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だれでも歓迎! 編集
480名前:名無しさん@秘密の花園[sage] 投稿日:2007/05/05(土) 11:43:27ID:KdrO7kCz
(Separation)

 受験という人生でおそらく最初の大きなハードルを乗り越えた、仲間たちはそれぞれ
違う道を歩み始める。
 榊は志望した獣医関係の学校へ。神楽は体育大学へ。ちよちゃんは見聞を広める
為にアメリカに留学する。良き教師と、素晴らしい仲間達に囲まれた、楽しい高校生活
は終わりを迎え、みんな、翼を広げて未知なる大空へと羽ばたこうとしている。
 そして、残りの3名も志望する大学に合格し、新生活への準備を急いでいる。

 大学の入学式を翌々日に控えた。ソメイヨシノが満開になった4月上旬のある日。
 最後と思われる寒気の名残が遠ざかり、温かな風が心地よく感じられる夜半過ぎ、
智は、荷作りを終えてほっと一息ついていると、扉の傍でよみが立っていた。
「よおっ」
 軽く右手をあげると、智より一回り背の高い、理知的な印象を伺える少女は
辺りを見渡しながら尋ねた。
「もう引越しの準備は終わったのか? 」
「うん。後はもう明日来る宅急便のトラックに荷物をいれるだけ 」
 いつもは、物であふれている賑やかな部屋は、既に梱包の終えたダンボールの箱
だけが積まれる状態になっている。

「いよいよ明日か」
「もう入学式が近いから」
 引越しの準備で疲れたのか、智は大きく伸びをした。生まれてからずっと過ごした
この部屋と、例え一時にしてもお別れとなると、普段は、快活そのものの少女に
とっても、少ししんみりしてしまう。
 暦は、眠気を振り払うように首筋に手を当てた少女を眺めながら言った。
「下宿先に大阪も来るのか? 」
「そうだよ」
「そっか」

481名前:名無しさん@秘密の花園[sage] 投稿日:2007/05/05(土) 11:44:47ID:KdrO7kCz
 大阪と智は同じ大学に入る。
 一方、暦は別の―― 難易度がより高い大学へ進む。三年間でより開いた学力差の
結果であるが、自分達の選択の結果でもある。
 小学校の1年生の時から同じクラスになって以来、親しい友達になって、よく遊びに
きていた部屋が、がらんとなってしまって、いや違う。大好きな智が遠くに行って
しまう事がとても、寂しい……

「智、たまには遊びに戻ってきな」
「うん。暦も下宿先に遊びにこいよ。大阪ともども歓迎するぜ」
「…… ああ」
 暦は物凄く複雑な表情で、少女の元気な言葉を聞いた。そして、急にどうしようも
なく強い不安感に襲われる。

 まさか…… まさかね。そんな事はありえない。
 自分が勝手に描いた不吉な想像を振り払おうと大きく頭を振る。
 大阪と智が一緒の部屋で過ごすだけ―― それ以上のことは何も起こらない。
起こるはずがない。
 第一、のんびりして、マイペースな大阪が『そんな事』を考えるとは思えない。
 必死で脳裏に浮べた想像を振り払うと、いつもの冷静な彼女からは信じられない
ような、震えた小声で言った。

482名前:名無しさん@秘密の花園[sage] 投稿日:2007/05/05(土) 11:46:05ID:KdrO7kCz
「とも、私…… 」
「何? 」
 智は、不安げに自分を見つめる友人の異変に気づいて、真剣な表情になって、動揺
している顔をみつめる。
「私、ともと会えて良かったと思っている」
「急に真面目になっちゃって、どうしたんだ? 」
 ショートの少女は、いつもの暦とは思えない言葉に驚いて、首をかしげている。
「だって…… ともと離れたら…… 二度と会えなくなるような気がして」
「おいおい、よみ? 」
 急に眼鏡が曇って、視界が閉ざされる。瞼の奥から涙が溢れてとまらない。
 駄目だ。こんな情けないところを、ともに見せたくない――

「泣いてるの? 」
 優しく聞かれて、こくんと頷く。
 床にへたりこむように座って、よみはしゃくりあげながら呟いた。
「離れたくない」
 智は、苦笑して暦の横に寄り添うように座って、軽く肩に腕を回す。
「心配すんなって」
 駄々っ子のように泣きじゃくる少女をあやしながら、長い綺麗な髪をいじる。

483名前:名無しさん@秘密の花園[sage] 投稿日:2007/05/05(土) 11:47:26ID:KdrO7kCz
「どこにいっても、いつでも一緒だよ」
 智は、暦が小さく頷くのを確認してから、言葉を続ける。
「よみは、私の一番の腐れ縁で幼馴染みだから、場所は離れても心は繋がっているのだ」
「ああ。そうだな」
 親友の温かい言葉に、ようやく涙を止める事ができた。
 しかし、それ以上の想いを口にすることができない。

(私は変なのだろうか。智を恋人にしたいなんて――
 誰にも渡したくない。どうして大阪と一緒に住むの? なんて事を、思う事自体が
 おかしいのだろうか。同性なのに、恋心を抱く自分はどうかしちゃっているのか。
 もし、そんな目で見られているとしたら、智は軽蔑するのか? )

 無限ループのように思考が回り、決定的な一言がいえない。前に踏み出せない。
「ねえ…… よみ」
 激しく懊脳する親友を心配げに見つめていた智は、頭を優しく撫でて、安心させる
ように微笑む。
「今日は泊まっていけよ。一階でお布団敷くからさ…… いっしょに寝よう」
「ありがと」
 暦は、素直に感謝の言葉を口に出すことができた。
 いつもは憎まれ口ばっかり叩く智に、突っ込みばっかり入れていたのに、今日は
とても優しかったから。

 恋心は伝えられなくても、心の深い部分では繋がっている。
 それ以上は、思い悩んでいても仕方がないことを暦は悟って、智の部屋を後にする。
 もう、おそらくは、4年間は眺める事が無くなるであろう、空気のように違和感が
なくて、大切な想い出がたくさん詰まった温かい場所を。

(終わり)

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