204 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/09(水) 01:58:11.15 ID:zMnftVGO0
階段を駆け上がった先には、一本の枝が伸びていた。
その中ほどに、タラップで枝と連結された一艘の『船』が停泊している。

船といえば星間航行可能な宇宙船を真っ先に思い浮かべるベイダー卿にとってみれば、
これから乗り込むべき船は、あまりにも原始的で頼りない。

どうやら、マストに張られた巨大な帆布で風を受け、それを主な推進力にする仕組みのようだ。

宇宙空間を航行する『帆船』を知識として知ってはいたが、それですらもはや希少な骨董品
である。
そもそも舷側から突き出た二枚の大きな翼は、何のためにあるのだろうか。


「さあ、行こう」
ベイダー卿の困惑をよそに、ワルドがルイズの手を引いてタラップを渡り出した。


210 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/09(水) 02:02:50.99 ID:zMnftVGO0
三人が甲板に降り立つと、甲板で眠っていた船員が目を覚ました。
突然の闖入者に驚いた様子だったが、ワルドとルイズが貴族であることがわかると、慌てて
船長室にすっ飛んでいった。

しばらくして現れた初老の船長に、ワルドは居丈高に命じた。

「女王陛下の魔法衛士隊隊長、ワルド子爵だ。トリステイン王室からの勅命により、今すぐ
アルビオンに出港してもらいたい」

船長は困惑して反論した。
アルビオンが最もラ・ロシェールに近づくのは明日であり、最短距離分の『風石』しか積んでいない
当船は、夜が明けてからでなければ出発できないとのことである


212 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/09(水) 02:07:14.35 ID:zMnftVGO0
ワルドは船長の言に小さく頷いてから、再び口を開いた。
「急ぎの任務だ。『風石』の不足分は僕が補う。僕は『風』のスクウェアだ」
船長と船員が顔を見合わせた。それから船長がワルドの方を向く。

「ならば結構で。料金ははずんでもらいますよ」
「積荷はなんだ?」

「硫黄で。アルビオンの貴族の方々が高値をつけて下さいますんで、今じゃ黄金並みの
値段で取引されます」

船長は小ずるそうな笑みを浮かべた。取引成立だ。


213 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/09(水) 02:09:23.24 ID:zMnftVGO0
船長が出港を命じると、睡眠を貪っていた船員たちは不満そうな表情を浮かべた。

それでもよく訓練された彼らは命令に従い、あれよあれよと言う間に準備は整った。

こうして、トリステイン船籍『マリー・ガラント号』はアルビオンに向かって暗闇の中を出港した。


215 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/09(水) 02:11:16.78 ID:zMnftVGO0
「ねえ、ワルド。どうせアルビオン中の港は反乱軍に押さえられてるんでしょ? 王党派とは
どうやって連絡を取ればいいのかしら」

出港後しばらくして、ルイズは船員に聞かれないよう声をひそめてワルドに諮った。

この船はおそらく貴族派とつながっているのだろう。
追い詰められた王党派が硫黄の取引などできるとは思えない。
この船に積んである硫黄は、火薬や『火』の秘薬に加工され、王党派の戦士の生命を奪う
ことになるかもしれないのだ。

そのことが気がかりで、ルイズはこの船旅を忌まわしく感じるのだった。


217 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/09(水) 02:15:02.90 ID:zMnftVGO0
「陣中突破しかあるまいな。この船の目的地、スカボローの港から、ニューカッスルまでは
馬で一日だ」
「反乱軍の間をすり抜けて?」
「そうだ。それしかないだろう。まあ、反乱軍も公然とトリステインの貴族に手出しはできない
だろう。隙を見て突破する」

ルイズは緊張した面持ちで頷いた。確かにそれしかなさそうだ。

それから、尋ねる。
「そういえば、あなたのグリフォンはどうしたの?」

ワルドは微笑んだ。舷側から身を乗り出すと、口笛を吹く。船の下からグリフォンが姿を現し、
そのまま甲板に着陸して、船員たちを驚かせた。


219 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/09(水) 02:17:35.33 ID:zMnftVGO0
ワルドに微笑み返してから、ルイズはそこで自分の使い魔の方を見た。

ベイダーは二人から少し離れて立ち、腕組みをしていた。

さっきから一言も口を聞かない。
無口なのはいつもどおりとしても、その振る舞いは普段に比べてどこか覇気に欠ける気がした。


222 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/09(水) 02:21:52.66 ID:zMnftVGO0
「ベイダー、そういえばあんた、怪我はないの?」
ルイズはベイダーのそばまで歩み寄り、その顔を見上げた。

白い仮面の男の『ライトニング・クラウド』を受け、転落したのだ。常人なら間違いなく死んでいる。

「問題ない。快適に機能している」
ベイダーはルイズの方を見ようともしない。

ルイズは意を決して尋ねた。
「さっきのこと、気にしてるの? ……あのメイジに、遅れを取ったこと」

本当はそれ以上に、ワルドがベイダーに投げつけた言葉の方が気にかかっていたのだが、
そのことを聞くのは禁句に思われた。

「気になどしていない。ダークサイドの前に敵はいない。次に会ったら即座に息の根を止めて
みせる」

その言葉が強がりであるかどうか、ルイズには判断がつかなかった。

「……そう。じゃあ、今の内に休んでおいて。アルビオンに着いたら、あんたにもたっぷり働いて
もらわなくちゃいけないんだから」

そう言い残して、ルイズは再びワルドの方に戻っていった。


224 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/09(水) 02:24:17.53 ID:zMnftVGO0
闇の中に一人残されたベイダーは、腕組みの姿勢のまま考え込んでいた。

(……多少危険ではあるが、試してみるしかなさそうだな)


225 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/09(水) 02:25:31.01 ID:zMnftVGO0
翌朝……。

「アルビオンが見えたぞー!」
鐘楼の上に立った船員の大声で、ルイズは目を覚ました。

ワルドとベイダーはとっくに起きていたようだ。
ワルドは船長と何やら話しこんでおり、ベイダーにいたっては、昨日から姿勢が変わっていない。
睡眠をとったのかどうかすら判然としなかった。

船の行く手に目を向ければ、見張りの船員の言葉どおり、巨大な浮遊大陸アルビオンが雲間に
その姿を見せていた。


227 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/09(水) 02:29:44.00 ID:zMnftVGO0
何度見ても壮観である。

アルビオンの面積はほぼトリステインの国土に匹敵し、川も流れていれば山脈もある。
陸地は視界を越えて彼方まで続き、河川から空中に流れ落ちる莫大な量の水が白い霧と
なって大陸の下半分を包んでいた。

アルビオンが『白の国』と呼ばれる由縁である。

さすがのベイダー卿もこの光景には目を奪われたようで、船首の方に体を向け、浮遊大陸の
偉容を仰いでいた。
常々傲岸不遜なベイダーがハルケギニアの文物に驚く様は、ルイズとしては何とはなしに
嬉しい。


229 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/09(水) 02:33:37.37 ID:zMnftVGO0
そのとき、鐘楼に上った見張りの船員が、大声を上げた。
「右舷上方の雲中より、船が接近してきます!」

ハッとしてルイズがそちらを向けば、たしかに船が一隻近づいてきていた。

『マリー・ガラント』号より一回り大きく、両舷ともに大砲で武装している。
タールで黒く塗りつぶされた船体が、ルイズの不安をあおった。


233 :さるさん喰らった……:2007/05/09(水) 02:40:22.72 ID:zMnftVGO0
「アルビオンの貴族派の軍艦か? お前たちのために荷を運んでいる船だと教えてやれ」

見張り員は船長の指示どおりに手旗を振った。
しかし、黒い船からは何の返信もない。

副長が駆け寄ってきて、蒼ざめた顔で船長に告げる。
「あの船は旗を掲げておりません!」

船長の顔もみるみる蒼ざめた。
「してみると、空賊か!」
「間違いありません! 内乱の混乱に乗じて、活動が活発になっていると聞き及びますから……」

船長は慌てて船を空賊から遠ざけるよう命令された。しかし、時すでに遅し、併走する形で
針路を取った黒船から大砲の威嚇射撃を受け、停船命令を示す旗を揚げられては、それに
従うしかなかった。

「裏帆を打て。停船だ」
すっかり観念して、船長は指示を出した。


237 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/09(水) 02:43:13.50 ID:zMnftVGO0
いきなり現れて大砲をぶっ放してきた黒船に怯え、ルイズは思わずワルドに寄り添った。

「空賊だ! 抵抗するな」
黒船から、メガホンを持った男が怒鳴った。
「空賊ですって?」
ルイズが驚いた声を上げる。それから、ワルドの顔を仰ぎ見た。
「抵抗はできないな。この船を浮かべるために、僕の魔法は打ち止めだ」

次にルイズは、いつの間にか隣に来ていたベイダーを見る。

「コーホー」
彼女の使い魔は、相変わらず腕組みしたまま、空賊の船を見つめていた。


242 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/09(水) 02:49:34.26 ID:zMnftVGO0
『マリー・ガラント』号は、あっという間に空賊に制圧された。
鉤のついたロープが舷縁に放たれ、それを伝って武装した男たちが二十人ばかり乗り込んで
きたのだ。

黒船の片舷に並んだ大砲がぴたりと狙いをつけている以上、抵抗は全く無意味だった。

「使い魔くん、きみの凶暴さは僕もよく知っているが、ルイズの身の安全を考えるなら抵抗は
やめておくんだな。向こうの大砲が火を噴いたら、この船はあっという間に沈められる。それに、
向こうの船にはメイジがいるかもしれない」
ワルドがベイダーを牽制する。

前甲板に繋ぎ止められていたワルドのグリフォンが、乗り移ろうとする空賊たちに驚き、
ギャンギャンとわめき始めた。その瞬間、グリフォンの頭が青白い雲で覆われた。
グリフォンは甲板に倒れ、寝息を立て始めた。

「眠りの雲……、確実にメイジがいるようだな」
半分以上ベイダー卿に言い聞かせるようなひとり言だった。


244 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/09(水) 02:53:40.42 ID:zMnftVGO0
甲板に降り立った空賊たちの指揮を取るのは、派手な格好の青年だった。
元は白かったらしいが、汗と油で汚れて真っ黒になったシャツの胸をはだけ、そこから赤銅色
に日焼けしたたくましい胸が覗いている。
ぼさぼさの長い黒髪は、赤い布で乱暴に纏められ、無精ひげが顔中に生えている。
ご丁寧にも、左目には眼帯が巻いてあった。

この男が空賊の頭目らしい。


全く抵抗を受けずに船を制圧でき、満足そうににやけ笑いを浮かべる頭領の前に、ワルドと
ルイズが引っ立てられてきた。


245 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/09(水) 02:57:14.18 ID:zMnftVGO0
「この船は貴族のお客も乗せてるのか」
口笛を吹き、ルイズの顎に手をかけて持ち上げる。
「こりゃあ別嬪だ。お前、俺の船で皿洗いをやらねえか?」
ルイズが頭目を睨みつけ、男たちからは失笑が漏れた。
だがそれは、どこか遠慮がちな乾いた笑い声だった。

怪訝そうに辺りを見回した頭が、そこでようやく異変に気づいた。

高空を吹き渡る風の中でも、一定のリズムで響く「コーホー」という音。
見れば、二人の貴族の後ろに、黒い影が控えている。

「この耳障りな音は何でえ? それからそこの気味の悪い甲冑はよ? この貴族様方の
趣味か?」

どこかで聞いたような質問に、ルイズは思わず口を開いた。

「あれはわたしの使い魔よ」


250 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/09(水) 03:05:02.39 ID:zMnftVGO0
身代金を当てにした賊たちによって、ワルドとルイズの二人は黒船に移された。

『マリー・ガラント』号の船員は、乗り込んできた空賊たちの指揮の下、自分たちのもので
あったはずの船の曳航を手伝わされている。

そしてベイダー卿は危険分子と判断され、腰に差したデルフリンガーを取り上げられて鎖で
後ろ手に拘束された挙句、眠りこけたグリフォンと一緒に、船倉に閉じ込められていた。
使い魔は使い魔同士、というわけだろう。

不意に、その足に震動が伝わった。
拿捕された『マリー・ガラント』号が、動き出したようだ。
今の動きから察するに、同船は乗り込んできた空賊たちの指揮下にあるだけでなく、頑丈な
曳航索で黒船に繋がれているようだ。


254 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/09(水) 03:09:28.43 ID:zMnftVGO0
「さて」
ベイダー卿は一人呟いた。
その声と共に、賊の誰一人として武器とは思わず、取り上げられることのなかったライトセイバー
が腰のフックから外れ、その手に収まる。

後ろ手に縛られたまま器用にライトセイバーを作動させると、鉄製の鎖が瞬時に断ち切られた。

「心配ないとは思うが、マスターは怯えているようだな」

光り輝く刃が、船倉の扉の蝶番を一振りで切断した。


264 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/09(水) 03:15:43.44 ID:zMnftVGO0
「なっ、てめ――」
運悪く船倉の外の通路に配置されていた見張りは、驚きの声すら最後まで言うことができずに、
壁面に叩きつけられて昏倒した。

荒事を厭うベイダー卿ではなかったが、騒ぎが黒船にまで伝わると面倒なことになるため、
フォースの声に耳を傾けながらやや慎重に通路を進み、誰にも発見されずに甲板に出た。

物陰に身を隠しながら様子を窺えば、予想どおり『マリー・ガラント』号は船首に取り付けられた
二本の太いロープで、前を進む黒船に繋がれていた。

両船の距離はおよそ百数十メイル。
熟練の船乗りなら、黒船が合図なしに急に停戦しても回避できる距離だ。


270 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/09(水) 03:22:35.31 ID:zMnftVGO0
ベイダー卿はそのままタイミングを計った。

すでに本来の乗組員は船室にでも閉じ込められているようで、甲板に立つ見張りの数は
それほどでもない。
しかし、これからすることを考えれば、人目につくことはなるべく避けたかった。

見れば前方に、比較的大き目の雲海が浮かんでいる。
黒船がその中に突っ込み、そこから伸びるロープも次第に視界から消失していく。

ベイダー卿は精神を集中した。元々太いロープが遊歩道のように感じられてくる。

『マリー・ガラント』号が黒船に続いて雲間に飛び込み、甲板上の風景がミルク色に染め
上げられた直後、ベイダーは極限まで集中したフォースの力を借りて、矢のように駆け出した。


273 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/09(水) 03:27:21.86 ID:zMnftVGO0
それはまさしく超人の技だった。

ベイダーは百メイルを越えるロープの上を二十歩足らずで駆け抜けた。
後甲板に立っていた見張り二人が、雲を払いながら接近する影を認めた次の瞬間には、
すでに両者の喉を機械の手が掴んでいた。

二人の足が床を離れる。警告を発する間もなく一人が絞め落とされた。

動かなくなった方の賊を甲板に投げ捨てると、ベイダーは意識を保っているもう一人に尋ねた。
「捕虜の二人の貴族はどこだ?」
あの、地底から響いてくるかのようなくぐもった声で。

「最下層の、船倉、です……」
形を持った暗黒に心臓を鷲づかみにされているかのような感覚に、百戦錬磨の水夫も正直に
答える他なかった。

「ご苦労」
ベイダーが軽く手を捻ると、こちらの賊も動かなくなった。


32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/12(土) 01:53:09.24 ID:qCJ7ehjN0
空賊に捕らえられたルイズとワルドは杖を取り上げられ、船倉に閉じ込められた。
杖を取り上げられたメイジはただの人間。無力である。
もっとも、もともと魔法が不得意なルイズはあまり関係なかったが。

周りには、酒樽やら穀物のつまった袋やら、火薬樽が雑然と置かれている。
くそ重たい砲弾が、部屋の隅にうずたかく積まれている。
ワルドはそんな積荷を見て回っていたが、しばらくするとルイズの隣に座った。

「どう?」
「脱出の役に立ちそうなものは見当たらないな。火薬を使って船を墜落させるわけにも
いかないし、杖もなしに何十人もの賊たちを相手にする武器もない」


38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/12(土) 01:59:02.38 ID:qCJ7ehjN0
その言葉に、ルイズの表情が絶望の色を深める。
それを見たワルドが、ルイズの肩を抱き寄せた。

「心配いらない。きみは僕が守る」
「……ありがとう。でも、問題は身の安全より姫さまから与えられた任務よ」
このまま解放を待っていたら、その間に反乱軍は王党派を粉砕し、ウェールズ皇太子は
捕まるだろう。

「きみにもしものことがあったら、任務の遂行なんてそもそも無理だ。まずは生き残ることを
考えよう」
ワルドの手に力がこもる。
ルイズはちょっとうつむいた。


39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/12(土) 02:04:10.04 ID:qCJ7ehjN0
「あの使い魔くんのことが気になるのかい?」
腕の中のルイズが身を固くしたのを感じ取り、ワルドがささやいた。
ルイズはハッとして彼の顔を振り仰ぐ。
「べっ、別にそんなんじゃないわ。ただ――きゃっ!」

ルイズが言葉を継ごうとしたその時、虚空と船倉を隔てる外壁を貫いて、赤い刃が飛び
込んできた。

驚愕に見開くルイズの目の前で、その刃はあっという間に木製の壁面に円を完成させた。

「コーホー」


48 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/12(土) 02:09:26.83 ID:qCJ7ehjN0
舷側にくくりつけたケーブルを命綱に、金属の指先で外壁に取り付きながら降りてきたベイダー
卿が、どうにか壁をライトセイバーで破って船倉に飛び込めば、最初に目に入ったのは驚きの
あまりワルドにしがみつくルイズと、そんなルイズを背にかばおうとするワルドの姿であった。

「取り込み中のようだな」

一瞬でルイズの顔が真っ赤になり、ワルドの陰から飛び出した。

「ちちち、違うのよこれは! ていうか、お、遅いわよベイダー! ご主人様が困ってるって
いうのに、何やってたのよっ!」


53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/12(土) 02:14:09.52 ID:qCJ7ehjN0
「卿をつけろと言ったはずだ。それに、君を助けるのはそこの子爵の役目だろう」

そう言って、ベイダー卿はつかつかと部屋の真ん中まで進んだ。

ルイズは呆気にとられた表情で、傍らを通り過ぎるその顔を見上げた。
こんな当てこすりを口に出すなんて、普段のベイダーを知るルイズには信じられない。


58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/12(土) 02:17:20.76 ID:qCJ7ehjN0
ちょうどその時、船倉の扉が荒々しく開けられた。

「てめえら、何騒いでやがん……だっ?」
飛び込んできた見張りが、丸く切り取られて風が吹き込んでくる外壁と、突然現れたベイダー
卿を交互に見つめ、思わず後ずさる。

だが、彼が事態を飲み込み、近くにいる仲間に異状を伝えようした時には既に遅かった。
「この部屋に異状はない」
ベイダー卿が小さな手振りとともに言う。

「異状なし」
見張り員はそう復唱し、静かに扉を閉めると、ガチャガチャと施錠した。


65 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/12(土) 02:23:16.77 ID:qCJ7ehjN0
「部屋の外には相当数の見張りがいるようだ」
研ぎ澄ませた感覚で扉の向こうを探ってから、ベイダー卿は二人に告げた。
杖を取り上げたとはいえ、メイジを監禁しておくだけあって警戒しているようだ。

「だがその分、上は手薄だな」
ベイダーは再びライトセイバーを抜くと、天井に穴を開けた。

天板に開いた穴に飛び込まんとするベイダーの背に、ワルドが声をかけた。

「使い魔くん、僕らの杖を探し出してくれたまえ。そうすれば僕らも戦える」
そして、ルイズに向かって小さく微笑みかける。
杖さえあればルイズを守れる、そう言いたいのだろう。

「承知した」
二人の方を振り向きもせず、ベイダーは人間離れした跳躍力で天井の穴へと消えた。


66 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/12(土) 02:26:34.33 ID:qCJ7ehjN0
ルイズは二人のやり取りに、男同士の意地の張り合いめいた雰囲気が感じていた。
普段の彼女ならあまり愉快には思わないところだが、今はその片割れがベイダーであるという
ことの方がより重要な関心事だ。

(ワルドに言われたこと、やっぱり気にしてるのかしら……)
何事にも我関せず顔だったベイダーが感情を露わにしているのだとしたら、ほんの少し嬉しい
……かもしれない。

壁に開いた穴から吹き込んでくる風に髪をなぶられながら、ワルドに悟られぬようちょっとだけ
微笑を浮かべるルイズだった。


69 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/12(土) 02:30:59.46 ID:qCJ7ehjN0
空賊の頭は、船長室にしつらえられた机に向かい、目をつむってこの先のことに思案を
めぐらせていた。

今航行しているこの空が、おそらく彼にとっての最後の飛行になるだろう。
気流のささやき、水蒸気のざらつき……船の外壁を透過して感じられるそれらが、今まで
以上に愛おしく思えた。
彼は首を振り、とめどなく染み込んでくる感傷を追い出そうとする。
少なくとも今の彼は、荒くれ者ぞろいの水夫を束ねる空賊の頭目でなければならないのだ。

出し抜けに船長室の扉が開いたのは、彼がそうやってようやく空賊の顔を取り戻した時だった。

「おい、ノックぐらいし――」
無作法を叱責しようと、口と同時に開いた彼の目に飛び込んできたのは、見慣れた部下の顔
ではなく、全身黒ずくめの巨人の姿であった。


70 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/12(土) 02:34:18.63 ID:qCJ7ehjN0
「てめえっ!?」
考えるより先に動いた手が、机の上に置いてあった杖に伸びる。

しかしそれよりも早く、杖自体がまるで意志を持っているかのように動き、闖入者の手に引き
寄せられていった。

呆気にとられながら、そこで彼はやっと人影の正体に思い至った。
彼が悪趣味な甲冑に見間違えた、捕虜にした貴族の少女の使い魔。
だが彼は今、百数十メイル後方の曳航船の船倉に鎖で拘束されているはずだ。

「ご同行願おう」
この場にありえないはずの存在が、歴戦の空賊ですら震え上がるような声でそう告げた。


74 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/12(土) 02:40:15.66 ID:qCJ7ehjN0
「ベイダー、遅いわね……」
ベイダーが天井の穴に姿を消した後の船倉で、ルイズはせわしなく辺りを行ったり来たり
していた。

もう一方のワルドはじっと腕組みをして動かない。
「彼が出て行ってまだ十五分も経っていない。きみの使い魔が優秀なのは知っているが、
そもそも戻って来られるかどうか」

この部屋の様子を眺めれば、一見ルイズの方が事の成否を不安視してやきもきしている
ようだが、実情は全く逆だった。

ワルドがあまり期待せずに構えてる一方、ルイズの方はと言えば、戻ってくるはずのベイダー
を待ちかねているのである。

とうとうルイズが、自らも天井によじ登るためワルドに肩車でもしてもらおうかと思い始めた頃、
ようやくあの聞きなれた呼吸音が聞こえてきた。


76 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/12(土) 02:42:50.79 ID:qCJ7ehjN0
「ベイダー!」
外の見張りの耳に入らないようひそめた歓声を上げ、ルイズは穴の真下付近に駆け寄った。

その足元に、無造作に三本の杖が降ってくる。
二本はワルドとルイズのものだ。

ルイズは喜び勇んでそれを拾い上げ、片方をワルドに渡す。
そして手に残った二本の内、自分のものではない一本を怪訝そうに見つめていると……。

ドサッ!

重たい音と共に、人間が一人降ってきた。


83 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/12(土) 02:49:39.41 ID:qCJ7ehjN0
「あ!」
「おお!」
ルイズとワルドが、後ろ手に縛られ、猿轡を噛まされたその人物の顔を覗き込み、同時に
驚きの声を上げた。

ぼさぼさの長い髪に無精ひげ、そして片目に巻かれた眼帯。
忘れようとしても忘れられない、彼らを捕らえた空賊の頭だった。

そして……。

「コーホー」
床でもがく彼の体をまたぐ形で、腰に大剣を佩いたシスの暗黒卿が再び船倉に降り立った。


84 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/12(土) 02:52:08.16 ID:qCJ7ehjN0
「この船は貴族派と王党派、どちらと繋がっているんだ?」
猿轡を解かれた頭に対し、ワルドが尋問を開始する。

ベイダーはと言えば、自分が開けた穴からじっと外を眺めていた。

喉元に杖を突きつけるワルドに相対しながら、空賊の頭はふてぶてしくも笑みを浮かべた。
「この船のメイジがおれだけだと思うなよ。おれが一声かければ――」
その横っ面を、ワルドの杖が打ちのめした。

ルイズは息を呑みながらも、眼前の暴力的な光景から目を逸らさずにいた。
この程度は任務に志願した時から覚悟している。

「では質問を変えようか。ニューカッスルに最も近い港に向かってほしいのだが、いやとは
言わないだろうな? もちろん運賃は君の命だ」


86 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/12(土) 02:57:15.88 ID:qCJ7ehjN0
「ニューカッスルだと? あんな所に行って何をするつもりだ?」
「質問をしているのはこっちだ」
食ってかかる頭の頬を、再びワルドの杖が叩いた。

無様に転がりながらも、彼の目は力を失わずルイズとワルドを睨みつける。
「てめえら、ニューカッスルの城に潜入して工作でもするつもりか?」
「逆よ」
ワルドが再び杖を振り上げるのを制し、ルイズが口を開いた。
「ルイズ」
僕らが情報を与える必要はない、と押しとどめるワルドを振り切って、ルイズはささやかな
胸を張って宣言した。

「わたしは、トリステインのアンリエッタ姫殿下に遣わされた大使、ルイズ・フランソワーズ・ル・
ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。王党派と連絡を取って、ウェールズ皇太子にどうしても会わなきゃ
いけないの」


88 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/12(土) 03:03:11.38 ID:qCJ7ehjN0
それを聞いた瞬間、頭がきょとんとした表情を浮かべた。

「大使? アンリエッタだと? どういうことだ!?」
後ろ手に縛られ転がされていたはずの彼が、あたかもばね仕掛けのように飛び跳ねて直立し、
ルイズは驚いて身を退いた。
ワルドも困惑した様子だった。

空賊の頭はさらに食ってかかろうとしたものの、ハッとして口をつぐむ。

そうしてわずかの間室内を支配した沈黙を破ったのは、いつの間にか三人の方に向き直って
いたベイダー卿だった。

「いい加減正体を明かしたらどうだ、プリンス・オブ・ウェールズ?」

その言葉に、今度はルイズが唖然とする番だった。


94 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/12(土) 03:13:00.20 ID:qCJ7ehjN0
「フォースに耐性を持たないお前たちの心など、ダークサイドの前では丸裸同然だ」

いつもながらのベイダーの妄言癖。これさえなければもう少し説得力が増すのに、とルイズは
頭の片隅でぼんやりと考えていた。
一瞬思考が停止していたのだ。

にわかには信じられない事態だ。
ベイダーが軽々しく嘘を吐くとは思えなかったが、それでもルイズは恐る恐る口を開いた。
「ほんとに、皇太子、さま……?」

問いかけられた頭の方も我に帰るのにしばしの間を要したようだが、やがて和やかな笑みを
浮かべた。

「まったく、トリステインの貴族にはこんな使い魔を擁する者がいるのか。……逃げはしない。
その杖を下ろして、この縄を解いてくれないか」


97 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/12(土) 03:16:33.64 ID:qCJ7ehjN0
言われて、ワルドが頭の縛めを解いた。

杖の有無が完全に両者の立場を逆転させている今、彼が逃亡を図ったとしても取り押さえる
のは容易である。

そして何よりも、突如として物腰を改めた頭の口調は、先ほどまでの粗暴なものではない。
豊かな知性と教養に裏づけられた、高貴な生まれを思わせる口調だった。

黒髪隻眼の空賊の頭目だったはずの男が、自由になった手で自分の髪を引っつかむ。
するり、とその頭皮が剥がれ落ちたかに見えた。黒髪はカツラだったのだ。
眼帯を取り外し、さらに付けひげをびりとはがした。

現れたのは、凛々しい金髪の若者であった。


101 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/12(土) 03:22:37.32 ID:qCJ7ehjN0
「本当なら君たちの身分の確証を取りたかったのだが、逆にこうして捕われの身になったと
あっては仕方がないな。それに、アンリエッタの大使を名乗る者とこれ以上面倒を起こしたく
はない」

縛られていた手をさすりながら、若者は居住まいをただし、威風堂々、名乗った。
「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」
ルイズは口をあんぐりと開けた。
ワルドは興味深そうに、皇太子を見つめた。

ウェールズはにっこりと魅力的な笑みを浮かべた。
「アルビオン王国へようこそ、大使殿。さて、御用の向きをうかがおうか」


「コーホー」
事態の推移に早くも興味を失ったのか、ベイダー卿は壁の穴越しに流れ行く雲を眺めていた。

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最終更新:2007年05月12日 08:34