アンリ・ファーブル Jean Henri Fabre
1823-1915(1823.12.21-1915.10.11)
フランスの昆虫学者。昆虫、特に蜂の生態観察で有名。進化論には反対であったが、広く自然研究の方法を教示した功績は大きい。主著「昆虫記」


大杉栄 おおすぎ さかえ
1885-1923(明治18.1.17-大正12.9.16)
無政府主義者。香川県生れ。東京外語卒業後、社会主義運動に参加、幾度か投獄。関東大震災の際、憲兵大尉甘粕正彦により妻伊藤野枝らと共に殺害。クロポトキンの翻訳・紹介、「自叙伝」などがある。


伊藤野枝 いとう のえ
1895-1923(明治28.1.21-大正12.9.16)
女性解放運動家。福岡県生れ。上野女学校卒。青鞜(せいとう)社・赤瀾会に参加。無政府主義者で、関東大震災直後に夫大杉栄らとともに憲兵大尉甘粕正彦により虐殺された。



◇参照:Wikipedia、『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008)。写真は、Wikipedia 「ファイル-Jean-henri fabre.jpg」 「ファイル-Sakae.jpg」 「ファイル-Ito Noe.png」より。


もくじ 
科学の不思議(八)アンリ・ファーブル


ミルクティー*現代表記版
科学の不思議(八)
  六二 キノコ
  六三 森の中
  六四 オオベニタケ
  六五 地震(じしん)
  六六 寒暖計(かんだんけい)
  六七 地(ち)の下の炉(ろ)
  六八 貝殻(かいがら)
  六九 カタツムリ
  七〇 アオガイと真珠(しんじゅ)

オリジナル版
科学の不思議(八)

地名年表人物一覧書籍
難字、求めよ
後記次週予告

※ 製作環境
 ・Macintosh iBook、Mac OS 9.2.2、T-Time 2.3.1
 ・ ポメラ DM100、ソーラーパネル GOAL ZERO NOMAD 7(ガイド10プラス)
※ 週刊ミルクティー*は、JIS X 0213 文字を使用しています。
※ この作品は青空文庫にて公開中です。著作権保護期間を経過したパブリック・ドメイン作品につき、引用・印刷および転載・翻訳・翻案・朗読などの二次利用は自由です。
(c) Copyright this work is public domain.

*凡例
  • ( ):小書き。〈 〉:割り注。
  • 〔 〕:編者もしくは、しだによる注。
  • 一、漢字、かなづかい、漢字の送りは現代表記に改めました。
  •    例、云う → いう / 言う
  •      処  → ところ / 所
  •      有つ → 持つ
  •      這入る → 入る
  •      円く → 丸く
  • 一、同音異義の一部のひらがなを、便宜、漢字に改めました。
  •    例、いって → 行って / 言って
  •      きいた → 聞いた / 効いた
  • 一、若干の句読点を改めました。適宜、ルビや中黒や感嘆・疑問符をおぎないました。一部、改行と行頭の字下げを改めました。
  • 一、漢数字の表記を一部、改めました。
  •    例、七百二戸 → 七〇二戸
  •    例、二萬六千十一 → 二万六〇一一
  • 一、ひらがなに傍点は、一部カタカナに改めました。
  • 一、カタカナ漢字混用文は、ひらがな漢字混用文に改めました。
  • 一、和暦にはカッコ書きで西暦をおぎないました。年次のみのばあいは単純な置き換えにとどめ、月日のわかるばあいには陰暦・陽暦の補正をおこないました。
  • 一、「今から○○年前」のような経過年数の表記は改めず、底本のままにしました。和歌・俳句・短歌は五七五(七七)の音節ごとに半角スペースで句切りました。
  • 一、表や図版キャプションなどの組版は、便宜、改めました。
  • 一、書名・雑誌名は『 』、論文名・記事名および会話文は「 」で示しました。
  • 一、差別的表現・好ましくない表現はそのままとしました。

*尺貫法
  • 寸 すん 長さの単位。尺の10分の1。1寸は約3.03cm。
  • 尺 しゃく 長さの単位。1mの33分の10と定義された。寸の10倍、丈の10分の1。
  • 丈 じょう 長さの単位。(1) 尺の10倍。約3m。(2) 周尺で、約1.7m。成人男子の身長。
  • 歩 ぶ (1) 左右の足を一度ずつ前に出した長さ。6尺。(2) 土地面積の単位。1歩は普通、曲尺6尺平方で、1坪に同じ。
  • 町 ちょう (1) 土地の面積の単位。1町は10段。令制では3600歩、太閤検地以後は3000歩とされ、約99.17アール。(2) (「丁」とも書く) 距離の単位。1町は60間。約109m強。
  • 里 り 地上の距離を計る単位。36町(3.9273km)に相当する。昔は300歩、すなわち今の6町の定めであった。
  • 合 ごう 容積の単位。升の10分の1。1合は180.39立方cm。
  • 升 しょう 容量の単位。古来用いられてきたが、現代の1升は1.80391リットル。斗の10分の1で、合の10倍。
  • 斗 と 容量の単位。1斗は1升の10倍で、18.039リットルに当たる。

*底本

底本:「定本 伊藤野枝全集 第四巻 翻訳」學藝書林
   2000(平成12)年12月15日初版発行
底本の親本:「科学の不思議」アルス
   1923(大正12)年8月1日
http://www.aozora.gr.jp/cards/001049/card4920.html

NDC 分類:K404(自然科学 / 論文集.評論集.講演集)
http://yozora.kazumi386.org/4/0/ndck404.html





登場とうじょうするひと
・ポールおじさん フランス人。
・アムブロアジヌおばあさん ポールおじさんの家の奉公人ほうこうにん
・ジャックおじいさん アムブロアジヌおばあさんのつれあい。
・エミル いちばん年下。
・ジュール エミルの兄さん。
・クレール エミルのねえさん。いちばん年上。

・ジョセフ あやまってベラドンナの実を食べてなくなる。
・シモン 水車場ではたらいている。
・水車屋のジャン
・マシュー
・アントニイ

科学かがく不思議ふしぎ(八)

STORY-BOOK OF SCIENCE
アンリ・ファーブル Jean-Henri Fabre
大杉おおすぎさかえ伊藤いとう野枝(訳)

   六二 キノコ


 こうして昆虫こんちゅうや花の話をしている間に時がたって、ポールおじさんがキノコの話をするはずになっていたつぎの日曜がました。集まりは第一回のときよりも大勢おおぜいでした。有毒ゆうどく植物の話は村じゅうにひろがったのでした。おろかなある人たちは、「そんな話が何の役に立つのだ?」といいました。「役に立つとも。」と村の人びとは答えました。毒草どくそうを知って、ジョセフのように無残むざんな死にかたをしないようにするのだよ。」しかし、おろかな人びとはただ平気へいきで頭をふっていました。馬鹿ばかほどおそろしいものはありません。こうして、気のいた人だけがポールおじさんのところに聞きにまいりました。
「あらゆる毒草どくそうの中で、キノコがいちばんおそろしいものです。」とおじさんは話しはじめました。「それでも、どんな人でもひきつけるような、非常ひじょうにおいしい食べ物になるのがあります。
「キノコの味はいちいちちがうようですね。」とシモンがいいました。
「今わたしがいったとおり、キノコはどんな人にでもかれるから、あなただけが味をよく知っているとはいわれません。わたしはキノコが役に立たないものだとは思わない。キノコはわがフランスの財源ざいげんの一つです。ただわたしは、そのどくのあるものを注意するようにお話したいのです。
いのとわるいのとの見わけかたを教えようとなさるのでしょう?」とマシューがたずねました。
「いいえ、それはわれわれのできないことです。
「なぜ、できませんか? いろんな木の下にはえているキノコを、だれだって安心あんしんして食べているではありませんか。
「その点についてお話しする前に、わたしはみなさんにおたずねしたいことがあります。あなたがたはわたしのいうことを信用しんようなさるのですか? こんな物事ものごとの研究に一生いっしょうをささげている人のいうことは、それに関係かんけいしていない人びとのほんの聞きかじりの言葉ことばよりもためになるものだと思わないのですか?」
「ポールさん、どうぞ話してください。みんな、あなたのご研究けんきゅうをじゅうぶん信じているのですから。」と一同いちどうにかわってシモンが答えました。
「よろしい。それではじゅうぶんねんを入れてお話しましょう。キノコには、これは食べられる、これは食べられないというしるしがついていませんから、食用キノコと有毒ゆうどくキノコとを見わけることは専門家せんもんかでない人にはできないことです。そればかりではなく、地上ちじょうにはえている草や木は、その根や、形や、色や、あじや、においなどで、無害むがい有毒ゆうどくか、ひとで見わけられるものは一つもありません。精密せいみつな科学的注意をはらってキノコの研究に幾年いくねんついやしている人は、そのキノコの有毒か無害かをかなりよく見わけることができます。が、われわれにそんな研究ができることでしょうか? そんな時間がありますか? われわれはわずか十二、三種の野生やせいのキノコのことを知っているだけで、非常にかよった無数むすうのキノコを見わけようとしたところで、とてもダメなことです。
「もっとも、どこの国にでも、人間が食べても安全な数種すうしゅのキノコのことは、むかしから経験けいけんでわかっています。この経験にしたがうのはごくいいことです。が、それだけではまだ危険きけんをさけるのにじゅうぶんではありません。ちがう国へ行って、自分の国にある食べられるキノコとまったく同じようなキノコを見つけるとします。それは非常に危険きけんなことです。で、わたしはどんなキノコでもすべて信用しんようしないことにして、じゅうぶんの用心ようじんをするのがいちばんいいと思います。
「あなたのおっしゃるとおり、食べられるキノコとどくのあるキノコとをひとで見わけることはできません。けれども、それがわかる方法があります。」とシモンがいいました。
「どうするんですか?」
「秋、キノコを小さく切って日にします。それを冬になって食べるとおいしいものです。毒のあるキノコはかわかないでくさってしまいます。そこで、いいのだけをしまっておくのです。
「それはいけません。良いキノコも悪いキノコも、その成長の如何いかんにより、またそれをすときの天気によって、あるいはくさったりあるいはくさらなかったりするのです。そんな見わけかたは役に立ちません。
「しかし、いいキノコには虫がたかりますが、悪いキノコには虫がたかりません。それはどくで虫が死ぬるからです。」と、こんどはアントニイが口を出しました。
「それは先のよりももっとまちがっています。虫は、古いキノコには、その良ししにかまわずに集まります。われわれなら死ぬようなどくでも、虫にはかないのです。虫の腹はどくを食べてもさしつかえのないようにできています。ある虫はトリカブトやジギタリスやベラドンナのような、われわれをころすような草を食べています。
「キノコをるとき、なべの中に銀貨ぎんかを落とすと、どくがあれば銀貨が黒くなり、どくがなければ白いままでいるそうですね。」とジャンがいいました。
「それは馬鹿ばかげた話です。そんなことをしたら馬鹿ばかになってしまいます。いいキノコに入れても悪いキノコに入れても銀貨の色は変わりません。
「じゃ、キノコは食べないでいるよりほかに仕方しかたはないじゃありませんか。こまったものだなあ。」とシモンがいいました。
「どうしてどうして。その反対に、今まで以上に食べられます。そのただ一つの方法は、よくよく気をつけるということです。
「キノコでどくなのはにくではなくて、その中にあるしるです。汁をぬき出してしまうと、どくになるところはすぐくなってしまいます。そうするには、キノコを小さくきざんで料理し、すなり生のままなりで、ひとにぎりの塩を入れた水でればいいのです。そして、それを水の中へ入れて、二、三度水であらいます。それだけのことでキノコは食べられるようになります。
「それと反対に、最初水でておかないと、毒汁どくじるのためにひどい目にあわなければなりません。
「塩をまぜた水でるということはどくかすためで、ある人たちはわたしのいま言ったとおりに料理した、ひどいどくのあるキノコをいくげつも食べてみました。
「その人たちはどうなりましたか?」シモンがたずねました。
無事ぶじでした。だがこの人たちは、じゅうぶん行きとどいた用心ようじんをしてどくのあるキノコを料理したのです。
「なるほど、もっともなことです。が、あなたのおっしゃるとおりだとすると、どんなキノコでもみんな食べていいんですね?」
「そうです。しかし、やはりあぶないことがあります。それは不完全ふかんぜんな料理をするおそれがあるからです。で、わたしは、このあたりでいいキノコだといわれているものでも、やはり湯でてから食べるようにおすすめしたいのです。もし偶然ぐうぜんに毒のあるキノコがまじっていても、毒はこの方法で消されて無事ぶじに食べられます。
「ポールさん。これからきっとあなたがいま教えてくだすったとおりにしますよ。取ってきた中に毒のあるのがけっしてないとはいえませんからね。
 そしてわかれをつげる前に、シモンはアムブロアジヌおばあさんと、しきりにキノコの料理の話をしていました。それほどシモンはキノコが大好だいずきなのでした。

   六三 森の中


 おそろしい危険きけんをさける料理法りょうりほうの話になってしまったキノコの話は、これを聞きにきたシモンやマシューやジャンやその他の人びとにはもうじゅうぶんでしたが、エミルやジュールやクレールにはまだりませんでした。かれらはめずらしい植物のことをたくさん知りたがっているのです。ある日、おじさんは子どもらをつれて、村近くのブナの木の森に出かけました。
 高くえだをまじえた、五、六百年も樹木じゅもくは、葉の緑門アーチをつくって、そのすきからここかしこに日光にっこうをもらしていました。白いかわをつけたなめらかなみきは、かげしずけさとのちた、重い大きな建物たてものをささえている大柱おおばしらのように思われました。高いこずえではカラスが羽根はねをなでながらカァカァいていました。ときどき赤い頭をした緑色みどりいろのキツツキが、クチバシで虫のった木をつついて、昆虫こんちゅうを出してたべる仕事の最中さいちゅうに、おどろいてさけびながらのように飛んで行ってしまいました。土をおおうたコケの中からは、あちこちにキノコがたくさん出ていました。まるいのもあります。ひらったいのもあります、白いのもあります。ジュールはしきりにそれをほめそやして、コケのくぼみのところを歩いていた牝鶏めんどりたまごんで行ったものと想像そうぞうしてみたりしました。また、しゅのようにまっなのもあれば、明るい鹿毛色かげいろ〔茶色にうすい黄色のまじった色〕のや、美しい黄色きいろをしたのもあります。地の下から出かけてきて、まだふくろのようなものにつつまれているのもあります。これはそのキノコの大きくなるにつれてやぶれてしまうのです。またもっと大きくなって、開いた蝙蝠傘こうもりがさのようになるのもあります。そしてまた、もうくされてたおれているのもたくさんありました。そのくさくさったキノコには、やがて昆虫こんちゅうになるウジがたくさんわいていました。こうして、みんなはおもなキノコの種類しゅるいを集めたあとで、ブナの木の下のやわらかなコケの上にすわって、ポールおじさんは次のように話して聞かせました。
「キノコは地の中にある植物の花で、学者がくしゃはその植物のことを菌糸きんしといっている。この地下植物は白くてほそい、もろい糸からできている、大きなクモののようなものだ。もし、そっとキノコをひきぬいてみると、そのじくの下から地面じめんにくっついた、菌糸きんしの糸をたくさん見い出すことができる。いまかり地面じめんいっぱいをバラでおおうようにバラをえたとしてみよう。うめた根は菌糸きんしで、空中くうちゅういたバラは菌糸きんしの花、すなわちキノコにあたるわけだ。
「バラの木には葉のしげった強いえだがありますが、キノコには、ぼくの見たところでは、何もそんなものがありませんね。白いみゃくになって地中ちちゅうえだを出したカビのようなものなんですね。」とジュールはいいました。
「その地下植物の白いみゃくはあまり細くて、さわればすぐ切れてしまうほどのもので、葉もなければ根もない。地の中ですこしずつ大きくなって、かなりの遠方えんぽうまでびていく。そして適当てきとうなときがくると、地の中で小さなこぶを作る。それが後にキノコとなって、地面をやぶって上に伸びていくのだ。それでキノコはむらがってえてくるのだ。そしてその一群いちぐんは、そのキノコのできる菌糸きんしと同じ一本の植物なのだ。
「わたしね、キノコがのようにむらがってえているのを見たことがありますわ。」とクレールがいいました。
「もし、あたりの地のしつが同じで、四方しほうへ地下植物のひろがるのをさまたげなければ、菌糸きんしは四方に一様いちようにひろがって、田舎いなかの人たちが魔物まものといっているようなキノコの大きな輪をつくるようになる。
「なぜ、魔物まものなんていうんですか?」とジュールがたずねました。
「なんにも知らない迷信めいしんぶかい田舎いなかの人たちは、そのめずらしいのようなひろがりかたを見て、魔術まじゅつの力だと思うのだ。
「じゃ、魔物まものなんていないんですね?」とエミルがいいました。
「ああ、いないとも。ただ、世の中には他人たにん軽々かるがるしくしんずるのを利用する悪者わるものや、そのいうことを聞く馬鹿者ものがいるだけだ。だれも不思議ふしぎなことをする力なんぞ持ってやしないのだ。
「おじさんのおっしゃるとおり、キノコは菌糸きんしという地下植物の花だとしますと、それはしべやしべや子房しぼうを持っているはずですね?」とジュールがたずねました。
「キノコは花ではあるが、その構造こうぞうはふつうの花とはちがっている。それは特別とくべつな構造になっていて、複雑ふくざつな非常におもしろいものなのだが、おじさんはおまえたちに教えすぎないようにと思って、今までだまっていたのだ。
「花のだいじな役目やくめ種子しゅしを作るということだったね。キノコもやはり種子しゅしを作るのだが、それはごく小さくて、ほかの種子しゅしとは非常にちがったもので、胞子ほうしという別な名をつけられている。胞子ほうしというのは、かしかしの木の種子しゅしであると同じように、キノコの種子しゅしなのだ。が、これはもっとくわしく話さなければわかるまい。
「われわれのいちばん見なれたキノコは、じくにささえられた丸屋根まるのようなものでできている。この円屋根をかさというのだ。かさの下のほうはいろいろなふうになっているが、そのおもなものはこうだ。あるものはなかからふちのほうへ放射状ほうしゃじょうになったシワになっている。あるものは、また無数むすうの小さなあなになっている。そのあなはみんなくだなので、そのたくさんのくだがあるいっしょに集まるようになっている。あるものは、またねこしたのようなこまかい突起とっきでいっぱいになっている。
かさの下のほうが放射形ほうしゃけいのシワになっているキノコはハラタケ、小さなあないたのはイグチ(猪口)突起とっのあるのはコウタケというのだ。ハラタケとイグチはいちばん普通ふつうのものだ。
 そしてポールおじさんは、その集めたキノコを一つ一つ手に取り上げて、おいたちにハラタケのシワと、イグチのあなと、コウタケの突起とっきとを見せてやりました。

   六四 オオベニタケ


「キノコの種子しゅし、すなわち胞子ほうしは、このシワや、突起とっきや、管孔かんこうかべのところにあるのだ。ジュールや、つぎの実験をやってごらん。まだじゅうぶんにひろがっていないかさのキノコを取って、今晩こんばん、白い紙の上に乗せておくんだ。すると、夜中よなかに花がいて、じゅくした種子がハラタケのシワや、イグチのくだから落ちてくる。そして、明日あしたの朝になると、そのキノコの種類によって赤や、だいだいや、バラ色のこなが紙一面に落ちているのを見るだろう。
「このこなは種子すなわち胞子ほうしのかたまりで、顕微鏡けんびきょうがなければ一つ一つ見えないくらいこまかいもので、かぞえきれぬほどたくさんあるのだ。何千万というほどあるのだ。
顕微鏡けんびきょう!」とエミルが口を入れました。「それは肉眼にくがんでは見えないような小さな物を見るのに、ときどき、おじさんが使っているあの機械きかいのことですか?」
「そうだ。顕微鏡けんびきょうは物を大きくして見せて、あまりこまかくて肉眼では見えないものでも、ごくこまかな構造こうぞうまでいちいち見さしてくれる。
「ぼくが紙の上にキノコの胞子ほうしを集めたら、それを顕微鏡けんびきょうで見せてくださいね。」とジュールがたのみました。
「見せてあげよう。ねつ湿気しっけとが適度てきどにあれば、たった一つの胞子でもを出して、白い糸すなわち菌糸きんしになって、それから時期じきがくるとたくさんのキノコを出すようになる。もしハラタケのシワから無数むすうに落ちる胞子が、みんなを出すとしたら、どれほどのキノコがえることだろう。それはタラや木ジラミなどの、無数むすうたまごむのと同じことだ。
「それじゃ、キノコを作るには、ただこの胞子ほうしをまきさえすればいいのですか?」とまたジュールがたずねました。
「それはダメだ。今日までのところ、まだキノコの栽培さいばいはできないのだ。というのは、この小さな種子の手入れがわれわれにはわからないし、また、とてもわれわれの手にはわないのだ。ただ、ある食用しょくようキノコは栽培さいばいされているが、それを育てるには胞子ほうしは使わないで菌糸きんしを使っている。
「それを温床おんしょうキノコというのだ。それは上のほうがツヤツヤした白い色で、下のほうがうすバラ色をしたハラタケだ。パリの近所きんじょの古い馬場ばばでは、馬のフンとやわらかい土とで、その温床おんしょうをつくる。このとこに、植木屋うえきやがキノコのたまごといっている菌糸きんしをすこし入れるのだ。この卵からえだが出て、たくさんの糸になり、ついにキノコを出すようになるのだ。
「それは食べられるのですか?」
「おいしいとも。今われわれが集めたキノコの中に、おまえたちに話しておきたいのが三つある。
「まず、これをごらん。これはハラタケの一種いっしゅだ。かさの上のほうは美しい橙紅色とうこうしょくをして、うらのシワは黄色い。じくはしけた白いふくろのような物のそこから出ている。この袋は外皮がいひというもので、はじめキノコを全部つつんでいたものだ。キノコが大きくなりながら地面じめんしているあいだに、そのかさにやぶられてしまうのだ。このキノコはいちばんうまいというので評判ひょうばんがいい。これはオオベニタケというのだ。
「つぎのもやはりハラタケの一種で、同じように橙紅色とうこうしょくをしていて、じくの底のほうにやはり、同じように外皮がいひすなわちふくろをつけている。これはニセオオベニタケ(ドクベニタケ)というのだ。だが、おまえたちは同じ物だと思いはしないか?」
「たいしてちがいませんわ。」とクレールがいいました。
「ちがいません。」とエミルもいいました。
「ほんのすこしちがっています。ニセもののほうには白い葉のようなものがありますが、本物ほんもののほうではそれがです。
「ジュールはいいを持っているね。なお、わたしがそれにつけくわえていうと、ニセベニタケのかさの上には、けた外皮がいひのくずれが、ところどころ白く入っている。が、本物のベニタケにはこんなボロのようなものはないし、あってもごく少ない。
「もし、このほんのすこしのちがいに気をつけなかったら、生命いのちを取られるようなことになってしまう。本物のベニタケはおいしいものだが、もう一つの、ニセ物のベニタケは大毒おおどくだ。
「おじさんが、長い研究をまなくてはいのと悪いのとを区別くべつすることはできないと、シモンさんにお教えになったときには、ぼく、ずいぶんビックリしましたよ。ほんとうにしずくの水のようによくた二つのキノコがあって、その一方いっぽうは人をころし、一方はおいしい食べ物になるんですね。」とジュールがいいました。
「これをまちがうと、とんでもないことがおこるんだ。よく両方りょうほう特性とくせいをおぼえておおき。
「ぼく、気をつけてわすれないようにします。」とジュールが約束やくそくしていいました。「両方とも橙紅色とうこうしょくで、白い袋を持っています。が、食用のベニタケには黄色い葉のようなものがあって、どくのあるほうには白いのがあります。
「そしてドクベニタケには、白いかわのボロのようなものがたくさんあります。」とエミルがいいました。
「こんどは木のみきから引きぬいたこのキノコをごらん。これは暗赤色あんせきしょくの大きなイグチだ。これにはじくがない。古い木のみきにしっかりとくっついている。これはヒウチイグチというのだ。というのは、この肉を小さくきざんで日にして、それを火打ひういしでたたくと火が出るからだ。
「火がキノコから出ようとは、ぼく、ゆめにも思いませんでしたよ。」とジュールがいいました。
「また、松露しょうろは食用キノコの中でいちばん大事だいじなものだ。これは菌糸きんしのように、やはり地中ちちゅうえるのだ。が、そのにおいでそのあり場所がわかる。はなの強い動物のブタは、森につれて行かれると、松露しょうろのにおいにさそわれて、そのもれている場所を鼻先はなさきる。すると人間はブタをおっぱらって、かわりにクリを投げてやるのだ。松露しょうろの形はほかのキノコるいとはちがって、大きな丸いからだをして、シワがよって、白いまだらの入った黒い肉をしている。

   六五 地震じしん


 朝早く近所きんじょの人たちはみんな、家ごとに同じことを話していました。ジャックは二時ごろ、牛が二、三度くりかえしてほえる声で目をまされたと言っていました。いつもその小屋の中でじっとしている飼犬かいいぬのアゾルまでもかなしそうにほえたのだそうです。で、ジャックはきあがって提灯ちょうちんに火をつけてみましたが、なぜ獣物けものがさわぎ出したのかわかりませんでした。
 いつも半分しかねむっていないアムブロアジヌおばあさんは、もっとくわしい話をしました。おばあさんはびんが台所の台の上でゆれる音や、さらがころがり落ちてれたりする音を聞いたそうです。アムブロアジヌおばあさんは、これはたぶんネコのいたずらで、そのがんじょうな両手で寝台しんだいをつかまえて、頭のほうから足のほうへと、足のほうから頭のほうへと二度それをゆすったのだと思っていました。が、それもほんのちょっとの間のことでした。さすがのおばあさんもすっかりおびえて、布団ふとんを頭からかぶって神さまにおいのりをはじめました。
 マシューとその子は、そのときちょうど外にいました。二人は市場いちばから帰ろうとして、夜道よみちをしていたのです。よいお天気で、風はなく、月は明るくひかっていました。二人がいろいろ話しあっていると、地の下からにぶい深みのある音が聞こえました。それは水堰みずせきのうなり声のようでした。そして同時に地の中へ追いやられるようにヨロヨロしました。が、それだけで何ごともありませんでした。月はやはりかがやいており、夜はおだやかに晴れていました。そしてマシューもその子も、今のはゆめではなかったろうかと思ったほど、すぐにやんでしまったのでした。
 そんなふうないろんな話がありました。そしてみんなの口から口へ、ある者はうたがわしそうにわらったり、ある者はまじめに考えたりしながらも、とにかく「地震じしん」というおそろしい言葉が伝わってきました。
 夕方になると、ポールおじさんはその日の大事件だいじけんについての説明をのぞ熱心ねっしんな聞き手にとりかこまれました。
「ねえ、おじさん、地面じめんがときどきふるえるというのは本当ですか?」とジュールが聞きました。
「本当だとも。突然とつぜん、地面が動くことがあるのだ。このめでたい国では、地面が動くというようなおそろしいことはほとんど考えられない。たまにちょっとした動きでも感じると、めずらしがって数日すうじつの話しぐさにはなるが、すぐになにもかもわすれられてしまう。たいがいの人は、昨夜さくや出来事できごとを何のたいしたことでもないように、今日になって話している。そして地面のこのちょっとした動きが、もっとひどくなると、おそろしい災難さいなんをおこすものだということを知らない。ジャックが牛のほえたのと、アゾルのき声のことを話したろう。またアムブロアジヌおばあさんも寝台しんだいが二度ゆれたときのおそろしかったことを話したろう。そんなことなら何もそうおそろしいことはない。しかし地震じしんは、いつもそんなおだやかなものではないのだ。
「じゃ、地震というのはそんなにひどいこともあるんですか?」とまたジュールがたずねました。「ぼくはね、皿がこわれたり、何かの建具たてぐがガタガタするぐらいのものだと思っていましたよ。
「もし地震がよほどひどいと、家なんかたおれてしまうんでしょう? おじさん、大地震おおじしんの話をしてくださいよね。」とクレールがいいました。
「地震の前には、よく地の下で、うなり声がするものだ。それはちょうど地のそこ暴風雨ぼうふううでもおこっているように、高くなったり、低くなったりまた高くなったりする、にぶいうなり声だ。この不思議ふしぎなおそろしい音が聞こえると、人はみんなおそろしさに声も出なくなって、さおになってしまう。獣類じゅうるいでもやはり、その本能ほんのうにうながされてぼんやりしてしまう。そして突然とつぜん地面がふるえて、ふくれたりちぢんだり、グルグルまわったり、あないたり、ふちができたりする。
「まあ、たいへんですわね! そして人間はどうなるのでしょう?」とクレールがさけびました。
「こんなおそろしい地震のときに、人間がどうなるかは、いま話しする。ヨーロッパにおこった地震のうちでいちばんひどかったのは、一七七五年〔一七五五年か(Wikipedia)〕万聖節ばんせいせつの日諸聖人しょせいじん祝日しゅくじつ。毎年十一月一日〕、リスボンであった地震だ。この平和へいわなおまつりの日に、きゅうに遠いかみなりのような音が地の下からとどろき出した。そして地面が五、六度はげしくゆれて、上がったり下がったりした。そしてこのポルトガルの首府しゅふは、またたくこわ死骸しがいの山になってしまった。生き残った人びとは、家のたおれる下からげようとして、海岸かいがんの大きな波止場はとばに出た。すると、たちまち波止場はとばは水にみこまれて、むらがっていた人々も、つないであったふねもみんなしずんでしまった。そしてひと一人、板子いたご一枚、水面すいめんかび出てはなかった。深いふちができて、水も波止場はとばも、ふねも人も、みんなそこへみこまれてしまったのだ。こうして六分間のあいだに、六〇〇〇の人間がんだ。
「こんなさわぎがリスボンにおこって、ポルトガルの高い山々がゆれていた間に、モロッコ、スエズ、メキネズ〔メクネス。モロッコ中北部のしゅうなどというアフリカのいろんな都市が顛覆てんぷくされてしまった。一万人ばかりの人が住んでいたある村は、突然とつぜんひらいて突然じてしまった谷底たにぞこの中へ、人間もろともにそっくりみこまれてしまった。
「おじさん、ぼく、いままでそんなおそろしいことを聞いたことはありませんでした。」とジュールがいいました。
「アムブロアジヌおばあさんが、おそろしかったと言ったときにぼくはわらいましたよ。けれどもわらいごとじゃありませんね。この村だって昨夜さくや、アフリカのその村のように、みんな地の中にみこまれたかもわかりませんものね。」とエミルがいいました。
「また、こんなこともあった。一七八三年二月に南イタリアで四年間も続いた地震がおこった。はじめの一か年だけでも九四九度も地震があった。地面は荒海あらうみの水面のように震動でシワになってしまった。そしてこの動く地上ちじょうに住んでいる人びとは、船に乗っているときのように、むねわるくなってきたくなった。りくの上で船酔ふなよいをしたのだ。そしてその震動のたびごとに、実際じっさいは動かないでいるくもが、はげしく動いているように見える。木は地のなみでまがって、そのこずえが地をはいていた。
「第一番目の地震じしんは一、二分間で、南イタリアとシチリア島との大部分の都会とかいや村をひっくり返してしまった。国じゅうの地面じめんがひっくりかえったのだ。あちこちで地面はけ目ができて、ちょうど、れガラスのあなを大きくしたようなものができた。広い地面がそのたがやしたはたけや家やブドウやオリーブの木といっしょに山腹さんぷくからすべり落ちて、ずいぶん遠方えんぽうのほかの地面へ持って行かれた。おかが二つにける。また、それが今まであった場所からき取られて、ほかの地面へうつされた。あるところでは、地上にはなんにも残されないで、家も、木も、動物も、口をけた谷底たにぞこみこまれてふたたび見えなくなってしまった。また、あるところでは、砂がいっぱいつまって動いている深い漏斗じょうごのような窪地くぼちができて、やがてそこへ地下水ちかすいがあふれて湖水すいになってしまった。こうして二〇〇あまりのみずうみぬまが急にできた。
「あるところではまた、あなの中や川からあふれ出た水で地面がとけて、たにもみんなドロうみになってしまった。そして木のこずえや、こわれた農家のうか屋根やねだけが、このドロ海の上に見えていた。
「そしてその間に、ときどき突然とつぜん、地がふるい出して地面を下から上にゆりあげる。その震動しんどうは、道の舗石ほせき敷石しきいしんで空中くうちゅうに飛びったくらいひどかった。石の井戸いどは小さいとうのように下から飛びあがった。地がけながら持ちあがると、家も人も動物もたちまちそこにみこまれた。そしてその地がまた落ちると、あなはふたたびじて、何もかもみんな跡形あとかたもなく消えてしまう。そのあとから、この災難さいなんのあとで、もれた貴重きちょう品物しなものを取り出そうとしてってみると、家やその中にあるものがみんなただ一つのかたまりになっていた。それほどまでに、あな両側りょうがわじる圧力あつりょくがひどかったのだ。
「このおそろしい出来事できごとにあってつぶされてしまった人間のかずは八万人ばかりだった。
「この中の大部分だいぶぶんは家のつぶれてる下に生きめにされてしまったのだ。ある者はまた地のふるうたびにこわれる家の中におこった火事かじんでしまった。またある者は、野原のはらげ出そうとして、足下あしもとにできたあなみこまれてしまった。
「こんな不幸ふこう光景こうけいは、どんな野蛮やばんな人間にもきっと、あわれみの心をおこさせるはずのものなのだ。しかるに、こんなのはごくまれで、その国の人たちのやったことはじつに無茶むちゃなものだった。カラブリア〔イタリア南部のしゅう百姓ひゃくしょうが町にかけこんできたが、それはたすけにきたのではなくて泥棒どろぼうたのだった。あぶないことなぞにはかまわずに、えるかべくものようなほこりの間を町じゅうかけまわって、死人しにん足蹴あしげにしたり、まだ生きている人たちの物をったりした。
「ひどいやつらだ! なんというやつらだろう! もし、ぼくがそこにいたら……。」とジュールがさけびました。
「おまえがもしそこにいたら、どうしたろうねえ。おまえよりももっとい心と強いうでを持った人はたくさんいたんだが、その人たちは何もすることができなかったのだ。
「カラブリアの人間はそんなにわるいのですか?」とエミルが聞きました。
教育きょういくが行きわたっていないところには、何か災難さいなんがおこると、どこからともなく飛び出してきて、乱暴らんぼうなことをして世の中をおびやかす野蛮やばんな人間がどこにもいるものだよ。

   六六 寒暖計かんだんけい


「しかし、おじさんはまだ、そのおそろしい地震じしんのおこる理由を話してくださいませんね。」とジュールがいいました。
「それが聞きたければ、すこし話してあげよう。」とおじさんは答えました。「まず、地のそこへ底へとおりて行くと、だんだんあたたかくなってくるものだ。いろんな金属きんぞくを取るために、人間が地の底にあなってみて、この大切なことがわかったのだ。深くって行けば行くだけ、だんだんあたたかくなっていく。三〇メートルごとに、温度おんどが一度ずつふえていくのだ。
「一度って何のことですか?」とジュールがたずねました。
「ぼくも知りませんよ。」とエミルもいいました。
「では、その話からしよう。そうでないと、わたしの話がよくわからないからね。わたしの部屋へやに、小さな木のいたほそみぞのある、そこのほうが小さくふくれたガラスぼうがはめてあるのがあるだろう。ふくれたところには赤いえきが入っていて、あたたかくなったりえたりするたびに、それがくだみぞの中を上がったり下がったりする。あれを寒暖計かんだんけいというのだ。こおった水の中では、赤いえきくだゼロというところまでおりて、わきたったの中では、一〇〇というところまでのぼる。この二つの点のあいだを百等分ひゃくとうぶんして、その一つ一つを一度いちどというのだ。
えきゼロのところに下りたときに水がこおるので、水がえたっているときのねつでは、えきは一〇〇のところまでのぼる。その中途ちゅうとは、ねつのいろんな高さをしめすので、ねつが高いときにはが高くなるのだ。
「そしてこの寒暖計かんだんけいで物のねつをはかった温度おんどというのだ。で、こおった水の温度は零度れいどで、の温度は一〇〇度だ。
「ある朝、おじさんが何だったか取りに、ぼくをおじさんの部屋へやへ行かしたときにね、ぼく、寒暖計かんだんけいのふくらんだところに手をあててみたんですよ。赤いえきはすこしずつ上へ上へとのぼって行きましたよ。」とエミルがいいました。
「おまえの手のあたたかさで、それがのぼったんだ。
えきがどこまでのぼるか見ていたかったんですけれど、ぼく、わりまでちきれませんでした。
「そうしていれば、寒暖計かんだんけいはおしまいにいちばん高くて三十八度のところまで行くよ。それが人間の身体からだの温度なのだ。
「夏の非常ひじょうあつい日には、寒暖計かんだんけい何度なんどになるのでしょう?」とジュールが聞きました。
「フランスでは、夏のいちばんあついときが二十五度から三十五度ぐらいのものだ。
「では、世界せかいでいちばんあついところはどれくらいですの?」とクレールがたずねました。
「たとえばアフリカのセネガルのような、いちばんあつい国で、温度は四十五度から五十度にのぼるのだ。このあたりの二倍もあついことになるんだね。

   六七 の下の


「さて前の話にもどろう。鉱山こうざんの底では、一年じゅう変わりのない高い温度おんどのところがある。そこでは夏も冬も同じあつさだ。坑夫こうふったいちばん深いあなはボヘミア〔いまのチェコ〕にある。もっとも、今ではもうそこへは入れない。地すべりでいくらかまってしまったので。一五五一メートルの深さのところでは、寒暖計かんだんけいはいつでも四十度、すなわち世界でいちばんあついところとほとんど同じくらいの度になっている。しかもそれは冬でも夏でも同じことなのだ。山国やまぐにのボヘミアが雪とこおりとでおおわれているときでも、その冬のはげしいさむさをけ、セネガルの酷暑こくしょのところへ行こうと思えば、ただその鉱山こうざんの底へおりて行けばいいのだ。入口にいる人は寒さにふるえているのだ。底のほうにいる人はあつさにいきもつまりそうになる。
「これと同じことがどこにでもあるのだ。地中ちちゅうを深くりて行けば行くほど、温度はだんだん高くなってくる。そして深い鉱山こうざんの穴の中では、熱は高くて、なれない坑夫こうふはその暑さにビックリして、近所に大きなでもあるんじゃないかと思うほどだ。
「では、地球ちきゅう内側うちがわは、ほんとうにストーブになっているのですか?」とジュールがたずねました。
「ストーブというのじゃない。強いてつぼうで地面へあなをあけて、それを近所の川や池からしみ出てきた地下水すいのたまっているところまでったのを、掘井戸ほりいどといっている。この井戸いどの地の下からくみ出される水は、その深さの土と同じ温度を持っている。こうして地中のねつ分布ぶんぷということがわかる。こうした井戸いどでごく有名ゆうめいなものの一つは、パリのグルネルにある。それは五四七メートルの深さで、そこの水はいつも二十八度、すなわち夏のいちばん暑い日と同じ温度だ。フランスとルクセンブルクとのさかいにあるモンドルフ〔モンドルフ-レ-バンか。ルクセンブルク南東部の保養地ほようち掘抜ほりぬき井戸いどの水は、もっと深い七〇〇メートルのところからくみ出される。その温度は三十五度だ。掘抜ほりぬき井戸いどは、今では非常にたくさんあるのだが、鉱山こうざんの穴と同じように、やはり三十メートルごとに一度ずつねつがふえていく。
「では、非常に深く井戸いどっていくと、しまいには熱湯ねっとうが出てくるでしょうね?」とジュールがたずねました。
「そうだ。が、そんなに深くまでとどくのはむずかしい。熱湯ねっとうの温度にくまでには、一里いちり〔およそ4km〕の四分の三ぐらいのところからくみ出さなければならないが、それはできないことだ。しかし、地中ちちゅうからわき出る無数むすうの自然のいずみがあって、その水はどうかすると沸騰点ふっとうてんたっするほどの高い温度を持っている。すなわち温泉おんせんのことだ。すると、その水がわいてくる深いところには、水をあたためたりわかしたりするだけの強いねつがあるわけだ。フランスでいちばん名高なだか温泉おんせんは、カンタル〔フランス中南部、マシーフ-サントラル中部の県〕にあるショード・エグとヴィク〔ヴィシー(Vichy)か〕とで、そのおはいずれもほとんど沸騰ふっとうしている。
「そんないずみはずいぶんみょうな川になることでしょうね?」とジュールがまた、たずねました。
「それは湯気ゆげの出る川で、その中にちょっとたまごを入れるとすぐえる。
「では、そこには魚やカニはいないでしょうね?」とエミルがいいました。
「ああ、いないとも。もし一匹いっぴきでも魚がおってごらん。えてくたくたになってしまうだろうよ。
「が、フランスのオーヴェルニス〔オーヴェルニュ(Auvergne)か〕小川おがわなぞは、アイスランドというほとんど一年じゅう雪にうもれている、ヨーロッパの北のはしの大きな島にあるの川とはまるでくらべものにならない。そこには熱湯ねっとうき出す、この国ではゲーゼル間欠かんけつ噴出ふんしゅつ温泉)といっている温泉おんせんがある。水のあわがたまってなめらかな白い結晶けっしょうになったおかの上の大きな谷からき出している。この谷の内側うちがわ漏斗形じょうがたになっていて、その底はどれほどの深さがあるかわからない、よじれたくだになっている。
毎度まいどき出す前には地面がゆれて、地の下で大砲たいほうっているようなにぶ爆音ばくおんがかすかに聞こえる。だんだん爆音が強くなってくる、地がふるえる。そして孔口あなくちの底から湯が非常な早さで飛び出してきて谷にたまる。そしてそこで、しばらくのあいだ、に見えないねっした汽鑵きかん〔ボイラー〕のような光景こうけいがあらわれる。湯気ゆげのうずまきの中にき上がってくる。そして突然とつぜん間欠かんけつ温泉はその力を集中して、高い音を立てて爆発ばくはつする。そして六メートルの直径ちょっけいのある水柱みずばしらが、六十メートルも高さにき上げられて、白い水蒸気すいじょうにつつまれた大きなたばのような形になってってくる。このさかんな噴出ふんしゅつはほんのすこしの間しかつづかない。すぐにその水のたばしずんでいって、谷の中の水があなおくのほうへ入ってしまう。そしてそのかわりに、湯気ゆげはしらがすさまじくうなりながら、かみなりのような音を立てて上のほうにき出る。そしてそのおそろしい力で、あなの口へ落ちこんだ岩を投げ飛ばす。近所はすっかりこの湯気ゆげにつつまれてしまう。それがすむと、なにもかも平穏へいおんになって、くるうた間欠かんけつ温泉はしずまるが、やがてまたき出して、前と同じことをくりかえす。
「それはおそろしい、そしてきれいなものでしょうね。もちろん、の雨に打たれないように、遠くにはなれていて、そのすさまじい噴水ふんすいをながめるのでしょうかね。」とエミルがいいました。
「今、おじさんが話してくだすったことは、地の中には強いねつがあるということを、わかりやすくいてくださったのですね。」とジュールがいいました。
「このいろんな観察かんさつで、地下の温度は六十メートルごとに一度し、三キロメートルすなわち一里いちりの四分の三の深さのところでは、と同じ温度、すなわち一〇〇度になるということがわかった。五里ごり〔およそ20km〕も下に行くと、熱湯ねっとうは赤くけたてつほどになって、十二里下〔およそ48km〕ではどんなものでもかしてしまうほどになる。もっと深くなれば、その温度はますます高くなる。そこで地球ちきゅうは、火にとけた水のようになった玉と、固い薄皮うすかわとでできたものだと見ることができる。
「おじさんは固い薄皮うすかわだといいましたが、いまの計算でいくと、その固いかわあつさは十二里もあるのですわね。十二里というとずいぶんあついのですから、地の下にある火なんかちっともおそろしいことはないと思いますわ。」とクレールがいいました。
「十二里といったって、地球の大きさのりには、まことに小さなものだ。地球の表面ひょうめんから中心ちゅうしんまでの距離きょりは一六〇〇里〔およそ6400km〕ある。そしてその中の十二里が固いかわあつさで、あとはみんなとけた玉なのだ。直径ちょっけい二メートルのボールでは、地球の固いかわは、指の先の半分はんぶんくらいのあつさに見積みつもればいい。もっと簡単かんたんにいえば、地球をたまごだとするのだ。すると卵のカラは地球の固いかわで、中味なかみ液体えきたいなかのとけた部分ぶぶんにあたるのだ。
「では、ぼくたちは、そのうすいカラだけで地の下のとへだてられているのですね! これは心配しんぱいだなあ。」とジュールがさけびました。
地球ちきゅう構造こうぞうについての話を聞かされると、はじめての人はだれでもビックリしないものはないのだ。われわれの足もと数里すうりのところで、とけた金属きんぞくなみを動かしている地の底の火を、おそろしがらないものは一人もいない。そんなにうすいカラが、どうして中の液体えきたいのかたまりの流れにられよう? 地球のカラのこのもろいかわは、とけたり、やぶれたり、シワになったり、また少なくとも動いたりするようなことはないのだろうか? 地殻ちかくがすこし動くと、りくはふるえて、はおそろしい口のようにけてしまうのだ。
「ああ、それが地震じしんのおこる原因げんいんなんですねえ。内側うちがわにある液体えきたいが動いて、カラが動くんですわね?」とクレールがいいました。
「すると、このうすいカラは、始終しじゅう動いていなければならないのでしょう?」とジュールがいいました。
「固い地球ちきゅうかわが、同一どういつ場所でなり、ちがった場所でなり、海底かいていでなり、陸上りくじょうでなりで、動かないでいる日は一日もあるまい。だが、危険きけんな地震はごく少ない。それは噴火山ふんかざんがゆるめてくれるのだ。〔注意:この記述の真偽しんぎ未確認みかくにん
噴火口ふんかこうは、地球の内部ないぶ外部がいぶつうじてくれる、大事な安全弁あんぜんべんだ。地下ちか水蒸気すいじょうきはこのあなによって地球の外へで、地震の数を少なくし、災難さいなんをへらす。火山国かざんこくでは、強い地震で地がゆれて、その地震がやむと火山はけむり溶岩ようがんとをき出しはじめるのだ。
「ぼくはエトナ山の噴火ふんかと、カターニアの災難さいなんのお話をよくおぼえていますよ。」とジュールがいいました。
「はじめ、ぼくは火山は近所をらしまわるおそろしい山だとばかり思っていましたが、今、そのなかなかためになることがわかりました。噴火口ふんかこうがなかったら、地球は滅多めったにじっとしていないにちがいありませんね。

   六八 貝殻かいがら


 ポールおじさんの部屋へやには、種々しゅじゅ貝殻かいがらがいっぱい入った引き出しがあります。それは、おじさんのあるお友だちが、その旅行中りょこうちゅうに集めてきたものです。それをながめているとずいぶんおもしろいものです。その美しい色や、きれいな、またはおかしな形はをひきつけます。ある貝殻かいがらはまわり階段かいだんのようになっており、あるものは大きなつのをはりだしており、またほか貝殻かいがらぎタバコ入れのようにひらいたりじたりしています。あるものは四方しほうに出たえだやゴツゴツしたシワでかざられ、または屋根やねかわらのようにさらかさなりあっているのがあったり、また一面にトゲだのザラザラしたウロコだののついたのがあります。中にはたまごのようになめらかで、あるいは白く、あるいは赤いほしが入ったりしています。また中にはバラ色をした口のそばに、ひろげたゆびのような長いギザギザを持ったものがあります。それらの貝殻かいがらは世界のいろいろのところから来たものです。これは黒人こくじんのいる国から来たもので、あれは紅海こうかいから、というふうにまたシナ〔中国〕やインドや日本からきたのもあります。もしポールおじさんがこの貝殻かいがらの話をしてくれたら、それを一つ一つ調べて見ていくのに、いく時間かまったく愉快ゆかいにすごされるにちがいありません。
 ある日ポールおじさんは、みんなの前に引き出しの貝殻かいがらをひろげておいたちにその話をしました。ジュールとクレールとは、をみはってながめましたし、エミルはいつまでも大きな貝殻かいがらを耳にあてては、おくから聞こえてくるフーフーフーという音を聞いて、海の音のようだと思っていました。
「この赤いギザギザになった口の貝はインドからきたのだ。これはカブト貝というのだ。なかには非常に大きなのがあって、二つあったらエミルには運びきれないくらいだ。ある島に行くと、石のかわりにかまの中でいて石灰いしばいをつくるほどたくさんある。
「もし、ぼくがこんなきれいな貝殻かいがらを見つけたら、ぼくは石灰いしばいをつくるためにくようなことはしません。なんてこの口は赤いんでしょう。そして、はしの方は美しいひだになっているではありませんか。」とジュールがいいました。
「そしてなんという大きな音をたてるのでしょうね。これは海の音が貝殻かいがらにひびく音ですか? おじさん。」とエミルがいいました。
「遠くから波の音を聞いているのと、いくらかはているようだが、貝殻かいがらの中に波の音がしまわれているものじゃない。それはただ、空気がそのまがったあなの中に出入りする音なのだ。
「また、この貝はフランスのだ。これは地中海ちちゅうかい海岸かいがんにたくさんあるので、カシスぞくの貝だ。
「これもカブト貝のようにフーフーいいますよ。」とエミルがいいました。
「大きな貝が、まがったあなのあるものは、みんなそんな音がするよ。
「これはまた、やはり前のと同じように地中海ちちゅうかいにいるもので、悪鬼貝あっきがいというのだ。この中に住む動物は紫色むらさきいろ粘液ねんえきを出す。むかしの人はこれから、高い値段ねだんのするむらさきという美しい色を取ったのだ。
貝殻かいがらはだれが作ったのですか?」とクレールが聞きました。
貝殻かいがら軟体なんたい動物という動物の住家すみかなのだ。ちょうどカタツムリの螺旋らせん形の貝殻かいがらが、若い植物をたべる、あのつののはえた小さな動物の家であると同じようにね。
「では、カタツムリの家も、今、おじさんが見せてくださった美しい貝殻かいがらと同じように貝殻かいがらなんですね?」とジュールがいいました。
「そうだ。そして、いちばん数が多くて、いちばん大きくて、そしていちばん美しい貝殻かいがらは、海の中にあるのだ。それを海産貝かいさんがいというのだ。カブト貝も、カシス貝も、悪鬼貝あっきがいもそれだ。が、小河おがわや川や、池の湖水こすいなどのような淡水たんすいの中にもある。フランスでは、ごく小さなみぞの中にでも、形はきれいだが薄黒うすぐろい土のような色をした貝がある。そんなのは淡水貝たんすいがいというのだ。
「ぼくね、大きな斑点はんてんのある、カタツムリにたのを水の中で見つけたことがありますよ。口をじるふたのようなものがありますね。」とジュールがいいました。
「それはタニシというのだ。
「もう一つ、べつなみぞの貝がありますわ。丸くてひらたい、十銭じゅっせん二十銭にじっせん銀貨ぎんかほどの大きさのですわ。」とクレールがいいました。
「それは平巻貝だ。最後さいご陸上りくじょうにばかりいる貝がある。だからこれは陸生貝りくせいがいというのだ。たとえばカタツムリのようなものである。
「ぼくは、引き出しの中にある貝殻かいがらのように、たいへんに美しいカタツムリを見たことがありますよ。森の中にいて幾筋いくすじもの黒いおびをまいていて黄色きいろいのがそうです。」とジュールがいいました。
「カタツムリというのは、から貝殻かいがらをみつけてきて、その中に入っているナメクジじゃないのですか?」とエミルが聞きました。
「いやちがう。ナメクジはいつまでもナメクジで、カタツムリになることはないのだ。つまり、貝殻かいがらに入ることはないのだ。反対にカタツムリは、その大きくなるにしたがって大きくなる、小さな貝殻かいがらをせおって生まれてくるんだ。おまえたちがからっぽの貝殻かいがらを見ることがあるのは、前にはカタツムリが入っていたのだが、それが死んでしまってごみになったので、その家だけが残っているものなんだ。
「でも、ナメクジとカタツムリとはずいぶんよくていますね。
両方りょうほうとも軟体なんたい動物だ。これにはナメクジのように貝殻かいがらを持たないのと、カタツムリやタニシやカシス貝のように貝殻かいがらを持っているのとがあるのだ。
「カタツムリは、なんでその家をつくるのでしょうか?」とエミルが聞きました。
「それは自分の身体からだの中のもので作るのだ。自分の家をつくるものを自分のからだの中からしみ出させるのだ。
「ぼくにはわかりませんね。
「おまえたちだって、自分の白い、ひかった、ちゃんとならんだをつくるじゃないか。だんだんに新しいのが、おまえたちの指図さしずたずにし出てくるだろう。がひとりでにそうするのだ。この美しい歯はごく固い石でできている。どこからその石はるのだろう? もちろんそれは、おまえたちの身体からだから出てくるのだ、ね。グキが歯になるものをしみ出さすのだ。カタツムリの家もそうしてできるのだ。小さな動物が、ひとりでに立派りっぱ貝殻かいがらになる石をしみ出すのだ。
草花くさばなをどしどし食べるカタツムリが、ぼく、なんだかきになりました。」とジュールがいいました。
「好きになることはかまわないよ。カタツムリが、庭をらしまわるときはらしてやるがいいよ。それがあたりまえなんだから。だが、カタツムリはわれわれにいろんなことを教えてくれる。今日はそのはなのことをお話ししよう。

   六九 カタツムリ


「カタツムリがはうときは、おまえたちが知っているように、四本のつのを高く持ちあげるのだ。
「そのつのはおもいのままに、出たりひっこんだりします。」とジュールがつけくわえました。
「そのつのはどちらへでも動かしますね。」とエミルがいいました。えている石炭せきたんの上にカラをおくと、ビ、ビ、ビ、ジュ、ジュと歌い出しますよ。
「そんなかわいそうないたずらはおよし。それはカタツムリが歌うんじゃない。かれるくるしみをいてうったえているんだ。ねつかたまらせたカタツムリのねばついたえきは、はじめにふくれて、それからちぢむ。そしてプツプツとすこしずつ出て行く空気が、そのかなしいき声になるのだ。
「動物についての、いいことをたくさん書いたラ・フォンテーヌ〔十七世紀のフランスの詩人しじんのお話の中に、つののある動物にきずつけられた獅子ししのことを書いたところに、こう書いてある。
牡羊おひつじも、牡牛おうしも、ヤギも、シカも、サイも、つののはえたけものはみんな、
 その国からすっかり追い出されてしまいましたとさ。
 そんなけものはみんなすばやくげました。
 自分の耳のかげを見て
 その形を知っているウサギは、
 ある卑劣ひれつ探偵たんていが、
 耳をつのだということにして
 ウサギをうったえようとしているということを聞きつけました。
 さようなら、おとなりのコオロギさん、とウサギはいいました。
 わたしはよその国へ行きます。
 わたしの耳はここにいると、
 つのになるかもしれません。こわいことです。
 この耳が、鳥の耳より短かかったらいいんですけれどね。
 言葉の力はほんとうにこわいものです。
 コオロギは答えました。
 それがつのですって! どうしてです?
 神さまが耳につくってくだすったものを。
 だれが、あれこれ言うことができましょう?
 ええ、と弱虫よわむし返事へんじをしていいました。
 でもね、あの探偵たんていたちはやっぱりつのにするでしょうよ。そのつのも、たぶんサイのつのほどのね。
 わたしの弁解べんかいはきっとムダでしょうよ。
「このウサギはあきらかに、物事ものごとをおおげさに考えすぎたのだ。ウサギの耳は、だれが見てもたしかに耳だ。だが、そのときにカタツムリもやはり同じ事情じじょうで追いはらわれたかどうかわたしは知らないが、人間は一様いちように、カタツムリの後頭こうとうに乗っているものをつのだといっている。だがコオロギは、「これをつのだというのですか?」とさけんで、「わたしの忠告ちゅうこくを聞かなくちゃなりませんよ」と、人間よりはよほど利口りこうな注意をするだろう。
「じゃあ、あれはつのじゃないんですか?」とジュールがたずねました。
「そうじゃないんだとも。それは同時に手になり、になり、はなになり、まためくら〔目が見えないひと〕つえになる触角しょっかくというものだ。そして長さのちがったのが二対についある。上のほうにある一対いっついは長くてよけいに目立めだつのだ。
「長い触角しょっかくはどちらにも、先のほうに小さな黒点こくてんのあるのが見えるだろう。これはで、こんなに小さい物ではあるが、馬や牛ののように完全かんぜんなものだ。というものがどんなに必要なものかということは、おまえたちもよく知っている。このは、おまえたちにちょっと話してあげることができないほどに複雑ふくざつなものだ。そしてまた、ようよう見えるくらいのこの小さな黒点こくてんがすべてなのだ。それだけではなく、同時にそのはなで、いいかえれば、特ににおいに感じやすい道具だ。カタツムリはその長い触角しょっかくの先で、見たりかいだりするのだ。
「その、カタツムリの長いつののそばに何かを持っていくと、カタツムリはそのつのをひっこめますよ。
「このはなとの結合物けつごうぶつは、出たり、ひっこんだり、目的物もくてきぶつに近づいていたり、四方しほうからくるにおいをかいだりするのだ。同じようなはなはゾウにもある。ゾウのはな特別とくべつに長い。が、カタツムリの鼻はゾウの鼻よりもどんなにすぐれているかわからない。同時にはなであって、においと光線こうせんに感じやすく、手袋てぶくろに入ったゆびのように、そのつのの中にひっこめることもできるし、そのつのがまた体の中に入って見えなくなったり、また皮膚の下から出てきて、ひとりで望遠鏡ぼうえんきょうのように長くびたりもするのだ。
「ぼくは何度なんども、カタツムリがそのつのをひっこめるのを見ましたよ。」とエミルがいいました。つのは中のほうへもぐりこんで、かわの下にうまってしまうように見えますね。何かがつのをいじめると、カタツムリは自分のはなとをポケットの中へしまってしまうのですね?」
「まったくそのとおりだ。われわれは強すぎる光線こうせんや、いやなにおいに出会であうと、それをふせぐのにじ、はなをつまんでさけている。カタツムリはもし、光線こうせんくるしめられたり、いやなにおいに出会であったりすると、そのさやにおさめ、はなをおおいかくしてしまうのだ。つまり、エミルのいうとおりに、カタツムリはつのをポケットに入れるのだ。
「それは利口りこうな方法ですわね。」とクレールがいいました。
「おじさんは、つのめくらつえやくもするとおっしゃったでしょう?」とジュールがさえぎりました。
「カタツムリは上のほうの触角しょっかくを一部分、または全部ひっこめたときには、めくらになるのだ。だからカタツムリは二本の短かいつのを持っている。それは非常に触覚しょっかくするどいからめくらつえよりもじょうずに目的物もくてきぶつをさぐるのだ。上のほうの二本の触角しょっかくも、はなはたらきをしているばかりでなく、やはり、めくらつえの役もつとめ、あるいはゆびよりもうまく、物を触知しょくちする。わかったかい? エミル、カタツムリを火の上に乗せてかせるようでは、カタツムリのことをすっかり知っているんじゃないね。
「わかりましたよ、おじさん。あのつのは、でありはなでありめくらつえであり、また同時にゆびなのですね。

   七〇 アオガイと真珠しんじゅ


「おじさんが今、見せてくだすった貝殻かいがらの中に……」とジュールがいいました。「このあいだのいちに、おじさんにっていただいたきれいなペンナイフののように、内側うちがわひかるのがありますね! ……ほら、アオガイののついた、四枚刃よんまいばのあのペンナイフの――」
「わかりきったことじゃないか。その虹色にじいろかがやくきれいなものは、真珠貝しんじゅがいという、ある貝殻かいがらの一種なのだ。そのわれわれが繊細せんさい装飾品そうしょくひんに使うのは牡蠣かきに近い種類しゅるいの、ある粘着ねんちゃく動物のだったものなのだ。事実、このは本当にとみ宮殿きゅうでんだ。この貝殻かいがらは、にじが色をつけてやったように、あらゆる色でかがやいている。
「それは、いちばんきれいなアオガイを持った貝殻かいがらで、メレアグリナ・マガリテイフエラというのだ。外側はをまいた黒緑色こくりょくしょくで、内側はみがいた大理石だいりせきよりもすべっこくて、にじよりもたくさんの色を持っている。そこにふくまれた色はみんなかがやいているが、見ようによっていろいろにしなやかに変わりやすい。
「そのきれいな貝殻かいがらは、見すぼらしいネバネバした動物の家だ。おとぎ話の中の妖精ようせいも、こんなにきれいなものは持っていない。まあ、なんてきれいなものだろう!」
「この世界では、だれでも自分の財産ざいさんを持っている。ネバネバした動物は、自分の財産ざいさんとして、すばらしいアオガイの御殿ごてんを持っているのだ。
「そのメレアグリナはどこにいるのですか?」
「アラビアの海岸かいがんめんした海にいるのだ。
「アラビアというところはたいへん遠いところですか?」とエミルがたずねました。
「ずいぶん遠いのだ。なぜ聞くのだね?」
「ぼく、こんなきれいな貝殻かいがらをたくさんひろいたいからです。
「そんなことをゆめ見てはいけない。アラビアはたいへんに遠いのだし、それに、その貝はほしいと思っても、だれにでもひろえるものではないのだ。それを集めるには、人が海の底へもぐらなければならないのだ。そしてその中の幾人いくにんかは、二度と上がってこられないのだよ。
「それでも、その貝を取りに海の底へもぐろうという人があるのですか?」とクレールがたずねました。
「たくさんあるのだ。そして、もしわれわれが行ってそれを取ろうと思っても、先にていた者に取られてしまっていて、その人たちからわるいのを手に入れることしかできないほどに、それはもうかる仕事なのだ。
「では、その貝はとうといのですか?」
「まあ、おまえたち自身じしん判断はんだんしてみるといい。第一、貝殻かいがらの内側のそうは、うすくはがれてのばされる。それはわれわれが装飾そうしょくに使うアオガイなのだ。ジュールのペンナイフのは、真珠貝しんじゅがいの内側の一部をうすくはがしたアオガイでかぶせてあるのだ。だが、それは、貴重ちょう貝殻かいがらみ出すごくやすい部分で、その同じ貝殻かいがらの中に、真珠しんじゅがあるのだ。
「ですけれど、真珠しんじゅはそんなにたいへんに高いものじゃありませんね。四、五銭も出せば、財布さいふ装飾そうしょくにするのにはこいっぱいの真珠しんじゅえますよ。
「その真珠しんじゅとほんものの真珠しんじゅとを区別くべつしてみよう。おまえのいう真珠しんじゅは、あな穿うがいた色ガラスのたまなんだよ。値段ねだんもたいへんに安い。メレアグリナの真珠しんじゅは、とうと立派りっぱたまなんだ。もし、ふつうよりも大きな真珠しんじゅがあれば、数千万フランもするようなダイアモンドと匹敵ひってきするほどの高価こうかなものになるだろう。
「わたしはそんな真珠しんじゅは知りませんわ。
真珠しんじゅ興味きょうみを持ちはじめると、人間はときどき常識じょうしき名誉めいよわすれてしまうことがある。だから、そんなことのないように、神さまが知らせずにおきになるのだ。だが、真珠しんじゅがどうしてできるかということを知るのはいっこうかまわない。
貝殻かいがらの二枚のあいだに牡蠣かきた動物が住んでいる。それは、とても動物とは見ることのできないような、ネバネバしたかたまりだ。それは物を消化しょうかしもするし、呼吸こきゅうもし、いたみを感じもする。それは、なんでもないホコリのひとつぶでも、いたみをあたえるほど感じやすいのだ。その動物が、なにかほかのものにさわられたときにはどうするか? 動物はその真珠貝しんじゅがいのまわりの邪魔じゃまもののふれているところに、あるえきをしみ出させる。この真珠貝しんじゅがいが小さなすべっこいきゅうみあげる。それが、このネバネバした動物の病気びょうきでつくりあげられた真珠しんじゅなんだ。その大きさがもし普通ふつうより大きかったら、それはかんむりの入ったふくろほどのうちのものになるだろう。そして、首のまわりにそれをまとう人はそれを非常な自慢じまんにするのだ。
「だが、首にそれをかける前に、それをさぐらなければならない。漁夫ぎょふたちはふねに乗り、そして彼らは、大きな石をむすびつけて海の底にまっすぐにたらしたつなをつたって順々じゅんじゅんに海の中へおりてゆく。その人は、水の中にもぐるのに、そのおもりのついたつなを右の手と右足の爪先つまさきとでつかんで、左手では鼻孔びこうをおおい、左の足には網袋あみぶくろをむすびつける。石は海の中に投げこまれる。その人はなまりのように海の中にしずんでゆく。彼はいそいであみを貝でいっぱいにし、上がる合図あいずつなをひっぱる。船にいる人びとは彼をひきあげるのだ。息苦いきぐるしくなった潜水夫せんすいふ獲物えものを持って水面に出てくる。彼が呼吸こきゅうを止めているのは非常なほねおりで、ときによるとはなや口からがもれ出るほどだ。潜水夫せんすいふは、ときとすると片足かたあしをなくしてきたり、ときには入ったきりでいてこないこともある。フカが人間をんでしまうのだ。
宝石店ほうせきてんかざまどかがやいている真珠しんじゅのあるものは、たいへんに高価こうかなものがある。そんなのは、人間の生命せいめいあたいをはらうのかもしれない。
「もしか、アラビアがこの村はずれにあるとしても、ぼくは真珠しんじゅ取りになんか行きませんよ。」とエミルがいいました。
「その貝殻かいがらけるには、中の動物がぬまで日にあてるのだ。それから、人びとはそのひどいにおいのする貝のうずたかい中をかきまわして真珠しんじゅをとる。その真珠はもうあなけてつなぐよりほかにどうすることもいらないのだ。
「いつだか……」とジュールがいいました。「みんなが用水溝ようすいこう掃除そうじをしていたときに、ぼくね、内側が真珠貝しんじゅがいのようにひかっている貝殻かいがらを見つけましたよ。
「小さい流れやみぞにはみどりがかった黒い色をした二枚あわさったかいがある。それは淡水貝たんすいがいというのだ。その内側はアオガイだ。山の中の流れをえらんで住んでいる大きいある淡水貝たんすいがいは、真珠しんじゅをさえもむのだけれども、それらの真珠しんじゅは、メレアグリナの真珠よりはずっと光沢こうたくもないし、したがって値段ねだんも安い。(つづく)



底本:「定本 伊藤野枝全集 第四巻 翻訳」學藝書林
   2000(平成12)年12月15日初版発行
底本の親本:「科学の不思議」アルス
   1923(大正12)年8月1日
入力:門田裕志、小林繁雄
校正:トレンドイースト
2010年7月31日作成
2011年1月17日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。



科学の不思議(八)

STORY-BOOK OF SCIENCE
アンリイ・ファブル Jean-Henri Fabre
大杉栄、伊藤野枝訳

-------------------------------------------------------
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)お婆《ば》あさんの

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一体|何《ど》うして

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「睹のつくり/火」、第3水準1-87-52]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)もつと/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
-------------------------------------------------------

[#5字下げ]六二 きのこ[#「六二 きのこ」は中見出し]

 かうして昆虫や花の話をしてゐる間に、時が経つて、ポオル叔父さんがきのこ[#「きのこ」に傍点]の話をする筈になつてゐた次ぎの日曜が来ました。集りは第一回の時よりも大勢でした。有毒植物の話は村中にひろがつたのでした。愚かな或る人達は、『そんな話が何んの役に立つのだ。』と云ひました。『役に立つとも。』と村の人々は答へました。『毒草を知つて、ジヨセフのやうに無残な死にかたをしないやうにするのだよ。』しかし愚かな人々は只平気で頭を振つてゐました。馬鹿ほど恐ろしいものはありません。かうして、気の向いた人だけがポオル叔父さんの処に聞きに参りました。
『あらゆる毒草の中で、きのこ[#「きのこ」に傍点]が一番恐ろしいものです。』と叔父さんは話し始めました。『それでも、どんな人でも引きつけるやうな、非常においしいたべものになるのがあります。
『きのこ[#「きのこ」に傍点]の味は一々違ふやうですね。』とシモンが云ひました。
『今私が云つた通り、きのこ[#「きのこ」に傍点]はどんな人にでも好かれるから、あなただけが味をよく知つてゐるとは云はれません。私はきのこ[#「きのこ」に傍点]が役に立たないものだとは思はない。きのこ[#「きのこ」に傍点]は我がフランスの財源の一つです。たゞ私はその毒のあるものを注意するやうにお話したいのです。
『良いのと悪いのとの見分け方を教へやうとなさるのでせう。』とマシウが尋ねました。
『いゝえ、それは吾々の出来ない事です。
『何故出来ませんか。いろんな木の下に生えてゐるきのこ[#「きのこ」に傍点]を、誰だつて安心して食べてゐるではありませんか。
『その点に就いてお話しする前に、私は皆さんにお尋ねしたい事があります。あなた方は私の云ふ事を信用なさるのですか。こんな物事の研究に一生を捧げてゐる人の云ふ事は、それに関係してゐない人々のほんの聞きかぢりの言葉よりも為めになるものだと思はないのですか。
『ポオルさん、どうぞ話して下さい。皆なあなたの御研究を十分信じてゐるのですから。』と一同に代つてシモンが答へました。
『よろしい。それでは十分念を入れて御話しませう。きのこ[#「きのこ」に傍点]には、これは食べられる、これは食べられないと云ふしるしが附いてゐませんから、食用|蕈《きのこ》と、有毒蕈とを見分ける事は専門家でない人には出来ない事です。そればかりではなく、地上に生えてゐる草や木は、その根や、形や、色や、味や、匂ひなどで、無害か有毒か、一と目で見分けられるものは一つもありません。精密な科学的注意を払つてきのこ[#「きのこ」に傍点]の研究に幾年も費してゐる人は、そのきのこ[#「きのこ」に傍点]の有毒か無害かを可なりよく見分ける事が出来ます。が、吾々にそんな研究が出来る事でせうか。そんな時間が有りますか。吾々は僅か十二三種の野生のきのこ[#「きのこ」に傍点]の事を知つてゐるだけで、非常に似通つた無数のきのこ[#「きのこ」に傍点]を見分けやうとしたところで、とても駄目な事です。
『尤も、どこの国にでも、人間が食べても安全な数種のきのこ[#「きのこ」に傍点]の事は、昔から経験で分つてゐます。此の経験に従ふのはごくいゝ事です。が、それだけではまだ危険を避けるのに十分ではありません。違ふ国へ行つて、自分の国にある食べられるきのこ[#「きのこ」に傍点]と全く同じやうなきのこ[#「きのこ」に傍点]を見つけるとします。それは非常に危険な事です。で、私はどんなきのこ[#「きのこ」に傍点]でもすべて信用しない事にして、十分の用心をするのが一番いゝと思ひます。
『あなたの仰しやる通り、食べられるきのこ[#「きのこ」に傍点]と毒のあるきのこ[#「きのこ」に傍点]とを一と目で見分ける事は出来ません。けれどもそれが分る方法があります。』とシモンが云ひました。
『何うするんですか。
『秋きのこ[#「きのこ」に傍点]を小さく切つて日に乾します。それを冬になつて食べるとおいしいものです。毒のあるきのこ[#「きのこ」に傍点]は乾かないで腐つて了ひます。そこでいゝのだけを蔵《しま》つておくのです。
『それはいけません。良いきのこ[#「きのこ」に傍点]も悪いきのこ[#「きのこ」に傍点]も、その成長の如何により、又それを乾す時の天気によつて、或は腐つたり或は腐らなかつたりするのです。そんな見分け方は役に立ちません。
『しかし、いゝきのこ[#「きのこ」に傍点]には虫がたかりますが、悪いきのこ[#「きのこ」に傍点]には虫がたかりません。それは毒で虫が死ぬるからです。』とこんどはアントニイが口を出しました。
『それは先のよりももつと間違つてゐます。虫は、古いきのこ[#「きのこ」に傍点]には、その良し悪しに構はずに集ります。吾々なら死ぬやうな毒でも虫には利かないのです。虫の腹は毒を食べても差支へのないやうに出来てゐます。或虫はとりかぶと[#「とりかぶと」に傍点]や、ヂギタリスや、ベラドンナのやうな、吾々を殺すやうな草を食べてゐます。
『きのこ[#「きのこ」に傍点]を※[#「睹のつくり/火」、第3水準1-87-52]る時、鍋の中に銀貨を落すと、毒があれば銀貨が黒くなり、毒が無ければ白いまゝでゐるさうですね。』とジヤンが云ひました。
『それは馬鹿げた話です。そんな事をしたら馬鹿になつて了ひます。いゝきのこ[#「きのこ」に傍点]に入れても悪いきのこ[#「きのこ」に傍点]に入れても銀貨の色は変りません。
『ぢや、きのこ[#「きのこ」に傍点]は食べないでゐるより外に仕方はないぢやありませんか。困つたものだなあ。』とシモンが云ひました。
『どうして/\。その反対に、今まで以上に食べられます。その只だ一つの方法は、よく/\気をつけると云ふ事です。
『きのこ[#「きのこ」に傍点]で毒なのは肉ではなくて、その中にある汁です。汁を抜き出して了ふと、毒になる所は直ぐ失くなつて了ひます。さうするには、きのこ[#「きのこ」に傍点]を小さく刻んで料理し、乾すなり生のまゝなりで、一握りの塩を入れた水で※[#「睹のつくり/火」、第3水準1-87-52]ればいゝのです。そして、それを水の中へ入れて、二三度水で洗ひます。それだけの事できのこ[#「きのこ」に傍点]は食べられるやうになります。
『それと反対に、最初水で※[#「睹のつくり/火」、第3水準1-87-52]て置かないと、毒汁のために酷い目に逢はなければなりません。
『塩を混ぜた水で※[#「睹のつくり/火」、第3水準1-87-52]ると云ふ事は、毒を溶かすためで、或る人達は私の今云つた通りに料理した、酷い毒のあるきのこ[#「きのこ」に傍点]を幾ヶ月も食べてみました。
『その人達はどうなりましたか。』シモンが尋ねました。
『無事でした。だが、此の人達は、十分行き届いた用心をして毒のあるきのこ[#「きのこ」に傍点]を料理したのです。
『なるほど尤もな事です。が、あなたの仰《おっしゃ》る通りだとすると、どんなきのこ[#「きのこ」に傍点]でも皆な食べていゝんですね。
『さうです。しかし、やはり危い事があります。それは不完全な料理をする恐れがあるからです。で、私は、此辺でいゝきのこ[#「きのこ」に傍点]だと云はれてゐるものでも、やはり湯で※[#「睹のつくり/火」、第3水準1-87-52]てから食べるやうにお勧めしたいのです。若し偶然に毒のあるきのこ[#「きのこ」に傍点]が混つてゐても、毒は此の方法で消されて無事にたべられます。
『ポオルさん。これからきつとあなたが今教へて下すつた通りにしますよ。取つて来た中に毒のあるのが決してないとは云へませんからね。
 そして別れを告げる前に、シモンはアムブロアジヌお婆あさんと、切《しき》りにきのこ[#「きのこ」に傍点]の料理の話をしてゐました。それ程シモンはきのこ[#「きのこ」に傍点]が大好きなのでした。

[#5字下げ]六三 森の中[#「六三 森の中」は中見出し]

 恐ろしい危険を避ける料理法の話になつてしまつた、きのこ[#「きのこ」に傍点]の話は、これを聞きに来たシモンや、マシユウや、ジヤンや、その他の人々にはもう十分でしたが、エミルやジユウルやクレエルにはまだ足りませんでした。彼等は珍らしい植物の事を沢山知りたがつてゐるのです。或日、叔父さんは子供等を連れて、村近くのぶな[#「ぶな」に傍点]の木の森に出かけました。
 高く枝を交へた、五六百年も経た樹木は、葉の緑門《アーチ》を造つて、その隙間から此処彼処に日光を漏らしてゐました。白い皮をつけた、滑らかな幹は、影と静けさとの満ち/\た、重い大きな建物を支へてゐる大柱のやうに思はれました。高い梢では烏が羽を撫でながらカア/\鳴いてゐました。時々赤い頭をした緑色の啄木鳥《きつつき》が、嘴で虫の食つた木を啄《つつ》いて、昆虫を出してたべる仕事の最中に、驚いて叫びながら矢のやうに飛んで行つて了ひました。土を掩ふた苔の中からは、あちこちにきのこ[#「きのこ」に傍点]が沢山出てゐました。丸いのもあります。平つたいのもあります、白いのもあります。ジユウルは切りにそれを賞めそやして、苔の凹みのところを歩いてゐた牝鶏が卵を産んで行つたものと想像してみたりしました。又、朱のやうに真赤なのもあれば、明るい鹿毛色のや、美しい黄色をしたのもあります。地の下から出かけて来て、まだ袋のやうなものに包まれてゐるのもあります。これはそのきのこ[#「きのこ」に傍点]の大きくなるにつれて破れて了ふのです。又もつと大きくなつて、開いた蝙蝠傘《こうもりがさ》のやうになるのもあります。そして又、もう腐れて、倒れてゐるのも沢山ありました。その臭い腐つたきのこ[#「きのこ」に傍点]には、やがて昆虫になる蛆が沢山湧いてゐました。かうして、皆んなは主なきのこ[#「きのこ」に傍点]の種類を集めた後で、ぶな[#「ぶな」に傍点]の木の下の柔かな苔の上に坐つて、ポオル叔父さんは次のやうに話してきかせました。
『きのこ[#「きのこ」に傍点]は地の中にある植物の花で、学者はその植物の事を菌糸と云つてゐる。此の地下植物は白くて細い、脆い糸から出来てゐる、大きな蜘蛛の巣のやうなものだ。若しそつときのこ[#「きのこ」に傍点]を引き抜いて見ると、その軸の下から地面にくつゝいた、菌糸の糸を沢山見出す事が出来る。今仮りに地面一杯を薔薇で掩ふやうに薔薇を植えたとしてみやう。埋めた根は菌糸で、空中に咲いた薔薇は菌糸の花、即ちきのこ[#「きのこ」に傍点]に当るわけだ。
『薔薇の木には葉の繁つた強い枝がありますが、きのこ[#「きのこ」に傍点]には、僕の見たところでは、何もそんなものがありませんね。白い脈になつて地中に枝を出したかびのやうなものなんですね。』とジユウルは云ひました。
『その地下植物の白い脈はあまり細くて、触《さわ》れば直ぐ切れて了ふ程のもので、葉もなければ根もない。地の中で少しづつ大きくなつて、可なりの遠方まで伸びて行く。そして適当な時が来ると、地の中で小さな瘤を作る。それが後にきのこ[#「きのこ」に傍点]となつて、地面を破つて上に伸びて行くのだ。それできのこ[#「きのこ」に傍点]は群がつて生えて来るのだ。そして、その一群は、そのきのこ[#「きのこ」に傍点]の出来る菌糸と、同じ一本の植物なのだ。
『私ね、きのこ[#「きのこ」に傍点]が輪のやうに群つて生えてゐるのを見た事がありますわ。』とクレエルが云ひました。
『若しあたりの地の質が同じで、四方へ地下植物の拡がるのを妨げなければ、菌糸は四方に一様に拡つて、田舎の人達が魔物の輪と云つてゐるやうなきのこ[#「きのこ」に傍点]の大きな輪を造るやうになる。
『何故魔物の輪なんて云ふんですか。』とジユウルが尋ねました。
『何んにも知らない迷信深い田舎の人達は、その珍らしい輪のやうな拡がりかたを見て、魔術の力だと思ふのだ。
『ぢや、魔物なんて居ないんですね。』とエミルが云ひました。
『あゝ、ゐないとも。たゞ、世の中には他人の軽々しく信ずるのを利用する悪者や、その云ふ事を聞く馬鹿者がゐるだけだ。誰れも不思議な事をする力なんぞ持つてやしないのだ。
『叔父さんの仰る通り、きのこ[#「きのこ」に傍点]は菌糸といふ地下植物の花だとしますと、それは雄蕋や雌蕋や子房を持つてゐる筈ですね。』とジユウルが尋ねました。
『きのこ[#「きのこ」に傍点]は花ではあるが、その構造は普通の花とは違つてゐる。それは特別な構造になつてゐて、複雑な、非常に面白いものなのだが、叔父さんはお前達に教へ過ぎないやうにと思つて、今まで黙つてゐたのだ。
『花の大事な役目は種子を作ると云ふ事だつたね。きのこ[#「きのこ」に傍点]もやはり種子を作るのだが、それはごく小さくて、ほかの種子とは非常に違つたもので、胞子と云ふ別な名をつけられてゐる。胞子と云ふのは、樫の実が樫の木の種子であると同じやうに、きのこ[#「きのこ」に傍点]の種子なのだ。が、これはもつと詳しく話さなければ分るまい。
『吾々の一番見慣れたきのこ[#「きのこ」に傍点]は、軸に支へられた丸屋根のやうなもので出来てゐる。此の円屋根を笠と云ふのだ。笠の下の方はいろいろな風になつてゐるが、その主なものはかうだ。或るものは真中から縁の方へ放射状になつた皺になつてゐる。或ものは、又無数の小さな孔になつてゐる。その孔は皆な管なので、その沢山の管が或る一ヶ所に集まるやうになつてゐる。或るものは、又猫の舌のやうな細かい突起で一ぱいになつてゐる。
『笠の下の方が放射形の皺になつてゐるきのこ[#「きのこ」に傍点]ははらたけ[#「はらたけ」に傍点]、小さな孔のあいたのはいぐち[#「いぐち」に傍点]、突起のあるのはかうたけ[#「かうたけ」に傍点]といふのだ。はらたけ[#「はらたけ」に傍点]といぐち[#「いぐち」に傍点]は一番普通のものだ。
 そしてポオル叔父さんはその集めたきのこ[#「きのこ」に傍点]を一つ一つ手に取り上げて、甥達にはらたけ[#「はらたけ」に傍点]の皺と、いぐち[#「いぐち」に傍点]の孔と、かうたけ[#「かうたけ」に傍点]の突起とを見せてやりました。

[#5字下げ]六四 大紅茸《おおべにたけ》[#「六四 大紅茸」は中見出し]

『きのこ[#「きのこ」に傍点]の種子、即ち胞子は、此の皺や、突起や、管孔の壁のところにあるのだ。ジユウルや、次の実験をやつてごらん。まだ十分に拡がつてゐない笠のきのこ[#「きのこ」に傍点]を取つて、今晩白い紙の上に載せておくんだ。すると、夜中に花が咲いて、熟した種子がはらたけ[#「はらたけ」に傍点]の皺や、いぐち[#「いぐち」に傍点]の管から落ちて来る。そして、明日の朝になると、そのきのこ[#「きのこ」に傍点]の種類によつて赤や、橙や、薔薇色の粉が紙一面に落ちてゐるのを見るだらう。
『此の粉は種子即ち胞子の塊りで、顕微鏡がなければ一つ一つ見えない位細かいもので、数へ切れぬ程沢山あるのだ。何千万といふほどあるのだ。
『顕微鏡!』とエミルが口を入れました。『それは肉眼では見えないやうな小さな物を見るのに、時々叔父さんが使つてゐるあの機械の事ですか。
『さうだ。顕微鏡は物を大きくして見せて、あまり細かくて肉眼では見えないものでも、ごく細かな構造まで一々見さしてくれる。
『僕が紙の上にきのこ[#「きのこ」に傍点]の胞子を集めたら、それを顕微鏡で見せて下さいね。』とジユウルが頼みました。
『見せて上げやう。熱と湿気とが適度にあれば、たつた一の胞子でも芽を出して、白い糸即ち菌糸になつて、それから時期が来ると沢山のきのこ[#「きのこ」に傍点]を出すやうになる。若しはらたけ[#「はらたけ」に傍点]の皺から無数に落ちる胞子が、皆な芽を出すとしたら、何れ程のきのこ[#「きのこ」に傍点]が生える事だらう。それは鱈や木虱などの、無数の卵を生むのと同じ事だ。
『それぢや、きのこ[#「きのこ」に傍点]を作るには、たゞ此の胞子を播きさへすればいゝのですか。』と又ジユウルが尋ねました。
『それは駄目だ。今日までのところ、まだきのこ[#「きのこ」に傍点]の栽培は出来ないのだ。と云ふのは、此の小さな種子の手入が吾々には分らないし、又とても吾々の手には合はないのだ。たゞ、或る食用蕈は栽培されてゐるが、それを育てるには胞子は使はないで菌糸を使つてゐる。
『それを温床蕈といふのだ。それは、上の方が艶々した白い色で、下の方が薄薔薇色をした、はらたけ[#「はらたけ」に傍点]だ。パリの近所の古い馬場では、馬の糞と柔かい土とで、その温床を造る。この床に、植木屋がきのこ[#「きのこ」に傍点]の卵と云つてゐる、菌糸を少し入れるのだ。此の卵から枝が出て、沢山の糸になり、遂にきのこ[#「きのこ」に傍点]を出すやうになるのだ。
『それは食べられるのですか。
『おいしいとも、今吾々が集めたきのこ[#「きのこ」に傍点]の中に、お前たちに話して置きたいのが三つある。
『まづこれを御覧、これははらたけ[#「はらたけ」に傍点]の一種だ。笠の上の方は美しい橙紅色《とうこうしょく》をして、裏の皺は黄色い、軸は、端の裂けた白い袋のやうな物の底から出てゐる。此の袋は外皮と云ふもので、初めきのこ[#「きのこ」に傍点]を全部包んでゐたものだ。きのこ[#「きのこ」に傍点]が大きくなりながら地面を押してゐる間に、その笠に破られて了ふのだ。此のきのこ[#「きのこ」に傍点]は一番うまいと云ふので評判がいゝ。これは大紅茸と云ふのだ。
『次ぎのもやはり、はらたけ[#「はらたけ」に傍点]の一種で、同じやうに橙紅色をしてゐて、軸の底の方にやはり、同じやうに外皮即ち袋をつけてゐる。これはにせ大紅茸[#「にせ大紅茸」に傍点](毒紅茸)と云ふのだ。だが、お前たちは同じ物だと思ひはしないか。
『大して違ひませんわ。』とクレエルが云ひました。
『違ひません。』とエミルも云ひました。
『ほんの少し違つてゐます。にせ物の方には白い葉のやうなものがありますが、本物の方ではそれが黄です。
『ジユウルはいゝ眼を持つてゐるね。猶私がそれにつけ加へて云ふと、にせ紅茸[#「にせ紅茸」に傍点]の笠の上には、裂けた外皮の崩れが、処々白く入つてゐる。が、本物の紅茸にはこんなぼろのやうなものはないし、あつてもごく少い。
『若し此のほんの少しの違ひに気をつけなかつたら、生命を取られるやうな事になつて了ふ。本物の紅茸は甘味《おい》しいものだが、もう一つの、にせ物の紅茸は大毒だ。
『叔父さんが、長い研究を積まなくては良いのと悪いのとを区別する事は出来ないと、シモンさんにお教へになつた時には、僕随分びつくりしましたよ。ほんとうに雫の水のやうに好く似た二つのきのこ[#「きのこ」に傍点]があつて、その一方は人を殺し、一方は甘味しいたべ物になるんですね。』とジユウルが云ひました。
『これを間違ふと、とんでもない事が起るんだ。よく両方の特性を覚えてお置き。
『僕、気をつけて忘れないやうにします。』とジユウルが約束して云ひました。『両方とも橙紅色で、白い袋を持つてゐます。が、食用の紅茸には黄色い葉のやうなものがあつて、毒のある方には白いのがあります。
『そして、毒紅茸には、白い皮のぼろのやうなものが沢山あります。』とエミルが云ひました。
『こんどは木の幹から引き抜いた此のきのこ[#「きのこ」に傍点]を御覧。これは暗赤色の大きないぐち[#「いぐち」に傍点]だ。これには軸がない。古い木の幹にしつかりとくつついてゐる。是は火打ちいぐち[#「火打ちいぐち」に傍点]と云ふのだ。と云ふのは、此の肉を小さく刻んで日に乾して、それを火打ち石で叩くと火が出るからだ。
『火がきのこ[#「きのこ」に傍点]から出やうとは、僕夢にも思ひませんでしたよ。』とジユウルが云ひました。
『又、松露《しょうろ》は食用蕈の中で一番大事なものだ。これは菌糸のやうに、やはり地中に生えるのだ。が、その匂ひでそのあり場所が分る。鼻の強い動物の豚は、森に連れて行かれると、しようろ[#「しようろ」に傍点]の匂ひに誘はれて、その埋れてゐる場所を鼻先で掘る。すると、人間は豚を追つ払つて、かはりに栗を投げてやるのだ。しようろ[#「しようろ」に傍点]の形はほかのきのこ[#「きのこ」に傍点]類とは違つて、大きな丸いからだをして、皺が寄つて、白い斑《まだら》の入つた黒い肉をしてゐる。

[#5字下げ]六五 地震[#「六五 地震」は中見出し]

 朝早く近所の人達は皆な、家毎に同じ事を話してゐました。ジヤツクは二時ごろ、牛が二三度繰り返して吼《ほ》える声で目を覚まされたと云つてゐました。いつもその小屋の中でぢつとしてゐる飼犬のアゾルまでも悲しさうに吼えたのださうです。で、ジヤツクは起き上つて提灯《ちょうちん》に火をつけてみましたが、何故|獣物《けもの》が騒ぎ出したのか分りませんでした。
 いつも半分しか眠つてゐないアムブロアジヌお婆あさんはもつと詳しい話をしました。お婆あさんは瓶が台所の台の上で揺れる音や、皿が転がり落ちて破れたりする音を聞いたさうです。アムブロアジヌお婆あさんは、これは多分猫のいたづらで其巖丈な両手で寝台をつかまへて、頭の方から足の方へと、足の方から頭の方へと二度それを揺すつたのだと思つてゐました。が、それもほんのちよつとの間の事でした。さすがのお婆あさんもすつかりおびへて、布団を頭から被つて神様にお祈りを始めました。
 マシユウとその子は、その時ちやうどそとにゐました。二人は市場から帰らうとして、夜道をしてゐたのです。好いお天気で、風はなく、月は明るく光つてゐました。二人がいろ/\話し合つてゐると、地の下から鈍い深みのある音が聞えました。それは水閘《みずせき》の唸り声のやうでした。そして同時に地の中へ追ひやられるやうによろ/\しました。が、それだけで何事もありませんでした。月はやはり輝いて居り、夜は穏やかに晴れてゐました。そしてマシユウもその子も、今のは夢ではなかつたらうかと思つた程、直ぐに止んで了つたのでした。
 そんな風ないろんな話がありました。そして皆んなの口から口へ、或者は疑はしさうに笑つたり、或者はまじめに考へたりしながらも、とにかく『地震』と云ふ恐ろしい言葉が伝はつて来ました。
 夕方になると、ポオル叔父さんはその日の大事件に就いての説明を望む熱心な聴き手に取り囲まれました。
『ねえ、叔父さん、地面が時々震へると云ふのは本当ですか。』とジユウルがきゝました。
『本当だとも。突然地面が動く事があるのだ。此の目出度い国では、地面が動くと云ふやうな恐ろしい事は殆んど考へられない。たまにちよつとした動きでも感じると、珍らしがつて数日の話し種《ぐさ》にはなるが、直ぐに何もかも忘れられて了ふ。大がいの人は、昨夜の出来事を何んの大した事でもないやうに、今日になつて話してゐる。そして地面の此のちよつとした動きが、もつとひどくなると、恐ろしい災難を起すものだと云ふ事を知らない。ジヤツクが牛の咆えたのと、アゾルの鳴き声の事を話したらう。又アムブロアジヌお婆あさんも寝台が二度揺れた時の恐ろしかつた事を話したらう。そんな事なら何にもさう恐ろしい事はない。しかし地震はいつもそんな穏かなものではないのだ。
『ぢや、地震と云ふのはそんなに酷い事もあるんですか。』と又ジユウルが尋ねました。『僕はね、皿が毀れたり、何にかの建具ががた/\する位のものだと思つてゐましたよ。
『若し地震が余程ひどいと、家なんか倒れて了ふんでせう。叔父さん、大地震の話をして下さいよね。』とクレエルが云ひました。
『地震の前には、よく地の下で、唸り声がするものだ。それはちやうど地の底で暴風雨でも起つてゐるやうに、高くなつたり、低くなつたり又高くなつたりする、鈍い唸り声だ。此の不思議な恐ろしい音が聞えると、人は皆んな恐ろしさに声も出なくなつて、真蒼になつて了ふ。獣類でもやはり、その本能に促がされて、ぼんやりして了ふ。そして突然地面が震へて、脹れたり縮んだり、ぐる/\廻つたり、穴が開いたり、淵が出来たりする。
『まあ、大変ですわね。そして人間はどうなるのでせう。』とクレエルが叫びました。
『こんな恐ろしい地震の時に、人間がどうなるかは、今話しする。ヨオロツパに起つた地震の中で、一番ひどかつたのは、千七百七十五年の万聖節の日、リスボンであつた地震だ。此の平和なお祭りの日に、急に遠い雷のやうな音が地の下から轟き出した。そして地面が五六度激しく揺れて、上つたり下つたりした。そして此のポルトガルの首府は、瞬く間に毀れ家と死骸の山になつて了つた。生き残つた人々は、家の倒れる下から逃げやうとして、海岸の大きな波止場に出た。すると、忽ち波止場は水に呑み込まれて群がつてゐた人々も、繋いであつた船も皆んな沈んで了つた。そして人一人、板子一枚、水面へ浮び出ては来なかつた。深い淵が出来て、水も波止場も、舟も人も、皆なそこへ呑み込まれて了つたのだ。かうして六分間の間に、六千の人間が死んだ。
『こんな騒ぎがリスボンに起つて、ポルトガルの高い山々が揺れてゐた間に、モロツコ、スエズ、メキネズなどといふアフリカのいろんな都市が顛覆されて了つた。一万人ばかりの人が住んでゐた或る村は、突然開いて突然閉ぢて了つた谷底の中へ、人間もろともにそつくり呑み込まれて了つた。
『叔父さん、僕今迄そんな恐ろしい事を聞いた事はありませんでした。』とジユウルが云ひました。
『アムブロアジヌお婆あさんが、恐ろしかつたと云つた時に僕は笑ひましたよ。けれども笑ひ事ぢやありませんね。此の村だつて昨夜、アフリカのその村のやうに、みんな地の中に呑みこまれたかも分りませんものね。』とエミルが云ひました。
『又こんな事もあつた。千七百八十三年二月に南イタリイで四年間も続いた地震が起つた。初めの一ヶ年だけでも九百四十九度も地震があつた。地面は荒海の水面のやうに震動で皺になつて了つた。そして此の動く地上に住んでゐる人々は、船に乗つてゐる時のやうに、胸が悪くなつて嘔きたくなつた。陸の上で船酔ひをしたのだ。そしてその震動の度毎に、実際は動かないでゐる雲が、烈しく動いてゐるやうに見える。木は地の波で曲つて、その梢が地を掃いてゐた。
『第一番目の地震は一二分間で、南イタリイとシシリイ島との大部分の都会や村を引つくり返して了つた。国中の地面が引つくり返つたのだ。あちこちで地面は裂け目が出来て、丁度、破れガラスの穴を大きくしたやうなものが出来た。広い地面がその耕した畑や家や葡萄や橄欖の木と一緒に、山腹から滑り落ちて、随分遠方のほかの地面へ持つて行かれた。岡が二つに裂ける。又、それが今まであつた場所から抜き取られて、ほかの地面へ移された。或るところでは、地上には何んにも残されないで、家も、木も、動物も、口を開けた谷底へ呑みこまれて再び見えなくなつて了つた。又、或る所では、砂が一ぱいつまつて動いてゐる深い漏斗のやうな窪地が出来て、やがてそこへ地下水が溢れて湖水になつて了つた。かうして二百あまりの湖や沼が急に出来た。
『或る所では又、裂穴の中や川から溢れ出た水で、地面が融けて、野も谷も皆な泥海になつて了つた。そして木の梢や、毀れた農家の屋根だけが、此の泥海の上に見えてゐた。
『そしてその間に、時々突然地が震ひ出して地面を下から上に揺り上げる。その震動は、道の舗石が飛んで空中に跳び散つた位ひどかつた。石の井戸は小さい塔のやうに、下から飛びあがつた。地が裂けながら持ちあがると、家も人も動物も忽ちそこに呑み込まれた。そしてその地が又落ちると、裂穴は再び閉ぢて、何にもかも皆な跡形もなく消えて了ふ。其後から、此の災難のあとで、埋れた貴重な品物を取り出さうとして掘つて見ると、家やその中にあるものが皆んなたゞ一つの塊りになつてゐた。それ程までに、裂穴の両側が閉ぢる圧力がひどかつたのだ。
『此の恐ろしい出来事に逢つて潰されて了つた人間の数は八万人ばかりだつた。
『此の中の大部分は家の潰れてる下に生埋にされて了つたのだ。或者は又地の震ふたびに毀れる家の中に起つた火事で焼け死んで了つた。又或者は、野原へ逃げ出さうとして、足下に出来た裂穴へ呑み込まれて了つた。
『こんな不幸な光景は、どんな野蛮な人間にもきつと憐れみの心を起させる筈のものなのだ。然るに、こんなのはごく稀れで、その国の人達のやつた事は実に無茶なものだつた。カラブリアの百姓が町に駈け込んで来たが、それは助けに来たのではなくて泥棒に来たのだつた。危い事なぞには構はずに、燃える壁や雲のやうな埃の間を町中駈け廻つて、死人を足蹴にしたり、まだ生きてゐる人達の物を盗つたりした。
『ひどい奴等だ。何といふ奴等だらう。若し僕が其処にゐたら……。』とジユウルが叫びました。
『お前が若し其処にゐたら何うしたらうねえ。お前よりももつと良い心と強い腕を持つた人は沢山ゐたんだが、その人達は何もする事が出来なかつたのだ。
『カラブリアの人間はそんなに悪いのですか。』とエミルが訊きました。
『教育が行き渡つてゐない所には、何か災難が起ると、どこからともなく跳び出して来て、乱暴な事をして世の中を脅かす野蛮な人間が何処にもゐるものだよ。

[#5字下げ]六六 寒暖計[#「六六 寒暖計」は中見出し]

『しかし叔父さんはまだ、その恐ろしい地震の起る理由を話して下さいませんね。』とジユウルが云ひました。
『それが聞きたければ、少し話して上げやう。』と叔父さんは答へました。『先づ、地の底へ底へと下りて行くと、だんだん暖くなつて来るものだ。いろんな金属を取るために、人間が地の底に穴を掘つて見て、此の大切な事が分つたのだ。深く掘つて行けば行くだけ、だん/\暖くなつて行く。三十メートル毎に、温度が一度づつ殖えて行くのだ。
『一度つて何の事ですか。』とジユウルが尋ねました。
『僕も知りませんよ。』とエミルも云ひました。
『では、その話からしやう。さうでないと、私の話がよく分らないからね。私の部屋に、小さな木の板に、細い溝のある、底の方が小さく脹れたガラス棒が嵌めてあるのがあるだらう。脹れた所には赤い液が入つてゐて、温くなつたり冷えたりする度に、それが管の溝の中を上つたり下つたりする。あれを寒暖計と云ふのだ。凍つた水の中では、赤い液は管の零と云ふ所まで降りて、沸き立つた湯の中では、百と云ふ所まで昇る。この二つの点の間を百等分して、その一つ一つを一度と云ふのだ。
『液が零の所に下りた時に、水が凍るので、水が※[#「睹のつくり/火」、第3水準1-87-52]え立つてゐる時の熱では、液は百の所まで上る。その中途の度は、熱のいろんな高さを示すので、熱が高い時には度が高くなるのだ。
『そして此の寒暖計で物の熱を計つた度を温度と云ふのだ。で、凍つた水の温度は零度で、※[#「睹のつくり/火」、第3水準1-87-52]え湯の温度は百度だ。
『ある朝、叔父さんが何だつたか取りに僕を叔父さんの部屋へ行かした時にね、僕寒暖計の脹らんだ所に手を当てゝみたんですよ。赤い液は少しづつ上へ上へと昇つて行きましたよ。』とエミルが云ひました。
『お前の手の温かさで、それが昇つたんだ。
『液がどこまで昇るか見てゐたかつたんですけれど、僕終りまで待ち切れませんでした。
『さうしてゐれば、寒暖計はおしまひに一番高くて三十八度の所まで行くよ。それが人間の身体の温度なのだ。
『夏の非常に暑い日には、寒暖計は何度になるのでせう。』とジユウルが訊きました。
『フランスでは、夏の一番暑い時が二十五度から三十五度位のものだ。
『では、世界で一番暑い所はどれ位ですの。』とクレエルが尋ねました。
『例へばアフリカのセネガルのやうな、一番暑い国で、温度は四十五度から五十度に上るのだ。此の辺の二倍も暑い事になるんだね。

[#5字下げ]六七 地の下の炉[#「六七 地の下の炉」は中見出し]

『さて前の話に戻らう。鉱山の底では、一年中変りのない高い温度のところがある。其処では夏も冬も同じ暑さだ。坑夫が掘つた一番深い穴はボヘミアにある。尤も、今ではもう其処へははいれない。地辷りでいくらか埋まつてしまつたので。千五百五十一メートルの深さの処では、寒暖計はいつでも四十度、即ち世界で一番暑い処と殆ど同じ位の度になつてゐる。しかもそれは冬でも夏でも同じ事なのだ。山国のボヘミアが雪と氷とで掩はれてゐる時でも、その冬の烈しい寒さを避け、セネガルの酷暑のところへ行かうと思へば、たゞその鉱山の底へ降りて行けばいゝのだ。入口にゐる人は寒さに震へてゐるのだ。底の方にゐる人は暑さに息も窒《つ》まりさうになる。
『これと同じ事がどこにでもあるのだ。地中を深く降りて行けば行く程、温度はだん/\高くなつて来る。そして深い鉱山の穴の中では、熱は高くて、馴れない坑夫はその暑さにびつくりして、近所に大きな炉でもあるんぢやないかと思ふ程だ。
『では、地球の内側は、本当にストーヴになつてゐるのですか。』とジユウルが尋ねました。
『ストーヴと云ふぢやない。強い鉄の棒で地面へ穴をあけて、それを近所の川や池から滲み出て来た地下水の溜つてゐるところまで掘つたのを、掘井戸と云つてゐる。此の井戸の地の下から汲み出される水は、その深さの土と同じ温度を持つてゐる。斯うして地中の熱の分布と云ふ事が分る。かうした井戸でごく有名なものの一つは、パリのグルネルにある。それは五百四十七メートルの深さで、そこの水は何時も二十八度、即ち夏の一番暑い日と同じ温度だ。フランスとルクセンブルグとの境にある、モンドルフの掘抜井戸の水は、もつと深い七百メートルの所から汲み出される。その温度は三十五度だ。掘抜井戸は、今では非常に沢山あるのだが、鉱山の穴と同じやうに、やはり三十メートル毎に一度づつ熱が殖えて行く。
『では、非常に深く井戸を掘つて行くと、しまひには熱湯が出て来るでせうね。』とジユウルが尋ねました。
『さうだ。が、そんなに深くまで届くのは難かしい。熱湯の温度に着くまでには、一里の四分の三位の所から汲み出さなければならないが、それは出来ない事だ。しかし、地中から湧き出る無数の自然の泉があつて、その水はどうかすると沸騰点に達する程の高い温度を持つてゐる。即ち温泉の事だ。すると、その水が湧いて来る深い処には、水を温めたり沸したりするだけの強い熱があるわけだ。フランスで一番名高い温泉は、カンタルにあるシヨオド・エグとヴイクとで、そのお湯は何れも殆ど沸騰してゐる。
『そんな泉は随分妙な川になる事でせうね。』とジユウルが又尋ねました。
『それは湯気の出る川で、その中にちよつと卵を入れると直ぐ※[#「睹のつくり/火」、第3水準1-87-52]える。
『では、其処には魚や蟹はゐないでせうね。』とエミルが云ひました。
『あゝ、ゐないとも。若し一匹でも魚が居つて御覧、※[#「睹のつくり/火」、第3水準1-87-52]えてくた/\になつて了ふだらうよ。
『が、フランスのオーヴエルニスの湯の小川なぞは、アイスランドと云ふ、殆ど一年中雪に埋もれてゐる、ヨーロツパの北の端の大きな島にある湯の川とはまるで比べ物にならない。其処には熱湯を噴き出す、此の国ではゲエゼル(間歇《かんけつ》噴出温泉)と云つてゐる、温泉がある。水の泡が溜つて滑かな白い結晶になつた岡の上の大きな谷から噴き出してゐる。此の谷の内側は漏斗形になつてゐて、その底はどれ程の深さがあるか分らない捩《よじ》れた管になつてゐる。
『毎度、湯の噴き出す前には、地面が揺れて、地の下で大砲を撃つてゐるやうな鈍い爆音が微かに聞える。だんだん爆音が強くなつて来る、地が震へる。そして孔口の底から湯が非常な早さで跳び出して来て谷に溜る。そして其処で、暫くの間、眼に見えない炉で熱した汽鑵のやうな光景が現はれる。湯気の渦巻きの中に湯が噴き上つて来る。そして突然、間歇温泉はその力を集中して、高い音を立てゝ爆発する。そして六メートルの直径のある水柱が、六十メートルも高さに噴き上げられて、白い水蒸気に包まれた大きな束のやうな形になつて降つて来る。此の盛んな噴出はほんの少しの間しか続かない。直ぐにその水の束が沈んで行つて、谷の中の水が孔の奥の方へはいつて了ふ。そしてその代りに、湯気の柱が、凄まじく咆《うな》りながら、雷のやうな音を立てゝ上の方に噴き出る。そしてその恐ろしい力で、孔の口へ落ち込んだ岩を投げ飛ばす。近所はすつかり此の濃い湯気の湯に包まれて了ふ。それが済むと、何にもかも平穏になつて、荒れ狂ふた間歇温泉は静まるが、やがて又噴き出して、前と同じ事を繰り返す。
『それは怖ろしいそして綺麗なものでせうね。勿論、湯の雨に打たれないやうに、遠くに離れてゐて、そのすさまじい噴水を眺めるのでせうかね。』とエミルが云ひました。
『今叔父さんが話して下すつた事は、地の中には強い熱があると云ふ事を、分り易く説いて下さつたのですね。』とジユウルが云ひました。
『此のいろんな観察で、地下の温度は六十メートル毎に一度増し、三キロメートル即ち一里の四分の三の深さの所では、※[#「睹のつくり/火」、第3水準1-87-52]湯と同じ温度、即ち百度になると云ふ事が分つた。五里も下に行くと、熱湯は赤く焼けた鉄程になつて、十二里下では、どんなものでも熔かして了ふ程になる。もつと深くなれば、その温度は益々高くなる。そこで、地球は火に熔けた、水のやうになつた玉と、堅い薄皮とで出来たものだと見る事が出来る。
『叔父さんは、堅い薄皮だと云ひましたが、今の計算で行くと、その堅い皮の厚さは十二里もあるのですわね。十二里と云ふと随分厚いのですから、地の下にある火なんかちつとも恐ろしい事はないと思ひますわ。』とクレエルが云ひました。
『十二里と云つたつて、地球の大きさの割りには、誠に小さなものだ。地球の表面から中心までの距離は千六百里ある。そしてその中の十二里が堅い皮の厚さで、あとは皆な熔けた玉なのだ。直径二メートルのボールでは、地球の堅い皮は、指の先の半分位の厚さに見積ればいゝ。もつと簡単に云へば、地球を卵だとするのだ、すると卵の殻は地球の堅い皮で、中味の液体は真中の熔けた部分に当るのだ。
『では、僕達は、その薄い殻だけで地の下の炉と距てられてゐるのですね。これは心配だなあ。』とジユウルが叫びました。
『地球の構造に就いての話しを聞かされると、初めての人は誰れでもびつくりしないものはないのだ。吾々の足下数里の所で、熔けた金属の波を動かしてゐる地の底の火を、恐ろしがらないものは一人もゐない。そんなに薄い殻が、どうして、中の液体の塊りの流れに堪へ得られよう。地球の殻の此の脆《もろ》い皮は、熔けたり、破れたり、皺になつたり、又少なくとも動いたりするやうな事はないのだらうか。地殻が少し動くと、陸は震へて、地は恐ろしい口のやうに裂けて了ふのだ。
『あゝ、それが地震の起る原因なんですねえ。内側にある液体が動いて、殻が動くんですわね。』とクレエルが云ひました。
『すると、此の薄い殻は、始終動いてゐなければならないのでせう。』とジユウルが云ひました。
『堅い地球の皮が、同一場所でなり、違つた場所でなり、海底でなり、陸上でなりで、動かないでゐる日は一日もあるまい。だが、危険な地震はごく少い。それは噴火山が宥《ゆる》めてくれるのだ。
『噴火口は、地球の内部を外部と通じてくれる、大事な安全弁だ。地下の水蒸気は、此の穴によつて、地球の外へ出で、地震の数を少くし、災難を減らす。火山国では、強い地震で地が揺れて、その地震が止むと火山は煙と熔岩とを噴き出し初めるのだ。
『僕はエトナ山の噴火と、カタニアの災難のお話をよく覚えてゐますよ。』とジユウルが云ひました。
『初め僕は火山は近所を荒し廻る恐ろしい山だとばかり思つてゐましたが、今その仲々為めになる事が分りました。噴火口がなかつたら、地球は滅多に静《じっ》としてゐないに違ひありませんね。

[#5字下げ]六八 貝殻[#「六八 貝殻」は中見出し]

 ポオル叔父さんの部屋には、種々な貝殻が一杯はいつた引出しがあります。それは、叔父さんの或るお友達が、その旅行中に集めて来たものです。それを眺めてゐると随分面白いものです。その美しい色や、綺麗な又は可笑しな形は眼を引きつけます。或る貝殻は、旋《まわ》り階段のやうになつて居り、或るものは大きな角を張り出して居り、又他の貝殻は嗅ぎ煙草入れのやうに開いたり閉ぢたりしてゐます。或るものは四方に出た枝やゴツ/\した皺で飾られ、又は屋根の瓦のやうに皿が重り合つてゐるのがあつたり、又一面に刺だの、ザラ/\した鱗だののついたのがあります。中には卵のやうに滑らかで、或ひは白く、或ひは赤い斑《ほし》が入つたりしてゐます。又中には薔薇色をした口の傍に、拡げた指のやうな、長いギザ/\を持つたものがあります。それ等の貝殻は世界のいろ/\の所から来たものです。これは黒人のゐる国から来たもので、あれは紅海から、と云ふ風に又支那や印度や日本から来たのもあります。若しポオル叔父さんが此の貝殻の話しをしてくれたら、それを一つ一つ調べて見て行くのに、幾時間か全く愉快に過されるに違ひありません。
 或日ポオル叔父さんは、皆の前に引出しの貝殻を拡げて甥達にその話しをしました。ジユウルとクレエルとは、眼を瞠《みは》つて眺めましたし、エミルはいつまでも大きな貝殻を耳に当てゝは、奥から聞えて来る、フーフーフーといふ音を聞いて、海の音のやうだと思つてゐました。
『此の赤いぎざ/\になつた口の貝は印度から来たのだ。これはかぶと貝と云ふのだ。中には非常に大きなのがあつて、二つあつたらエミルには運び切れない位だ。或る島に行くと、石の代りに釜の中で焼いて石灰《いしばい》を造る程沢山ある。
『若し僕がこんな綺麗な貝殻を見つけたら、僕は石灰を造るために焼くやうな事はしません。なんて此の口は赤いんでせう、そして端の方は美しい襞《ひだ》になつてゐるではありませんか。』とジユウルが云ひました。
『そして何と云ふ大きな音をたてるのでせうね。これは海の音が貝殻に響く音ですか、叔父さん。』とエミルが云ひました。
 遠くから波の音を聞いてゐるのと、いくらかは似てゐるやうだが、貝殻の中に波の音が蔵はれてゐるものぢやない。それは只だ空気がその曲つた孔の中に出入りする音なのだ。
『又、此の貝はフランスのだ。これは地中海の海岸に沢山あるので、カシス属の貝だ。
『これもかぶと貝のやうにフー/\云ひますよ。』とエミルが云ひました。
『大きな貝が、旋《まが》つた孔のあるものは、皆んなそんな音がするよ。
『これは又、やはり前のと同じやうに地中海にゐるもので、悪鬼貝《あくきがい》と云ふのだ。此の中に住む動物は紫色の粘液を出す。昔の人はこれから、高い値段のする、紫と云ふ美しい色を取つたのだ。
『貝殻は誰れが作つたのですか。』とクレエルが訊きました。
『貝殻は軟体動物と云ふ動物の住家なのだ。ちようどかたつむりの螺旋形の貝殻が、若い植物をたべる、あの角の生えた小さな動物の家であると同じやうにね。
『では、かたつむり[#「かたつむり」に傍点]の家も、今叔父さんが見せて下さつた美しい貝殻と同じように貝殻なんですね。』とジユウルが云ひました。
『さうだ。そして、一番数が多くて、一番大きくて、そして一番美しい貝殻は、海の中にあるのだ。それを海産貝と云ふのだ。かぶと貝も、カシス貝も、悪鬼貝もそれだ。が、小河や川や、池の湖水などのやうな、淡水の中にもある。フランスでは、ごく小さな溝の中にでも、形は綺麗だが薄黒い土のやうな色をした貝がある。そんなのは淡水貝と云ふのだ。
『僕ね、大きな斑点のある、かたつむり[#「かたつむり」に傍点]に似たのを水の中で見つけた事がありますよ。口を閉ぢる蓋のやうなものがありますね。』とジユウルが云ひました。
『それはたにし[#「たにし」に傍点]と云ふのだ。
『もう一つ別な溝の貝がありますわ。丸くて平たい、十銭か二十銭の銀貨程の大きさのですわ。』とクレエルが云ひました。
『それは平巻貝だ。最後に陸上にばかりゐる貝がある。だからこれは陸生貝と云ふのだ。例へばかたつむりのやうなものである。
『僕は、引出しの中にある貝殻のやうに、大変に美しいかたつむり[#「かたつむり」に傍点]を見た事がありますよ。森の中にゐて幾筋もの黒い帯を巻いてゐて黄色いのがさうです。』とジユウルが云ひました。
『かたつむり[#「かたつむり」に傍点]と云ふのは、空の貝殻をみつけて来て、その中に這入つてゐるなめくぢ[#「なめくぢ」に傍点]ぢやないのですか。』とエミルが聞きました。
『いや違ふ。なめくぢ[#「なめくぢ」に傍点]は何時までもなめくぢ[#「なめくぢ」に傍点]で、かたつむり[#「かたつむり」に傍点]になる事はないのだ。つまり、貝殻に這入る事はないのだ。反対にかたつむり[#「かたつむり」に傍点]は、其の大きくなるに従つて大きくなる、小さな貝殻を背負つて生れて来るんだ。お前達が空つぽの貝殻を見る事があるのは、前にはかたつむり[#「かたつむり」に傍点]が這入つてゐたのだが、それが死んで了つて塵《ごみ》になつたので、その家だけが残つてゐるものなんだ。
『でも、なめくぢ[#「なめくぢ」に傍点]とかたつむり[#「かたつむり」に傍点]とは随分よく似てゐますね。
『両方共軟体動物だ。これにはなめくぢ[#「なめくぢ」に傍点]のやうに貝殻を持たないのと、かたつむり[#「かたつむり」に傍点]やたにし[#「たにし」に傍点]やカシス貝のやうに貝殻を持つてゐるのとがあるのだ。
『かたつむり[#「かたつむり」に傍点]は何でその家を造るのでせうか。』とエミルが聞きました。
『それは自分の身体の中のもので作るのだ。自分の家をつくるものを自分のからだの中から滲み出させるのだ。
『僕には分りませんね。
『お前達だつて、自分の白い、光つた、ちやんと並んだ歯を造るぢやないか。だん/\に新しいのが、お前たちの指図を待たずに押し出て来るだらう。歯がひとりでにそうするのだ。此の美しい歯は極く堅い石で出来てゐる。何処からその石は来るのだらう。勿論それはお前達の身体から出て来るのだ、ね、歯齦《はぐき》が歯になるものを滲み出さすのだ。かたつむり[#「かたつむり」に傍点]の家もさうして出来るのだ、小さな動物が、ひとりでに立派な貝殻になる石を滲み出すのだ。
『草花をどし/\たべるかたつむり[#「かたつむり」に傍点]が、僕、何んだか好きになりました。』とジユウルが云ひました。
『好きになる事は構はないよ。かたつむり[#「かたつむり」に傍点]が、庭を荒し廻る時は懲してやるがいゝよ。それが当り前なんだから。だが、かたつむり[#「かたつむり」に傍点]は吾々にいろんな事を教へてくれる。今日はその眼と鼻の事をお話ししやう。

[#5字下げ]六九 蝸牛《かたつむり》[#「六九 蝸牛」は中見出し]

『蝸牛が這ふ時は、お前達が知つてゐるやうに、四本の角を高く持ちあげるのだ。
『その角はおもひのまゝに、出たり引込んだりします。』とジユウルが附加へました。
『その角は何方へでも動かしますね。』とエミルが云ひました。『燃えてゐる石炭の上に殻を置くと、ビ、ビ、ビ、ジユ、ジユと歌ひ出しますよ。
『そんな可哀想ないたづらはお止し。それは蝸牛が歌ふんぢやない。焼かれる苦しみを泣いて訴へてゐるんだ。熱で固まらせた蝸牛の粘ついた液は、初めに膨れて、それから縮む。そしてプツプツと少しづつ出て行く空気が、その悲しい泣声になるのだ。
『動物についての、いゝ事を沢山書いた、ラ・フオンテエヌのお話の中に、角のある動物に傷つけられた獅子の事を書いた処に、かう書いてある。
『牡羊も、牡牛も、山羊も、鹿も、犀も、角のはえた獣はみんな、
 その国からすつかり追ひ出されてしまひましたとさ。
 そんな獣はみんなすばやく逃げました。
 自分の耳の影を見て
 その形を知つてゐる野兎は、
 ある卑劣な探偵が、
 耳を角だと云ふ事にして
 兎を訴へようとしてゐると云ふ事を聞きつけました。
 左様なら、お隣のこほろぎ[#「こほろぎ」に傍点]さん、と野兎は云ひました。
 私はよその国へ行きます。
 私の耳は此処にゐると、
 角になるかも知れません。恐い事です。
 此の耳が、鳥の耳より短かゝつたらいゝんですけれどね。
 言葉の力は本当に恐いものです。
 こほろぎ[#「こほろぎ」に傍点]は答へました。
 それが角ですつて! どうしてです?
 神様が耳につくつて下すつたものを。
 誰が彼是云ふことが出来ませう?
 えゝ、と弱虫は返事をして云ひました。
 でもね、あの探偵達はやつぱり角にするでせうよ、その角も、多分犀の角程のね。
 私の弁解はきつと無駄でせうよ。
『此の野兎は、明かに、物事を大げさに考へすぎたのだ。兎の耳は、誰れが見ても、たしかに耳だ。だが、その時に、蝸牛もやはりおなじ事情で追払はれたかどうか私は知らないが、人間は一様に、蝸牛の後頭に載つてゐるものを、角だと云つてゐる。だが、こほろぎ[#「こほろぎ」に傍点]は『これを角だと云ふのですか?』と叫んで、『私の忠告を聞かなくちやなりませんよ』と、人間よりは余程悧巧な注意をするだらう。
『ぢやあ、あれは角ぢやないんですか?』とジユウルが尋ねました。
『さうぢやないんだとも。それは同時に手になり、眼になり、鼻になり、又盲の杖になる触角と云ふものだ。そして長さの違つたのが二対ある。上の方にある一対は長くてよけいに目立つのだ。
『長い触角はどちらにも、先の方に小さな黒点のあるのが見えるだらう。これは眼で、こんなに小さい物ではあるが、馬や牛の眼のやうに完全なものだ。眼と云ふものがどんなに必要なものかと云ふ事は、お前達もよく知つてゐる。此の眼は、お前達に一寸話してあげる事が出来ない程に複雑なものだ。そして又やう/\見える位の此の小さな黒点が総てなのだ。それだけではなく、同時に其の眼は鼻で、云ひかへれば、特に匂ひに感じ易い道具だ。蝸牛は其の長い触角の先で、見たり嗅いだりするのだ。
『その、蝸牛の長い角のそばに何かを持つて行くと、蝸牛はその角を引つこめますよ。
『此の鼻と眼との結合物は、出たり、引込んだり、目的物に近づいてゐたり、四方から来る匂ひを嗅いだりするのだ。同じやうな鼻は、象にもある。象の鼻は特別に長い。が、蝸牛の鼻は、象の鼻よりもどんなに勝れてゐるか分らない。同時に眼と鼻であつて、匂ひと光線に感じ易く、手袋にはひつた指のやうに、その角の中に引込めることも出来るし、その角がまた体の中にはひつて見えなくなつたり、また皮膚の下から出て来て、ひとりで、望遠鏡のやうに長く伸びたりもするのだ。
『僕は何度も、蝸牛が其の角をひつこめるのを見ましたよ。』とエミルが云ひました。『角は中の方へもぐり込んで、皮の下に埋つてしまふやうに見えますね。何かゞ、角をいじめると、蝸牛は自分の鼻と眼とをポケツトの中へしまつて了ふのですね。
『全くその通りだ。吾々は強すぎる光線や、嫌な匂ひに出遇ふと、それを防ぐのに、眼を閉ぢ、鼻を抓《つ》まんで避けてゐる。蝸牛は、もし、光線に苦しめられたり、嫌やな臭ひに出会つたりすると、其の眼を鞘におさめ鼻を覆ひかくしてしまふのだ。つまり、エミルの云ふとほりに、蝸牛は角をポケツトに入れるのだ。
『それは悧巧な方法ですわね。』とクレエルが云ひました。
『叔父さんは、角はめくらの杖の役もするとおつしやつたでせう?』とジユウルが遮りました。
『蝸牛は上の方の触角を一部分、又は全部引つこめた時には、盲になるのだ。だから蝸牛は二本の短かい角を持つてゐる。それは非常に触覚が鋭いから盲の杖よりも上手に目的物を探るのだ。上の方の二本の触角も、眼と鼻の働きをしてゐるばかりでなく、やはり、盲の杖の役も務め、或は指よりもうまく、物を触知する、分つたかいエミル、蝸牛を火の上に載せて泣かせるやうでは、蝸牛の事をすつかり知つてゐんぢやないね。
『分りましたよ叔父さん。あの角は、眼であり鼻であり盲の杖であり、又、同時に指なのですね。

[#5字下げ]七〇 青貝と真珠[#「七〇 青貝と真珠」は中見出し]

『叔父さんが今見せて下すつた貝殻の中に、』とジユウルが云ひました。『此の間の市に、叔父さんに買つて頂いた綺麗なペンナイフの柄のやうに、内側の光るのがありますね! ……ほら、青貝の柄のついた、四枚刃のあのペンナイフの――』
『分り切つた事ぢやないか。その虹色に輝くきれいなものは、真珠貝と云ふ、或る貝殻の一種なのだ。その吾々が繊細な装飾品に使ふのは牡蠣《かき》に近い種類の、或る粘着動物の巣だつたものなのだ。事実、此の巣は本当に富の宮殿だ。此の貝殻は、虹が色をつけてやつたやうに、あらゆる色で輝いてゐる。
『それは、一番きれいな青貝をもつた貝殻で、メレアグリナ・マガリテイフエラと云ふのだ。外側は輪を巻いた黒緑色で、内側は、磨いた大理石よりも滑つこくて、虹よりも沢山の色を持つてゐる。其処に含まれた色はみんな輝いて居るが、見ようによつて、いろ/\に柔かに変り易い。
『そのきれいな貝殻は、見すぼらしい粘々《ねばねば》した動物の家だ。お伽話の中の妖精も、こんなにきれいなものは持つてゐない。まあ、なんてきれいなものだらう!
『此の世界では、誰れでも自分の財産を持つてゐる。粘々した動物は、自分の財産として、すばらしい青貝の御殿を持つてゐるのだ。
『そのメレアグリナは何処にゐるのですか?』
『アラビアの海岸に面した海に居るのだ。
『アラビアと云ふ処は大変遠い処ですか?』とエミルが尋ねました。
『随分遠いのだ。何故きくのだね。
『僕、こんなきれいな貝殻を沢山拾ひたいからです。
『そんな事を夢見てはいけない。アラビアは大変に遠いのだし、それに、その貝は欲しいと思つても、誰れにでも拾へるものではないのだ。それを集めるには、人が海の底へ潜らなければならないのだ。そして其の中の幾人かは、二度と上つて来られないのだよ。
『それでも、其の貝を取りに海の底へ潜らうと云ふ人があるのですか?』とクレエルが尋ねました。
『沢山あるのだ。そして、もし吾々が行つてそれをとらうと思つても、先きに来てゐた者に取られてしまつてゐて、その人達から、悪いのを手に入れる事しか出来ない程にそれは儲かる仕事なのだ。
『では、其の貝は貴いのですか?』
『まあお前達自身で判断してみるといゝ。第一、貝殻の内側の層は、薄くはがれて延ばされる。それは吾々が装飾に使ふ青貝なのだ。ジユウルのペンナイフの柄は、真珠貝の内側の一部を薄くはがした青貝で被せてあるのだ。だが、それは、貴重な貝殻の産み出す極くやすい部分で、その同じ貝殻の中に、真珠があるのだ。
『ですけれど、真珠はそんなに大変に高いものぢやありませんね。四五銭も出せば、財布の装飾にするのに箱一杯の真珠が買へますよ。
『その真珠とほんものゝ真珠とを区別して見よう。お前の云ふ真珠は、穴の穿いた色硝子の玉なんだよ。値段も大変に安い。メレアグリナの真珠は、貴い立派な珠なんだ。もし普通よりも大きな真珠があれば、数千万フランもするやうなダイアモンドと匹敵する程の高価なものになるだらう。
『私はそんな真珠は知りませんわ。
『真珠に興味を持ちはじめると、人間は時々常識も名誉も忘れてしまふ事がある。だから、そんな事のないやうに、神様が知らせずにお置きになるのだ。だが、真珠がどうして出来るかと云ふ事を知るのは一向かまはない。
『貝殻の二枚の間に牡蠣に似た動物が住んでゐる。それは、とても動物とは見る事の出来ないやうな、粘々した塊りだ。それはものを消化しもするし、呼吸もし、痛みを感じもする。それは、何でもない埃の一と粒でも、痛みを与へる程感じやすいのだ。その動物が、何か他のものにさらはれた時にはどうするか? 動物はその真珠貝のまはりの邪魔ものゝふれてゐる処に、ある液を滲み出させる。此の真珠貝が小さな滑つこい球を積みあげる。それが、此のねば/\した動物の病気でつくりあげられた真珠なんだ。その大きさがもし普通より大きかつたら、それは冠の入つた袋程の値うちのものになるだらう。そして、首のまはりにそれを纏ふ人はそれを非常な自慢にするのだ。
『だが、首にそれをかける前に、それを撈《さぐ》らなければならない。漁夫達は船に乗り、そして彼等は、大きな石を結びつけて海の底にまつすぐに垂らした綱を伝つて順々に、海の中へ降りてゆく。その人は、水の中に潜るのに、そのおもりのついた綱を右の手と右足の爪先きとでつかんで、左手では鼻孔を被ひ、左の足には網袋を結びつける。石は海の中に投げ込まれる。その人は鉛のやうに海の中に沈んでゆく。彼は急いで網を貝で一杯にし、上る合図に綱を引つぱる。船にゐる人々は彼を引きあげるのだ。息苦しくなつた潜水夫は獲物を持つて水面に出て来る。彼が呼吸を止めてゐるのは非常な骨折りで、時によると鼻や口から血が洩れ出る程だ。潜水夫は、時とすると片足をなくして来たり、時にははひつたきりで浮いて来ない事もある。鱶《ふか》が人間を呑んでしまふのだ。
『宝石店の飾窓に輝いてゐる真珠の或るものは、大変に高価なものがある。そんなのは、人間の生命の価を払ふのかも知れない。
『もしか、アラビアが此の村はづれにあるとしても、僕は真珠とりになんか行きませんよ。』とエミルが云ひました。
『其の貝殻をあけるには、中の動物が死ぬまで日にあてるのだ。それから、人々はそのひどい臭ひのする貝の堆《うずたか》い中をかきまはして、真珠を採る。その真珠はもう穴を穿けてつなぐより他にどうすることもいらないのだ。
『いつだか、』とジユウルが云ひました。『皆んなが用水溝の掃除をしてゐた時に、僕ね内側が真珠貝のやうに光つてゐる貝殻を見つけましたよ。
『小さい流れや溝には緑がゝつた黒い色をした二枚合はさつた貝がある。それは淡水貝と云ふのだ。その内側は青貝だ。山の中の流れを選んで棲んでゐる大きい或る淡水貝は、真珠をさへも産むのだけれども、それ等の真珠は、メレアグリナの真珠よりはずつと光沢もないし、従つて値段も安い。』(つづく)



底本:「定本 伊藤野枝全集 第四巻 翻訳」學藝書林
   2000(平成12)年12月15日初版発行
底本の親本:「科学の不思議」アルス
   1923(大正12)年8月1日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※ルビは新仮名とする底本の扱いにそって、ルビの拗音、促音は小書きしました。
入力:門田裕志、小林繁雄
校正:トレンドイースト
2010年7月31日作成
2011年1月17日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。



*地名

(※ 市町村名は、平成の大合併以前の表記のまま。一般的な国名・地名などは解説省略。
  • [ポルトガル]
  • リスボン Lisbon ポルトガル共和国の首都。タホ川河口の港湾都市。1256年コインブラより遷都。旧王宮・美術博物館などがある。人口53万5千(2004)。ポルトガル語名リジュボア。
  • ポルトガル Portugal・葡萄牙 南ヨーロッパ、イベリア半島南西部の共和国。中世はイスラム教徒が支配、12世紀に現領土を占めて独立王国となった。近世初頭海外に進出、東洋貿易によって繁栄し、室町末期から江戸時代の日本文化に大きな影響を与えた。1910年共和制になったが、サラザルおよびその後継者の下に74年まで40年余にわたって独裁制が続いた。面積9万平方km。人口1050万2千(2004)。首都リスボン。
  • [イタリア]
  • イタリア Italia・伊太利 ヨーロッパの南部、地中海に突出した長靴形の半島およびシチリア・サルデーニャその他の諸島から成る共和国。面積30万1000平方km。人口5817万5千(2004)。ローマ時代以来、ギリシアとともに西洋文明の源流をなした。中世以降、諸州・諸都市が分立したが、1861年イタリア王国成立。1922年以後、ムッソリーニを首領とするファシスト党が独裁。36年エチオピア併合以来帝国と称し、ドイツ・日本と三国同盟を結んで第二次大戦に参加し敗退。降服後、46年より共和制。宗教は主にカトリック。首都ローマ。イタリー。
  • 南イタリア みなみ- Southern Italy イタリア南部の地域。ナポリを中心とするカンパーニア州以南の半島部とサルデーニア島・シチリア島とを含む。正称、メッツォジョルノ Mezzogiorno。(外国地名)
  • シシリー島 Sicily シチリアの英語名。
  • シチリア Sicilia イタリア半島の南端にある地中海最大の島。古代にはフェニキア・ギリシア・カルタゴ・ローマに占領され、中世にはヴァンダル・ビザンチン・イスラム教徒・ノルマンに征服され、12世紀に両シチリア王国が成立。1861年イタリアに帰属、1948年自治州。面積2万6千平方km。中心都市はパレルモ。英語名シシリー。
  • カラブリア Calabria イタリア南部の州。イタリア半島の先端部を占める。州都カタンザーロ。古称、ブルッティウム Bruttium。山がちで約3割が森林地帯。交通・資源に恵まれない低開発地。カラブリア半島はアッペンニーノ山脈が脊梁をなす。地震の頻発地域で、1783年大地震があった。(外国地名)
  • エトナ山 Etna イタリア、シチリア島の東岸にそびえる活火山。標高3323m。
  • カターニア Catania イタリア南部、シチリア島東岸の都市。農畜産物の集散地・工業都市。人口30万7千(2004)。
  • [チェコ]
  • ボヘミア Bohemia チェコの中心部。第一次大戦後チェコスロヴァキア共和国の一部となる。地味は肥沃でジャガイモ・テンサイ・ホップなどの産多く、また、ガラス・機械類の工業も盛ん。中心都市プラハ。ドイツ語名ベーメン。
  • [フランス]
  • パリ Paris・巴里 フランス共和国の首都。国の北方、パリ盆地の中心部に位置し、セーヌ川にまたがる。市街はシテ島を核心として、これを取り巻く同心円状の3帯から成り、20区に分かれる。中世以来西ヨーロッパにおける文化・政治・経済の中心地の一つ。また、世界的な芸術・流行の中心地。著名な建築物・学校・旧跡などが多い。人口212万5千(1999)。
  • グルネル Grenelle
  • カンタル Cantal フランス中南部、マシーフ-サントラル中部の県。県都オーリャック Aurillac。主要部はカンタル火山帯(主峰プロン-デュ-カンタル Plomb du Cantal、標高1858m)。近年、観光事業が活発。(外国地名)
  • ショード・エグ
  • ヴイク → ヴィシーか
  • ヴィシー Vichy フランス中部、中央高地北部の鉱泉都市。鉱泉は炭酸泉でヴィシー水と称し飲用。1940年6月フランスがドイツに降伏後44年まで、ペタン内閣は首都をここに移し、ヴィシー政権と呼ばれた。
  • オーヴェルニス → オーヴェルニュ、オーベルニュか?
  • オーベルニュ/オーヴェルニュ Auvergne フランス中部、マシーフ-サントラルの主要部を占める地方。行政上はピュイ-ド-ドーム・カンタル・オート-ロアール・アリエーの4県からなる。中心都市クレルモン-フェラン。最も高い中央部にはピュイと呼ばれる火山が多数噴出。火山・温泉による観光地。(外国地名)
  • [ルクセンブルク]
  • ルクセンブルグ → ルクセンブルク
  • ルクセンブルク Luxemburg ドイツ・ベルギー・フランスに囲まれた立憲公国。1867年以降永世中立国、第一次・第二次大戦にドイツ軍に占領され、1948年永世中立を放棄。面積2586平方km。人口45万3千(2004)。アルツェッテ河畔に同名の首都がある。フランス語名リュクサンブール。
  • モンドルフ → モンドルフ-レ-バンか
  • モンドルフ-レ-バン Mondorf-les-Bains ルクセンブルク南東部の保養地。フランスとの国境近くに位置。19世紀に発見された鉱泉があり、遊興施設が整う。ガラス工業がおこる。(外国地名)
  • [アイスランド]
  • アイスランド Iceland 大西洋北極圏付近の大きな火山島。共和国。1918年デンマークの主権下に自治国家となり、44年完全に独立。面積10万3000平方km。人口28万9千(2003)。住民は主に新教徒(ルター派)。首都はレイキャヴィク。アイスランド語名イースラント。氷州。
  • [モロッコ]
  • モロッコ Morocco アフリカ北西端の王国。1956年フランス領モロッコが独立、スペイン領モロッコをも併合。大部分がアトラス山脈などの高原国。住民の大多数はイスラム教徒のアラブ人・ベルベル人。面積45万平方km。人口3054万(2004)。首都ラバト。
  • メキネズ → メクネス
  • メクネス Meknes (1) モロッコ中北部の州。州都メクネス。モアヤン-アトラス山脈北麓の高原を占める肥沃な農業地域。(2)メクネス州の州都。商業都市。モアヤン-アトラス山脈の北麓に位置。旧称メキネズ Mequinez。(外国地名)
  • [エジプト]
  • スエズ Suez (1) エジプト北東部、地中海と紅海とを結ぶ地峡。幅116km。(2) エジプト、スエズ運河南端の紅海に臨む港湾都市。人口41万8千(1996)。
  • [セネガル]
  • セネガル Senegal アフリカ西端の共和国。もとフランス領西アフリカの一部。1960年独立。面積19万6000平方km。人口1056万(2004)。首都ダカール。
  • 紅海 こうかい (Red Sea)(一種の藻類のために海水の色が紅く見えることがあるからいう)アラビア半島とアフリカとの間にある海。面積44万平方km。地中海との間の地峡にはスエズ運河が通ずる。
  • アラビア Arabia・亜剌比亜・亜拉毘亜 アジア大陸南西端、インド洋に突出する世界最大の半島。紅海を隔ててアフリカと対し、面積270万平方km。住民はアラブ人で、イスラム教徒。


◇参照:Wikipedia、『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008)『コンサイス外国地名事典』第三版(三省堂、1998.4)。




*年表

  • 一七七五年〔一七五五年か〕十一月一日 万聖節の日、リスボン地震。ヨーロッパでいちばんひどかった地震。死者六〇〇〇人。同時にモロッコ、スエズ、メキネズなどの都市も顛覆。
  • 一七八三年二月 南イタリアで地震。四年間続く。はじめの一か年だけで九四九度の地震。圧死者八万人。


◇参照:Wikipedia、『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008)。



*人物一覧

(人名、および組織・団体名・神名)
  • ラ‐フォンテーヌ Jean de La Fontaine 1621-1695 フランスの詩人。イソップなどに取材し、自然で優雅な韻文を駆使した「寓話集」12巻は、動物を借りて普遍的な人間典型を描き出した寓話文学の傑作。


◇参照:Wikipedia、『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008)。



*難字、求めよ

  • ジギタリス Digitalis ゴマノハグサ科ジギタリス属の多年草。南ヨーロッパ原産の薬用・観賞用植物。高さ約1m、全体に短毛がある。下部の葉柄は長く、上部のものは無柄。夏、淡紫紅色の鐘形花を花穂の一側面に並べて開く。葉を陰干しにして強心剤とするが劇毒。別名、狐の手袋。また、広義にはジギタリス属植物(その学名)。
  • ベラドンナ belladonna 別剌敦那。ナス科の多年草。中央アジアからヨーロッパ中南部原産の薬用植物。高さ1m余。葉は卵形。葉のつけ根に暗褐色の花をつけ、黒色の液果を結ぶ。全体にアトロピンなどのアルカロイドを含み猛毒。葉を鎮痛・鎮痙剤にする。アメリカではアトロピンの主要原料として栽培。
  • 緑門 りょくもん 杉や桧などの青葉で包んだ弓形の門。祝典などに設ける。アーチ。
  • 大柱 おおばしら 大きな柱。
  • 鹿毛色 かげいろ 茶色に、薄い黄色の混じった色。
  • 鹿毛 かげ 馬の毛色の名。シカの毛のように茶褐色で、たてがみ・尾・四肢の下部の黒いもの。真鹿毛。
  • 地下植物
  • 魔物の輪
  • 子房 しぼう 雌しべの一部で、花柱の下に接して肥大した部分。下端は花床に付着し、中に胚珠を含む。受精後果実となる。花の中における位置により、上位・中位・下位に分ける。
  • かし 樫・橿・� (イカシ(厳し)の上略形か)ブナ科コナラ属の常緑高木の一群の総称。暖地に多く、日本では中部以南に約10種ある。同属の高木で常緑でないものをナラと総称。晩春から初夏に小花を密生した穂をつけ、雌花と雄花とがある。果実は「どんぐり」。材は堅く、器具材その他として重要。シラカシ・アラカシ・ウラジロガシなど。かしのき。
  • ハラタケ 原茸 担子菌類のきのこ。畑地の堆肥などに生じ、高さ5〜10cm。傘は茶褐色、ひだは最初は白、次に淡紅、赤褐色、黒褐色に変わる。食用。
  • イグチ 猪口 担子菌類に属する数種の食用きのこの総称。傘の表面は褐色、裏面は網目状。アワタケ・ヤマドリタケなど。アワタケをこれに含めない地方もある。
  • コウタケ 革茸・茅蕈 担子菌類のきのこ。山野の落葉の堆積する所などに生ずる。高さ約10cm。全体黒褐色、革質、漏斗状。傘の裏面にとげを密生。乾かせば染革のような黒色となる。灰汁でゆでて食す。保存がきき、特殊な香気がある。カワタケ。シシタケ。
  • 管孔 かんこう 傘の裏にある多数の管状の孔。孔の中で胞子をつくる。イグチ科やタコウキン科に見られる。(小宮山)
  • 菌糸 きんし 菌類の体を構成する本体で、繊細な糸状の細胞または細胞列。
  • きじらみ 木蝨 カメムシ目キジラミ科の昆虫の総称。体長約2〜3ミリmのものが多い。後肢が発達し、よく跳躍する。植物の汁を吸収し、果樹などの害虫になるものが少なくない。虫�をつくるものも多い。ナシキジラミ・クワキジラミ・クストガリキジラミなど。
  • 温床 おんしょう わら・ガラス・ビニールなどで囲いをして、床に鋤き込んだ堆肥の発酵熱あるいは電熱などで内部を温め、促成栽培をする苗床。おんどこ。フレーム。←→冷床。
  • 橙紅色 とうこうしょく 橙黄色? 桃紅色?
  • オオベニタケ
  • ドクベニタケ 毒紅茸 担子菌類のきのこ。高さ約5cm。傘は直径約5cm、表面平滑で紅色または淡紅色。柄は白色。全体はもろく辛味があるが毒性はない。山林・芝生に発生。ベニタケ。(広辞苑)/担子菌類ベニタケ科の毒きのこ。はげしい辛味がある。(日本国語)
  • ニセベニタケ
  • ベニタケ (→)ドクベニタケの別称(広辞苑)。
  • ベニタケ 紅茸。担子菌類ベニタケ科のきのこの総称、またはそのうちで傘が紅色を帯びるもの。赤茸(日本国語)。
  • 大毒 おおどく 「だいどく」に同じ。
  • 暗赤色 あんせきしょく 黒みを帯びた赤色。
  • ヒウチイグチ
  • 松露 しょうろ (2) 担子菌類の食用きのこ。春と秋、海浜の松林中に生じ、球状で傘茎の区別はなく、ほとんど地中に埋まる。若いものは肉白くやや粘い。生長したものは淡黄褐色、一種特有の香気があり、多くは生のまま吸物の実などとする。
  • 夜道 よみち 夜の道。また、夜、道を行くこと。夜行。
  • 水閘 すいこう (1) 水門。ひのくち。樋。(2) (→)閘門(2) に同じ。
  • 閘門 こうもん (1) 運河・放水路などにおいて水面を一定にするための水量調節用の堰。(2) 船舶を高低差の大きな水面で昇降させる装置。二つの水門の間に、船を入れる閘室を持つ。船を閘室内に入れたのち水門を閉じ、閘室内の水位を昇降させて出て行く側の水位と同じにしてから船を進める。
  • 獣類 じゅうるい
  • 万聖節 ばんせいせつ (→)「諸聖人の祝日」に同じ。
  • 諸聖人の祝日 しょせいじんの しゅくじつ (All Saints' Day)キリスト教で、諸聖人を記念するため毎年11月1日に行う祝祭。諸聖徒日。万聖節。
  • 壊れ家 こわれや 壊れ屋か。
  • 板子 いたご (1) 平角と厚板との中間の木材。普通、厚さ6〜12cm、幅が厚さの4倍以上の製材品で、再び加工し、合板の表面に用いる場合が多い。(2) 和船の床に敷いた揚げ板。ふたて。
  • 裂穴 裂け穴(さけあな)か
  • 舗石・鋪石 ほせき しきいし。道路舗装の石。
  • 寒暖計 かんだんけい 気温の高低をはかるための温度計。
  • 掘井戸 ほりいど 地面を掘って作った井戸。
  • 掘抜き井戸 ほりぬき いど 地下を深く掘って不透水層に達し、被圧地下水を湧き出させる井戸。噴き井戸。
  • ゲーゼル Geyser 間欠(温)泉。(英和)
  • 間欠噴出温泉 かんけつ- → 間歇泉
  • 間歇泉 かんけつせん 一定の時間を隔てて周期的に熱湯または水蒸気を噴出する温泉。
  • 孔口 あなくち/こうこう 穴口か。穴の入り口。穴のあいている所。管、容器、煙突などのつきぬけた穴のくち。
  • 汽鑵 きかん 汽罐・汽缶。蒸気機関の主要部。密閉した鋼鉄の容器の中で、圧力の高い蒸気を発生させる装置。かま。蒸気罐。ボイラー。
  • カブト貝 かぶとがい 兜貝。ウニの別称。
  • 石灰 いしばい 生石灰、または消石灰の称。→石灰。
  • 石灰 せっかい (lime)生石灰(酸化カルシウム)、およびこれを水和して得る消石灰(水酸化カルシウム)の通称。広義には石灰石(炭酸カルシウム)を含む。いしばい。
  • 蔵われる しまわれる
  • カシス属 カシス ぞく
  • 悪鬼貝 あっきがい アッキガイ科の巻貝。卵円錐形で、下部に水管が長く伸びる。殻高約17cm。殻全体に魚の骨のような長いとげが生えて悪鬼を連想させ、魔除けとして戸口に掛ける風習もある。暖海の浅海にすむ。
  • 軟体動物 なんたい どうぶつ 無脊椎動物の一門。体は軟らかくて外套膜に包まれ、さらに、この膜から分泌される石灰質の貝殻によって保護されているのが普通。体は頭・足・内臓塊の3部分から成り、大部分が水生で鰓呼吸を行う。腹足類(巻貝など)・二枚貝類・掘足類・頭足類(タコ・イカなど)など7綱に分ける。
  • 海産貝
  • 淡水貝
  • タニシ 田螺 タニシ科の淡水産巻貝の総称。貝殻は卵円錐形で暗褐色、殻口は広く角質の蓋がある。卵胎生で6〜7月頃子貝を生む。水田・池沼に産し、食用。日本産はマルタニシ・オオタニシ・ヒメタニシ・ナガタニシ。ナガタニシは琵琶湖の特産種。
  • 平巻貝
  • 陸生貝 りくせいがい 陸上で生活する貝。軟体動物門腹足類の中腹足目ヤマタニシ属および柄眼目マイマイ属・キセルガイ属・ナメクジ属などの種類が含まれる。水生の貝と異なり肺で空気呼吸をするため鰓は退化している。
  • ナメクジ 蛞蝓 マイマイ目(柄眼類)の有肺類。陸生の巻貝だが、貝殻は全く退化。体長約6cm、淡褐色で3条の暗褐色の帯がある。頭部に長短2対の触角があって、長い方の先端に眼がある。腹面全体の伸縮によって徐々に歩き、這った跡に粘液の筋を残す。塩をかけると体内の水分が出て縮む。暗湿所にすみ、草食性で野菜などを害する。雌雄同体。日本に広く分布。なめくじり。なめくじら。
  • 懲らす こらす (1) 懲りるようにさせる。懲りて再びしないようにする。こらしめる。(2) 苦しめる。
  • 触角 しょっかく (1) 多くの節足動物の頭部にある感覚器。付属肢の変わったもので、多くの関節から成り、形はさまざま。嗅覚・触覚などをつかさどり、食物を探し、外敵を防ぐ用をする。甲殻類には2対、昆虫類および多足類には1対ある。俗に「ひげ」という。(2) 軟体動物の腹足類で、体の前端に対をなしている突起。(3) 転じて、物事を探知する能力。
  • 触知 しょくち 物事に触れ、それによって察知すること。
  • アオガイ 青貝 (1) 螺鈿の材料に用いる貝。(2) ユキノカサ科の皿形の巻貝。潮間帯の岩礁上や石の裏などにすむ。卵形で平たく、背は青黒色、内面は乳青色で美しい。本州・四国・九州に広く分布。
  • 真珠貝 しんじゅがい 天然の真珠を生じ、または養殖真珠の母貝として用いられる貝類。アコヤガイ・シロチョウガイなど。
  • 真珠 しんじゅ 貝類の体内に形成される球状の塊。貝殻を作る外套膜が異物によって刺激され、そのまわりに真珠質(主として炭酸カルシウムから成り、少量の有機物を含む)の薄層を分泌して作られる。優雅な銀色などの美しい光沢があるものは、古くから装飾品とされた。日本ではアコヤガイを母貝として養殖し、それに核(真珠の芯になるもの)を入れる手術を施し、人為的に作る。阿古屋珠。
  • 牡蠣 かき イタボガキ科の二枚貝の総称。貝殻は形がやや不規則で、左殻で海中の岩石や杭などに付着。肉は栄養に富み、美味。各種が全国に分布し、また各地でマガキを中心に養殖され、宮城県・広島県が有名。ほかにスミノエガキ・イタボガキなどがある。貝殻から貝灰を作る。ぼれい。
  • メレアグリナ・マガリテイフエラ
  • 黒緑色 こくりょくしょく 黒みをおびた緑色。
  • フラン franc フランス フランス・ベルギー・スイスなどの貨幣単位。フランス・ベルギーは1999年ユーロに移行。
  • 穿ける あける、か。


◇参照:Wikipedia、『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008)『日本国語大辞典 第二版』(小学館、2001.5)、小宮山勝司『ヤマケイポケットガイドきのこ』(山と溪谷社、2000.3)。



*後記(工作員スリーパーズ日記)


 ネットカフェの環境 Windows XP、T-Time 5.5 でファイルの動作確認をしてみた。以下はその結果。
 ファイルのヘッダーで honmonface="HG丸ゴシック M-PRO"を指定しているのに、意に反して明朝体。ためしに「秀英太明朝」より前に指定し、「HG」を半角「HG」に書き換えてみる。
 半角カタカナフォントがみごとに文字化け。『広辞苑』からのコピペが主要な原因。「km」や「リットル」などに一括置き換え作業を追加。
 0213 フォントはもともと未インストールのため非表示。次回、あらためて確認すること。
 ページめくりの表示スピードが、Mac とくらべて爆速!。
 
 以下は余談。出版(パブリッシャーズキット、パッケージ・ビルダー)のオプション設定で、「テキスト保護」と「書式設定保護」をそれぞれデフォルトの「編集結果を保存しない」「変更結果を保存しない」にしていたのだけれど、思うところあってそれぞれ「保存」に改めてみる。T-Time をいったん終了しても、読者の設定がそのまま温存されるはず。のみならず、ファイルへのテキストの直接書き込みも保存されるはず。
 オリジナルが必要なばあいは、圧縮ファイルを再度解凍して別ファイル名をつければ、2つのファイルを併用できるはず。
 ちなみに、全号「プリント許可」をオン設定にしているので、PDF への書き出しも可能。「文字品質」「アンチエイリアスなし」でクリアな紙印刷もできる。

 さて、『能久親王事跡』が無事終了。ファーブル『科学の不思議』もいよいよ次回がラスト。ようやく、古いファイルのつくりかえ・再出版に着手できる見込み。




*次週予告


第四巻 第五二号 
科学の不思議(九)アンリ・ファーブル

第四巻 第五二号は、
二〇一二年七月二一日(土)発行予定です。
定価:200円


T-Time マガジン 週刊ミルクティー 第四巻 第五一号
科学の不思議(八)アンリ・ファーブル
発行:二〇一二年七月一四日(土)
編集:しだひろし / PoorBook G3'99
 http://www33.atwiki.jp/asterisk99/
出版:*99 出版
 〒994-0024 山形県天童市鎌田2丁目1−21
 アパートメント山口A−202
販売:DL-MARKET
※ T-Timeは(株)ボイジャーの商標・製品です。