349 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/04(金) 00:43:21.66 ID:U1shy0aw0
「貴様、僕のヴェルダンデに何をするんだ!」
興奮するギーシュが薔薇の造花を掲げるより早く、その喉元に羽帽子の貴族の杖が
突きつけられていた。
ギーシュが凍りつく。

「僕は敵じゃない。姫殿下より君たちに同行することを命じられた、女王陛下の魔法衛士隊、
グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」

ギーシュは相手が悪いと知ってうなだれた。魔法衛士隊は全貴族の憧れである。
ギーシュも例外ではない。

ワルドはそんなギーシュの様子を見て、首を振った。
「すまない。婚約者が、モグラに襲われているのを見て見ぬ振りはできなくてね」


「コーホー」

機械製の両脚が重いため、乗馬で腰に負担がかかるのが避けられないベイダー卿は、やはり
どこか憂鬱そうに馬に載せた鞍を撫でていた。


359 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/04(金) 00:47:45.90 ID:U1shy0aw0
「ワルドさま……」
立ち上がったルイズが、震える声で彼の名を呼んだ。
昨日の昼、姫君の馬車を守るその姿を見てから、ルイズは押し寄せる甘美な思い出の波に
さらわれ、魂が抜けたようになっていたのである。

親同士が取り決めた婚約ではあったが、幼いルイズにとって優しく強いワルドは憧れの人だった。

ワルドの両親が相次いで亡くなり、彼が魔法衛士隊に入隊してからは、会う機会もなくすっかり
忘れていたのだった。

だが昨日の再会を経て、幼い日の憧れは唐突にルイズの胸を焦がしていた。


363 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/04(金) 00:50:19.57 ID:U1shy0aw0
「久しぶりだな、ルイズ! 僕のルイズ!」
ワルドは人懐っこい笑みを浮かべると、ルイズに駆け寄り、そのまま抱き上げた。

「相変わらず軽いな、きみは。まるで羽のようだ」
「お恥ずかしいですわ」

ワルドに抱き上げられたまま、ルイズは少々離れて立つベイダーの方を横目で見た。

腕組みをして馬を見ている。
馬の方はと言えば、彼から発せられる威圧感に、怯えたようにいなないていた。

一体何をやっているんだろう……。


373 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/04(金) 00:53:27.34 ID:U1shy0aw0
「彼らを、紹介してくれたまえ」
ワルドはルイズを地面に下ろすと、再び帽子を目深にかぶって言った。

「あ、あの……、同級生のギーシュ・ド・グラモンと、使い魔のダース・ベイダーです」
ルイズは交互に指差した。

ギーシュは深々と頭を下げた。
ベイダー卿はそもそも聞いていない。

「あれがルイズの使い魔かい? 人……なのか?」
ワルドが呟く。

「平民です、ワルド子爵!」
ギーシュが顔をしかめた。
「おまけに貴族に対する礼儀を知らない、粗野で生意気な平民です」
ルイズはじと目でギーシュを見た。大物かと思ったが、また格下げだ。

ワルドは頷きながらギーシュの愚痴を聞いていたが、あまり興味を引かれた様子はない。

「時間だ。そろそろ出発するとしよう」
ワルドが口笛を吹くと、朝もやの中からグリフォンが現れた。
鷲の頭と上半身に、獅子の下半身がついた幻獣である。
立派な羽も生えている。


380 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/04(金) 00:56:12.04 ID:U1shy0aw0
ワルドはひらりとグリフォンに跨ると、ルイズに手招きした。
「おいで、僕のルイズ」

ルイズはしばらくモジモジしていたが、ワルドに抱きかかえられ、グリフォンに跨った。
ギーシュは慌てて馬の方に駆け寄り、ベイダーと目を合わせないようにしながらひらり、
と馬上に身を躍らせた。
ベイダー卿も、しぶしぶといった気配を漂わせながら騎乗する。

ワルドは手綱を握り、杖を掲げて叫んだ。
「では諸君! 出発だ!」
グリフォンが駆け出す。
ギーシュも感動した面持ちで後に続く。

ベイダー卿は腰の位置を色々と試行錯誤しながら後に続いた。


394 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/04(金) 01:03:12.04 ID:U1shy0aw0
アンリエッタは出発する一行を学院長室の窓から心配そうに見つめていた。
ひざまずいて目を閉じ、手を組んでお祈りする。
「彼女たちに、加護をお与えください。始祖ブリミルよ……」

隣では、オスマン氏が鼻毛を抜いていた。

アンリエッタは立ち上がり、オスマン氏に向き直った。

「見送らないのですか、オールド・オスマン」
「ほほ、姫、見てのとおり、この老いぼれは鼻毛を抜いておりますでな」
アンリエッタは呆れた様子で首を振った。
「トリステインの未来がかかっているのですよ。なぜ、そのような余裕の態度を……」


444 :>>429採用して差し替え :2007/05/04(金) 01:16:31.19 ID:U1shy0aw0
「なあに、彼ならば、道中どんな困難があっても必ずややり遂げてくれますでな」
アンリエッタは眉根を寄せる。
「彼とは? ワルド子爵ですか? それともグラモン元帥のご子息の……?」

オスマン氏は首を振った。

「ならば、あのルイズの使い魔が? まさか! ルイズが言うには、彼は平民では
ありませんか!」
「……彼は別れ際に何と言ってましたかな?」

アンリエッタはしばし宙を見つめ、記憶を手繰り寄せた。

「『メイ・ザ・フォース・ビー・ウィズ・ユー』と」
「なら姫もそう祈って差し上げなさい」

言われて、アンリエッタは再び膝を突いた。

(メイ・ザ・フォース・ビー・ウィズ・ユー、わたくしのルイズ)


428 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/04(金) 01:12:29.76 ID:U1shy0aw0
一方こちらは寄宿舎の一室。
グリフォンを呼ぶ口笛で目を覚ました、卓越した耳の持ち主が、駆けていく一行の背を窓越しに
じっと見つめていた。
朝もやの中に消えていく、一頭のグリフォンと二頭の馬。

「心配」
雪風のタバサはそう呟き、自分も口笛をひと吹きすると、身支度を整えて親友の部屋に向かった。

窓の外にやって来た巨大な影が、辺りに誰もいないことを確認してから、呟いた。
「お姉さまったら、あんなののどこがいいのね。きゅいきゅい」


888 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 00:57:59.23 ID:pxe2xmpa0
馬を何度も替え、アルビオンへの玄関口ラ・ロシェールに到着したのはその日の夜であった。

途中でキュルケとタバサが合流し、一行はにわかに賑やかになった。

そして、宿を探す途上……。

「ツェルプストー、あんた何しに来たの?」
ルイズは腕を組むと、キュルケをにらみつける。
「勘違いしないで。あなたを助けにきたわけじゃないの。ねえ?」
キュルケはしなをつくると、グリフォンに跨ったワルドににじり寄った。
「おひげが素敵よ。あなた、情熱はご存知?」

どうやらキュルケが誘いに乗ったのは、ワルドに気があったからのようだ。

だがワルドは、ちらっとキュルケを見つめて、左手で押しやった。
「あらん?」

「助けは嬉しいが、これ以上近づかないでくれたまえ」
「なんで? どうして? あたしが好きって言ってるのに!」
とりつく島のない、ワルドの態度であった。
「婚約者が誤解するといけないのでね」
そう言って、ルイズを見つめる。ルイズの頬が染まった。
「なあに? あんたの婚約者だったの?」
キュルケはつまらなそうに言った。やって来た理由の半分がいきなりなくなってしまった。

「そういえばあんたの使い魔は?」
辺りをきょろきょろ見回してから、キュルケは警戒心もあらわに尋ねた。
一番の懸案事項はこちらだ。


893 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 01:02:44.58 ID:pxe2xmpa0
「ギーシュと一緒に馬を駅に預けに行ってるわ」
それを聞いて、キュルケは面白そうに笑った。
「彼と一緒なんて、ギーシュは生きた心地もしないでしょうね」
「青ざめた顔してたわ。ま、ベイダーも馬が苦手で疲れてるみたいだし、騒動は起こさないで
しょうけど」

ワルドが二人の話に割って入った。
「ルイズ、きみの使い魔の平民はそんなに凶暴な奴なのかい?」
そんなに危なくもない――とルイズが口を開こうとするのをさえぎる形で、キュルケが発言した。

「凶暴も凶暴よ。危険人物。学院の教師だって持て余してるわ。ね、タバサ?」
キュルケが平行して歩くタバサに話を振る。夜だけに、さすがに本を読んではいなかった。
タバサはキュルケの方をじっと見て、一言も喋らない。賛成しかねる、とその表情が語っていた。
「あらあら、タバサはずいぶんとあの使い魔の肩を持つのね」
「よしなさいよ、ツェルプストー」

そこで、後方の闇の中からあの呼吸音が聞こえてきた。


895 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 01:05:07.38 ID:pxe2xmpa0
「噂をすればなんとやら、ね」
キュルケがちょっと緊張した声色で言った。

ルイズは、傍らに立つワルドがすこし体を強張らせた気がした。


898 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 01:09:53.53 ID:pxe2xmpa0
「ほとんど休みもなしで駆け続けるなんて、衛士隊の連中は化け物か」
ギーシュが独り言をこぼす。
本来馬で二日かかる道のりを一日で駆け抜けたのだから、体が疲労で悲鳴を上げていた。

「コーホー」
人一人分の距離をおいて歩くベイダー卿も、口にこそ出さないものの相当疲れている様子が
うかがえる。


900 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 01:12:29.12 ID:pxe2xmpa0
「きみ……卿も疲れるん……ですね」
ギーシュの口調はぎこちない。

港町ラ・ロシェールは人口三百ほどの小さな町だが、アルビオンと行き来する人々で、常に
その十倍以上の人間が通りを闊歩している。
その大半が荒くれ者の船乗りや怪しげな行商人たちなので、揉め事が絶えない。
下手にベイダー卿の機嫌を損ねれば、そうした事件の一つとして闇に葬り去られかねなかった。それなのに、相手が平民であるという意識が抜け切らないため、こんな口調になってしまうのである。

かと言って沈黙を守り続けることができないのも、ギーシュがギーシュたる所以であった。

「あ、あのワルドって奴、かなりの腕利きみたい……ですね。スクウェアクラスかも。きみ……
いや、卿とどっちが強いでしょうか」


903 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 01:17:57.68 ID:pxe2xmpa0
うるさそうに取り合わなかったベイダー卿が、ようやく口を開いた。
「ダークサイドの前に敵はいない」
「そ、そうですよね、あははは……」
どこまでも寒々しい二人の会話であった。


「港町ラ・ロシェールといったか」
しばらく歩くと、唐突にベイダーが口を開いた。
「は、はいベイダー卿」
「見た所山しかないようだが?」
ベイダー卿の知る『港』といえば第一義的には宇宙港を指すのだが、この星に大気圏を脱出する
技術がないのは確認済みだ。
とすれば、砂漠の星で育った彼には馴染みが薄いものの、いくつかの星で見たことのある、
海を行く船が寄港する場所と踏んでいたのである。

ところが予想に反して、ラ・ロシェールは峡谷に挟まれた峠のような場所であった。

「きみは、アルビオンを知らないのか?」
思わずそう言ってしまってから、ギーシュは慌てて口をつぐんだ。
酒場の店先から漏れる光で、ベイダー卿が自分の方を見たのがわかったからである。

「あ、アルビオンは浮遊大陸なんですよ。ふ、『風石』を積んで空を飛ぶ船で行き来するんです」
ベイダー卿の持つ常識と、どこまで合致するかわからない。ゆえにどこまで説明するべきなのかも
わからない。ギーシュは半泣きだった。

幸いそこで、ルイズたちの後姿が見えたので、ギーシュはほっと胸を撫で下ろした。


905 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 01:23:52.41 ID:pxe2xmpa0
「なんできみたちがここに?」

いつの間にか増えていた二人を見て、ギーシュは目を丸くした。
だが、キュルケとタバサは彼を無視した。

キュルケはルイズを背に隠すようにして立ち、タバサの方はベイダーの前に歩み寄る。
「ベイダー卿」
ぺこり、とお辞儀。ほとんど、臣下が君主に対して取る礼に近い。

そんなタバサを、キュルケがハラハラしながら見守っている。


908 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 01:26:46.25 ID:pxe2xmpa0
ワルドはこの有様を見て、この場の力関係を概ね把握した。
隣のルイズにそっと話しかける。

「君の使い魔はずいぶん優秀なようだね」
「そ、それほどでもないけどね」
グリフォンの背の上での雑談で、ルイズとワルドは打ち解けた口調で話せるようになっていた。

「胸を張ったほうがいい。使い魔は呼び出したメイジその人を表す」
「あ、あんなのがわたしを表してるっての?」
ルイズはキュルケの肩越しにベイダーを見た。
相変わらず黒ずくめで、闇に溶け込んでいる。これが自分を表してるだなんて言われたら、
ちょっといやだ。

「揃ったようだね、諸君。宿は見つかった」
ワルドが高らかに宣言し、一行はラ・ロシェールで一番上等な宿、『女神の杵』亭に向かった。


910 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 01:30:07.93 ID:pxe2xmpa0
『女神の杵』亭一階の酒場で、一行はくつろいでいた。とはいえ、酒の飲めないベイダー卿は
さっさと部屋に引っ込み、ギーシュは疲労困憊、タバサは相変わらず無口なので、ほとんど
飲み物を飲むだけである。

そこに、『桟橋』へ乗船の交渉に行っていたワルドとルイズが帰ってきた。
「アルビオンに渡る船は、明後日にならないと出ないそうだ」
「急ぎの任務なのに……」
ルイズは口を尖らせている。それを聞いて、半ば卓に突っ伏すような姿勢のギーシュは
ほっとした。これで明日は休んでいられる。


915 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 01:33:45.81 ID:pxe2xmpa0
「あたしはアルビオンに行ったことないからわかんないけど、どうして明日は船が出ないの?」
そう問うキュルケの方を向いて、ワルドが答えた。
「明日の夜は月が重なるだろう? 『スヴェル』の月夜だ。その翌日の朝、アルビオンが最も
ラ・ロシェールに近づく。……さて、今夜はもう寝よう」
ワルドは鍵束を机の上に置いた。

「キュルケとタバサは相部屋だ。そして、ギーシュとベイダーが相部屋」

ギーシュは天を仰いだ。あの呼吸音を聞きながらでは、一晩中眠れないかもしれない。

「僕とルイズは同室だ。婚約者だからな。当然だろう?」
ルイズがはっとして、ワルドの方を見る。
「そんな、ダメよ! まだ、わたしたち結婚してるわけじゃない!」
しかしワルドは首を振って、ルイズを見つめた。
「大事な話があるんだ。二人きりで話したい」


919 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 01:36:24.66 ID:pxe2xmpa0
ギーシュがとぼとぼと階段を上り、部屋に入ると、暗闇の中でベイダー卿が窓に向かって
突っ立っていた。

「コーホー」
「う、うわぁッ! お目覚めでしたか、ベイダー卿!」

ベイダーがゆっくりとギーシュの方を振り返る。
闇の中に、色とりどりに発光する胸の部分が浮かび上がった。


923 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 01:38:56.04 ID:pxe2xmpa0
「ギーシュといったな」
「は、はっ」
思わず膝を突くギーシュ。他にどんな選択肢があったろう。

「あのワルド子爵がどうも気に入らないのだが、なぜだと思う?」
ギーシュは返答に窮した。そもそもこの暗黒卿が気に入る人間などいるのだろうか。

「わ、わたくしめにはわかりかねます」
「よい。初めから期待してはいない。もう休むがいい」
「はっ」

ギーシュは頭を下げ、部屋の入り口に近い方のベッドに潜り込んだ。

もはや安眠は諦めていた。


932 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 01:42:30.67 ID:pxe2xmpa0
翌朝、ルイズが目を覚ますと、ワルドはもう起きていた。
昨夜話し合ったことが、ルイズの小さな胸に去来する。

思い出話から始まり、いきなり結婚を申し込まれた。
答えに躊躇していると、ベイダーが始祖ブリミルを守護する最強の使い魔『ガンダールヴ』で
あることを告げた。
そのガンダールヴを召喚したルイズは、もう十分立派なメイジである、そう口説かれた。

しかしながら、ワルドとの結婚と、ベイダーとの契約、どうしたわけか両者は秤の両天秤に
思われた。

果たして自分はワルドと結婚してもベイダーを使い魔としてそばに置くのだろうか?

煩悶するルイズに、ワルドは優しく微笑みながら、もう寝るように言った。
「急がないよ、僕は」
別々のベッドに向かいながら、ワルドはそう付け加えたのだった。

憧れの人からの求婚に、どうして即座にイエスと言わなかったのだろう……。
一夜の夢から覚めてもルイズにはわからなかった。


937 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 01:44:29.17 ID:pxe2xmpa0
枕から頭をもたげながら、不意に身支度を整えるワルドと目が合った。
「ルイズ、君に立ち会ってもらいたいことがあるんだ。服を着たら、先に中庭に行ってくれないか?」

ルイズが目を覚ましたのを確認して、ワルドはそう言った。


941 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 01:46:05.96 ID:pxe2xmpa0
ワルドが部屋の扉をノックしたとき、ベイダー卿は既に起きていた。
誰よりも少ない睡眠で最大限に体力を回復できるよう訓練されている。

窓から外を見ていたベイダーがフォースでドアを開けると、そこにはワルド子爵の姿があった。

「おっと。さすがだね、使い魔くん」

気配もなくドアが開いたことに面食らった様子ではあるが、ワルドはにこやかに言い放った。
「きみに決闘を申し込みに来た」


950 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 01:48:26.91 ID:pxe2xmpa0
5分後、ベイダーとワルドは中庭で対峙していた。
元々アルビオンからの侵攻に備えた砦であった『女神の杵』亭の中庭は練兵場をかねており、
決闘にはもってこいの場所である。

「きみは伝説の使い魔、『ガンダールヴ』だそうだね」

一歩半程度の距離をおいてベイダー卿と向き合いながら、ワルドは言った。

ベイダー卿は口を開かない。ただ呼吸音が中庭に響くだけである。
ワルドは少々馬鹿にされてるような気がした。

「決闘には介添え人が必要だ」
ワルドがそう言うと、物陰からルイズが姿を現した。

ルイズは二人を見ると、はっとした顔になった。
「ワルド、来いって言うから来てみれば、何をする気なの?」

「彼の実力を、ちょっと試してみたくなってね。決闘してみることにした」


963 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 01:51:54.61 ID:pxe2xmpa0
ルイズは息をのんだ。
このバカ――思わず言いかけた。
以前のギーシュとの決闘の際、自分がどれほど苦労してベイダーを止めたか……。
ベイダーに対して決闘だなんて、禁句にも程がある。

「もう、そんなバカなことはやめて。今は、そんなことしているときじゃないでしょう?」
「そうだね。でも、貴族というヤツはやっかいでね。強いか弱いか、それが気になるともう、
どうしようもならなくなるのさ」

ワルドは取り合わない。


967 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 01:55:07.32 ID:pxe2xmpa0
ルイズは今度はベイダー卿に向かって口を開いた。
「ベイダー、お願いだからやめてちょうだい。あんたが強いのは知ってるから、ね?」

ベイダーも首を振った。
「僕はどちらでもかまわないが、ワルド子爵はどうしてもと言う」

ダメだ。ルイズは一瞬でベイダーの説得を諦めた。

ならば説き伏せるべき相手は一人。
「ワルド、ほんっっっとにやめて」
ルイズはワルドに泣きそうな顔で懇願する。

ワルドは意外そうな顔でルイズを見つめた。
「使い魔が怪我をするのがそんなにいやかい? 大丈夫、手加減はするさ」


975 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 01:56:49.88 ID:pxe2xmpa0
ワルドはどうあっても止まらない、そう判断したルイズは、ベイダーの方をちらりと見た。

「ベイダー」
そう言い、こくり、と小さく頷くしぐさ。

その意図するところを了解したのか、ベイダー卿の右手が僅かに動いた。

ほとばしる赤い光が、朝もやを吹き払った。


990 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 02:03:05.23 ID:pxe2xmpa0
ワルドは呆然といった面持ちで、右手に持つ自分の杖を見ていた。

人間離れしたスピードではあったものの、ベイダー卿の斬撃には辛うじて反応できたはずだった。

しかしながら、それを受け止め、反撃に転じるはずの杖は、根元から消失していた。

平民の扱う大剣以上の頑強さを誇る衛士隊の杖が、ひゅんひゅんと風を切りながら宙を舞って
いた。

赤く光る刃を仕舞うベイダー卿。
「まだやるなら好きにするといい」

ワルドはがっくりと膝を突いた。


12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 02:06:00.47 ID:pxe2xmpa0
「ば、ばば、ばばば、バカーーーッ!」
ルイズが精一杯ジャンプして、ベイダー卿の後頭部を思い切りひっぱたいた。
思わぬところからの攻撃に、さすがのベイダー卿も反応できなかった。

「コーホー」


ヘルメットを叩いたルイズの手の方が痛かったのは、言うまでもない。


19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 02:08:57.90 ID:pxe2xmpa0
「誰が切りつけろって言ったのよ! あのよくわかんない力で適当に切り抜けなさいって
合図だったでしょ!」
赤くなった右手を押さえながら、ルイズはわめいた。

とはいえ、無論双方とも、そんな合図を取り決めた覚えはない。

「マスターが決闘を避けてほしがっているのはわかった。杖を破壊して戦力を奪うという、一番
手っ取り早い方法を採ったつもりだが?」

「あ、ああ、あんたっ! メイジの杖がどんだけ大事なものかわかってるの? 何日もかけて
契約して、ようやく使い物になるのよ!」

ルイズの言動は、はしなくも今現在のワルドがまったくの役立たずであることを物語っていた。


26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 02:10:54.25 ID:pxe2xmpa0
ワルドはどうにか体面を取り繕いながら立ち上がり、ルイズを片手で制した。

「し、心配ないよ、僕のルイズ。ほら、杖の切れっ端はここにある。丸一日かければ、修繕できる
だろう」

その表情には、しかしながら先ほどまでのような覇気が見えない。
杖を叩き切られたのが、よほどこたえたようだ。


46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 02:15:02.29 ID:pxe2xmpa0
「杖を修繕するのにどれくらい時間がかかるかわからない。最悪の場合、船出に間に合わなくても
グリフォンで追いつくから、明日は先に出発してくれ」
そう言い残して部屋に引っ込んでいくワルドを、ルイズとベイダーはかける言葉もなく見送った。

ワルドの姿が見えなくなってから、ルイズは口を開いた。
「ベイダー」
「卿をつけろと言ったはずだが?」

「責任とってよね?」

「コーホー」

いらえの言葉を失うベイダーの視線の先でルイズは両手をもじもじさせてから言った。
「ワルド子爵が役立たずに成り下がった以上、わたしを守るのはあんた以外にいないんだからね」

朝日の逆行を浴びて、その表情はベイダー卿からは確認できなかった。
yu

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最終更新:2011年12月15日 06:47