アンリ・ファーブル Jean Henri Fabre
1823-1915(1823.12.21-1915.10.11)
フランスの昆虫学者。昆虫、特に蜂の生態観察で有名。進化論には反対であったが、広く自然研究の方法を教示した功績は大きい。主著「昆虫記」


大杉栄 おおすぎ さかえ
1885-1923(明治18.1.17-大正12.9.16)
無政府主義者。香川県生れ。東京外語卒業後、社会主義運動に参加、幾度か投獄。関東大震災の際、憲兵大尉甘粕正彦により妻伊藤野枝らと共に殺害。クロポトキンの翻訳・紹介、「自叙伝」などがある。


伊藤野枝 いとう のえ
1895-1923(明治28.1.21-大正12.9.16)
女性解放運動家。福岡県生れ。上野女学校卒。青鞜(せいとう)社・赤瀾会に参加。無政府主義者で、関東大震災直後に夫大杉栄らとともに憲兵大尉甘粕正彦により虐殺された。



◇参照:Wikipedia、『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008)。写真は、Wikipedia 「ファイル-Jean-henri fabre.jpg」 「ファイル-Sakae.jpg」 「ファイル-Ito Noe.png」より。
◇表紙イラスト:「蜂巣」『北斎漫画』より。


もくじ 
科学の不思議(九)アンリ・ファーブル


ミルクティー*現代表記版
科学の不思議(九)
  七一 海
  七二 波、塩、海藻(かいそう)
  七三 流れる水
  七四 巣分(すわ)かれの群(むれ)
  七五 蜜蝋(みつろう)
  七六 蜜房(みつぼう)
  七七 ハチミツ
  七八 女王(じょおう)バチ

オリジナル版
科学の不思議(九)

地名年表人物一覧書籍
難字、求めよ
後記次週予告

※ 製作環境
 ・Macintosh iBook、Mac OS 9.2.2、T-Time 2.3.1
 ・ ポメラ DM100、ソーラーパネル GOAL ZERO NOMAD 7(ガイド10プラス)
※ 週刊ミルクティー*は、JIS X 0213 文字を使用しています。
※ この作品は青空文庫にて公開中です。著作権保護期間を経過したパブリック・ドメイン作品につき、引用・印刷および転載・翻訳・翻案・朗読などの二次利用は自由です。
(c) Copyright this work is public domain.

*凡例
  • ( ):小書き。〈 〉:割り注。
  • 〔 〕:編者もしくは、しだによる注。
  • 一、漢字、かなづかい、漢字の送りは現代表記に改めました。
  •    例、云う → いう / 言う
  •      処  → ところ / 所
  •      有つ → 持つ
  •      這入る → 入る
  •      円く → 丸く
  •      室  → 部屋
  • 一、同音異義の一部のひらがなを、便宜、漢字に改めました。
  •    例、いって → 行って / 言って
  •      きいた → 聞いた / 効いた
  • 一、若干の句読点を改めました。適宜、ルビや中黒や感嘆・疑問符をおぎないました。一部、改行と行頭の字下げを改めました。
  • 一、漢数字の表記を一部、改めました。
  •    例、七百二戸 → 七〇二戸
  •    例、二萬六千十一 → 二万六〇一一
  • 一、ひらがなに傍点は、一部カタカナに改めました。
  • 一、カタカナ漢字混用文は、ひらがな漢字混用文に改めました。
  • 一、和暦にはカッコ書きで西暦をおぎないました。年次のみのばあいは単純な置き換えにとどめ、月日のわかるばあいには陰暦・陽暦の補正をおこないました。
  • 一、「今から○○年前」のような経過年数の表記は改めず、底本のままにしました。和歌・俳句・短歌は五七五(七七)の音節ごとに半角スペースで句切りました。
  • 一、表や図版キャプションなどの組版は、便宜、改めました。
  • 一、書名・雑誌名は『 』、論文名・記事名および会話文は「 」で示しました。
  • 一、差別的表現・好ましくない表現はそのままとしました。

*尺貫法
  • 寸 すん 長さの単位。尺の10分の1。1寸は約3.03cm。
  • 尺 しゃく 長さの単位。1mの33分の10と定義された。寸の10倍、丈の10分の1。
  • 丈 じょう 長さの単位。(1) 尺の10倍。約3m。(2) 周尺で、約1.7m。成人男子の身長。
  • 歩 ぶ (1) 左右の足を一度ずつ前に出した長さ。6尺。(2) 土地面積の単位。1歩は普通、曲尺6尺平方で、1坪に同じ。
  • 町 ちょう (1) 土地の面積の単位。1町は10段。令制では3600歩、太閤検地以後は3000歩とされ、約99.17アール。(2) (「丁」とも書く) 距離の単位。1町は60間。約109m強。
  • 里 り 地上の距離を計る単位。36町(3.9273km)に相当する。昔は300歩、すなわち今の6町の定めであった。
  • 合 ごう 容積の単位。升の10分の1。1合は180.39立方cm。
  • 升 しょう 容量の単位。古来用いられてきたが、現代の1升は1.80391リットル。斗の10分の1で、合の10倍。
  • 斗 と 容量の単位。1斗は1升の10倍で、18.039リットルに当たる。

*底本

底本:「定本 伊藤野枝全集 第四巻 翻訳」學藝書林
   2000(平成12)年12月15日初版発行
底本の親本:「科学の不思議」アルス
   1923(大正12)年8月1日
http://www.aozora.gr.jp/cards/001049/card4920.html

NDC 分類:K404(自然科学 / 論文集.評論集.講演集)
http://yozora.kazumi386.org/4/0/ndck404.html





登場とうじょうするひと
・ポールおじさん フランス人。
・アムブロアジヌおばあさん ポールおじさんの家の奉公人ほうこうにん
・ジャックおじいさん アムブロアジヌおばあさんのつれあい。
・エミル いちばん年下。
・ジュール エミルの兄さん。
・クレール エミルのねえさん。いちばん年上。

科学かがく不思議ふしぎ(九)

STORY-BOOK OF SCIENCE
アンリ・ファーブル Jean-Henri Fabre
大杉おおすぎさかえ伊藤いとう野枝(訳)

   七一 うみ


「おじさんがそのひきだしに持っていらっしゃるきれいな貝殻かいがらは、みんな海からとれたのですか?」と、エミルがたずねました。
「そうだ、みんな海からとれるのだ。
「海はたいへん大きいんですか?」
「そうだね。ある部分では、一方いっぽう海岸かいがんからほかの海岸へ行くのに船に乗ってひとつきもかかるほど大きいよ。その船も、早く走る船の中でもまた特別とくべつに早い汽船きせんだ。それはほとんど機関車きかんしゃと同じくらいの早さで走るのだ。
「それで、海の上では何が見えるでしょうか?」
「頭の上にはここと同じに空がある。周囲しゅういはすべて、大きな青い、広々ひろびろとしたはしのないえんの中にいるようなものだ。ほかにはなんにもない。ある航海こうかいをするときなどは、いくら行っても行っても、まるで少しも進まなかったかのようにいつも青い水のなかにいる。地球ちきゅうの形はまるい。そして海は、その形にしたがって地球の大部分だいぶぶんをおおうている。だから、そういうふうに見えるのだ。ではただ海のごく小部分しょうぶぶんが見えるだけで、その見える広さというのは、空の円天井まるてんじょうが海の上にかぶさって休んでいるように見える、まるい線で区切くぎられている。そして、そのまるい線でかこまれた水のは、進んでも進んでも同じような状態じょうたいたもって見えるだけで、少しも新しくならない。それはちょうど、空の青い色と海の青い色とがけあっている円の中心ちゅうしんにじっとしているように見える。だが、こうして進みつづけて行くと、ついに眼界がんかいをさえぎる線の上に小さな灰色はいいろけむりを見つける。それはりくが見えはじめたのだ。あと半日はんにちのあいだ進むと、その灰色はいいろけむりは、海岸かいがんの岩か、陸地りくちの山かになる。
「海はりくよりも大きいということは、ぼく、地理ちりで知っています。」とジュールがいいました。
「もし、おまえが地球儀ちきゅうぎ表面ひょうめん四等分よんとうぶんすれば、りくはそのうちの一つをめるだけで、あとはみんな海がめてしまうのだ。
「海のそこは、どんなふうなのでしょう?」
「海の底は、湖水こすいや川の底とおなじように、やっぱり地面じめんだ。海底かいていの地面は、陸地りくちたいらでないのと同じように、やっぱりたいらではない。ある部分では、ようやくにはかることができるほど深くおちくぼんだあなになっており、ほかのところでは山脈さんみゃくが切り立っていて、そのいちばん高い部分が水平線すいへいせんの上に出てしまになっているのだ。また、もっと別なところでは、広い平野へいやにのびていたり、あるいはまた高原こうげんのように持ち上がっていたりする。もし水がなかったら、陸地りくちと何のちがいもないだろう。
「では、海のふかさはどこも同じではないのですねえ?」
「もちろんさ。水の深さをはかるには、長い糸のはしにつけたおもりを海の中に投げ込む。糸はおもりかれる気づかいはないから、おもりが落ちて行って水につかった糸の長さが、その水の深さをしめすのだ。
地中海ちちゅうかいのいちばん深いところは、アフリカとギリシャの間だ。そこでは底にふれるには、なまりを四〇〇〇メートルから五〇〇〇メートルの長さまではなさなければならない。この深さは、ヨーロッパでの高山のモン・ブラン山の高さにひとしいのだ。
「じゃあ、もしモン・ブランをそのあなにうめたら……」と、クレールが話し出しました。「その頂上ちょうじょうが、やっとその水の表面ひょうめんとどくくらいですわね。
「それよりも、もっと深いところがあるのだ。大西洋たいせいようのニューファンドランドとう〔カナダ東海岸ひがしかいがん、セント‐ローレンス湾口わんこうにある島〕の南に、そこはタラのうんと取れるところだが、ほとんど八〇〇〇メートル近い深さをしめすところがある。世界一せかいいち高山こうざんは中央アジアにあるが、その高さは八八四〇メートルだ。
「それらの山は、今、おじさんがお話しになったところの水面すいめんからずっと高くつき出しますわね。そして八五〇メートルの高さの島になりますわ。
最後さいごに、南極なんきょく近くの海には一万四〇〇〇メートルから一万五〇〇〇メートルの深さ、あるいは四リーグ(およそ五里ごり〔二〇キロメートル〕の深さをしめすところがある。陸地りくちには、どこにもそんな高さの山はない。
「こんなおそろしいちくぼんだところと、人のゆびあつさよりも深くない海岸かいがんとの間には、あらゆる中間ちゅうかんの深さがある。あるときには、だんだんにちがってゆき、あるときには急激きゅうげきに、その水底みずそこ地形ちけいにしたがってちがっている。ある海辺うみべではおそろしく急に深さをしてゆく。その海岸は急斜面きゅうしゃめん頂上ちょうじょうで、その海の水は波打なみうっているのだ。またほかの海岸では、ほんの少しずつ深さをして行って、すうメートルの深さのところまでゆくには、ずっと遠くのほうまで行かなければならない。そこの大洋たいようゆかはなだらかで、地平ちへいにしたがって、ごくわずかずつかたむいているのだ。
大洋たいよう平均へいきんした深さは、六キロメートルから七キロメートルぐらいだ。言葉ことばをかえていえば、もしもすべての海底の高低こうていをなくして、ちょうど人間のつくった水盤すいばんそこのようにたいらかにならしたら、海は、その表面ひょうめん現在げんざいのままの広さをたもっている間は、六〇〇〇メートルから七〇〇〇メートルの深さの一様いちような水のそうになるだろう。
「ぼくはキロメートルなんていうのでめんくってしまいましたよ。」エミルがこぼしました。「だけど、だいじょうぶです。ぼく、海の中にどんなにたくさんの水があるかということがわかりかけてきましたから。
「おまえが考えるよりももっと、ずっとたくさんあるよ。おまえはフランスでいちばん大きなローヌ川を知っているね。そして洪水こうずいのときにも見たね。あのときにはとどくかぎり、一方いっぽうきしからこうの岸にかけて泥水どろみずがいっぱいになっていた。あのときには一秒間いちびょうかんに五〇〇万リットル(二万七七二〇こくの水が海にそそぎこむと見積みつもられた。いいかい、もしこのたいへんな大水おおみずをいつもつづいているものとしても、この大きなかわは、十年かかっても大洋たいようそこの一〇〇〇ぶんの二もたすことはできないんだよ。これで、海がどんなに大きいものかということがよくわかってきたろう?」
「ぼくのこんな頭では、考えただけでくらんでしまいます。海の色はどんな色でしょう? やっぱしローヌ川のように黄色きいろ泥水どろみずですか?」
「いやちがうよ。川口かわぐちのところはべつだがね。少しばかりの水を見ると、水には色がない。だが、たくさんたまったのを見ると水の自然しぜんの色、すなわちみどりがかった青い色があらわれる。で、海は、緑色みどりいろがかった青色で、おきのほうではそれがくらい色になり、海岸かいがんに近づくにつれて明るい色になる。だがこの色は、空のかがやきぐあいにつれて非常ひじょうにいろいろ変化へんかする。太陽たいようかがやいているときのいだ海は蒼青色だったり、くら藍色あいいろだ。すこし模様もようの空の下では、ほとんど黒い濃緑色のうりょくしょくだ。

   七二 なみしお海藻かいそう


なみはどこからくるのですか?」とジュールがたずねました。「海がおこったときには、たいへんこわいんですってね。
「そのとおりだ、ジュールや。たいへんおそろしいのだ。あわをかぶった、動く山ののようななみをわたしはわすれることはできない。その波は、おもふねをクルミのからのようにわけなくほうりあげて、ある瞬間しゅんかんはそのおそろしい背中せなかに乗せ、つぎの瞬間しゅんかんにはその水のみねみねとのあいだの谷底たにぞこき落とす。おう! 船の上の人間はどんなに小さく、心細こころぼそかんずることだろう。波の思うままに、高くりあげられ、また谷底たにぞこき落とされるのだ! ああ、クルミのからのような船が、あばくる大波おおなみができたら、もうわれわれはうんを天にまかすよりしかたがないのだ。打ちくだかれた船は、底の知れぬ海へしずんでしまうにちがいないのだ。
「おじさんが話してくだすった、あの海の底のへですか?」とクレールがたずねました。
「それらのからは、だれも帰ってきたものはない。こわれた船は海の中にまれてしまう。乗っている人々はなんにも残さずあとかたもないようになる。もう、この地上に残された何かの記念物きねんぶつがあるとしたら、その人の遺族いぞくだけだ。
「そんなだと、海はいつでもしずかでなくっちゃいけませんね。」とジュールがいいました。
「海がいつもしずかにしていたら、それは海にとってはかわいそうなことなんだよ、ぼうや。そのしずかにしているということと、海のためにいいこととは両立りょうりつしないんだ。海の中の動物や植物に必要ひつよう空気くうきうしなったりよごしたりしないようにするには、はげしくひっかきまわさなければならない。水は大洋たいようのためにも、大気たいきあるいは空気の大洋たいようのために必要ひつようなのとおなじ、健康けんこうをたもつための激動げきどう大嵐おおあらしでひっかきまわして水に生気せいきをあたえ、新しくすることが必要ひつようなのだ。
「風は大洋たいよう表面ひょうめんをさわがす。もし、それが疾風しっぷうであれば波が立つ。その波は泡立あわだちながら飛びあがって、たがいちがいに高いうねりになったり、くずれたりするのだ。もしまた、その疾風しっぷうが強く間断かんだんなしにきつづけると、その風にいまくられる水は、大きく長くふくれた大波おおなみになって、広い海を平行線へいこうせんをつくって前進ぜんしんする。そして堂々どうどうとしたおなじ形で、あとからあとからいつくようにして海岸に地響じひびきをたてて打ちよせてゆくのだ。だが、それらの運動うんどうは、いくら騒々そうぞうしくても、ただ海の表面ひょうめんだけのことだ。もっともはげしい大嵐おおあらしのときでも、三十メートルも下のほうはしずかなのだ。
「この近くの海では、いちばん大きな波の高さが二メートルか三メートルをこえることはないのだ。しかし、南洋なんようのあるところの波は、ひどい天気てんきのときには十メートルから十二メートルぐらいまで高くなることがある。それはまったくのところ、動くおかと深いたにとの広大こうだい連脈れんみゃくだ。風にむちたれた水のみね頂上ちょうじょうあわくもをはき、存分ぞんぶんな力でおどろくべき水をまきあげて、そのおもさで大きな船をも打ちくだいてしまう。
「波の力は、ほとんど異常いじょうに近い。波が水から垂直すいちょくに持ちあがってちからいっぱいでおそいかかって行くところの海岸かいがんでは、その衝動しょうどうは、人間の足の下で地面じめんがふるえるほどにはげしい。もっとも堅固けんごつつみも打ちこわされ、さらわれてしまうのだ。頑丈がんじょうな木でかためられたのも切りちぎられて地面じめんをひきずられる。あるいはまた、石できずいた防波堤ぼうはていこわして、それをまるでただのこいしのように、ころがしてしまう。
「そういう波の活動かつどう連続れんぞくして受けなければならないのは、断崕だんがいになっているところだ。すなわち切り立てたようにまっすぐなあの断崕だんがいは、海のために海岸かいがんつつみ役目やくめをつとめているのだ。そういう断崕だんがいは、フランスとイギリスのあいだのイギリス水道すいどう〔イギリス海峡かいきょうか〕沿うたところで見ることができる。それらの断崕だんがいは、たえずその下のほうを海に穿うがたれている。そしてその破片はへんくだかれて小石になってほうり出され、りくはずっと遠くのほうまで海にってゆかれる。歴史れきしのうえでは、城砦じょうさいや、建物たてものや、村落そんらくでさえもあったようなところが、一様いちような山くずれのためにだんだんに見捨みすてられて、今日こんにちではまったく波の下にかくれてしまっている。
「そんなにしてかきまぜて、海の水がくさらないようにするのですね?」とジュールがねんをおしました。
「その波の運動うんどうは、ただ、海の水をくさらさない保証ほしょうをするだけではじゅうぶんでないのだ。まだほかのものの健康けんこうにだいじな関係かんけいがある。海の水には、無数むすう物質ぶっしつけこんでいる。それは極端きょくたんにいやなあじを持っているが、それが、ものをくさらさぬようにふせぐのだ。
「では、その海の水はめないんですか?」とエミルがたずねました。
めない。おまえがどんなにのどがかわいてくるしんでいるときだって、めやしないよ。
「いったいどんなあじがするんです? 海の水は?」
にがくってからい。不快ふかいあじがしてぶくらいだ。それは水にけこんでいる物のあじなのだ。いちばんたくさんにふくんでいるのはしおになるものだ。塩は、われわれの食物しょくもつあじをつけるあの塩だ。
「だけど塩は……」とジュールが不服ふふくもうし立てました。「そんないやなあじじゃありませんよ。塩水しおみずをコップへ入れてんだりできはしませんけれど。
「もちろんそうさ。だが、海の水の中には、もっとほかのいろんなたくさんの物質ぶっしつがいっしょになってけこんでいる。だからそのあじ非常ひじょういやなのだ。しおふくんでいる度合どあいは、海によっていろいろにちがう。地中海ちちゅうかいの水は、一リットル(五・五四四ごうの中に四四グラムの塩分えんぶんふくんでいるし、大西洋たいせいようの水一リットルの中には三二グラムだけしかふくんでいない。
こころみに、大洋たいようふくまれている塩の総量そうりょうのおおよその見積みつもりをつくってみると、大洋たいようがすっかりかわいてしまってそのそこに、しお元素げんそが残ったとすると、その塩のもと地球ちきゅう表面ひょうめん一様いちように十メートルのあつさのそうですっかりつつんでしまうにじゅうぶんなほど残るのだ。
「まあ! なんてたくさんなしおだろう!」とエミルがさけび出しました。「じゃ、ぼくたち人間がどんなにたくさん食物しょくもつに塩を使っても塩がなくなるなんてことはありませんねえ。それから、その塩は海から取るのですか?」
「そうだ。それには、ひくく、たいらにならされた海岸かいがんがいいのだ。そこに、いい加減かげんな広さの、あさい水たまりをいくつもるのだ。それを塩沢しおさわという。その水たまりに、海の水をみちびき入れる。そしてそこにいっぱいになったときに、海との通路つうろをふさいでしまう。そしてその塩沢しおさわの仕事は、夏の間にしてしまう。夏の太陽のねつによって、そのさわの水はすこしずつ蒸発じょうはつする。そして塩は結晶けっしょうして地面じめんかわのようになって残る。それを熊手くまででかきおこすのだ。そしてそれを大きな山のようにつみあげて、かわかすのだ。
「もしぼくたちが、塩水しおみずひらたい器物きぶつに入れて太陽にあてたら、それでも、やはり塩沢しおさわでやるのとおなじような結果けっかがとれるでしょうか?」とジュールがたずねました。
「できるとも。水は太陽のねつですぐに蒸発じょうはつしてなくなる。そして塩はその入れものに残るよ。
「海の中には、いろんな魚がいますね。」とクレールがいいました。「小さいのだの大きいんだの、たいへんにおそろしいようなのだのいるんですわね。イワシ、タラ、ヒシコ〔カタクチイワシの別称べっしょう、マグロ、……それからもっとたくさんのいろんな魚をみんな海から取るのですわね。また、おじさんが教えてくだすった軟体なんたい動物というのもいるし、またからで自分の体をおおうているのもいるし、それから人のにぎりこぶしよりも大きなハサミを持っているカニもいますね。そしてもっと、わたしの知らないたくさんの生きものがんでいるんですね。それらの生きものは、どうして生きているのでしょうね?」
「まず、彼らの大部分だいぶぶんは、おたがいにいあうのだ。弱いやつが強いやつの餌食えじきになるのだ。順々じゅんじゅんに強いやつに見つけ出されて、その食物しょくもつになるのだ。だが、海の中にんでいるものが、おたがいを食べあうことよりほかに生きていく手段しゅだんを持たなかったら、早かれおそかれ、食物しょくもつがなくなって、みんなえてしまうだろうということはあきらかだ。
「が、それに対しては、りくの生きものにあるのとおなじように、海の中の生きものにも、ほかに、栄養物えいようぶつになるものが海の中にある。植物が、食べものになるものとしてそなわっているのだ。あるしゅのものの食物しょくもつは、植物しょくぶつなのだ。彼らは植物をうんと食べるのだ。そしてそれは、直接ちょくせつ間接かんせつに、植物がそれらの生きもののすべてをやしなっていることになるのだ。
「わかりました。」とジュールがいいました。「ヒツジは草を食べます。そしてオオカミはヒツジを食べます。そうするとそれは、草がオオカミをやしなうことにもなります。それとおんなじなんですね。それで、海の中にも草があるのですか?」
非常ひじょう豊富ほうふにある。人間の牧場ぼくじょうの草むらも、海のそこのよりもたくさんにあるとはいえない。ただ、海の中の植物は、りくのとはたいへんにちがう。海の中のはけっして花を持たないし、けっしてにたとえるようなものもない。それからもない。そのねばついたもとのほうで岩にくっついているだけで、岩から栄養えいようを取らねばならぬということはないのだ。それらの植物の食物しょくもつは水から取るのであって、土地とちからではない。あるものはベタベタした革紐かわひもており、たたんだリボンのようなのもあり、長いたてがみのようなものもある。ほかのはまた小さなふさになったの形をしていたり、やわらかい鳥の頭の朶毛だもうのようなのがあり、ちぢれた羽毛うもうたのがある。それからもっとほかには、きれをメチャメチャに引きいたようなのや、螺旋状らせんじょうかったのや、あるいは木目もくめのような形のや、ネバネバした糸のようなのがある。そのあるものの色はオリーブみどりであり、あるものはあおいバラ色、またはハチミツのような黄色きいろ、あるいはかがやくようなべになどだ。これらのみょうな植物を、海藻かいそうというのだ。

   七三 ながれる水


「ぼくにわかったのは……」とエミルがいいました。「ローヌ川の水が、海にそそぐということです。
「ローヌ川は海に流れこんでいる。」と、おじさんはくりかえしました。一秒いちびょうごとに五〇〇万リットル(二万七七二〇こくずつの水が海へ入るのだ。
「そんなにたくさんの水をつづけざまに受けていたら、海はいけの水がいっぱいになりすぎたときのように、あふれ出はしませんか?」
「それはおまえたちに考えきれることじゃないよ、ぼうや。海へそそぎこんでいるのはローヌ川一つだけじゃないんだよ。フランスだけでも、ガロンヌ、ロワール、セーヌ、そのほかたくさんの川がある。そして、それはただ海へ流れこむたくさんの川のうちのごく少部分しょうぶぶんなのだよ。世界せかいじゅうの川はみんな海につづいている。それは絶対ぜったいにみんながつづいている。そして、みなみアメリカのアマゾンという川などは、一四〇〇リーグ(約二〇二五以上〔八一〇〇キロメートル〕河口かこうの広さが一〇リーグやく十二〔四八キロメートル〕以上)もある。それはどんなにたくさんの水をそそぎこむことだろう!」
「そんな大きな川も、これ以上小さな川はないというような小さな谷川たにがわでも、大小にかかわらず一様いちように、世界じゅうの川が海へそそいでいるのだということを想像そうぞうしてごらん。おまえたちの知っているあのカニのいる小さい流れだね、あの川のあるところはエミルにも飛びこすことができるだろう。そしてどこだってやっと水はひざぐらいまでしかないね。いいかい、そんな小さな流れだって、やっぱりアマゾンのような大きな川がするように、一秒いちびょうごとにいくリットルかの水を海に流しこむのだ。どの川もみんなそうなんだ。あの無限むげんな海もみんなその川の水なんだ。だが、その小さな流れは自分だけで海までの長い旅行りょこうをすることはできないのだ。それは、途中とちゅう仲間なかまのきれいなほそい流れと出会であい、いっしょになってもっといきおいのいい流れになり、それがまたほかのといっしょになって大きな川になるのだ。海に流れこむ川は、いくつもの支流しりゅうわせたもので、海はその小さな流れをんだ川の水を受けているのだ。
「流れる水はみんな……」とジュールがいいました。谷川たにがわほそい流れも、急流きゅうりゅうも、小川おがわも大きな川も、みんななしに、海に流れこんでいるのですね。そしてそれは、世界せかいじゅうにある川がみんなそうなのですね。そういうふうにして一秒いちびょうごとに海は、とても計算けいさんができないほどたくさんの水嵩みずかさを受け入れているのですね。そうすると、ぼくにもやっぱりエミルとおなじ疑問ぎもんがおこるのです。海はそんなにたくさんの水をつづけざまに受け入れていてあふれることはないのですか?」
「もしも貯水池ちょすいちに、いずみから水を受けていても、ちょうどそれだけの水をほかへ流し出しているとする。そして水はいつもいつも貯水池ちょすいちの中に入ってくる。貯水池ちょすいちはそのためにあふれるだろうか?」
「そんなことはけっしてありません。受けただけの水をなくしてゆくとすれば、それはいつもおなじりょうでなくてはならないはずです。
「海はそれとおんなじだ。ただけの水をなくしてゆくのだ。そしていつもおなじかさだけの水が海に残っていることになるのだ。谷川たにがわ小川おがわ大河たいがも、みんな海へ流れこむ。だが、その谷川たにがわや、小川おがわや、大河たいがの水はまた海からきているのだ。川の水はその大きな無限むげん貯水池ちょすいちから取ったものを、またそこへかえすのだ。
「だけど、もしあのカニのいる小川おがわが海からきたものだとすると……」とエミルが言い出しました。「おじさんがおっしゃるとおりだと、その水は塩水しおみずでなくちゃならないはずですね。ところが、ぼくはよく知っていますが、あの水はそうじゃありません。しおなんかちっともありませんよ。
「たしかに塩水しおみずじゃないよ。だが、あの小川おがわけっして、貯水池ちょすいちからあふれ出してきた水のようなふうに海からもどってくるのではない。これが海からもどってくるには、川の水になる前に、まず、空気くうきとおってくもになるのだ。
くもですって?」
くもだよ、ぼうや。ついこのあいだ、わたしがおまえたちに話してあげたことを思い出してみるんだ。
「ね、太陽たいようねつは水を蒸発じょうはつさせる。そしてその目に見えないものにわった水は、空中くうちゅうらばってしまう。海の表面ひょうめん陸地りくちの三倍もある。その広い海からはたえずたくさんの水が蒸発じょうはつして空中くうちゅうにのぼっている。その水蒸気すいじょうきくもになるのだ。そのくも四方しほうはこばれて、雨や雪になってる。その雨やとけた雪は地面じめんにしみこみ、されて、こんどはいずみになってわき出し、そのいずみはだんだんに、谷川たにがわとなり、小川おがわとなり、大河たいがとなるのだ。
「ぼく、どうして谷川たにがわの水が塩水しおみずでないかということがわかりましたよ。」とジュールがいいました。「川の水は海からきたのだといっても、おじさんが教えてくだすったとおりに、ひらたい容器ようきの中の塩水しおみず太陽たいようにあてると、水だけが蒸発じょうはつして行ってしおは残ります。海からのぼる水蒸気すいじょうきでもしおふくんではゆきません。しおは水といっしょに水蒸気すいじょうきになってゆくことはできないのですからね。で、くもからってくる雨や雪で水をつくられている小川おがわには、しおがありようはずはないのですね。
「今、おじさんがわたしたちに話してくだすったことは、たいへんに注意ちゅういすべきことですね。」とクレールがいいました。谷川たにがわも、小川おがわも、大河たいがも、すべての水の流れは、海からきて海へ帰ってゆくのですね。
「そうだ、海からきて海へ帰るのだ。すべての大陸たいりくをよせあつめたよりも三倍も大きな面積めんせきが水でおおわれた、つきることのない貯水池ちょすいちからくるのだ。そのある場所ばしょの落ちくぼんだ深淵しんえんは、十四キロメートルもはかれるほど深く、そしてなく世界せかいじゅうのすべての川の水を受け入れていて、それを受けきれないということはない。広い海の表面ひょうめんには、つねに空気と水蒸気すいじょうきせっしている。その水蒸気すいじょうきは雲となり、その雲はとけて雨となり、風においたてられて、歩きまわり、無数むすう如露じょろ〔じょうろ〕のように、地面じめんをぬらして、地上ちじょうのものに生気せいきをあたえてやす。こうして雲から雪になり雨になってってきた水は、川をみ、その水は海にられてゆく。こうして海から出た水は、大気たいきの中を雲の形でたびをし、雨になって地面じめんり、川となって大陸たいりくを横ぎってまた海へ帰っていくというように、たえず、その同じ道をめぐって同じことをくりかえしているのだ。
「海は公共こうきょう貯水池ちょすいちだ。川も、いずみも、すべての小さな流れも、みんなその貯水池ちょすいちから出て、そこへ帰ってゆく。つゆのしたたりの水も、草木くさきのうちをめぐっている汁液じゅうえきの水も、われわれのひたいにしみ出すたまのようなあせの水も、すべて、海からきてまた海へさだめられたとおりの道をとおって帰ってゆく。どんなに小さなしたたりも途中とちゅうでなくなってしまうおそれはないのだ。よし〔かりにそうであっても〕かわいたすなが水をすいこんでしまっても、太陽たいようは、どうしてそれを引き出して空中くうちゅう水蒸気すいじょうきむすびつけるかということをよく知っている。そして、その水は早かれおそかれ、ふたたび大洋たいように入るのだ。神さまの目からは何物なにもののがれることはできない。何物なにものうしなわれはしない。神さまはその手で、大洋たいようの深いふちはかっている。そして水のしたたりの数まで知っているのだ。

   七四 巣分すわかれのむれ


 ポールおじさんが話を止めたときに、みんなはにわからひびいてくる、ポン、ポン、ポン、ポンという、耳にこびりつくような音を聞きました。それはまるであの大きなニワトコの下に、鍛冶屋かじや鉄床かなとこでもすえつけたように思われるのでした。みんなはそれを何かと思って見にけてゆきました。ジャックはまじめに如露じょろ〔じょうろ〕の上をかぎでたたいていました。アムブロアジヌおばあさんもどうのソースなべ小石こいしでポン、ポン、ポン、ポンとたたいていました。
 この二人の善良ぜんりょう召使めしつかいたちは頭をさげて、一心いっしんを入れて、こんなおおまじめな空気くうきの中で茶化ちゃか囃子ばやしをやっているのでしょうか? 二人は休みなしにその単調たんちょう仕事しごとをしながら一言ひとこと二言ふたこと話しあいました。「やつらはスグリ〔セイヨウスグリ、グーズベリー〕やぶのほうへ行っているのかな?」とジャックがいいます。「なんだかこうのほうへ行くように見えますよ。」とアムブロアジヌおばあさんが答えます。そして、ポン、ポン、ポン、ポンとつづけておりました。
 ちょうどそのとき、ポールおじさんと子どもたちがました。ポールおじさんにはすべてのことが一目ひとめでわかりました。にわじゅうに赤いけむりのようなものがんでいました。それは、あるときは高くのぼり、あるときは低くしずみ、またらばったり、密集みっしゅうしてかたまりになったりしていました。そしてその赤いけむりなかからは、一本いっぽん調子ちょうしなブンブンいうはねの音がしています。ジャックおじいさんとアムブロアジヌおばあさんとは、まだそのくものあとについてたたいていました。ポールおじさんはそれを見るのにすっかり気を取られていました。エミルとジュールとクレールとはそれぞれに、何がはじまったのかと思っておどろいて見ていました。
 小さいくもがおりてきて、ジャックの先見せんけんどおりにスグリやぶに近づきます。そしてそのまわりをまわって調べてみて、一つのえだえらびます。二人はなおもっと騒々そうぞうしく、ポン、ポン、ポン、ポン、とたたきます。選ばれたえだの上にはまるくかたまったのが目に見えてえてゆき、同時にくもはだんだんに密集みっしゅうしてきて、グルグルそのまわりをまわります。ジャックおじいさんとアムブロアジヌおばあさんとはたたくのをやめました。すぐにそのスグリやぶのあるえだから大きなふさがさがりました。それからはなれているのは、もうすぐにそこに帰りつく、生きたくも最後さいごの者だけです。すべてはわりました。今は人間もそこに近づくことができます。
 エミルはそれを、ミツバチがに帰ってきたのではないかと思いました。エミルはずっと前にハチの巣箱すばこにしたいたずらをおぼえていました。おじさんはエミルを安心あんしんさせるために、その手をひいてやりました。エミルは元気げんきよくスグリのやぶに近づきました。おじさんといっしょにいるのに何のあぶないことがありましょう? ジュールもクレールもいっしょにくっついてました。それは厄介やっかいな思いをする甲斐かいのあるものでした。
 スグリやぶにぶらさがっているのはミツバチのふさでみんなそこにかたまっているのでした。おくれてきた一つはあちらこちらを行ったりたりして、いい場所を見つけています。そして、もう先におちついているものにくっつきあって場所をとります。スグリのえだはその上に乗った幾千いくせんというハチの重荷おもにがっています。最初にたものは、たしかに、いちばん強いやつです。彼らはその前肢まえあしのツメでえだをつかんで、そのあとからるすべての重さをささえるのです。あとからきたほかの者は、最初の者の後肢あとあしに自分の体をくっつけるのです。そして三列さんれつぐらいまでが、ふさのブラがるになり、それからだんだんに、四番目六番目……と、もっとずっとたくさんくっついてゆきます。それからまたこんどは、だんだんにその数をげんじて行って最後までしっかりとその手で、しがみついています。子どもたちは、おどろいてそのハチのふさの前に立ちました。その赤い光沢こうたくのあるはねとはかがやいていました。けれどもみんなは、すこしはなれたところで用心ようじんぶかくしていました。
「あんまり近づいたら、さされるでしょうか?」とエミルがたずねました。
「今のような場合では、めったにさしはしまい。もしおまえが、考えなしにそばに行ってハチをいじめたら、そのときにはハチがどうするか、おじさんにはその答えはできない。だがハチをそっとしておいて、おとなしく見ているのならば、何もこわいことはない。ハチどもは今、小さな物好ものずきな子どもをさすことよりは、もっとほかの心配しんぱいをしているのだ。
「その心配しんぱいというのは何です? ハチどもにはもう、これからみんなるのだとだれでも思うように、何ごともないように見えるじゃありませんか。
「自分のむ村もなく、住家すみかをつくるところをさがしている人間のまじめな心配しんぱいとおなじ心配だ。
「ミツバチに村がありますか? それに――」
「ハチにはがあるよ。そのはハチのための住居じゅうきょのおなじものがたくさん集まったものだ。
「では、ハチどもは、その中にを見つけているのですね?」
「そうだ、を見つけているのだ。
「そしていったいこの宿やどなしのハチどもは、どこからたんでしょう?」
にわの中の古いからきたのだ。
「だけどハチどもは、よそに新しく領分りょうぶんをさがしに出なくても、あすこにいてもいいんでしょうがねえ。
「あそこにはいられないのだ。あのの中の人口じんこうがふえて、みんなのいるのには部屋へやがたりなくなったのだ。だから一匹いっぴき女王じょおうにみちびかれて、本国ほんごくはなれ、大冒険だいぼうけんをして自分たちのための新しい殖民地しょくみんちをどこか他所よそで見つけるのだ。この移住隊いじゅうたいのことを巣分すわかれのむれ分蜂ぶんぽうというのだ。
「そのむれをみちびく女王じょおうは、―では、そこのふさの中にもいるんですね?」
「いるとも。その女王が、スグリのやぶにおりて、仲間なかま全体ぜんたいをそこにめさせたのだ。
 村とか、女王じょおうとか、移住いじゅう殖民地しょくみんちなどという言葉ことばは、子どもたちの頭に印象いんしょうを残しました。みんなはそんな、人間の政治学せいじがく条件じょうけんをハチにあてはめた言葉を聞いてビックリしてしまいました。たずねたいことが、あとからあとから出て来ます。が、ポールおじさんは耳に入れませんでした。
巣分すわかれのハチが、巣箱すばこに入ってしまうまでおち。そしたら、おじさんはおまえたちに、おどろくようなハチのお話しを長くつづけてしてあげる。そして今はただ、なぜジャックおじいさんとアムブロアジヌおばあさんが、如露じょろやソースなべをたたいていたのかという、クレールの質問しつもんにだけ答えよう。
「もし、巣分すわかれのハチどもが、その村から飛び出して行ってしまったら、そのミツバチをわたしたちはくしてしまうことになる。そこで、それをにわの中の木にりさせて、そこでむれをかためてふさのようになるようにみちびいてやることが必要ひつようなのだ。それには古くからの考えで、何か音をさせるといいということになっている。その音はかみなり真似まねるので、いわばまあ、そのハチどもはあらしが近づいたというおそれで、大急おおいそぎで避難所ひなんじょをさがすのだというのだ。わたしはハチが、古い如露じょろをたたく音であらしをおそれるような馬鹿ばかげたものだとは信じない。ハチは古い巣箱すばこからあまり遠くなくハチどもにてきした場所でありさえすれば、ちょうどいいと思ったときにちょうどいいところにりるのだ。
 ジャックが、一方いっぽうの手ではかなづちをげ、一方の手をかざして見ながらポールおじさんをびました。おじいさんは新しいいたで、巣分すわかれをしたハチどものために家をつくっているのでした。夕方ゆうがたになると巣箱すばこができあがりました。そこのほうにはハチの出入口でいりぐちになる小さなあなが三ついています。そして、内側うちがわには、今にできるはずの蜜窩みつかをささえるための幾本いくほんかの木釘きくぎがあります。一つのひらたい石が、かべに立てかけておいてあったのが、巣箱すばこ台石だいいしになりました。日のかたになって、みんなはスグリやぶに行きました。ハチのかたまりはえだからはなすときに、すこしれて巣箱すばこの中に入りました。最後にその巣箱すばこ台石だいいしの上にかれました。
 つぎの朝ジュールは、ハチがどうしているか見に出かけました。その家はハチどもにちょうどよくできていました。ハチどもは巣箱すばこの小さなとびらの外に一つずつ出てきては、台石だいいしの上のあたりでちょっと自分の体をさすっては、にわの花のほうに飛んで行きます。ハチどもははたらきにゆくのです。殖民地しょくみんちはもう見つけ出されたのです。重大じゅうだい会議かいぎで、すべてのことは夜のあいだに決定けっていされたのです。

   七五 蜜蝋みつろう


 ポールおじさんは、約束やくそくわすれませんでした。おじさんはまっさきにできた閑暇ひまを利用して、子どもたちにミツバチの話をして聞かせました。
非常ひじょうによくハチをまわせる巣箱すばこには、二万から三万のハチが入っている。その人口じんこうはほとんどわれわれ人間のつくった、ちょっとした町ぐらいにはなる。町では、すべてのものがおなじ商売しょうばいをするわけにはゆかない。パンきはパンをつくる、石工いしくやレンガは家をつくるし、大工だいく家具かぐをつくり、洋服屋ようふくや着物きものをつくる。手みじかにいえば、それぞれの仕事によって職人しょくにんがいる。そのようにハチの社会しゃかいにもいろいろな分業ぶんぎょうがある。すなわち、母親ははおやがあり、父親ちちおやがあり、労働者ろうどうしゃがあるというふうに。
「まず第一だいいちに、母親ははおやとしては、それぞれの巣箱すばこの中に一匹いっぴきしかいない。ただの一匹いっぴきだ。そのハチが全人口ぜんじんこう母親ははおやなのだ。それを女王じょおうバチという。この女王じょおうバチは、その大きな体で労働者ろうどうしゃからはきん出ており、そしてはたら道具どうぐを持たない。そのハチの仕事はたまごむことなのだ。それはいっぺんに一二〇〇ものたまごをその体に持つのだ。そして最初さいしょたまごんでしまうと、すぐにまたつぎのたまごを持つのだ。なんというおどろくべき女王じょおうの仕事だろう? しかしまた、ほかのハチどもがその共同きょうどう母親ははおやを見るのにやさしい注意ちゅういをすることはどうだろう! そのていねいな気のつけかたはどうだろう! 彼らはそのとうと母親ははおや一口ひとくちずつごちそうをする。彼らは、自分で食物しょくもつを集めるひまのない女王じょおうバチのために、いちばん上等じょうとうのものを食べさせる。そして、あとからあとからとたまごむのがたった一つの役目やくめなのだ。
父親ちちおやの仕事をするのは、六〇〇から八〇〇ぐらいまでのなまけもので、バチというのだ。バチは、労働者ろうどうしゃのハチよりは大きく女王じょおうよりは小さい。その大きなはれたは、頭の先にひっつきあってついている。バチは螫毛さしけを持っていない。どくを持った小剣しょうけんを持っているのは女王じょおう労働者ろうどうしゃだけだ。バチはその武器ぶきをはぎ取られている。そのバチは何をするのか? といういがある。それは、いつか、女王じょおうバチが外を飛びまわって楽しむときに、そのおともをするのだ。そして、もうそれ以上は何も聞くことはない。彼らはみじめに外でぬか、あるいはもしに帰ると労働者ろうどうしゃから冷淡れいたんに取りあつかわれる。労働者ろうどうしゃバチをごくつぶしだというので虐待ぎゃくたいして仲間なかまに入れないのだ。そして、すぐに労働者ろうどうしゃ仲間なかまには不必要ふひつようバチをつつきまくる。しかし、それでもまだその虐待ぎゃくたい平気へいきでいれば、こんどは最後の手段しゅだんがとられる。いつか、天気てんきのいい朝、労働者ろうどうしゃどもは、バチをどれもこれもころしてしまう。そしてその死体したい巣箱すばこからはき出されてしまっている。それがバチの最後だ。
「さて、労働者ろうどうしゃだが、これは一匹いっぴきの女王バチに、二万から三万のハチがついている。この労働者ろうどうしゃはたらきバチというのだ。そのはたらきバチのある者は、おまえたちが、にわの中を花から花へ飛びまわって取り入れをしているのを見るだろう? あのハチなのだ。それからもう一つのほかのはたらきバチは、その外へ出ているはたらきバチよりはすこし年をとっていて、したがって経験けいけんをつんでいる。このハチはの中に残っていて、の中での必要ひつよう仕事しごとをする。そして、女王バチのんだたまごからかえった幼虫ようちゅう食物しょくもつをわけてやる。この二つのはたらきバチの体には区別くべつがある。みつ材料ざいりょうをあつめて蜜蝋みつろうをつくるろうバチは若い。家にいて家族かぞくのめんどうを見る養育よういくがかりのハチのほうは年をっている。この二種類にしゅるいはおたがいにっからの相異そうい固持こじしているのではない。熱情ねつじょうにみち、冒険的ぼうけんてきわかいときには、ハチは蜜蝋みつろうつくりの仕事にしたがう。ハチは野原のはらに飛んで行って、花をたずねては食料しょくりょうをさがし歩く。そしてあるときは、わるだくみを持った侵略者しんりゃくしゃに対して、螫毛さしけさやをはらって、おおいに自分を主張しゅちょうするために飛びかかってゆく。そしてそのしみ出させる蜜蝋みつろうで、倉庫そうこや小さな部屋へやがつくられる。その小さな部屋へやは、小さい幼虫ようちゅうくところなのだ。そのはたらきバチが年をとってくると、経験けいけんんでくる。しかし、わか熱情ねつじょうをなくする。そこで家にいて、子どもの養育よういくがかりというこまかい面倒めんどうな仕事をするに相応そうおうするようになるのだ。
 このポールおじさんの前置まえおきの、ハチの仕事がちゃんと三つの階級かいきゅうめられているという話は、子どもたちにたいへんな興味きょうみをおこさせました。みんなはハチが、そんな不思議ふしぎ念入ねんいりな、共同きょうどう規則きそくを持っているということを知っておどろきました。まっさきにジュールがおじさんに質問しつもんしはじめました。子どもは、知りたいと思うことは何でもみんな、すぐに知らなければ承知しょうちができないのです。
「おじさんは、蜜蝋みつろうバチは蜜蝋みつろうをつくるとおっしゃいましたね。ぼくはまた、もう花の中でできあがっている蜜蝋みつろうをハチが見つけだすのかと思っていましたよ。
「できあがったものを見つけだすのではない。ハチがそれをつくるのだ。それをしみ出させるのだ。別の言葉でいえば、かきが自分のからの石をしみ出すように、メレアグリナが真珠貝しんじゅがい真珠しんじゅをしみ出すように、ハチは蜜蝋みつろうをしみ出さすのだ。
「ハチのをよく見ると、それがいくつものがひっつきあってできていることがわかる。そしてどの昆虫こんちゅうでも、みんなそれと同じようにできている。こういうふうにいくつもの部分ぶぶんがひっつきあってできているというのは、例外れいがいなしに、すべての昆虫こんちゅうつのでも、触角しょっかくでも、あしでも、みんな同じことなのだ。もともとこの insectインセクト すなわち昆虫こんちゅうという言葉は、れになっているという意味いみで、このいくつもの部分ぶぶんがひっつきあっているというところからきたものなのだ。実際じっさい昆虫こんちゅうからだはそういうふうにいくつものれがひっつきあってできているのだ。
「そこでハチの胃袋いぶくろの話にもどる。その胃袋いぶくろの中には、別々べつべつにたたまれたなかよりは下のほうに見い出される。それが蜜蝋みつろうをつくりだす機械きかいなのだ。そこに皮膚ひふをとおしてあせがしみ出すように、蜜蝋みつろう材料ざいりょうになるものがすこしずつしみ出るのだ。そのしみ出したものはもってうすそうになる。ハチはあしでそれをこすってはがすのだ。そこには八つの蜜蝋みつろうをつくる機械きかいがあって、一つがなまけているときにはほかのがはたらくというようにして自分の思いどおりにいつも蜜蝋みつろうそうをつくっている。
「ハチはその蜜蝋みつろうを何にするのですか?」
「それで、蜜窩みつかをつくるのだ。それはみつをたくわえておく倉庫そうこで、そして幼虫ようちゅうの形をしたハチの子をそだてる小さないくつもの部屋へやだ。
「じゃ、その家をてるのに……」とエミルが言い出しました。「その胃袋いぶくろひだから取った蜜蝋みつろうそうてるのですね? そうだとハチはたいへん独特どくとく工夫くふうんだところを見せるわけですね。それはちょうど、ぼくたちが家をてるためにいる石やなんかを手に入れるのに、自分の体をこするようなものですね。
「カタツムリは……」とおじさんはむすびました。「もう人間を、そういう動物の独特どくとく理想りそう不思議ふしぎがらせないようにならしてしまっている。カタツムリは自分のからをつくるのに石をしみ出さすのだ。

   七六 蜜房みつぼう


 みつをたくわえておくために、そして幼虫ようちゅうそだてるために、ハチはその蜜蝋みつろうで、蜜房みつぼうという一方いっぽうのはしはひら一方いっぽうのはしはふさがっている小さないくつもの部屋へやをつくる。それはどれもみんな規則きそく正しい六角形ろっかくけい排列はいれつされている。幾何学上きかがくじょうの言葉ではそれぞれが六角形角�かくとう角柱かくちゅう、あるいは六面ろくめん角�かくとうということができるだろう。
「この形の科学かがく、ひっくるめていえば幾何学きかがく奉仕者ほうししゃとそのうつくしいものの付属物ふぞくぶつの言葉の紹介しょうかいにおどろいてはいけない。ハチはこの上はないというような熟練じゅくれんした幾何学者きかがくしゃだ。彼らの仕事には、いちばん高い知識ちしき運用うんよう必要ひつようなのだ。すべての人間の理論りろんの力は、一歩いっぽ一歩、昆虫こんちゅうの科学にしたがってきたのだ。そこでわたしもすぐに、その目的もくてきかえって、それはたいへんむずかしいのだが、おまえたちにわかりやすいように話してみることにしよう。
蜜房みつぼう背中せなかわせに、ふさがっているほうのがわ同志どうしむすびついて、ついになって水平すいへいにおかれる。そしてなお、二つのとなりあった部屋へや仕切しきかべのようになったそれぞれのひらたい側面そくめんをくっつきあわせて多く少なく、いろいろにならべられてある。そしてその小部屋こべやのふさがっているほうのがわ同志どうし背中せなかわせになった二つのそうのことを蜜窩みつかというのだ。この蜜窩みつか一方いっぽうがわには同じそう部屋へや入口いりぐちがみんなあり、第二のそうの部屋は反対はんたいのがわにひらいている。最後に、その蜜窩みつか巣箱すばこの中に、半面はんめんは右、半面はんめんは左を向けて垂直すいちょくにつるされている。その上のほうのふちは、巣箱すばこ屋根やねか、あるいはその屋根やね内側うちがわ交差こうさしているぼうにくっついている。
「一つの蜜窩みつかでは、人口じんこうが多いときにはじゅうぶんではないので、またはじめのとおりなのをほかにつくる。いろいろな蜜窩みつかが、おたがいに並行へいこうして、その中間ちゅうかんにすきまを残してならんでいる。それらの蜜窩みつかまちで、広場ひろばとおりは、ちょうどわれわれの家の戸口とぐちとおりに向かって右左から開いているように、となりあった蜜窩みつか小部屋こべやが向きあった、二つのそうのあいだにできている。ハチはそこを一つの扉口とびらぐちからほかのへとめぐって倉庫そうこのように使っている部屋へやの中へみつをたくわえたり、あるいは一つ一つほかの部屋に行って若い幼虫ようちゅうに、食物しょくもつをわけてやったりする。そして必要ひつようなときには、それらのおおやけ場所ばしょにあつまって、公共こうきょう問題もんだいについて考えたり、会議かいぎをしたりする。たとえば、養育よういくがかりのハチが、幼虫ようちゅう食物しょくもつ世話せわをしてあちらこちらを歩いているうちにか、あるいは蜜蝋みつろうバチが一生いっしょう懸命けんめいに自分の体をこすって蜜蝋みつろうを引き出して家をてはじめているうちに、バチをい出す隠謀いんぼうができている。ところに、そのとき新しい女王バチが生まれて巣箱すばこの中に内乱ないらんがおこる。するとみんな集まっての相談そうだん移民いみん計画けいかくじゅくする。そこで――だが、そう先走さきばしりをして話すのはやめにしよう。蜜房みつぼうの話に帰ろう。
「ぼくは、そのめずらしいハチの話をみんな、ほんとうに知りたいんです。」とジュールがいい出しました。
「おち! まずなによりも蜜房みつぼうがどうしてできているかを見よう。ハチはその必要を感ずるとそのひだから蜜蝋みつろうのうすいそうをひきだして蜜房みつぼう材料ざいりょうにする。そのすこしばかりの蜜蝋みつろうそうは、そのの間、すなわち二つのあごの間にくわえられる。ハチはそれをかみしめて、その仲間なかまのあいだをけぬける。『わたしをとおしておくれ』と言っているように見える。『さあ、わたしは仕事をしなければならないんだから。』そうして道をかきわけてゆく。そのハチは仕事場しごとばなかに場所をとる。蜜蝋みつろうはあごの間でもまれているし、きれてもいる。ハチはそれをリボンのようにたいらにのばす。それからまたそれをたたく。そしてもう一度もんで、かたまりにしてしまう。同時どうじに、それにつばふくませる。それはそのかたまりをやわらかくするのだ。その材料ざいりょうが、ちょうど適当てきとう程度ていどになったときに、ハチは少しずつ少しずつそれをはりつける。余分よぶんなところを切りおとすには、あごがハサミのように使われているし、触角しょっかくはたえず動いてさぐばりのようにも、またコンパスにも使われている。それは蜜蝋みつろうかべにさわってそのあつさを調べ、くぼみへつっこんで、そのふかさをたしかめる。このおそろしくていねいで、規則きそく正しい建物たてもの完全かんぜんにつくりあげさす、その生きたコンパスのかたはなんというすばらしいものだろう! そのうえ労働者ろうどうしゃけ出しだと、じょうずなハチが経験けいけんをつんだでそれを見はっていて、ほんのすこしのあやまちがあっても、すぐに、それをとらえて急いでつくりなおす。下手へた労働者ろうどうしゃは、ひかえめがちにそのそばで、仕事をおぼえるためにそれを注意ちゅういしている。細工さいくをおぼえてしまうと、またはたらきはじめる。数千すうせん蜜蝋みつろうバチがいっしょにはたらいて、二デシメートルから三デシメートル〔二〇〜三〇センチメートル〕の広さの蜜窩みつか一つをつくるのに、しばしば一日いちにち仕事のことがある。
「おじさんはわたしたちに話してくださいましたわね」とクレールがいいました。「その蜜房みつぼう幾何学的きかがくてき排列はいれつ特別とくべつめずらしいものだって。
「今、ちょうどその立派りっぱ話題わだいへきたところだ。だが、わたしはまえもっておまえたちに、ちょっと言っておくことがある。おまえたちにはハチの建築術けんちくじゅつのすぐれたうつくしさは、まだなかなかのみこめるもんじゃない。いいかいジュール、そのつまらない虫のつくった蜜蝋みつろうの家を、ほんとうによく知ってしまうには、ほんとうに少数しょうすうの人たちしか持っていない、最高さいこう知識ちしきがいるのだ。それをおまえが研究けんきゅうして、そのめずらしいものをすっかりわかるには、これからのおまえの長い前途ぜんとを、できるだけじゅうぶんに打ちこまなければならないのだ。だが、今はただ、わたしが話して聞かせるだけのことにしておこう。
蜜房みつぼうは、あるものはみつを入れておく倉庫そうこのように、あるものは幼虫ようちゅうのためののように使われる。それは蜜蝋みつろうでつくられている。その材料ざいりょうは、ハチも無制限むせいげんることはできない。ハチどもは、がすこしばかりの蜜蝋みつろうそうをしみ出させるまでたなければならない。そしてそのそうをつくりだすのもゆっくりで、よほど自分の体をけずってもいるのだ。ハチは自分の体の材料ざいりょう建築けんちくをするのだ。それは自分をやせさせてしみ出させたところのものをもって蜜房みつぼうをつくっているのだ。その蜜蝋みつろうがハチにとってどれほど貴重きちょうなものかということと同時どうじに、それをハチどもがどんなに厳重げんじゅう経済的けいざいてきに使わねばならぬか、判断はんだんができるだろう。
「それにまだ、たいへんな数の家族かぞくやしなわねばならない。倉庫そうこにあるみつ公共こうきょうの必要におうずるようにふやしてゆかなければならない。そのうえになお、それらの倉庫そうこ育児室いくじしつになる小さな部屋をできるだけつくってゆかねばならないのだ。それも巣箱すばこのさまたげにならないように、二万も三万もの市民しみんが自由にそこらを飛びまわって歩くのにすこしも不都合ふつごうを感じないようにしなければならないのだ。最後に、ハチにとってもっとも困難こんなん問題もんだいにぶつかるのだ。彼らは最少さいしょう空間くうかんに、できうるかぎり最少さいしょう蜜蝋みつろうで、できるだけたくさんの蜜房みつぼうをつくらねばならないのだ。さあジュール、おまえはこのハチの問題もんだいをとくことができそうかい?」
「おじさん、ぼく、その説明せつめいがよくわかりません。
蜜蝋みつろう節約せつやくするのに、まず最初の仕事をはじめる前に非常ひじょうにかんたんな方法ほうほうを考える。それはその部屋と部屋とのあいだの仕切しきりをつくるのに、たいへんうすくすることだ。おまえだって、この最初の方法ほうほうは、ハチとまったくおなじことをするだろう。ハチはその蜜蝋みつろうかべを、紙のようにうすくつくる。だが、これではまだ不十分ふじゅうぶんなんだ。もっと重大じゅうだいな必要は、いちばん経済的けいざいてきな形をさがして、その形で部屋をつくるということだ。さあ、みんなで考えてみよう。どうすれば、空間くうかん蜜蝋みつろうとの経済的けいざいてき条件じょうけんにあてはまるような形の部屋ができるだろう?」
「まず、その小部屋こべやをまるいものとして考えてみよう。紙の上に、ある同じ大きさでおたがいにれあうえんをいくつか書いてみる。それらのとなりあった三つの部屋のなかには、始終しじゅうすきまができてくる。その何もならないムダなすきまがたくさんにできることは、その部屋をつくるために経済的けいざいてきなやりかたではない。円形えんけいではダメだ。
「それではこんどは四角しかくにしてみよう。紙の上におなじ大きさの四角しかくを書こう。これは側面そくめん側面そくめんとをくっつけて間にすきまを残さずに正しくならべてゆくことができる。この部屋のゆかにはめこんだ小さな四角しかくな赤レンガをごらん。このレンガは、間にすこしもすきまを残さず、どの側面そくめんれあっている。そこで四角しかくな形は、第一の条件じょうけん、すなわち、すきまを利用しているという条件じょうけんにはあてはまる。
「だが、ここにまたほか困難こんなんなことがあらわれてくる。四角しかくなかっこうをした部屋では、それをてるときに使った蜜蝋みつろうりょうのせいで、じゅうぶんなみつをささえることができなくなってくる。そのりょうをふやすためには、そのかくめんの数をできるだけたくさんにふやさなければならない。このはっきりした真理しんりをおまえたちにちゃんと見せてのみこませてやることは、わたしにはできそうにない。それは、おまえたちの知識ちしきとはまだずっとへだたりのあることなんだからね。そのめんをふやすという理屈りくつは、幾何学きかがくたしかなことだとみとめているのだ。で、それを事実じじつについて考えてみよう。
「できあがった形をえらんで、そこから出発しゅっぱつして考えることにする。側面そくめん側面そくめんをあわせて、すこしもムダなすきまを残さずにおくことのできる、すべての規則きそく正しい形のものの中から、おまえたちはもっともその側面そくめんの数の多いものをえらばなければならない。そうすれば同じだけの蜜蝋みつろうを使ってもたくさんのみつをささえることができるだろう。
幾何学きかがくは、すきまをつくらずにならべることのできる正しい形はただ三角さんかくか、四角しかくか、六角ろっかくと教えている。それだけだ。ほかの形ではすべての周囲しゅういがふれあって、しかもすこしもすきまを残さないようにすることはできないのだ。
「そうすると、その六角形ろっかくけいをとって部屋をつくれば、もっとも少ない空間くうかんに、もっとも少ない蜜蝋みつろうですべての部屋をあつめることができ、そしてたくさんのみつをたくわえることができる。ハチはだれよりもよくそのことを知っていて、ほかのどの種類しゅるいにもけっしてない六角形ろっかくけいの部屋をつくるのだ。
「ではハチは……」とクレールが聞きました。「わたしたちのように、あるいはわたしたち以上に、その理屈くつを知っていて、そんな問題もんだいいたのでしょうか?」
「もしもハチが、前もってよく考え、計画けいかくをたてたあとでその蜜房みつぼうをつくったら、それはおどろくべきことだよ、クレールや。動物は人間の競争者きょうそうしゃになるだろう。ハチはふか幾何学者きかがくしゃだが、それは、もっと荘厳そうごん幾何学者がくしゃ、すなわち神さまの霊感れいかんもとに知らずしらずの間にその仕事をしただけなのだ。さあ、もうこの話はやめよう。おまえたちにこの話がよくわかったかどうかあやしいが、しかし、もうすこししたら、このおどろくべき世界せかいのことに、おまえたちのけてやることができよう。

   七七 ハチミツ


「ハチは勤勉きんべんだ。朝日あさひがのぼるころには、巣箱すばこからずっとはなれたところへ飛んで行って一つずつ花をたずねてはたらいている。おまえたちはもう花の中の、虫をひきつけるものを知っているはずだね。わたしはおまえたちに、前に花蜜かみつのことについて話しておいた。それはあま液体えきたいで、花冠かかんそこからしみ出して小さなはねのある虫どもをさそい、それで柱頭ちゅうとうの上のやくをゆするようになっている。この花蜜かみつが、ハチにようなものなのだ。これが、自分のたいへんなごちそうであり、なおまた女王バチにも、ほかのものにもやはりたいへんなごちそうなのだ。そして、それがハチミツのもとなのだ。どうしてその液体えきたいを家に持って帰ってほかのものたちをよろこばせるのだろう? ハチが持っているのは、水差みずさしでもないし、びんでもない、つぼでもない。そういう種類しゅるいのものじゃないのだ。ああそうだ、それは、それ、アリがジラミのちち労働者ろうどうしゃに持って行ってやるように、自分のかんというような、胃袋いぶくろ、腹、いぶくろでくばってやるのだ。
「ハチは一つの花に入って、花冠かかんの底のほうへ長いそしてやわらかな、それであま液汁えきじゅうをなめるしたのようなものをつっこむ。一滴いってきずつその花からしるい出す。そしていぶくろはいっぱいになる。同時にハチは、花粉かふんつぶをすこしずつむ。なおそのうえに、このいい荷物にもつ巣箱すばこに持って帰ろうと思うのだ。この仕事のためにハチは特別とくべつ器物きぶつを持っている。まず第一がムクだ。それから、ブラシと、カゴだ。それはあしがその役に立つのだ。ムクとブラシは取り入れに、カゴは持ちはこびに使われるのだ。
「最初にハチはおもしろがってその花粉かふんをかぶったしべの中をころがる。そしてあちらこちらころがっているハチのビロード体の後肢あとあしのはしに、内側うちがわのほうに四角しかくに、みじかいあらい毛が逆立さかだっているところがある。それがブラシのような役に立つのだ。虫のムクの上にらばった花粉かふんつぶは、そのブラシで集められて小さなきゅうになる。それはあしの間につかまれる。それがカゴという名でよばれるのは、後肢あとあしのブラシのすこし上のほうの外側そとがわの毛で一つのくぼみがふちどられているからだ。そこにある小さな花粉かふんきゅうは、こなだらけになったムクの上を大急おおいそぎではき集めてみあげたものなのだ。その荷物にもつけっして落ちることはない。なぜならカゴのふちの毛がそれをささえているからだ。そしてまた、そこのほうにかってねばりついているのだ。女王バチやバチはそれらのはたら道具どうぐを持っていない。そういう器物きぶつはたらかないバチや女王バチにはようがないのだ。
「そのハチが花をたずねてはカゴの中に集めこんだ花粉かふん荷物にもつの小さいきゅうは、だれにでもその後肢あとあしの間で見えますか?」
「もちろんさ。ハチは花冠かかんの底からうんとそのあましるをなめる。花粉かふんをいくどもいくどもはき集める。そして最後にはいぶくろはいっぱいになりカゴはあふれ出る。巣箱すばこに帰るときになったのだ。ハチは、そんなにたくさんのみやげといっしょに大急おおいそぎで飛んで行く。
「そこでその帰りみちにつけこんで、そのハチミツの原質げんしつについて調べてみることにする。ハチはそのいぶくろの中にいっぱいになったあま液汁えきじゅうとカゴの中の二つの花粉かふんたまを持ってゆく。だが、それはまだみんなハチミツではない。ほんとうのハチミツをつくるのには、ハチはその原素げんそ準備じゅんびする。それは集めてきた花蜜かみつ花粉かふんたまだ。それを料理りょうりするのだ。そのいぶくろの中でグツグツ煮立にだたすのだ。その小さな胃袋いぶくろは、はこんでくるのにつぼとして役に立ったよりも、もっといいものになる。それはおどろくように精巧せいこう蒸留器じょうりゅうきなのだ。その中で、なめてきた液汁えきじゅうみとった花粉かふんつぶとが消化しょうか作用さようでおいしい果イかこうわってしまう。それがハチミツなのだ。これで、そのじょうずな料理りょうりはすんだのだ。そのいぶくろいっぱいにつまっているのがハチミツだ。
「ハチはく。もし、いいまわりあわせで女王バチに出会であうと、労働者ろうどうしゃのハチは女王を尊敬そんけいして、その胃袋いぶくろから第一のひとすすりを口から口へとささげる。それからあき部屋べやをさがしてその倉庫そうこの中に自分のくびをつっこんで、そのしたをさし出して胃袋いぶくろの中につまっているのをはき出す。そしてそこにハチがはき出したほんとうのハチミツがあるのだ。
「みんなはき出してしまったのですか?」とエミルがたずねました。
「みんなじゃない。胃袋いぶくろの中につまっているものは、ふつう三分さんぶんされるのだ。一部分いちぶぶんに残っていて家の中の仕事をしている養育係よういくがかりのために、第二には、まだの中にいる小さいもののためで、第三には自分のためでそれはハチミツになるのだ。よくはたらくためには食物しょくもつがなくてはならないだろう?」
「じゃあ、ハチはみつを食べるのですか?」
「そうさ。おまえはたぶん、ハチが人間のために特別とくべつみつをこしらえたんだとでも思っていたね。そんなことを考えちゃいけない。ハチは自分たちのためにみつをつくるのであって、人間のためにつくるのじゃあない。人間は、ハチのとみをぶんどるのだ。
花粉かふんの小さなたまは何になるんです?」とジュールがたずねました。
花粉かふんみつをつくる中に入れてしまうのだ。そしてハチの栄養物えいようぶつとして役に立つのだ。はたらきバチはその取り入れの仕事から帰ってきて、その後肢あとあしを、幼虫ようちゅうみつかどっちかのいてある部屋の中に入れる。そしてなかあしの先でその小さなたまはなしてそれをそこのほうにきこむ。その遠足えんそくをくりかえしていると、最後には部屋の中は、はき出したみつと、しまっておく花粉かふんがいっぱいになる。養育係よういくがかりは、それらの食物しょくもつをひき出して、部屋から部屋へと歩いてすこしずつのわけまえを小さいものどもにけてやるのだ。それからまた自分の食物しょくもつにもするのだ。そして天気てんきわるいときに全人口ぜんじんこうをやしなうそこに財産ざいさんを見つけ出すのだ。
「花はねんじゅういてはいない。そのうえにまだ休みの日がある。雨降あめふりの日にはハチは飛び出して行くことができない。そこで、花粉かふんみつをたくわえて、うまく供給きょうきゅうする必要ひつようができてくる。で、花がたくさんあって、その収穫しゅうかくがすぐに入用いりよう以上をすときに、はたらきバチはすこしもなまけずにみつ花粉かふんをあつめて部屋の中にしまいこむ。そしてその部屋がいっぱいになるとすぐに蜜蝋みつろうでそれをおおうてしまう。
「そのたくわえられた食料しょくりょうは、いつか食物しょくもつが少なくなった場合ばあい用心ようじん保護ほごされるのだ。その蜜蝋みつろうのおおいは厳重げんじゅう注意ちゅういされている。はやまってそれに手をつけたものは国事犯こくじはんというたいへんなつみになるにちがいない。必要なときになると、ふうははがされて、それぞれその蜜窩みつかから引き出す。しかし節制せっせいとつつしみはちゃんと持っている。その蜜窩みつかがおしまいになると、またほかふうをやぶるのだ。
「若いハチはどういうふうにそだてられるのですか?」というのはジュールの第二の質問しつもんでした。
として使うようにめられた部屋が、蜜蝋みつろうバチによってじゅうぶんに用意よういされたときに、女王バチは一つ一つの部屋にその大きなおなかをたいへんな努力どりょくでひきずっていく。養育係よういくがかりのハチはていねいな従者じゅうしゃの形だ。それぞれの部屋の中に一つだけたまごむ。数日すうじつのうち――三日から六日まで――に、このたまご幼虫ようちゅうの形になる。それはコンマのようにまがった、足のない、白い小さな虫だ。それから養育係よういくがかり面倒めんどうな仕事がはじまるのだ。
養育係よういくがかり毎日まいにち、そして一日のうちの毎時間まいじかん、この小さい虫に栄養えいようけてやらなければならない。それはみつでもなければ花粉かふんでもない。しかし、最初のよわ胃袋ぶくろ必要ひつようさにして用意よういしたものがある。それははじめには水のようなのりで、ほとんどあじのないものだ。それからすこしあまくなり、最後に純粋じゅんすいみつで、それがいっぱいのさになった食料しょくりょうだ。われわれはいているあかぼうにくをやるだろうか? そんなことはしない。しかしおちちをやり、それからパンがゆをやる。ハチだっておんなじことだ。ハチはみつを持っているけれども、それは強い者のための強い食物しょくもつだ。そして弱い者の食物しょくもつは弱い者のためにあじのないパンがゆがある。ではハチは、どうしてそれらの食物しょくもつ用意よういするのだろう? それを話すのはむつかしい。たぶんハチはみつ花粉ふんとをまぜあわし、ちがったものにするのだろう。六日間むいかかん幼虫ようちゅうはヒナといわれるまでの発育はついくをとげる。それからほかの昆虫こんちゅう幼虫ようちゅうのように、変態へんたいをするためにその世界せかいから隠退いんたいする。その変形へんけい危急ききゅう瞬間しゅんかん肉体にくたい苦痛くつうをふせぐために、それぞれの幼虫ようちゅうは部屋の内側うちがわきぬで線をひく。そしてはたらきバチはその上を蜜蝋みつろうでおおうてしまう。きぬの線の中では皮膚ひふ外側そとがわをひきはがして、さなぎへの経過けいかをとげる。十二日後にはさなぎは第二の誕生たんじょうの深いねむりから目ざめる。そして自分の体をふるわし、そのせまい纏衣まといをひきちぎると一匹いっぴきのハチが出てくる。蜜蝋みつろうのおおいはうちじこめられた虫がかみやぶり、同時に外からその蘇生そせいを助けるはたらきバチによってやぶられる。そして巣箱すばこには新しい市民しみんくわわるのだ。新しく生まれたハチは、はねかわかしたり、体をみがいたりしてちょっとお化粧けしょうをして、それから仕事に出て行ってしまう。その仕事は別におそわらなくても知っているのだ。蜜蝋みつろうバチには若いハチがなり、養育係よういくがかりには年をとったのがなるのだ。

   七八 女王じょおうバチ


女王じょおうバチに生まれるようにさだめられたたまごは、ふつうのはたらきバチがえるところよりはずっとしっかりして、外見がいけんもいい特別とくべつ部屋へやの中に生まれる。ふつうのはたらきバチの部屋の形は一般いっぱんのものだ。が、女王バチの部屋はゆびぬきの形をしている。それは蜜窩みつかふちにしっかりついていて王房というのだ。
「女王バチがその部屋の中でたまごを生むときには……」とジュールがたずねました。「それがはたらきバチのたまごか女王バチのたまごか知っているのでしょうか?」
「いや、女王バチは知らない。知る必要ひつようもないのだ。女王バチのたまごはたらきバチのたまごとのあいだには何もちがったてんはないのだ。そのあつかいだけでたまごから出るものがまるのだ。あるあつかいをうけた若い幼虫ようちゅうが、未来みらい巣箱すばこ繁昌はんじょうのもとになる一匹いっぴきの女王バチになるのだ。そしてほかの方法であつかわれたものがブラシやカゴを持ったはたらきバチになるのだ。ハチが女王バチをつくろうとするときには、その特別とくべつの王房に生まれたたまごをその目的もくてきであつかうのだ。われわれ人間を若いときのあつかいや教養きょうようでそういうふうに仕上しあげることができるだろうか? 人間をあつかいや教養きょうようおうにしたり百姓ひゃくしょうにしたりすることはできない。けれども、ミツバチの国ではそれがいちばんいいのだ。そして不埒者らちものの間ではそんなことはいっそうわるいことになるのだ。
「ハチには、われわれのようないろいろことなった教育法きょういくほう不必要ふひつようだ。人間は、心にかけられるかぎりその注意を、心の感激かんげきを強くし精神せいしん向上こうじょうけるようにする。ハチの教育きょういく純粋じゅんすいの動物の教育で、それははら指図さしずによって制御せいぎょされている。食物しょくもつ種類しゅるいが、女王と労働者ろうどうしゃとそれぞれにつくられるのだ。女王になる幼虫ようちゅうのためには、その養育係よういくがかりは、特別とくべつのパンがゆを用意するのだ。その王者おうじゃさらの中のものは、ハチだけが知っている秘密ひみつだ。
「この特別とくべつ栄養えいようは、ふつうよりはずっとざましい発育はついくをもたらすのだ。だから、わたしが話したように、王さまになるようにめられた幼虫ようちゅうは、特別とくべつな部屋の中でやしなわれるのだ。それらの高貴こうき揺床ゆりどこには蜜蝋みつろうをぜいたくに使ってある。それはもう六角ろっかくのつましい形をしてはいないし、うす仕切しきかべでもない。大きな、ぜいたくな、あついゆびぬきだ。女王にかかわるところには経済けいざい沈黙ちんもくしてしまう。
「では、ハチはそこにいる女王バチの知恵ちえりずに、ほかの女王バチをつくるのですね?」
「そうだ。女王は非常ひじょう嫉妬しっとぶかくて、の中のあるハチが、自分の王としての特権とっけんをすこしでもらして持ってゆくということは我慢がまんがならないのだ。女王の権限内けんげんないにある僭望者せんぼうしゃわざわいなるかな! だ。『おお! おまえはわたしをしのけて、わたしの部下ぶかあいをぬすみにきたんだな!』ああ! それはおそろしいことになるんだ。人類じんるい歴史れきしの上では、王冠おうかんをいただいたかしらが何かの不幸ふこうに出会うと、国民の上にまで困難こんなんをこうむらすということはおまえたちも知っているね。ところがはたらきバチは、女王がなかったら、このなかには何でも残らないということを知っていて、それに強く心をかたむけている。だからはたらきバチは、将来しょうらいにはほかの女王がいるというあてをうしなわずに、しかも現君主げんくんしゅに対しては非常な尊敬そんけいをはらって待遇たいぐうする。その種族しゅぞく継続けいぞくのためには女王がなくてはならない。どうしてもつくらなければならないだろう。このために王のパンがゆが大きな部屋の中の幼虫ようちゅうの役に立つのだ。
「さて、春、はたらきバチやバチがすでにえったときに、さわがしいバサバサいう音が王房の中から聞こえる。それは若い女王が蜜蝋みつろう牢屋ろうやの外に飛び出してみようとしているのだ。養育係よういくがかりのハチや、蜜蝋みつろうバチがそこにギッシリくっつきあった歩兵ほへい大隊だいたいになって、警衛けいえいに立っている。彼らは女王バチが飛び出すのをふせぐために援兵えんぺいしてその蜜蝋みつろうの部屋の中にいる女王をまもっている。そして彼らはそのおおいをやぶる手伝いをする。『今は飛び出すときじゃありません』と彼らが言っているように見える。険呑けんのんです!』そして非常な尊敬そんけいをこめてはげしくうったえる。若い女王はその新しくできたはねを動かしたくて我慢がまんがならないのだ。
おやの女王バチはそれを聞いている。その激情げきじょうをあおられる。そしてはげしいいかりで部屋の上で足ぶみをし、蜜蝋みつろうのおおいのちぎれを投げ、飛んで行って、その僭望者せんぼうしゃどもを部屋からひきずり出してきて、無慈悲むじひにその若い女王たちをきれぎれになるようにく。いくひきかの女王バチが、その狂暴きょうぼうもとにすくんでしまう。しかしやがて、ほかの人民じんみんどもが女王をとりまいてえんの中に入れてしまい、だんだんにその殺戮さつりく光景こうけいからひきずって行ってとおざけてしまう。未来みらいは助かった。そこにはまだ幾匹いくひきかの女王バチが残されている。
「そうしているあいだに、いきどおりはますますはげしくなり、内乱ないらん勃発ぼっぱつする。あるものは古い女王に加担かたんし、あるものは若い女王に味方みかたする。この意見いけん混乱こんらんした争闘そうとうとさわぎは、おだやかな活動かつどうつづいてゆく。巣箱すばこはおどしのブンブンいう声でいっぱいになり、いっぱい中味なかみのつまった倉庫そうこ掠奪りゃくだつう。そしてそこには明日あすのことなどは考えない大宴会だいえんかいがはじまる。短刀たんとうはつきまじえられた。女王バチは巧妙こうみょう動作どうさで、かつて自分が見い出した、そして今は自分にそむく競争者きょうそうしゃがおこった恩知おんしらずの国を見捨みすてることを決定けっていする。「わたしをあいする者はわたしについておいで!」そしてその女王は見栄みえをきって巣箱すばこを飛び出して、けっしてふたたびそこに入ってこない。その女王の味方みかたのものは女王といっしょに飛んで行ってしまう。その移民隊いみんたい巣分すわかれのむれバチを形づくるのだ。それは出て行って新しい植民地しょくみんちをどこかに見つけるのだ。
秩序ちつじょをふたたびととのえるために、さわぎのあいだどこへか行っていたはたらきバチがきて、巣箱すばこに残っているハチをむすびつける。二匹の若い女王が彼らにいただかれるのだ。どれがその君主くんしゅになるのだろう? それをめるのに一匹いっぴきぬまで決闘けっとうをしなくてはならない。女王バチはめいめい部屋から出る。そしておたがいに、ねらいをさだめるやいなや飛びかかってゆく。背中せなかをまっすぐに立て、あごでおたがいの触角しょっかくをくわえ、頭と頭、むねむねとをつきあわせる。この姿勢しせいで、めいめいにその胃袋いぶくろのはしのどくを持った螫毛さしけをすこし相手あいての体にきこむ。だが、それでは二匹にひきともんでしまう。そんな襲撃しゅうげきの方法はゆるされない。彼らは引きけられてしりぞく。しかし、ほかの人民じんみんどもは彼らを取りまいて、飛んで行ってしまわないようにふせぐ。彼らの中の一匹いっぴきだけは降参こうさんしなくてはならない。二匹にひきの女王バチはもう一度たたかいはじめる。そのうまいほう一匹いっぴきが、ほかの一匹いっぴきふせぎそこねた一瞬間いっしゅんかんに、相手あいて背中せなかに飛び乗って、体とはねつがい目のところをつかんで、そのわきのほうをす。犠牲ぎせいまたをつっぱってぬ。それで、すべてがわるのだ。王はただ一つにかえった。そして巣箱すばこは、その秩序ちつじょも、仕事もいつものとおりにくり返されるようになる。
「ハチはずいぶん乱暴らんぼうですね、女王がたった一匹いっぴきになるまでころしあうなんて。」とエミルがいいました。
「そうする必要ひつようがあるのだよ、ぼうや。それが彼ら昆虫こんちゅう要求ようきゅうなのだ。そうしなければ巣箱すばこの中はたえず内乱ないらんがおこっているだろう。しかしこの不愉快ふゆかいなあらそいのあいだも王の威厳いげんに対してはらわれる尊敬そんけい一瞬間いっしゅんかんも彼らはわすれはしない。どうして彼らにとってはよけいな女王たちの出て行くのをふせぐのだろう? バチをいはらうようなふうに手軽てがるにやらないのだろう? ハチどもは非常ひじょうに注意してそれをしないようにするのだ。どうしてたくさんの中の一匹いっぴきでもその邪魔じゃまに対するときと同様どうように、けんをひきぬいてその主権者しゅけんしゃかっていどまないのだろう? 生命せいめいすくう力は彼らの中にはないのだ。彼らはただその僭望者せんぼうしゃたちにたたかわせてその名誉めいよすくうのだ。
「その女王の上にも、つねにある可能性かのうせいがある。それは、女王が至上しじょう主権しゅけんをふるっているときにでも、不時災難さいなんころされるか、老衰ろうすいのためにぬことがあるのだ。ハチは尊敬そんけいをあらわしてそのんだ周囲しゅういを取りまく。そしてていねいにその体をはき、まるで生き返ってきた者にするようにみつをささげる。そしてその体をころがして見、やさしくさわって見て、生きていた時にしたのと同じように気をつけてあつかう。女王がすでにまったくんでいて、彼らのすべての注意が不用ようだということをさとるまでには、幾日いくにちかかかるのだ。そしてやがてかなしみがくる。二日か三日かのあいだ毎夕方まいゆうがた葬式そうしき挽歌ばんか一種いっしゅであろうかなしそうなブンブンいう音が巣箱すばこの中で聞こえる。
かなしみがると、ハチどもは女王をおくことについて考える。一匹いっぴきの若い幼虫ようちゅうが、ふつうの部屋の中からえらばれる。それは蜜蝋みつろうバチになるように生まれてきたのだが、事情じじょうはその幼虫ようちゅう王位おういをあたえるように進んでゆく。はたらきバチはその神聖しんせい幼虫ようちゅうのいる部屋にとなりあった部屋部屋をこわしはじめる。女王は満場まんじょう一致いっち王位おういにつくのだ。王房をてるにはもっと広い場所ばしょがいる。この仕事は残された部屋を王位おういにつくことにめられた幼虫ようちゅうの入る部屋のように、取りひろげてゆびぬきの形にできるようにする。幾日いくにち幼虫ようちゅうはこの王のための食物しょくもつをたべる。そのあまいパンがゆが女王をつくるのだ。そして奇跡きせき成就じょうじゅされた。女王はんだ、そして若い女王が生きているのだ!」
「ミツバチの話は、おじさんの話のうちでちょっとおもしろかった。」とジュールがいいました。
「わたしもそう思うよ」とおじさんは同意どういしました。「だから、この話を一等いっとうおしまいまでとっておいたのだ。
「なんですって! ――おしまいですって?」ジュールがさけびました。
「おじさんはもう、わたしたちにお話をしてくださらないですか?」クレールがたずねました。
「まさか、そうじゃないんでしょう?」とエミルもいいました。
「いくらでも、おまえたちのきなだけしてあげるよ。だがね、それはあとでだ。もう取り入れどきがきたから、おじさんはそのほうに時間を取られてひまがないんだ。だから今は、これでおしまいにしておこう。
 それからのち、ポールおじさんは毎日まいにちはたけに行っていて、夕方ゆうがたになってももうお話をしませんでした。エミルはまたノアの箱船はこぶねのところに行って見ました。箱船はこぶねの中で、エミルはかびたゾウを見つけ出しました。あのアリの話以来いらい、すっかりオモチャはこにご無沙汰ぶさたをしていたのです。
科学かがく不思議ふしぎ』アルス、一九二三年八月一日)



底本:「定本 伊藤野枝全集 第四巻 翻訳」學藝書林
   2000(平成12)年12月15日初版発行
底本の親本:「科学の不思議」アルス
   1923(大正12)年8月1日
入力:門田裕志、小林繁雄
校正:トレンドイースト
2010年7月31日作成
2011年1月17日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。



科学の不思議(九)

STORY-BOOK OF SCIENCE
アンリイ・ファブル Jean-Henri Fabre
大杉栄、伊藤野枝訳

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)お婆《ば》あさんの

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一体|何《ど》うして

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「睹のつくり/火」、第3水準1-87-52]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)もつと/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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[#5字下げ]七一 海[#「七一 海」は中見出し]

『叔父さんが其のひきだしに持つていらつしやる綺麗な貝殻は、みんな海からとれたのですか?』とエミルが尋ねました。
『さうだ、みんな海からとれるのだ。』
『海は大変大きいんですか?』
『さうだね。或る部分では、一方の海岸から他の海岸へ行くのに船に乗つて一と月もかゝる程大きいよ、その船も、早く走る船の中でもまた特別に早い汽船だ。それは殆んど機関車と同じ位の早さで走るのだ。』
『それで、海の上では何が見えるでせうか?』
『頭の上には此処と同じに空がある、周囲はすべて、大きな青い、広々とした端のない円の中にゐるやうなものだ。他には何んにもない。或る航海をする時などは、幾ら行つても行つても、まるで少しも進まなかつたかのやうにいつも青い水の真中にゐる。地球の形は円い。そして海はその形に従つて地球の大部分を覆ふてゐる。だからさういふ風に見えるのだ。眼ではたゞ海の極く小部分が見えるだけで、その見える広さと云ふのは、空の円天井が海の上にかぶさつて休んでゐるやうに見える円い線で区切られてゐる。そしてその円い線で囲まれた水の輪は、進んでも進んでも、同じやうな状態を保つて見えるだけで少しも新しくならない。それは丁度空の青い色と海の青い色とが融け合つてゐる円の中心にぢつとしてゐるやうに見える。だが、かうして進みつゞけて行くと、終に眼界を遮る線の上に小さな灰色の煙を見つける。それは陸が見えはじめたのだ。あと半日の間進むと、その灰色の煙は、海岸の岩か、陸地の山かになる。』
『海は陸よりも大きいと云ふ事は、僕、地理で知つてゐます。』とジユウルが云ひました。
『もし御前が地球儀の表面を四等分すれば陸はその内の一つを占めるだけで、あとはみんな海が占めてしまふのだ。』
『海の底は、どんな風なのでせう?』
『海の底は、湖水や川の底とおなじやうに、やつぱり地面だ。海底の地面は、陸地が平らでないのと同じやうに、やつぱり平らではない。或る部分では、漸くに測る事が出来る程深く陥ちくぼんだ穴になつて居り、他の処では山脈が截り立つてゐてその一番高い部分が水平線の上に出て島になつてゐるのだ。又、もつと別な処では、広い平野にのびてゐたり、或は又高原のやうに持ち上つてゐたりする。もし水がなかつたら、陸地と何の違ひもないだらう。』
『では、海の深さは何処も同じではないのですねえ。』
『勿論さ。水の深さを測るには、長い糸のはしにつけた錘《おもり》を海の中に投げ込む。糸は錘で巻かれる気づかいはないから、錘が落ちて行つて水につかつた糸の長さが、その水の深さを示すのだ。
『地中海の一番深い処は、アフリカとギリシヤの間だ。其処では底にふれるには、鉛を四千メートルから五千メートルの長さまで放さなければならない。此の深さは、ヨオロツパでの高山のモン・ブラン山の高さに等しいのだ。』
『ぢやあ、もしモン・ブランをその穴に埋めたら』とクレエルが話し出しました、『その頂上が、やつとその水の表面に届く位ですわね。』
『それよりも、もつと深い処があるのだ。大西洋のニユウフアウンドランド島の南に、其処は鱈のうんととれる処だが、殆んど八千メートル近い深さを示す処がある。世界一の高山は中央アジアにあるが、その高さは八千八百四十メートルだ。』
『それ等の山は、今叔父さんがお話しになつた処の水面からずつと高くつき出しますわね。そして八百五十メートルの高さの島になりますわ。』
『最後に、南極近くの海には一万四千メートルから一万五千メートルの深さ、或は四リイグ(凡《およそ》五里)の深さを示す処がある。陸地には、何処にもそんな高さの山はない。
『こんな恐ろしい陥ち窪んだ処と、人の指の厚さよりも深くない海岸との間には、あらゆる中間の深さがある。或る時には、だん/\に違つてゆき、或る時には急激に、その水底の地形に従つて違つてゐる。或る海辺では恐ろしく急に深さを増してゆく。その海岸は急斜面の頂上で、その海の水は根を波打つてゐるのだ。また他の海岸では、ほんの少しづつ深さを増して行つて、数メートルの深さの処までゆくには、ずつと遠くの方まで行かなければならない。其処の大洋の床はなだらかで、地平に従つて、極く僅かづつ傾いてゐるのだ。
『大洋の平均した深さは、六キロメートルから七キロメートル位だ。言葉を換へて云へば、もしもすべての海底の高低をなくして、丁度人間のつくつた水盤の底のやうに平らかにならしたら、海は、その表面を現在のまゝの広さを保つてゐる間は、六千メートルから七千メートルの深さの一様な水の層になるだらう。』
『僕はキロメートルなんて云ふので面喰つてしまひましたよ。』エミルがこぼしました。『だけど、大丈夫です。僕、海の中にどんなに沢山の水があるかと云ふ事が分りかけて来ましたから。』
『お前が考へるよりももつとずつと沢山あるよ。お前はフランスで一番大きなロオヌ河を知つてゐるね。そして洪水の時にも見たね。あの時には眼の届く限り、一方の岸から向ふの岸にかけて泥水が一杯になつてゐた。あの時には一秒間に五百万リツトル(二万七千七百二十石)の水が海に注ぎ込むと見積られた。いゝかい、もし此の大変な大水をいつも続いてゐるものとしても、此の大きな河は、十年かゝつても大洋の底の千分の二も満たすことは出来ないんだよ。これで、海がどんなに大きいものかと云ふ事がよく分つて来たらう?』
『僕のこんな頭では考へただけで眩んでしまひます。海の色はどんな色でせう? やつぱしロオヌ河のやうに黄色い泥水ですか?』
『いや違ふよ。川口の処は別だがね。少しばかりの水を見ると、水には色がない。だが沢山たまつたのを見ると水の自然の色、即ち緑がかつた青い色が表はれる。で、海は、緑色がかつた青色で、沖の方ではそれが暗い色になり、海岸に近づくにつれて明るい色になる。だが此の色は空の輝き工合につれて、非常にいろ/\変化する。太陽が輝いてゐる時の凪いだ海は蒼青色だつたり、暗い藍色だ。少し荒れ模様の空の下では、殆んど黒い濃緑色だ。』

[#5字下げ]七二 波、塩、海藻[#「七二 波、塩、海藻」は中見出し]

『波は何処から来るのですか?』とジユウルが尋ねました。『海が怒つた時には、大変恐いんですつてね。』
『その通りだジユウルや。大変恐ろしいのだ。泡をかぶつた、動く山の背のやうな波を私は忘れる事は出来ない。その波は重い船を胡桃の殻のやうに訳なく放りあげて、或る瞬間はその恐ろしい背中に乗せ、次の瞬間にはその水の峯と峯との間の谷底に突きおとす。おう! 船の上の人間はどんなに小さく、心細く感ずる事だらう。波の思ふまゝに、高く揺りあげられ、又谷底に突き落されるのだ! あゝ、胡桃の殻のやうな船が、暴れ狂ふ大波で裂け目が出来たら、もう吾々は運を天にまかすより仕方がないのだ。打ち砕かれた船は底の知れぬ海へ沈んでしまふに違ひないのだ。』
『叔父さんが話して下すつたあの海の底の裂け目へですか?』とクレエルが尋ねました。
『それ等の裂け目からは誰れも帰つて来たものはない。壊れた船は海の中に呑まれてしまふ。乗つてゐる人々は何んにも残さずあとかたもないやうになる。もうこの地上に残された何かの紀念物があるとしたら、その人の遺族だけだ。』
『そんなだと、海はいつでも静かでなくつちやいけませんね。』とジユウルが云ひました。
『海がいつも静かにしてゐたら、それは海にとつては可哀相な事なんだよ坊や。その静かにしてゐると云ふ事と海のためにいゝ事とは両立しないんだ。海の中の動物や植物に必要な空気を失つたり汚したりしないやうにするには、はげしくひつかきまはさなければならない。水は大洋の為めにも、大気或は空気の大洋の為めに必要なのとおなじ、健康を保つ為めの激動――大嵐でひつかきまはして水に生気を与へ、新しくする事が必要なのだ。
『風は大洋の表面を擾《さわが》す。若しそれが疾風であれば波が立つ。その波は泡立ちながら跳びあがつて、互ひちがひに高いうねりになつたり、くづれたりするのだ。もしまた、その疾風が強く間断なしに吹きつゞけると、その風に遂ひまくられる水は、大きく長くふくれた大浪になつて、広い海を平行線をつくつて前進する。そして堂々としたおなじ形で、あとからあとから追ひつくやうにして海岸に地響きをたてゝ打ちよせてゆくのだ。だが、それ等の運動は、いくら騒々しくても、たゞ海の表面だけの事だ。最も激しい大嵐の時でも、三十メートルも下の方は静かなのだ。
『此の近くの海では一番大きな波の高さが二メートルか三メートルを超える事はないのだ。しかし、南洋の或る処の波はひどい天気の時には、十メートルから十二メートル位まで高くなる事がある。それは全くの処動く丘と深い谷との広大な連脈だ。風に鞭打たれた水の峰の頂上は泡の雲を吐き、存分な力で驚くべき水を巻き上げて、その重さで大きな船をも打ち砕いてしまふ。
『波の力は、殆んど異常に近い。波が水から垂直に持ちあがつて力一杯で襲ひかゝつて行く処の海岸では、その衝動は、人間の足の下で地面が震へる程に激しい。最も堅固な堤も打ちこはされ、さらはれてしまふのだ。頑丈な木で固められたのも切りちぎられて地面をひきづられる。或は又石で築いた防波堤を壊して、それをまるでたゞの礫《こいし》のやうに、ころがしてしまふ。
『さういふ波の活動を連続して受けなければならないのは断崕《だんがい》になつてゐる処だ。即ち截り立てたやうに真直なあの断崕は、海の為めに海岸の堤の役目をつとめてゐるのだ。さういふ断崕は、フランスとイギリスの間のイギリス水道に沿ふた処で見る事が出来る。それ等の断崕は絶えずその下の方を海に穿《うが》たれてゐる。そしてその破片は砕かれて小石になつて放り出され、陸はずつと遠くの方まで海に掘つてゆかれる。歴史の上では、城砦や、建物や、村落でさへもあつたやうな処が、一様な山崩れの為めにだん/\に見棄てられて、今日では全く波の下にかくれてしまつてゐる。』
『そんなにして擾きまぜて、海の水が腐らないやうにするのですね。』とジユウルが念を押しました。
『その波の運動は、たゞ、海の水を腐らさない保証をするだけでは十分でないのだ。まだほかのものゝ健康に大事な関係がある。海の水には、無数の物質が溶け込んでゐる。それは極端にいやな味を持つてゐるが、それが、ものを腐らさぬやうに防ぐのだ。』
『ではその海の水は飲めないんですか?』とエミルが尋ねました。
『飲めない。お前がどんなにのどがかはいて苦しんでゐる時だつて飲めやしないよ。』
『一体どんな味がするんです、海の水は?』
『苦くつて辛らい。不快な味がして嘔気を呼ぶ位だ。それは水に溶け込んでゐる物の味なのだ。一番沢山に含んでゐるのは塩になるものだ。塩は、吾々の食物の味をつけるあの塩だ。』
『だけど塩は』とジユウルが不服を申立てました。『そんないやな味ぢやありませんよ。塩水をコツプへ入れて飲んだり出来はしませんけれど。』
『勿論さうさ。だが、海の水の中には、もつと他のいろんな沢山の物質が一緒になつて溶け込んでゐる。だからその味は非常に嫌やなのだ。塩を含んでゐる度合は、海によつていろ/\にちがふ。地中海の水は、一リツトル(五・五四四合)の中に四四グラムの塩分を含んでゐるし、大西洋の水一リツトルの中には三二グラムだけしか含んでゐない。
『試みに、大洋に含まれてゐる塩の総量の大凡《おおよ》その見積りをつくつて見ると、大洋がすつかり乾いてしまつてその底に、塩の原素が残つたとすると、その塩の素《もと》は地球の表面を一様に十メートルの厚さの層ですつかり包んでしまふに十分な程残るのだ。』
『まあ! 何んて沢山な塩だらう!』とエミルが叫び出しました。『ぢや、僕達人間がどんなに沢山食物に塩を使つても塩がなくなるなんて事はありませんねえ。それからその塩は海から取るのですか?』
『さうだ。それには、低く、平らにならされた海岸がいゝのだ。其処に、いゝ加減な広さの、浅い水溜りをいくつも掘るのだ。それを塩沢《しおさわ》といふ。その水溜りに、海の水を導き入れる。そして其処に一杯になつた時に、海との通路を塞いでしまふ。そしてその塩沢の仕事は、夏の間にしてしまふ。夏の太陽の熱によつて、その沢の水は少しづつ蒸発する。そして塩は結晶して地面の皮のやうになつて残る。それを熊手でかき起すのだ。そしてそれを大きな山のやうに堆みあげて、乾かすのだ。』
『もし僕達が塩水を平たい器物に容れて太陽にあてたら、それでも、やはり塩沢でやるのとおなじやうな結果がとれるでせうか?』とジユウルが尋ねました。
『出来るとも。水は太陽の熱ですぐに蒸発してなくなる。そして塩はその容れものに残るよ。』
『海の中には、いろんな魚がゐますね。』とクレエルが云ひました。『小さいのだの大きいんだの、大変に恐ろしいやうなのだのゐるんですわね。鰯、鱈、ひしこ、鮪、それからもつと沢山のいろんな魚をみんな海からとるのですわね。また叔父さんが教へて下すつた軟体動物と云ふのもゐるし、また殻で自分の体を被ふてゐるのもゐるし、それから人の握りこぶしよりも大きなはさみ[#「はさみ」に傍点]をもつてゐる蟹もゐますね。そしてもつと私の知らない沢山の活きものが棲んでゐるんですね。それ等の活きものは、どうして生きてゐるのでせうね?』
『先づ、彼等の大部分は、お互ひに食ひ合ふのだ。弱い奴が強い奴の餌食になるのだ。順々に強い奴に見つけ出されて、その食物になるのだ。だが、海の中に棲んでゐるものが、お互ひを食べ合ふ事より他に生きて行く手段を持たなかつたら、早かれおそかれ、食物がなくなつて、みんな死に絶えてしまふだらうと云ふ事は明らかだ。
『が、それに対しては、陸の生きものにあるのとおなじやうに、海の中の生きものにも、ほかに、営養物になるものが、海の中にある。植物が、食べものになるものとして備はつてゐるのだ。或る種のものゝ食物は、植物なのだ。彼等は植物をうんと食べるのだ。そしてそれは、直接間接に、植物がそれ等の生きものゝすべてを養つてゐることになるのだ。』
『分りました。』とジユウルが云ひました。『羊は草を食べます。そして狼は羊を食べます。さうするとそれは草が狼を養ふ事にもなります。それとおんなじなんですね。それで、海の中にも草があるのですか?』
『非常に豊富にある。人間の牧場の草叢も海の底のよりも沢山にあるとは云へない。たゞ、海の中の植物は、陸のとは大変に違ふ。海の中のは決して花を持たないし、決して葉にたとへるやうなものもない。それから根もない。そのねばついたもと[#「もと」に傍点]の方で岩にくつゝいてゐるだけで、岩から営養を取らねばならぬと云ふ事はないのだ。それ等の植物の食物は、水から取るのであつて、土地からではない。或るものはべた/\した革紐に似て居り、畳んだリボンのやうなのもあり、長い鬣《たてがみ》のやうなものもある。他のはまた小さな房になつた芽の形をして居たり、柔かい鳥の頭の朶毛《だもう》のやうなのがあり、ちぢれた羽毛に似たのがある。それからもつと他にはきれをめちや/\に引き裂いたやうなのや、螺旋状に巻かつたのや、或は木理《もくめ》のやうな形のやねば/\した、糸のやうなのがある。その或ものの色はオリイヴ緑であり、或ものは蒼い薔薇色、または蜂蜜のやうな黄色、或は輝くやうな紅などだ。これ等の妙な植物を、海藻と云ふのだ。』

[#5字下げ]七三 流れる水[#「七三 流れる水」は中見出し]

『僕に分つたのは』とエミルが云ひました。『ロオヌ河の水が、海に注ぐと云ふ事です。』
『ロオヌ河は海に流れ込んでゐる。』と叔父さんは繰り返しました。『一秒毎に五百万リツトル(二万七千七百二十石)づつの水が海へはいるのだ。』
『そんなに沢山の水をつゞけざまに受けてゐたら、海は池の水が一杯になりすぎたときのやうに、溢れ出はしませんか?』
『それはお前達に考へ切れる事ぢやないよ坊や。海へ注ぎ込んでゐるのはロオヌ河一つだけぢやないんだよ。フランスだけでも、ガロンヌ、ロアル、セエヌ、その他沢山の河がある。そして、それはただ海へ流れ込む沢山の河のうちの極く少部分なのだよ。世界中の河はみんな海につゞいてゐる。それは絶対にみんなが続いてゐる。そして、南アメリカのアマゾンと云ふ河などは、千四百リイグ(約二千二十五里以上)河口の広さが十リイグ(約十二里以上)もある。それはどんなに沢山の水を注ぎ込むことだらう!
『そんな大きな河も、これ以上小さな川はないと云ふやうな小さな谷川でも、大小にかゝはらず一様に、世界中の川が海へ注いでゐるのだと云ふ事を想像して御覧。お前達の知つてゐるあの蟹のゐる小さい流れだね、あの川の或る処はエミルにも飛び越すことが出来るだらう、そして何処だつてやつと水は膝位までしかないね。いゝかい、そんな小さな流れだつて、やつぱりアマゾンのやうな大きな河がするやうに、一秒毎に幾リツトルかの水を海に流し込むのだ。どの川もみんなさうなんだ。あの無限な海もみんなその川の水なんだ。だが、その小さな流れは自分だけで海までの長い旅行をすることは出来ないのだ。それは、途中で仲間のきれいな細い流れと出合ひ、一緒になつてもつと勢のいゝ流れになり、それがまた他のと一緒になつて大きな河になるのだ。海に流れ込む河は、いくつもの支流を合はせたもので、海はその小さな流れを飲んだ河の水を受けてゐるのだ。』
『流れる水はみんな』とジユウルが云ひました。『谷川の細い流れも、急流も、小川も大きな河も、みんな絶え間なしに、海に流れ込んでゐるのですね。そしてそれは、世界中にある河がみんなさうなのですね。さういふ風にして一秒毎に海はとても計算が出来ない程沢山の水嵩を受け入れてゐるのですね。さうすると、僕にもやつぱりエミルとおなじ疑問が起るのです。海はそんなに沢山の水を続けざまに受け容れてゐて溢れる事はないのですか?』
『若しも、貯水池に、泉から水を受けてゐても、丁度それだけの水を他へ流し出してゐるとする。そして水は何時も何時も貯水池の中にはいつて来る。貯水池はその為めに溢れるだらうか?』
『そんな事は決してありません。受けただけの水を失くしてゆくとすれば、それは何時もおなじ量でなくてはならない筈です。』
『海はそれとおんなじだ。得ただけの水を失くしてゆくのだ。そしていつもおなじ嵩だけの水が海に残つてゐる事になるのだ。谷川も小川も大河も、みんな海へ流れ込む。だが、その谷川や、小川や、大河の水はまた海から来てゐるのだ。河の水はその大きな無限の貯水池から取つたものを、また其処へ返すのだ。』
『だけど、もしあの蟹のゐる小川が海から来たものだとすると、』とエミルが云ひ出しました。『叔父さんがおつしやるとほりだと、その水は塩水でなくちやならない筈ですね。ところが、僕はよく知つてゐますが、あの水はさうぢやありません。塩なんかちつともありませんよ。』
『慥《たし》かに塩水ぢやないよ。だが、あの小川は決して、貯水池から溢れ出して来た水のやうな風《ふう》に海から戻つて来るのではない、これが海から戻つて来るには、川の水になる前に、まづ、空気を通つて雲になるのだ。』
『雲ですつて?』
『雲だよ、坊や。つい此の間私がお前達に話してあげた事を思ひ出して見るんだ。
『ね、太陽の熱は水を蒸発させる。そしてその目に見えないものに変つた水は空中に散ばつてしまふ。海の表面は陸地の三倍もある。その広い海からは絶えず沢山の水が蒸発して空中に昇つてゐる。その水蒸気が雲になるのだ。その雲は四方に運ばれて、雨や雪になつて降る。その雨や溶けた雪は地面にしみ込み、濾《こ》されて、此度は泉になつて湧き出し、その泉はだん/\に、谷川となり、小川となり、大河となるのだ。』
『僕、どうして谷川の水が塩水でないかと云ふ事が分りましたよ、』とジユウルが云ひました。『川の水は海から来たのだと云つても、叔父さんが教へて下すつたとほりに、平たい容器の中の塩水を太陽にあてると、水だけが蒸発して行つて塩は残ります。海から昇る水蒸気でも塩を含んではゆきません。塩は水と一緒に水蒸気になつてゆくことは出来ないのですからね。で、雲から降つて来る雨や雪で水を造られてゐる小川には塩がありよう筈はないのですね。』
『今、叔父さんが私達に話して下すつたことは大変に注意すべき事ですね』とクレエルが云ひました。『谷川も、小川も、大河も、すべての水の流れは、海から来て海へ帰つてゆくのですね。』
『さうだ、海から来て海へ帰るのだ。すべての大陸をよせ集めたよりも三倍も大きな面積が水で覆はれた、尽きる事のない貯水池から来るのだ。その或る場所の落ち窪んだ深淵は、十四キロメートルも測れる程深く、そして絶え間なく世界中のすべての河の水を受け容れてゐて、それを受けきれないと云ふ事はない。広い海の表面には、常に空気と水蒸気が接してゐる。その水蒸気は雲となり、その雲は溶けて雨となり、風に逐ひ立てられて、歩きまはり、無数の如露のやうに、地面を濡らして、地上のものに生気を与へて肥やす。かうして雲から雪になり雨になつて降つて来た水は、河を産み、その水は海に駆られてゆく。かうして海から出た水は、大気の中を雲の形で旅をし、雨になつて地面に降り、河となつて大陸を横ぎつてまた海へ帰つて行くと云ふやうに、絶えず、その同じ道をめぐつて同じ事を繰り返してゐるのだ。
『海は公共の貯水池だ。河も、泉も、すべての小さな流れも、みんなその貯水池から出て、其処へ帰つてゆく。露の滴りの水も草木のうちを循《めぐ》つてゐる汁液の水も、吾々の額に滲み出す玉のやうな汗の水も、すべて、海から来てまた海へ定められたとほりの道を通つて帰つてゆく。どんなに小さな滴りも途中で失くなつてしまふ恐れはないのだ。よし渇いた砂が水を吸ひ込んでしまつても、太陽は、どうしてそれを引き出して空中の水蒸気と結びつけるかと云ふことをよく知つてゐる。そして、その水は早かれ遅かれ、再び大洋にはいるのだ。神様の目からは何物も逃れることは出来ない。何物も失はれはしない。神様はその手で大洋の深い淵を測つてゐる。そして水の滴りの数まで知つてゐるのだ。』

[#5字下げ]七四 巣分れの群[#「七四 巣分れの群」は中見出し]

 ポオル叔父さんが話を止めた時に、みんなは庭から響いて来る、ポン、ポン、ポン、ポンと云ふ耳にこびりつくやうな音を聞きました。それはまるであの大きな接骨木の下に、鍛冶屋が鉄床でも据ゑつけたやうに思はれるのでした。みんなはそれを何かと思つて見に馳けてゆきました。ジヤツクは真面目に如露の上を鍵で叩いてゐました。アムブロアジヌお婆さんも銅のソース鍋を小石でポン、ポン、ポン、ポンと叩いてゐました。
 此の二人の善良な召使ひ達は頭を下げて、一心に身を入れて、こんな大まじめな空気の中で茶化し囃子をやつてゐるのでせうか? 二人は休みなしにその単調な仕事をしながら一言二言話し合ひました。『奴等はすぐり藪の方へ行つてゐるのかな?』とジヤツクが云ひます。『何んだか向ふの方へゆくやうに見えますよ。』とアムブロアジヌお婆あさんが答へます。そして、ポン、ポン、ポン、ポンと続けて居りました。
 丁度その時ポオル叔父さんと子供達が来ました。ポオル叔父さんにはすべての事が一目で分りました。庭中に赤い煙のやうなものがとんでゐました。それは、或時は高く昇り、或時は低く沈み、また散ばつたり、密集して塊になつたりしてゐました。そしてその赤い煙の真中からは、一本調子なブンブン云ふ翅の音がしてゐます。ジヤツクお爺さんとアムブロアジヌお婆あさんとはまだその雲のあとについて叩いてゐました。ポオル叔父さんはそれを見るのにすつかり気を取られてゐました。エミルとジユウルとクレエルとは、それぞれに、何が始まつたのかと思つて驚いて見てゐました。
 小さい雲が降りて来て、ジヤツクの先見どほりにすぐり藪に近づきます。そしてそのまはりをまはつて調べて見て、一つの枝を選びます。二人はなほもつと騒々しく、ポン、ポン、ポン、ポン、と叩きます。選ばれた枝の上には円く塊つたのが目に見えて増へてゆき、同時に雲はだん/\に密集して来てグル/\そのまはりをまはります。ジヤツクお爺さんとアムブロアジヌお婆あさんとは叩くのを止めました。直ぐにそのすぐり藪のある枝から大きな房がさがりました。それから離れてゐるのは、もうすぐに其処に帰りつく、生きた雲の最後の者だけです。すべては終りました。今は人間も其処に近づく事が出来ます。
 エミルは、それを、蜜蜂が巣に帰つて来たのではないかと思ひました。エミルはずつと前に蜂の巣箱にしたいたづらを覚えてゐました。叔父さんはエミルを安心させる為めにその手を引いてやりました。エミルは元気よくすぐりの藪に近づきました。叔父さんと一緒にゐるのに何のあぶない事がありませう? ジユウルもクレエルも一緒にくつついて来ました。それは厄介な思ひをする甲斐のあるものでした。
 すぐり藪にぶら下つてゐるのは蜜蜂の房でみんな其処に固まつてゐるのでした。後れて来た一つは彼方此方を行つたり来たりして、いゝ場所を見つけてゐます。そして、もう先きに落ちついてゐるものにくつつき合つて場所をとります。すぐりの枝はその上にのつた幾千といふ蜂の重荷で曲つてゐます。最初に来たものは、たしかに、一番強い奴です。彼等はその前肢の爪で枝をつかんで、そのあとから来るすべての重さを支へるのです。あとから来た他の者は、最初の者の後肢に自分の体をくつつけるのです。そして三列位までが、房のブラ下る根になり、それから、だんだんに、四番目六番目、ともつとずつと沢山くつついてゆきます。それからまた此度は、だん/\にその数を減じて行つて最後までしつかりとその手で、しがみついてゐます。子供達は、驚いてその蜂の房の前に立ちました。その赤い毛と光沢のある翅とは陽に輝いてゐました。けれどもみんなは少し隔《はな》れた処で用心深くしてゐました。
『あんまり近づいたら螫されるでせうか?』とエミルが尋ねました。
『今のやうな場合では、めつたに螫しはしまい。もしお前が、考へなしに側に行つて蜂をいぢめたら、その時には蜂がどうするか叔父さんにはその答へは出来ない。だが蜂をそつとしておいて、おとなしく見てゐるのならば、何も恐いことはない。蜂共は今、小さなものずきな子供を螫すことよりは、もつと他の心配をしてゐるのだ。』
『その心配といふのは何んです? 蜂共にはもうこれからみんな寝るのだと誰れでも思ふやうに何事もないやうに見えるぢやありませんか。』
『自分の住む村もなく住家をつくる処をさがしてゐる人間の真面目な心配とおなじ心配だ。』
『蜜蜂に村がありますか? それに――』
『蜂には巣があるよ。その巣は蜂の為めの住居のおなじものが沢山集つたものだ。』
『では、蜂共は、その中に住む巣を見つけてゐるのですね。』
『さうだ、巣を見つけてゐるのだ。』
『そして一体此の宿なしの蜂共は、何処から来たんでせう?』
『庭の中の古い巣から来たのだ。』
『だけど蜂共は、よそに新らしく領分をさがしに出なくても、あすこにゐてもいゝんでせうがねえ。』
『彼処にはゐられないのだ。あの巣の中の人口が殖えて、みんなのゐるのには部屋が足りなくなつたのだ。だから一匹の女王に導かれて、本国を離れ、大冒険をして自分達の為めの新しい殖民地を何処か他所で見つけるのだ。此の移住隊のことを巣分れの群れと云ふのだ。』
『その群れを導く女王は、――では其処の房の中にもゐるんですね?』
『ゐるとも。その女王が、すぐりの藪に降りて、仲間全体を其処に停めさせたのだ。』
 村とか、女王とか、移住、殖民地、などと云ふ言葉は、子供達の頭に印象を残しました。みんなはそんな、人間の政治学の条件を蜂にあてはめた言葉を聞いてびつくりしてしまひました。尋ねたい事が、あとからあとから出て来ます。が、ポオル叔父さんは耳に入れませんでした。
『巣分れの蜂が、巣箱にはいつてしまふまでお待ち。そしたら、叔父さんはお前達に、驚くやうな蜂のお話を長く続けてしてあげる。そして今はたゞ、何故ジヤツクお爺さんとアムブロアジヌお婆あさんが、如露やソース鍋を叩いてゐたのかと云ふ、クレエルの質問にだけ答へよう。
『若し、巣分れの蜂共が、その村から飛び出して行つてしまつたら、その蜜蜂を私達は失くしてしまふ事になる。其処で、それを庭の中の木に降りさせて、其処で群をかためて房のやうになるやうに導いてやる事が必要なのだ。それには古くからの考へで、何か音をさせるといゝと云ふ事になつてゐる。その音は雷を真似るので、云はゞまあ、その蜂共は、嵐が近づいたと云ふ恐れで、大急ぎで避難所をさがすのだと云ふのだ。私は蜂が、古い如露を叩く音で嵐を恐れるやうな馬鹿気たものだとは信じない。蜂は古い巣箱からあまり遠くなく蜂共に適した場処でありさへすれば丁度いゝと思つた時に丁度いゝ処に降りるのだ。』
 ジヤツクが、一方の手では金槌を下げ、一方の手をかざして見ながらポオル叔父さんを呼びました。お爺さんは新しい板で、巣分れをした蜂共の為めに家をつくつてゐるのでした。夕方になると巣箱が出来上りました。底の方には蜂の出入口になる小さな穴が三つ穿《あ》いてゐます。そして、内側には、今に出来る筈の蜜窩《みつか》を支へる為めの幾本かの木釘があります。一つの平たい石が、壁に立てかけて置いてあつたのが、巣箱の台石になりました。日の暮れ方になつて、みんなはすぐり藪に行きました。蜂のかたまりは枝から離すときに、少し揺れて巣箱の中にはいりました。最後にその巣箱は台石の上に置かれました。
 次ぎの朝ジユウルは、蜂がどうしてゐるか見に出かけました。その家は蜂共に丁度よく出来てゐました。蜂共は巣箱の小さな扉の外に一つづつ出て来ては、台石の上の日あたりで一寸自分の体をさすつては、庭の花の方に飛んで行きます。蜂共は働きにゆくのです。殖民地はもう見つけ出されたのです。重大な会議で、すべての事は夜の間に決定されたのです。

[#5字下げ]七五 蜜蝋[#「七五 蜜蝋」は中見出し]

 ポオル叔父さんは、約束を忘れませんでした。叔父さんは真先きに出来た閑暇《ひま》を利用して、子供達に蜜蜂の話をして聞かせました。
『非常によく蜂を住はせる巣箱には、二万から三万の蜂がはいつてゐる。その人口は殆んど吾々人間のつくつた、ちよつとした町位にはなる。町では、すべてのものがおなじ商売をする訳にはゆかない。パン焼きはパンをつくる、石工や煉瓦屋は家をつくるし、大工は家具をつくり、洋服屋は着物をつくる、手短かに云へば、それ/″\の仕事によつて職人がゐる。そのやうに蜂の社会にもいろ/\な分業がある。即ち、母親があり、父親があり、労働者があるといふ風に。
『まづ第一に、母親としては、それ/″\の巣箱の中に一匹しかゐない。たゞの一匹だ。その蜂が、全人口の母親なのだ。それを女王蜂といふ。此の女王蜂は、その大きな体で労働者からは抜んでて居り、そして働く道具を持たない。その蜂の仕事は卵を産むことなのだ。それは一ぺんに千二百もの卵をその体に持つのだ。そして最初の卵を産んでしまふとすぐにまた次ぎの卵をもつのだ。何んと云ふ驚くべき女王の仕事だらう? しかしまた、他の蜂共がその共同の母親を見るのにやさしい注意をすることはどうだらう! その丁寧な気のつけ方はどうだらう! 彼等はその貴い母親に一口づつ御馳走をする、彼等は、自分で食物を集めるひまのない女王蜂の為めに、一番上等のものを食べさせる。そしてあとからあとからと卵を産むのがたつた一つの役目なのだ。
 父親の仕事をするのは、六百から八百位までの怠けもので雄蜂といふのだ。雄蜂は、労働者の蜂よりは大きく女王よりは小さい、その大きな脹れた眼は、頭の尖きにひつつき合つてついてゐる。雄蜂は螫毛を持つてゐない。毒を持つた小剣を持つてゐるのは女王と労働者だけだ。雄蜂はその武器を剥ぎ取られてゐる。その雄蜂は何をするのか? と云ふ問ひがある。それは、何時か、女王蜂が外を飛びまはつて楽しむ時に、そのお伴をするのだ。そして、もうそれ以上は何にも聞くことはない。彼等は惨めに外で死ぬか、或はもし巣に帰ると労働者から冷淡に取り扱はれる。労働者は雄蜂を穀つぶしだと云ふので虐待して仲間に入れないのだ。そして、すぐに労働者仲間には不必要な雄蜂をつつきまくる。しかし、それでもまだその虐待に平気でゐれば、此度は最後の手段がとられる。何時か、天気のいゝ朝、労働者共は、雄蜂をどれもこれも殺してしまふ。そしてその死体は巣箱から掃き出されてしまつてゐる。それが雄蜂の最後だ。
『さて、労働者だが、これは一匹の女王蜂に、二万から三万の蜂がついてゐる。此の労働者を働蜂と云ふのだ。その働蜂の或る者は、お前達が、庭の中を花から花へ飛びまはつて取り入れをしてゐるのを見るだらう? あの蜂なのだ。それからもう一つの他の働蜂は、その外へ出てゐる働蜂よりは少し年をとつてゐて、従つて経験をつんでゐる。此の蜂は巣の中に残つてゐて、巣の中での必要な仕事をする。そして、女王蜂の生むだ卵から孵つた幼虫に食物を分けてやる。此の二つの働蜂の体には区別がある。蜜の材料を集めて蜜蝋をつくる、蝋蜂は若い。家にゐて家族の面倒を見る養育係りの蜂の方は年を老つてゐる。此の二種類はお互ひに根からの相異を固持してゐるのではない。熱情に充ち、冒険的な若い時には、蜂は蜜蝋つくりの仕事に従ふ。蜂は野原に飛んで行つて、花をたづねては食料をさがし歩く。そして或時は、悪だくみを持つた侵略者に対して、螫毛の鞘を払つて、大いに自分を主張するために飛びかゝつてゆく。そしてその滲み出させる蜜蝋で、倉庫や小さな室がつくられる。その小さな室は、小さい幼虫を置く処なのだ。その働蜂が年をとつて来ると、経験を積んで来る。しかし、若い熱情を失くする。其処で、家にゐて、子供の養育係りといふ細かい面倒な仕事をするに相応するやうになるのだ。』
 此のポオル叔父さんの前置きの、蜂の仕事がちやんと三つの階級に決められてゐるといふ話は、子供達に大変な興味を起させました。みんなは、蜂が、そんな不思議な念入りな、共同の規則を持つてゐるといふ事を知つて驚きました。真先きにジユウルが叔父さんに質問しはじめました。子供は、知りたいと思ふ事は、何んでも皆んなすぐに知らなければ承知が出来ないのです。
『叔父さんは、蜜蝋蜂は蜜蝋をつくると仰云ひましたね。僕はまた、もう花の中で出来あがつてゐる蜜蝋を蜂が見つけ出すのかと思つてゐましたよ。』
『出来上つたものを見つけ出すのではない。蜂がそれをつくるのだ。それを滲み出させるのだ。別の言葉で云へば、蠣《かき》が自分の殻の石を滲み出すやうに、メレアグリナが、真珠貝や真珠を滲み出すように、蜂は蜜蝋を滲み出さすのだ。
『蜂の胃をよく見ると、それが幾つもの輪がひつつき合つて出来てゐる事が分る。そしてどの昆虫の胃でも、皆なそれと同じやうに出来てゐる。かういふ風に幾つもの部分がひつつき合つて出来てゐると云ふのは、例外なしに、すべての昆虫の角でも、触角でも、肢でも、皆な同じ事なのだ。もと/\此の insect 即ち昆虫と云ふ言葉は、切れ/″\になつてゐるといふ意味で、此の幾つもの部分がひつつき合つてゐると云ふところから来たものなのだ。実際、昆虫のからだはさう云ふ風に幾つもの切れ切れがひつつき合つて出来てゐるのだ。
『其処で蜂の胃袋の話に戻る。その胃袋の中には、別々にたゝまれた輪が真中よりは下の方に見出される、それが蜜蝋をつくり出す機械なのだ。其処に皮膚をとほして汗が滲み出すように、蜜蝋の材料になるものが少しづつ滲み出るのだ。その滲み出したものは堆つて薄い層になる。蜂は肢でそれをこすつてはがすのだ。其処には八つの蜜蝋をつくる機械があつて、一つが怠けてゐる時には他のが働くといふやうにして自分の思ひどほりにいつも蜜蝋の層をつくつてゐる。』
『蜂はその蜜蝋を何にするのですか?』
『それで、蜜窩をつくるのだ。それは蜜を貯へておく倉庫で、そして幼虫の形をした蜂の子を育てる小さないくつもの室だ。』
『ぢや、その家を建てるのに』とエミルが云ひ出しました。『その胃袋のひだから取つた蜜蝋の層で建てるのですね。さうだと蜂は大変独特の工夫に富んだ処を見せる訳ですね。それは丁度僕達が家を建てるために要る石やなんかを手に入れるのに、自分の体を擦《こ》するやうなものですね。』
『蝸牛は』と叔父さんは結びました。『もう人間をさういふ動物の独特な理想を不思議がらせないやうにならしてしまつてゐる。蝸牛は自分の殻をつくるのに石を滲み出さすのだ。』

[#5字下げ]七六 蜜房[#「七六 蜜房」は中見出し]

 蜜を貯へておくために、そして幼虫を育てる為めに、蜂はその蜜蝋で蜜房といふ一方の端は開き一方の端は塞がつてゐる小さないくつもの室をつくる。それはどれもみんな規則正しい六角形で排列されてゐる。幾何学上の言葉ではそれぞれが六角形|角※[#「土へん+壽」、第3水準1-15-67]《かくとう》、或は六面角※[#「土へん+壽」、第3水準1-15-67]と云ふ事が出来るだらう。
『此の形の科学、約《ひっくる》めて云へば幾何学の奉仕者とその美しいものの附属物の言葉の紹介に驚いてはいけない。蜂は此の上はないといふやうな熟練した幾何学者だ。彼等の仕事には、一番高い知識の運用が必要なのだ。すべての人間の理論の力は、一歩一歩昆虫の科学に従つて来たのだ。其処で私もすぐに、その目的に返つて、それは大変むづかしいのだが、お前達に分りやすいやうに話して見る事にしよう。
『蜜房は背中合はせに、塞がつてゐる方の側同志が結びついて、対になつて水平におかれる。そして猶、二つの隣り合つた室の仕切り壁のやうになつたそれ/″\の平たい側面をくつつき合はせて多く少く、いろ/\に並べられてある。そしてその小室《こべや》の塞つてゐる方の側同志で背中合はせになつた二つの層の事を蜜窩といふのだ。此の蜜窩の一方の側には同じ層の室の入口がみんなあり、第二の層の室は反対の側に開いてゐる。最後に、その蜜窩は巣箱の中に、半面は右、半面は左を向けて垂直に吊されてゐる。その上の方の縁は、巣箱の屋根か、或はその屋根の内側を交叉してゐる棒にくつゝいてゐる。
『一つの蜜窩では、人口が多い時には十分ではないので、またはじめの通りなのを、他につくる。いろいろな蜜窩が、お互ひに並行して、その中間に隙間を残して並んでゐる。それ等の蜜窩は街で、広場や通りは、丁度吾々の家の戸口が通りに向つて右左から開いてゐるやうに、隣り合つた蜜窩の小室が向き合つた、二つの層の間に出来てゐる。蜂は其処を一つの扉口から他のへとめぐつて倉庫のやうに使つてゐる室の中へ蜜を貯へたり、或は一つ一つ他の室に行つて若い幼虫に、食物をわけてやつたりする。そして必要な時には、それ等の公の場所に集まつて、公共の問題について考へたり会議をしたりする。例へば、養育係りの蜂が、幼虫の食物の世話をして彼方此方を歩いてゐるうちにか、或は蜜蝋蜂が一生懸命に自分の体をこすつて蜜蝋を引き出して家を建てはじめてゐるうちに、雄蜂を逐ひ出す隠謀が出来てゐる。処に、その時新しい女王蜂が生れて巣箱の中に内乱が起る。するとみんな集つての相談で移民の計画が熟する。其処で――だが、さう先き走りをして話すのは止めにしよう。蜜房の話に帰らう。』
『僕は、その珍らしい蜂の話をみんな本当に知りたいんです。』とジユウルが云ひ出しました。
『お待ち! まづ何よりも蜜房がどうして出来てゐるかを見よう。蜂はその必要を感ずるとその輪のひだから蜜蝋のうすい層を引きだして蜜房の材料にする。その少しばかりの蜜蝋の層は、その歯の間、即ち二つの顎の間にくはへられる。蜂はそれをかみしめて、その仲間の間を馳け抜ける。『私を通してお呉れ』と云つてゐるやうに見える。『さあ、私は仕事をしなければならないんだから。』さうして道をかきわけてゆく。その蜂は仕事場の真中に場所をとる。蜜蝋は顎の間で揉まれてゐるし、きれてもゐる。蜂はそれをリボンのやうに平らにのばす。それからまたそれを敲《たた》く。そしてもう一度揉んで、塊にしてしまふ。同時に、それに唾を含ませる。それはその塊を柔かくするのだ。その材料が、丁度適当な程度になつた時に、蜂は少しづつ少しづつそれを貼りつける。余分な処を切りおとすには、顎が鋏のやうに使はれてゐるし、触角は絶えず動いて探り針のやうにも、またコンパスにも使はれてゐる。それは蜜蝋の壁にさはつてその厚さを調べ、窪みへつつ込んで、その深さを確かめる。此の恐ろしく丁寧で規則正しい建物を完全につくりあげさすその生きたコンパスの触れ方は何んと云ふすばらしいものだらう! その上労働者が馳け出しだと、上手な蜂が、経験をつんだ眼でそれを見張つてゐて、ほんの少しのあやまちがあつても、すぐに、それを捉へて、急いでつくりなをす。下手な労働者は、控へ目勝ちにそのそばで、仕事を覚える為めにそれを注意してゐる。細工を覚えてしまふと、また働きはじめる。数千の蜜蝋蜂が一緒に働いて、二デシメートルから三デシメートルの広さの蜜窩一つをつくるのに、屡々一日仕事の事がある。』
『叔父さんは私達に話して下さいましたわね』とクレエルが云ひました。『その蜜房は幾何学的な排列で特別に珍らしいものだつて。』
『今、丁度その立派な話題へ来た処だ。だが私は前以てお前達に、一寸云つておく事がある。お前達には蜂の建築術の勝れた美しさはまだなか/\のみ込めるもんぢやない。いゝかいジユウル、そのつまらない虫のつくつた蜜蝋の家を、本当によく知つてしまふには、本当に少数の人達しか持つてゐない、最高の知識が要るのだ。それをお前が研究して、その珍らしいものをすつかり分るには、これからのお前の長い前途を、出来るだけ十分に打ち込まなければならないのだ。だが、今はたゞ、私が話して聞かせるだけの事にしておかう。
『蜜房は、或ものは蜜を入れておく倉庫のやうに、或ものは幼虫の為めの巣のやうに使はれる。それは蜜蝋でつくられてゐる。その材料は、蜂も無制限に得る事は出来ない。蜂共は、胃が少しばかりの蜜蝋の層を滲み出させるまで待たなければならない。そしてその層をつくり出すのもゆつくりで、余程自分の体をけづつてもゐるのだ。蜂は自分の体の材料で建築をするのだ。それは自分を痩せさせて滲み出させた処のものを以て蜜房をつくつてゐるのだ。その蜜蝋が蜂にとつてどれほど貴重なものかと云ふことゝ、同時に、それを蜂共がどんなに厳重に経済的に使はねばならぬか、判断が出来るだらう。
『それにまだ、大変な数の家族を養はねばならない。倉庫にある蜜は公共の必要に応ずるやうに殖やしてゆかなければならない。その上に猶、それ等の倉庫や育児室になる小さな室を出来るだけつくつてゆかねばならないのだ。それも巣箱の妨げにならないやうに、二万も三万もの市民が自由にそこらを飛びまはつて歩くのに少しも不都合を感じないやうにしなければならないのだ。最後に、蜂にとつて最も困難な問題にぶつかるのだ。彼等は最少の空間に、出来得る限り最少の蜜蝋で、出来るだけ沢山の蜜房をつくらねばならないのだ。さあジユウル、お前は此の蜂の問題を解く事が出来さうかい?』
『叔父さん、僕その説明がよく分りません。』
『蜜蝋を節約するのに、先づ最初の仕事をはじめる前に非常に簡単な方法を考へる。それはその室と室との間の仕きりをつくるのに、大変薄くすることだ。お前だつて、此の最初の方法は、蜂と全くおなじ事をするだらう。蜂はその蜜蝋の壁を、紙のやうに薄くつくる。だが、これではまだ不十分なんだ。もつと重大な必要は、一番経済的な形をさがして、その形で室をつくると云ふ事だ。さあ、みんなで考へて見よう。どうすれば、空間と蜜蝋との経済的な条件にあてはまるやうな形の室が出来るだらう?
『先づ、その小室を円いものとして考へて見よう。紙の上に、或る同じ大きさでお互ひに触れ合ふ円をいくつか書いて見る。それ等の隣り合つた三つの室の真中には、始終すき間が出来て来る。その何にもならない無駄なすき間が沢山に出来ることは、その室をつくる為めに経済的なやり方ではない。円形では駄目だ。
『それでは此度は四角にして見よう。紙の上におなじ大きさの四角を書かう。これは側面と側面とをくつつけて間にすきまを残さずに正しく並べてゆく事が出来る。此の室の床に嵌め込んだ小さな四角な赤煉瓦を御覧。此の煉瓦は、間に少しも隙間を残さず、どの側面も触れ合つてゐる。其処で四角な形は、第一の条件、即ち、隙間を利用してゐると云ふ条件には当てはまる。
『だが、此処にまた他に困難な事が現はれて来る。四角な格好をした室では、それを建てる時に使つた蜜蝋の量のせいで、十分な蜜を支へる事が出来なくなつて来る。その量を殖やす為めには、その角の面の数を出来るだけ沢山に殖やさなければならない。此のはつきりした真理をお前達にちやんと見せてのみ込ませてやることは私には出来さうにない。それは、お前達の知識とはまだずつと隔たりのある事なんだからね。その面を殖やすといふ理屈は幾何学が確かな事だと認めてゐるのだ。でそれを事実について考へて見よう。
『出来上つた形を選んで、其処から出発して考へる事にする。側面と側面を合はせて、少しも無駄な隙間を残さずに置く事の出来る、すべての規則正しい形のものゝ中から、お前達は最もその側面の数の多いものを選ばなければならない。さうすれば同じだけの蜜蝋をつかつても沢山の蜜を支へる事が出来るだらう。
『幾何学は、隙間をつくらずに並べることの出来る正しい形はたゞ三角か、四角か、六角と教へてゐる。それだけだ。他の形ではすべての周囲が触れ合つてしかも少しも隙間を残さないやうにする事は出来ないのだ。
『さうすると、その六角形をとつて室をつくれば、最も少い空間に、最も少い蜜蝋で総ての室を集める事が出来、そして沢山の蜜を貯へる事が出来る。蜂は誰よりもよくその事を知つてゐて、他のどの種類にも決してない六角形の室をつくるのだ。』
『では蜂は、』とクレエルが聞きました。『私達のやうに、或は私達以上に、その理屈を知つてゐて、そんな問題を解いたのでせうか?』
『もしも蜂が、前以てよく考へ、計画をたてたあとでその蜜房をつくつたら、それは驚くべき事だよ、クレエルや。動物は人間の競争者になるだらう。蜂は深い幾何学者だが、それは、もつと荘厳な幾何学者、即ち神様の霊感の下に知らず識らずの間にその仕事をしただけなのだ。さあ、もう此の話は止めよう、お前達に此の話がよく分つたかどうか怪しいが、しかし、もう少ししたら、此の驚くべき世界の事に、お前達の眼をあけてやることが出来よう。』

[#5字下げ]七七 蜂蜜[#「七七 蜂蜜」は中見出し]

『蜂は勤勉だ。朝日が昇る頃には、巣箱からずつと離れた処へ飛んで行つて一つづつ花を訪ねて働いてゐる。お前達はもう花の中の、虫を引きつけるものを知つてゐる筈だね、私はお前達に、前に花蜜の事について話しておいた。それは甘い液体で、花冠の底から滲み出して小さな翅のある虫共を誘ひ、それで柱頭の上の葯《やく》をゆするやうになつてゐる。此の花蜜が、蜂に入り用なものなのだ。これが、自分の大変な御馳走であり、猶また女王蜂にも、他のものにもやはり大変な御馳走なのだ。そして、それが蜂蜜の素なのだ。どうしてその液体を家に持つて帰つて他のもの達を喜ばせるのだらう? 蜂が持つてゐるのは、水差しでもないし、瓶でもない、壺でもない。さういふ種類のものぢやないのだ。ああさうだ、それは、それ、蟻が木虱の乳を労働者に持つて行つてやるやうに、自分の鑵といふやうな、胃袋、腹、※[#「月+奧」、358-19]《いぶくろ》で配つてやるのだ。
『蜂は一つの花にはいつて、花冠の底の方へ長いそして柔かな、それで甘い液汁を舐める舌のやうなものを突込む。一滴づつその花から汁を吸ひ出す。そして※[#「月+奧」、359-1]は一杯になる。同時に蜂は花粉の粒を少しづつ噛む。猶その上に、此のいゝ荷物を巣箱に持つて帰らうと思ふのだ。此の仕事の為めに蜂は特別な器物を持つてゐる。先づ第一がむく毛だ。それから、ブラシユと、籠だ。それは肢がその役に立つのだ。むく毛とブラシユは取り入れに、籠は持ち運びに使はれるのだ。
『最初に蜂は面白がつてその花粉をかぶつた雄蕋の中を転がる。そして彼方此方転がつてゐる蜂のびろうど体の後肢の端に、内側の方に四角に、短かい粗い毛が逆立つてゐる処がある。それがブラシユのやうな役に立つのだ。虫のむく毛の上に散ばつた花粉の粒は、そのブラシユで集められて小さな球になる。それは肢の間につかまれる。それが籠といふ名で呼ばれるのは、後肢のブラシユの少し上の方の外側の毛で一つの窪みがふちどられてゐるからだ。其処にある小さな花粉の球は、粉だらけになつたむく毛の上を大急ぎで刷き集めて堆み上げたものなのだ。その荷物は決して落ちる事はない。何故なら籠の縁の毛がそれを支へてゐるからだ。そしてまた、底の方に向つて粘りついてゐるのだ。女王蜂や雄蜂はそれ等の働く道具を持つてゐない。さういふ器物は働かない雄蜂や女王蜂には用がないのだ。』
『その蜂が花を訪ねては籠の中に集め込んだ花粉の荷物の小さい球は誰にでもその後肢の間で見えますか?』
『勿論さ。蜂は花冠の底からうんとその甘い汁を舐める。花粉を幾度も幾度も掃き集める。そして最後には※[#「月+奧」、359-12]は一杯になり籠はあふれ出る。巣箱に帰る時になつたのだ。蜂は、そんなに沢山の土産と一緒に大急ぎで飛んで行く。
『其処でその帰り途につけ込んで、その蜂蜜の原質について調べて見る事にする。蜂はその※[#「月+奧」、359-14]の中に一杯になつた甘い液汁と籠の中の二つの花粉の球を持つてゆく。だが、それはまだみんな蜂蜜ではない。本当の蜂蜜をつくるのには、蜂はその原素を準備する。それは集めて来た花蜜と花粉の球だ。それを料理するのだ、その※[#「月+奧」、359-16]の中でぐつぐつ煮立たすのだ。その小さな胃袋は、運んで来るのに壼として役に立つたよりも、もつといゝものになる。それは驚くやうに精巧な蒸溜器なのだ。その中で、舐めて来た液汁と咬みとつた花粉の粒とが消化作用で美味しい果※[#「米+羔」、第3水準1-89-86]《かこう》に変つてしまふ。それが蜂蜜なのだ。これで、その上手な料理はすんだのだ、その※[#「月+奧」、359-19]一杯につまつてゐるのが蜂蜜だ。
『蜂は巣に着く。もしいゝまはりあはせで、女王蜂に出遇ふと、労働者の蜂は女王を尊敬して、その胃袋から第一の一と啜りを口から口へと捧げる。それからあき部屋をさがしてその倉庫の中に自分の首をつつ込んで、その舌をさし出して胃袋の中に詰まつてゐるのを吐き出す。そして其処に蜂が吐き出した本当の蜂蜜があるのだ。』
『みんな吐き出してしまつたのですか?』とエミルが尋ねました。
『みんなぢやない。胃袋の中につまつてゐるものは、普通三分されるのだ。一部分は巣に残つてゐて家の中の仕事をしてゐる養育係りの為めに、第二には、まだ巣の中にゐる小さいものゝ為めで、第三には自分の為めでそれは蜂蜜になるのだ。よく働く為めには食物がなくてはならないだらう?』
『ぢやあ、蜂は蜜を食べるのですか?』
『さうさ。お前は多分、蜂が人間の為めに特別に蜜をこしらへたんだとでも思つてゐたね。そんな事を考へちやいけない。蜂は自分達の為めに蜜をつくるのであつて、人間の為めにつくるのぢやあない。人間は、蜂の富を分捕るのだ。』
『花粉の小さな球は何になるんです?』とジユウルが尋ねました。
『花粉は蜜をつくる中に入れてしまふのだ。そして蜂の営養物として役に立つのだ。働蜂はその取り入れの仕事から帰つて来て、その後肢を、幼虫か蜜かどつちかの置いてある室の中に入れる。そして真中の肢の先きでその小さな球は離してそれを底の方に衝き込む。その遠足を繰り返してゐると、最後には室の中は、吐き出した蜜と、しまつておく花粉が一ぱいになる。養育係りは、それ等の食物をひき出して、室から室へと歩いて少しづつの分け前を小さい者共に分けてやるのだ。それからまた自分の食物にもするのだ。そして天気の悪い時に全人口を養ふ其処に財産を見つけ出すのだ。
『花は年中咲いてはゐない。その上にまだ休みの日がある。雨降りの日には蜂は飛び出して行く事が出来ない。其処で、花粉や蜜を貯へて、うまく供給する必要が出来て来る。で、花が沢山あつて、その収穫がすぐに入用以上を越す時に、働蜂はすこしも怠けずに蜜や花粉をあつめて室の中に蔵ひ込む。そしてその室が一杯になると直ぐに蜜蝋でそれを被ふてしまふ。
『その貯へられた食料は、いつか食物が少くなつた場合の用心に保護されるのだ。その蜜蝋の覆いは厳重に注意されてゐる。早まつてそれに手をつけたものは国事犯といふ大変な罪になるにちがひない。必要な時になると、封ははがされて、それ/″\その蜜窩から引き出す。しかし節制と謹しみはちやんと持つてゐる。その蜜窩がおしまひになると、また他の封を破るのだ。』
『若い蜂はどういふ風に育てられるのですか?』と云ふのはジユウルの第二の質問でした。
『巣として使ふやうにきめられた室が、蜜蝋蜂によつて十分に用意された時に、女王蜂は一つ一つの室にその大きなおなかを大変な努力で曳きづつて行く。養育係りの蜂は丁寧な従者の形だ。それ/″\の室の中に一つだけ卵を産む。数日のうち――三日から六日まで――に、此の卵は幼虫の形になる。それはコンマのやうに曲つた、足のない、白い小さな虫だ。それから養育係りの面倒な仕事が始まるのだ。
『養育係りは毎日、そして一日のうちの毎時間、この小さい虫に営養を分けてやらなければならない。それは蜜でもなければ花粉でもない。しかし、最初の弱い胃袋に必要な濃さにして用意したものがある。それははじめには、水のやうな糊で、殆んど味のないものだ。それから少し甘くなり、最後に純粋の蜜で、それが一杯の濃さになつた食料だ。吾々は泣いてゐる赤ん坊に※[#「睹のつくり/火」、第3水準1-87-52]た肉をやるだらうか? そんな事はしない。しかしお乳をやり、それからパン粥をやる。蜂だつておんなじ事だ。蜂は蜜を持つてゐるけれども、それは強い者の為めの強い食物だ。そして弱い者の食物は弱い者の為めに味のないパン粥がある。では蜂はどうしてそれ等の食物を用意するのだらう? それを話すのは六かしい。多分蜂は蜜と花粉とをまぜ合はしちがつたものにするのだらう。六日間に幼虫は雛と云はれるまでの発育を遂げる。それから他の昆虫の幼虫のやうに、変態をする為めにその世界から隠退する。その変形の危急な瞬間の肉体の苦痛を妨ぐために、それ/″\の幼虫は室の内側に絹で線をひく。そして働蜂はその上を蜜蝋で覆ふてしまふ。絹の線の中では皮膚の外側をひきはがして、蛹への経過を遂げる。十二日後には蛹は第二の誕生の深い眠りから目ざめる。そして自分の体を震はし、その狭い纏衣《まとい》をひきちぎると一匹の蜂が出て来る。蜜蝋の覆ひは内にとぢ込められた虫が咬み破り、同時に外からその蘇生を助ける働蜂によつて破られる。そして巣箱には新しい市民が加はるのだ。新しく生れた蜂は、翅を乾かしたり、体を磨いたりして一寸お化粧をして、それから仕事に出て行つてしまふ。その仕事は別に教はらなくても知つてゐるのだ。蜜蝋蜂には若い蜂がなり、養育係には年をとつたのがなるのだ。』

[#5字下げ]七八 女王蜂[#「七八 女王蜂」は中見出し]

『女王蜂に生れるやうに定められた卵は、普通の働蜂が孵へる処よりはずつと確つかりして外見もいゝ特別の室の中に産まれる。普通の働蜂の室の形は一般のものだ。が女王蜂の室はゆびぬきの形をしてゐる。それは蜜窩の縁にしつかりついてゐて王房と云ふのだ。』
『女王蜂がその室の中で卵を生む時には』とジユウルが尋ねました。『それが働蜂の卵か女王蜂の卵か知つてゐるのでせうか?』
『いや、女王蜂は知らない。知る必要もないのだ。女王蜂の卵と働蜂の卵との間には何にも違つた点はないのだ。その扱ひだけで卵から出るものが決まるのだ。或る扱ひを受けた若い幼虫が、未来の巣箱の繁昌のもとになる一匹の女王蜂になるのだ。そして他の方法で扱はれたものがブラシユや籠をもつた働蜂になるのだ。蜂が女王蜂をつくらうとする時には、その特別の王房に生れた卵をその目的で扱ふのだ。吾々人間を若い時の扱ひや教養でさういふ風に仕上げる事が出来るだらうか? 人間を扱ひや教養で王にしたり百姓にしたりする事は出来ない。けれども蜜蜂の国ではそれが一番いゝのだ。そして不埒者の間ではそんな事は一層悪い事になるのだ。
『蜂には、吾々のやうな、いろ/\異つた教育法は不必要だ。人間は、心にかけられるかぎりその注意を、心の感激をつよくし精神の向上に向けるやうにする。蜂の教育は純粋の動物の教育で、それは腹の指図によつて制禦されてゐる。食物の種類が、女王と労働者とそれ/″\につくられるのだ。女王になる幼虫の為めには、その養育係りは、特別のパン粥を用意するのだ。その王者の皿の中のものは、蜂だけが知つてゐる秘密だ。
『此の特別な営養は、普通よりはずつと目ざましい発育を齎らすのだ。だから、私が話したやうに、王様になるやうに決められた幼虫は特別な室の中で養はれるのだ。それ等の高貴な揺床《ゆりどこ》には蜜蝋を贅沢に使つてある。それはもう六角のつましい形をしてはゐないし、薄い仕切り壁でもない。大きな、贅沢な、厚いゆびぬきだ。女王に関はる処には経済は沈黙してしまふ。』
『では、蜂は其処にゐる女王蜂の知慧は借りずに、他の女王蜂をつくるのですね?』
『さうだ。女王は非常に嫉妬深くて、巣の中の或る蜂が、自分の王としての特権を少しでも減して持つてゆくと云ふ事は我慢がならないのだ。女王の権限内にある僭望者は禍なる哉!だ。「おゝ! お前は私を押し退けて、私の部下の愛を竊《ぬす》みに来たんだな!」あゝ! それは恐ろしい事になるんだ。人類の歴史の上では、王冠を頂いた頭が何かの不幸に出遇ふと、国民の上にまで困難を蒙らすと云ふ事はお前達も知つてゐるね、ところが働蜂は、女王がなかつたら、此の世の中には何でも残らないと云ふ事を知つてゐて、それに強く心を傾けてゐる。だから働蜂は、将来には他の女王が要るといふ目あてを失はずに、しかも現君主に対しては非常な尊敬を払つて待遇する。その種族継続の為めには女王がなくてはならない。どうしてもつくらなければならないだらう。此の為めに王のパン粥が大きな室の中の幼虫の役に立つのだ。
『さて、春、働蜂や雄蜂が既に孵つた時に、騒がしいバサ/\云ふ音が王房の中から聞える。それは若い女王が蜜蝋の牢屋の外に飛び出して見ようとしてゐるのだ。養育係りの蜂や、蜜蝋蜂が其処にぎつしりくつつき合つた歩兵大隊になつて、警衛に立つてゐる。彼等は女王蜂が飛び出すのを防ぐために援兵を増してその蜜蝋の室の中にゐる女王を守つてゐる。そして彼等はその覆ひを破る手伝ひをする。「今は飛び出す時ぢやありません」と彼等が云つてゐるやうに見える。「険呑です!」そして非常な尊敬をこめて激しく訴へる。若い女王はその新らしく出来た翅を動かしたくて我慢がならないのだ。
『親の女王蜂はそれを聞いてゐる。その激情を煽られる。そして激しい怒りで室の上で足ぶみをし、蜜蝋の覆ひの千切れを投げ、飛んで行つて、その僭望者共を室から引きづり出して来て、無慈悲にその若い女王達をきれ/″\になるやうに喰ひ裂く。いく匹かの女王蜂が、その狂暴の下にすくんでしまふ。しかしやがて、他の人民共が女王を取り巻いて円の中に入れてしまひ、だん/\にその殺戮の光景から引きづつて行つて遠ざけてしまふ。未来は助かつた。其処にはまだ幾匹かの女王蜂が残されてゐる。
『さうしてゐる間に、憤りはます/\激しくなり、内乱が勃発する。或るものは古い女王に加担し、或るものは若い女王に味方する。此の意見の混乱した争闘と騒ぎは、穏やかな活動に続いてゆく。巣箱は嚇しのブン/\云ふ声で一杯になり、一杯中味のつまつた倉庫は掠奪に会ふ。そして其処には明日の事などは考へない大宴会がはじまる。短刀はつき交へられた。女王蜂は巧妙な動作で、且つて自分が見出した、そして今は自分に叛く競争者が起つた恩知らずの国を見棄てる事を決定する。「私を愛する者は私に従《つ》いてお出!」そしてその女王は見栄をきつて巣箱を飛び出して決して再び其処にはいつて来ない。その女王の味方のものは女王と一緒に飛んで行つてしまふ。その移民隊が巣分れの群蜂を形づくるのだ。それは出て行つて新しい植民地を何処かに見つけるのだ。
『秩序を再び整へるために、騒ぎの間何処へか行つてゐた働蜂が来て、巣箱に残つてゐる蜂を結びつける。二匹の若い女王が彼等に頂かれるのだ。どれがその君主になるのだらう? それをきめるのに一匹が死ぬまで決闘をしなくてはならない。女王蜂はめい/\室から出る。そしてお互ひに、ねらひを定めるや否や飛びかゝつてゆく。背中をまつすぐに立て、顎でお互ひの触角をくはへ、頭と頭、胸と胸とを突き合はせる。此の姿勢で、めいめいにその胃袋の端の毒を持つた螫毛を少し相手の体に突き込む。だが、それでは二匹とも死んでしまふ。そんな襲撃の方法は許されない。彼等は引き分けられて退く。しかし、他の人民共は彼等を取り巻いて、飛んで行つてしまはないやうに防ぐ。彼等の中の一匹だけは降参しなくてはならない。二匹の女王蜂はもう一度闘ひはじめる。そのうまい方の一匹が、他の一匹が防ぎ損ねた一瞬間に、相手の背中に飛び乗つて、体と翅の番《つが》ひ目の処を捉んで、その脇の方を刺す。犠牲は股をつつぱつて死ぬ。それで、すべてが終るのだ。王は唯だ一つにかへつた。そして巣箱は、その秩序も、仕事も何時もの通りに繰り返されるやうになる。』
『蜂はずいぶん乱暴ですね、女王がたつた一匹になるまで殺し合ふなんて。』とエミルが云ひました。
『さうする必要があるのだよ坊や。それが彼等昆虫の要求なのだ。さうしなければ巣箱の中は絶えず内乱が起つてゐるだらう。しかし此の不愉快な争ひの間も王の威厳に対してはらはれる尊敬を一瞬間も彼等は忘れはしない。どうして彼等にとつては余計な女王達の出て行くのを防ぐのだらう? 雄蜂を逐払ふやうな風に手軽にやらないのだらう? 蜂共は非常に注意してそれをしないやうにするのだ。どうして沢山の中の一匹でもその邪魔に対する時と同様に剣を引き抜いてその主権者に向つて挑まないのだらう? 生命を救ふ力は彼等の中にはないのだ。彼等はたゞその僭望者達に戦はせてその名誉を救ふのだ。
『その女王の上にも常にある可能性がある。それは、女王が至上の主権をふるつてゐる時にでも、不時の災難で殺されるか、老衰の為めに死ぬ事があるのだ。蜂は尊敬を表はしてその死んだ周囲を取り巻く。そして丁寧にその体を刷き、まるで生き返つて来た者にするやうに蜜を捧げる。そしてその体をころがして見、やさしく触つて見て、生きてゐた時にしたのと同じやうに気をつけて扱ふ。女王が既に全く死んでゐて、彼等のすべての注意が不用だと云ふ事を覚るまでには、幾日かかゝるのだ。そしてやがて悲しみが来る。二日か三日かの間毎夕方、葬式の挽歌の一種であらう悲しさうなブンブン云ふ音が巣箱の中で聞こえる。
『悲しみが去ると、蜂共は女王をおく事について考へる。一匹の若い幼虫が、普通の室の中から選ばれる。それは蜜蝋蜂になるやうに生れて来たのだが、事情はその幼虫に王位を与へるやうに進んでゆく。働蜂はその神聖な幼虫のゐる室に隣り合つた室々を破しはじめる。女王は満場一致で王位につくのだ。王房を建てるにはもつと広い場所が要る。此の仕事は残された室を王位につくことに決められた幼虫のはいる室のやうに、取り拡げてゆびぬきの形に出来るやうにする。幾日か幼虫はこの王の為めの食物をたべる。その甘いパン粥が女王をつくるのだ。そして奇蹟は成就された。女王は死んだ、そして若い女王が生きてゐるのだ!』
『蜜蜂の話は、叔父さんの話のうちで一寸おもしろかつた。』とジユウルが云ひました。
『私もさう思ふよ』と叔父さんは同意しました。『だから、この話を一等おしまひまでとつておいたのだ。』
『何ですつて――おしまひですつて?』ジユウルが叫びました。
『叔父さんはもう私達にお話をして下さらないですか?』クレエルが尋ねました。
『まさかさうぢやないんでせう?』とエミルも云ひました。
『いくらでも、お前達の好きなだけしてあげるよ。だがね、それはあとでだ。もう取り入れ時が来たから叔父さんはその方に時間をとられてひまがないんだ。だから今はこれでおしまひにしておかう。』
 それから後ポオル叔父さんは毎日畑に行つてゐて、夕方になつてももうお話をしませんでした。エミルはまたノアの箱船の処に行つて見ました。箱船の中でエミルはかびた象を見つけ出しました。あの蟻の話以来すつかりおもちや箱に御無沙汰をしてゐたのです。
[#地付き](『科学の不思議』アルス、一九二三年八月一日)



底本:「定本 伊藤野枝全集 第四巻 翻訳」學藝書林
   2000(平成12)年12月15日初版発行
底本の親本:「科学の不思議」アルス
   1923(大正12)年8月1日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※ルビは新仮名とする底本の扱いにそって、ルビの拗音、促音は小書きしました。
入力:門田裕志、小林繁雄
校正:トレンドイースト
2010年7月31日作成
2011年1月17日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。



*地名

(※ 市町村名は、平成の大合併以前の表記のまま。一般的な国名・地名などは解説省略。
  • 地中海 ちちゅうかい (1) (Mediterranean Sea)ヨーロッパ南岸・アフリカ北岸およびアジア西岸に挟まれた海。東西3500km、南北1700km、面積297万平方km、日本海の約3倍。古代にはエジプト・フェニキア・ギリシア・ローマが相次いで支配、いわゆる地中海文化を形成。(2) 付属海の一種。ほぼ陸地に囲まれ、狭い海峡で外洋と結びついている海。(1) のほか北極海など。
  • 大西洋 たいせいよう (Atlantic Ocean)三大洋の一つ。ヨーロッパおよびアフリカと南北アメリカとの間にある大洋。総面積約8656万平方km。地球表面の約6分の1、世界海面の約4分の1を占める。平均深度3736m。最大深度8605m(プエルト‐リコ海溝)。
  • [アフリカ]
  • [ギリシャ]
  • [カナダ]
  • ニューファンドランド Newfoundland (1) カナダ東海岸セント‐ローレンス湾口にある島。北アメリカで最古のイギリス植民地。1949年カナダに合併。面積11万平方km。南東沖合に大漁場グランド‐バンクがあり、タラ・ニシンの漁獲が多い。(2) カナダ南東部の州。(1) と本土のラブラドル地方とから成る。州都セント‐ジョンズ。ニューファンドランド‐ラブラドル州。
  • セント‐ローレンス Saint Lawrence 北アメリカの大河。オンタリオ湖に発源し、カナダの南東部を流れ、セント‐ローレンス湾に注ぐ。水系は、五大湖をも含み、長さ3060km。含まなければ1163km。
  • 中央アジア ちゅうおう アジア (Central Asia)アジア中央部、中国のタリム盆地からカスピ海に至る内陸乾燥地域。狭義には旧ソ連側の西トルキスタンを指し、カザフスタン・キルギス・タジキスタン・ウズベキスタン・トルクメニスタンの五つの共和国がある。イスラム教徒が多い。面積約400万平方km。
  • [フランス]
  • モン‐ブラン Mont Blanc (「白い山」の意)アルプス山脈中の最高峰。標高4807m。フランス・イタリア両国の国境にそびえる。万年雪に覆われて多くの氷河が流下。山麓に登山基地シャモニの町がある。イタリア語名モンテ‐ビアンコ。
  • ローヌ川 Rhone スイスおよび南フランスを流れる川。アルプス山脈に発源、レマン湖に入り、西へ流れ出てリヨンでソーヌ川と合流して南下し、地中海に注ぐ。長さ約810km。
  • ガロンヌ川 Garonne フランス南西部、アキテーヌ地方の川。ピレネー山脈に発し、ジロンドの三角江を経て大西洋に注ぐ。長さ647km。
  • ロアル川 → ロワール川
  • ロワール川 Loire フランス中部の川。中央高地に発源、大西洋ビスケー湾に注ぐ。長さ約1000km。中流域にはルネサンス期建造の名城が点在。ロアール。
  • セーヌ川 Seine フランス北部、パリ盆地を流れる川。ラングル高地に発源し、パリ市内を貫流し、イギリス海峡に注ぐ。長さ780km。
  • [イギリス]
  • イギリス水道 → イギリス海峡か
  • イギリス海峡 English Channel 別称、ラ-マンシュ La Manche 海峡、ザ・チャンネル The Channel 海峡。幅32〜161km、深さ172m、平均深さ35m。ドーバー海峡はその一部で、北東に位置する。(外国地名)
  • [南米]
  • アマゾン川 南米の大河。アンデス山脈中の源流からブラジル北部アマゾン盆地を東に貫流して大西洋に注ぐ。密林が流域の大部分をおおい、長さ約6516km。川幅は河口で100km。流域705万平方km。水量・流域面積とも世界第一。


◇参照:Wikipedia、『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008)『コンサイス外国地名事典』第三版(三省堂、1998.4)。




*難字、求めよ

  • 汽船 きせん (1) 蒸気機関で推進させる船。旧称、蒸気船。スチーム‐シップ。(2) 帆船に対して、機械力で推進させる船の総称。
  • タラ 鱈・大口魚 タラ科の硬骨魚の総称。また、マダラのことを単にタラと呼ぶ。
  • 和ぐ・凪ぐ なぐ おだやかになる。風・波が静まる。
  • 蒼青色 そうじょうしょく? そうそうしょく?
  • 紀念物 きねんぶつ 記念物。
  • 原素 げんそ 元素。
  • 塩沢 しおさわ
  • カタクチイワシ 片口鰯 カタクチイワシ科の海産の硬骨魚。背部藍色、腹部は銀白色。幼魚を乾したものを「ごまめ」という。食用。またカツオ釣の餌として重要。日本各地の沿岸に分布。地方によって真鰯ともいう。シコ。ヒシコ。セグロイワシ。
  • 朶毛 だもう
  • 木理 もくり (→)木目に同じ。
  • オリーブ緑
  • 海藻 かいそう 海にすむ藻。とくに肉眼的な大きさの体をもつ海産の藻類の総称。主に緑藻(アオサ藻綱)・褐藻・紅藻からなり、藍藻、黄緑藻などの一部を含むこともある。太陽光が届く深さまでの海底に定着して生活するが、他の海藻や動物に着生・浮遊するものもある。日本に約1500種。
  • 如露 じょろ 「じょうろ」に同じ。
  • 巣分かれ すわかれ 巣別。鳥や昆虫が巣立つこと。
  • ニワトコ 庭常・接骨木 スイカズラ科の落葉大低木。高さ約3〜6m。幹には太い髄がある。春に白色の小花を円錐花序に密生し、球状の核果が赤熟。茎葉と花は生薬とし、煎汁を温罨など外用薬に使う。枝は小鳥の止り木に賞用。古名、たずのき。
  • 鉄床 かなとこ 鉄床・鉄砧。(→)「かなしき」に同じ。
  • 鉄敷・金敷 かなしき 鍛造や板金作業を行う際、被加工物をのせて作業をする鋳鋼または鋼鉄製の台。鉄床。アンビル。
  • 茶化し囃子 ちゃかし ばやし?
  • スグリ 酸塊 (1) ユキノシタ科スグリ属の落葉低木の総称。スグリ類・フサスグリ類(カランツ)に大別。いずれも高さ1〜2m。有柄の葉は3〜5裂。茎・葉に毛や腺毛をもつものが多い。夏、葉腋に花をつけ、果実は球形の液果で半透明、甘酸っぱく、食用。日本の山地に数種が自生。ヨーロッパ・北米原産種を栽培。(2) (1) の一種。長野県の山地にだけ自生。果実はやや細長く、赤褐色。(3) 「グーズベリー」参照。
  • グーズベリー gooseberry ユキノシタ科スグリ属の落葉果樹数種の総称。セイヨウスグリ・アメリカスグリなどがある。幹は叢生、高さ約1m、多くの刺がある。葉はほぼ円形で、掌状に分裂。春、白色5弁の小花を下垂。球状の液果は生食またはジャムとして食用。
  • ミツバチ 蜜蜂 ミツバチ科の蜂の総称。特にその一種で、別名セイヨウミツバチをいう。社会生活をする。群れには1匹の雌蜂(女王蜂)と少数の雄蜂と数万匹に達する働き蜂がいる。働き蜂は、体長10〜15mm、背部は暗黒色で、羽は透明、生殖機能がなく花蜜や花粉の採集、営巣・育児などを行う。蜂蜜・蜜蝋・ロイヤル‐ゼリーを採るために広く飼養され、品種が多い。在来種にニホンミツバチがある。
  • 分蜂 ぶんぽう 分封。(1) 封地を分けること。また、分けられた封地。(2) 春や夏に、ハチ、特にミツバチが増殖し、女王を含む一群が古い巣から離れて新巣に移ること。分蜂。
  • 蜜窩 みつか
  • 木釘 きくぎ 木製の釘。指物などに用いる。
  • 閑暇 かんか (古くはカンガとも)するべきことのない状態。ひま。
  • 女王蜂 じょおうばち 社会生活をする蜂群において、産卵能力をもつ雌蜂。ミツバチでは、1群中に1匹だけいる。
  • 雄蜂 おばち おすの蜂。
  • 尖き さき
  • 螫毛 さしけ → 刺毛
  • 刺毛 しもう (1) 植物の表皮にある毛の一種。毒液を含み、先端はもろく、動物などが触れれば刺さって折れ、毒液を注入する。イラクサにある棘(とげ)はその例。棘毛。�o毛(きんもう)。螫毛(せきもう)。(2) 昆虫などにある毒腺につらなった毛。
  • 働き蜂 はたらきばち ミツバチ・スズメバチなどの社会的生活を営むハチのうち、巣の造営、食物の採取・貯蔵などの労働に従う個体。生殖機能の退化した雌。職蜂。
  • 蜜蝋 みつろう 蜜蜂の巣を加熱・圧搾して採取した蝋。蝋燭・光沢材などに利用する。主成分はパルミチン酸とミリシル‐アルコールとのエステル。蜂蝋。
  • 蝋バチ
  • 老って とって
  • メレアグリナ
  • 昆虫 こんちゅう (insect 「昆」は「多い」意)節足動物門の一綱。全動物の種数の4分の3以上を包含する。体は頭・胸・腹の3部に分かれ、頭部に各1対の触角・複眼と口器、胸部に2対の翅と3対の脚とがある。翅は1対のもの、また無いものもある。大部分は陸生。発育の途中で顕著な変態をするものが多い。六脚虫。六足虫。
  • 蜜房 みつぼう 蜜脾。ミツバチの巣。はちの子やはちみつがとれる。
  • 角� かくとう (→)角柱(2) に同じ。
  • 角柱 かくちゅう (1) 切口が四角の柱。(2) 〔数〕平面上の多角形(底面)の周の各点から、その平面上にない決まった方向に決まった長さの線分(母線)を引いたとき、それらの線分および上下の底面で囲まれる多面体。角�(かくとう)。
  • 六面角� ろくめん かくとう
  • 馳ける、馳け出し 駆ける(かける)、駆け出し?
  • 花蜜 かみつ 花の蜜腺から分泌する甘い液汁。
  • 花冠 かかん 花の雌しべ雄しべの外側にある部分。様々な美しい色彩と形をもち、花の中で最も目立つ。花冠の構成する単位を花弁という。多くの場合、花冠は5・4・3個の花弁をもつ。花冠と萼を合わせて花被という。
  • 柱頭 ちゅうとう (3) 雌しべの頂端にある花粉が付着する部分。多くは乳頭状で、粘液を分泌する。
  • 葯 やく 雄しべの先にあって、中に花粉を生じる嚢状の部分。
  • 水差・水指 みずさし 他の器に注ぐための水を入れておく器。鉄瓶・花瓶などに注ぎ入れるものは注ぎ口があり、茶湯の釜にさす水を入れるものは柄杓で汲み出すようになっている。水注。みずつぎ。
  • 木ジラミ きじらみ 木蝨。カメムシ目キジラミ科の昆虫の総称。体長約2〜3mmのものが多い。後肢が発達し、よく跳躍する。植物の汁を吸収し、果樹などの害虫になるものが少なくない。虫�をつくるものも多い。ナシキジラミ・クワキジラミ・クストガリキジラミなど。
  •  いぶくろ
  • むくげ 毳・尨毛 やわらかで薄く短く生えた毛。にこげ。また、獣のふさふさと長く垂れた毛。むく。
  • ビロード体
  • 原質 げんしつ もとの性質。もととなっている物質。
  • 果イ かこう 「イ」コウはこってりした、むしもちの類。米の粉をむしてねる。日本のういろうのようなもの。
  • 蔵いこむ しまいこむ
  • パン粥 パンがゆ? オートミールのことか。
  • 王房
  • 僭望 せんぼう 僭妄(せんぼう)? せんもう。身分を越えていて不作法であること。
  • 険呑 けんのん 険難・剣呑。(ケンナンの転という。「剣呑」は当て字)あやういこと。あやぶむこと。
  • 捉んで つかんで、か。
  • 破し こわし、か。


◇参照:Wikipedia、『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008)『日本国語大辞典 第二版』(小学館、2001.5)。



*後記(工作員スリーパーズ日記)


 ファーブル『科学の不思議』、今回をもって大団円。次回より『週刊ミルクティー*』5年目。……にもかかわらず、アパート周囲がなんやかやで、作業に身の入らない一週間となってしまあた。うちまちがえてすし。
 いろいろありすぎまくりで、せーしんがえがしらなみに、すりへってるかんじ。わがみには原発よりもつーせつ。

 なぽりたん、いもこはいづこ、なにをくふ

 Windows 独自の縦組みフォント指定「@」に思い至る。前回にひきつづいて、honmonface="@HG丸ゴシック M-PRO"を再指定。
 中沢新一『日本の大転換』(集英社新書、2011.8)読了。




*次週予告


第五巻 第一号 
校註『古事記』(一)武田祐吉

第五巻 第一号は、
二〇一二年七月二八日(土)発行予定です。
月末最終号:無料


T-Time マガジン 週刊ミルクティー 第四巻 第五二号
科学の不思議(九)アンリ・ファーブル
発行:二〇一二年七月二一日(土)
編集:しだひろし / PoorBook G3'99
 http://www33.atwiki.jp/asterisk99/
出版:*99 出版
 〒994-0024 山形県天童市鎌田2丁目1−21
 アパートメント山口A−202
販売:DL-MARKET
※ T-Timeは(株)ボイジャーの商標・製品です。