307 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/06/05(火) 02:05:54.58 ID:TDqUKtty0
五日後の夜……、一行は日中探索した廃寺の中庭で、焚き火を取り囲んでいた。誰も彼も、
疲れ切った顔であった。

「で、今日の秘宝とやらはこれかね」
ボロボロの箱の底に無造作に収められていた数枚の銀貨を、ギーシュが手の中で弄んだ。
「どうやらそうみたいね。あなたにあげるわ、ギーシュ」
キュルケはすでに今日の戦利品に対する興味を失ったようで、焚き火の灯りで次の地図を
検討していた。その態度に、ギーシュがわなわなと震えた。
「なあキュルケ、これで七件目だ! 地図をあてにお宝が眠るという場所に苦労して行って
みても、見つかるのは金貨どころかせいぜい銅貨が数枚! 地図の注釈に書かれた秘宝
なんかカケラもないじゃないか! インチキ地図ばっかりじゃないか!」
「うるさいわね。だから言ったじゃない。中には本物もある『かもしれない』って」

一行は学院を離れて四日の内に、七つの地図の探索を終えていた。
見つかったのはどれもこれも、地図に記載されている情報とは似ても似つかぬ、ガラクタ
ばかりだった。


309 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/06/05(火) 02:11:11.22 ID:TDqUKtty0
ルイズもため息を吐いた。
「こんなことなら、最初からアルバイトにしておけばよかったわ」
キュルケの赤毛が逆立った。
「ちょっと、ヴァリエール! あなたまでそんなこと言うの?」
険悪な空気が辺りを包んだ。
しかしちょうどその時、シエスタの明るい声が、その空気を吹き払った。
「みなさーん、お食事ができましたよー」

シエスタは、焚き火にくべた鍋からシチューをよそって、めいめいに配り始めた。いい匂いが
鼻孔を刺激し、食欲を掻き立てる。

「こりゃうまそうだ! と思ったらほんとにうまいじゃないか!」
まっ先にかき込んだギーシュが舌鼓を打った。
シエスタのシチューは皆に大好評だった。
「これはなんていうシチューなの? ハーブの使い方が独特ね。あと、なんだか見たことも
ない野菜がたくさん入ってるわ」
キュルケは、フォークで見慣れない野菜をつつき回しながら言った。
「わたしの村に伝わるシチューで、ヨシェナヴェっていうんです」
シエスタは、鍋をかき混ぜながら説明した。


310 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/06/05(火) 02:15:10.05 ID:TDqUKtty0
「おじいちゃんから作り方を教わったんです。食べられる山菜や、木の根っこや……。おじい
ちゃんは、よく言ってました。これはおじいちゃんのお父さん、つまりわたしのひいおじいちゃん
の国の料理だって。自分の体には、半分ひいおじいちゃんの国の血が流れているんだって。
……よくわかりませんでしたけど」

「ふ~ん。それにしても、あなた器用ね。テントを作ったかと思いきや、今度はこうやって森に
あるもので、美味しいものを作っちゃうんだから」
「田舎育ちですから」
シエスタははにかんで言った。
一行が寝床としているテントも、シエスタが学院にあった廃棄予定の布と廃材を適当に見繕っ
て持ってきて、組み上げたものである。
すでにテントは焚き火からやや距離を置いて設置され、中からランプの光が漏れていた。


312 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/06/05(火) 02:19:53.46 ID:TDqUKtty0
「でも……ミス・タバサは何をしてらっしゃるんでしょうね?」
シエスタは、一つだけあまった器に視線を落とした。

ここ数日はいつもそうだ。
食事の時間になると、ものを食べることのできないベイダーがテントに引っ込み、タバサも
それに従う。そしてタバサは、一時間ほど経って皆が食べ終わった頃にひょっこりやって
来て、冷めかけた残りの料理をかき込むのである。

「食欲が無いんでしょうか。心配ですわ。ちゃんと食べないと大きくならないのに」
シエスタは、豊かな胸の前で両腕を組んだ。
「それ、本人の前で言ったらすごい失礼に当たるわよ……」
ルイズがそんなシエスタをじと目で見つめた。

とは言え、ルイズもまた内心穏やかではない。
胸の中にわだかまるもやもやをかき消そうと、ルイズはシチューの中の野兎の肉を口に放り
込んだ。


314 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/06/05(火) 02:24:49.23 ID:TDqUKtty0
「う~ん、あの使い魔と話し込みたいことでもあるのかしらね。ほら、あの使い魔は妙なこと
色々知ってるじゃない? うーん、それともまさか……ううん、あの子に限ってないと思うけど
……どう思う、ルイズ?」
突然話題を振られたルイズが、頬張っていた肉をぶほっと吹き出した。

「ちょっと、そんなに動揺しなくてもいいなじゃい」
キュルケが呆れた表情を浮かべた。
「ど、どど、動揺なんてしてないわ。べ、ベイダーとタバサが何やってたって、わたしにはかか
関係ないもの」
「へえ、気にならないの?」
「本人が見られたくないみたいなんだし、仕方ないじゃない」

一日目の夜、二人が何をしているのか気になった一行は、とりあえずギーシュを派遣して
テントの隙間から様子を窺わせることにした。
その結果は散々なもので、ギーシュはテントの布越しに発動された例の力で金縛り状態に
された挙句、焚き火に投げ込まれたのである。


321 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/06/05(火) 02:30:55.74 ID:TDqUKtty0
さすがにそこまでされると、好奇心だけで軽率に突っ走るわけにはいかない。
四人が腕組みして考え込んでいると、テントの中からタバサが出てきた。
「空腹」
そうとだけ言って、焚き火のそばに腰掛ける。
慌ててシエスタが器にシチューをよそった。

黙々とシチューの具を口に運ぶタバサに、ルイズは意を決して尋ねてみることにした。
「ねぇ、タバサ。ベイダーとあんた……」
しかし――

「コーホー」
突然背後から例の呼吸音が聞こえてきたため、ルイズは残りの言葉を飲み込まざるをえな
かった。
珍しくベイダー卿もテントから出てきたのだ。
辺りに緊張がみなぎった。


323 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/06/05(火) 02:34:45.91 ID:TDqUKtty0
しかしベイダーが歩み寄ったのは、タバサでもルイズでもなく、シエスタの所であった。

「シエスタ、タルブの村はここから遠いのか?」
突然の質問に、シエスタはどぎまぎしながら答えた。
「え、ええと、だいぶ西の方に来てるので、もう馬で一日半くらいです。ミス・タバサの風竜なら
すぐですけど……」
ベイダーは腕組みした。
「そうか。なら決まりだ」

夢中でシチューを食べているタバサを除き、その場にいる全員の視線がベイダー卿に集まる。
そして彼らの前で、ベイダー卿はこう宣言した。
「明日はタルブの村にあるという『竜の羽衣』を探しにいく」


326 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/06/05(火) 02:40:35.89 ID:TDqUKtty0
次の日。結局ベイダー卿に押し切られる形で、一行はシルフィードの背に乗りタルブの村を目指していた。
どうせインチキに決まってる、と最初からテンションが下がりっぱなしのギーシュとは対照的
に、シエスタはご機嫌である。
時に鼻歌さえ交えながら、故郷の景色の美しさについてベイダーに語って聞かせていた。

ルイズはなんとなく面白くない。
(何よ、わたしの使い魔のくせに。昨日までタバサとコソコソやってたかと思えば、今度は
メイド? 大人しそうな子が好みってわけ? ていうか、大人しそうな子なら誰でもいいてこと?
 堅物そうな振りして、ほんと信じられない)
だいたい、そのご面相でもてようっていうのが生意気なのよ、ぶつぶつ……、といつの間にか
小さく声に出しているのに気づき、ルイズははっと口を噤んだ。
見れば、前に座るキュルケがニヤニヤしながらこちらを振り返っていた。さらに、唇に軽く手を
当て、「くふ」と笑ってくれさえした。
ルイズの顔が一気に赤く染まった。


331 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/06/05(火) 02:46:59.17 ID:TDqUKtty0
背後で始まったルイズとキュルケの醜い罵り合いを無視して、タバサは珍しく本ではなく紙片
に書き付けられた文章を読んでいた。
昨晩のレッスンで、ベイダー卿が書いたものだった。
まだ細かい間違いがあるものの、ここ数日の短いレッスンで、ベイダーの文章力は長足の
進歩を遂げていた。
もう自分に教えられることはあまり多くはないのかもしれない――そう思うと、嬉しいような
淋しいような複雑な気持ちになった。
そんなタバサの足元で、シルフィードがきゅいきゅいと鳴いた。

ちょうどそんな折、背後のシエスタが上げたはしゃいだ声が響く。
「あ! 見えました! あの教会の尖塔! タルブの村です!」
タバサも目を凝らすと、たしかに森の木立の切れ間に、なかなか立派な教会建築が見えた。
さらに、その周りの建物も視野に現れる。
タバサはシルフィードをゆっくりと降下させた。


333 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/06/05(火) 02:51:44.97 ID:TDqUKtty0
「あれ?」
着地したシルフィードの背から真っ先に降りたシエスタが、辺りを見回して素っ頓狂な声を
上げた。
この時間ならもう村人は皆忙しく働いているはずなのに、どっちを向いても人っ子一人見当
たらない。

シエスタは首を傾げながらも、一行を案内し、実家の戸を叩いた。
ここに来た目的は竜の羽衣であったが、とりあえずみんなに休んでもらおうと思ったのである。

しかし、何度ノックしてみても反応は無い。
思い切ってノブを捻ってみたが、しっかり施錠されているようでビクともしなかった。

なんだか嫌な予感がした。


338 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/06/05(火) 02:56:27.32 ID:TDqUKtty0
「なんか様子が変ね……」
遠くでシエスタの様子を見守っていたキュルケが呟いた。

「とびっきりの自家製ワインが飲めると聞いていたのに、お預けかね」
ギーシュも疲れた様子でその場にしゃがみ込んだ。

ルイズはベイダー卿の顔を見上げた。
「ベイダー……」
ベイダー卿は頷くと、直立の姿勢で顔をいくらか上げ、そのままの姿勢でしばらく静止した。
ややあって、辺りを見回してから、告げる。
その指は、村の中心にの広場に面した教会に向けられていた。
「あの教会だ。多くの人間がいる」


342 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/06/05(火) 03:01:13.72 ID:TDqUKtty0
一行はシエスタを先頭に、村の中央にある教会に向かった。
教会の入り口は、堅い樫造りのドアでぴたりと閉ざされていたので、シエスタはノッカーに
手を伸ばした。
重々しいノックの音が響いた。

しかし、しばらく待ってみても、中からの反応は無い。
ルイズがベイダーに囁きかけた。
「ねえ、本当にここにいるの?」
「間違いなくいる」
ベイダーは自信を持ってそう告げる。

今度はキュルケが、眉をひそめながらぽつりと漏らした。
「そのドア、変じゃない? 表面にやたらとへこみや引っかき傷があるし……」
ギーシュが後を引き受けた。
「それに、飾り窓には全部内側から板が打ちつけられているぞ」
ゴクッ、と誰かが唾液を嚥下する音が響いた。
そしてやはり誰からともなく、辺りを見回してみる。


344 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/06/05(火) 03:07:12.09 ID:TDqUKtty0
もちろん、一番不安になっているのはシエスタであった。
いつの間にか拳で直接ドアを叩き、叫んでいた。
「お父さん! お母さん! シエスタです! 今帰りました! 中にいるのなら返事してくだ
さいっ!!」
ゴンッ! ゴンッ! と、華奢な拳で叩いているとは思えない大きな音が響いた。
見かねてルイズが駆け寄り、その手を押しとどめる。
「ちょっと、手を傷めちゃうわよ。――キュルケ、この扉に『アンロック』をかけて」
キュルケが承知して扉に歩み寄ろうとした時、中からごそごそと音が聞こえてきた。
ルイズとシエスタが、顔を見合わせた。

開錠の音がしてから、ほんのわずかに扉が開けられた。その隙間から覗いた顔を見て、
シエスタの顔が安堵のために崩れた。
懐かしい父の顔だった。


346 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/06/05(火) 03:10:58.14 ID:TDqUKtty0
一行はシエスタの父によって教会の内部に通され、そこで詳しい事情を聞くことが出来た。

タルブの村は、今のトリステインの多くの村がそうであるのと同様、数日前からオーク鬼の
群に襲われていたのである。
その数、十数匹。一匹のオーク鬼の力は、屈強な戦士五人分に相当すると言われている。
村人には抵抗のしようがなかった。
村は完全に包囲され、外部との連絡手段も断たれた。
領主である貴族の元に救援を請う使者も出せぬまま、なす術もなく村人たちは繰り返し襲撃
を受けた。
オーク鬼の怪力の前には一般家屋の耐久性では心許ないため、村人たちは互いに呼びかけて
教会に避難することにしたのだそうだ。

そんな折にシエスタとともにやって来た四人のメイジは、歓呼の声で迎え入れられた。

「すでに五人の村人が犠牲になっています。どうかお願いです、メイジのみなさん。私たちを
助けては下さいませんか」
村長を名乗る老人からそう懇願され、ルイズとギーシュは顔を見合わせた。


349 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/06/05(火) 03:14:44.06 ID:TDqUKtty0
ルイズたちの置かれた境遇では、できれば領主と報酬の契約を結んでから依頼をこなしたい
ところなのだが、どうやらそんな暇はないらしい。
苦しんでいる者を見捨てるのは、貴族の取るべき行動ではないのだ。

「わかったわ。わたしたちに任せて」
ルイズが一行を代表して頷いた。


352 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/06/05(火) 03:18:28.04 ID:TDqUKtty0
それにしても、タルブの村は決して裕福ではなさそうだし、村人から現金を搾り取るわけにも
いかないだろう。
ただ働き承知でオーク鬼退治を引き受けようとしたルイズだったが、話がまとまる寸前に、
ベイダーが彼女よりも一歩前に出た。

村人の間にざわめきが起こる。
小さい子供はベイダー卿を見て泣き出した。
ウブな村娘の中には、卒倒してしまう者もいた。

「その化け物どもは退治してやろう。金銭による報酬は不要だ。その代わり、この村に伝わる
という竜の羽衣を頂戴したい」
「ちょっ……」
唖然とした表情を浮かべて、ルイズはベイダーを見上げた。

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最終更新:2007年06月07日 07:45