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<p><dt><a href="menu:237" target="_top" name="237"><font color="#0000ff">237</font></a> 名前:<font color="#228b22"><strong>名無しさん@秘密の花園</strong></font>[sage] 投稿日:2007/04/16(月) 01:46:39 <a href="id:237" target="_top"><font color="#0000ff">ID:</font></a>cqA7hX8G </dt><dd><a href="about:blank#232" target="_top"><font color="#800080">&gt;&gt;232</font></a>です、投下します <br /> ちょっと他の方々のに比べて関係がヤバめなので注意 <br /> <br /> <br /> 大人になったら分かる。 <br /> いや、大人になったんだから、教えてくれてもいいではないか。 <br /> あいまいなままでは済ませられない、はっきりとした答えが欲しい。 <br /> 頭の回転が速い故、ちよにとっては歩の判然としない言葉が悩みの種となった。 <br /> 「聞いてきます」 <br /> 「あー。でもまだ子供やし」 <br /> 「どっちなんですか」 <br /> 歩は彼女のある種思春期的な感情に勘付いていない。 <br /> 大人にはなりたくてなる、というよりも、なってしまう、というのが適切な語であると思っているからであろう。 <br /> なるのならしっかりとした大人になりたかったと、半分向こうの世界に行った頭の隅で常々考えているようだ。 <br /> 一方でちよはそのまま廊下への扉を開き、共有された区間へ足を踏み入れようとする。 <br /> 「にゃもちゃんはまだ寝とるんやない?」 <br /> 「聞きたいものは聞きたいんです。大阪さんは寝ていてください!」 <br /> 「なんやのー、そんな」 <br /> ほんの少しだが、やや深い喪失感が歩を襲う。 <br /> もしも遊びだけでやっていたら果たして先ほどまでの行為を積極的に仕掛けただろうか、否。 <br /> 鈍い理解力の頭にも、ようやく交わしたものの意味が分かりはじめてきた。 <br /> 歩にそれ以上の言葉は許されず、部屋どうしが再び仕切られる音がした。 <br /> <br /> <br /> <br /> </dd><dt><a href="menu:238" target="_top" name="238"><font color="#0000ff">238</font></a> 名前:<font color="#228b22"><strong>名無しさん@秘密の花園</strong></font>[sage] 投稿日:2007/04/16(月) 01:47:24 <a href="id:238" target="_top"><font color="#0000ff">ID:</font></a>cqA7hX8G </dt><dd><br /> <br /> 恥ずかしいけれど、知識を多少なりとも掘り下げたい。 <br /> 大人と認められるためには何において勝っている必要があるだろうか。 <br /> 自分で言うのもなんだが、知性はほぼ完璧に備えているからよい。 <br /> 古文で「おとなし」といえば思慮や分別、いや、これも前述のものに入るだろう。 <br /> では、身長、体力、例えば他にも大人らしさといえば、人を分け隔てなく愛することのできるやさしさか? <br /> 智の子供らしさがうるさくて感情的というところから来ていると考えると、逆に静かで理性的なところか。 <br /> そう考えを巡らせたうちに、ひとりでにある一室の前まで細い両足は進んでいた。 <br /> 「あのー、すみません」 <br /> 鍵が壁の奥で動き、隔てられた向こう側から返答の声がする。 <br /> 「ちよ、ちゃん?」 <br /> 呼びかけに応じる前に、ノブに手を掛けて押すが動かない。 <br /> 「入っちゃ、だめ。私が出る」 <br /> いつも黙々としているとはいえ、あの人が何かを隠すようなことはしないはず。 <br /> ありもしないのは承知しているが、大人になるための秘密が存在しているのではないか。 <br /> 目の前に現れたのは、ちよより一回りも二回りも大きな同級生。 <br /> 発育のよさは日本人女子の平均を超え、体躯の実り方は二人の間では対照的であった。 <br /> 夏は陽光が早く差し込み、消灯された空間を緩やかに照らし始める。 <br /> それでもまだ、休みの最中である彼女たちが起きることはあまりないだろう時間である。 <br /> 榊はゆるやかに顔を下げ、いぶかしげに意図を尋ねる。 <br /> ちよはふと顔を上げ、率直な答えの代わりに質問を返す。 <br /> 当初みなもに投げられるべき問いが彼女に向かったのは、 <br /> ちよにとっての大人としての条件と彼女の持つ性質が一致したからだろう。 <br /> いやむしろ、ちよは彼女が含んでいる性質こそが大人としての条件である、と定義づけていたに違いない。 <br /> <br /> <br /> <br /> </dd><dt><a href="menu:239" target="_top" name="239"><font color="#0000ff">239</font></a> 名前:<font color="#228b22"><strong>名無しさん@秘密の花園</strong></font>[sage] 投稿日:2007/04/16(月) 01:48:10 <a href="id:239" target="_top"><font color="#0000ff">ID:</font></a>cqA7hX8G </dt><dd><br /> 「タチって、何ですか?」 <br /> 「……太刀?」 <br /> 「あ、いえ、違うんです、間違えました」 <br /> 本来の、部屋を出て行ったときの目的がこんな所で蘇ってしまったようだ。 <br /> 実際のところ、榊には別の質問を用意していたのであるが、優れた記憶力を恨むしかない。 <br /> まあ仕方ない、今さら聞くのもまた恥ずかしくなってしまうと、ちよはそのまま話を進めた。 <br /> 「大阪さんが『タチとネコ』って言ってたんですよ」 <br /> 「猫、か」 <br /> 徐々に顔を赤らめる榊の口元は緩んでいたが、十数秒後に表情が一変した。 <br /> 「やっぱり、駄目だ。ちよちゃんには」 <br /> 昨日盛大に語られた教師二人の話を思い出したようだ。 <br /> 「何かヒントをください。例えば、榊さんはどっちですか、とか」 <br /> 長身の彼女は閉ざされた部屋に顔を向け、詰まりながらもこう答えた。 <br /> 向こうにいる人はまだ起床してこないだろう、快楽の頂から帰ってくるまでは。 <br /> 「今日は……タチ、なの、かな」 <br /> 「分かりました!大人らしい方がタチなんですね」 <br /> 「え、違うよ」 <br /> 「私もタチになりたいです。もっと大人になりたいんです」 <br /> ちよの言葉に、おのずから自分の願望が含まれるようになった。 <br /> 「君は、ネコの方が、良いんじゃないかな」 <br /> 「ひどいですー!榊さんも私のことを馬鹿にしてるんですか?」 <br /> そう言われた彼女が、おもむろにひざを曲げて腰を下ろし、目をしっかり合わせる。 <br /> 「いいんだ。子供とか大人とかじゃなくて、ちよちゃんはちよちゃんだからいい。 <br />  君が思っている大人らしさよりも、今の君らしさの方が絶対にいい」 <br /> 寡黙な少女には珍しく、長い台詞が発せられる。 <br /> 「榊さん、かっこいいじゃないですか。いいなぁ」 <br /> 純真さゆえの羨望、それもまたちよの良き子供らしさであった。 <br /> <br /> <br /> <br /> </dd><dt><a href="menu:240" target="_top" name="240"><font color="#0000ff">240</font></a> 名前:<font color="#228b22"><strong>名無しさん@秘密の花園</strong></font>[sage] 投稿日:2007/04/16(月) 01:48:45 <a href="id:240" target="_top"><font color="#0000ff">ID:</font></a>cqA7hX8G </dt><dd><br /> <br /> 純真さゆえの羨望、それもまたちよの良き子供らしさであった。 <br /> しゃがみこんだ榊は視線を外そうとしない。 <br /> 二人は窓のカーテンから漏れ出す光線により、ほのかな橙色に染まっている。 <br /> 「なんだか、ずっと目を見られてると恥ずかしいですね」 <br /> 「そ、そうだね」 <br /> 途端に目を背けようとする榊に対してまた一言。 <br /> 「でも、ちょっといいかな、とも思います」 <br /> 互いに顔を探りつつ、再び位置関係を戻してゆく。 <br /> 「本当に?」 <br /> 「綺麗です……試していいですか?」 <br /> 朝焼けの解放感がもたらす感情と、眠りからまだ抜けきれない二人を覆う幻夢的な感覚が <br /> 二人を別の次元へと導く。 <br /> 榊の返答を待つまでもなく、先刻歩が主導していた行為に出る。 <br /> 「え、待って、んむ」 <br /> 肩に未成熟な両腕を掛け、まだまだ不足ぎみの力で上半身を引き込もうとする。 <br /> 長い髪が乱れて小柄な全身に被さり、お下げは急な動きによって揺れる。 <br /> 意図しなかった鮮烈な感触に、榊は思い出してしまった。 <br /> 羞恥に満ちたあの友人をそのまま生の体にしてしまったこと。 <br /> 拒否する態度の奥底に、自分を受け入れてくれようとする彼女の心性を見出してしまったこと。 <br /> 友人を友人でなくし、より深い関係を生み出してしまったこと。 <br /> 彼女は眠っている、いや、少なくともあの瞬間は気を失っていた。 <br /> あれほど自分が積極的になっていたのも、やはり並々ならぬ情を抱いていたから。 <br /> それを、今私の口を塞ぐこの子に分け与えてしまっていいのか、と強い自責の念に駆られる。 <br /> 浅くとも深い体の繋がりは、先ほどの一分を既に超えていた。 <br /> <br /> <br /> <br /> </dd><dt><a href="menu:241" target="_top" name="241"><font color="#0000ff">241</font></a> 名前:<font color="#228b22"><strong>名無しさん@秘密の花園</strong></font>[sage] 投稿日:2007/04/16(月) 01:49:35 <a href="id:241" target="_top"><font color="#0000ff">ID:</font></a>cqA7hX8G </dt><dd><br /> <br /> いつになったら終わるだろうか。 <br /> 早く終わらせないとまずい、でも、終わってほしくない。 <br /> 目の前に立つ少女の満足そうに閉じられた瞼を見ると、「彼女」に対するものと同じ欲望を抱いてしまった。 <br /> このままだと本当に大変なことになる。 <br /> 焦りを感じた榊は、強引に外したいとの思いを悟られぬように、できるだけゆっくりと口を引き離す。 <br /> 「や、やっぱり、こんなの」 <br /> 「ちよちゃん、なんやのー、あたしは練習やったんな」 <br /> 期待どころか、ほんのわずかにも予想していなかった声。 <br /> 振り向けば後ろには微笑みが。 <br /> 「でもええんよ。あたしも榊ちゃんを狙っとった時期もあるしな」 <br /> 「ち、違うんだ、これは」 <br /> 強い動揺を抑えきれないなりたての大人に対し、戸惑いつつも全く否定しない純真な子供。 <br /> そして、崩れない笑みの奥に、深みの底に達した喪失感を伺わせる思春期最中の少女。 <br /> 「ええんよ」 <br /> 口数も少なめに歩が部屋に戻っていくのを、二人は呆然と見送るほかなかった。 <br /> 榊はもう一度立ち上がり、視線をちよに向ける。 <br /> 「やっぱり、ちよちゃんにはまだ駄目だ」 <br /> そう強く伝えると、今度は俯き、相手に聞き取れないほどの小声で言った。 <br /> 「……神楽が、泣いてしまう」 <br /> 「え、なんですか?」 <br /> 「もう朝になる。とりあえず、部屋に戻るんだ」 <br /> 厳然とした声で告げてちよを有無も言わさず返すと、扉を開けて自分も戻ってゆくと、 <br /> シーツを被せられて眠る「彼女」に近づいて言葉を漏らしだした。 <br /> <br /> <br /> <br /> </dd><dt><a href="menu:242" target="_top" name="242"><font color="#0000ff">242</font></a> 名前:<font color="#228b22"><strong>名無しさん@秘密の花園</strong></font>[sage] 投稿日:2007/04/16(月) 01:50:24 <a href="id:242" target="_top"><font color="#0000ff">ID:</font></a>cqA7hX8G </dt><dd><br /> <br /> 「ごめん……ごめん。私のことを好きになったら、これからどうなるか分からないよ? <br />  ずっとこのままでいられるか、もう保証が持てないんだ……。私、どうしよう」 <br /> あどけない小柄な少女に口付けをされたことが問題なのではない。 <br /> それに強く抗えず、むしろ少しでも好ましくない感情を抱いてしまったことが責められるべき点なのだろう。 <br /> だが、言い終えた次の瞬間には、神楽に接吻を施していた、舌で口腔を犯すほどに深く。 <br /> もう少し言い寄られていたら本当に選べなくなってしまったかもしれないが、今は彼女を愛する。 <br /> 粘膜を貪って顔を外すと、その刺激によってか神楽の両目が開く。 <br /> 「あ、ありがとな。そんなに私を愛してくれるんだな」 <br /> 自責の念がますます強まりつつも、榊はそのまま彼女を見つめていた。 <br /> <br /> <br /> その頃歩はといえば。 <br /> 「はは。なんや私ってば、あんなに期待しよって」 <br /> 「大丈夫ですか、大阪さん?」 <br /> 「ええんよ、ええったら」 <br /> そう言いつつも、ちよとは目を合わせようとしない。 <br /> 別に彼女を責めるでもなんでもなく、ただ空しさを感じるだけだった。 <br /> 「で、結局、『ネコとタチ』の意味って何ですか?」 <br /> 「ほんまなら教えてあげたいとも思うけどな、 <br />  さっきのでちよちゃんはまだ子供やっておもたからな、できひん」 <br /> 「うーん、まあ、榊さんも大阪さんもタチですけど、なんだか私もタチになれた気がします」 <br /> 「それはよかったなあ」 <br /> 空笑いが歩の口から漏れる。 <br /> 望んでいたものが大きかった分、たった一瞬でも失ったものも大きい。 <br /> <br /> <br /> <br /> </dd><dt><a href="menu:243" target="_top" name="243"><font color="#0000ff">243</font></a> 名前:<font color="#228b22"><strong>名無しさん@秘密の花園</strong></font>[sage] 投稿日:2007/04/16(月) 01:51:11 <a href="id:243" target="_top"><font color="#0000ff">ID:</font></a>cqA7hX8G </dt><dd><br /> <br /> 「ただ、キスの意味は分かりました。 <br />  本当に、大好きな人にするものなんですね」 <br /> 「せやなあ」 <br /> 「大阪さんも榊さんも、私は大好きですよ」 <br /> 天井をぼんやりと見つつ、いわゆる告白とは当たらずとも遠からずの表現に返答する。 <br /> 「ほんなら、それでええか。ええな」 <br /> 歩が少しずつ笑顔を取り戻しはじめる。 <br /> 橙がより抜けた空の色に変わってゆく。 <br /> 「ちよちゃんはまだ子供やもんな」 <br /> 「違います!大人になりました!」 <br /> 「あんな、子供ってのはな、きれいな心を持ってるって意味なんよ」 <br /> 開き直った歩がまた続ける。 <br /> 「知らんことはええことや、でも知りたいと思う気持ちもわかる」 <br /> 「で、結局、大人と子供、どっちなんですか?」 <br /> 雲一つなく刻々と移り変わる空に目を向けて言葉を紡いだ。 <br /> 「きっとな、この空みたいに、それと榊ちゃんみたいにきれいな心をしとるから、 <br />  私にとってはかわいい子供なんやな」 <br /> 「やっぱり子供ですかー?」 <br /> 「そうや、そう、榊ちゃんも子供なんや、まだ何も知らないから……」 <br /> 知らぬが仏。 <br /> 大人になりきれないちよにとっても、期待していた歩にとっても、眠りの底にいた神楽にとっても。 <br /> それぞれの望む相手を知ってしまった榊でさえ、できるだけ忘れようとしているのだから。 <br /> <br /> (おわり) <br /> </dd></p>
<dl><dt><a target="_top" href="menu:237" name="237"><font color="#0000ff">237</font></a>名前:<font color="#228b22"><strong>名無しさん@秘密の花園</strong></font>[sage] 投稿日:2007/04/16(月) 01:46:39<a target="_top" href="id:237"><font color="#0000ff">ID:</font></a>cqA7hX8G</dt><dd><a target="_top" href="about:blank#232"><font color="#800080">&gt;&gt;232</font></a>です、投下します<br /> ちょっと他の方々のに比べて関係がヤバめなので注意<br /> <br /> <br /> 大人になったら分かる。<br /> いや、大人になったんだから、教えてくれてもいいではないか。<br /> あいまいなままでは済ませられない、はっきりとした答えが欲しい。<br /> 頭の回転が速い故、ちよにとっては歩の判然としない言葉が悩みの種となった。<br /> 「聞いてきます」<br /> 「あー。でもまだ子供やし」<br /> 「どっちなんですか」<br /> 歩は彼女のある種思春期的な感情に勘付いていない。<br /> 大人にはなりたくてなる、というよりも、なってしまう、というのが適切な語であると思っているからであろう。<br /> なるのならしっかりとした大人になりたかったと、半分向こうの世界に行った頭の隅で常々考えているようだ。<br /> 一方でちよはそのまま廊下への扉を開き、共有された区間へ足を踏み入れようとする。<br /> 「にゃもちゃんはまだ寝とるんやない?」<br /> 「聞きたいものは聞きたいんです。大阪さんは寝ていてください!」<br /> 「なんやのー、そんな」<br /> ほんの少しだが、やや深い喪失感が歩を襲う。<br /> もしも遊びだけでやっていたら果たして先ほどまでの行為を積極的に仕掛けただろうか、否。<br /> 鈍い理解力の頭にも、ようやく交わしたものの意味が分かりはじめてきた。<br /> 歩にそれ以上の言葉は許されず、部屋どうしが再び仕切られる音がした。<br /> <br /> <br /> <br /> </dd><dt><a target="_top" href="menu:238" name="238"><font color="#0000ff">238</font></a>名前:<font color="#228b22"><strong>名無しさん@秘密の花園</strong></font>[sage] 投稿日:2007/04/16(月) 01:47:24<a target="_top" href="id:238"><font color="#0000ff">ID:</font></a>cqA7hX8G</dt><dd><br /> <br /> 恥ずかしいけれど、知識を多少なりとも掘り下げたい。<br /> 大人と認められるためには何において勝っている必要があるだろうか。<br /> 自分で言うのもなんだが、知性はほぼ完璧に備えているからよい。<br /> 古文で「おとなし」といえば思慮や分別、いや、これも前述のものに入るだろう。<br /> では、身長、体力、例えば他にも大人らしさといえば、人を分け隔てなく愛することのできるやさしさか?<br /> 智の子供らしさがうるさくて感情的というところから来ていると考えると、逆に静かで理性的なところか。<br /> そう考えを巡らせたうちに、ひとりでにある一室の前まで細い両足は進んでいた。<br /> 「あのー、すみません」<br /> 鍵が壁の奥で動き、隔てられた向こう側から返答の声がする。<br /> 「ちよ、ちゃん?」<br /> 呼びかけに応じる前に、ノブに手を掛けて押すが動かない。<br /> 「入っちゃ、だめ。私が出る」<br /> いつも黙々としているとはいえ、あの人が何かを隠すようなことはしないはず。<br /> ありもしないのは承知しているが、大人になるための秘密が存在しているのではないか。<br /> 目の前に現れたのは、ちよより一回りも二回りも大きな同級生。<br /> 発育のよさは日本人女子の平均を超え、体躯の実り方は二人の間では対照的であった。<br /> 夏は陽光が早く差し込み、消灯された空間を緩やかに照らし始める。<br /> それでもまだ、休みの最中である彼女たちが起きることはあまりないだろう時間である。<br /> 榊はゆるやかに顔を下げ、いぶかしげに意図を尋ねる。<br /> ちよはふと顔を上げ、率直な答えの代わりに質問を返す。<br /> 当初みなもに投げられるべき問いが彼女に向かったのは、<br /> ちよにとっての大人としての条件と彼女の持つ性質が一致したからだろう。<br /> いやむしろ、ちよは彼女が含んでいる性質こそが大人としての条件である、と定義づけていたに違いない。<br /> <br /> <br /> <br /> </dd><dt><a target="_top" href="menu:239" name="239"><font color="#0000ff">239</font></a>名前:<font color="#228b22"><strong>名無しさん@秘密の花園</strong></font>[sage] 投稿日:2007/04/16(月) 01:48:10<a target="_top" href="id:239"><font color="#0000ff">ID:</font></a>cqA7hX8G</dt><dd><br /> 「タチって、何ですか?」<br /> 「……太刀?」<br /> 「あ、いえ、違うんです、間違えました」<br /> 本来の、部屋を出て行ったときの目的がこんな所で蘇ってしまったようだ。<br /> 実際のところ、榊には別の質問を用意していたのであるが、優れた記憶力を恨むしかない。<br /> まあ仕方ない、今さら聞くのもまた恥ずかしくなってしまうと、ちよはそのまま話を進めた。<br /> 「大阪さんが『タチとネコ』って言ってたんですよ」<br /> 「猫、か」<br /> 徐々に顔を赤らめる榊の口元は緩んでいたが、十数秒後に表情が一変した。<br /> 「やっぱり、駄目だ。ちよちゃんには」<br /> 昨日盛大に語られた教師二人の話を思い出したようだ。<br /> 「何かヒントをください。例えば、榊さんはどっちですか、とか」<br /> 長身の彼女は閉ざされた部屋に顔を向け、詰まりながらもこう答えた。<br /> 向こうにいる人はまだ起床してこないだろう、快楽の頂から帰ってくるまでは。<br /> 「今日は……タチ、なの、かな」<br /> 「分かりました!大人らしい方がタチなんですね」<br /> 「え、違うよ」<br /> 「私もタチになりたいです。もっと大人になりたいんです」<br /> ちよの言葉に、おのずから自分の願望が含まれるようになった。<br /> 「君は、ネコの方が、良いんじゃないかな」<br /> 「ひどいですー!榊さんも私のことを馬鹿にしてるんですか?」<br /> そう言われた彼女が、おもむろにひざを曲げて腰を下ろし、目をしっかり合わせる。<br /> 「いいんだ。子供とか大人とかじゃなくて、ちよちゃんはちよちゃんだからいい。<br />  君が思っている大人らしさよりも、今の君らしさの方が絶対にいい」<br /> 寡黙な少女には珍しく、長い台詞が発せられる。<br /> 「榊さん、かっこいいじゃないですか。いいなぁ」<br /> 純真さゆえの羨望、それもまたちよの良き子供らしさであった。<br /> <br /> <br /> <br /> </dd><dt><a target="_top" href="menu:240" name="240"><font color="#0000ff">240</font></a>名前:<font color="#228b22"><strong>名無しさん@秘密の花園</strong></font>[sage] 投稿日:2007/04/16(月) 01:48:45<a target="_top" href="id:240"><font color="#0000ff">ID:</font></a>cqA7hX8G</dt><dd><br /> <br /> 純真さゆえの羨望、それもまたちよの良き子供らしさであった。<br /> しゃがみこんだ榊は視線を外そうとしない。<br /> 二人は窓のカーテンから漏れ出す光線により、ほのかな橙色に染まっている。<br /> 「なんだか、ずっと目を見られてると恥ずかしいですね」<br /> 「そ、そうだね」<br /> 途端に目を背けようとする榊に対してまた一言。<br /> 「でも、ちょっといいかな、とも思います」<br /> 互いに顔を探りつつ、再び位置関係を戻してゆく。<br /> 「本当に?」<br /> 「綺麗です……試していいですか?」<br /> 朝焼けの解放感がもたらす感情と、眠りからまだ抜けきれない二人を覆う幻夢的な感覚が<br /> 二人を別の次元へと導く。<br /> 榊の返答を待つまでもなく、先刻歩が主導していた行為に出る。<br /> 「え、待って、んむ」<br /> 肩に未成熟な両腕を掛け、まだまだ不足ぎみの力で上半身を引き込もうとする。<br /> 長い髪が乱れて小柄な全身に被さり、お下げは急な動きによって揺れる。<br /> 意図しなかった鮮烈な感触に、榊は思い出してしまった。<br /> 羞恥に満ちたあの友人をそのまま生の体にしてしまったこと。<br /> 拒否する態度の奥底に、自分を受け入れてくれようとする彼女の心性を見出してしまったこと。<br /> 友人を友人でなくし、より深い関係を生み出してしまったこと。<br /> 彼女は眠っている、いや、少なくともあの瞬間は気を失っていた。<br /> あれほど自分が積極的になっていたのも、やはり並々ならぬ情を抱いていたから。<br /> それを、今私の口を塞ぐこの子に分け与えてしまっていいのか、と強い自責の念に駆られる。<br /> 浅くとも深い体の繋がりは、先ほどの一分を既に超えていた。<br /> <br /> <br /> <br /> </dd><dt><a target="_top" href="menu:241" name="241"><font color="#0000ff">241</font></a>名前:<font color="#228b22"><strong>名無しさん@秘密の花園</strong></font>[sage] 投稿日:2007/04/16(月) 01:49:35<a target="_top" href="id:241"><font color="#0000ff">ID:</font></a>cqA7hX8G</dt><dd><br /> <br /> いつになったら終わるだろうか。<br /> 早く終わらせないとまずい、でも、終わってほしくない。<br /> 目の前に立つ少女の満足そうに閉じられた瞼を見ると、「彼女」に対するものと同じ欲望を抱いてしまった。<br /> このままだと本当に大変なことになる。<br /> 焦りを感じた榊は、強引に外したいとの思いを悟られぬように、できるだけゆっくりと口を引き離す。<br /> 「や、やっぱり、こんなの」<br /> 「ちよちゃん、なんやのー、あたしは練習やったんな」<br /> 期待どころか、ほんのわずかにも予想していなかった声。<br /> 振り向けば後ろには微笑みが。<br /> 「でもええんよ。あたしも榊ちゃんを狙っとった時期もあるしな」<br /> 「ち、違うんだ、これは」<br /> 強い動揺を抑えきれないなりたての大人に対し、戸惑いつつも全く否定しない純真な子供。<br /> そして、崩れない笑みの奥に、深みの底に達した喪失感を伺わせる思春期最中の少女。<br /> 「ええんよ」<br /> 口数も少なめに歩が部屋に戻っていくのを、二人は呆然と見送るほかなかった。<br /> 榊はもう一度立ち上がり、視線をちよに向ける。<br /> 「やっぱり、ちよちゃんにはまだ駄目だ」<br /> そう強く伝えると、今度は俯き、相手に聞き取れないほどの小声で言った。<br /> 「……神楽が、泣いてしまう」<br /> 「え、なんですか?」<br /> 「もう朝になる。とりあえず、部屋に戻るんだ」<br /> 厳然とした声で告げてちよを有無も言わさず返すと、扉を開けて自分も戻ってゆくと、<br /> シーツを被せられて眠る「彼女」に近づいて言葉を漏らしだした。<br /> <br /> <br /> <br /> </dd><dt><a target="_top" href="menu:242" name="242"><font color="#0000ff">242</font></a>名前:<font color="#228b22"><strong>名無しさん@秘密の花園</strong></font>[sage] 投稿日:2007/04/16(月) 01:50:24<a target="_top" href="id:242"><font color="#0000ff">ID:</font></a>cqA7hX8G</dt><dd><br /> <br /> 「ごめん……ごめん。私のことを好きになったら、これからどうなるか分からないよ?<br />  ずっとこのままでいられるか、もう保証が持てないんだ……。私、どうしよう」<br /> あどけない小柄な少女に口付けをされたことが問題なのではない。<br /> それに強く抗えず、むしろ少しでも好ましくない感情を抱いてしまったことが責められるべき点なのだろう。<br /> だが、言い終えた次の瞬間には、神楽に接吻を施していた、舌で口腔を犯すほどに深く。<br /> もう少し言い寄られていたら本当に選べなくなってしまったかもしれないが、今は彼女を愛する。<br /> 粘膜を貪って顔を外すと、その刺激によってか神楽の両目が開く。<br /> 「あ、ありがとな。そんなに私を愛してくれるんだな」<br /> 自責の念がますます強まりつつも、榊はそのまま彼女を見つめていた。<br /> <br /> <br /> その頃歩はといえば。<br /> 「はは。なんや私ってば、あんなに期待しよって」<br /> 「大丈夫ですか、大阪さん?」<br /> 「ええんよ、ええったら」<br /> そう言いつつも、ちよとは目を合わせようとしない。<br /> 別に彼女を責めるでもなんでもなく、ただ空しさを感じるだけだった。<br /> 「で、結局、『ネコとタチ』の意味って何ですか?」<br /> 「ほんまなら教えてあげたいとも思うけどな、<br />  さっきのでちよちゃんはまだ子供やっておもたからな、できひん」<br /> 「うーん、まあ、榊さんも大阪さんもタチですけど、なんだか私もタチになれた気がします」<br /> 「それはよかったなあ」<br /> 空笑いが歩の口から漏れる。<br /> 望んでいたものが大きかった分、たった一瞬でも失ったものも大きい。<br /> <br /> <br /> <br /> </dd><dt><a target="_top" href="menu:243" name="243"><font color="#0000ff">243</font></a>名前:<font color="#228b22"><strong>名無しさん@秘密の花園</strong></font>[sage] 投稿日:2007/04/16(月) 01:51:11<a target="_top" href="id:243"><font color="#0000ff">ID:</font></a>cqA7hX8G</dt><dd><br /> <br /> 「ただ、キスの意味は分かりました。<br />  本当に、大好きな人にするものなんですね」<br /> 「せやなあ」<br /> 「大阪さんも榊さんも、私は大好きですよ」<br /> 天井をぼんやりと見つつ、いわゆる告白とは当たらずとも遠からずの表現に返答する。<br /> 「ほんなら、それでええか。ええな」<br /> 歩が少しずつ笑顔を取り戻しはじめる。<br /> 橙がより抜けた空の色に変わってゆく。<br /> 「ちよちゃんはまだ子供やもんな」<br /> 「違います!大人になりました!」<br /> 「あんな、子供ってのはな、きれいな心を持ってるって意味なんよ」<br /> 開き直った歩がまた続ける。<br /> 「知らんことはええことや、でも知りたいと思う気持ちもわかる」<br /> 「で、結局、大人と子供、どっちなんですか?」<br /> 雲一つなく刻々と移り変わる空に目を向けて言葉を紡いだ。<br /> 「きっとな、この空みたいに、それと榊ちゃんみたいにきれいな心をしとるから、<br />  私にとってはかわいい子供なんやな」<br /> 「やっぱり子供ですかー?」<br /> 「そうや、そう、榊ちゃんも子供なんや、まだ何も知らないから……」<br /> 知らぬが仏。<br /> 大人になりきれないちよにとっても、期待していた歩にとっても、眠りの底にいた神楽にとっても。<br /> それぞれの望む相手を知ってしまった榊でさえ、できるだけ忘れようとしているのだから。<br /> <br /> (おわり)<br /> </dd></dl>

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