武田祐吉 たけだ ゆうきち
1886-1958(明治19.5.5-昭和33.3.29)
国文学者。東京都出身。小田原中学の教員を辞し、佐佐木信綱のもとで「校本万葉集」の編纂に参加。1926(昭和元)、国学院大学教授。「万葉集」を中心に上代文学の研究を進め、「万葉集全註釈」(1948-51)に結実させた。著書「上代国文学の研究」「古事記研究―帝紀攷」「武田祐吉著作集」全8巻。


◇参照:Wikipedia、『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008)
◇表紙イラスト:「縄文の女神(山形県舟形町西ノ前遺跡土偶)


もくじ 
校註『古事記』(三)武田祐吉


ミルクティー*現代表記版
校註『古事記』(三)
  古事記 上つ巻
   五、天照らす大御神と大国主の神
    天若日子(あめわかひこ)
    国譲り
   六、邇邇芸(ににぎ)の命
    天降(あも)り
    猿女の君
    木の花の佐久夜毘売
   七、日子穂穂出見(ひこほほでみ)の命
    海幸と山幸
    豊玉毘売の命
   八、鵜葺草葺合(うがやふきあ)えずの命

オリジナル版
校註『古事記』(三)

地名年表人物一覧書籍
難字、求めよ
後記次週予告

※ 製作環境
 ・Macintosh iBook、Mac OS 9.2.2、T-Time 2.3.1
 ・ ポメラ DM100、ソーラーパネル GOAL ZERO NOMAD 7(ガイド10プラス)
※ 週刊ミルクティー*は、JIS X 0213 文字を使用しています。
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*凡例
  • ( ):小書き。〈 〉:割り注。
  • 〔 〕:編者もしくは、しだによる注。
  • 一、漢字、かなづかい、漢字の送りは現代表記に改めました。
  •    例、云う → いう / 言う
  •      処  → ところ / 所
  •      有つ → 持つ
  •      這入る → 入る
  •      円く → 丸く
  •      室  → 部屋
  • 一、同音異義の一部のひらがなを、便宜、漢字に改めました。
  •    例、いって → 行って / 言って
  •      きいた → 聞いた / 効いた
  • 一、若干の句読点を改めました。適宜、ルビや中黒や感嘆・疑問符をおぎないました。一部、改行と行頭の字下げを改めました。
  • 一、漢数字の表記を一部、改めました。
  •    例、七百二戸 → 七〇二戸
  •    例、二萬六千十一 → 二万六〇一一
  • 一、ひらがなに傍点は、一部カタカナに改めました。
  • 一、カタカナ漢字混用文は、ひらがな漢字混用文に改めました。
  • 一、和暦にはカッコ書きで西暦をおぎないました。年次のみのばあいは単純な置き換えにとどめ、月日のわかるばあいには陰暦・陽暦の補正をおこないました。
  • 一、「今から○○年前」のような経過年数の表記は改めず、底本のままにしました。和歌・俳句・短歌は五七五(七七)の音節ごとに半角スペースで句切りました。
  • 一、表や図版キャプションなどの組版は、便宜、改めました。
  • 一、書名・雑誌名は『 』、論文名・記事名および会話文は「 」で示しました。
  • 一、差別的表現・好ましくない表現はそのままとしました。

*尺貫法
  • 寸 すん 長さの単位。尺の10分の1。1寸は約3.03cm。
  • 尺 しゃく 長さの単位。1mの33分の10と定義された。寸の10倍、丈の10分の1。
  • 丈 じょう 長さの単位。(1) 尺の10倍。約3m。(2) 周尺で、約1.7m。成人男子の身長。
  • 歩 ぶ (1) 左右の足を一度ずつ前に出した長さ。6尺。(2) 土地面積の単位。1歩は普通、曲尺6尺平方で、1坪に同じ。
  • 町 ちょう (1) 土地の面積の単位。1町は10段。令制では3600歩、太閤検地以後は3000歩とされ、約99.17アール。(2) (「丁」とも書く) 距離の単位。1町は60間。約109m強。
  • 里 り 地上の距離を計る単位。36町(3.9273km)に相当する。昔は300歩、すなわち今の6町の定めであった。
  • 合 ごう 容積の単位。升の10分の1。1合は180.39立方cm。
  • 升 しょう 容量の単位。古来用いられてきたが、現代の1升は1.80391リットル。斗の10分の1で、合の10倍。
  • 斗 と 容量の単位。1斗は1升の10倍で、18.039リットルに当たる。

*底本

底本:「古事記」角川文庫、角川書店
   1956(昭和31)年5月20日初版発行
   1965(昭和40)年9月20日20版発行
底本の親本:「眞福寺本」
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person1349.html

NDC 分類:164(宗教 / 神話.神話学)
http://yozora.kazumi386.org/1/6/ndc164.html
NDC 分類:210(日本史)
http://yozora.kazumi386.org/2/1/ndc210.html





 校註『古事記』 凡例

  • 一 本書は、『古事記』本文の書き下し文に脚注を加えたもの、および索引からなる。
  • 一 『古事記』の本文は、真福寺本を底本とし、他本をもって校訂を加えたものを使用した。その校訂の過程は、特別の場合以外は、すべて省略した。
  • 一 『古事記』は、三巻にわけてあるだけで、内容については別に標題はない。底本とした真福寺本には、上方に見出しが書かれているが、今それによらずに、新たに章をわけて、それぞれ番号や標題をつけ、これにはカッコをつけて新たに加えたものであることをあきらかにした。また歌謡には、末尾にカッコをして歌謡番号を記し、索引に便にすることとした。

校註『古事記』(三)

稗田の阿礼、太の安万侶
武田祐吉(注釈・校訂)

 古事記 かみつ巻

  〔五、天照あまてらす大御神おおみかみ大国主おおくにぬしの神〕

   天若日子あめわかひこ


 天照あまてらす大御神おおみかみの命もちて、豊葦原とよあしはら千秋ちあき長五百秋ながあき水穂みずほの国(一)は、わが御子正勝吾勝勝速日まさかつかちはやあめ忍穂耳おしほみみみことの知らさん国」と、言依ことよさしたまいて、天降あまくだしたまいき。ここにあめ忍穂耳おしほみみみこと、天の浮橋に立たしてりたまいしく、豊葦原とよあしはらの千秋の長五百秋ながいおあきの水穂の国は、いたくさやぎてありなり(二)」とりたまいて、さらにかえりのぼりて、天照あまてらす大御神にもうしたまいき。ここに高御産巣日たかの神(三)天照あまてらす大御神の命もちて、あまやすかわの河原に八百万やおよろずの神を神集かむつどえにつどえて、思金おもいかねの神に思わしめてりたまいしく、「この葦原の中つ国(四)は、わが御子の知らさん国と、言依ことよさしたまえる国なり。かれこの国にちはやぶる荒ぶるくにかみ(五)どものさわなると思おすは、いずれの神を使わしてか言趣ことむけなん」とのりたまいき。ここに思金おもいかねの神、また八百万の神たちはかりてもうさく、あめ菩比ほひの神(六)、これつかわすべし」ともうしき。かれあめ菩比ほひの神をつかわししかば、大国主おおくにぬしの神にびつきて、三年にいたるまで復奏かえりごともうさざりき。
 ここをもちて高御産巣日たかの神、天照あまてらす大御神、またもろもろの神たちに問いたまわく、「葦原の中つ国につかわせるあめ菩比ほひの神、久しく復奏かえりごともうさず、またいずれの神を使わしてばけん」とのりたまいき。ここに思金おもいかねの神、答えてもうさく、天津国玉あまつくにだまの神(七)の子、天若日子あめわかひこ(八)つかわすべし」ともうしき。かれここにあめ麻迦古弓まかこゆみ(九)・天の波波矢ははや(一〇)を天若日子にたまいてつかわしき。ここに天若日子、その国に降りいたりて、すなわち大国主の神の女下照したて比売ひめい、またその国をんとおもいて、八年にいたるまで復奏かえりごともうさざりき。
 かれここに天照あまてらす大御神、高御産巣日たかの神、またもろもろのかみたちに問いたまわく、天若日子あめわかひこ久しく復奏かえりごともうさず、またいずれの神をつかわして、天若日子が久しく留まれる所由よしを問わん」とのりたまいき。ここにもろもろの神たちまた思金おもいかねの神、答えてもうさく、雉子きぎし鳴女なきめ(一一)つかわさん」ともうすときに、りたまわく、いまし行きて天若日子あめわかひこに問わんさまは、いましを葦原の中つ国につかわせる所以ゆえは、その国の荒ぶる神たちを言趣ことむやわせとなり。なんぞ八年になるまで、復奏かえりごともうさざると問え」とのりたまいき。
 かれここに鳴女なきめ、天よりりいたりて、天若日子あめわかひこが門なる湯津桂ゆつかつら(一二)の上にいて、委曲まつぶさあまかみ詔命おおみことのごと言いき。ここにあめ佐具売さぐめ(一三)、この鳥のいうことを聞きて、天若日子に語りて、「この鳥はその鳴くこえいと悪し。かれみずから射たまえ」といい進めければ、天若日子、天つ神のたまえる天の波士弓はじゆみ・天の加久矢かくや(一四)をもちて、その雉子きぎしを射殺しつ。ここにその矢、雉子の胸より通りてさかさまに射上げて、あめやすかわの河原にまします天照あまてらす大御神、高木たかぎの神(一五)御所みもとにいたりき。この高木の神は、高御産巣日たかの神のまたみななり。かれ高木の神、その矢を取らして見そなわせば〔ごらんになれば〕、その矢の羽に血きたり。ここに高木の神のりたまわく、「この矢は天若日子にたまえる矢ぞ」とのりたまいて、もろもろの神たちにせてりたまわく、「もし天若日子、みことたがえず、あらぶる神を射つる矢のいたれるならば、天若日子になあたりそ。もしきたなき心あらば、天若日子この矢にまがれ(一六)」とのりたまいて、その矢を取らして、その矢の穴よりき返し下したまいしかば、天若日子が、朝床あさどこ(一七)たる高胸坂たかむなさかにあたりて死にき。〈こは還矢かえしやのもとなり。またその雉子きぎしかえらず。かれ今にことわざに雉子きぎし頓使ひたづかい(一八)というもとこれなり。
 かれ天若日子あめわかひこ下照したて比売ひめく声、風のむた(一九)響きて天にいたりき。ここに天なる天若日子が父天津国玉あまつくにたまの神、またその妻子めこ(二〇)ども聞きて、降りきてき悲しみて、そこに喪屋もや(二一)を作りて、河鴈を岐佐理持もち(二二)とし、さぎ掃持ははきもち(二三)とし、翠鳥そにどり御食人みけびと(二四)とし、雀を碓女うすめ(二五)とし、雉子を哭女なきめとし、かくおこない定めて、日八日やか八夜やよを遊びたりき(二六)
 このとき阿遅志貴高日子根たかの神まして、天若日子がをとむらいたまうときに、天よりりいたれる天若日子が父、またその妻みなきて、「わが子は死なずてありけり」「わが君は死なずてましけり」といいて、手足に取りかかりて、なき悲しみき。そのあやまてる所以ゆえは、この二柱の神の容姿かたちいとよくれり。かれここをもちてあやまてるなり。ここに阿遅志貴高日子根の神、いたく怒りていわく、はうるわしき友なれ(二七)こそとむらい来つらくのみ。なんぞはを、きたなしに人にうる」といいて、御佩みはかしの十つかつるぎをぬきて、その喪屋もやを切りせ、足もちてえ離ちやりき。こは美濃の国の藍見あいみ(二八)の河上なる喪山もやまという山なり。その持ちて切れる大刀たちの名は大量おおばかりという。またの名は神度かむどつるぎという。かれ阿治志貴高日子根の神は、忿いかりて飛び去りたまうときに、その同母妹いろも高比売たかひめみこと、その御名を顕さんと思おして歌いたまいしく、

天なるや(二九) 弟棚機おとたなばた(三〇)
うながせる 玉の御統みすまる(三一)
御統みすまるに あな玉はや(三二)
たに ふたわたらす(三三)
阿遅志貴高日子根たかの神ぞ。〔歌謡番号七〕

 この歌は夷振ひなぶり(三四)なり。

  •  (一)日本国の美称。ゆたかな葦原で、永久に穀物のよく生育する国の義。
  •  (二)たいへん騒いでいる。アリナリは古い語法。ラ行変格動詞の終止形にナリが接続している。
  •  (三)この神が加わるのは思想的な意味からである。
  •  (四)日本国。葦原の中心である国。
  •  (五)暴威をふるう乱暴な土地の神。
  •  (六)誓約うけい」の条に出現した神。出雲氏の祖先神で、出雲氏の方ではよく活躍かつやくしたという。『古事記』『日本書紀』は中臣氏なかとみうじ系統の伝来が主になっているので悪くいう。
  •  (七)天の土地の神霊。
  •  (八)天からきた若い男。伝説上の人物として後世の物語にも出る。
  •  (九)鹿の霊威のついている弓。
  • (一〇)大きな羽をつけた矢。
  • (一一)キギシの鳥名はその鳴き声によっていう。よって逆にその名を鳴く女の意にいう。
  • (一二)神聖な桂樹。野鳥であるキジなどが門口の樹に来て鳴くのを気にして、何かのしるしだろうとする。
  • (一三)実相をさぐる女。巫女みこで鳥の鳴き声などを判断する。
  • (一四)前に出た弓矢。ハジ弓はハジの木の弓。カク矢は鹿児矢かこやで、鹿の霊威のついている矢。
  • (一五)タカミムスビの神の神霊のやどる所についていうのだろう。
  • (一六)「まがれ」で、災難あれの意になる。
  • (一七)胡床あぐらとする伝えもある。
  • (一八)ひたすらの使い、行ったきりの使い。
  • (一九)風とともに。
  • (二〇)天における天若日子の妻子。
  • (二一)葬式は、別に家を作っておこなう風習である。
  • (二二)食物を入れた器を持って行く者。
  • (二三)ホウキでけがれをはらう意である。
  • (二四)食物を作る人。
  • (二五)うすでつく女。
  • (二六)葬式のときに連日連夜、歌舞うたまいしてけがれをはらう風習である。
  • (二七)友だちだから。
  • (二八)岐阜県長良川ながらがわの上流。
  • (二九)ヤは間投の助詞。
  • (三〇)若い機おり姫。機おりは女子の技芸として尊ばれていた。
  • (三一)首にかけているにつらぬいた玉。
  • (三二)大きなたま。ハヤは感動をしめす。
  • (三三)谷を二つ同時にわたる。ミは美称。
  • (三四)歌曲の名。

   国譲くにゆずり〕


 ここに天照あまてらす大御神おおみかみりたまわく、「またいずれの神をつかわしてけん」とのりたまいき。ここに思金おもいかねの神、またもろもろの神たちもうさく、あめやすかわの河上の天の石屋いわやにます、名は伊都いつ尾羽張おはばりの神(一)、これつかわすべし。もしまたこの神ならずは、その神の子建御雷たけみかづちの神、これつかわすべし。またその天の尾羽張の神は、天の安の河の水をさかさまにきあげて、道をきおれば、あだし神はえ行かじ。かれことに天の迦久の神(二)つかわして問うべし」ともうしき。
 かれここに天の迦久かくの神を使わして、天の尾羽張の神に問いたまうときに答えもうさく、かしこし、仕えまつらん。しかれどもこの道には、が子建御雷たけみかづちの神(三)つかわすべし」ともうして、貢進たてまつりき。
 ここにあま鳥船とりふねの神(四)建御雷たけみかづちの神にそえてつかわす。ここをもちてこの二神ふたはしらのかみ、出雲の国の伊耶佐いざさ小浜おはま(五)りいたりて、十掬とつかつるぎをぬきてなみさかさまに刺し立てて(六)、そのつるぎさきにあぐみて、その大国主おおくにぬしの神に問いたまいしく、天照あまてらす大御神おおみかみ高木たかぎの神の命もちて問いの使いせり。うしはける〔領有する〕葦原の中つ国に、が御子の知らさん国とことよさしたまえり〔御命令になる〕。かれが心いかに」と問いたまいき。ここに答えもうさく、はえもうさじ。わが子八重言代主やえことしろぬしの神(七)これもうすべし。しかれども鳥の遊漁あそびすなどり(八)して、御大みほさきにゆきて、いまだかえり来ず」ともうしき。かれここに天の鳥船の神をつかわして、八重事代主の神をしきて問いたまうときに、その父の大神に語りて、かしこし。この国はあまかみの御子にたてまつりたまえ」といいて、その船をみ傾けて、あま逆手さかて青柴垣あおふしがきにうちなして、かくりたまいき(九)
 かれここにその大国主の神に問いたまわく、「今、が子事代主ことしろぬしの神かくもうしぬ。またもうすべき子ありや」と問いたまいき。ここにまたもうさく、「またわが子建御名方たけみなかたの神(一〇)あり。これをきてはなし」と、かくもうしたまうほどに、その建御名方たけみなかたの神、千引ちびきいわ(一一)手末たなすえにささげて来て、そわが国に来て、しのしのびかく物う。しからば力くらべせん。かれあれまずその御手を取らん(一二)」といいき。かれその御手を取らしむれば、すなわち立氷たちびに取りなし(一三)、また剣刃つるぎはに取りなしつ。かれここにおそりて退きおり。ここにその建御名方たけみなかたの神の手を取らんとわたして取れば、若葦わかあしを取るがごと、つかみひしぎて、投げ離ちたまいしかば、すなわち逃げにき。かれ追いゆきて、科野しなのの国の洲羽すわの海(一四)めいたりて、殺さんとしたまうときに、建御名方たけみなかたの神もうさく、かしこし、をな殺したまいそ。このところきては、あだしところに行かじ。またわが父、大国主の神の命にたがわじ。八重事代主の神のみことたがわじ。この葦原の中つ国は、天つ神の御子の命のまにまにたてまつらん」ともうしき。
 かれさらにまたかえり来て、その大国主の神に問いたまいしく、が子ども事代主ことしろぬしの神、建御名方たけみなかたの神二神ふたはしらは、天つ神の御子の命のまにまにたがわじともうしぬ。かれが心いかに」と問いたまいき。ここに答えもうさく、が子ども二神のもうせるまにまに、たがわじ。この葦原の中つ国は、命のまにまにすでにたてまつりぬ。ただ住所すみかは、天つ神の御子の天つ日継らしめさん、富足とだる天の御巣みすごと(一五)そこ石根いわねに宮柱太しり〔立派につくり〕高天たかまはら氷木ひぎ高しりて〔立派につくる〕おさめたまわば、ももたらず(一六)八十�f手やそくまで〔多くの曲がりくねった所〕こもりてさもらわん(一七)。またが子ども百八十神ももやそがみ八重事代主やえことしろぬしの神を御尾前みおさき(一八)として仕えまつらば、たがう神はあらじ」と、かくもうして出雲の国の多芸志たぎし小浜おばま(一九)に、天の御舎みあらか(二〇)をつくりて、水戸みなとの神のひこ櫛八玉くしやたまの神膳夫かしわで(二一)となりて、天つ御饗みあえ(二二)たてまつるときに、もうして、櫛八玉くしやたまの神になりて、わたの底に入りて、底のはにいあがり出でて(二三)、天の八十平瓮やそびらか(二四)を作りて、海布からりて燧臼ひきりうすに作り、こもの柄を燧杵ひきりぎねに作りて、火をり出でて(二五)もうさく、「このわがれる火は、高天の原には、神産巣日御祖かむおやみこと富足とだる天の新巣にいす凝烟すす八拳やつかるまできあげ(二六)つちの下は、底つ石根いわねに焼きこらして、縄たくなわの千尋縄うち(二七)りする海人あまが、口大くちおお尾翼おはたスズキ(二八)さわさわにきよせあげて、さき竹のとおおとおおに(二九)、天の真魚咋まなぐい(三〇)たてまつる」ともうしき。かれ建御雷たけみかづちの神返りまいあがりて、葦原の中つ国を言向ことむやわししさまをもうしき。

  •  (一)イザナギのみことつるぎの神霊。水神。二四ページ「伊耶那岐の命と伊耶那美の命」の「黄泉の国」参照。
  •  (二)鹿の神霊。
  •  (三)二四ページ「伊耶那岐の命と伊耶那美の命」の「黄泉の国」参照。
  •  (四)二二ページ「伊耶那岐の命と伊耶那美の命」の「神々の生成」参照。
  •  (五)島根県出雲市付近の海岸。伊那佐の小浜とする伝えもある。『日本書紀』に五十田狭之小渚ばま
  •  (六)波の高みに剣先を上にして立てて。
  •  (七)言語に現われる神霊。大事を決するのに神意をうかがい、その神意が言語によって現われたことをこの神の言として伝える。八重は栄える意に冠する。
  •  (八)鳥を狩すること。
  •  (九)神意を述べ終わって、海を渡ってきた乗り物を傾けて、逆手を打って青い樹枝の垣にかくれた。逆手を打つは、手を下方に向けて打つことで呪術をおこなうときにする。青柴垣は神霊の座所。神霊が託宣たくせんをしてもとの神座に帰ったのである。
  • (一〇)長野県諏訪郡すわぐん諏訪神社上社かみしゃの祭神。この神に関することは『日本書紀』にない。挿入説話である。
  • (一一)千人で引くような巨岩。
  • (一二)手のつかみあいをするのである。
  • (一三)立っている氷のように感ずる。
  • (一四)長野県の諏訪湖。
  • (一五)天皇がその位におつきになる尊い宮殿のように。神が宮殿造営を請求するのは託宣の定型の一つである。
  • (一六)枕詞まくらことば
  • (一七)多くある物のすみにかくれておりましょう。
  • (一八)指導者。
  • (一九)島根県出雲市の海岸。
  • (二〇)宮殿。出雲大社のこと。その鎮座縁起。
  • (二一)料理人。
  • (二二)尊いお食事。
  • (二三)海底の土を清浄とし、それを取って祭具を作る。
  • (二四)多数の平たい皿。
  • (二五)海藻の固い部分をうすきねとにして摩擦まさつして火を作って。
  • (二六)富み栄える新築の家のすすのように長くれるほどに火をたき。
  • (二七)こうぞの長いなわをのばして。
  • (二八)口の大きく、尾ひれの大きいスズキ。
  • (二九)魚のたわむ形容。「さき竹の」は枕詞。
  • (三〇)尊いごちそう。

  〔六、邇邇芸みこと

   天降あもり〕


 ここに天照あまてらす大御神、高木たかぎの神の命もちて、太子ひつぎのみこ正勝吾勝勝速日まさかつかちはや天の忍穂耳おしほみみみことりたまわく、「今、葦原の中つ国をことむえんともうす。かれことよさしたまえるまにまに、降りまして知らしめせ」とのりたまいき。ここにその太子ひつぎのみこ正勝吾勝勝速日まさかつかちはや天の忍穂耳おしほみみみこと答えもうさく、は、降りなん装束よそいせしほどに、子れましつ。名は天邇岐志国邇岐志あめくにあま日高日子番邇邇芸ににぎみこと、この子を降すべし」ともうしたまいき。この御子は、高木たかぎの神の女万幡豊秋津師比売よろずはたとよあきみこといて生みませる子、天の火明ほあかりみこと、つぎに日子番ひこほ邇邇芸みこと〈二柱〉にます。ここをもちてもうしたまうまにまに、日子番ひこほ邇邇芸ににぎみことみことおおせて、「この豊葦原とよあしはらの水穂の国は、いましらさん国なりとことよさしたまう。かれ命のまにまに天降あもりますべし」とのりたまいき。
 ここに日子番ひこほ邇邇芸ににぎみこと天降あもりまさんとするときに、天の八衢やちまた(一)にいて、上は高天たかまはららし、下は葦原の中つ国をらす神ここにあり。かれここに天照あまてらす大御神、高木たかぎの神の命もちて、天の宇受売うずめの神にりたまわく、いまし手弱女人なれども、いかう神と面勝おもかつ神なり(二)。かれもはら〔もっぱら〕いましゆきて問わまくは、が御子の天降あもりまさんとする道に、たれそかくていると問え」とのりたまいき。かれ問いたまうときに、答えもうさく、は国つ神、名は猿田さるだ毘古の神なり。出で所以ゆえは、天つ神の御子、天降あもりますと聞きしかば、御前みさきに仕えまつらんとして、まい向かいさもらう」ともうしき。
 ここにあめ児屋こやねみこと布刀玉ふとだまみこと、天の宇受売うずめみこと伊斯許理度売みことたまおやみこと、あわせて五伴いつとも(三)あかち加えて、天降あもらしめたまいき。
 ここにそのぎし(四)八尺やさか勾まがたま、鏡、また草薙くさなぎつるぎ、また常世とこよ思金おもいかねの神、手力男たぢからおの神、天の石門別いわとわけの神(五)をそえたまいてりたまわくは、「これの鏡は、もはらが御魂として、わが御前をいつくがごと、いつきまつれ。つぎに思金おもいかねの神は、みまえのことを取り持ちて、まつりごともうしたまえ(六)」とのりたまいき。
 この二柱の神は、くしろ五十鈴いすずの宮(七)いつきまつる。つぎに登由宇気の神、こはつ宮の度相わたらいにます神(八)なり。つぎに天の石戸別いわとわけの神、またの名は櫛石窓くしいわまどの神といい、またの名は豊石窓とよいわまどの神(九)という。この神は御門みかどの神なり。つぎに手力男たぢからおの神は、佐那さなあがたにませり。
 かれその天の児屋こやねみことは、中臣なかとみむらじらが祖。布刀玉ふとだまみことは、忌部いみべおびとらが祖。天の宇受売うずめみこと猿女さるめきみらが祖。伊斯許理度売みことは、鏡作かがみつくりむらじらが祖。たまおやみことは、たまおやむらじらが祖なり。
 かれここに天の日子番ひこほ邇邇芸ににぎみこと、天の石位いわくらを離れ、天の八重多那雲ぐもを押しわけて、稜威いつ道別ちわ道別ちわきて(一〇)、天の浮橋に、浮きじまり、そりたたして(一一)竺紫つくし日向ひむかの高千穂のじふるたけ(一二)天降あもりましき。
 かれここに天の忍日おしひみことあま久米くめみこと二人、天の石靫いわゆき(一三)を取りおい、頭椎くぶつちの大刀(一四)を取りはき、天の波士弓はじゆみを取り持ち、天の真鹿児矢ばさみ、御前さきに立ちて仕えまつりき。かれその天の忍日おしひみこと、こは大伴おおともむらじらが祖。あま久米くめみこと、こは久米くめあたえらが祖なり。
 ここにりたまわく、此地ここ韓国からくにに向かい笠紗かささ御前みさきにま来通りて(一五)、朝日のただす国、夕日の日照ひでる国なり。かれ此地ここぞいときところ」とりたまいて、底つ石根いわねに宮柱ふとしり、高天の原に氷椽ひぎたかしりてましましき。

  •  (一)天上のわかれ道。
  •  (二)相対する神に、顔で勝つ神だ。
  •  (三)五つの部族。トモノオは人々の団体。この五神以下、多くはみな天の岩戸の神話に出て、両者の密接な関係にあることを示す。
  •  (四)岩戸の神話で天照らす大神をいだ。
  •  (五)岩戸の神話における岩屋戸の神格。
  •  (六)天皇の御前にあって政治をせよ。智恵・思慮の神霊だからこのようにいう。
  •  (七)伊勢神宮の内宮ないくう。サククシロは、口の割れた腕輪の意で枕詞。
  •  (八)伊勢神宮の外宮げくう。トユウケの神は豊受の神とも書き、穀物の神。この神が従って下ったともなく出たのは突然であるが、豊葦原とよあしはらの水穂の神霊だから出したのである。外宮の鎮座は、雄略天皇の時代のことと伝える。
  •  (九)この二つの別名は、御門祭みかどまつり祝詞のりとに見える名で、門戸の神霊として尊んでいる。
  • (一〇)天から御座を離れ、雲をおしわけ威勢よく道をわけて。
  • (一一)天の階段から下に浮渚があって、それにお立ちになったと解されている。古語を語り伝えたもの。
  • (一二)鹿児島県の霧島山の一峰、宮崎県西臼杵郡にしうすきぐんなど伝説地がある。思想的には大嘗祭の稲穂の上にくだったことである。
  • (一三)堅固なゆき。矢を入れて背負せおう。
  • (一四)柄の頭がコブになっている大刀。じつは石器だろう。
  • (一五)外国に向かって笠紗の御前へ筋が通って。カササの御前は、鹿児島県川辺郡かわなべぐんの岬。高千穂の岳の所在をその方面にありとする伝えからきたのであろう。

   猿女さるめきみ


 かれここに天の宇受売うずめみことりたまわく、「この御前に立ちて仕えまつれる猿田さるた毘古の大神は、もはら〔もっぱら〕あらわし申せるいまし送りまつれ。またその神の御名は、いまし負いて仕えまつれ」とのりたまいき。ここをもちて猿女さるめきみら、その猿田毘古の男神の名を負いて、おみな猿女さるめきみ(一)と呼ぶことこれなり。かれその猿田毘古の神、阿耶訶(二)にましまししときに、すなどりして、比良夫ひらぶ(三)にその手をい合わさえて海水うしおにおぼれたまいき。かれその底に沈みいたまうときの名を、そこどく御魂みたま(四)といい、その海水のつぶたつときの名を、つぶ立つ御魂みたまといい、そのあわ咲くときの名を、あわ御魂みたまという。
 ここに猿田毘古の神を送りて、かえりいたりて、すなわちことごとにはたの広物、はた(五)を追いあつめて問いていわく、いましは天つ神の御子に仕えまつらんや」と問うときに、もろもろの魚どもみな「仕えまつらん」ともうすうちに、海鼠もうさず。ここに天の宇受売みこと海鼠にいいて、「この口や答えせぬ口」といいて、紐小刀ひもがたなもちてその口をきき。かれ今に海鼠の口けたり。ここをもちて、御世みよみよ、島の速贄はやにえ(六)たてまつるときに、猿女さるめきみらにたまうなり。

  •  (一)猿女の君は朝廷にあって、神事その他に奉仕した。
  •  (二)三重県一志郡いちしぐん
  •  (三)不明。月日貝つきひがいだともいう。
  •  (四)海底につく神霊。
  •  (五)大小の魚。
  •  (六)志摩の国からたてまつる海産のたてまつり物。

   はな佐久夜毘売さくやびめ


 ここにあま日高日子番邇邇芸ににぎみこと笠紗かささ御前みさきに、かおよ美人おとめいたまいき。ここに、むすめぞ」と問いたまえば、答えもうさく、大山津見おおやまつみの神の女、名は神阿多都かむ比売(一)。またの名ははな佐久夜毘売ともうす」ともうしたまいき。また「いまし兄弟はらからありや」と問いたまえば答えもうさく、「わが姉石長いわなが比売あり」ともうしたまいき。ここにりたまわく、いまし目合まぐわいせんと思うはいかに」とのりたまえば答えもうさく、はえもうさじ。が父大山津見おおやまつみの神ぞもうさん」ともうしたまいき。かれその父大山津見の神にいにつかわししときに、いたくよろこびて、その姉石長いわなが比売をそえて、百取ももとり机代つくえしろの物(二)を持たしめてたてまつりしき。かれここにその姉は、いとみにくきによりて、見かしこみて、返し送りたまいて、ただそのおとはな佐久夜毘売をとどめて、一宿ひとよみとあたわしつ。ここに大山津見の神、石長いわなが比売を返したまえるによりて、いたくじて、もうし送りてもうさく、が女二人ならべたてまつれるゆえは、石長比売をつかわしては、天つ神の御子のみいのちは、雪り風吹くとも、つねにいわのごとく、常磐ときわ堅磐かきわに動きなくましまさん。またはな佐久夜さくや毘売をつかわしては、木の花の栄ゆるがごと栄えまさんと、うけいてたてまつりき。ここに今石長いわなが比売を返さしめて、はな佐久夜さくや毘売をひとりとどめたまいつれば、天つ神の御子の御寿みいのちは、木の花のあまいのみましまさんとす」ともうしき。かれここをもちて今に至るまで、天皇すめらみことたちの御命みいのち長くまさざるなり。
 かれ後にはな佐久夜さくや毘売、まい出てもうさく、はらみて、今こうむときになりぬ。こは天つ神の御子、ひそかに産みまつるべきにあらず。かれもうす」ともうしたまいき。ここにりたまわく、「佐久夜毘売、一宿ひとよにやはらめる。こはわが子にあらじ。かならず国つ神の子にあらん」とのりたまいき。ここに答えもうさく、「わがはらめる子、もし国つ神の子ならば、こうむときさきくあらじ。もし天つ神の御子にまさば、さきくあらん」ともうして、すなわち戸なし八尋殿やひろどの(三)を作りて、その殿内とのぬちに入りて、はにもちて塗りふたぎて、産むときにあたりて、その殿に火をつけて(四)産みたまいき。かれその火のさかりにゆるときに、れませる子の名は、火照ほでりみこと〈こは隼人はやと、阿多の君の祖なり。つぎにれませる子の名は火須勢理ほすせりみこと(五)、つぎに生れませる子の御名は火遠理ほおりみこと(六)、またの名はあま日高日子穂穂出見みこと〈三柱〉

  •  (一)アタは地名。鹿児島県日置郡ひおきぐん
  •  (二)多数の机上に乗せる物。
  •  (三)戸のない大きな家屋。分娩ぶんべんのために特に家を作り、その中に入って周囲を塗りふさぐ。
  •  (四)出産後にその産屋うぶやを焼く風習のあるのを、このように表現している。
  •  (五)火のおとろえる意の名。
  •  (六)火のしずまる意の名。

  〔七、日子穂穂出見みこと

   海幸うみさち山幸やまさち


 かれ火照ほでりみことは、海佐知うみさち毘古(一)として、はたの広物・はた物をとり、火遠理ほおりみこと山佐知やまさち毘古として、毛のあら物・毛のにこ(二)を取りたまいき。ここに火遠理みこと、そのいろせ火照ほでりみことに、「おのもおのも幸えてもちいん」といて、三度わししかども、ゆるさざりき。しかれどもついにわずかにええたまいき。ここに火遠理ほおりみこと海幸うみさち(三)をもちてらすに、ふつに〔まったく〕一つのだに得ず、またそのつりばりをも海にうしないたまいき。ここにそのいろせ火照ほでりみことそのつりばりいて、山幸やまさちもおのが幸幸。海幸もおのが幸幸。今はおのもおのも幸返さん」というときに、そのいろと火遠理ほおりみこと答えていわく、みましつりばりは、りしに一つのだに得ずて、ついに海にうしないつ」ともうしたまえども、そのいろせあながちに〔強引に〕はたりき。かれそのいろと御佩はかしの十拳とつかつるぎをやぶりて、五百鉤いおはりを作りて、つぐのいたまえども取らず、また一千鉤ちはりを作りて、つぐのいたまえども受けずして、「なおそのもとのつりばりを得ん」といいき。
 ここにそのいろと、泣きわずらえて海辺うみべたにいまししときに、塩椎しおつちの神(四)来て問いていわく、「いかにぞ虚空津日高火遠理ほおりみこと、山幸彦の別名〕(五)の泣きわずらえたまう所由ゆえは」と問えば、答えたまわく、いろせつりばりをかえて、そのつりばりうしないつ。ここにそのつりばりえば、あまたのつりばりつぐのえども受けずて、なおそのもとのつりばりを得んという。かれ泣きわずらう」とのりたまいき。ここに塩椎しおつちの神、いましみことのために、よきたばかりせん」といいて、すなわちなし勝間かつまの小船(六)をつくりて、その船に載せまつりて、教えてもうさく、、この船を押し流さば、ややしまし〔しばし〕いでまさば、御路みちあらん。すなわちその道に乗りていでましなば、魚鱗いろこのごと造れる宮室みや(七)、それ綿津見わたつみの神の宮なり。その神の御門みかどにいたりたまわば、そばの井の上に湯津香木かつ(八)あらん。かれその木の上にましまさば、そのわたの神の女、見てはからんものぞ」と教えまつりき。
 かれ教えしまにまに、すこしでましけるに、つぶさにその言いのごとくなりき。すなわちその香木かつらに登りてまします。ここにわたの神の女豊玉毘売とよたまびめ従婢まかだち玉�たまもい(九)を持ちて、水まんとするときに、井にかげあり。あおぎ見れば、うるわしき壮夫おとこあり。いとあやしとおもいき。ここに火遠理ほおりみこと、そのまかだちを見て、「水をたまえ」といたまう。まかだちすなわち水をみて、玉�たまもいに入れてたてまつる。ここに水をば飲まさずして、御首のたまを解かして、口にふふみてその玉�たまもいつばき入れたまいき。ここにそのたまもいにつきて(一〇)まかだちたまをえ離たず、かれ着きながらにして豊玉毘売とよたまびめみことにたてまつりき。ここにそのたまを見て、まかだちに問いていわく、「もしかどに人ありや」と問いしかば、答えていわく、「わが井の上の香木かつらの上に人います。いとうるわしき壮夫おとこなり。わが王にもまさりていと貴し。かれその人水をわしつ。かれ水をたてまつりしかば、水を飲まさずて、このたまつばき入れつ。これへ離たざれば、入れしまにまち来てたてまつる」ともうしき。ここに豊玉毘売とよたまびめみことあやしと思おして、出で見て見感でて、目合まぐわいして、その父にもうしていわく、「わがかどにうるわしき人あり」ともうしたまいき。ここにわたの神みずから出で見て、「この人は、天つ日高の御子、虚空そら日高ひこなり」といいて、すなわち内にひきいて入れまつりて、海驢みちの皮の畳八重(一一)を敷き、またきぬ畳八重(一二)をその上に敷きて、その上にせまつりて、百取ももとり机代つくえしろの物をそなえて、御饗みあえして、その女豊玉とよたま毘売にわせまつりき。かれ三年(一三)に至るまで、その国に住みたまいき。
 ここに火遠理ほおりみこと、そのはじめのことを思おして、大きなるなげ〔ためいき〕一つしたまいき。かれ豊玉とよたま毘売の命、その嘆きを聞かして、その父にもうして言わく、「三年住みたまえども、つねはなげかすこともなかりしに、今夜こよい大きなるなげき一つしたまいつるは、けだし、いかなるゆえかあらん」ともうしき。かれ、その父の大神、そのむこの夫に問いていわく、今旦けさ、わがむすめの語るを聞けば、三年ましませども、つねはなげかすこともなかりしに、今夜大きなるなげきしたまいつともうす。けだし故ありや。また此間ここに来ませるゆえはいかに」と問いまつりき。ここにその大神に語りて、つぶさにそのいろせせにしつりばりはたれるさまのごと語りたまいき。ここをもちて海の神、ことごとにはたの広物、鰭の狭物さものつどえて問いていわく、「もしこのつりばりを取れる魚ありや」と問いき。かれ、もろもろの魚どももうさく、「このごろ赤海�魚ぞ、のみとのぎ(一四)ありて、物え食わずとうれえ言える。かれ、かならずこれが取りつらん」ともうしき。ここに赤海�魚のみとを探りしかば、つりばりあり。すなわち取り出でて清洗すすぎて、火遠理ほおりみことにたてまつるときに、その綿津見わたつみの大神おしえてもうさく、「このつりばりをそのいろせたまうときに、のりたまわんさまは、このつりばりは、淤煩鉤おぼち須須鉤すすち貧鉤まぢち宇流鉤うるちといいて(一五)後手しりえで(一六)にたまえ。しかしてその兄高田あげだを作らば、みこと下田くぼだつくりたまえ。その兄下田くぼだを作らば、みことは高田をつくりたまえ(一七)しかしたまわば、水をれば、三年の間にかならずそのいろせ貧しくなりなん。もしそれしかしたまうことをうらみて攻め戦わば、しおたま(一八)を出しておぼらし、もしそれうれえもうさば、しおたまを出していかし、かく惚苦たしなめたまえ」ともうして、塩盈しおみつ珠、塩乾しおふる珠あわせて両箇ふたつをさずけまつりて、すなわちことごとにワニどもをよびつどえて、問いていわく、「今、天つ日高の御子虚空そら日高ひこうわくに(一九)でまさんとす。たれは幾日に送りまつりて、かえりごともうさん」と問いき。かれ、おのもおのもおのが身の尋長たけのまにまに、日をかぎりてもうすうちに、一尋ひとひろワニ(二〇)もうさく、は一日に送りまつりて、やがてかえり来なん」ともうしき。かれここにその一尋ひとひろワニにりたまわく、「しからばいまし送りまつれ。もしわた中をわたるときに、な惶畏かしこませまつりそ」とのりて、すなわちそのワニの首に載せまつりて、送り出しまつりき。かれちぎりしがごと一日のうちに送りまつりき。そのワニ返りなんとするときに、はかせる紐小刀ひもがたな(二一)を解かして、その首につけて返したまいき。かれその一尋ひとひろワニは、今に佐比持さひもちの神(二二)という。
 ここをもちてつぶさにわたの神の教えし言いのごとく、そのつりばりをあたえたまいき。かれそれより後、いよよ貧しくなりて、さらに荒き心をおこして迫め。攻めんとするときは、塩盈しおみつ珠を出しておぼらし、それうれえもうせば、塩乾しおふる珠を出して救い、かく惚苦たしなめたまいしときに、稽首のみもうさく、は今よ以後のちみこと昼夜よるひる守護人まもりびととなりて仕えまつらん」ともうしき。かれ今にいたるまで、そのおぼれしときの種々のわざ、たえず仕えまつるなり(二三)

  •  (一)海の幸のある男。サチは威力で、道具にやどっておりサチを有する者が獲物えものが多いのである。
  •  (二)獣類と鳥類。
  •  (三)海のサチのやどっている釣り針。
  •  (四)海水の神霊。諸国の海岸にうちよせるので、物知りだとする。
  •  (五)日子穂穂出見みこと
  •  (六)すきまのないカゴの船。実際的には竹の類でんで樹脂をぬって作った船であり、思想的には神の乗り物である。
  •  (七)魚のうろこのように作った宮殿。瓦ぶきの家で、大陸の建築が想像されている。
  •  (八)井のそばの樹木に神が降るのは、信仰にもとづくきまった型である。
  •  (九)美しいわん
  • (一〇)水をくんだわんに、樹上にいた神の霊がついたのである。
  • (一一)海獣アシカの皮の敷物しきものを八重にかさねて。
  • (一二)織ったままの絹の敷物しきもの八重をかさねて。
  • (一三)この種の説話に出るきまった年数。浦島も龍宮に三年いたという。
  • (一四)のどにささった骨があって。
  • (一五)つりばりを悪く言ってサチを離れさせるのである。ぼんやりばり、すさみばり、貧乏ばり、愁苦のはり
  • (一六)手をうしろにしてあげなさい。呪術の意味である。
  • (一七)毎年土地を選定して耕作するので、水の多い年には高田を作るに利あり、水のない年はその反対である。
  • (一八)海は潮が満ち干するので、海の神は水のさしひきをつかさどるとし、それはその力を有する玉を持っているからと考えた。動詞るは古くは上二段活で、連体形はフル。
  • (一九)人間の世界。上方にあると考えた。
  • (二〇)人が左右に手をひろげた長さのワニ。ワニは三九ページ「大国主の神」の「兎とワニ」参照。
  • (二一)ひものついている小刀。
  • (二二)すきを持っている神。サヒはすきであり武器でもある。
  • (二三)隼人はやとが乱舞をして宮廷に仕えることの起原説明。隼人舞はやとまいはその種族の独自の舞いであるのをおぼれるさまのまねとして説明した。

   豊玉毘売とよたまびめみこと


 ここにわたの神の女豊玉とよたま毘売のみこと、みずからまい出てもうさく、あれすでにはらめるを、今こうむときになりぬ。こをおもうに、天つ神の御子、海原に生みまつるべきにあらず、かれまい出きつ」ともうしき。ここにすなわちその海辺の波限なぎさに、の羽を葺草かやにして、産殿うぶやをつくりき。ここにその産殿うぶや、いまだき合えねば、御腹のきにえざりければ、産殿に入りましき。ここに産みますときにあたりて、その日子ひこ(一)ぢにもうして言わく、「およそあだし国の人は、こうむときになりては、もとつ国の形になりて生むなり。かれ、あれも今、もとの身になりて産まんとす。願わくはあれをな見たまいそ」ともうしたまいき(二)。ここにその言いをあやしと思おして、そのまさに産みますを伺見かきまみたまえば、八尋ワニになりて、匍匐いもこよいき(三)。すなわち見驚きかしこみて、逃げ退きたまいき。ここに豊玉とよたま毘売のみこと、その伺見かきまみたまいしことを知りて、うらやさしと思おして、その御子を生み置きてもうさく、あれ、つねは海道うみつじを通して、通わんと思いき。しかれどもわが形を伺見かきまみたまいしが、いとはずかしきこと」ともうして、すなわち海坂うなさかきて、返り入りたまいき。ここをもちてそのみませる御子に名づけて、あま日高日子波限建鵜葺草葺合なぎたけふきえずのみことともうす。しかれども後には、その伺見かきまみたまいし御心をうらみつつも、うる心にええずして、その御子をひたしまつるよしによりて、そのいろと玉依毘売につけて、歌たてまつりたまいき。その歌、

赤玉は さえひかれど、
白玉の 君がよそい(四)
貴くありけり。〔歌謡番号八〕

 かれその日子ひこぢ答え歌よみしたまいしく、

おきつ鳥(五) かもく島に
わが率寝いねし 妹は忘れじ。
世のことごとに。〔歌謡番号九〕

 かれ日子穂穂出見みことは、高千穂の宮に五百いおちまり八拾歳やそとせましましき。御はかはその高千穂の山の西にあり。

  •  (一)ヒコホホデミの命。
  •  (二)この種の説話の要素の一つである女子の命ずる禁止であり、男子がその禁を破ることによって別離になる。イザナミの命の黄泉訪問の神話にもこれがあった。
  •  (三)大きなワニになってはいまわった。
  •  (四)白玉のような君の容儀。下のシは強意の助詞。
  •  (五)説明による枕詞。

  〔八、鵜葺草葺合ふきえずのみこと


 このあま日高日子波限建鵜葺草葺合なぎたけふきえずのみこと、そのみおば玉依毘売のみこといて、生みませる御子の名は、五瀬いつせみこと、つぎに稲氷いなひみこと、つぎに御毛沼みけぬみこと、つぎに若御毛沼わかみけぬみこと〔神武天皇〕(一)、またの名は豊御毛沼とよみけぬみこと、またの名は神倭伊波礼毘古かむやまとみこと(二)〈四柱〉。かれ御毛沼みけぬみことは、波の穂をみて、常世の国に渡りまし、稲氷いなひみことは、ははの国(三)として、海原に入りましき。

  •  (一)神武天皇。神武天皇の称は漢風の諡号しごうといい、奈良時代にたてまつったもの。
  •  (二)大和の国の磐余いわれの地においでになった御方おかたの意。
  •  (三)き母、豊玉毘売の国。

古事記 上つ卷
(つづく)



底本:「古事記」角川文庫、角川書店
   1956(昭和31)年5月20日初版発行
   1965(昭和40)年9月20日20版発行
底本の親本:「眞福寺本」
※底本は校注が脚註の形で配置されています。このファイルでは校註者が追加した標題ごとに、書き下し文、校注の順序で編成しました。
※(一)〜(五五)は注釈番号です。底本では、直前の文字の右横に、ルビのように漢数字のみ付いています。このファイルでは本文の漢数字との混同を避けるため(漢数字)で表しました。
〔 〕は底本の親本にはないもので、校註者が補った箇所を表します。
※頁数を引用している箇所には校註者が追加した標題を注記しました。
入力:川山隆
校正:しだひろし
YYYY年MM月DD日作成
青空文庫作成ファイル:
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校註『古事記』(三)

稗田の阿礼、太の安万侶
武田祐吉注釈校訂

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)上《かみ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)神|蕃息《はんそく》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「二点しんにょう+貌」、第3水準1-92-58]
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[#3字下げ]〔五、天照らす大御神と大國主の神〕[#「〔五、天照らす大御神と大國主の神〕」は中見出し]

[#5字下げ]〔天若日子〕[#「〔天若日子〕」は小見出し]
 天照らす大御神の命もちて、「豐葦原の千秋《ちあき》の長五百秋《ながいほあき》の水穗《みづほ》の國(一)は、我が御子|正勝吾勝勝速日《まさかあかつかちはやひ》天の忍穗耳《おしほみみ》の命の知らさむ國」と、言依《ことよ》さしたまひて、天降《あまくだ》したまひき。ここに天の忍穗耳の命、天の浮橋に立たして詔りたまひしく、「豐葦原の千秋の長五百秋の水穗の國は、いたくさやぎてありなり(二)」と告《の》りたまひて、更に還り上りて、天照らす大御神にまをしたまひき。ここに高御産巣日《たかみむすび》の神(三)、天照らす大御神の命もちて、天の安の河の河原に八百萬の神を神集《かむつど》へに集へて、思金の神に思はしめて詔りたまひしく、「この葦原の中つ國(四)は、我が御子の知らさむ國と、言依さしたまへる國なり。かれこの國にちはやぶる荒ぶる國つ神(五)どもの多《さは》なると思ほすは、いづれの神を使はしてか言趣《ことむ》けなむ」とのりたまひき。ここに思金の神また八百萬の神|等《たち》議りて白さく、「天の菩比《ほひ》の神(六)、これ遣はすべし」とまをしき。かれ天の菩比の神を遣はししかば、大國主の神に媚びつきて、三年に至るまで復奏《かへりごと》まをさざりき。
 ここを以ちて高御産巣日の神、天照らす大御神、また諸の神たちに問ひたまはく、「葦原の中つ國に遣はせる天の菩比の神、久しく復奏《かへりごと》まをさず、またいづれの神を使はしてば吉《え》けむ」と告りたまひき。ここに思金の神答へて白さく、「天津國玉《あまつくにだま》の神(七)の子|天若日子《あめわかひこ》(八)を遣はすべし」とまをしき。かれここに天《あめ》の麻迦古弓《まかこゆみ》(九)天の波波矢《ははや》(一〇)を天若日子に賜ひて遣はしき。ここに天若日子、その國に降り到りて、すなはち大國主の神の女|下照《したて》る比賣《ひめ》に娶《あ》ひ、またその國を獲むと慮《おも》ひて、八年に至るまで復奏《かへりごと》まをさざりき。
 かれここに天照らす大御神、高御産巣日の神、また諸の神《かみ》たちに問ひたまはく、「天若日子久しく復奏《かへりごと》まをさず、またいづれの神を遣はして、天若日子が久しく留まれる所由《よし》を問はむ」とのりたまひき。ここに諸の神たちまた思金の神答へて白さく、「雉子《きぎし》名《な》鳴女《なきめ》(一一)を遣はさむ」とまをす時に、詔りたまはく、「汝《いまし》行きて天若日子に問はむ状は、汝を葦原の中つ國に遣はせる所以《ゆゑ》は、その國の荒ぶる神たちを言趣《ことむ》け平《やは》せとなり。何ぞ八年になるまで、復奏まをさざると問へ」とのりたまひき。
 かれここに鳴女《なきめ》、天より降《お》り到りて、天若日子が門なる湯津桂《ゆつかつら》(一二)の上に居て、委曲《まつぶさ》に天つ神の詔命《おほみこと》のごと言ひき。ここに天《あめ》の佐具賣《さぐめ》(一三)、この鳥の言ふことを聞きて、天若日子に語りて、「この鳥はその鳴く音《こゑ》いと惡し。かれみづから射たまへ」といひ進めければ、天若日子、天つ神の賜へる天の波士弓《はじゆみ》天の加久矢《かくや》(一四)をもちて、その雉子《きぎし》を射殺しつ。ここにその矢雉子の胸より通りて逆《さかさま》に射上げて、天の安の河の河原にまします天照らす大御神|高木《たかぎ》の神(一五)の御所《みもと》に逮《いた》りき。この高木の神は、高御産巣日の神の別《また》の名《みな》なり。かれ高木の神、その矢を取らして見そなはせば、その矢の羽に血著きたり。ここに高木の神告りたまはく、「この矢は天若日子に賜へる矢ぞ」と告りたまひて、諸の神たちに示《み》せて詔りたまはく、「もし天若日子、命《みこと》を誤《たが》へず、惡《あら》ぶる神を射つる矢の到れるならば、天若日子にな中《あた》りそ。もし邪《きたな》き心あらば、天若日子この矢にまがれ(一六)」とのりたまひて、その矢を取らして、その矢の穴より衝き返し下したまひしかば、天若日子が、朝床(一七)に寢たる高胸坂《たかむなさか》に中りて死にき。[#割り注]こは還矢の本なり。[#割り注終わり]またその雉子《きぎし》還らず。かれ今に諺に雉子の頓使《ひたづかひ》(一八)といふ本これなり。
 かれ天若日子が妻《め》下照《したて》る比賣《ひめ》の哭《な》く聲、風のむた(一九)響きて天に到りき。ここに天なる天若日子が父|天津國玉《あまつくにたま》の神、またその妻子《めこ》(二〇)ども聞きて、降り來て哭き悲みて、其處に喪屋《もや》(二一)を作りて、河鴈を岐佐理持《きさりもち》(二二)とし、鷺《さぎ》を掃持《ははきもち》(二三)とし、翠鳥《そにどり》を御食人《みけびと》(二四)とし、雀を碓女《うすめ》(二五)とし、雉子を哭女《なきめ》とし、かく行ひ定めて、日|八日《やか》夜|八夜《やよ》を遊びたりき(二六)。
 この時|阿遲志貴高日子根《あぢしきたかひこね》の神|到《き》まして、天若日子が喪《も》を弔ひたまふ時に、天より降《お》り到れる天若日子が父、またその妻みな哭きて、「我が子は死なずてありけり」「我が君は死なずてましけり」といひて、手足に取り懸かりて、哭き悲みき。その過《あやま》てる所以《ゆゑ》は、この二柱の神の容姿《かたち》いと能く似《の》れり。かれここを以ちて過てるなり。ここに阿遲志貴高日子根の神、いたく怒りていはく、「我は愛《うるは》しき友なれ(二七)こそ弔ひ來つらくのみ。何ぞは吾を、穢き死《しに》人に比《そ》ふる」といひて、御佩《みはかし》の十|掬《つか》の劒を拔きて、その喪屋《もや》を切り伏せ、足もちて蹶《く》ゑ離ち遣りき。こは美濃の國の藍見《あゐみ》河(二八)の河上なる喪山《もやま》といふ山なり。その持ちて切れる大刀の名は大量《おほばかり》といふ。またの名は神度《かむど》の劒といふ。かれ阿治志貴高日子根の神は、忿《いか》りて飛び去りたまふ時に、その同母妹《いろも》高比賣《たかひめ》の命、その御名を顯さむと思ほして歌ひたまひしく、
[#ここから2字下げ]
天なるや(二九) 弟棚機《おとたなばた》(三〇)の
うながせる 玉の御統《みすまる》(三一)、
御統に あな玉はや(三二)。
み谷《たに》 二《ふた》わたらす(三三)
阿遲志貴高日子根《あぢしきたかひこね》の神ぞ。  (歌謠番號七)
[#ここで字下げ終わり]
 この歌は夷振《ひなぶり》(三四)なり。

(一) 日本國の美稱。ゆたかな葦原で永久に穀物のよく生育する國の義。
(二) たいへん騷いでいる。アリナリは古い語法。ラ行變格動詞の終止形にナリが接續している。
(三) この神が加わるのは思想的な意味からである。
(四) 日本國。葦原の中心である國。
(五) 暴威を振う亂暴な土地の神。
(六) 誓約の條に出現した神。出雲氏の祖先神で、出雲氏の方ではよく活躍したという。古事記日本書紀は中臣氏系統の傳來が主になつているのでわるくいう。
(七) 天の土地の神靈。
(八) 天から來た若い男。傳説上の人物として後世の物語にも出る。
(九) 鹿の靈威のついている弓。
(一〇) 大きな羽をつけた矢。
(一一) キギシの鳥名はその鳴聲によつていう。よつて逆にその名を鳴く女の意にいう。
(一二) 神聖な桂樹。野鳥である雉子などが門口の樹に來て鳴くのを氣にして何かのしるしだろうとする。
(一三) 實相を探る女。巫女で鳥の鳴聲などを判斷する。
(一四) 前に出た弓矢。ハジ弓はハジの木の弓。カク矢は鹿兒矢で鹿の靈威のついている矢。
(一五) タカミムスビの神の神靈の宿る所についていうのだろう。
(一六) 曲れで、災難あれの意になる。
(一七) 胡床《あぐら》とする傳えもある。
(一八) ひたすらの使、行つたきりの使。
(一九) 風と共に。
(二〇) 天における天若日子の妻子。
(二一) 葬式は別に家を作つて行う風習である。
(二二) 食物を入れた器を持つて行く者。
(二三) ホウキで穢を拂う意である。
(二四) 食物を作る人。
(二五) 臼でつく女。
(二六) 葬式の時に連日連夜歌舞してけがれを拂う風習である。
(二七) 友だちだから。
(二八) 岐阜縣長良川の上流。
(二九) ヤは間投の助詞。
(三〇) 若い機おり姫。機おりは女子の技藝として尊ばれていた。
(三一) 頸にかけている緒に貫いた玉。
(三二) 大きな珠。ハヤは感動を示す。
(三三) 谷を二つ同時に渡る。ミは美稱。
(三四) 歌曲の名。

[#5字下げ]〔國讓り〕[#「〔國讓り〕」は小見出し]
 ここに天照らす大御神の詔りたまはく、「またいづれの神を遣はして吉《え》けむ」とのりたまひき。ここに思金の神また諸の神たち白さく、「天の安の河の河上の天の石屋《いはや》にます、名は伊都《いつ》の尾羽張《をはばり》の神(一)、これ遣はすべし。もしまたこの神ならずは、その神の子|建御雷《たけみかづち》の男《を》の神、これ遣はすべし。またその天の尾羽張の神は、天の安の河の水を逆《さかさま》に塞《せ》きあげて、道を塞き居れば、他《あだ》し神はえ行かじ。かれ別《こと》に天の迦久《かく》の神(二)を遣はして問ふべし」とまをしき。
 かれここに天の迦久の神を使はして、天の尾羽張の神に問ひたまふ時に答へ白さく、「恐《かしこ》し、仕へまつらむ。然れどもこの道には、僕《あ》が子建御雷の神(三)を遣はすべし」とまをして、貢進《たてまつ》りき。
 ここに天の鳥船の神(四)を建御雷の神に副へて遣はす。ここを以ちてこの二神《ふたはしらのかみ》、出雲の國の伊耶佐《いざさ》の小濱《をはま》(五)に降り到りて、十掬《とつか》の劒を拔きて浪の穗に逆に刺し立てて(六)、その劒の前《さき》に趺《あぐ》み坐《ゐ》て、その大國主の神に問ひたまひしく、「天照らす大御神高木の神の命もちて問の使せり。汝《な》が領《うしは》ける葦原の中つ國に、我《あ》が御子の知らさむ國と言よさしたまへり。かれ汝が心いかに」と問ひたまひき。ここに答へ白さく、「僕《あ》はえ白さじ。我が子|八重言代主《やへことしろぬし》の神(七)これ白すべし。然れども鳥の遊漁《あそびすなどり》(八)して、御大《みほ》の前《さき》に往きて、いまだ還り來ず」とまをしき。かれここに天の鳥船の神を遣はして、八重事代主の神を徴《め》し來て、問ひたまふ時に、その父の大神に語りて、「恐《かしこ》し。この國は天つ神の御子に獻《たてまつ》りたまへ」といひて、その船を蹈み傾けて、天の逆手《さかて》を青柴垣《あをふしがき》にうち成して、隱りたまひき(九)。
 かれここにその大國主の神に問ひたまはく、「今汝が子事代主の神かく白しぬ。また白すべき子ありや」ととひたまひき。ここにまた白さく、「また我が子|建御名方《たけみなかた》の神(一〇)あり。これを除《お》きては無し」と、かく白したまふほどに、その建御名方の神、千引の石(一一)を手末《たなすゑ》に※[#「敬/手」、第3水準1-84-92]《ささ》げて來て、「誰《た》そ我が國に來て、忍《しの》び忍びかく物言ふ。然らば力競べせむ。かれ我《あれ》まづその御手を取らむ(一二)」といひき。かれその御手を取らしむれば、すなはち立氷《たちび》に取り成し(一三)、また劒刃《つるぎは》に取り成しつ。かれここに懼《おそ》りて退《そ》き居り。ここにその建御名方の神の手を取らむと乞ひ歸《わた》して取れば、若葦を取るがごと、※[#「てへん+縊のつくり」、58-本文-5]《つか》み批《ひし》ぎて、投げ離ちたまひしかば、すなはち逃げ去《い》にき。かれ追ひ往きて、科野《しなの》の國の洲羽《すは》の海(一四)に迫《せ》め到りて、殺さむとしたまふ時に、建御名方の神白さく、「恐《かしこ》し、我《あ》をな殺したまひそ。この地《ところ》を除《お》きては、他《あだ》し處《ところ》に行かじ。また我が父大國主の神の命に違はじ。八重事代主の神の言《みこと》に違はじ。この葦原の中つ國は、天つ神の御子の命のまにまに獻らむ」とまをしき。
 かれ更にまた還り來て、その大國主の神に問ひたまひしく、「汝が子ども事代主の神、建御名方の神|二神《ふたはしら》は、天つ神の御子の命のまにまに違はじと白しぬ。かれ汝《な》が心いかに」と問ひたまひき。ここに答へ白さく、「僕《あ》が子ども二神の白せるまにまに、僕《あ》も違はじ。この葦原の中つ國は、命のまにまに既に獻りぬ。ただ僕が住所《すみか》は、天つ神の御子の天つ日繼知らしめさむ、富足《とだ》る天の御巣《みす》の如(一五)、底つ石根に宮柱太しり、高天の原に氷木《ひぎ》高しりて治めたまはば、僕《あ》は百《もも》足らず(一六)八十※[#「土へん+炯のつくり」、第3水準1-15-39]手《やそくまで》に隱りて侍《さもら》はむ(一七)。また僕が子ども百八十神《ももやそがみ》は八重事代主の神を御尾|前《さき》(一八)として仕へまつらば、違ふ神はあらじ」と、かく白して出雲の國の多藝志《たぎし》の小濱《をばま》(一九)に、天の御舍《みあらか》(二〇)を造りて、水戸《みなと》の神の孫《ひこ》櫛八玉《くしやたま》の神|膳夫《かしはで》(二一)となりて、天つ御饗《みあへ》(二二)獻る時に、祷《ほ》ぎ白して、櫛八玉の神鵜に化《な》りて、海《わた》の底に入りて、底の埴《はこ》[#「はこ」は底本のまま]を咋《く》ひあがり出でて(二三)、天の八十|平瓮《びらか》(二四)を作りて、海布《め》の柄《から》を鎌《か》りて燧臼《ひきりうす》に作り、海※[#「くさかんむり/溥のつくり」、59-本文-4]《こも》の柄を燧杵《ひきりぎね》に作りて、火を鑽《き》り出でて(二五)まをさく、「この我が燧《き》れる火は、高天の原には、神産巣日御祖《かむむすびみおや》の命の富足《とだ》る天の新巣《にひす》の凝烟《すす》の八拳《やつか》垂るまで燒《た》き擧げ(二六)、地《つち》の下は、底つ石根に燒き凝《こら》して、※[#「木+孝」の「子」に代えて「丁」、第4水準2-14-59]繩《たくなは》の千尋繩うち延《は》へ(二七)、釣する海人《あま》が、口大の尾翼鱸《をはたすずき》(二八)さわさわに控《ひ》きよせ騰《あ》げて、拆《さき》竹のとををとををに(二九)、天の眞魚咋《まなぐひ》(三〇)獻る」とまをしき。かれ建御雷の神返りまゐ上りて、葦原の中つ國を言向《ことむ》け平《やは》しし状をまをしき。

(一) イザナギの命の劒の神靈。水神。二四頁[#「二四頁」は「伊耶那岐の命と伊耶那美の命」の「黄泉の國」]參照。
(二) 鹿の神靈。
(三) 二四頁[#「二四頁」は「伊耶那岐の命と伊耶那美の命」の「黄泉の國」]參照。
(四) 二二頁[#「二二頁」は「伊耶那岐の命と伊耶那美の命」の「神々の生成」]參照。
(五) 島根縣出雲市附近の海岸。伊那佐の小濱とする傳えもある。日本書紀に五十田狹之小汀《いたさのをばま》。
(六) 波の高みに劒先を上にして立てて。
(七) 言語に現れる神靈。大事を決するのに神意を伺い、その神意が言語によつて現れたことをこの神の言として傳える。八重は榮える意に冠する。
(八) 鳥を狩すること。
(九) 神意を述べ終つて、海を渡つて來た乘物を傾けて、逆手を打つて青い樹枝の垣に隱れた。逆手を打つは、手を下方に向けて打つことで呪術を行う時にする。青柴垣は神靈の座所。神靈が託宣をしてもとの神座に歸つたのである。
(一〇) 長野縣諏訪郡諏訪神社上社の祭神。この神に關することは日本書紀に無い。插入説話である。
(一一) 千人で引くような巨岩。
(一二) 手のつかみ合いをするのである。
(一三) 立つている氷のように感ずる。
(一四) 長野縣の諏訪湖。
(一五) 天皇がその位におつきになる尊い宮殿のように。神が宮殿造營を請求するのは託宣の定型の一である。
(一六) 枕詞。
(一七) 多くある物のすみに隱れておりましよう。
(一八) 指導者。
(一九) 島根縣出雲市の海岸。
(二〇) 宮殿。出雲大社のこと。その鎭座縁起。
(二一) 料理人。
(二二) 尊い御食事。
(二三) 海底の土を清淨としそれを取つて祭具を作る。
(二四) 多數の平たい皿。
(二五) 海藻の堅い部分を臼と杵とにして摩擦して火を作つて。
(二六) 富み榮える新築の家の煤のように長く垂れるほどに火をたき。
(二七) 楮の長い繩を延ばして。
(二八) 口の大きく、尾ひれの大きい鱸。
(二九) 魚のたわむ形容。さき竹のは枕詞。
(三〇) 尊い御馳走。

[#3字下げ]〔六、邇邇藝の命〕[#「〔六、邇邇藝の命〕」は中見出し]

[#5字下げ]〔天降〕[#「〔天降〕」は小見出し]
 ここに天照らす大御神高木の神の命もちて、太子《ひつぎのみこ》正勝吾勝勝速日《まさかあかつかちはやび》天の忍穗耳《おしほみみ》の命に詔《の》りたまはく、「今葦原の中つ國を平《ことむ》け訖《を》へぬと白す。かれ言よさし賜へるまにまに、降りまして知らしめせ」とのりたまひき。ここにその太子正勝吾勝勝速日天の忍穗耳の命答へ白さく、「僕《あ》は、降りなむ裝束《よそひ》せし間《ほど》に、子|生《あ》れましつ。名は天邇岐志國邇岐志《あめにぎしくににぎし》天《あま》つ日高日子番《ひこひこほ》の邇邇藝《ににぎ》の命、この子を降すべし」とまをしたまひき。この御子は、高木の神の女|萬幡豐秋津師比賣《よろづはたとよあきつしひめ》の命に娶《あ》ひて生みませる子、天の火明《ほあかり》の命、次に日子番《ひこほ》の邇邇藝《ににぎ》の命二柱[#「二柱」は1段階小さな文字]にます。ここを以ちて白したまふまにまに、日子番の邇邇藝の命に詔《みこと》科《おほ》せて、「この豐葦原の水穗の國は、汝《いまし》の知《し》らさむ國なりとことよさしたまふ。かれ命のまにまに天降《あも》りますべし」とのりたまひき。
 ここに日子番の邇邇藝の命、天降《あも》りまさむとする時に、天の八衢《やちまた》(一)に居て、上は高天の原を光《て》らし下は葦原の中つ國を光らす神ここにあり。かれここに天照らす大御神高木の神の命もちて、天の宇受賣《うずめ》の神に詔りたまはく、「汝《いまし》は手弱女人《たわやめ》なれども、い向《むか》ふ神と面勝《おもか》つ神なり(二)。かれもはら汝往きて問はまくは、吾《あ》が御子の天降《あも》りまさむとする道に、誰そかくて居ると問へ」とのりたまひき。かれ問ひたまふ時に、答へ白さく、「僕は國つ神、名は猿田《さるだ》毘古の神なり。出で居る所以《ゆゑ》は、天つ神の御子天降りますと聞きしかば、御前《みさき》に仕へまつらむとして、まゐ向ひ侍《さもら》ふ」とまをしき。
 ここに天《あめ》の兒屋《こやね》の命、布刀玉《ふとだま》の命、天の宇受賣の命、伊斯許理度賣《いしこりどめ》の命、玉《たま》の祖《おや》の命、并せて五伴《いつとも》の緒《を》(三)を支《あか》ち加へて、天降《あも》らしめたまひき。
 ここにその招《を》ぎし(四)八尺《やさか》の勾※[#「王+總のつくり」、第4水準2-80-88]《まがたま》、鏡、また草薙《くさなぎ》の劒、また常世《とこよ》の思金の神、手力男《たぢからを》の神、天の石門別《いはとわけ》の神(五)を副へ賜ひて詔《の》りたまはくは、「これの鏡は、もはら我《あ》が御魂として、吾が御前を拜《いつ》くがごと、齋《いつ》きまつれ。次に思金の神は、前《みまへ》の事《こと》を取り持ちて、政《まつりごと》まをしたまへ(六)」とのりたまひき。
 この二柱の神は、拆く釧《くしろ》五十鈴《いすず》の宮(七)に拜《いつ》き祭る。次に登由宇氣《とゆうけ》の神、こは外《と》つ宮の度相《わたらひ》にます神(八)なり。次に天の石戸別《いはとわけ》の神、またの名は櫛石※[#「窗/心」、第3水準1-89-54]《くしいはまど》の神といひ、またの名は豐《とよ》石※[#「窗/心」、第3水準1-89-54]の神(九)といふ。この神は御門《みかど》の神なり。次に手力男の神は、佐那《さな》の縣《あがた》にませり。
 かれその天の兒屋の命は、中臣の連等が祖。布刀玉の命は、忌部の首等《おびとら》が祖。天の宇受賣の命は猿女《さるめ》の君等が祖。伊斯許理度賣の命は、鏡作の連等が祖。玉の祖の命は、玉の祖の連等が祖なり。
 かれここに天の日子番の邇邇藝の命、天の石位《いはくら》を離れ、天の八重多那雲《やへたなぐも》を押し分けて、稜威《いつ》の道《ち》別き道別きて(一〇)、天の浮橋に、浮きじまり、そりたたして(一一)、竺紫《つくし》の日向《ひむか》の高千穗の靈《く》じふる峰《たけ》(一二)に天降《あも》りましき。
 かれここに天の忍日《おしひ》の命|天《あま》つ久米《くめ》の命|二人《ふたり》、天の石靫《いはゆき》(一三)を取り負ひ、頭椎《くぶつち》の大刀(一四)を取り佩き、天の波士弓《はじゆみ》を取り持ち、天の眞鹿兒矢《まかごや》を手挾《たばさ》み、御前《みさき》に立ちて仕へまつりき。かれその天の忍日の命、こは大伴《おほとも》の連《むらじ》等が祖。天つ久米の命、こは久米の直等が祖なり。
 ここに詔りたまはく、「此地《ここ》は韓國に向ひ笠紗《かささ》の御前《みさき》にま來通りて(一五)、朝日の直《ただ》刺《さ》す國、夕日の日照《ひで》る國なり。かれ此地《ここ》ぞいと吉き地《ところ》」と詔りたまひて、底つ石根に宮柱太しり、高天の原に氷椽《ひぎ》高しりてましましき。

(一) 天上のわかれ道。
(二) 相對する神に顏で勝つ神だ。
(三) 五つの部族。トモノヲは人々の團體。この五神以下多くは皆天の岩戸の神話に出て、兩者の密接な關係にあることを示す。
(四) 岩戸の神話で天照らす大神を招いだ。
(五) 岩戸の神話における岩屋戸の神格。
(六) 天皇の御前にあつて政治をせよ。智惠思慮の神靈だからこのようにいう。
(七) 伊勢神宮の内宮。サククシロは、口のわれた腕輪の意で枕詞。
(八) 伊勢神宮の外宮。トユウケの神は豐受の神とも書き穀物の神。この神が從つて下つたともなく出たのは突然であるが豐葦原の水穗の神靈だから出したのである。外宮の鎭座は、雄略天皇の時代の事と傳える。
(九) この二つの別名は、御門祭の祝詞に見える名で、門戸の神靈として尊んでいる。
(一〇) 天から御座を離れ雲をおし分け威勢よく道を別けて。
(一一) 天の階段から下に浮渚があつてそれにお立ちになつたと解されている。古語を語り傳えたもの。
(一二) 鹿兒島縣の霧島山の一峰、宮崎縣西臼杵郡など傳説地がある。思想的には大嘗祭の稻穗の上に下つたことである。
(一三) 堅固な靫。矢を入れて背負う。
(一四) 柄の頭がコブになつている大刀。實は石器だろう。
(一五) 外國に向つて笠紗の御前へ筋が通つて。カササの御前は、鹿兒島縣川邊郡の岬。高千穗の嶽の所在をその方面にありとする傳えから來たのであろう。

[#5字下げ]〔猿女の君〕[#「〔猿女の君〕」は小見出し]
 かれここに天の宇受賣の命に詔りたまはく、「この御前に立ちて仕へまつれる猿田《さるた》毘古の大神は、もはら顯し申せる汝《いまし》送りまつれ。またその神の御名は、汝《いまし》負ひて仕へまつれ」とのりたまひき。ここを以ちて猿女《さるめ》の君等、その猿田毘古の男神の名を負ひて、女《をみな》を猿女の君(一)と呼ぶ事これなり。かれその猿田毘古の神、阿耶訶《あざか》(二)に坐しし時に、漁《すなどり》して、比良夫《ひらぶ》貝(三)にその手を咋ひ合はさえて海水《うしほ》に溺れたまひき。かれその底に沈み居たまふ時の名を、底《そこ》どく御魂《みたま》(四)といひ、その海水のつぶたつ時の名を、つぶ立つ御魂《みたま》といひ、その沫《あわ》咲く時の名を、あわ咲く御魂《みたま》といふ。
 ここに猿田毘古の神を送りて、還り到りて、すなはち悉に鰭《はた》の廣物鰭の狹《さ》物(五)を追ひ聚めて問ひて曰はく、「汝《いまし》は天つ神の御子に仕へまつらむや」と問ふ時に、諸の魚どもみな「仕へまつらむ」とまをす中に、海鼠《こ》白さず。ここに天の宇受賣の命、海鼠《こ》に謂ひて、「この口や答へせぬ口」といひて、紐小刀《ひもがたな》以ちてその口を拆《さ》きき。かれ今に海鼠の口|拆《さ》けたり。ここを以ちて、御世《みよみよ》、島の速贄《はやにへ》(六)獻る時に、猿女の君等に給ふなり。

(一) 猿女の君は朝廷にあつて神事その他に奉仕した。
(二) 三重縣壹志郡。
(三) 不明。月日貝だともいう。
(四) 海底につく神靈。
(五) 大小の魚。
(六) 志摩の國から奉る海産のたてまつり物。

[#5字下げ]〔木の花の佐久夜毘賣〕[#「〔木の花の佐久夜毘賣〕」は小見出し]
 ここに天《あま》つ日高日子番《ひこひこほ》の邇邇藝《ににぎ》の命、笠紗《かささ》の御前《みさき》に、麗《かほよ》き美人《をとめ》に遇ひたまひき。ここに、「誰が女ぞ」と問ひたまへば、答へ白さく、「大山津見《おほやまつみ》の神の女、名は神阿多都《かむあたつ》比賣(一)。またの名は木《こ》の花《はな》の佐久夜《さくや》毘賣とまをす」とまをしたまひき。また「汝が兄弟《はらから》ありや」と問ひたまへば答へ白さく、「我が姉|石長《いはなが》比賣あり」とまをしたまひき。ここに詔りたまはく、「吾、汝に目合《まぐはひ》せむと思ふはいかに」とのりたまへば答へ白さく、「僕《あ》はえ白さじ。僕が父大山津見の神ぞ白さむ」とまをしたまひき。かれその父大山津見の神に乞ひに遣はしし時に、いたく歡喜《よろこ》びて、その姉|石長《いはなが》比賣を副へて、百取《ももとり》の机代《つくゑしろ》の物(二)を持たしめて奉り出《だ》しき。かれここにその姉は、いと醜《みにく》きに因りて、見|畏《かしこ》みて、返し送りたまひて、ただその弟《おと》木《こ》の花《はな》の佐久夜《さくや》賣毘を[#「木《こ》の花《はな》の佐久夜《さくや》賣毘を」はママ]留めて、一宿《ひとよ》婚《みとあたは》しつ。ここに大山津見の神、石長《いはなが》比賣を返したまへるに因りて、いたく恥ぢて、白し送りて言《まを》さく、「我《あ》が女|二人《ふたり》竝べたてまつれる由《ゆゑ》は、石長比賣を使はしては、天つ神の御子の命《みいのち》は、雪|零《ふ》り風吹くとも、恆に石《いは》の如く、常磐《ときは》に堅磐《かきは》に動きなくましまさむ。また木《こ》の花《はな》の佐久夜《さくや》毘賣を使はしては、木の花の榮ゆるがごと榮えまさむと、誓《うけ》ひて貢進《たてまつ》りき。ここに今|石長《いはなが》比賣を返さしめて、木《こ》の花《はな》の佐久夜《さくや》毘賣をひとり留めたまひつれば、天つ神の御子の御壽《みいのち》は、木の花のあまひのみましまさむとす」とまをしき。かれここを以ちて今に至るまで、天皇《すめらみこと》たちの御命長くまさざるなり。
 かれ後に木《こ》の花《はな》の佐久夜《さくや》毘賣、まゐ出て白さく、「妾《あ》は妊《はら》みて、今|産《こう》む時になりぬ。こは天つ神の御子、私《ひそか》に産みまつるべきにあらず。かれ請《まを》す」とまをしたまひき。ここに詔りたまはく、「佐久夜毘賣、一宿《ひとよ》にや妊める。こは我が子にあらじ。かならず國つ神の子にあらむ」とのりたまひき。ここに答へ白さく、「吾が妊める子、もし國つ神の子ならば、産《こう》む時|幸《さき》くあらじ。もし天つ神の御子にまさば、幸くあらむ」とまをして、すなはち戸無し八尋殿(三)を作りて、その殿内《とのぬち》に入りて、土《はに》もちて塗り塞《ふた》ぎて、産む時にあたりて、その殿に火を著けて(四)産みたまひき。かれその火の盛りに燃《も》ゆる時に、生《あ》れませる子の名は、火照《ほでり》の命[#割り注]こは隼人阿多の君の祖なり。[#割り注終わり]次に生れませる子の名は火須勢理《ほすせり》の命(五)、次に生れませる子の御名は火遠理《ほをり》の命(六)、またの名は天《あま》つ日高日子穗穗出見《ひこひこほほでみ》の命三柱[#「三柱」は1段階小さな文字]。

(一) アタは地名。鹿兒島縣日置郡。
(二) 多數の机上に乘せる物。
(三) 戸の無い大きな家屋。分娩のために特に家を作りその中に入つて周圍を塗り塞ぐ。
(四) 出産後にその産屋を燒く風習のあるのを、このように表現している。
(五) 火の衰える意の名。
(六) 火の靜まる意の名。

[#3字下げ]〔七、日子穗穗出見の命〕[#「〔七、日子穗穗出見の命〕」は中見出し]

[#5字下げ]〔海幸と山幸〕[#「〔海幸と山幸〕」は小見出し]
 かれ火照《ほでり》の命は、海佐知《うみさち》毘古(一)として、鰭《はた》の廣物鰭の狹《さ》物を取り、火遠理《ほをり》の命は山佐知《やまさち》毘古として、毛の※[#「鹿/(鹿+鹿)」、第3水準1-94-76]《あら》物毛の柔《にこ》物(二)を取りたまひき。ここに火遠理《ほをり》の命、その兄《いろせ》火照《ほでり》の命に、「おのもおのも幸|易《か》へて用ゐむ」と謂《い》ひて、三度乞はししかども、許さざりき。然れども遂にわづかにえ易へたまひき。ここに火遠理《ほをり》の命、海幸(三)をもちて魚《な》釣らすに、ふつに一つの魚だに得ず、またその鉤《つりばり》をも海に失ひたまひき。ここにその兄《いろせ》火照の命その鉤を乞ひて、「山幸もおのが幸幸。海幸もおのが幸幸。今はおのもおのも幸返さむ」といふ時に、その弟《いろと》火遠理の命答へて曰はく、「汝《みまし》の鉤は、魚釣りしに一つの魚だに得ずて、遂に海に失ひつ」とまをしたまへども、その兄|強《あながち》に乞ひ徴《はた》りき。かれその弟、御佩しの十拳の劒を破りて、五百鉤《いほはり》を作りて、償《つぐの》ひたまへども、取らず、また一|千鉤《ちはり》を作りて、償ひたまへども、受けずして、「なほその本の鉤を得む」といひき。
 ここにその弟、泣き患へて海邊《うみべた》にいましし時に、鹽椎《しほつち》の神(四)來て問ひて曰はく、「何《いか》にぞ虚空津日高《そらつひこ》(五)の泣き患へたまふ所由《ゆゑ》は」と問へば、答へたまはく、「我、兄と鉤《つりばり》を易へて、その鉤を失ひつ。ここにその鉤を乞へば、多《あまた》の鉤を償へども、受けずて、なほその本の鉤を得むといふ。かれ泣き患ふ」とのりたまひき。ここに鹽椎の神、「我、汝が命のために、善き議《たばかり》せむ」といひて、すなはち間《ま》なし勝間《かつま》の小船(六)を造りて、その船に載せまつりて、教へてまをさく、「我、この船を押し流さば、やや暫《しまし》いでまさば、御路《みち》あらむ。すなはちその道に乘りていでましなば、魚鱗《いろこ》のごと造れる宮室《みや》(七)、それ綿津見《わたつみ》の神の宮なり。その神の御門に到りたまはば、傍の井の上に湯津香木《ゆつかつら》(八)あらむ。かれその木の上にましまさば、その海《わた》の神の女、見て議《はか》らむものぞ」と教へまつりき。
 かれ教へしまにまに、少し行《い》でましけるに、つぶさにその言の如くなりき。すなはちその香木に登りてまします。ここに海《わた》の神の女|豐玉毘賣《とよたまびめ》の從婢《まかだち》、玉※[#「怨」の「心」に代えて「皿」、第3水準1-88-72]《たまもひ》(九)を持ちて、水酌まむとする時に、井に光《かげ》あり。仰ぎ見れば、麗《うるは》しき壯夫《をとこ》あり。いと奇《あや》しとおもひき。ここに火遠理の命、その婢《まかだち》を見て、「水をたまへ」と乞ひたまふ。婢すなはち水を酌みて、玉※[#「怨」の「心」に代えて「皿」、第3水準1-88-72]に入れて貢進《たてまつ》る。ここに水をば飮まさずして、御頸の※[#「王+與」、第3水準1-88-33]《たま》を解かして、口に含《ふふ》みてその玉※[#「怨」の「心」に代えて「皿」、第3水準1-88-72]に唾《つば》き入《い》れたまひき。ここにその※[#「王+與」、第3水準1-88-33]、器《もひ》に著きて(一〇)、婢※[#「王+與」、第3水準1-88-33]をえ離たず、かれ著きながらにして豐玉毘賣の命に進りき。ここにその※[#「王+與」、第3水準1-88-33]を見て、婢に問ひて曰く、「もし門《かど》の外《と》に人ありや」と問ひしかば、答へて曰はく、「我が井の上の香木の上に人います。いと麗しき壯夫なり。我が王にも益りていと貴し。かれその人水を乞はしつ。かれ水を奉りしかば、水を飮まさずて、この※[#「王+與」、第3水準1-88-33]を唾き入れつ。これえ離たざれば、入れしまにま將《も》ち來て獻る」とまをしき。ここに豐玉毘賣の命、奇しと思ほして、出で見て見感《め》でて、目合《まぐはひ》して、その父に、白して曰はく、「吾が門に麗しき人あり」とまをしたまひき。ここに海《わた》の神みづから出で見て、「この人は、天つ日高の御子、虚空つ日高なり」といひて、すなはち内に率て入れまつりて、海驢《みち》の皮の疊八重(一一)を敷き、また※[#「糸+施のつくり」、第3水準1-90-1]《きぬ》疊八重(一二)をその上に敷きて、その上に坐《ま》せまつりて、百取の机代《つくゑしろ》の物を具へて、御饗《みあへ》して、その女|豐玉《とよたま》毘賣に婚《あ》はせまつりき。かれ三年(一三)に至るまで、その國に住みたまひき。
 ここに火遠理の命、その初めの事を思ほして、大きなる歎《なげき》一つしたまひき。かれ豐玉《とよたま》毘賣の命、その歎を聞かして、その父に白して言はく、「三年住みたまへども、恆は歎かすことも無かりしに、今夜《こよひ》大きなる歎一つしたまひつるは、けだしいかなる由かあらむ」とまをしき。かれ、その父の大神、その聟の夫に問ひて曰はく、「今旦《けさ》我が女の語るを聞けば、三年坐しませども、恆は歎かすことも無かりしに、今夜大きなる歎したまひつとまをす。けだし故ありや。また此間《ここ》に來ませる由はいかに」と問ひまつりき。ここにその大神に語りて、つぶさにその兄の失せにし鉤を徴《はた》れる状の如語りたまひき。ここを以ちて海の神、悉に鰭の廣物鰭の狹物を召び集へて問ひて曰はく、「もしこの鉤を取れる魚ありや」と問ひき。かれ諸の魚ども白さく、「このごろ赤海※[#「魚+皀+卩」、第3水準1-94-46]魚《たひ》ぞ、喉《のみと》に※[#「魚+哽のつくり」、第3水準1-94-42]《のぎ》(一四)ありて、物え食はずと愁へ言へる。かれかならずこれが取りつらむ」とまをしき。ここに赤海※[#「魚+皀+卩」、第3水準1-94-46]魚の喉を探りしかば、鉤あり。すなはち取り出でて清洗《すす》ぎて、火遠理の命に奉る時に、その綿津見の大神|誨《をし》へて曰さく、「この鉤をその兄に給ふ時に、のりたまはむ状は、この鉤は、淤煩鉤《おばち》[#「おばち」は底本のまま]、須須鉤《すすち》、貧鉤《まぢち》、宇流鉤《うるち》といひて(一五)、後手《しりへで》(一六)に賜へ。然してその兄|高田《あげだ》を作らば、汝が命は下田《くぼだ》を營《つく》りたまへ。その兄下田を作らば、汝が命は高田を營りたまへ(一七)。然したまはば、吾水を掌《し》れば、三年の間にかならずその兄貧しくなりなむ。もしそれ然したまふ事を恨みて攻め戰はば、鹽《しほ》盈《み》つ珠《たま》(一八)を出して溺らし、もしそれ愁へまをさば、鹽《しほ》乾《ふ》る珠《たま》を出して活《いか》し、かく惚苦《たしな》めたまへ」とまをして、鹽盈つ珠鹽乾る珠并せて兩箇《ふたつ》を授けまつりて、すなはち悉に※[#「鰐」の「夸−大」に代えて「汚のつくり」、68-本文-9]どもをよび集へて、問ひて曰はく、「今天つ日高の御子虚空つ日高、上《うは》つ國《くに》(一九)に幸《い》でまさむとす。誰は幾日に送りまつりて、覆《かへりごと》奏《まを》さむ」と問ひき。かれおのもおのもおのが身の尋長《たけ》のまにまに、日を限りて白す中に、一尋※[#「鰐」の「夸−大」に代えて「汚のつくり」、68-本文-12](二〇)白さく、「僕《あ》は一日に送りまつりて、やがて還り來なむ」とまをしき。かれここにその一尋※[#「鰐」の「夸−大」に代えて「汚のつくり」、68-本文-13]に告りたまはく、「然らば汝送りまつれ。もし海《わた》中を渡る時に、な惶畏《かしこま》せまつりそ」とのりて、すなはちその※[#「鰐」の「夸−大」に代えて「汚のつくり」、68-本文-15]の頸に載せまつりて、送り出しまつりき。かれ期《ちぎ》りしがごと一日の内に送りまつりき。その※[#「鰐」の「夸−大」に代えて「汚のつくり」、68-本文-16]返りなむとする時に、佩かせる紐小刀(二一)を解かして、その頸に著けて返したまひき。かれその一尋※[#「鰐」の「夸−大」に代えて「汚のつくり」、68-本文-17]は、今に佐比持《さひもち》の神(二二)といふ。
 ここを以ちてつぶさに海《わた》の神の教へし言の如、その鉤を與へたまひき。かれそれより後、いよよ貧しくなりて、更に荒き心を起して迫め來《く》。攻めむとする時は、鹽盈つ珠を出して溺らし、それ愁へまをせば、鹽乾る珠を出して救ひ、かく惚苦《たしな》めたまひし時に、稽首《のみ》白さく、「僕《あ》は今よ以後《のち》、汝が命の晝夜《よるひる》の守護人《まもりびと》となりて仕へまつらむ」とまをしき。かれ今に至るまで、その溺れし時の種種の態《わざ》、絶えず仕へまつるなり(二三)。

(一) 海の幸のある男。サチは威力で、道具に宿つておりサチを有する者が獲物が多いのである。
(二) 獸類と鳥類。
(三) 海のサチの宿つている釣針。
(四) 海水の神靈。諸國の海岸にうち寄せるので物知りだとする。
(五) 日子穗穗出見の命。
(六) すきまの無い籠の船。實際的には竹の類で編んで樹脂を塗つて作つた船であり、思想的には神の乘物である。
(七) 魚のうろこのように作つた宮殿。瓦ぶきの家で大陸の建築が想像されている。
(八) 井の傍の樹木に神が降るのは、信仰にもとづくきまつた型である。
(九) 美しい椀。
(一〇) 水を汲んだ椀に樹上にいた神の靈がついたのである。
(一一) 海獸アシカの皮の敷物を八重にかさねて。
(一二) 織つたままの絹の敷物八重をかさねて。
(一三) この種の説話に出るきまつた年數。浦島も龍宮に三年いたという。
(一四) のどにささつた骨があつて。
(一五) 鉤をわるく言つてサチを離れさせるのである。ぼんやり鉤、すさみ鉤、貧乏鉤、愁苦の鉤。
(一六) 手をうしろにしてあげなさい。呪術の意味である。
(一七) 毎年土地を選定して耕作するので、水の多い年には高田を作るに利あり、水の無い年はその反對である。
(一八) 海は潮が滿ち干するので、海の神は水のさしひきをつかさどるとし、それはその力を有する玉を持つているからと考えた。動詞乾るは古くは上二段活で、連體形はフル。
(一九) 人間の世界。上方にあると考えた。
(二〇) 人が左右に手をひろげた長さのワニ。ワニは三九頁[#「三九頁」は「大國主の神」の「菟と鰐」]參照。
(二一) 紐のついている小刀。
(二二) 鋤を持つている神。サヒは鋤であり武器でもある。
(二三) 隼人が亂舞をして宮廷に仕えることの起原説明。隼人舞はその種族の獨自の舞であるのを溺れるさまのまねとして説明した。

[#5字下げ]〔豐玉毘賣の命〕[#「〔豐玉毘賣の命〕」は小見出し]
 ここに海《わた》の神の女|豐玉《とよたま》毘賣の命、みづからまゐ出て白さく、「妾《あれ》すでに妊めるを、今|産《こう》む時になりぬ。こを念ふに、天つ神の御子、海原に生みまつるべきにあらず、かれまゐ出きつ」とまをしき。ここにすなはちその海邊の波限《なぎさ》に、鵜の羽を葺草《かや》にして、産殿《うぶや》を造りき。ここにその産殿《うぶや》、いまだ葺き合へねば、御腹の急《と》きに忍《あ》へざりければ、産殿に入りましき。ここに産みます時にあたりて、その日子《ひこ》(一)ぢに白して言はく、「およそ他《あだ》し國の人は、産《こう》む時になりては、本《もと》つ國の形になりて生むなり。かれ、妾も今|本《もと》の身になりて産まむとす。願はくは妾をな見たまひそ」とまをしたまひき(二)。ここにその言を奇しと思ほして、そのまさに産みますを伺見《かきまみ》たまへば、八尋※[#「鰐」の「夸−大」に代えて「汚のつくり」、69-本文-16]になりて、匍匐《は》ひもこよひき(三)。すなはち見驚き畏みて、遁げ退《そ》きたまひき。ここに豐玉《とよたま》毘賣の命、その伺見《かきまみ》たまひし事を知りて、うら恥《やさ》しとおもほして、その御子を生み置きて白さく、「妾《あれ》、恆は海道《うみつぢ》を通して、通はむと思ひき。然れども吾が形を伺見《かきまみ》たまひしが、いと※[#「りっしんべん+乍」、第3水準1-84-42]《はづか》しきこと」とまをして、すなはち海坂《うなさか》を塞《せ》きて、返り入りたまひき。ここを以ちてその産《う》みませる御子に名づけて、天《あま》つ日高日子波限建鵜葺草葺合《ひこひこなぎさたけうがやふきあ》へずの命とまをす。然れども後には、その伺見《かきまみ》たまひし御心を恨みつつも、戀《こ》ふる心にえ忍《あ》へずして、その御子を養《ひた》しまつる縁《よし》に因りて、その弟《いろと》玉依毘賣に附けて、歌獻りたまひき。その歌、
[#ここから2字下げ]
赤玉は 緒さへ光《ひか》れど、
白玉の 君が裝《よそひ》し(四)
貴くありけり。  (歌謠番號八)
[#ここで字下げ終わり]
 かれその日子《ひこぢ》答へ歌よみしたまひしく、
[#ここから2字下げ]
奧《おき》つ鳥(五) 鴨著《ど》く島に
我が率寢《ゐね》し 妹は忘れじ。
世の盡《ことごと》に。  (歌謠番號九)
[#ここで字下げ終わり]
 かれ日子穗穗出見の命は、高千穗の宮に五百八拾歳《いほちまりやそとせ》ましましき。御|陵《はか》はその高千穗の山の西にあり。

(一) ヒコホホデミの命。
(二) この種の説話の要素の一である女子の命ずる禁止であり、男子がその禁を破ることによつて別離になる。イザナミの命の黄泉訪問の神話にもこれがあつた。
(三) 大きなワニになつて這いまわつた。
(四) 白玉のような君の容儀。下のシは強意の助詞。
(五) 説明による枕詞。

[#3字下げ]〔八、鵜葺草葺合へずの命〕[#「〔八、鵜葺草葺合へずの命〕」は中見出し]

 この天つ日高日子波限建鵜葺草葺合へずの命、その姨《みをば》玉依毘賣の命に娶ひて、生みませる御子の名は、五瀬の命、次に稻氷《いなひ》の命、次に御毛沼《みけぬ》の命、次に若御毛沼《わかみけぬ》の命(一)、またの名は豐御毛沼《とよみけぬ》の命、またの名は神倭伊波禮毘古《かむやまといはれびこ》の命(二)四柱[#「四柱」は1段階小さな文字]。かれ御毛沼の命は、波の穗を跳《ふ》みて、常世の國に渡りまし、稻氷の命は、妣《はは》の國(三)として、海原に入りましき。

(一) 神武天皇。神武天皇の稱は漢風の諡號といい奈良時代に奉つたもの。
(二) 大和の國の磐余の地においでになつた御方の意。
(三) 亡き母豐玉毘賣の國。

古事記 上つ卷
[#改ページ]
(つづく)



底本:「古事記」角川文庫、角川書店
   1956(昭和31)年5月20日初版発行
   1965(昭和40)年9月20日20版発行
底本の親本:「眞福寺本」
※底本は校注が脚註の形で配置されています。このファイルでは校註者が追加した標題ごとに、書き下し文、校注の順序で編成しました。
※(一)〜(五五)は注釈番号です。底本では、直前の文字の右横に、ルビのように漢数字のみ付いています。このファイルでは本文の漢数字との混同を避けるため(漢数字)で表しました。
※〔〕は底本の親本にはないもので、校註者が補った箇所を表します。
※頁数を引用している箇所には校註者が追加した標題を注記しました。
※底本は書き下し文のみ歴史的かなづかいで、その他は新かなづかいです。なお拗音・促音は小書きではありません。
入力:川山隆
校正:しだひろし
YYYY年MM月DD日作成
青空文庫作成ファイル:
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*地名

(※ 市町村名は、平成の大合併以前の表記のまま。一般的な国名・地名などは解説省略。
  • 豊葦原 とよあしはら 日本国の美称。
  • 水穂の国 みずほのくに → 葦原の水穂の国
  • 葦原の水穂の国 あしはらの みずほのくに 葦原の瑞穂の国。「葦原の国」に同じ。
  • 天の安の河 あまの やすのかわ 日本神話で天上にあったという河。神々の会合した所とする。
  • 葦原の中つ国 あしはらの なかつくに (「中つ国」は、天上の高天原と地下の黄泉の国との中間にある、地上の世界の意)(→)「葦原の国」に同じ。
  • 葦原の国 あしはらのくに 記紀神話などに見える、日本国の称。
  • 天の石屋 あまのいわや 岩屋。高天原にあったとされる岩窟。あめのいわや。
  • 高天の原 たかまのはら 高天原。(1) 日本神話で、天つ神がいたという天上の国。天照大神が支配。「根の国」や「葦原の中つ国」に対していう。たかまがはら。(2) 大空。
  • 常世 とこよ (1) 常に変わらないこと。永久不変であること。(2) 「常世の国」の略。
  • 常世の国 とこよのくに (1) 古代日本民族が、はるか海の彼方にあると想定した国。常の国。(2) 不老不死の国。仙郷。蓬莱山。(3) 死人の国。よみのくに。よみじ。黄泉。
  • 天の石位 あまのいわくら 磐座。「磐」は「堅固な」の意。「座(くら)」は「神のよりつく座所」の意)高天原にある堅固な座所。あめのいわくら。
  • 天の八重多那雲 あめのやえたなぐも 八重棚雲。大空に幾重にもたなびく雲。
  • 天の浮橋 あまの うきはし 神が高天原から地上へ降りるとき、天地の間にかかるという橋。
  • -----------------------------------
  • [長野県]
  • [科野の国] しなののくに 旧国名。いまの長野県。科野。信州。
  • 洲羽の海 すわのうみ → 諏訪湖
  • 諏訪湖 すわこ 長野県諏訪盆地の中央にある断層湖。天竜川の水源。湖面標高759m。最大深度7.6m。周囲8km。面積12.9平方km。冬季は結氷しスケート場となり、氷が割れ目に沿って盛り上がる御神渡りの現象が見られる。代表的な富栄養湖。
  • 諏訪郡 すわぐん 郡の北部は三峰山・鷲ヶ峰によって小県郡と境し、西は岡谷市、東南は諏訪市、南は諏訪湖に接し、湖北に平坦地を形成している。三峰山を源とする砥川が支流を合わせ北西部を貫流して諏訪湖に入っている。記には「州羽」『続日本紀』『延喜式』には「諏方」と記される。
  • 諏訪神社上社 → 諏訪神社
  • 諏訪神社 すわ じんじゃ 長野県諏訪にある元官幣大社。諏訪市中洲に上社本宮、茅野市宮川に上社前宮、諏訪郡下諏訪町に下社春宮・秋宮がある。祭神は建御名方富命とその妃八坂刀売命。古来、武事の守護神として武将の崇敬が厚かった。6年ごとの御柱の祭が盛大。信濃国一の宮。今は諏訪大社と称。長崎市上西山町にも同名の元国幣中社があり、おくんち祭が著名。
  • [岐阜県]
  • [美濃の国] みののくに 旧国名。今の岐阜県の南部。濃州。
  • 藍見河 あいみがわ 藍見川。現、岐阜県長良川の地域的な古称。長良川中流の呼称か。
  • 喪山 もやま 藍見河の河上。美濃市大矢田をあてる説、現、不破郡垂井町垂井の送葬山(通称喪山)をあてる説がある。
  • 長良川 ながらがわ 岐阜県中央部を流れる川。鵜飼で有名。美濃・飛騨・越前の境の大日岳に発源し、岐阜市街を経て濃尾平野を南流、三重県桑名市の東で伊勢湾に注ぐ。長さ166km。
  • [奈良県]
  • [大和の国] やまとのくに (「山処(やまと)」の意か) 旧国名。今の奈良県の管轄。もと、天理市付近の地名から起こる。初め「倭」と書いたが、元明天皇のとき国名に2字を用いることが定められ、「倭」に通じる「和」に「大」の字を冠して大和とし、また「大倭」とも書いた。和州。
  • 磐余 いわれ 奈良県桜井市南西部、香具山東麓一帯の古地名。神武天皇伝説では、八十梟帥征討軍の集結地。
  • [三重県]
  • [伊勢の国] いせのくに 旧国名。今の三重県の大半。勢州。
  • 五十鈴の宮 いすずのみや → 伊勢神宮の内宮
  • 伊勢神宮の内宮 ないくう → 伊勢神宮
  • 伊勢神宮 いせ じんぐう 三重県伊勢市にある皇室の宗廟。正称、神宮。皇大神宮(内宮)と豊受大神宮(外宮)との総称。皇大神宮の祭神は天照大神、御霊代は八咫鏡。豊受大神宮の祭神は豊受大神。20年ごとに社殿を造りかえる式年遷宮の制を遺し、正殿の様式は唯一神明造と称。三社の一つ。二十二社の一つ。伊勢大廟。大神宮。
  • 外つ宮 とつみや (1) 離宮。(2) 外宮。
  • 外つ宮の度相 とつみやの わたらい → 伊勢神宮の外宮
  • 度会 わたらい 三重県南東部、熊野灘に面する郡。また、そのうちの町名。明治初期に度会県が置かれ、1876年(明治9)三重県に合併。
  • 佐那の県 さなのあがた 現、多気郡多気町仁田の近辺か。仁田集落の南部に佐那神社があって、南に佐那川が流れている。
  • 阿耶訶 あざか のちの阿坂。/現、松坂市大阿坂町・小阿坂町か。『延喜式』神名帳の壱志郡に「阿射加神社三座〈並名神大〉」とみえる。『倭姫命世記』は垂仁天皇18年に「阿佐加乃弥子」に荒神「伊豆速布留神」が座したこと、そして大若子命がこの神をねぎらい祀ったことを記す。
  • [三重県]
  • [志摩の国] しまのくに 旧国名。今の三重県の東部。伊勢湾の南、伊勢市の南東に突出した半島部。志州。
  • 一志郡 いちしぐん 県中央部に位置し、東から伊勢湾岸、沖積平野部、段丘や丘陵地、山岳地帯となる。ほぼ中央を西南山岳地帯から東北に雲出川が流下する。
  • [島根県]
  • [出雲の国] いずものくに 旧国名。今の島根県の東部。雲州。
  • 出雲市 いずもし 島根県北東部、出雲平野の中心にある市。室町時代以降市場町として発展。紡績・酒造などの工業が発達。人口14万6千。
  • 伊耶佐の小浜 いざさの おはま 伊那佐の小浜。
  • 五十田狭之小渚 いたさのおばま
  • 御大の前 みほのさき → 御大の御前
  • 御大の御前 みほのみさき/みほのさき 三穂之埼。現、島根県八束郡美保関町の東部地域を占めた中世郷。美保。島根半島の東端に位置。
  • 多芸志の小浜 たぎしの おばま
  • 出雲大社 いずも たいしゃ 島根県出雲市大社町杵築東にある元官幣大社。祭神は大国主命。天之御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神・宇麻志阿志軻備比古遅命・天之常立神を配祀。社殿は大社造と称し、日本最古の神社建築の様式。出雲国一の宮。いずものおおやしろ。杵築大社。
  • [竺紫] つくし → 筑紫か
  • [筑紫国] つくしのくに 九州の古称。また、筑前・筑後を指す。
  • [宮崎県]
  • [日向の国] ひむか/ひゅうがのくに (古くはヒムカ)旧国名。今の宮崎県。
  • 高千穂 たかちほ 宮崎県北部、西臼杵郡の町。
  • 霊じふる峰 くじふるたけ → �触峰
  • �触峰 くじふるみね 現、西臼杵郡高千穂町三田井。中心部の東、丘陵地の一角にある。峰に�触神社が鎮座する。紀「神代下」では「高千穂の�触峰」とあり、記「神代」には「高千穂の久士布流多気」とみえる。
  • 高千穂宮 たかちほのみや 彦火火出見尊から神武天皇に至る3代の皇居。宮崎県西臼杵郡高千穂町・同県西諸県郡の東霧島山などの諸説がある。
  • 西臼杵郡 にしうすきぐん 県の北西部に位置する。北は大分県、西は熊本県、南から東にかけては東臼杵郡に接する。郡域は九州山地中央の山間に位置し、西方に阿蘇山を望む。中央部を五ヶ瀬川が東流する。
  • [鹿児島県]
  • 霧島山 きりしまやま 鹿児島・宮崎両県にまたがる、霧島山系中の火山群。高千穂峰(東霧島)は標高1574m、韓国岳(西霧島)は1700m。
  • 川辺郡 かわなべぐん 薩摩半島の南西部に位置し、郡域は枕崎市と加世田市によって二分される。主要な河川として知覧町・川辺町から加世田市を貫流する万之瀬川がある。郡名は近世まで「河辺郡」と記されることが多い。古代の郡域は、現在の知覧町・川辺町・枕崎市および坊津町南部に比定される。
  • 日置郡 ひおきぐん 薩摩半島の北部西側に位置し、吹上浜で東シナ海に面する。北は串木野市・薩摩郡および姶良郡、東は鹿児島市と鹿児島郡、南は川辺郡と加世田市に接する。東と北は山地、南は万之瀬川に区切られる。
  • 笠紗の御前 かささの みさき → 笠狭崎か
  • 笠狭崎 かささの みさき 記紀神話で瓊瓊杵尊が降臨後とどまった所。伝承地は鹿児島県南さつま市笠沙町の野間崎。
  • 韓国 からくに 唐国・韓国。古代、中国または朝鮮を指して言った語。


◇参照:Wikipedia、『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008)




*人物一覧

(人名、および組織・団体名・神名)
  • 天照らす大御神 あまてらす おおみかみ 天照大神・天照大御神 伊弉諾尊の女。高天原の主神。皇室の祖神。大日�t貴とも号す。日の神と仰がれ、伊勢の皇大神宮(内宮)に祀り、皇室崇敬の中心とされた。
  • 正勝吾勝勝速日天の忍穂耳の命 まさかあかつかちはやひ あまの おしほみみのみこと → 天忍穂耳尊
  • 天忍穂耳尊 あまのおしほみみのみこと 日本神話で、瓊瓊杵尊の父神。素戔嗚尊と天照大神の誓約の際に生まれた神。正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊。
  • 高御産巣日の神 たかみむすび/たかみむすひのかみ 高皇産霊神・高御産巣日神・高御産日神・高御魂神。古事記で、天地開闢の時、高天原に出現したという神。天御中主神・神皇産霊神と共に造化三神の一神。天孫降臨の神勅を下す。鎮魂神として神祇官八神の一神。たかみむすびのかみ。別名、高木神。
  • 思金の神 おもいかねのかみ 思金神・思兼神。記紀神話で高皇産霊神の子。天照大神が天の岩戸に隠れた時、謀を設けて誘い出した、思慮のある神。思金命。
  • 天の菩比の神 あめの ほひのかみ → 天穂日命
  • 天穂日命 あまのほひのみこと 日本神話で、素戔嗚尊と天照大神の誓約の際に生まれた子。天孫降臨に先だち、出雲国に降り、大国主命祭祀の祭主となる。出雲国造らの祖とする。千家氏はその子孫という。
  • 大国主の神 → 大国主命
  • 大国主命 おおくにぬしのみこと 日本神話で、出雲国の主神。素戔嗚尊の子とも6世の孫ともいう。少彦名神と協力して天下を経営し、禁厭・医薬などの道を教え、国土を天孫瓊瓊杵尊に譲って杵築の地に隠退。今、出雲大社に祀る。大黒天と習合して民間信仰に浸透。大己貴神・国魂神・葦原醜男・八千矛神などの別名が伝えられるが、これらの名の地方神を古事記が「大国主神」として統合したもの。
  • 天津国玉の神 あまつくにだま/くにたまのかみ 高天原の、国土の神霊。天の国魂。/名義不詳。天若日子の父。本居宣長は、もと天神で往事、葦原中国に降り国土経営に功があった神かと想像している。(神名)
  • 天若日子 あめわかひこ 天稚彦・天若日子。日本神話で、天津国玉神の子。天孫降臨に先だって出雲国に降ったが復命せず、問責の使者雉の鳴女を射殺、高皇産霊神にその矢を射返されて死んだという。
  • 下照る比売 したてるひめ 下照媛・下照姫 (古くはシタデルヒメ)記紀神話で大国主命の女、味耜高日子根命の妹、天稚彦の妃。天稚彦が高皇産霊神に誅せられた時、その哀しみの声が天に達したという。
  • 天の佐具売 あめの/あまのさぐめ 天の探女。日本神話で、天照大神の詔を受けて天稚彦を問責に降った雉を天稚彦に射殺させた女の名。後世の天邪鬼。
  • 高木の神 たかぎのかみ → 高御産巣日の神
  • 阿遅志貴高日子根の神 あじしき/あじすきたかひこねのかみ 味耜高彦根神・阿遅�K高日子根神。日本神話で、大国主命の子。あじしきたかひこねのかみ。かものおおかみ。
  • 阿治志貴高日子根の神 → 阿遅志貴高日子根の神
  • 高比売の命 たかひめのみこと → 下照る比売
  • 出雲氏 いずもうじ 天穂日命を祖とする古代の豪族。姓は臣。出雲国と山城国愛宕郡雲上里・雲下里に集中し、大和・河内・播磨・丹波などにも分布。出雲連が摂津国、無姓の出雲が越前国にみえる。出雲国の出雲臣は意宇郡を本拠とし、郡大領・出雲国造を兼帯した家系を本宗とし、九郡中五郡の郡司として現れ、大勢力を有した。律令制下でも出雲国造の任命が知られる。国造家は南北朝期に千家・北島両家に分裂。出雲連には医書「大同類聚方」を著した出雲広貞がでて、医道の道として栄えた。(日本史)
  • 中臣氏 なかとみうじ 古代の氏族。天児屋根命の子孫と称し、朝廷の祭祀を担当。はじめ中臣連、後に中臣朝臣、さらに大中臣朝臣となる。なお、中臣鎌足は藤原と賜姓され、その子孫は中臣氏と分かれて藤原氏となった。
  • 伊都の尾羽張の神 いつのおはばりのかみ (→)「あまのおはばり」に同じ。
  • 天尾羽張 あまの おはばり 伊弉諾尊が迦具土神を斬った剣の名。伊都尾羽張。
  • 建御雷の男の神 たけみかづちのおのかみ → 建御雷命
  • 武甕槌命・建御雷命 たけみかずちのみこと 日本神話で、天尾羽張命の子。経津主命と共に天照大神の命を受けて出雲国に下り、大国主命を説いて国土を奉還させた。鹿島神宮はこの神を祀る。
  • 天の迦久の神 あめのかくのかみ 名義不詳。アマテラス大神の使いとして、天尾羽張神のもとに詔命をもたらした神。(神名)
  • 天の鳥船の神 あまの とりふねのかみ 日本神話にみえる、速力のはやい船。また、それを神として呼んだ称。
  • 八重言代主の神 やえことしろぬしのかみ → 事代主神
  • 事代主神 ことしろぬしのかみ 日本神話で大国主命の子。国譲りの神に対して国土献上を父に勧め、青柴垣を作り隠退した。託宣の神ともいう。八重言代主神。
  • 八重事代主 やえことしろぬし → 事代主神
  • 建御名方の神 たけみなかたのかみ 日本神話で、大国主命の子。国譲りの使者武甕槌命に抗するが敗れ、信濃国の諏訪に退いて服従を誓った。諏訪神社上社はこの神を祀る。
  • 水戸の神 みなとのかみ 湊神・水門神。湊口神ともいう。河口や海湾に鎮まり、港湾を守護する神。水神・海神でもあり、住吉神や綿津見神がこれにあたる。(神名)
  • 櫛八玉の神 くしやたまのかみ 水戸神の孫。大国主神が出雲国の多芸志の小浜に天之御舎を作ったとき、膳夫となり鵜に化けて海底に入り粘土をくわえ出て、平らな土器を作って海布の柄を刈って燧杵を作り、火を鑽り膳部を整え仕えた。(神名)
  • 神産巣日御祖の命 かむむすびみおやのみこと → 神産巣日神
  • 神産巣日神・神皇産霊神 かみむすひのかみ 記紀神話で天地開闢の際、天御中主神・高皇産霊神と共に高天原に出現したと伝える神。造化三神の一神。女神ともいう。かむみむすひのかみ。
  • -----------------------------------
  • 正勝吾勝勝速日天の忍穂耳の命 まさかあかつかちはやび あめのおしほみみのみこと → 天之忍穂耳命
  • 天邇岐志国邇岐志天つ日高日子番の邇邇芸の命 あめにぎしくににぎし あまつ ひこひこほの ににぎのみこと → 瓊瓊杵尊・邇邇芸命
  • 瓊瓊杵尊・邇邇芸命 ににぎのみこと 日本神話で天照大神の孫。天忍穂耳尊の子。天照大神の命によってこの国土を統治するために、高天原から日向国の高千穂峰に降り、大山祇神の女、木花之開耶姫を娶り、火闌降命・火明尊・彦火火出見尊を生んだ。天津彦彦火瓊瓊杵尊。
  • 万幡豊秋津師比売の命 よろずはたとよあきつしひめのみこと 高木神の女。天忍穂耳命の妻となり、天火明命、邇邇芸命を生む。万幡は多くの機織、師は技師、豊秋津は上質の布とする説と、稲が豊かにみのると解く説がある。紀には思兼神の妹万幡豊秋津姫命とある。単に万幡姫ともいう。(神名)
  • 天の火明の命 あまのほあかりのみこと 天火明命。天照大神の子天忍穂耳命の子。尾張連の祖とする。
  • 日子番の邇邇芸の命 ひこほのににぎのみこと → 瓊瓊杵尊・邇邇芸命
  • 天の宇受売の神 → 天の宇受売の命
  • 猿田毘古の神 さるだびこのかみ → 猿田彦
  • 猿田彦 さるたひこ (古くはサルダビコ)日本神話で、瓊瓊杵尊降臨の際、先頭に立って道案内し、のち伊勢国五十鈴川上に鎮座したという神。容貌魁偉で鼻長7咫、身長7尺余と伝える。俳優・衢の神ともいう。中世に至り、庚申の日にこの神を祀り、また、道祖神と結びつけた。
  • 天の児屋の命 あめの/あまのこやねのみこと 天児屋命・天児屋根命。日本神話で、興台産霊の子。天岩屋戸の前で、祝詞を奏して天照大神の出現を祈り、のち、天孫に従ってくだった五部神の一人で、その子孫は代々大和朝廷の祭祀をつかさどったという。中臣・藤原氏の祖神とする。
  • 布刀玉の命 ふとだま/ふとたまのみこと 太玉命。日本神話で天照大神の岩戸ごもりの際に、天児屋根命と共に祭祀の事をつかさどった神。忌部氏の祖。五部神の一神。
  • 天の宇受売の命 あまのうずめのみこと 天鈿女命・天宇受売命。日本神話で、天岩屋戸の前で踊って天照大神を慰め、また、天孫降臨に随従して天の八衢にいた猿田彦神を和らげて道案内させたという女神。鈿女命。猿女君の祖とする。
  • 伊斯許理度売の命 いしこりどめのみこと 石凝姥命。記紀神話で、天糠戸神の子。天照大神が天の岩戸に隠れた時、鏡を作った神。鏡作部の遠祖とする。五部神の一神。
  • 玉の祖の命 たまのおやのみこと 玉祖命。古事記神話で、天岩屋戸の前で玉を作ったという神。五部神の一神。玉屋命。
  • 手力男の神 たぢからおのかみ → 天手力男命
  • 天手力男命 あまのたぢからおのみこと 天岩屋戸を開いて天照大神を出したという大力の神。天孫の降臨に従う。
  • 天の石門別の神 あまのいわとわけのかみ 記・『土佐風土記』逸文などに見える神。石門を守る神。天孫降臨のとき、ニニギの尊にしたがって天降る。別名、櫛石窓神、豊石窓神。
  • 登由宇気の神 とゆうけのかみ → 豊受神・豊受大神
  • 豊受大神 とようけの おおかみ 伊弉諾尊の孫、和久産巣日神の子。食物をつかさどる神。伊勢神宮の外宮の祭神。豊宇気毘売神。とゆうけのかみ。
  • 天の石戸別の神 あめのいわとわけのかみ またの名は櫛石窓の神。または豊石窓の神。御門の神。
  • 櫛石窓の神 くしいわまどのかみ 天孫降臨に際して、ニニギ命に従って降臨した天石門別神の別名。櫛は奇しで霊妙さをあらわし、石は岩石で堅固な様子、窓は真門で真は美称。別名、豊石窓の神。(神名)
  • 豊石窓の神 とよいわまどのかみ → 櫛石窓の神
  • 御門の神 みかどのかみ 天石門別神のこと。(神名)
  • 中臣の連 なかとみのむらじ → 参照・中臣氏
  • 中臣氏 なかとみうじ 天児屋命を祖とする有力氏族。古来朝廷の祭祀をつかさどった。欽明朝に鎌子が崇仏に反対。敏達・用明朝にも勝海が物部氏とともに崇仏に反対し、蘇我氏に討たれた。「大中臣本系帳」は欽明朝の黒田に始まり、その子常磐が中臣連姓を賜ったとし、このため中臣氏の嫡流は勝海で途絶え、常陸鹿島の中臣氏が後を継いだとする説もある。中臣氏は7世紀までに間人(はしひと)・習宜(すげ)・宮処(みやこ)・伊勢・鹿島など多くの支流に分裂。常磐の曾孫鎌足は大化の改新で活躍し、669(天智8)藤原姓を賜った。684(天武13)に連から朝臣に改姓したが、698(文武2)藤原朝臣は鎌足の子の不比等(ふひと)の直系に限定され、他は中臣に復した(姓は朝臣)。769(神護景雲3)には中臣清麻呂が大中臣を賜った。(日本史)
  • 忌部の首 いみべのおびと
  • 忌部氏 いんべうじ 斎部。大化以前から大和政権の品部として祭祀にたずさわった氏。宗家は、天武9(680)に連、同13(684)に宿禰の姓を与えられた。令制で、天皇即位式、また祈年月次祭などに中臣氏と職務を分担したが、中臣氏から出た藤原氏が権勢を持つにおよび衰微した。古くは「忌部」と表記し、9世紀にはいって「斎部」と表記を改めた。
  • 猿女の君 さるめのきみ 猿女一族の族名。天孫降臨の際に、猿田彦を顕わしたという天鈿女命の子孫。また、その首長をいう。
  • 鏡作の連 かがみつくりの むらじ → 参照・鏡作部
  • 鏡作部 かがみつくりべ 大化前代の部。伴造の鏡作造に統率されて、鏡の製作に従事した。紀「神代巻」や「古語拾遺」などにみえる始祖伝承には相互に相違・混乱があり、伝承の形式が古かったことをうかがわせるが、部としての編成自体も古かったものと思われる。なお、大和国城下郡の鏡作坐天照御魂神社は鏡作部の居住地にたてられたもので、天平2(730)の「大倭国正税帳」にみえる鏡作神戸を鏡作部の後身とする説もある。(日本史)
  • 玉の祖の連 たまのおやのむらじ → 参照・玉作部・玉造部
  • 玉作部・玉造部 たまつくりべ 大和政権の品部の一つ。玉を作って貢上した。/「たますりべ」とも。勾玉・管玉などを研磨製作した品部。中央の玉祖連に管掌されたらしい。紀「神代上」に玉作部の遠祖豊玉、「神代下」に玉作の上祖玉屋命のことが記され、玉作と神事の関係の深さを示す。垂仁39年条にも石上神宮と関係する10種の品部のなかに玉作部がある。律令時代には玉作・玉作部姓の人々や玉作(造)郷が散見し、「延喜式」によると、臨時祭に出雲国の進上する御冨岐玉(みふきのたま)60連は意宇郡の神戸玉作氏が造り備えた。(日本史)
  • 天の忍日の命 あまのおしひのみこと 天忍日命。天孫降臨の時、天久米命らと刀や弓矢を持って先駆したという神。大伴連の祖とする。
  • 天つ久米の命 あまつ/あまのくめのみこと 天久米命。天孫降臨の時、天忍日命らと刀や弓矢を持って先駆したという神。久米直らの祖とする。
  • 大伴の連 おおともの むらじ
  • 大伴氏 おおともうじ 姓氏の一つ。古代の豪族。来目部・靫負部・佐伯部などを率いて大和政権に仕え、大連となるものがあった。のち伴氏。
  • 久米の直 くめのあたえ → 参照・久米氏
  • 久米氏 くめうじ 久米(来目)部の伴造氏族。姓は直。紀では大伴氏の遠祖天忍日命が来目部の遠祖天�津(あめくしつ)大来目を率いて天降ったとあるが、記では久米氏と大伴氏とを対等にあつかい、ともに靫・太刀・弓矢をもって降臨に供奉したことになっている。また神武東征説話にみえる久米歌や、後世の戦闘歌舞である久米舞などは、久米氏や久米部の軍事氏族としての性格をあらわしている。(日本史)
  • 雄略天皇 ゆうりゃく てんのう 記紀に記された5世紀後半の天皇。允恭天皇の第5皇子。名は大泊瀬幼武。対立する皇位継承候補を一掃して即位。478年中国へ遣使した倭王「武」、また辛亥(471年か)の銘のある埼玉県稲荷山古墳出土の鉄剣に見える「獲加多支鹵大王」に比定される。
  • 底どく御魂 そこどく みたま 底度久御魂。度久は着くの意。海底に着く意。三つの魂が出現するのは、伊勢・志摩の海人族の水中の鎮魂、または漁労の呪術と考えられているが、海人族の服属儀礼とも考えられている。(神名)
  • つぶ立つ御魂 つぶたつ みたま 都夫多都御魂。海水が泡立つときの泡粒の神格化したもの。(神名)
  • あわ咲く御魂 あわさく みたま 阿和佐久御魂。海水が泡立ち、その泡が水面で割れるさまを神格化した名。(神名)
  • 木の花の佐久夜毘売 このはなのさくやびめ 木花之開耶姫・木花之佐久夜毘売。日本神話で、大山祇神の女。天孫瓊瓊杵尊の妃。火闌降命・彦火火出見尊・火明命の母。後世、富士山の神と見なされ、浅間神社に祀られる。
  • 天つ日高日子番の邇邇芸の命 あまつ ひこひこほの ににぎのみこと
  • 大山津見の神 おおやまつみのかみ 大山祇神。山をつかさどる神。伊弉諾尊の子。
  • 神阿多都比売 かむあたつひめ 木の花の佐久夜毘売の別名。
  • 石長比売 いわながひめ 磐長姫。大山祇神の娘。妹の木花開耶姫とともにニニギ尊に献上されたが、醜いために返され、その結果、磐長姫に託されていた長寿の呪力をニニギ尊以下の天皇は失ったとされる。後世、長寿の神として民間で信仰される。
  • 火照の命 ほでりのみこと 火照命。瓊瓊杵尊の子。母は木花之開耶姫。弟の山幸彦(彦火火出見尊)と幸をかえ、屈服して俳人として宮門を守護。隼人の始祖と称される。火闌降命。海幸彦。
  • 隼人 はやと/はやひと 古代の九州南部に住み、風俗習慣を異にして、しばしば大和の政権に反抗した人々。のち服属し、一部は宮門の守護や歌舞の演奏にあたった。はいと。はやと。
  • 阿多 あた 鹿児島県の南部にあった郡。古くは閼駝・阿多・吾田とも書いた。明治30(1897)日置郡に合併されて消滅。
  • 阿多隼人 あたのはやと 古代、阿多の地(鹿児島県西部地方)に住んでいた集団。大宝2(702)以後は薩摩隼人と改称された。
  • 火須勢理の命 ほすせりのみこと 天孫ニニギ命と木花之佐久夜毘売との間に生まれた三神中の第二子。名義は、火が激しく燃え進むこと。また火には稲穂の意も含まれる。紀の天孫降臨章(第九段)本文では火闌降命とし、隼人らの始祖とする。(神名)
  • 火遠理の命 ほおりのみこと → (書紀の古訓ではホノヲリノミコト)(→)彦火火出見尊の別名。
  • 彦火火出見尊 ひこほほでみのみこと 記紀神話で瓊瓊杵尊の子。母は木花之開耶姫。海幸山幸神話で海宮に赴き海神の女と結婚。別名、火遠理命。山幸彦。
  • -----------------------------------
  • 海佐知毘古 うみさちびこ → 火照命
  • 山佐知毘古 やまさちびこ → 火遠理の命
  • 塩椎の神 しおつちのかみ → 塩土老翁
  • 塩土老翁 しおつちのおじ 山幸彦が海幸彦から借りた釣針を失って困っていた時、舟で海神の宮へ渡した神。また、神武天皇東征の際、東方が統治に適した地であると奏した神。しおつつのおじ。塩椎神。
  • 虚空津日高 そらつひこ → 火遠理命
  • 綿津見の神 わたつみのかみ 海神・綿津見。(ワダツミとも。ツは助詞「の」と同じ、ミは神霊の意) (1) 海をつかさどる神。海神。わたつみのかみ。(2) 海。
  • 豊玉毘売 とよたまびめ/ひめ 豊玉毘売・豊玉姫。(古くはトヨタマビメ)海神、豊玉彦神の娘で、彦火火出見尊の妃。産屋の屋根を葺き終わらないうちに産気づき、八尋鰐の姿になっているのを夫神にのぞき見られ、恥じ怒って海へ去ったと伝える。その時生まれたのが��草葺不合尊という。
  • 天つ日高の御子 → 彦火火出見尊
  • 虚空つ日高 → 虚空津日高、火遠理命
  • 佐比持の神 さひもち/さいもちのかみ 記で、海神宮を訪れたヒコホホデミを一日で上つ国に送り帰した一尋和邇(サメ)の名。ヒコホホデミは身につけていた紐小刀をその首につけて帰したので、この名があるという。サイは刀剣の意であり、刀剣をもつとしてサメ・フカの暴威をあらわしたものか。なお紀「神武即位前紀戊午年6月条」は、神武の兄稲飯命が剣をぬいて海に入り鋤持神になったとする。(日本史)
  • 海の神 わたのかみ 海神(わたがみ)。海をつかさどる神。わたつみ。
  • 五瀬の命 いつせのみこと 五瀬命。��草葺不合尊の長子。神武天皇の兄。天皇と共に東征、長髄彦と戦って負傷、紀伊国の竈山で没したという。竈山神社に祀る。
  • 稲氷の命 いなひのみこと 氷は霊で、稲の神霊をあらわす名。ウガヤフキアエズ命と玉依毘売との間に生まれた四神中の第二子。神代記では出生記事の後に、妣の国である海原に入ったと伝える。神武紀では、天皇の軍が熊野の神邑に至って暴風にみまわれたとき、剣をぬいて海に入り、鋤持神となったと伝える。また時代が下って姓氏録には、この命が新羅へ行って国主となったという説が載せられている。(神名)
  • 御毛沼の命 みけぬのみこと ウガヤフキアエズ命と玉依毘売との間に生まれた四神中の第三子。御は敬称、毛は食物、沼は主の意か。記では出生記事の後に浪の穂を踏んで常世国に渡ったと伝える。神武即位前紀では神武東征途中の出来事として、海上で暴風にあった際、やはり記と同様に常世郷へ去ったと記す。(神名)
  • 若御毛沼の命 わかみけぬのみこと 神武天皇。またの名は豊御毛沼の命。
  • 豊御毛沼の命とよみけぬのみこと 神武天皇。またの名は神倭伊波礼毘古の命。
  • 神倭伊波礼毘古の命 かむやまといわれびこのみこと → 神武天皇
  • 神武天皇 じんむ てんのう 記紀伝承上の天皇。名は神日本磐余彦。伝承では、高天原から降臨した瓊瓊杵尊の曾孫。彦波瀲武��草葺不合尊の第4子で、母は玉依姫。日向国の高千穂宮を出、瀬戸内海を経て紀伊国に上陸、長髄彦らを平定して、辛酉の年(前660年)大和国畝傍の橿原宮で即位したという。日本書紀の紀年に従って、明治以降この年を紀元元年とした。畝傍山東北陵はその陵墓とする。


◇参照:Wikipedia、『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008)『日本神名辞典 第二版』(神社新報社、1995.6)『日本史広辞典』(山川出版社、1997.10)。



*書籍

(書名、雑誌名、論文名、能・狂言・謡曲などの作品名)
  • 『古事記』 こじき 現存する日本最古の歴史書。3巻。稗田阿礼が天武天皇の勅により誦習した帝紀および先代の旧辞を、太安万侶が元明天皇の勅により撰録して712年(和銅5)献上。上巻は天地開闢から鵜葺草葺不合命まで、中巻は神武天皇から応神天皇まで、下巻は仁徳天皇から推古天皇までの記事を収め、神話・伝説と多数の歌謡とを含みながら、天皇を中心とする日本の統一の由来を物語る。ふることぶみ。
  • 『日本書紀』 にほん しょき 六国史の一つ。奈良時代に完成した日本最古の勅撰の正史。神代から持統天皇までの朝廷に伝わった神話・伝説・記録などを修飾の多い漢文で記述した編年体の史書。30巻。720年(養老4)舎人親王らの撰。日本紀。


◇参照:Wikipedia、『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008)。



*難字、求めよ

  • 知る しる 治る。領る・知る。(ある範囲の隅々まで支配する意。原義は、物をすっかり自分のものにすることという)(国などを)治める。君臨する。統治する。
  • 言依さす ことよさす 言寄さす・事寄さす。(古く四段に活用した「ことよす」に敬意を表す「す」の付いた形)御命令になる。御委任になる。
  • 天降す あまくだす 天上からこの国土にくだす。
  • 天の浮橋 あまの うきはし 神が高天原から地上へ降りるとき、天地の間にかかるという橋。
  • さやぎて さやぐ。ざわざわと音がする。ざわめく。
  • 神集う かむつどう (1) 神々が集まる。(2) 神々を集める。
  • ちはやぶる 千早振る。(枕)(古くはチハヤフルとも)「神」「うぢ」などにかかる。
  • 荒ぶる神 あらぶるかみ 荒立つ国つ神。人に害を与える暴悪の神。
  • 国つ神・地祇 くにつかみ (1) 国土を守護する神。地神。(2) 天孫降臨以前からこの国土に土着し、一地方を治めた神。国神。
  • 多 さわ 多いこと。あまた。たくさん。平面に広がり散らばっているものにいう。
  • 言趣く・言向く ことむく ことばで説いて従わせる。転じて、平定する。
  • 復奏・覆奏 ふくそう 繰り返し取り調べて奏上すること。
  • かえりごと 返り言・返り事。(1) へんじ。返答。返書。(2) 和歌でする返言。返歌。(3) 使者が帰ってする報告。(4) 返礼。答礼。
  • ば吉《え》けん
  • かれ 故 〔接続〕 (カ(此)アレ(有リの已然形)の約、「かあれば」の意) (1) (前段を承けて)こういうわけで。ゆえに。(2) (段落の初めにおいて)さて。そこで。
  • 天の麻迦古弓 あめのまかこゆみ 真鹿児弓。語義未詳。一説に、鹿などを射る立派な弓の意。
  • 天の波波矢 あめのははや 語義未詳。見事な矢羽のついた、神聖な矢の意か。
  • 娶う あう あふ。(4) 結婚する。男と女が関係を結ぶ。
  • 雉・雉子 きぎし キジの古称。
  • 平す やはす/やわす 和 (1) やわらげる。やわらかにする。(2) 平和にする。討ち平らげる。帰順させる。
  • 湯津桂 ゆつかつら 正常な桂の木。神聖で、神が降臨すると考えられる桂の木。一説に、枝が多く葉がしげり合った桂の木ともいう。
  • 委曲 まつぶさ くわしくこまかなこと。また、事柄のこまかな点。
  • 天つ神 あまつかみ 天にいる神。高天原の神。また、高天原から降臨した神、また、その子孫。←→国つ神。
  • 詔命 おおみこと みことのり。天子の命令。
  • 天の波士弓 あまの はじゆみ 櫨弓(はじゆみ)。櫨(山漆)で造った弓。
  • 天の加久矢 あまの かくや 古事記にみえる矢の名。鹿などを射るのに用いる矢の意か。天の真鹿児矢。
  • 鹿児矢 かこや 記紀神話に出てくる矢の名であるが、語義未詳。鹿を射るのに用いた矢とする説もある。
  • 見そなはす みそなわす (ミソコナワスの約)「見る」の尊敬語。御覧になる。
  • まがる 禍。「まがる(曲)」と同語源)禍を受ける。死ぬ。
  • 朝床 あさどこ 朝まだ起きないでいる寝床。
  • 高胸坂 たかむなさか 胸。あお向いて寝ている胸の高まった形を坂にたとえていう。
  • 還矢 かえしや 反矢・返矢。先方から射て来た矢を射かえすこと。また、その矢。
  • 雉の頓使 きぎしの ひたづかい (天つ神の命を受けて天降ったまま8年たっても復命しなかった天稚彦のところに、事情を問いに遣わされた雉が、天稚彦に射殺されたという記紀神話による)行ったきりで戻って来ない使者。一説に、使者をひとりだけ、従者もつけずに遣わすのを忌んでいうことば。
  • 風のむた むた 与・共 名詞・代名詞に「の」または「が」を介して付き、「と共に」の意を示す古語。
  • 喪屋 もや (1) 本葬までなきがらを仮におさめて置いて葬式を行う屋。(2) 墓のそばに作って遺族が喪中をすごす家。
  • 河鴈 〓 「鴈」はガン・かり。雁。
  • 岐佐理持 きさりもち (「きさり」は語義未詳)葬送のとき、死者への供物をささげ持って従う者。
  • 掃持 ははきもち 帚持。古代の葬送のおり、喪屋を掃く箒を持つ者。
  • 翠鳥 そにどり �。カワセミの古称。そに。
  • 御食人 みけびと 死者に供える供物を調える人。
  • 碓女 うすめ 米をつく女。舂女(つきめ)。
  • 哭女 なきめ (1) 上代、葬式の時に泣く役目の女。(2) 雉の異称。
  • 泣女 なきおんな 不幸のあった家に雇われて泣くのを職業とする女。能登の七尾市などでは、その代金により一升泣・二升泣などといった。中国・朝鮮にもある。泣き婆。とむらいばば。
  • 似る のる 「にる」に同じ。
  • 来つらく らく 〔接尾〕(3) 文末にあって詠嘆をあらわす。…ことよ。
  • らく 〔接尾〕 二段活用・サ変・ラ変のように連体形語尾が「…る」となる語のク語法に見られる語形。「…すること」の意を表す。語尾「る」が「あく」と結合し「老ゆらく」「恋ふらく」「告ぐらく」のようになったもの。「あく」が考えられる以前は、終止形に「らく」が付くと考えられた。後世、四段活用に付いた「望むらく」のような語も使われた。
  • 御佩 みはかし 御佩かす(みはかす)。「佩く」の尊敬語。
  • 十握・十拳 とつか (「つか」は小指から人差指までの幅)10握りの長さ。約80〜100cm。
  • 十掬の剣 とつかの つるぎ 十握剣。刀身の長さが10握りほどある剣。
  • 蹶え離つ くえはなつ? くえる。蹴る「ける」に同じ。
  • 大量 おおばかり またの名は神度の剣。
  • 神度の剣 かむど/かむとのつるぎ アジスキ…神が怒ってアメワカヒコの喪屋を切り伏せたという太刀の名。大量(おおはかり)。
  • 忿る いかる かっとなる。いかる。急激ないかり。
  • 同母妹 いろも (イロは接頭語)(兄弟からみて)同母の姉また妹。←→いろせ
  • あめなる 天在る。「天にある」の意。「ひ(日)」などにかかる枕詞ともいい、アメニアルともよむ。
  • 弟棚機 おとたなばた 年若く美しいたなばたひめ。
  • 御統 みすまる (ミは接頭語。スマルはスバル(統)に同じ。たくさんのものが一つに集まっている意)上代、多くの珠を緒に貫いて輪にし、首にかけ手にまいて飾りにしたもの。
  • 夷振 ひなぶり 鄙振・夷振・夷曲。(1) 古代歌謡の曲名。宮廷に取り入れた大歌で、短歌形式または8〜9句。歌曲名はその一つの歌謡の歌詞から採ったもの。(2) いなか風の歌。洗練されていない歌。(3) 狂歌。
  • 歌舞 うたまい 歌と舞。また、歌い舞うこと。
  • 他し・異し・徒し・空し あだし (古くはアタシ) (1) 《他・異》異なっている。ほかのものである。別である。(2) 《徒・空》空しい。実(じつ)がない。はかない。
  • え行かじ えいかじ とても行くことができない。え(副)とても…できない。(角古)
  • 浪の穂 なみのほ 波の穂。波がしら。なみほ。
  • あぐみ 足組み・趺坐 足を組んですわること。あぐら。
  • 領ける うしはく。自分のものとして領有する。
  • 知る しる 領る・知る。(ある範囲の隅々まで支配する意。原義は、物をすっかり自分のものにすることという) (1) (国などを)治める。君臨する。統治する。(2) (土地などを)占める。領有する。(3) (ものなどを)専有して管理する。専有して扱う。(4) (妻・愛人などとして)世話をする。
  • 言よさし ことよさす 言寄さす・事寄さす。(古く四段に活用した「ことよす」に敬意を表す「す」の付いた形)御命令になる。御委任になる。
  • ことよせる 言寄せる・事寄せる。(1) 言葉で助力する。加護する。(2) 事をゆだねる。まかせる。命ずる。(3) うわさを立てる。言い立てる。(4) かこつける。言いわけにする。(5) ことづける。
  • 千秋 ちあき (「ち」は数の多いこと、「あき」は年のこと)長い年月。永久。永遠。千歳。千五百秋(ちいおあき)。千百秋(ちおあき)。
  • 長五百秋 ながいおあき 限りなく長い年月。いく久しいこと。ながあき。
  • 鳥の遊漁 あそびすなどり
  • 鳥の遊 とりのあそび 鳥を猟する遊び。鳥狩りの遊び。
  • 天の逆手 あまの さかて 呪術の一つで、事の成就を誓うためや、人を呪う時に打った拍手。
  • 青柴垣 あおふしがき (古くはアヲフシカキ)青葉のついた柴でつくった垣。
  • 青柴垣の神事 あおふしがきの しんじ 島根県の美保神社で4月7日の例祭に行われる神事。古事記の国譲りの神話にもとづくものといわれ、神船のまわりに設けた椎葉の柴垣を人々が奪い合う。豊漁と航海安全の守りという。御船の神事。
  • かく白しぬ かくもうしぬ
  • 千引の石 ちびきのいわ 千引の岩。綱を千人で引くほどの重い岩。大きい岩。
  • 手末 たなすえ (タはテの古形。ナは助詞ノに同じ)手のさき。
  • 立氷 たちび/たちひ 立ち氷。下から立った氷。氷柱。
  • 懼りて おそりて おそれる。恐れる。
  • 若葦 わかあし 生えだして間もない葦。
  • つかみひしぐ 掴拉。つかんでおしつぶす。つかみつぶす。
  • な殺したまいそ 「な…そ」の形で禁止を表す。
  • 除く おく 除(のぞ)く。数に入れない。(角古)
  • まにまに 随に・随意に そのままに任せるさま。物事の成行きに任せるさま。まにま。ままに。
  • 日継 ひつぎ 日嗣。(日の神の詔命で大業をつぎつぎにしろしめす意という)皇帝を継承すること。また、その継承した位。天皇の位。皇位。天つ日嗣。
  • 富足る とだる 十分に足りているの意か。一説に、太陽が照り輝く意とも。
  • 天の御巣 あまのみす 天つ神の住む高天原の御殿。あめのみす。
  • 底つ石根 そこついわね 底つ磐根。地の底深くにある岩。下つ磐根。
  • 宮柱 みやばしら 皇居の柱。宮殿の柱。
  • 太しり 太知り。太敷く。(1) 柱などをいかめしく建てる。宮殿を立派につくる。広敷く。広知る。太知る。太高敷く。(2) 立派に天の下を治める。
  • 高しり たかしる 高知る。(1) 立派に造る。(2) 立派に治める。しろしめす。
  • 百足らず ももたらず 〔枕〕「やそ(八十)」「い(五十)」、転じて「い」「や」などにかかる。
  • 八十�f手 やそくまで 八十隈手。多くの曲がりくねった所。
  • さもらう 候ふ・侍ふ。(サは接頭語、モラフは見守る意のモルに、反復・継続の接尾語フの付いたもの) (1) 様子をうかがい、時の至るのを待っている。(2) よい機会をうかがい待っている。(3) 風向・潮時を待っている。(4) 命令を承るために主君の側近くにいる。伺候する。(5) 「居り」の謙譲語。
  • 百八十神 ももやそがみ 多くの神々。
  • 御尾前 みおさき (「み」は接頭語)(神や貴人の)前と後。先鋒としんがり。先払いと後押さえ。
  • 天の御舎 あまのみあらか (「天の」は「神聖な」の意)神聖な御殿。あめのみあらか。
  • 御舎・御殿 みあらか 宮殿の尊敬語。御殿。
  • 膳夫 かしわで 膳・膳夫。(古代、カシワの葉を食器に用いたことから)
  • (1) 飲食の饗膳。供膳。(2) 饗膳のことをつかさどる人。料理人。(3) (「膳部」と書く)大和政権の品部で、律令制では宮内省の大膳職・内膳司に所属し、朝廷・天皇の食事の調製を指揮した下級官人。長は膳臣と称し、子孫の嫡系は高橋朝臣。かしわべ。
  • 天つ御饗 あまつみあえ/あまのみあえ (「天の」は「神聖な」の意)神聖なお食事。神饌。あめのみあえ。
  • 御饗 みあえ 貴人の飲食のもてなしをすること。
  • 祷ぐ ほぐ ほく。祝く・寿く。
  • 祝ぐ ほぐ (平安時代まで清音) (1) よい結果があるように、祝いの言葉をのべる。たたえて祝う。ことほぐ。(2) 悪い結果になるように呪詞をのべて神意を伺う。のろう。
  • 埴 はに 質の緻密な黄赤色の粘土。昔はこれで瓦・陶器を作り、また、衣に摺りつけて模様を表した。ねばつち。あかつち。へな。
  • 天の八十平瓮 あめのやそびらか (「天の」は「神聖な」の意)神聖な、数多くの平瓮。あまの。
  • 平瓮 ひらか ひらたい土器の皿。
  • 海布 め 食用となる海藻の総称。ワカメ・アラメの類。
  • 燧臼 ひきりうす 火鑽臼。火鑽杵と合わせ用いて火をすり出す台。多くヒノキでつくった。登呂遺跡から弥生時代のものが出土。
  •  こも 石。海草「こあまも(小甘藻)」の異名。
  • 燧杵 ひきりぎね 火鑽杵。火鑽臼と合わせ用いて火をすり出す木の棒。多く山枇杷の木でつくった。
  • 天の新巣 あまのにいす 高天原に新築した住居。あめのにいす。
  • 新栖・新巣 にいす 造りたてのすみか。
  • 凝烟 すす 煤。
  • 縄 たくなわ 楮の繊維でつくった縄。
  • 縄の たくなわの 〔枕〕「なが(長)」「ちひろ(千尋)」にかかる。
  • 千尋縄
  • 千尋 ちひろ 一尋の千倍。非常に長いこと。また、測りにくいほど深いこと。また、そのさま。
  • うちはえて 打ち延へて うちはう (2)。
  • うちはう 打ち延ふ。(1) 「はう」を強めていう語。延ばす。延ばし及ぼす。(2) (「―・へ」「―・へて」の形で副詞的に) (ア) 引きつづいて。久しく。(イ) 特別に。
  • 海人 あま 海人・蜑。(「あまびと(海人)」の略か) (1) 海で魚や貝をとり、藻塩などを焼くことを業とする者。漁夫。(2) (「海女」「海士」と書く)海に入って貝・海藻などをとる人。
  • 口大 くちおお 口の大きなさま。
  • 尾翼鱸 おはたすずき 尾やひれがピンとはったみごとなスズキ。
  • さわさわ 騒騒。(1) 騒がしく音を立てるさま。(2) 物などが軽くふれて鳴る音。(3) 不安なさま。落ちつかないさま。
  • とおおとおお とおお(撓)。たわむさま。たわわ。
  • 天の真魚咋 あまのまなぐい (「天の」は「高天原の、天神の」の意。「ま」は立派なの意の接頭語。「な」は食用の魚の意)天つ神の召し上がり物とする立派な魚料理。あめのまなぐい。
  • 真魚食・真魚咋 まなぐい 魚を料理して食物とすること。また、その料理。
  • 言向け ことむく。言趣く・言向く。ことばで説いて従わせる。転じて、平定する。
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  • 太子 ひつぎのみこ/たいし (1) 皇位を継承する皇子または王子。はるのみや。ひつぎのみこ。もうけのきみ。皇太子。東宮。皇嗣。(2) 中国古代の諸侯の嫡男。
  • 日嗣の御子 ひつぎのみこ 日嗣を受け継ぐ御子、すなわち皇太子の尊称。東宮。春宮。
  • 訖える おえる (1) おわる。おえる。止(や)む。(2) いたる。及ぶ。
  • 天降る あもる (1) あまくだる。(2) 天皇が行幸する。
  • 天の八衢 あまの やちまた (「八衢」は数多くの道が分かれる所の意)高天原と葦原の中つ国との間にあったという辻。
  • 八衢 やちまた 道が八つに分かれた所。また、道がいくつにも分かれた所。迷いやすいたとえにもいう。
  • 手弱女人 たわやめ 手弱女。(「手弱」は当て字。タワ(撓)ムの語根に、性質・状態を示す接尾語ヤの付いたもの)たわやかな女。なよなよとした女。
  • い向かう いむかう (「い」は接頭語)向かう。向きあう。また敵対する。はむかう。
  • 面勝つ おもかつ 面と向かって気おくれしない。
  • もはら 専ら。(1) もっぱら。(2) (下に打消の語を伴って)まったく。ちっとも。
  • 問わまく まく (推量の助動詞ムのク語法)…しようとすること。…だろうこと。
  • 伴の緒・伴の男 とものお 一定の職業で朝廷に仕える人。特に、男子。
  • 支ち加え あかちくわえ
  • 招ぐ おぐ。
  • 八尺の勾 やさかの まがたま → 八尺瓊勾玉
  • 八尺 やさか 8尺。また、長いことの形容。また、その長さ。
  • 八尺瓊勾玉・八坂瓊曲玉 やさかにの まがたま 大きな玉で作った勾玉。一説に、八尺の緒に繋いだ勾玉。三種の神器の一つとする。
  • 草薙の剣 くさなぎの つるぎ 草薙剣。三種の神器の一つ。記紀で、素戔嗚尊が退治した八岐大蛇の尾から出たと伝える剣。日本武尊が東征の折、これで草を薙ぎ払ったところからの名とされるが、クサは臭、ナギは蛇の意で、原義は蛇の剣の意か。のち、熱田神宮に祀られたが、平氏滅亡に際し海に没したとされる。天叢雲剣。
  • 拝く いつく 斎く。心身のけがれを浄めて神に仕える。あがめまつる。
  • 御門の神 みかどのかみ 宮中の門を守護する神。
  • 厳・稜威 いつ (1) 尊厳な威光。威勢の鋭いこと。(2) 植物などが威勢よく繁茂すること。(3) 斎み浄められていること。
  • 道別く ちわく 進路を開く。一説に、風が激しく湧きおこる。
  • うきじまり 語義未詳。「浮島在り」の約、「浮き締り」の意などの諸説がある。
  • そりたたす (「そり」は隆起する意か。「たたす」は「立つ」に尊敬の助動詞「す」のついたもの)未詳。高くお立ちになる意か。一説に、進んでおたちになる意ともいう。
  • 天の石靫 あまの/あめのいわゆき 磐靫。「磐」は「堅固な」の意)堅固な靫。
  • 磐靫 いわゆき (イハは堅固の意)靫の美称。
  • 頭椎の大刀 くぶつち/かぶつちのたち 頭椎の大刀・頭槌の大刀。古代の大刀の様式の一つ。柄頭が卵形または槌状にふくらんでいる大刀。頭槌剣。くぶつちのたち。
  • ま来通り
  • 来通う きかよう 通ってくる。出入りする。(角古)
  • 拆く釧 さくくしろ 〔枕〕 (拆鈴(さくすず)をつけた釧(腕輪)の意)「いすず(五十鈴)」(地名)にかかる。
  • 御門祭 みかどまつり 古代、皇居の門に入ってくる邪神を追いはらうため、櫛磐間門・豊磐間門の2神を祀り、6月・12月に行なった祭事。
  • 祝詞 のりと 祭の儀式に唱えて祝福することば。現存する最も古いものは延喜式巻8の「祈年祭」以下の27編など。宣命体で書かれている。「中臣寿詞」のように祝意の強いものを特に寿詞ともいう。文末を「宣(の)る」とするものと「申す」とするものとがある。のりとごと。のっと。
  • 浮渚
  • 大嘗祭 だいじょうさい 天皇が即位後、初めて行う新嘗祭。その年の新穀を献じて自ら天照大神および天神地祇を祀る、一代一度の大祭。祭場を2カ所に設け、東(左)を悠紀、西(右)を主基といい、神に供える新穀はあらかじめ卜定した国郡から奉らせ、当日、天皇はまず悠紀殿、次に主基殿で、神事を行う。おおなめまつり。おおにえまつり。おおんべのまつり。
  • 靫 ゆき/ゆぎ (平安時代までユキと清音)矢を入れて携帯する容器。木または革で作り、長方形の箱形の筒とし、令制では1個に矢50筋を入れた。平安時代以後、壺胡ィといい、公家の儀仗となる。箙。
  • 比良夫貝 ひらぶがい 貝の名。未詳。古事記で、猿田彦を挟んでおぼれさせた貝。
  • 鰭の広物 はたの ひろもの ひれの広い魚。大きい魚。←→鰭の狭物
  • 鰭の狭物 はたの さもの ひれの狭い魚。小魚。←→鰭の広物
  • 紐小刀 ひもがたな 細い紐を鞘につけて懐中に納めた小さな刀。刀子。懐剣。
  • 速贄 はやにえ (1) 初物の献上品。(2) 「もずの速贄」の略。
  • 月日貝・海鏡 つきひがい イタヤガイ科の二枚貝。殻径約12cmの円形で、小さい両耳がある。右殻は淡黄白色、左殻は濃赤色、これを月と太陽になぞらえてこの名がある。房総半島以南の浅海の海底にすみ、貝柱は食用、貝殻は貝細工に利用する。
  • 目合 まぐわい (1) 目を見合わせて愛情を知らせること。めくばせ。(2) 男女の交接。性交。
  • え白さじ えもうさじ とても申すことができない。
  • 百取 ももとり (「とり」は取り持つことの意)あることに用いる、多くの物。
  • 百取の机 ももとりのつくえ 数多くの物をのせた机。
  • 机代の物 つくえしろのもの 食卓にすえのせる物、すなわち飲食物。
  • 婚わす みとあたわす (トは入口。陰部の意。アタハスはアタフの尊敬語)交合なさる。結婚なさる。
  • 常磐 ときわ (トコイワの約) (1) 常にかわらない岩。(2) 永久不変なこと。(3) 松・杉など、木の葉の常に緑色で色をかえないこと。
  • 堅磐 かきわ 堅固な岩。永久に変わらぬことを祝っていう語。
  • あまい
  • 幸く さきく さいわいに。無事に。
  • 八尋殿 やひろどの 幾尋もある広い御殿。
  • 殿内 とのぬち
  • -----------------------------------
  • 毛の�物 けの あらもの 毛の麁物。毛がかたい、大きな獣。
  • 毛の柔物 けの にこもの 毛がやわらかい、小さな獣。
  • 海幸 うみさち (1) 海の獲物を取る道具。つりばり。(2) 海で得る獲物。海産物。←→山幸。
  • ふつに (多く打消の語を伴って)全く。ふっつり。ふつと。
  • 山幸 やまさち (1) 山の獲物をとる道具。弓矢。(2) 山で得る獲物。狩猟によって得た鳥獣。やまのさち。←→海幸。
  • 海幸山幸 うみさち やまさち 日本神話の一つ。彦火火出見尊(山幸彦)が兄の火照命(海幸彦)と猟具をとりかえて魚を釣りに出たが、釣針を失い、探し求めるため塩椎神の教えにより海宮に赴き、海神の女と結婚、釣針と潮盈珠・潮乾珠を得て兄を降伏させたという話。天孫民族と隼人族との闘争の神話化とも見られる。また仙郷滞留説話・神婚説話・浦島伝説の先駆をなすもの。
  • 幸幸
  • おのもおのも 各も各も。おのおの。めいめい。
  • あながち 強ち。(1) あまりに強引であるさま。身勝手であるさま。(2) しいて。必要以上に。異常なまでに。(3) (下に打消の語を伴って)必ずしも。一概に。まんざら。
  • 徴る・債る はたる 徴収する。
  • 五百鉤 いおはり
  • 償う つぐのう (古くはツクノウ。現代語では「つぐなう」が普通)財物を出し、あるいは労働して、恩恵に報い、また責任や罪過をまぬがれる。うめあわせる。賠償する。
  • 一千鉤 ちはり
  • 無間勝間 まなし かつま (→)「まなしかたま」に同じ。
  • 無目堅間・無目籠 まなし かたま 堅く編んで塗料を塗りなどして舟に使った目のつんだ竹籠。まなしかつま。
  • 暫し しまし (→)「しばし」に同じ。
  • 魚鱗 いろこ 鱗。(1) 魚のうろこ。(2) 魚。いろくず。(3) 頭の、ふけ。形状がうろこに似るからいう。
  • 宮室 みや 宮。「み」は接頭語。「や」は「や(屋)」の意)(1) 神のいる御殿。神社。神宮。
  • 湯津香木 ゆつかつら → 湯津桂。「香木」を訓みて加都良(カツラ)の木と云う。
  • 従婢 まかだち/じゅうひ 召使の女。はしため。
  • 玉� たまもい 玉で作った碗。�の美称。たままり。
  • � たま/ヨ �(ヨハン)は春秋時代、魯の国に産する宝玉の名。
  • 含む ふふむ (1) ふくらむ。花や葉がまだ開かない状態である。(2) ふくむ。怒り・うらみなどを心にいだく。(3) ふくませる。
  • 進る たてまつる
  • 将ちきて もちきて
  • 海驢 みち アシカの古名。
  • サ きぬ/あしぎぬ (悪し絹の意)太糸で織った粗製の絹布。
  • 赤海�魚 たい 鯛か。
  • � のぎ のどにささった魚の骨。
  • 淤煩鉤 おぼち (「おぼ」は分別がつかない、ぼんやりの意。「ち」は釣り針)分別がつかなくなる釣り針。おおち。
  • 須須鉤 すすち/すすじ 踉〓鉤。「すす」は「すすむ」「すずろく」などの語幹と同じ)心がせき立つ気分になる釣り針の意か。すすのみじ。
  • 貧鉤 まぢち/まじち 持つ人が貧しくなるようにとのろった釣り針。持つ人が貧しくなる釣り針。
  • 宇流鉤 うるち/うるじ 「うるけじ(痴�鉤)」に同じ。おろかで役に立たない釣り針。
  • 後手 しりえで うしろの方に手をまわすこと。うしろで。
  • 高田 あげだ/あげた 上田・高田。高い場所にあって、水はけのよい水田。あげ。
  • 下田 くぼだ/くぼた 凹田・窪田。くぼんだ所にある田。
  • 塩盈つ珠 しおみつたま 潮満珠・潮盈珠。(→)「しおみちのたま」に同じ。
  • 潮満珠・潮盈珠 しおみちのたま 海水につければ潮水を満ちさせる呪力があるという珠。しおみつたま。満珠。←→潮干珠
  • 一尋鰐 ひとひろわに
  • 稽首・啓首 のみ/けいしゅ (「稽」は傾に借用。「啓」は当て字) (1) 首が地につくまで体を屈して拝すること。稽�。(2) 書簡文の終りに書く語。頓首。
  • 隼人舞 はやとまい 日本古代の舞踊。大隅・薩摩地方の隼人が行なった風俗歌舞で、大嘗会などで演じた。その祖先火照命が海水に溺れ苦しんださまを演じたという。
  • まい出きつ
  • 葺草 ふきぐさ (1) 屋根を葺く茅などの草。(2) (→)菖蒲の別称。
  • 御腹 みはら?
  • ひこじ 夫。(ヒコは男の美称。ジは敬称)立派なおっと。
  • 垣間見る かきまみる (→)「かいまみる」に同じ。
  • 八尋鰐 やひろわに 非常に大きなワニ。
  • 逃げ退《そ》き
  • うら恥し やさし
  • 恥し やさし やさしい。(動詞「やせる(痩)」の形容詞化)(1)(恥)人の見る目に対して身も細る思いである。自分の行為や状態などにひけ目を感じる。人や世間のおもわくに対して気恥ずかしい。
  • 海道 うみつじ 航路。うみじ。うなじ。
  • 海坂 うなさか 海境。海神の国と人の国とを隔てるという境界。
  • 養す ひたす/ひだす (「日足す」の意という)養い育てる。
  • 率寝し いねし いぬ。連れ行っていっしょに寝る。共寝をする。


◇参照:Wikipedia、『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008)『日本国語大辞典 第二版』(小学館、2001.5)『古語辞典 改訂新版』(旺文社、1984)『全訳古語辞典』(角川書店、2002.10)。



*後記(工作員スリーパーズ日記)


 級数と行間を変更した後なりゆきにまかせると、ページの最終行が大きく開いてしまうことがある。悩んだすえに、その前後だけ手心を加えることにした。
 安彦良和『ナムジ』第一巻(徳間書店、1997)読了。大胆ながらも、もっともリアリティのある仮説を提供しているんじゃないだろうか。
 
 ところで、魑魅魍魎、百鬼夜行のオンパレードのような『古事記』(『校註 古事記』武田祐吉)には、「雷神」や「醜女」は登場するが、「鬼」の文字は出てこない。「魏」もなし。
 韓の神、韓国、韓鍛からかぬち、韓人、韓袋、韓比売……以上「韓」の字は七か所。「唐」は皆無。秦の造、秦人……以上「秦」は二か所。「中つ国」は十五か所。いずれも「葦原の中つ国」。夷振、蝦夷……以上「夷」は四か所。「新羅」が七か所。「百済」が四か所。「高麗」「高句麗/高勾麗」は皆無。「任那」「伽耶」もなし。「八島」は八か所。
 ちなみに「醜」は、黄泉国で三か所、石長比売で一か所、比婆須比売で二か所、合計六か所の登場。




*次週予告


第五巻 第四号 
兜 / 島原の夢 / 昔の小学生より /
三崎町の原 岡本綺堂


第五巻 第四号は、
二〇一二年八月一八日(土)発行予定です。
定価:200円


T-Time マガジン 週刊ミルクティー 第五巻 第三号
校註『古事記』(三)武田祐吉
発行:二〇一二年八月一一日(土)
編集:しだひろし / PoorBook G3'99
 http://www33.atwiki.jp/asterisk99/
出版:*99 出版
 〒994-0024 山形県天童市鎌田2丁目
 アパートメント山口A−202
販売:DL-MARKET
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