81 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/14(月) 01:32:10.82 ID:IS/HYxcE0
未だ驚きの覚めやらぬルイズに、ウェールズは空賊などやっているわけを説明した。

「金持ちの反乱軍には続々と補給物資が送り込まれる。敵の補給路を断つのは戦の基本。
しかしながら堂々と王軍の軍旗を掲げたのではあっという間に反乱軍の船に囲まれて
しまうからね」
ウェールズはいたずらっぽく笑った。

そんなウェールズの前に進み出て、ワルドは深々と頭を下げた。
「トリステイン魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵です。知らぬこととはいえ、先ほどは
失礼をいたしました。しかしなにぶん重要な密命を帯びておりましたゆえ、どうかお許し
いただきたく……」

「気にするな、子爵。君のとった行動は正しい。君のように立派な貴族が私の親衛隊に十人
ばかりいてくれたら、こんな惨めな日を迎えることもなかっただろうに。……さて、君たちの
任務について聞きたいのはやまやまだが、こんな所で話すのもなんだな。船長室に行こう。
幸い、ラ・ヴァリエール嬢の使い魔は大変紳士的で、部屋を壊したりはしなかったからな」


85 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/14(月) 01:35:02.39 ID:IS/HYxcE0
ウェールズはベイダー卿の方を向いた。

「見事な手際だった。よければ使い魔殿の名前を聞いておきたいが」

「ダース・ベイダーです、殿下。ベイダー卿と呼んでやると喜びます」
ベイダーが余計な口を聞くのを未然に防ごうと、ルイズが横から答えた。

「コーホー」
ベイダーは何も言わずに頷いた。


92 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/14(月) 01:40:37.34 ID:IS/HYxcE0
「ではベイダー卿。今度は私が卿にご同行願おう」
ウェールズはそう言い、きびすを返して扉に向かうと、大声で部下たちを呼んだ。

空賊船に乗り込んだ部下たちは、捕虜の貴族を監禁していたはずの船倉から皇太子の声が
響いてくるのを聞き、驚いてやってきて扉を開けた。
変装を解いたウェールズの顔を見ると、彼らも今までの荒々しい空賊の顔を捨て、きびきび
とした動作で姿勢を正した。

「彼らはトリステインからわが国に遣わされた大使殿とその護衛だ。これから船長室で話を
聞くことにした。くれぐれも失礼のないように」

ウェールズがそう命令すると、部下たちは見事に揃った敬礼を返した。
どうやらみな、本来は王軍の軍人のようだ。


93 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/14(月) 01:43:15.03 ID:IS/HYxcE0
「さて、アンリエッタ王女からの言伝を伺おうか」

狭い通路と急な階段をいくつか越えて船長室に辿り着くと、ウェールズがさっそく口を開いた。
ベイダーが乱暴に開け閉めしたせいだろうか、部屋の扉は少々立て付けが悪くなっていた。

ルイズはウェールズの前に進み出て片膝を突いた。
「おそれながら殿下、ことはトリステインの運命がかかった重大事ゆえ、何か殿下のご身分の
証となるものを見せてはいただけませんでしょうか」

もっともな言葉である。ウェールズは自分の薬指に光る指輪を外すと、ルイズを立ち上がらせ、
彼女の指の水のルビーに近づけた。
二つの宝石は共鳴し合い、虹色の光を振りまいた。

「この指輪は、アルビオン王家に伝わる風のルビーだ。きみが嵌めているのは、アンリエッタが
嵌めていた、水のルビーだ。そうだね?」
ルイズは頷いた。

「水と風は、虹を作る。王家の間にかかる虹さ」
「大変、失礼をばいたしました」
ルイズは一礼し、ポケットから手紙を取り出すと、ウェールズに差し出した。


94 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/14(月) 01:45:17.11 ID:IS/HYxcE0
「アンリエッタ姫殿下より言付かった、密書にございます」

ウェールズは愛おしそうにその手紙を受け取り、花押に接吻した。
それから、慎重に封を開き、中の便箋を取り出して読み始めた。

真剣な顔で手紙を読んでいたウェールズが、そのうちに顔を上げた。
「姫は結婚するのか? あの、愛らしいアンリエッタが。私の可愛い……、従妹は」
ワルドは無言で頭を下げ、肯定の意を表した。

ウェールズは再び視線を落とし、手紙を最後の一行まで読むと、微笑んだ。

「了解した。姫はあの手紙を返して欲しいとこの私に告げている。姫の望みは私の望みだ。
そのようにしよう。しかしながら、あの手紙は今手元にはない。ニューカッスルの城にあるんだ。
姫の手紙を空賊船に連れてくるわけにはいかぬのでね」
ウェールズは笑って言った。

「多少面倒だが、ニューカッスルまで足労願いたい」


97 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/14(月) 01:49:12.12 ID:IS/HYxcE0
黒塗りの船は『イーグル』号という名前だった。
今となってはアルビオン王立空軍の旗艦であり、司令官である皇太子の座乗艦であり、
そして同空軍唯一の戦力だった。

『イーグル』号は雲に隠れながら三時間ばかり飛び、目的地であるニューカッスル城付近
まで辿り着いた。
ニューカッスル城は、雲間に突き出た岬の突端にそびえる、高い城だった。

城が視認できる距離まで近づくと、『イーグル』号は大陸の下に潜り込むような進路をとった。

後甲板にウェールズたちと並んで立っていたルイズが、不審そうな表情を浮かべる。
どうしてまっすぐ城に向かわないのか、そう問いたげな顔だった。


104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/14(月) 01:55:09.61 ID:IS/HYxcE0
それに気づき、ウェールズは上空を指した。

「制空権は完全に握られているのでね。まっすぐには近づけない」
その指の先はるか上方を、『イーグル』号の二倍を越える巨大な船体が航行していた。

「かつての本国空軍旗艦『ロイヤル・ソヴリン』号だ。叛徒どもの手に落ちてからは、『レキ
シントン』号と呼ばれているようだがね。あの船の反乱から全ては始まったんだ」
ウェールズの顔が忌々しげに歪んだ。

『レキシントン』号が、ニューカッスル城をめがけて一斉に砲門を開いた。城自体が揺さぶられ
ているかのような、凄まじい火力であった。

「ああやって、時々嫌がらせのように砲撃を加えていくんだ」

ベイダー卿もその光景をしばらく仰いでいたが、首が疲れたのか興味が薄れたのか、再び
視線を水平に戻した。

『レキシントン』号は全長二百メイルを超える巨大な船ではあったが、千メートル級の宇宙
戦艦同士が交えるレーザー・キャノンの砲火の中をかいくぐってきたベイダー卿にとっては、
少なくともそれほど圧倒的な光景ではなかった。


108 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/14(月) 02:00:19.49 ID:IS/HYxcE0
浮遊大陸が日光を遮るので、大陸の下はそこだけ夜であるかのように暗い。
暗闇の中を航行する『イーグル』号は、ニューカッスルの真下辺りで停船した。
ルイズが目を凝らすと、頭上に直径三百メイルほどの穴が黒々と開いているのが見て取れた。

船はさらに、皇太子の指示による見事な操艦で穴に沿って上昇する。
後には、『マリー・ガラント』号が曳航索を解いてから続いた。

感心した様子でワルドが頷く。
「秘密の港、というわけですか。まるで空賊ですな、殿下」

「まさに空賊なのだよ、子爵」
ウェールズが笑った。


109 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/14(月) 02:03:16.56 ID:IS/HYxcE0
ニューカッスル城の秘密の港は、発光性のコケに覆われた巨大な鍾乳洞であった。

もやい縄で岸壁に固定された『イーグル』号に、タラップが取り付けられる。

ウェールズはルイズたちを促し、タラップを降りた。

「ワルド子爵、ラ・ヴァリエール嬢、そしてベイダー卿。あらためてわがアルビオン王国に
ようこそ」
篭城中のこと、大した歓迎はできないがね、そう付け加えて笑ってから、彼は大戦果に沸き
立つ出迎えの臣下たちの方へと向かって歩いていった。


95 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/16(水) 02:34:03.05 ID:DXhovhdG0
ルイズたちは、ウェールズに付き従い、城内の彼の居室へと向かった。
城の一番高い天守の一角にあるウェールズの居室は、王子の部屋とは思えない、質素な部屋であった。
ウェールズは椅子に腰掛けると、机の引き出しから宝石が散りばめられた小箱を取り出した。首からネックレスを外し、その先についていた鍵で小箱を開ける。
蓋の内側には、アンリエッタの肖像が描かれていた。

「宝箱でね」
ルイズたちがその箱を覗き込んでいるのに気づいたウェールズが、はにかんで言った。
小箱の中には一通の手紙が入っていた。


98 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/16(水) 02:40:18.23 ID:DXhovhdG0
ウェールズはそれを取り出し、愛おしそうに口づけたあと、開いてゆっくりと読み始めた。
今まで何度もそうやって読まれたらしい手紙は、すでにボロボロであった。

読み返すと、ウェールズは再びその手紙を丁寧にたたみ、封筒に入れてルイズに手渡した。
「これが姫からいただいた手紙だ。このとおり、確かに返却したぞ」
「ありがとうございます」
ルイズは深々と頭を下げると、その手紙を受け取った。

「明日の朝、非戦闘員を乗せた『イーグル』号がここを出港する。それに乗って、トリステインに
帰りなさい」
そのウェールズの言葉にハッとするルイズ。


99 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/16(水) 02:46:21.96 ID:DXhovhdG0
しかし彼女よりも早く、ワルドが口を開いた。
「失礼ながら、先ほど出迎えの兵士が、明日反乱軍の総攻撃がある、と言うのを聞きましたが」
「その通り。明日の正午だそうだ。叛徒どもが書状でわざわざ知らせてきた。圧倒的優位に
立っているからこそできることだろう」

「王軍に勝ち目はないのですか?」
今度はルイズだ。

「ないよ。わずか三百の我が軍に対して、敵軍は五万だ。堅固な城に籠もっているとはいえ、
勝ち目などあろうはずもない。我々に出来ることはただ、連中に勇敢な死に様を見せつけて
やることだけさ」
そう言って微笑むウェールズには、一片の悲愴さもなかった。

ルイズは俯いた。しかし、やがて意を決すると、深々と頭をたれて、ウェールズに一礼した。
言いたいことがあるのだった。


102 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/16(水) 02:49:48.59 ID:DXhovhdG0
「殿下……、おそれながら、申し上げたいことがございます」
「なんなりと申してみよ」
「この、ただいまお預かりしました手紙の内容、これは……」
言葉を選びながらポツリポツリと言うルイズの後を、ウェールズが引き取った。
「恋文だよ。きみが想像している通りのものさ。もう昔の話だが、僕とアンリエッタは確かに
恋仲にあった。アンリエッタが手紙で知らせてきたように、この恋文がゲルマニアの皇室に
渡っては、まずいことになる。なにせ、彼女は始祖ブリミルの名において、永久の愛を私に
誓っているのだからね」

ルイズは複雑な表情を浮かべた。
ハルケギニアにおいて、始祖ブリミルに誓う愛は、婚姻の際の誓いでなければならない。
ゲルマニアの皇帝にこの手紙が渡ったら、アンリエッタは重婚の罪を犯すことになり、婚姻も
同盟も取り消されることだろう。

しかし、ウェールズは「昔の話」などと言うが、ウェールズへの書状をしたためた時のアンリエッタ
の顔は……。


104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/16(水) 02:56:53.42 ID:DXhovhdG0
「殿下、トリステインに亡命なさいませ! これはわたくしの願いではございませぬ。姫さまの
手紙には、そう書かれてはおりませんでしたか?」

ワルドが寄ってきて、すっとルイズの肩に手を置いた。
しかし、ルイズは収まらない。

「お願いでございます! 私たちと共にトリステインにいらしてくださいませ!」
ウェールズは笑いながら首を振った。
「それはできんよ。それに、アンリエッタの手紙には亡命の勧めなど一言一句たりとも書かれて
はいない」
「殿下!」
ルイズが詰め寄る。

「私は王族だ。嘘はつかぬ。姫と私の名誉に誓って言うが、本当にそのような文句はない」
そう言うウェールズは苦しそうだった。その口ぶりから、ルイズの指摘が当たっていたことが
うかがえた。


105 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/16(水) 03:02:32.05 ID:DXhovhdG0
ルイズは肩を落とした。
ウェールズが絶対に決意を曲げないことがわかったからだ。
自分が亡命すれば、反乱軍にトリステインを攻撃する絶好の口実を与える、そう考えてのこと
だろう。
そして、アンリエッタが国事よりも私情を優先させる女と見られるのを避けようとしているのだ。

寂しそうに俯くルイズの肩を叩きながら、ウェールズは魅力的な笑みを浮かべて言った。
「そろそろパーティの時間だ。私たちにとっての最後の晩餐なのだから、贅を尽くしたものに
なるだろう。きみたちは、我らが王国が迎える最後の客だ。もちろん出席してくれるだろうね?」


107 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/16(水) 03:05:40.46 ID:DXhovhdG0
ルイズとベイダー卿は部屋の外に出た。

ワルドは居残って、ウェールズに一礼した。
「まだ何か御用がおありかな、ワルド子爵?」
「おそれながら、殿下にお願いしたい議がございます」
「私に出来ることであれば、なんなりとうかがおう」

ワルドはウェールズに、自分の願いを語った。
ウェールズはにっこりと笑った。

「なんともめでたい話ではないか。喜んでそのお役目を引き受けよう」


109 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/16(水) 03:09:21.64 ID:DXhovhdG0
パーティは城のホールで行われた。
簡易の玉座が設けられ、そこにはアルビオンの王、年老いたジェームズ一世が腰掛けて、
集まった貴族や臣下を目を細めて見守っていた。

明日で自分たちは滅びるというのに、ずいぶんと華やかな宴であった。
貴族たちはまるで園遊会のように着飾り、テーブルの上にはこの日のためにとっておかれた
様々なご馳走が並んでいる。

ジェームズ一世が息子のウェールズの手を借りながら立ち上がり、一同の忠誠に感謝と
ねぎらいの言葉をかけた。

ホールの貴族と貴婦人たちがいっせいに直立の姿勢を取る中、老王は続けた。

「明日の戦いはもはや一方的な虐殺となるだろう。朕は忠勇な諸君らが、傷つき、斃れるのを
見るに忍びない。したがって、朕は諸君らに暇を与える。長年、よくぞこの無能な王に付き従って
くれた。明日の朝、巡洋艦『イーグル』号が女子供を乗せてここを離れる。諸君らもこの艦に
乗り、この忌まわしき大陸を離れるがよい」


111 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/16(水) 03:14:40.62 ID:DXhovhdG0
しかし、誰も返事をしない。

一人の貴族が、大声で王に告げた。
「陛下! 我らはただ一つの命令をお待ちしております!『全軍前へ! 全軍前へ!』今宵、
うまい酒のせいで、いささか耳が遠くなっております! はて、それ以外の命令が、耳に届き
ませぬ!」
その勇ましい言葉に集まった貴族全員が頷いた。

「おやおや! ただいまの陛下のお言葉は、なにやら異国の呟きに聞こえたぞ?」

「耄碌するにははやいですぞ、陛下!」

ホール中から上がる声に、老王は目頭をぬぐい、ばかものどもめ……、と短く呟くと、杖を
掲げた。
「よかろう! しからばこの王に続くがよい! さて諸君、今宵はよき日である。重なりし月は、
始祖からの祝福の調べである! よく飲み、食べ、踊り、楽しもうではないか!」

辺りは喧騒に包まれた。


「コーホー」
それまでホールの隅に立って威圧感を振りまいていたベイダー卿は、それを機に外に出た。


116 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/16(水) 03:17:46.71 ID:DXhovhdG0
「ハハッ。相棒、お前はつくづくああいう場が好きじゃないみてえだな」
腰に佩いたデルフリンガーが、ベイダーを冷やかした。

ベイダー卿はそれに応じず、教えられた部屋へと向かう。

「おいおい、無視はつれないねえ」
デルフリンガーは心底切なそうな声を漏らした。


118 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/16(水) 03:20:47.94 ID:DXhovhdG0
部屋に辿り着いたベイダー卿は、いつものように窓際に歩み寄った。

その腰で、デルフリンガーが再び口を開く。
「三百対五万だってよ。どうするよ、相棒?」
「関係ない。僕たちは攻撃の前に脱出するのだから」
感情の籠もらぬ口調で、ベイダー卿が答えた。

カーテンを開け、外を眺めると、城を十重二十重に取り囲む攻め手の陣屋の篝火が、星々
以上に目に付いた。
ベイダー卿は心の中で舌打ちした。

それを知ってか知らずか、デルフリンガーは続けた。
「そうさね。俺らにとっちゃあこの城の連中がどうなろうと知ったこっちゃないしな」

今夜のデルフリンガーはやけに饒舌だった。
勇敢な戦士たちを見て、興奮しているのかもしれない。

しかしベイダー卿は黙ったままだった。忌々しそうに、外の様子を眺めている。


120 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/16(水) 03:24:59.65 ID:DXhovhdG0
瞑想を交えながら、二、三時間もそうしていると、再びデルフリンガーが話しかけてきた。

「そういや相棒、フーケを捕まえた時に、学院長のじいさんから『ガンダールヴ』って呼ばれて
たっけな。なんかその名前がやけに頭の隅に引っかかるんだけどよ」
ベイダー卿は口を挟まなかったが、その態度は答えを待っているかのようでもあった。

「昨夜相棒が仮面のメイジの電撃から逃げ惑っている時に、何か思い出しそうだったんだけど
な……。うーん、やっぱだめだわ。わかんね」

『仮面のメイジ』という言葉を聞いた瞬間、ベイダー卿はわずかに身じろぎした。


124 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/16(水) 03:30:09.49 ID:DXhovhdG0
ちょうどその時、ドアをノックする音が響いた。

ベイダー卿が手を振って扉を開けると、廊下の灯りを背にしてその向こうに立っていたのは
ルイズであった。
パーティの席上で酒を振舞われたのだろう、わずかながらその頬に朱が差していた。

「やっぱりまだ起きてたのね」
再び外に視線を戻したベイダー卿の背に向かって声をかけてから、その傍らに歩み寄る
ルイズ。
そうして窓の外の光景を目にすると、その形のいい眉がひそまった。
「やだ……こんな所からも敵が見えるなんて……」
そう呟きながら一歩後ろに下がった後、彼女は今度はベイダーの背中にしがみついた。
マントに顔をうずめ、泣きじゃくり出す。

「いやだわ……あの人たち、どうして、どうして死を選ぶの? わけわかんない。姫さまが
逃げてって言ってるのに……、恋人が逃げてって言ってるのに、どうしてウェールズ皇太子は
死を選ぶの? 早くトリステインに帰りたいわ。この国嫌い。イヤな人たちと、お馬鹿さんで
いっぱい。誰も彼も、自分のことしか考えてない。あの王子さまもそうよ。残される人たちのこと
なんて、どうでもいいんだわ」
感情のまま迸り出るその声には、途中から本格的に嗚咽が混じり始めていた。


125 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/16(水) 03:34:22.74 ID:DXhovhdG0
だが、ベイダー卿の態度はそっけない。振り返ろうともせず、ただ一言告げた。
「相応しい死に場所を見つけるのは、幸せなことだ」

途端、ルイズの体が硬直して、ベイダー卿の背を離れた。

「何よそれ? あんたまでそんなこと言うの? もしいつか、わたしが逃げてって言っても、
名誉を惜しんで死にに行くわけ? もういや! もうたくさん!」

ベイダー卿はそこでようやくルイズの方を向いた。
ルイズが浮かべていたのは、見知らぬ何かを見るような表情だった。
泣きはらした目で、彼女は告げた。

「わたし、ワルドと結婚するわ。あんたはいっつも言ってるお星さまの世界なりどこなり行って
ちょうだい」


「コーホー」
そのまま退出するルイズの後姿を、ベイダー卿は無言で見送った。


129 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/16(水) 03:40:04.58 ID:DXhovhdG0
「相棒、ありゃねえぜ。あの娘っ子だって、相棒から優しい言葉をかけて欲しい時があるんだ
ろうよ」
ルイズが去ってしばらくしてから、デルフリンガーがぼやいた。

それでもルイズの後を追おうともせず、相変わらず沈黙を続けるベイダーの態度に、デル
フリンガーはため息に似た声を漏らす。
「お前、言うほど女性関係多くねえだろ?」

「コーホー」


136 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/16(水) 03:46:55.99 ID:DXhovhdG0
翌朝、始祖ブリミルの像が置かれた礼拝堂で、ウェールズは皇太子の礼装に身を包んで
新郎と新婦の登場を待っていた。
明るい紫のマントは王族の象徴。そしてかぶった帽子には、アルビオン王家の象徴である
七色の羽がついている。

扉が開き、ルイズとワルドが現れた。ルイズは呆然と突っ立っていたが、ワルドに促され、
鎧兜に身を固めた十数人ばかりの衛士が作る花道を通り、ウェールズの前に歩み寄った。
他の者たちは戦の準備に追われているらしい。


137 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/16(水) 03:50:32.99 ID:DXhovhdG0
ルイズは戸惑っていた。
今朝方早く、いきなりワルドに起こされ、ここまで連れてこられたのだった。

戸惑いはしたが、自暴自棄な気持ちが心をしはいしていたので、深く考えずにここまで
やってきた。
死を覚悟した王子たちと、昨夜のベイダー卿の態度が、ルイズを激しく落ち込ませていた。

ワルドはそんなルイズに「今から結婚式をするんだ」と告げ、アルビオン王家から借り受けた
新婦の冠をルイズの頭に載せた。
新婦の冠は、魔法の力で永久に枯れぬ花があしらわれ、なんとも美しく、清楚なつくりであった。


そうやってワルドに押し切られる形で、媒酌人であるウェールズの司会で着々と儀式が
進んでも、ルイズは無反応だった。

そんなルイズの態度を、ワルドは肯定の意思表示と受け取っていた。


138 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/16(水) 03:53:18.97 ID:DXhovhdG0
「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は始祖ブリミルの名においてこの者を
敬い、愛し、そして妻とすることを誓いますか」
ワルドは重々しく頷いて、杖を握った左手を胸の前に置いた。

「誓います」
ウェールズは頷き、今度はルイズに視線を移した。
「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……」

朗々と、ウェールズが誓いのための詔を読み上げる。


140 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/16(水) 03:56:47.44 ID:DXhovhdG0
今が結婚式の最中だということに、ようやくルイズは気がついた。
相手は、憧れていた頼もしいワルド。
二人の父同士が交わした、結婚の約束。
幼い心の中、ぼんやりと描いていた未来。
それが今、現実のものになろうとしている。

ワルドのことは嫌いじゃない。おそらく、好いてもいるだろう。
でも、それならばどうして、こんなにも切ないのだろう。
どうして、こんなに気持ちは沈むのだろう。

胸に引っかかる何か。
ルイズがその何かを把握できずにやきもきしていると、荒々しく礼拝堂の扉が開いた。

「コーホー」


147 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/16(水) 04:00:15.72 ID:DXhovhdG0
逆光を背に浴びながら、礼拝堂に現れた黒い人影。
その呼吸音を聞いた途端、ルイズは胸の痞えが下りるのを感じた。
そうだ、昨日の昼、彼は言ったはずではないか……。

「神聖なる結婚式の最中だぞ。衛士、彼を取り押さえろ!」
ウェールズの号令がかかり、入り口近くにいた五、六人の衛士がベイダー卿の行く手を
遮ろうとした。
しかし、ベイダーが軽く手を振ると、彼らは礼拝堂の扉の向こうまで飛んでいった。

「ベイダー!」
呆然とする一同の中で、唯一動けたのはルイズだけだった。
新婦の冠をかなぐり捨て、ベイダーの元に駆け寄る。

「言ったはずだ、マスター。子爵と結婚する気があるなら、僕という障害を乗り越えていけと」


158 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/16(水) 04:06:40.38 ID:DXhovhdG0
祭壇の前から飛び降りてベイダーの元に走るルイズを見ながら、ようやく我に帰ったウェールズ
がワルドに視線を向けた。
「どういうことだ、子爵。きみは花嫁の合意も取り付けずに結婚式に臨んだのか?」

ワルドはそれに答える代わりに舌打を漏らし、ルイズの後を追うため祭壇から飛び降りようと
した。
その肩に手をかけ、ウェールズが制止する。

「子爵、きみはフラれたのだ。貴族らしく潔く……」
「邪魔をするな!」
その瞬間、ワルドは二つ名の閃光のように素早く杖を引き抜き、呪文の詠唱を完成させた。
そして、まさしく風のように身を翻らせ、ウェールズの胸を青白く光るその杖で貫いた。


164 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/16(水) 04:11:38.23 ID:DXhovhdG0
「ルイズが手に入らぬのなら仕方がない。アンリエッタの手紙と、ウェールズ皇太子、貴様の
命で満足するとしよう」
一瞬激痛に裏返ったウェールズの目が、その言葉を聞いて驚きに見開かれる。
「貴様、『レコン・キスタ』……」
それだけ言い、ゴボリと大量に吐血すると、その体が仰向けに床に倒れた。

ルイズは悲鳴を上げた。


「殿下……! 貴様ぁッ!」
突然の暴挙に凍り付いていた衛士がいっせいにワルドに飛びかかる。
しかしワルドが杖の一振りで巻き起こした『ウィンド・ブレイク』で、その全員が紙切れのように
吹き飛んだ。


167 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/16(水) 04:16:33.78 ID:DXhovhdG0
「貴族派! ワルド、あなたアルビオンの貴族派だったのね!」

ワルドは喉の奥で笑うと、頷いた。
「いかにも。だが『アルビオンの』というのは正確ではないな。我々『レコン・キスタ』は国境を
越えて繋がった貴族の連盟さ。我々に国境はない」
そう言ってから、ワルドは再び杖を掲げた。
「残念だよ、ルイズ。君の才能が僕たちには必要だったんだ。今からでも考え直しては
くれないかい?」

ルイズは力を失ってへなへなと床にへたりこみ、涙を飛ばしながら首を振った。
「いやよ! あなたはわたしの知ってるワルドじゃないわ!」


169 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/16(水) 04:21:48.31 ID:DXhovhdG0
「僕のルイズ。わがままを言って困らせないでくれ。もう一度言うが、君の力が僕には必要
なんだ。この旅のさなか、君の気持ちを掴むためにずいぶん努力したんだが……」
いったん言葉を切ってから、ワルドはベイダー卿に視線を移した。
ルイズに向けるのとはまた違う、射抜くような目だった。

「そこの『ガンダールヴ』にことごとく邪魔をされてしまったね。悔しいが、使い魔くんが君の
支えになっていることは認めなければならない。だから、僕が彼を殺してその支えを砕いて
みせよう。そうすれば君の心は僕に傾くだろう」

「コーホー」
しゃがみ込んで耳をふさぐルイズをかばうかのように、ベイダー卿が一歩前に出た。

そして、珍しく怒気を滲ませた口調で言う。
「ユー・ウィル・トライ」

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最終更新:2007年05月19日 11:08