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535名前:532=327=(省略)[sage] 投稿日:2007/05/16(水) 00:47:57 ID:GExa4D/0

ということで、久しぶりに参加してみます。

自分が書くとどうにも榊さんから離れられません。
今回はさかちよです。 夢ネタです。
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「榊さん。 あなたは本当の私を探してください。今のあなたには無理かもしれませんが」

小さな声の主はそう言うと、彼女の父、いや、語りかけられた少女が彼女の父だと
思い込んでいる物体と共に飛行し、ゆっくりと少女の視界から姿を消しはじめた。
少女、そう、榊と呼ばれた少女は彼女の姿を必死に追い、離れないように尽力した。
時既に遅く、晴天に輝く陽の光が照らす花畑の遠く先に、彼女と父らしき物体は隠れてしまった。

「待って、待って! ちよちゃん!」

榊は一ヶ月以上もの間、毎晩この不可思議な体験を通り抜け、夢だということをほのかに悟っていた。
それでも、少女がちよと呼んだ子供を、少女は常々幻想の中で追わずにはいられなかった。
たとえその子供が、今や全く彼女の前に現れえない存在だと知っていても。

「ちよちゃん、行かないで……」

外の世界では抜群の運動能力を誇り、高校では誰をも寄せ付けぬ走りを見せた榊も、
彼女自身が夜に入るこの空間においては、あらゆる存在に対して無力であった。
あえなく子供を逃してしまい、ただただ咲き続ける花に視線を落としながら彼女は呆然とする。


536名前:名無しさん@秘密の花園[sage] 投稿日:2007/05/16(水) 00:48:39 ID:GExa4D/0

「君は本当の猫を得た」

低い声が原野に響き渡るのを聞き、榊はふと顔を上げる。
いかなる動物とも形容しがたい姿を持ち、声だけが人間の男性そのものである物体が見えた。
先ほど消えていった一人と一体の片方、子供の父親であると自称する存在だ。

「お父、さん」
「だがな。 本当の猫こそが、求めていたものなのかね」

彼女が夢から覚めれば、一人暮らしの部屋には確かに猫、正確には多少種類が異なるが、
猫のような動物が歩き回っている。
高校を卒業する以前、榊は猫や犬などと戯れる夢を主に見ていた。
彼女がペットを飼えず、また猫から嫌われ触れられなかったことに対する欲求不満の代替かもしれない。
幼い頃から獣医を目指し、実際にとある大学の獣医学部に進学するきっかけになった理由の一つでもある。
だが、彼女があの小動物を手にして以降、それらに対する明確な夢を見ることはなくなった。

代わりに、三年間共に過ごしてきた子供と別れてからは、その子供を空想に描くことが頻繁となった。

「『かわいいもの』に縋ることで、奥深くにある欲望を押さえ込んできたのではないか」

鋭い質問を強い視線と共に突きつける子供の父に、榊は一言も返答できなかった。

「言ってみなさい。 正直になりなさい。 その方が私もすっきりするからね」
「わ、私……は」

言葉を詰まらせつつも紡ごうとする少女の体は、夢の中でも動揺で震えていた。
太陽の光が降り注ぐ中、野原に一人と一体、助け舟を出してくれる人間はいない。
榊は彼女の子供に対する想いを、彼女自身の口から伝えなければならなかった。
夢は時に現実よりもはるかに厳しい。 成り行きを見守る友人さえも存在しない。


537名前:名無しさん@秘密の花園[sage] 投稿日:2007/05/16(水) 00:49:25 ID:GExa4D/0

「私、あの、あなたの……む、娘、さんを、いただき……たい、です」

子供の父は微動だにせず、少女がなんとかして告げるのを見守っていた。
しばらくすると、彼は自らの形を粘土のように変え、その姿は段々とある子供の見た目に近づいていった。
――数十秒後そこには、榊が求めていた人間、美浜ちよの姿があった。

「さーかきさん。 呼びましたね?」
「ちよちゃん!」

父から娘へ変化する物体をただ言葉もなく見つめていた少女は、満面の笑みを浮かべるちよを目にしたとたん、
感極まって声を荒げ、幼い彼女のもとに駆け込み小さな体を胸元に抱きかかえた。

「久しぶりです」
「ああ、会いたかった、会いたかったよ……」

榊は幻の中で涙を流し、視界をぼんやりと霞ませていく。
愛すべき子供の全身を両腕に収めて喜びつつも、彼女はにわかにかすかな頭痛を感じ、
次に、自分の所在している原野が夜を迎え、星もなく暗転するのを体感した。
同時に、今抱いていた子供の体が、砂のように崩れていくのを見て、彼女は叫ばざるをえなかった。

「ちよちゃん? どこだ、ちよちゃん、ちよちゃん!」

闇夜に包まれた世界は変わらずとも、榊は五感がより鋭くなったことに気づいた。
彼女を迎えたのは咲き誇る花ではなく、常々目にしている部屋の壁や自分の体に掛かった毛布。
――夢はまたもや、幸せをつかみかけたところで断絶してしまった。


「ちよ、ちゃん」

「榊さん? どうしたんですか」


538名前:名無しさん@秘密の花園[sage] 投稿日:2007/05/16(水) 00:51:40 ID:GExa4D/0

再び名前を呼びかけられた少女は、たった今起こった事に腰を抜かし、声のする方をとっさに振り向いた。
儚い空想が後を引いているのかと一瞬思ったが、彼女の隣に、確かにあの子供が寝ていた。

「え、うそ、うそだ……い、つ」
「昨日からいましたけど、大丈夫ですか?」

榊は甲高い声を現実に聞いて、すぐに記憶を取り戻した。
そう、久々に、いや、最初の別れから二ヶ月足らずで帰ってきたちよを、彼女は家に泊めていたのだ。
別に日本では休日でもなんでもなく、ちよが留学するアメリカでもどうなのかは分からないが、
こうやってわざわざ戻って来られる時間があることからすると、恐らく長期の休みがあるのだろう。

「さっきから聞いてましたよ」
「何、を?」
「寝言です。ずっと私の名前を呼んでました。 榊さん、とってもかわいいです」

無邪気に発せられる言葉のうち、特に一つの形容詞に反応して急に態度を固くする榊。
だが、頭の冴える子供は、暗くて顔が見えなくとも彼女の様子を伺えるのだろうか、
明るい態度をそのままに、彼女の心を解きほぐしにかかった。

「なんだか、久しぶりに榊さんに会えて、しかも一緒に寝ていられるって思うと、眠りにつけません」
「……大丈夫?」
「向こうでも九時くらいに寝ちゃうのに、なんか変な感じです。 少し大人になったのかもしれません」

同じ毛布にくるまり、横を向いた少女に対して闇の中でも笑顔を返すちよに、
改めて榊は心をひかれた。

「かっこいいのに、優しくて、かわいいです」
「ちよちゃんの方が、かわいいよ」
「榊さんは、私のことを好きですか?」


539名前:名無しさん@秘密の花園[sage] 投稿日:2007/05/16(水) 00:52:24 ID:GExa4D/0
なおも素直な笑みを絶やさないちよに、榊は迷いなく答えた。

「好き、大好き」
「それは、どういう『好き』ですか?」

「……こんなこと、言ったら、変だけど……愛してる、恋人にしたい、っていう、好き」

何歳も年下の、しかも同性の子供にその種の情を覚えることに関しては罪悪感もあった。
しかし、他に得られなかったものを満たし、唯一ちよに対する欲求だけを満たせなくなったときに、
抑圧していた心の機構は壊れ、夢に幾度となく彼女を現す事となった。

「夢じゃなくて、よかった。 本当なんだね」
「喜んでもらえて嬉しいです。 私も、榊さんが好きですから。
 榊さんと同じ、ずっと一緒にいたい、二人でいたい、っていう『好き』です」
「ありがとう」

心の底から偽りなく出たちよの言葉は、まだ彼女があくまで子供である故のものかもしれない。
母性を求める感情や、普遍的な友情が交じり合っているかもしれない。
でなければ、同じ性別の人間に対するここまで深い好意を露にすることはないはずだ。

そうわずかに思いつつも、榊は甘い言葉を無抵抗に受け取った。
たとえ本来の恋愛感情をこの子供が知らなくとも、たった今の現実がまた夢の出来事であったとしても、
彼女にとってはほんのわずかなちよの挙動がすべて愛しく思えたからだ。
「このままじゃ、寝られなく……なるから、どうしようか」
「寝る前にちょっと、キス、しませんか」
「それも、久しぶり、だね」
「あと二日くらいは、榊さんの家にいられると思いますから。
 まだ何回かできますよ」
「そうか」
「えへへ。 すごく嬉しいです」
「……私も」

540名前:名無しさん@秘密の花園[sage] 投稿日:2007/05/16(水) 00:53:14 ID:GExa4D/0

少し続いた会話の後、電灯一つ付いていない場が静まる。
榊は緩やかに毛布から子供の体を引き寄せ、互いの顔が近づくようにする。
二人は共に微笑をたたえ、黙ったままさらに唇を寄せて……

……夢ではない、確実にそこにいると感じさせる体温が、双方の薄い皮膚に伝わった。

「おやすみ」
「おやすみなさい。 温かかったです」
「ちよちゃんも、温かかった」
「大人の感触、ですね」

子供の心を忘れない夢見る少女は、ちよの体を現実でも軽く抱きかかえた。
大人の体を目指す愛しげな子供は、全身に覆いかぶさる彼女を甘んじて受け入れた。

「いい夢、見ましょうね」
「そうだね。 かわいい、ちよちゃん」
「おやすみなさい。 かわいい榊さん」
「そんなこと、ないよ……おやすみ」
「おやすみなさい」

普段は言われることのない形容詞に照れながらも、榊は眠る間際になっても笑顔を崩さなかった。
彼女の飼い猫、いや、飼い猫のようなものは、延々と部屋の片隅で眠っていた。
その小動物が起きて、榊の体の上に飛び乗ってくる時でも、彼女は良い夢を見ているに違いない。
すべてが満たされた瞬間の幸せは何物にも代えがたいのだから。

現実にも、幻想にも愛し合う二人の少女と共に、夜は深深と更けてゆく。


(溶暗)