) 14:43:36.82 ID:8o0wSeUN0
驚いているのはアルビオンの竜騎士たちだけではなかった。

「すすす、すごいじゃないの! 天下無双と謳われたアルビオンの竜騎士が、まるで虫みたい
に落ちてくわ!」
機体にかかる加速度はルイズの体を右に左に揺さぶったが、それでも彼女は歓声を上げた。

「当たり前だ、娘っ子。こいつははっきり言って、最新式の銃の弾よりも速え」
「なんであんたが偉そうなのよ?」
得意げに解説を加えるデルフリンガーに、ルイズは口を尖らせた。

「相棒、次は左だ。十騎ばかり来やがったぜ」
すっかりサポート役気取りのデルフリンガーである。
「わかっている」
ベイダー卿は短く答えると、また操縦桿を倒した。

ルイズがまた派手な悲鳴を上げた。


81 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/24(日) 14:48:45.57 ID:8o0wSeUN0
「全滅……だと」

最後の数騎の竜騎士は戦意を失いバラバラに逃げ惑っていたが、彼らもまた、甲板上から
指揮を取るサー・ジョンストンの見守る中、一騎ずつしとめられていった。
この目で見るまでは信じられなかったが、確かに敵の竜はハルケギニアの常識を超えた速度
で飛び回っている。目で追いきれない程だ。

撃ちかた止めの命令を出したわけでもないのに、いつの間にかラ・ロシェールに対する艦砲
射撃は止んでいた。
『レキシントン』号でもその指揮下にある僚艦内でも、将兵たちは皆この突如として現れた謎の
竜に見入っていた。

地上に目を向ければ、タルブの草原を行進中だった陸兵も浮き足立っているのが見える。
味方の竜騎士が次々に撃墜され、時折その頭上に巨大な竜の死体が降ってくるのだから、
無理もない。

ハリアーの途方もない機動力と耳をつんざく爆音は、早くも戦場全体の注視を集めていた。


86 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/24(日) 14:55:25.95 ID:8o0wSeUN0
ジョンストンは呻いた。
元々彼は軍人ではない。皇帝クロムウェルの側近だというだけで司令官に抜擢された、いわば
お飾りである。
しかしながらそれでも、竜騎士隊全滅の責任を問われたら、政治的打撃は免れない。

そこに、伝令が飛び込んできた。
「報告します! お味方の竜騎士隊、正体不明の敵との戦闘で全滅!」
ジョンストンはその伝令兵を殴り飛ばした。
「見ればわかる! ワルド子爵はどうした! 竜騎士隊を預けたワルドは! あの生意気な
トリステイン人はどうした! 奴も討ち取られたのか!」
伝令の兵士は殴られた頬を押さえながらよろよろと立ち上がった。
「損害に子爵殿の風竜は含まれておりません。しかし……、姿が見えぬとか……」
「裏切りおったな! それとも臆したか! どうにも信用がならぬと思っていたが……」

すっと手を出して、『レキシントン号』艦長のボーウッドがそれを制した。この作戦の実質的な
指揮を取っているのは彼である。
「兵の前でそのように取り乱しては、士気にかかわりまずぞ。司令長官殿」


88 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/24(日) 14:59:05.81 ID:8o0wSeUN0
激昂したジョンストンは、矛先をボーウッドに変えた。
「何を申すか! 竜騎士隊が全滅したのは、艦長、貴様のせいだぞ!貴様の稚拙な指揮が
この結果を招いたのだ! このことはクロムウェル閣下に報告する! 報告するぞ!」

ジョンストンはわめきながらつかみかかってくる。
ボーウッドは杖を引き抜き、ジョンストンの腹に叩き込んだ。
白目を剥いて、ジョンストンが倒れる。

初めから眠っていてもらえばよかったな、とボーウッドは思った。
それから、心配そうに自分を見つめる伝令兵に向かって、落ち着き払った声で言う。
「竜騎士隊が全滅したとて、本艦『レキシントン』号を筆頭に、艦隊はいまだ無傷だ。そして、
ワルド子爵には何か策があるのだろう。諸君らは安心して、勤務に励むがよい」

ボーウッドはそれから、対空戦闘用の散弾を用意するように指示を出した。


96 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/24(日) 15:05:59.31 ID:8o0wSeUN0
「あ、あれは一体……」
アンリエッタは震える声で呟き、傍らのマザリーニを仰ぎ見た。

先ほどラ・ロシェール上空を通過していった見慣れぬ形の竜が、アルビオン軍の竜騎士隊を
瞬く間に壊滅させたのである。
マザリーニも首を傾げる。
「あのような幻獣は見たことがありませんな。対空警戒を行っていた兵の報告によれば、尾に
『ゼロ』と書き付けられていたとか」
「ゼロ?」
アンリエッタは眉をひそめた。どことなく引っかかる単語だ。
そして、突然襲ってきた馬鹿げた連想にハッとする。

「アカデミーの開発した新型マジックアイテムかと思いましたが、そうでもないようですな」
淡々とそう告げるマザリーニをよそに、アンリエッタは妙な予感めいたものを覚えていた。
一月前に彼女の危機を救ってくれた幼馴染が学院でどう呼ばれているかは、彼女の耳にも
入っている。

(でも、まさか、ね……)
アンリエッタは淡い期待を必死に打ち消そうとした。
だがそれは、藁にもすがりたい状況の彼女の胸中から、なかなか消えてはくれなかった。


110 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/24(日) 15:14:37.39 ID:8o0wSeUN0
機体の中で揺さぶられるルイズは、怖くて泣きそうになった。
やっぱり、来なきゃよかったかしら? と恐怖が心をつかもうとする。
唇をぎゅっと噛み、『始祖の祈祷書』を握り締めた。

『竜の羽衣』の性能だけではなく、それを操るベイダーの技量も大変なものだった。
我が物顔に草原の上空を飛び回っていたアルビオンの竜騎士たちはあっという間に掃討された。

だがそれでも、敵はまだいくらでもいる。はっきりいって多勢に無勢である。
いつまでもこうやって優位を保っていられるとは思えなかったし、いつ艦砲射撃の的になるか
わからない。
それなのにベイダーは淡々と操縦をこなしている。
歴戦の戦士を思わせるその落ち着きぶりが小憎らしい。

なによ、とルイズは思った。
(なによなによなによ! 怖がってるわたしだけがバカみたいじゃないの。それに……自分
ひとりが戦ってるような顔しないでよ。わたしだって戦ってるんだから!)


116 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/24(日) 15:20:43.90 ID:8o0wSeUN0
とはいえ、今の自分はまったくすることがない。いつも大体そうだが、なんだか悔しかった。
とにかく恐怖に負けては始まらない。
ポケットを探り、ルイズはアンリエッタからもらった『水』のルビーを指にはめた。その指を握り
締める。
「姫さま、ベイダーとわたしをお守りください……」
そう呟き、右手に持った『始祖の祈祷書』を左手でそっと撫でた。

結局、詔は完成しなかった。馬車の中で考えようと、手に持っていたのである。
そうだ。姫の結婚式に出席するために、自分たちは魔法学院の玄関で馬車を待っていたので
ある。それなのに、いつの間にか戦争をしている。

運命とは皮肉なものだわ、ぼんやりとそんなことを考えながら、『始祖の祈祷書』を開いた。
ついでだから、始祖ブリミルにも自分たちの無事をお祈りしておこうと思ったのだ。

その瞬間、『水』のルビーと『始祖の祈祷書』が光り出した。


118 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/24(日) 15:23:29.06 ID:8o0wSeUN0
ベイダー卿は操縦桿を前に倒してエレベーターを下げ、草原を進むアルビオンの軍勢目がけて
機を急降下させた。
竜騎士隊を全滅させた謎の敵が突然向かってきたため、アルビオン軍の隊列が乱れた。

ベイダー卿は加速しながら敵軍の直上で機首の下げ幅を緩め、機関砲を浴びせながらその
頭上を通過した。
運悪くそのライン上にいた兵士たちは、あるいは本来対人用ではない機関砲の弾を喰らって
五体を引き裂かれ、あるいは亜音速の機体が巻き起こす突風に吹き飛ばされた。
アルビオン軍の隊列がざぁっと二つに割れた。

ハリアーが上空で旋回してまた戻ってくるのを見て、将兵の多くが恐怖に駆られた。


122 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/24(日) 15:25:59.22 ID:8o0wSeUN0
ベイダー卿は二度目の対地攻撃を行ってから、ちらっと後ろを見た。
この一方的な虐殺行為に、ルイズが何か言うかと思ったからだ。もっとも、文句など言わせる
つもりはなかったが。

険しい顔をしているかと思ったルイズは、しかしながら周囲の状況などまったく見ていないかの
ようであった。。
『始祖の祈祷書』を広げ、食い入るようにそのページを睨んでいる。
相変わらずの急加速と急制動の連続なのに、今は悲鳴を上げることもない。

その様子が少し引っかかったものの、ベイダー卿は操縦桿を握り直した。
機関砲の弾にはもう余裕がない。今のような真似はもうできない。


128 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/24(日) 15:30:57.65 ID:8o0wSeUN0
二度にわたって隊列を引き裂かれたアルビオン軍は、混乱の極みにあった。
陸軍同士の戦いだけなら、今ラ・ロシェールに立て籠もるトリステイン軍が打って出れば間違い
なく勝てるだろう。
だが、それはできない。上空に控える艦隊をどうにかしない限り、遮蔽物のない草原ではトリス
テイン軍はただの的でしかない。

ハリアーは、草原の上空をラ・ロシェールに向かう『レキシントン』号に機首を向けた。
「相棒、親玉だ。雑魚をいくらやっても、あいつをやっつけなきゃお話にならねえが……」
「コーホー」
ベイダー卿は無言だ。

「やれるのか?」
「フォースが共にある」
それで十分、とでも言うかのような口調だった。
その刹那、『レキシントン』号の右舷が光った。ベイダー卿は咄嗟に操縦桿を右に倒した。
唸りを上げて飛んできた無数の小さな鉛の弾がハリアーの機体を掠めた。


130 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/24(日) 15:33:26.48 ID:8o0wSeUN0
「面白い」
ベイダー卿が、機をさらに接近させる。

間髪を入れず飛んでくる散弾を、曲芸のような操縦技術で次々と避ける。
「わかっちゃいたけど……、相棒はアホだね。だけど俺も、こういうの嫌いじゃないぜ?」

ハリアーは弾幕を掻い潜って甲板上空に躍り出た。
そのまま、艦尾から艦首までアフターバーナーを吹かして一気に駆け抜ける。
目視と手動に頼らざるをえない対空砲火は、その動きにまったく追従できなかった。

「ははっ! 向こうの兵士ども、傑作な顔してやがったぜ」
デルフリンガーが軽口を叩いた。


136 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/24(日) 15:36:04.58 ID:8o0wSeUN0
ハリアーは背後から追いかけてくる散弾を回避しながら高度を上げ、今度は上方からアプロ
ーチを試みることにした。
一度目の接近で、『レキシントン』号の真上には大砲の向けられない死角があるのがわかった。
甲板上にホバリングしながらありったけの機関砲を撒き散らせば、かなりの損害を与えられる
だろう。

だが、上昇から下降に転じようとした矢先、ベイダー卿はフォースの警告を感じ取って機体を
左にロールさせた。
その翼の先端を、緑色の光弾が掠めていった。

その出所を目で辿れば、雲間から一騎の竜騎士が、烈風のように向かってくる。
特徴的な羽帽子に髭。手綱と杖を握る右手は金属の義手。
そして左手には、本来このハルケギニアに存在するはずのないブラスター銃……。

ワルドであった。

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最終更新:2007年06月24日 16:11