32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/18(月) 00:39:02.59 ID:VYsc/m080
ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世とトリステイン王女アンリエッタの結婚式は、三日後にゲル
マニアの首府、ヴィンドボナで行われる運びであった。

そして本日、トリステイン艦隊旗艦の『メルカトール』号は、新生アルビオン政府の客を迎える
ために、艦隊を率いてラ・ロシェールの上空に停泊していた。
アルビオン艦隊の到着は遅れている。『メルカトール』号の後甲板では、艦隊司令長官のラ・
ラメー伯爵が苛立っていた。
「やつらは遅いではないか、艦長」
艦長のフェヴィスが、口ひげをいじりながら答える。
「自らの王を手にかけたアルビオンの犬どもは、犬どもなりに着飾っているのでしょうな」

ちょうどその時、鐘楼に登った見張りの水兵が、大声で艦隊の接近を告げた。
「左上方より、艦隊!」
なるほど、そちらを見やれば、雲と見まごうばかりの巨艦を先頭に、アルビオン艦隊が静々と
降下してくるところであった。
「ふむ、あれがアルビオンの『ロイヤル・ソヴリン』号か……」
感極まった声で、ラ・ラメーが呟いた。『ロイヤル・ソヴリン』改め『レキシントン』号……、おそ
らくあの艦に、姫と皇帝の結婚式に出席する大使が乗っているのであろう。


33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/18(月) 00:42:46.18 ID:VYsc/m080
「しかし、あの先頭の艦は巨大ですな。後続の戦列艦が、まるで小さなスループ船のように
見えますぞ」
フェヴィスは鼻を鳴らした。
「ふむ、戦場ではできれば会いたくないものだな」
降下してきたアルビオン艦隊は、トリステイン艦隊に併走するかたちになると、旗流信号を
マストに掲げた。

「貴艦隊ノ歓迎ヲ謝ス。あるびおん艦隊旗艦『れきしんとん』号艦長」

「こちらは提督を乗せているのだぞ。艦長名義での発信とは、これまたコケにさらたものです
な」
艦長はトリステイン艦隊の貧弱な陣容を見渡しながら、自虐的に呟いた。


37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/18(月) 00:46:41.83 ID:VYsc/m080
どん! どん! どん! とアルビオン艦隊から大砲が放たれた。
弾は込められていない。火薬を爆発させるだけの礼砲である。
しかし、巨艦『レキシントン』号の長大な砲身から放たれた空砲は、辺りの空気を震撼させ、
トリステイン艦隊の将兵は皆肝を冷やした。

「よし、答砲だ」
一瞬後じさったラ・ラメーが、それでもどうにか威厳を保ちながら命令する。
「何発撃ちますか? 最上級の貴族なら、十一発と決められております」
礼法の数は相手の格式と位で決まる。艦長はそれをラ・ラメーに尋ねているのであった。
「七発でよい」
半ば意地を張って、ラ・ラメーは答えた。

それに先んじて、アルビオン艦隊の最後尾の旧型艦『ホバート』号から、全乗組員を乗せた
ボートが脱出するのに、トリステイン艦隊の将兵の誰一人として気づかなかった。


39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/18(月) 00:49:56.50 ID:VYsc/m080
空砲を発射し続ける『メルカトール』号の将兵の目の前で、アルビオン艦隊の『ホバート』号が
突如火を噴き、瞬く間に墜落した。あたかも、『メルカトール』号の砲撃で撃沈された、という
ようなタイミングで。

そしてそれが、この忌まわしき戦争の発端だったのである。


アルビオン艦隊は、トリステイン艦隊の突然の砲撃に抗議すると主張しながら攻撃を開始した。

質、量ともに劣るトリステイン艦隊は、応戦する間もなく実弾による砲撃にさらされた。


44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/18(月) 00:54:57.11 ID:VYsc/m080
トリステインの王宮に、国賓歓迎のためラ・ロシェール上空に停泊していた艦隊が全滅した
という報せがもたらされたのは、それからすぐのことであった。

ほぼ同時に、アルビオン政府から宣戦布告文が急使によって届いた。
不可侵条約を無視するような、親善艦隊への理由なき攻撃に対する非難がそこには書かれ、
最後に『自衛ノ為神聖あるびおん共和国政府ハ、とりすていん王国政府ニ対シ宣戦ヲ布告ス』
と締められていた。

ゲルマニアへのアンリエッタの出発でおおわらわであった王宮は、突然のことに騒然となった。


46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/18(月) 01:01:52.02 ID:VYsc/m080
王宮の重臣たちが一人残らず集まり、御前会議が開かれた。
当然ながら議論は紛糾した。

原因の究明、責任の所在、特使の派遣……、夜を徹して行われた進展の見えぬ会議に終止
符を打ったのは、仮縫いの終わったばかりのウェディングドレスも眩しいアンリエッタであった。

「あなたがたは、恥ずかしくないのですか?」
居並ぶ重臣たちの顔を真っ向から見据えて、アンリエッタは問いただした。
「わたくしたちがこうしている間にも、民の血が流されているのです! 彼らを守るのが貴族の
務めなのではありませぬか? 我らはなんのために王族を、貴族を名乗っているのですか?
 このような危急の際に彼らを守るからこそ、君臨を許されているのではないのですか?」

一同から反論の声は上がらなかった。

その代わり、賛同の意見も出ない。
誰もが開戦の責任を取ることを嫌がっているようだった。


50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/18(月) 01:07:27.56 ID:VYsc/m080
民の被害が拡大している最中にも保身に走る重臣たちに業を煮やしたアンリエッタは、自分
が軍を率いる、と宣言すると、ウェディングドレスの裾を破り捨てて愛馬のユニコーンに跨り、
先陣を切って駆け出した。

会議に居合わせた重臣たちは慌ててアンリエッタを押しとどめようとしたが、魔法衛士隊を
初めとして、兵の多くは勇敢な王女の方に従った。

この無謀な行動が、結果として軍を一つにまとめることになった。
トリステインの迎撃軍は、空軍の援護を受けられぬ絶望的な情況ながら、意気軒昂として
戦場に向かったのである。


51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/18(月) 01:10:46.34 ID:VYsc/m080
生家の庭で、シエスタは幼い兄弟たちを抱きしめ、不安げな表情で空を見つめていた。

先ほど、ラ・ロシェールの方角から爆発音が聞こえてきた。
驚いて庭に出ると、恐るべき光景が広がっていた。

空から何隻もの燃え上がる船が落ちてきて、山肌にぶつかり、森の中に墜落していった。
村は騒然とし始めた。しばらくすると、空から巨大な船が降りてきた。雲と見まごうばかりの
巨大なその船は、村人たちが見守る中、草原に投錨し、上空に停泊した。
その上から、何匹ものドラゴンが飛び上がった。

シエスタは兄弟たちをぎゅっと抱きしめた。


52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/18(月) 01:15:35.24 ID:VYsc/m080
馬に跨った領主の手勢が迎撃にやってきたものの、風竜を駆る髭の騎士に率いられた竜騎士
隊によって、あっという間に壊滅させられた。

その時になってようやくシエスタは実感した。
これは戦争なのだ、と。

「ベイダーさん……」
子供たちを家の中に引き入れながら、シエスタは我知らず呟いていた。


領主の小部隊を血祭りに上げたアルビオン竜騎士隊が、タルブの村めがけて針路を変えた。


54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/18(月) 01:19:24.36 ID:VYsc/m080
いつものようにルイズの隣の席で授業を聞いていたベイダー卿が、突然音を響かせて立ち
上がった。
教室中の生徒が思わずビクッと体を強張らせた。
最初の授業からベイダー卿に苦手意識を持っているミス・シュヴルーズも例外ではない。
元から気の弱いシュヴルーズは、思わず教卓の陰に隠れてしまった。


「ちょ、ちょっと……。いきなりどうしたのよ?」
ルイズは驚いてベイダーのマントを引っ張った。

思えばそれが、その日初めてベイダーにかけた言葉だった。


59 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/18(月) 01:22:21.46 ID:VYsc/m080
昨日のあの出来事からなんとなく気まずくなって、ルイズはベイダーが部屋に戻ってきた後も
ずっと声をかけられずにいた。
ベイダーは必要最小限のことしか口に出さないので、普段から二人の間にそれほど活発な
会話が交わされていたわけでもないのだが、この間の沈黙は常ならず妙な重苦しさを伴って
ルイズの胸にのしかかっていた。

おそらくベイダーの方は別段何も感じていないのだろう……そう考えるとますます悲しくなって、
ますます腹立たしくなって、結局意地を張ったまま一言も口を聞かずじまいだったのだ。


ベイダーはマントを引っ張るルイズに気づくと、静かに座席に腰を下ろした。
「どうしたのよ?」
「わからない。フォースが何かを伝えようとしていたのだが……。嫌な予感がする」
いつになく歯切れの悪い口調でそう言うと、ベイダー卿は再び立ち上がり、マントを翻して教室
を出て行った。
呆気にとられる一同。
扉の開閉の音とともにミス・シュヴルーズがおずおずと教卓から顔を覗かせ、ようやく授業が
再開された。


63 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/18(月) 01:26:38.72 ID:VYsc/m080
放課後、ルイズが教室から寄宿舎に戻る際、中庭でベイダー卿が竜の羽衣をいじっている
のが目に入った。
気のせいか、その動きにはいつものような余裕が見られない。
真剣そのものの手つきで、黙々と作業をこなしている。

その傍らでは、おそらく途中で授業を抜け出したのであろう、ギーシュとマリコルヌが助手を
務めていた。
ギーシュのみならず、いつからマリコルヌまでベイダーの軍門に降ったのだろうか――そう
いぶかしみつつ、ルイズは自室への道を急いだ。詔の続きを考えなければならない。

急いでいるつもりなのに、その足取りは重い。
どうしようもない疎外感がその胸を苛んでいるのを、ルイズ本人も少しずつ自覚しつつあった。

――結局、詔はほとんど書き進められなかった。


73 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/18(月) 01:33:11.87 ID:VYsc/m080
ベイダーがいったん帰ってきたのは、日が沈んでしばらくしてからだった。

ルイズはベイダーが扉を開けたのを無視して、始祖の祈祷書を広げて机に向かい続けた。

ややあって、違和感を覚えるルイズ。ベイダーがいつまでたっても部屋の入り口から動こう
としないのだ。
さらには、ベイダーの視線が自分の背に注がれているのが意識された。

二、三分もそうしていただろうか、ルイズは根負けして、何気ない素振りで入り口を振り返った。

敷居の中に一歩踏み込んだ姿勢で、ベイダーはじっとこちらを見ていた。
「あ、あら、ベイダー。かかか、帰ってたの?」
動揺を押し殺そうとするルイズの試みは、見事に失敗に終わった。

ベイダーは小さく頷き、発声機越しに言葉を紡いだ。
「マスター、今夜は帰れないかもしれない」
ベイダーはそうとだけ言い、呆気に取られるルイズを尻目に、部屋を出て行った。

後に取り残される形となったルイズは、あんぐりと口を開けたまま硬直していた。


77 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/18(月) 01:37:39.83 ID:VYsc/m080
「な、なな、なによ、あれ……」
ルイズは誰にともなくそう呟いてから、机に突っ伏した。

またタバサの所に行くのだ、そう考えると無性に悲しくなった。
頬を伝う涙がアンリエッタから授かった『水のルビー』に滴り落ちた刹那、始祖の祈祷書に
ぼうっと文字のようなものが浮かんだ。

もちろん、泣き伏すルイズはそれに気づかなかった。


82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/18(月) 01:44:20.94 ID:VYsc/m080
その夜、日付がかわってずいぶん経つというのに、ルイズはどうしても寝付けなかった。
ゲルマニアで行われるアンリエッタの結婚式に出席するため、翌朝早く王宮からの馬車が
迎えに来る。早く眠らなければいけないのに、どうしても眠りが訪れなかった。

明日のことで不安なわけでもない。

夕方の悲しみを引きずっているわけでもない。

ただ、何かが足りない。何かが満たされない。
そんな渇望にも似た感覚に悩まされながら、ルイズは寝具の中で何度目かの寝返りを打った。


85 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/18(月) 01:48:39.23 ID:VYsc/m080
どれくらいそうしていただろうか、部屋の扉がかすかな軋みと共に開き、あの耳慣れた呼吸音
が聞こえてきた。
「コーホー」
ちょうどそちらに背を向ける格好だったルイズは、そのまま寝たふりをした。

呼吸音の主はしばらくその場に立ち止まり、ベッドの上のルイズを見ていた様子だったが、
やがて足音を殺しながら、すっかり寝床代わりとなっている椅子に腰を下ろした。


規則正しい呼吸音が、ルイズの渇望を少しずつ溶かしていった。
そしてその途端、待ち望んでいた眠気が訪れた。
睡魔に侵食されつつある思考の中で、ルイズは眠りを妨げていた不満足感の正体を把握し
ていた。
いつの間に自分はこの呼吸音なしには眠れなくなっていたのだろうか……、そう自問しながら、
ルイズはようやく眠りに落ちたのだった。


88 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/18(月) 01:51:38.02 ID:VYsc/m080
トリステイン魔法学院に、アルビオンの宣戦布告の報が入ったのは、翌朝のことだった。
王宮は混乱を極めたため、連絡が遅れたのである。

ルイズはベイダーを従え、始祖の祈祷書を片手に、魔法学院の玄関先で王宮からの馬車を
待っているところであった。
ゲルマニアへルイズたちを運ぶ馬車だ。

しかし、朝靄の中魔法学院にやってきたのは、息せききった一人の使者であった。
彼はオスマン氏の居室をルイズに訪ねると、足早に駆け去っていった。
使者の尋常ならざる慌てぶりに、ルイズは不安を覚えた。
いったい王宮でなにがあったのだろう……、気になったルイズは、使者を追って学院長室に
向かった。


94 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/18(月) 01:57:49.66 ID:VYsc/m080
オスマン氏は、式に出席するための用意で忙しかった。一週間ほど学院を留守にするため、
様々な書類を片付け、荷物をまとめていた。

その時、猛烈な勢いで、扉が叩かれた。
「誰じゃね?」
返事をするより早く、王宮からの使者は飛び込んできた。

「王宮からです! 申し上げます! アルビオンがトリステインに宣戦布告! 姫殿下の式は
無期延期になりました! 王軍は、現在ラ・ロシェールに展開中! したがって、学院におか
れましては、安全のため、生徒及び職員の禁足令を願います!」

オスマン氏は顔色を変えた。
「宣戦布告とな? 戦争かね?」
「いかにも! 敵軍はタルブの草原に陣を張り、ラ・ロシェール付近に展開した我が軍とにらみ
合っております!」

「アルビオン軍は強大だろうて」
オスマン氏は呻いた。


99 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/18(月) 02:03:40.22 ID:VYsc/m080
使者は悲しげな声で言った。
「敵軍は、巨艦『レキシントン』号を筆頭に、戦列艦が十数隻。上陸せし総兵力は、三千と見積
もられます。我が軍の艦隊主力はすでに全滅、かき集めた兵力はわずか二千。未だ国内の
戦の準備が整わず、緊急に配備できる兵はそれで精一杯のようです。しかしながらそれ以上に、
完全に制空権を奪われたのが致命的です。敵軍は空から砲撃を加え、我が軍をなんなく蹴散
らすでしょう」

「現在の戦況は?」
「敵の竜騎兵によって、タルブの村は炎で焼かれているそうです……。同盟に基づき、ゲルマ
ニアへ軍の派遣を要請しましたが、先人が到着するのは三週間後とか……」
オスマン氏はため息を吐いて言った。
「……見捨てる気じゃな。敵はその間に、王都トリスタニアをあっさり陥落させるじゃろう」


100 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/18(月) 02:07:48.59 ID:VYsc/m080
学院長室の扉に張りつき、聞き耳を立てていたルイズの顔が、戦争と聞いて蒼白になった。
思わず、隣に立っていたベイダーの顔を見上げる。
ベイダーはしばらく腕組みをして考え込んでいる様子だったが、やがて踵を返すと中庭に向
かって大股に歩いていった。
ルイズは慌てて後を追った。

ベイダー卿は中庭に辿り着くと、竜の羽衣に取りついた。
そのマントを、ルイズが掴んだ。
「どこに行くのよ!」
「タルブの村だ」
ベイダーの手振りで、コクピットのキャノピーが開いた。


105 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/18(月) 02:11:14.10 ID:VYsc/m080
「ダメよ! 戦争してるのよ! あんたが一人行ったって、どうにもならないわ! 王軍に任せて
おきなさいよ!」
「制空権を握られているのだろう? 空の敵をこれで叩く他ない」
「そんな玩具でどうしようってのよ!」

ルイズはマントを放さない。ベイダーはかまわず木製のはしごを上り、コクピットに向かう。
ルイズの体がマントに引っ張られて浮いた。恐ろしく丈夫な生地だ。
それでもしがみついて離れようとしないルイズに、ベイダーもやや辟易したようだ。
ベイダーは仕方なく一度地面に下りると、マントを放した彼女と向き合った。

その片手が軽く上がるのを、ルイズは見逃さなかった。


112 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/18(月) 02:16:49.46 ID:VYsc/m080
「僕は行ってもいい」

「あ、あんたは……い、行っても……」
ルイズの口がそこできゅっと結ばれた。

ベイダーはやや驚いた様子で、今度はそれとわかるくらいにやや大きく手を振った。
「きみは僕の心配などしない」

「わ、わたしは、心配なんて……」ルイズはそこでぎりっと奥歯を噛んだ。「あんたの心配して
あげてるのよ! それくらいわかってよ、バカッ!」
ルイズは顔を真っ赤にし、目に涙を湛えてそうとだけ言い捨てると、ぷいっと背を向け、さっき
出てきたばかりの本塔の方に走っていってしまった。


123 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/18(月) 02:24:25.53 ID:VYsc/m080
「コーホー」
ベイダー卿はしばらくその場に立ち尽くし、離れていくルイズの背を見守っていたが、やがて
竜の羽衣に向き直った。

だが、その手をはしごにかけようとしたところで、燃料がないことに気づく。
ベイダー卿は本塔と火の塔に挟まれた一画にある、コルベールの研究室に向かった。


ベイダーの姿が見えなくなるのを確認してから、ルイズはまた竜の羽衣に駆け寄った。

(なによなによなによ、ホントに人の言うこと聞かないんだから!)
ルイズは泣きそうになったが、唇を噛んで、こらえた。
あんな捨て台詞で、ベイダーに言いたいことが全部言い尽くされたわけではない。
それに、問いたださなければいけないことがまだある。

「こんなんで、アルビオン軍に勝てるワケないじゃないの!」
そう毒づきながら、ルイズははしごに手をかけた。


131 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/18(月) 02:30:09.49 ID:VYsc/m080
ベイダーが一応は『研究室』と名づけられている薄汚い掘っ立て小屋の戸をくぐると、コルベー
ルはちょうど樽を一箇所にまとめ終えたところのようだった。

「おお、ベイダー卿! ちょうど今燃料ができあがったところですぞ」
そう言って無精ひげが伸び放題の顔で笑ったコルベールが、積み上げられた樽を杖で指し
示した。次いで、床に転がって眠りこけているギーシュとマリコルヌをつつき起こす。
「ほらほら諸君、起きたまえ。ベイダー卿が来ましたぞ」
二人の少年がむにゃむにゃと目を覚ます。
どうやら徹夜でコルベールの作業を手伝い、そのまま寝入ってしまったらしい。二人の頬には、
床に敷かれた粗末な敷物の跡がくっきりとついていた。

「急いでその燃料を羽衣に運んでもらいたい」
ベイダー卿の指示で、三人が動き出した。


136 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/18(月) 02:36:29.07 ID:VYsc/m080
竜の羽衣への燃料補給は、コルベールが行った。

それを監督するベイダーの前で、ギーシュが片膝を突いて頭を垂れた。
「畏れながらベイダー卿、私どもめにこの竜の羽衣への装飾を許可しては頂けませんでしょ
うか」
ベイダー卿は頷いた。
「時間がかからないものならば、かまわぬ」

ギーシュはもう一度深々と礼をしてから立ち上がると、傍らのマリコルヌを見た。
その視線に応え、風上のマリコルヌが『風』系統の呪文を唱える。
足元の土が舞い上がり、竜の羽衣の垂直尾翼にくっついて文字を成した。

すかさず、ギーシュが『錬金』の呪文を唱えてその土を真紅の顔料に変化させ、次いで『固定化』
で固着させる。
既知銀河のどの言語とも違うその文字を見て、ベイダー卿はまた頷いた。


140 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/18(月) 02:39:14.35 ID:VYsc/m080
「アカデミー等で作られた新たなマジックアイテムを、王軍の実験部隊ではこの番号をふって
使用するようです」
元帥の息子であるギーシュが、文字の意味するところを解説した。

「マスターがこの場にいれば激怒したかもしれんが、悪くない。気に入ったぞ、ギーシュ、マリ
コルヌ」
二人の少年は互いに顔を見合わせ、パッと表情をほころばせた。

コルベールが、補給の完了を告げた。


144 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/18(月) 02:43:25.90 ID:VYsc/m080
ベイダー卿は、操縦しやすいように改造したコクピットにその手足を収めると、下で待機する
ギーシュに声をかけた。
「ギーシュ、この機体の下の地面を、平らな青銅に変えられるか?」
「おやすい御用です、ベイダー卿」
ギーシュは承知して、『錬金』を唱えた。

竜の羽衣の下の地面が、半径十メイルに渡って一枚の平滑な青銅に変化した。
「よし、よくやった。出来るだけ離れて耳を塞いでいるがいい」

コルベールたち三人が、本塔の方に退避する。
誰からともなく、示し合わせたように、三人が叫んだ。
「メイ・ザ・フォース・ビー・ウィズ・ユー、ロード・ベイダー!」
ベイダーは首を巡らせ、三人に視線を向けた。
そして、はっきりとこう応えた。

「メイ・ザ・フォース・ビー・ウィズ・ユー」


151 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/18(月) 02:46:24.09 ID:VYsc/m080
本来であれば燃焼実験をしておきたかったところだが、残念ながらそんな時間はない。

ベイダー卿はコクピットの中で、ずっと前から知り尽くしているかのような慣れた手つきで計器
類を立ち上げ、エンジンをかけた。

ベイダーによって修理と改造を施されたペガサスエンジンが、学院全体を揺るがす轟音と共に
起動した。

片側に二つ、合計四つのエンジンノズルからガスと圧縮空気が噴出され、その推力で機体が
ホバリングを開始する。


160 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/18(月) 02:52:14.09 ID:VYsc/m080
「浮いたぞ!」
両手で耳を塞ぎながら、コルベールは叫んだ。
耳をつんざくような騒音に顔をしかめていたギーシュとマリコルヌも、その光景に顔を輝かせた。

高度十メイル程度にまで上昇した所で、エンジンノズルが垂直から水平に向きを変える。
それとともに、竜の羽衣は信じられないような速度で飛翔した。

かつて『ハリアー』と呼ばれ、今『ゼロ』のナンバーを負わされたその機体は、こうしておよそ
四十年ぶりに大空に舞い上がった。

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最終更新:2007年06月18日 15:14