科学 の不思議 (七)
STORY-BOOK OF SCIENCEアンリ・ファーブル Jean-Henri Fabre
五四 昼と夜
「いつかの、ヒバリのまわりでまわっていた
「そうじゃない。これでようやくその話のところまできたんだ。われわれとは三八〇〇万
「では、地球がまわっているので、わたしたちも地球といっしょにまわっているのですね?」とクレールがまた口を入れました。
「地球は太陽の前で、ちょうどコマのようにまわって、つぎつぎにその
「おまえたちは地球のこの
「昼と夜とかわるがわるに
「だれでも火のほうに向いているヒバリの半分は昼で、
「けども、もう一つ、ぼくにはわからないことがあります。
「おまえのいうことはほんとうだ。
「地球は早くまわりますか?」とエミルがたずねました。
「二十四時間にひと
「それでも、わたしたちには何も動かないように見えますね。
「われわれの
「では、
「そう、そのとおりだ。それはじつにいい世界
「いいかい、
五五 一年 と四季
「地球は自分でまわりながら、太陽のまわりをまわって行くんだといいましたね。
「そうだ。そのひとまわりするのに三六五日かかる。だから太陽のまわりをまわる間に、地球は自分で三六五回まわるのだ。そしてこのひとまわりする間にすごす
「地球は、自分がまわるには二十四時間の一日かかって、太陽のまわりをまわるには一年かかるんですね?」とジュールがいいました。
「そうだ。おまえが地球になったとして、太陽のかわりにランプを
「まるで地球が太陽のまわりでおどっているようなものですね。
「あんまりいい
「わたしはどの月が三十一日で、どの月が三十日か、ずいぶん
「われわれの手に
「わたし、やってみるわ。五月は
「それごらん、わけないだろう?」とおじさんがいいました。
「
「また
「さっきはじめた
「そうだ。
「八月すると
「そうだ。
「もういっぺん、やりなおしますよ。八月、九月……、九月は三十日です。
「なぜ二月は二十八日あったり、二十九日あったりしますの?」とクレールがたずねました。
「それはね、地球は太陽のまわりをまわるのに、きっちり三六五日かかるのではないのだ。もう六時間ばかりよけいかかるのだ。で、まずこの六時間を一年の日数の中に
「では、三年のあいだは二月は二十八日ずつあって、四年目に二十九日あるのですね?」
「そうだ、二月に二十九日あった年は、
「では、
「おまえたちにはすこし
「
「三月二十日と九月二十二日には、太陽は地球のはしからはしまで十二時間見えて、十二時間かくれる。六月二十一日は昼がいちばん長く夜がいちばん短いので、太陽は十六時間見えて、八時間かくれる。ごく北のほうでは、昼の長さが長くなって、夜が短くなる。そこにはここよりも早く、朝の二時に日がのぼって、夜の十時に日が
「十二月の二十一日には、六月におこったことの
「昼が六か月、夜が六か月もある、そんな
「いや、あんまり
「まあ、ずいぶん
「すっかりまわってしまうのに一年かかる。けれども太陽から三八〇〇万里も
「まあ、
「そうだ。地球は
五六 ベラドンナの実
その日、ルイははじめて半ズボンをはかしてもらいました。それにはポケットとピカピカ
二人は
「ヤア、大きなサクランボがあるよ。大きくて黒くなってらぁ。サクランボだよ。サクランボだよ。取ってたべようよ。
まったく、
「この
ルイはそれを一つちぎって口に入れました。それは気のぬけたような、ちょっと
「このサクランボはまだ
「これを食べてごらん。これはいいよ。
ルイはそれを食べてみて、また
「ダメだよ。ちっともうまくないや。
「まずいって? そんなことがあるもんか。
「そうだね。まだ
二人はこの黒い
それから一時間ばかりたってからのことです。シモンがロバをひっぱって
ちょうどそのとき、シモンがそこへ
二、三時間前までは
「ああ、ベラドンナ(西洋ハシリドコロ)だ……。もう
それ
五七 有毒 植物
かわいそうなジョセフの
「みなさん。
「あの子どもは、ベラドンナで
ポールおじさんは
「その
「ベラドンナ。
「ベラドンナ。なるほど。わたしはその草を知っていますよ。よくわたしは
「ベラドンナって、どういう
「それは
「そんなことは、わたしなんぞの
「これが
「
「もう一本の、この大きな葉をした、そして
「それじゃ、このあたりでキツネノテブクロというのでしょう? それなら森のまわりによく
「花が
「こんなきれいな花に
「そうです。
「ドクゼリはもっともっと
「ああ、それゃ、イヤなにおいがします。ヤマニンジンやオランダゼリにはそんなイヤなにおいはありません。それさえ知っていたら
「そうです。それを知っていれば
「ポールさん、あなたのおかげで
「このドクゼリには
「まだここに、ごく見わけやすい
「ポールさん。このあいだ、家のリュシエンがそれでひどい目にあいましたよ。リュシエンが学校の帰りに
「また、それに
「また、ジギタリスに
「
「また、秋になると
「今日は、あまりたくさん
五八 花
前の日、ポールおじさんが
「
「
「たいがいの花は同じような
「ここにあるゼニアオイの
「ジギタリスの
「ちょっと見るとそうだが、気をつけて見ると
「このタバコの花を見てごらん。この
「
「ゼニアオイのようなのがそうなんですね。
「ナシや、アンズや、イチゴもそうだよ。
「ジュールはまだ、あのきれいな
「
「たとえばジギタリスやタバコがそうですね。
「
「ここにあるキンギョソウの花も、やはり五つの
「どうしてこれをキンギョソウなぞというのでしょう?」とエミルが聞きました。
「その花を
ポールおじさんはこの花の口を
「この口には上と下と二枚の
「すると、ゼニアオイやナシやアンズの
「くっついていようが、
「また
「
「
「どれにもこれにも五という数があるんですわね。
「花はいうまでもなくじつに
「そのつぎに
「
「
「この二つの
「
「
五九 果実
「あの人はこんなに
「こんどはニオイアラセイトウ(
「第一に、
「
「おじさんはこのあいだ、森の風で
「この六本の
「こんな小さな物にいろんな名があるんですね。
「なるほど小さいが、なかなか
「では、その名を
「ぼくだって
ポールおじさんはもう一度、話してやりました。ジュールとエミルとはおじさんについて、
「ナイフで花を二つに
「小さな
「この小さな
「いいえ。
「これがいまに、この草の
「ナシも、リンゴも、アンズも、モモも、クルミも、サクランボも、ウリも、イチゴも、ハタンキョウも、クリも、みんな
「ナシははじめは、ナシの花の
「そうだ。ナシも、リンゴも、サクランボも、アンズも、みんなきれいな花の
ポールおじさんはアンズの花を持ってきて、ナイフで
「花の
「あの小さな
「そうだ。あの
「ええ、なにもかも
「
クレールは、おじさんに言いつけられて
「パンになるこの
六〇 花粉
「さて、花のほかの部分が
「ところで、この力をつけてやるものは、
「こんどは、
「たいていの花には
「あまりいろいろと教えすぎたかもしれないが、わたしは、同じ木に
「
「イナゴマメはフランスのごく南のほうにできる。
「よくわかりましたよ、おじさん。が、
「それも教えてあげよう。だがその前に、もう一つほかの
「ナツメシュロは、イナゴマメと同じように、やはり
「ナツメシュロというのは
「それだよ。日に
「
「畑にある長いカボチャのツルが、もう花を
「カボチャは
「まだ花がよく開かないうちに、
「その
「そのおもしろい
「ああ、いいとも。
「わたし、ちょうどそのガーゼを持っててよ。
「ぼく、それをゆわえる
「さあ、行こうよ。
そしてヒバリのように
六一 ツチバチ
「
「また、ある花では、
「セキショウモは水の
「さあ、わかりませんね。
「ほかの
「
「自分のやっていることはわからないのだ。ただ、
「
「おじさんがガーゼでカボチャの花を
「そうだ。ああいう
「
「そんなことがあるものですか?」とクレールがいいました。
「あるかないか、おまえたちに見せてあげよう。このキンギョソウを見てごらん。この花は
「この
底本:
2000(平成12)年12月15日初版発行
底本の親本:
1923(大正12)年8月1日
入力:門田裕志、小林繁雄
校正:トレンドイースト
2010年7月31日作成
2011年1月17日修正
青空文庫作成ファイル:
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科学の不思議(七)
STORY-BOOK OF SCIENCEアンリイ・ファブル Jean-Henri Fabre
大杉栄、伊藤野枝訳
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[#5字下げ]五四 昼と夜[#「五四 昼と夜」は中見出し]
『いつかの雲雀のまはりで廻つてゐた薪の燃えてゐる炉のお話が何処かへ行つちやつたやうですね。』とクレエルが云ひました。
『さうぢやない。これで漸くその話のところまで来たんだ。吾々とは三千八百万里離れてゐる太陽が若し毎日地球を一周するものとしたら、一分間にどれ程走るか知つてゐるかい。十万里以上だ。しかし此の非常な早さもまだ何でもないのだ。今も云つたやうに、星は皆な吾々の太陽と同じ大きさの、そして又同じやうに光つてゐる太陽だ。たゞ、あまり離れてゐるので、ごく小さく見えるだけの事だ。その一番近いのでも、地球から太陽までの距離の三万倍もある。これが廿四時間で地球を一廻りするものとすると、一分間に十万里の三万倍だけ走らなければならない。では、その百倍も千倍も百万倍も遠くにあるほかの星が、皆なきつちり廿四時間で地球を一周するものとすると、どうなるだらう? それに又、太陽の非常に大きな事も考へなければならない。お前達は又、此の大きな太陽が、それに較べればほんの粘土の塊りに過ぎない地球のまはりを廻つて、非常な速さで空間を駈けながら、地球に光と熱を与へてゐるものと思へるだらうか。そして又、もつと遠くにある非常に大きな数千の他の太陽、即ち星が、皆なその距離に応じて速力を早めつゝ、毎日、此の小さな地球の周りを廻つてゐるものと思へるだらうか。そんな馬鹿な事はない。そんな事は串に差した鳥のまはりで、薪や、炉や、家を廻さうとするのと同じやうに理窟に合はない。』
『では、地球が廻つてゐるので、私たちも地球と一緒に廻つてゐるのですね。』とクレエルが又口を入れました。『そして此の運動のために、太陽や星は、ちやうど汽車で見た木や家と同じやうに、反対の方向に動くやうに見えるのですね。廿四時間で太陽が地球の東から西へ廻るやうに見えるのは、地球が廿四時間で西から東へ、自分で廻つてゐる証拠ですわね。』
『地球は太陽の前で、ちやうど独楽《こま》のやうに廻つて、次ぎ/\にその違つた処を太陽の光線にさらしてゐるのだ。その上、地球は廿四時間で自分が一廻転する傍ら、一ヶ年かゝつて太陽のまはりを廻るのだ。独楽が廻つてゐる時、ちやうどこれと同じ廻り方をする事がある。独楽が或る一点に立つた儘廻る時には、只ぐる/\自分が廻つてゐるだけだ。が、それを或る方法で投げ飛ばすと、これは私よりもお前達の方がよく知つてゐる事だが、独楽は自分も廻りながら地の上を円く歩き廻る。この場合には、此の独楽は地球の二重の運動をたゞ小さくやつてゐるだけの事だ。独楽がその軸で廻るのは地球が自分で廻つてゐるのと同じで、そしてそれが地の上を歩き廻るのは地球が太陽のまはりを廻るのと同じ事だ。
『お前達は地球の此の二重の運動に就いては、また次ぎのやうな方法でよく分る事が出来る。室の真ん中に一つの丸テーブルを置いて、そのテーブルの上に火のついた蝋燭を立てゝ、それを太陽だとする。それから、爪先きでぐる/\廻りながら、テーブルのまはりを廻るのだ。かうしてお前たちがテーブルのまはりを廻つて見れば、それが即ち地球の二重の運動になる。そして爪先きでぐる/\廻りながら、顔の方と頭の後ろの方とが次ぎ/\に蝋燭の光りに当るのを注意して御覧。一廻りする度に、一方の方は明るく別の方は陰になる。地球もこれと同じく、自分でぐる/\廻りながらその違つた表面を代る代る太陽に向けるのだ。その太陽に向いた方が昼で、その反対の側が夜だ。昼と夜とはかうして実に簡単に起る。廿四時間に一回地球は自分で廻る。此の二十四時間の間に昼と夜とが出来るのだ。』
『昼と夜と代る代るに来る理由がよく分りました。』とジユウルが云ひました。『太陽に向つてゐる地球の半分が昼で、その反対の側の半分が夜なんですね。しかし地球は自分で廻つてゐるのだから、いろんな国は代る代る太陽の方に向いたり、その陰になつたりするんでせう。すると、炉の前で廻つてゐた雲雀はそれと同じやうにそのからだの前と後とを代る/″\熱い方に向けるやうになる訳ですね。』
『誰でも火の方に向いてゐる雲雀の半分は昼で、残りの半分は夜だと云ふでせう。』とエミルが云ひました。
『けども、も一つ僕には分らない事があります。』とジユウルが云ひました。『若し地球が廿四時間毎に自分で一と廻りするんだとしたら、私達はその半分の時間の間地球と一緒に廻つて、そして逆さになつてゐなければならない筈でせう。今はかうして頭を上にして足を下にしてゐますが、もう十二時間経つと、こんどはその反対になつて、頭を下にして足を上にしてゐなければならぬのでせう。今は真直に立つてゐますが、その時には逆さになる筈でせう。そんな事になつても、どうして私達は妙な気持にならないのでせう。どうして落つこちないのでせう。』
『お前の云ふ事は本当だ。』とポオル叔父さんは答へました。『しかしそれはほんの少しだ。今から十二時間すれば、吾々は今とは逆さになる。今吾々が之を向けてゐる方へ頭を向ける事になる。だが、そんな風に逆さになつても、落つこちる心配もなく、又妙な気持になる事もちつともない。頭はいつでも上にあつて、空の方に向いてゐる。そして足はいつも下の方に、即ち地の方に向いてゐる。落ちると云ふ事は地面に跳び下りると云ふ事で、空中に跳び出す事ではない。で、地球がどんなに廻つても吾々はいつも地の上にゐて、足は地上に、頭は空を向いてゐて、何んの不快な事もなく、又落ちる心配もなしに、真直に立つてゐるのだ。』
『地球は早く廻りますか。』とエミルが尋ねました。
『二十四時間に一と回転する。そして一番長い旅をするのは真ん中の部分だが、そこは一時間に四千万メートル、即ち地球の周囲と同じ距離を走る。一秒間に四百六十二メートルだ。これは砲門を出た砲弾と殆んど同じ速さで、一番早い機関車の速度のほぼ三十倍に当る。山も野も海も、皆な一秒に十分の一里以上の素晴らしい速さで、絶えずぐる/\廻つてゐるのだ。』
『それでも私達には何にも動かないやうに見えますね。』とエミルが云ひました。
『吾々の乗つた汽車が非常な大速力で走つてゐる時、それが揺れさへしなければ、吾々はじつとしてゐるのだと思ふのだ。地球のそんなに速い運動も、ごく穏やかなのだ。星の動くのが見えなければ気がつくものでない。』
『では、軽気球に乗つて、うんと高く登つたら、地球の廻るのが下の方に見えるでせうね。』とジユウルが云ひました。『海も島も、大陸も国も、森も山も、その軽気球の上の人の眼の下に代る/″\一つづつ現れて来て、二十四時間のうちには地球をすつかり見る事が出来るでせうね。そしたら随分すてきな景色でせうね。ちつとも疲れない、随分面白い旅行でせうね。そして地球が一廻りしてもとの国に帰つたら、軽気球から降りて、旅が済むのです。廿四時間で場所を変へずに、世界中の見物が出来ますね。』
『さう、その通りだ。それは実にいゝ世界見物の方法だらうね。今吾々が居る此の場所に地球が廻るに従つてほかの人々が来るだらう。海や、遠い処の国や、雪を頂いた山が此処に来るだらう。そして明日は又、同じ時刻になると、我々が此処に帰つて来るだらう。今吾々が話ししてゐる此の杜松の木蔭の処には、まづ第一に、大西洋と云ふ海が来て吾々の話声の代りに波の大きな音が聞えるだらう。一時間も経たない中に此処は大海になつて了ふ。三段に大砲を並べた大きな軍艦が帆を上げて走つて来る。海がもう通り過ぎた。すると、こんどは北アメリカが来る。カナダの大湖水が来る。皮膚の赤いインヂアンが水牛を狩つてゐる涯しない大草原が来る。すると又海だ。大西洋よりは遙かに大きくて、それが通つて了ふには七時間もかゝる。毛皮を着た漁師が鯨を乾してゐる群島は何処だらう。カムチヤツカの南にある千島列島だ。が、それもやつと一目見たか見ない中に、もう過ぎ去つて了ふ。今度は顔の黄色い眼の斜めについた蒙古人や支那人が来る。それや随分珍らしいいろんなものが見える。しかし地球はどん/\廻つて行つて、もう支那も遠くへ行つて了つた。その次には中央アジアの沙漠と雲よりも高い山だ。韃靼人《だったんじん》の牧場には馬の群が嘶《いなな》いてゐる。鼻の平つたいコザツク人の住む、カスピアの草原が来る。南ロシア、オオストリア、ドイツ、スイスが来る。そして最後に又フランスが来る。さあ、早く降りやう。これで地球はもう一とまはり済んだのだ。
『いゝかい、砲弾のやうな速さで走る地球の此の目まぐるしい光景は、心の眼でだけ見る事が出来るんだよ。軽気球に乗つて空に昇ると、ジユウルが云つたやうに、地球が廻つて、陸も海も足下に通り過ぎるのが見えるだらうと思はれる。しかしそんな事は決してない。空気は地球と一緒に廻つて、軽気球も其の空気も一緒に廻るのだ。』
[#5字下げ]五五 一年と四季[#「五五 一年と四季」は中見出し]
『地球は自分で廻りながら、太陽のまはりを廻つて行くんだと云ひましたね。』とジユウルが云ひました。
『さうだ。其の一とまはりするのに三百六十五日かゝる。だから太陽のまはりを廻る間に、地球は自分で三百六十五回廻るのだ。そしてこの一まはりする間に過す月日が丁度一年になるんだ。』
『地球は自分が廻るには二十四時間の一日かゝつて、太陽のまはりを廻るには一年かゝるんですね。』とジユウルが云ひました。
『さうだ。お前が地球になつたとして、太陽の代りにランプを置いた丸テーブルのまはりを廻ると思つて御覧。お前がテーブルを一廻りするのが一年だ。そしてそれをもつと正確にやれば、テーブルを一と廻りする間に、三百六十五回|踵《きびす》でグル/\廻らなければならないのだ。』
『まるで地球が太陽のまはりで踊つてゐるやうなものですね。』とエミルが云ひました。
『あんまりいゝ比較ではないが、まあその通りだ。エミルはまだほんの子供だがよく分るね。一年は十二ヶ月に分れてゐる、それは一月、二月、三月、四月、五月、六月、七月、八月、九月、十月、十一月、十二月だ。月の長さのいろいろと違つてゐるのはちよつと厄介だ。或る月は三十一日づつあるが、他の月は三十日で、二月は年によつて二十八日と二十九日とある。』
『私はどの月が三十一日で、どの月が三十日か、随分迷つて了ひますわ。どうしたらそれが分るんでせうか。』とクレエルが云ひました。
『吾々の手に彫つた自然の暦はごく簡単にそれを教へてくれる。左の手で握拳《にぎりこぶし》を造つてごらん。すると、指のもとのところで拇指を除いたほかの四本の指は、一つづつ高いところと低いところと出来る。右手の人さし指で此の高いところと低いところとを代る/″\順番に先づ小指から始めて、指して見る。そして順々に一月、二月、三月と読んで行く。四本の指が済んだなら、又小指に帰つて、十二月まで読みつゞける。いゝかい。かうして読んで行つて、その高いところに当つた月は三十一日で、低いところに当つた月は三十日だ。尤も第一番目の低いところに当る二月は例外で、これは年によつて二十八日の事もあり、二十九日の事もある。』
『私やつてみるわ。五月は幾日あるか知ら。』とクレエルが云ひ出しました。『一月、二月、三月、四月、五月、あ、五月は節のところだから三十一日だわ。』
『それ御覧、わけないだらう』と叔父さんが云ひました。
『今度は僕だ。九月は幾日あるか知ら。』とこんどはジユウルがやつて見ました。『一月、二月、三月、四月、五月、六月、七月。さあ、今度はどうするんでしたつけねえ。もうこれで指がおしまひですよ。』
『又もとへ帰つて月の名をよみつづけるんだ。』とポオル叔父さんが教へてやりました。
『さつき始めた指からやり直すんですか。』
『さうだ。』
『八月すると節が二つ重なつて、七月と八月とは両方とも三十一日になるんですか。』
『さうだ。』
『もう一遍やり直しますよ。八月、九月、九月は三十日です。』
『何故二月は二十八日あつたり、二十九日あつたりしますの。』とクレエルが尋ねました。
『それはね、地球は太陽のまはりを廻るのに、きつちり三百六十五日かゝるのではないのだ。もう六時間ばかり余計かゝるのだ。で先づ此の六時間を一年の日数の中に加へずに置いて、そして四年目毎にそれを勘定して、その一日を二月の中に加へて、二十八日を二十九日とするんだ。』
『では三年の間は二月は二十八日づつあつて、四年目に二十九日あるのですね。』
『さうだ、二月に二十九日あつた年は、閨年《うるうどし》といふのだから覚えてお置き。』
『では四季といふのは?』とジユウルが尋ねました。
『お前達には少し難しいから分りにくいだらうがね、毎年地球が太陽のまはりを廻るのが、四季の原因にもなれば、夜と昼の長さの違ふ原因にもなるのだ。
『季節は三月づつ四季ある。春、夏、秋、冬がそれだ。大体、春は三月の二十日から六月の二十一日まで、夏は六月二十一日から九月二十二日まで、秋は九月二十二日から十二月二十一日頃まで、そして冬は十二月二十一日から三月二十日までだ。
『三月二十日と九月二十二日には、太陽は地球の端から端まで十二時間見えて、十二時間隠れる。六月二十一日は昼が一番長く夜が一番短いので、太陽は十六時間見えて、八時間隠れる。ごく北の方では、昼の長さが長くなつて、夜が短くなる。其処には此処よりも早く、朝の二時に日が上つて、夜の十時に日が沈む国がある。又、日の出と日の入りが全く一緒になつて今空の向うに日が没したと思つてゐるうちに、忽ち又上つて来る所がある。又、車の軸のやうに、ほかの所は廻つてゐるのに、そこだけは動かないでゐる、極地のところでは、太陽が沈まないで、六ヶ月の間夜中にも日中にも同じやうに太陽が見えると云ふ、不思議な光景を見られる。
『十二月の二十一日には、六月に起つた事の正反対な事が起る。太陽は朝八時に上つて、午後四時にはもう沈んで了ふ。八時間が昼で十六時間が夜なのだ。ずツと先の方に行くと十八時間、二十時間、二十二時間の夜がある所があつて、昼は六時間、四時間、二時間となつてゐる。極地の近所では、太陽はまるで姿も見せないで、昼明りは少しもなく、六ヶ月の間は日中の時間でも真夜中のやうに真暗になつてゐる。』
『昼が六ヶ月、夜が六ヶ月もある、そんな極地の国に住んでゐる人があるのですか。』とジユウルが聞きました。
『いや、あんまり寒さがひどいので、今日迄まだ誰れも極地まで行つたものはない。しかし多少極地に近い処には、人間の住んでゐる国がある。冬になると、葡萄酒や麦酒《ビール》やその他のいろんな飲み物が樽の中で凍つて了ふ。コツプの水を空中に投ると、それが雪になつて落ちて来るし、息をするとその水分が鼻の下で針のやうな霜になつて了ふ。海は深く凍つて、雪や氷の山のやうになつて、陸との見境がつかなくなる。幾月も幾月も太陽の姿は見えず、昼と夜との区別がない。と云ふよりも寧ろ、日中も夜中と同じ長い夜なんだ。しかし、天気のいい日にはその暗さはあまりひどくない。月と星の光が雪に映つて、物を見分ける位の薄明るさになる。そこの人達は此薄明るい中で、ごた/\と犬に引かせた橇に乗つて獲物を狩つて歩く。魚がその一番多い食べものになる。半分腐つた乾した魚や、鯨の腐つた脂肪などがその常食になつてゐる。火に焚く薪も矢張り魚で、それには鯨の骨だのいろんな脂肪だのを使ふ。そこには木と云ふものが無いのだ。どんなに丈夫な木でも、こんな寒いところには育たない。柳や樺は、地にはつてゐるいぢけた小さな灌木のやうになつて、ラプランドの南の端までしか生えてゐない。此のラプランドでは、穀物の中の一番丈夫な麦ももう生えないのだ。そしてそこから北にはもう木質の植物は何にも育たない。そして夏の間だけ、ほんの少しの草や苔が岩穴の中に大急ぎで生える。もつと北へ行くと、夏になつても雪や氷が溶けないで、土はいつも埋れてゐて、植物はまるで生える事が出来ない。』
『まあ、随分陰気な処ですね。』とエミルが云ひました。『もう一つお尋ねしますがね、叔父さん、太陽を廻るのに地球は速く走るのですか。』
『すつかり廻つて了ふのに一年かゝる。けれども太陽から三千八百万里も離れた長い道を廻るには、お前達の想像も出来ないやうな速力で走らなければならない。その速力は一時間に二万七千里だ。一番速い機関車でも一時間に十五里しか走れないのだ。』
『まあ、僕達が考へても分らないやうな重さの此の大きな地球が、そんなに速く此の空を走るのですか。』とジユウルが云ひました。
『さうだ。地球は心棒も台もないが、その自然に出来た立派な道を通つて、一時間に二万七千里の速さで空中を走つてゐるのだ。』
[#5字下げ]五六 ベラドンナの実[#「五六 ベラドンナの実」は中見出し]
悲しい話しが、家から家へ、村中広まりました。その話しと云ふのはかうです。
その日ルイは始めて半ヅボンを穿かして貰ひました。それにはポケツトとピカピカ光るボタンがついてゐました。新しい着物を着たルイはちよつと恥かしがりましたが、しかし大喜びでした。彼れは日に輝くボタンが大好きでした。そしてポケツトを幾度もひつくり返して、玩具が皆んな入るかどうか見てゐました。殊にその大得意なのは、いつも同じ時間を指してゐるブリキの時計でした。彼れよりも二つ年上の、兄のジヨセフもやはり大喜びでした。ルイはもう兄さんと同じ着物を着たので、兄さんは鳥の巣や苺のある森の中にルイを連れて行つてもいゝのでした。二人は、頸にかはいらしい小さな鈴をつけた、雪よりも白い一疋の小羊を持つてゐました。そして二人はそれを牧場へ連れて行くのでした。お弁当はバスケツトに詰めました。兄弟とも、遠くへ行つてはいけないと云つてくれるお母さんに、キツスしました。『よく弟に気をつけてね。』とお母さんはジヨセフに云ひました。『手を引いて行くんだよ。そして早く帰つて来るんですよ。』二人は出かけました。ジヨセフはバスケツトを持ち、ルイは小羊を曳いて行きました。お母さんも喜んで、いそ/\しながら、二人を戸口まで見送りました。子供等はお母さんを振り返つてはにつこりしながら、道の角を曲つて見えなくなりました。
二人は牧場に着きました。小羊は草の上で遊んでゐました。ジヨセフとルイとは蝶を追つかけて、高い木の生えた森の中に入つて行きました。
『ヤア、大きなさくらんぼ[#「さくらんぼ」に傍点]があるよ。大きくて黒くなつてらあ。さくらんぼ[#「さくらんぼ」に傍点]だよ。さくらんぼ[#「さくらんぼ」に傍点]だよ。取つてたべようよ。』と突然ルイが叫びました。
全く、暗い葉の低い木に、紫がかつた黒い大きな実がなつてゐました。
『此の桜の木は随分低いね。僕今までこんなのを見た事がないよ。木に登る世話もいらなければ、お前も新しいヅボンを破る心配もないね。』とジヨセフが答へました。
ルイはそれを一つちぎつて口に入れました。それは気のぬけたやうな、ちよつと甘味のあるものでした。
『このさくらんぼ[#「さくらんぼ」に傍点]はまだ熟してゐないんだよ。』と、ルイは吐き出しながら云ひました。
『これを食べて御覧。これはいゝよ。』ジヨセフはさう云つて、柔かいのを一つくれました。
ルイはそれを食べて見て、又唾を出してそれを吐き出しました。
『駄目だよ。ちつともうまくないや。』
『まづいつて。そんな事があるもんか。』ジヨセフはさう云つて、一つ食べて、又一つ、又一つと、五つ食べました。そして六つ目になつて、たうとう止しました。やつぱりうまくないのでした。
『さうだね。まだ熟してゐないんだよ。もう少し取らう。そしてバスケツトに入れて熟《う》れさしてやらう。』
二人は此の黒い実を二た掬ひほど取つて、また蝶を追つかけ始めました。そしてもうさくらんぼ[#「さくらんぼ」に傍点]の事は忘れて了ひました。
それから一時間ばかり経つてからの事です。シモンが驢馬を引つ張つて水車場から帰る途中、生垣の下に二人の子供が坐つて抱き合つたまゝ、大きな声で泣いてゐるのを見つけました。その傍には小羊が横になつて、悲しさうに鳴いてゐました。小さい方が、もう一人の方にかう云つてゐました。『兄さん。お起きよ、そしてもう家へ帰らうよ。』兄の方は立ち上らうとしましたが、足が激しく震へて立つ事が出来ません。弟は、『兄さん、兄さん、口を利いておくれよ、口を利いておくれよ。』と云ひますが、兄は目を大きく大きく見張つて、歯をガタ/\云はせてゐるだけです。『籃の中にもう一つ林檎があるよ。あれ欲しいかい。皆んな兄さんにあげるよ。』と弟は頬に涙を流しながら云ひました。が、兄は震へて、痙攣を起して硬くなつて、益々眼を大きく見据ゑるのでした。
丁度その時シモンがそこへ来合はせました。シモンは二人の子供を驢馬に乗せて、バスケツトを持ち、小羊を引いて、大急ぎで村へ帰りました。
二三時間前までは元気で、弟を連れていそ/\として出駈けて行つた可愛いジヨセフが、人事不省になつて死にかけてゐるのを見て、可哀さうにお母さんは胸が潰れさうでした。『まあ神様、此の子を助けて、私を殺して下さい。ジヨセフや。ジヨセフや。』お母さんは悲しさに狂はんばかりになつて、ジヨセフに抱きついてキツスしながら、堪えきれなくなつて泣き出しました。
医者が参りました。バスケツトに残つてゐるさくらんぼ[#「さくらんぼ」に傍点]と間違ひた黒い実が、此の事件の原因だと云ふ事が、直ぐ分りました。
『あゝ、ベラドンナ(西洋はしりどころ[#「はしりどころ」に傍点])だ。もう遅すぎるな。』と医者は私《ひそ》かに思ひながら、もう毒が大ぶめぐつてゐるので、とても効き目はあるまいと思ひましたが、とにかく薬をくれました。そして、実際、それから一時間ばかり経つてから、お母さんはベツドの傍に踞《ひざまず》いてお祈りをして泣いてゐました。子供の小さな手は、布団の中から引き出されて、冷くなつてお母さんの手に握られてゐました。それは最後のお別れでした。ジヨセフはもう死んだのです。
翌日、此の子供の葬式があつて、村中の人がそれへ行きました。エミルとジユウルとは悲しさうにして墓場から帰つて来ました。そして五六日といふもの、此の哀れな事件の起つた理由を、叔父さんに聞かうともしませんでした。
それ以来、ルイは美しいブリキの時計があつても、時々遊ぶのを止して、泣き出しました。ルイは、ジヨセフは遠い遠い処に行つて了つたので、今に帰つて来るだらうと教へられてゐました。で、時々尋ねます。『お母さん。兄さんは何時帰つて来るの。僕、一人で遊ぶのはもういやになつてよ。』お母さんはルイにキツスして、エプロンの端で顔を掩つては熱い涙を流します。『お母さんはジヨセフが大好きなんでせう、それに何故僕がジヨセフのことを聞くたんびに泣くの。』とルイは聞きます。お母さんはびつくりして、力《つと》めて泣くまいとはしますが、やはり涙が流れて来ます。
[#5字下げ]五七 有毒植物[#「五七 有毒植物」は中見出し]
可哀さうなジヨセフの死は村中をびつくりさせました。子供等が家を出で、野原にでも行くと、その帰つて来るまでは絶えず皆な心配しました。それは、子供の欲しがりさうな花や実をもつた、有毒植物があるからです。そして皆んなは、こんな恐ろしい出来事がないやうにするには、その危険な植物を知つて、それに気をつけるように、子供等に教へるのが一番好い方法だと思ひました。そして皆んながふだん尊敬してゐる物知りのポオル叔父さんのところへ行つて、近所にある有毒植物の話をして貰ふように頼みました。そこで、日曜の晩に、大勢の人がポオル叔父さんの家に集まりました。その中には、叔父さんの二人の甥と一人の姪と、ジヤツクお爺さんアムブロアジヌお婆あさんの外に、水車場からの帰り途で二人の哀れな子供を連れて戻つたシモンと、水車屋のジヤンと、百姓のアンドレーと、葡萄作りのフイリツプと、アントワヌだのマテエだの其他沢山の人がゐました。前の日に、ポオル叔父さんは村中歩き廻つて、その話さうと思ふ植物を集めて来てゐました。花や実のついた、いろんな有毒植物の大きな束が、テーブルの上の水入れに差してありました。
『皆さん。』と叔父さんは始めました。『あぶない事を見ないやうに目を閉ぢて、それで安全だと思つてゐる人があります。又、人間に害になる物のある事が分つて、それがどんなものだかを知らうとする人があります。あなた方は此のあとの方の人です。そして私はそれを嬉しく思ふのです。いろんな悪い事が我々を待ち設けてゐます。我々はそれをよく注意して、その害悪の数を少なくしなければなりません。さて、今吾々は、毎年その犠牲をつくる此の恐ろしい植物を知つて、それを避けると云ふ、此の大事な事が分らなかつたために、恐ろしい不幸な目に逢つて了ひました。若し此の知識がもつと広まつてゐたら吾々が今その死を悼《くや》んでゐるあの子供は、死なずに済んで、今猶そのお母さんのいとし子でゐる事が出来てゐたらうと思ひます。実にあの子供は可哀さうでした。』
雷が鳴つてさへ眉一つ動かさないポオル叔父さんの眼には、涙が溜つて、声は慄へてゐました。垣根の下で二人の子供が抱き合つてゐるのを見たシモンは、それを思ひ出して人一倍に深く感じました。彼れは日に焼けた痩せた頬に落ちてくる涙を隠さうとして、大きな帽子の縁を下ろしました。叔父さんはちよつと黙つて又話し出しました。
『あの子供はベラドンナで死んだのです。それは赤い鈴形の花を咲かせる可なり大きな草で、実は丸くて赤黒いさくらんぼ[#「さくらんぼ」に傍点]に似たものです。葉は卵形で縁がギザ/\になつてゐます。草全体が胸を悪くするやうないやな臭ひを放つて、毒を持つてゐるぞと云はんばかりの薄黒い色をしてゐます。其の実はちよつと甘い味を持つてゐてさくらんぼ[#「さくらんぼ」に傍点]に似てゐるので、殊に危険です。眼を大きくして、どこかを見詰めてゐるやうになつて、ぼんやりとなる、これがベラドンナの毒の特性です。』
ポオル叔父さんは水入れの中から、ベラドンナの小枝を取り出して、聴きに来た人々に廻してやりました。で、一人一人、手近にその草を見る事が出来ました。
『その名前は何と云ふのですつて。』とジヤンが訊きました。
『ベラドンナ。』
『ベラドンナ。なるほど。私はその草を知つてゐますよ。よく私は水車場の近所の日蔭にそれを見ました。その綺麗なさくらんぼ[#「さくらんぼ」に傍点]のやうな実に、そんな恐ろしい毒があらうとは思ひませんでしたよ。』
『ベラドンナつてどう云ふ意味ですか。』とアンドレイが尋ねました。
『それは美しい女といふイタリイ語です。昔し、女達はその肌を白くするのに此の草の汁を使つたものなんです。』
『そんな事は私なんぞの赤黒い肌には用のない事ですが、しかし子供の好きさうなその実は困つたものですね。』とアンドレイは顔をしかめました。
『これが牧場に生えたら、牛に危ない事はありませんか。』とこんどはアントニイが尋ねました。
『獣物は滅多に毒のある草木を食ひません。その臭ひで、殊に又本能のお蔭で、毒になるものはたべないです。
『もう一本の、此の大きな葉をした、そして外側が赤で、内側に白と紫の斑《むら》のある花の咲く、人の高さ程の大きな叢になる此の草はヂギタリス(狐尾草)と云ひます。花は長い鈴か、手袋の指先のやうな形をしてゐます。で、この特長に因んだ別な名があります。』
『それぢや、此の辺できつねのてぶくろ[#「きつねのてぶくろ」に傍点]と云ふのでせう。それなら森の廻りによく生えてゐますよ。』とジヤンが云ひました。
『花が手袋の指に似てゐるから、きつねのてぶくろ[#「きつねのてぶくろ」に傍点]と云ふのです。同じ理由から、この花は、ほかの所では、ノオトルダムの手袋[#「ノオトルダムの手袋」に傍点]だとか、マリアのてぶくろ[#「マリアのてぶくろ」に傍点]だとか、又指袋[#「指袋」に傍点]だとか云はれてゐます。ヂギタリスという名はラテン語で、指の形をした花と云ふ事です。』
『こんな綺麗な花に毒があると云ふのは可哀さうですね。庭にでも植ゑたらさぞいゝでせうに。』とシモンが云ひました。
『さうです。装飾植物として植ゑてもゐます。が、それはほかの庭とは厳重に区別してあります。ですが、皆さん、吾々には花の番をすると云ふやうなひまはないのですから、そんなものは植ゑない方がいゝのです。此の草はどこもかも毒です。心臓の動悸を緩めさせて、遂にはそれを止めると云ふ特性を持つてゐるのです。一体何時心臓が動悸を打たなくなるかと云ふ事は云ふ必要もないでせう。
『どくぜり[#「どくぜり」に傍点]はもつと/\危険です。その細かく裂けた葉は山にんじん[#「山にんじん」に傍点]や、オランダぜり[#「オランダぜり」に傍点]の葉とそつくりです。あまり好く似てゐるので、折々それに生命をとられる事があります。何故なら此の恐しい草は垣根や畑の中にまでも生えてゐます。しかし此の毒草とせり[#「せり」に傍点]やにんじん[#「にんじん」に傍点]のやうな野菜とを見分けるにはごく簡単に、その匂ひで分ります。手でどくぜり[#「どくぜり」に傍点]の根を擦つて、それを嗅いでみるんです。』
『あゝ、それやいやな匂ひがします。やまにんじん[#「やまにんじん」に傍点]やオランダぜり[#「オランダぜり」に傍点]にはそんないやな匂ひはありません。それさへ知つてゐたら間違ひつこはありませんよ。』とシモンが口を入れました。
『さうです。それを知つてゐれば間違ひはありません。が、さう云ふ事を知らない人には匂ひの事は分りませんね。しかし今晩あなた方は私の話をきいてそれが分つた筈です。』
『ポオルさん、あなたのお蔭で有毒植物の事がよく分りました。やまにんじん[#「やまにんじん」に傍点]の代りに、毒にんじん[#「毒にんじん」に傍点]を入れたサラダを造らないやうに、家に帰つたら、よくあなたに聞いた通り教へてやります。』とジヤンが云ひました。
『此のどくぜり[#「どくぜり」に傍点]には二通りあります。一つはおほどくぜり[#「おほどくぜり」に傍点]と云つて、湿つた処や、まだ耕やさない土地に生えるのです。これはやまにんじん[#「やまにんじん」に傍点]そつくりで、茎に黒か赤の斑があります。もう一つはこどくぜり[#「こどくぜり」に傍点]と云つてオランダぜり[#「オランダぜり」に傍点]そのまゝです。これは耕した土地や、庭や垣根に生えます。両方とも嘔《は》きたくなるやうないやな匂ひを持つてゐます。
『まだここにごく見分け易い毒草があります。それはオランダかいう[#「オランダかいう」に傍点]です。大抵は垣根に生えてゐます。葉は大変広くて槍の形をしてゐます。花は驢馬の耳のやうな恰好をしてゐます。そしてその花の底から、バタで作つた小指のやうなものが出てゐます。此の変な花に、やがてすばらしく赤い豆ほどの大きさの実がなります。此の草は何処もかも舌を焼くやうな堪らない味を持つてゐます。』
『ポオルさん。此の間家のリユシエンがそれでひどい目に逢ひましたよ。リユシエンが学校の帰りに、垣根の処で、今あなたが云つたやうな驢馬の耳のやうな花を見たんださうです。そしてその中の小指のやうなのがおいしさうに見えたんで、何んにも知らないもんだから先生食ひたくなつて、たうとうそれを食べたんですよ。すると、忽ち真赤に焼けた石炭を噛んだやうに舌が焼け出して、リユシエンは唾を吐き/\顔を顰《しか》めて帰つて来ましたよ。しかしもう今度はこりて食べないでせうよ。いゝ事に嚥み込んでゐなかつたものだから、翌くる朝は癒りましたがね。』とマテイユが云ひました。
『又、それに似た焼きつくやうな味は、たかとうだい[#「たかとうだい」に傍点]を切つた時に出る乳のやうな白い汁にもあります。たかとうだい[#「たかとうだい」に傍点]は何処にでもよくある草で、見かけのみすぼらしい草です。花は小さくてちよつと黄色で、此の草の頭の方に咲きます。この草は茎を切ると乳のやうな白い汁が沢山出るから直ぐ見分けがつきます。この汁は皮膚についても、皮膚が弱いと危いので、毒々しい焼けるやうな味がその特徴なのです。
『又、ヂギタリスに似たとりかぶと[#「とりかぶと」に傍点]は激しい毒を持つてゐるのですが、その花が美しいのでよく庭に植えます。此の草は丘陵地にあるのです。花は青か黄色のヘルメツト形で、見事に間を離れて咲きます。葉は光沢《つや》やかな緑色で四方に切れてゐます。此のとりかぶと[#「とりかぶと」に傍点]は大変な毒を持つてゐて、あまりその毒が強いので、犬の毒だとか、狼の毒だとか云はれてゐる程です。歴史を見ると、昔は矢だとか槍の先だとかにとりかぶと[#「とりかぶと」に傍点]の汁を塗つて、敵を殺したものださうです。
『往々又、冬になつても落ちない大きな光沢のある葉をした、黒い卵形の団栗《どんぐり》位の大きさの実のなる木を、庭に植えてあります。これはチエリイベイ(一種の月桂樹)です。その葉も花も実も杏や桃の核のやうな苦い匂ひを持つてゐます。このチエリイベイの葉はクリイムや牛乳に香ひをつけるために使ふ事があります。しかしこれは充分注意してやらないといけません。チエリイベイには酷い毒があるのです。ちよつとその木の陰に坐つてゐても、その苦い匂ひで気持が悪くなると云はれてゐる程です。
『又、秋になると、湿地に、薔薇色やライラツク色の大きな美しい花が、茎も葉もないまゝで沢山生えます。これは犬さふらん[#「犬さふらん」に傍点]と云ひます。寒い頃の夕方咲きます。地面を少し掘り下げると、此の花は樺色の皮をきた大きな球根が出てゐる事が分ります。これは毒草ですから、牛は決して食べません。球根にはもつと酷い毒があるのです。
『今日は余り沢山毒草の話しをしました。今日はもうこれで止しませう。そして次の日曜にはきのこ[#「きのこ」に傍点]の話をしませう。』
[#5字下げ]五八 花[#「五八 花」は中見出し]
前の日ポオル叔父さんが毒草の話をした時、皆んなはごく熱心に聞いてゐました。花の話をする時に、誰れがそれを聞かない人がありませう。が、ジユウルとクレエルとはもつと詳しくそれを聞きたいと思ひました。昨日叔父さんが見せてくれた花はどんな風に出来てゐるのか。その中にはどんなものがあるのか。又その花は植物にどんな用をするのか。庭の大きなたづのき[#「たづのき」に傍点]の下で叔父さんは次の話をし始めました。
『昨日お話したヂギタリスの花から始めやう。さあ、此処にその花が一つある。御覧の通り、ちやうど手袋の指先か、尖つた帽子のやうな形をしてゐる。エミルの小指位はその中に入つて了ふ。此の花は赤がかつた紫色をしてゐる。内側の方には白い縁のついた晴紅《とき》色の斑がある。そして此の花は五枚の小さな葉が輪になつたものへ真中から出てゐる。此の小さな葉もやはり花の一部分だ。これが集つて萼《がく》といふものを造つてゐるのだ。残りの赤い部分は花冠と云ふものだ。此の名は初耳だらうがよく覚えておくがいゝ。』
『花冠といふのは花の色のついた部分の事で、萼と云ふのは花冠の台になつてゐる小さな葉の輪の事です。』とジユウルが云ひました。
『大概の花は同じやうな袋を二つもつてゐて、その一つはもう一つの方の中に入つてゐる。此の外側の袋、即ち萼は殆どいつも緑色で、内側の袋即ち花冠は吾々を喜ばせる美しい色で飾られてゐる。
『此処にあるぜにあふひ[#「ぜにあふひ」に傍点]の萼は、やはり五枚の小さな葉で出来てゐて、五枚の大きな花冠は薔薇色をしてゐる。この花冠の一つ一つを花弁と云ふのだ。花弁が集つて花冠になるのだ。』
『ヂギタリスの花冠は一つの花弁もなくつて、ぜにあふひ[#「ぜにあふひ」に傍点]には五枚ありますね。』とクレエルが云ひました。
『ちよつと見るとさうだが、気をつけて見ると両方とも五枚あるのだ。どの花でも殆ど皆な、蕾の中で花弁が一つにかたまつて了つて、一枚の花弁としか見えない花冠になるものだ。しかし、大てい、そのかたまつた花弁が花の端の方でちよつと割れてゐて、そのギザ/\で何枚の花弁が一つになつたのか分る。
『此の煙草の花を見てごらん。この花冠はちよつと見ると一枚の花弁で出来た樽形の煙出しのやうな形をしてゐるだらう。しかし、花の端の方が五つの同じやうな部分に分れてゐる。で、煙草の花にもぜにあふひ[#「ぜにあふひ」に傍点]と同じやうに五枚の花弁があるのだ。たゞその五枚の花弁が、一つ一つはつきりと分れてゐないで、煙出しのやうな形に一つにかたまつて了つたのだ。
『花弁が一つ一つはつきりと分れた花冠は複弁花冠と云はれてゐる。』
『ぜにあふひ[#「ぜにあふひ」に傍点]のやうなのがさうなんですね。』とクレエルが尋ねるやうに云ひました。
『梨や、杏や、苺もさうだよ。』とジユウルが附け足して云ひました。
『ジユウルはまだあの綺麗な三色|菫《すみれ》や普通の菫の事を忘れてゐますね。』とエミルが云ひました。
『花弁が一つにかたまつてゐる花は単弁花冠といふのだ。』とポオル叔父さんが云ひました。
『例へばヂギタリスやたばこ[#「たばこ」に傍点]がさうですね。』とジユウルが云ひました。
『垣根に生えてゐる、綺麗な風鈴草もさうですね。』とエミルが云ひました。
『こゝにあるきんぎよさう[#「きんぎよさう」に傍点]の花も、やはり五つの花弁が一つになつてゐる。』
『どうしてこれをきんぎよさう[#「きんぎよさう」に傍点]なぞと云ふのでせう。』とエミルが聞きました。
『その花を圧《お》すとちやうど金魚のやうに口をぱく/\開けるからだ。』
ポオル叔父さんは此の花の口を開けてみせました。指で圧すと、噛みつくやうに口を開けたり閉ぢたりします。エミルはじつとそれを見つめてゐました。
『此の口には上と下と二枚の唇がある。よく見ると上唇は二つに割れてゐる。それが二枚の花弁だと云ふ事が分り、下唇は三つに分れてゐて、三枚の花弁だと云ふ事が分る。だから、きんぎよさう[#「きんぎよさう」に傍点]の花冠は一枚のやうに見えるが、実際は五枚の花弁がくつついてゐるのだ。』
『すると、ぜにあふひ[#「ぜにあふひ」に傍点]や梨や杏の花弁は一つ一つ離れてゐて、ヂギタリスやきんぎよさう[#「きんぎよさう」に傍点]やたばこ[#「たばこ」に傍点]の花弁は一つになつてゐると云ふ違ひがあるだけで、ぜにあふひ[#「ぜにあふひ」に傍点]も、梨も、杏も、ヂギタリスも、たばこ[#「たばこ」に傍点]も、きんぎよさう[#「きんぎよさう」に傍点]も皆んな花弁は五つあるんですね。』とクレエルが云ひました。
『くつついてゐやうが、離れてゐやうが、とにかく花弁が五枚の花はほかにも沢山ある。』とポオル叔父さんは話しつづけました。
『また萼の話に戻らう。萼を造つてゐる五枚の緑の葉は萼片と云ふのだ。今見た花はどれも五枚の萼片を持つてゐる。ぜにあふひ[#「ぜにあふひ」に傍点]にも五つ、たばこ[#「たばこ」に傍点]にも五つ、ヂギタリスにも五つ、きんぎよさう[#「きんぎよさう」に傍点]にも五つある。花弁と同じやうに、萼の各部分即ち萼片も、別々になつたまゝのものと、一つにくつついたものとあるが、どれもその数がちやんと分るやうになつてゐる。
『萼片がはつきり分れてゐるものは複状萼と云ふ。ヂギタリスやきんぎよさう[#「きんぎよさう」に傍点]はさうだ。
『萼片のくつついて一つになつた萼は単状萼と云ふので、たばこ[#「たばこ」に傍点]の花の萼がそれだ。五つのギザ/\があるから、誰れでもこれは五枚の萼片が一つにくつついたんだと云ふ事が分る。』
『どれにもこれにも五といふ数があるんですわね。』とクレエルが云ひました。
『花は云ふまでもなく実に美しいものだが、又不思議な構造に出来てゐる。どの花もちやんとした規則で作つたやうに、数がきまつてゐる。そして五の数で出来てゐるのが一番普通なんだ。だから今朝調べた花にはどれも五つの花弁と五つの萼片とがあるのだ。
『その次ぎに普通なのはその数だ。それはチユウリツプや、百合や、谷間の姫百合のやうな膨らんだ花がさうだ。これらの花には緑色の萼はなくて、内側に三枚外側に三枚、都合六枚の花弁で出来た花冠があるのだ。
『萼と花弁とは花の着物で、寒さを防ぐのと、人の眼を喜ばせるのと、二重の用をする。外側の着物の萼は、粗末な色をした丈夫なもので、悪い気候に堪えるやうに出来てゐる。そして蕾を保護して、それを暑さや寒さや雨に当てないやうにする。薔薇やぜにあふひ[#「ぜにあふひ」に傍点]の蕾を見て御覧、五枚の萼片が一つになつて、しつかりと蕾を包んでゐる。雫一つ中に浸みこませない程確りとくつついてゐる。花の中には、夜の寒さに当てないやうにするために、夕方になると萼が蕾《つぼ》んで了ふのもある。
『内側の着物、即ち花冠は綺麗な色をした地で美しい形になつてゐる。花は吾々の婚礼服のやうなものだ。これが一番吾々の眼を引きつけるものだから、吾々は花冠が花の一番大事な部分だと思ふが、実は附けたりのお飾りに過ぎないのだ。
『此の二つの着物の中では、萼の方が大事なものだ。花冠のない花は沢山あるが、萼のない花はない。花冠のない花は目にとまらないので、吾々はそれを花の咲かない木だと思ふ。が、それは間違ひだ。どんな草木にも花は咲くのだ。
『柳や、樫や、白楊や、松や、ぶな[#「ぶな」に傍点]や、小麦や、其他のいろんな植物には花がないやうですね。僕見た事がありませんよ。』とジユウルが尋ねました。
『柳や樫やその他の木にも花は咲くのだ。たゞ、花が小さくて花冠が無く、あまりその花が目立たないので、吾々が気づかないだけの事だ。これには例外といふものは無い。どんな植物にも花は咲く。』
[#5字下げ]五九 果実[#「五九 果実」は中見出し]
『あの人はこんなに着て居るとか、あんなに着てゐるとか、云ふだけでは、その人を知つてゐるとは云へない。花は萼と花冠の着物を着てゐると云ふ事が分つたところで、まだ花を知つてゐるとは云へない。此の着物の下に何にがあるのか。
『こんどはにほひあらせいとう[#「にほひあらせいとう」に傍点](丁子《ちょうじ》の一種)の花を調べてみやう。此の花には四枚の萼片で出来た萼と、四枚の黄色い花弁で出来た花冠とがある。此の八つのものを取り捨てゝ了ふ。すると、その後に残つたものが大事な部分で、花には出来ぬ役目をするもので、これが無くては花はもうその花として、役目を果す事の出来ない、何んの用もないものになる。それで此の残つた物をよく調べやう。
『第一に、黄色い粉が一杯はいつた袋を持つた、六本の小さな白い棒がある。此の六本の棒は雄蕋《ゆうずい》と云ふのだ。雄蕋はどの花にも必ずいくつかある。にほひあらせいとう[#「にほひあらせいとう」に傍点]にはそれが六本あつて、長い方の四本は対になつてゐて二本は短い。
『雄蕋の頭についてゐる二つ重なつたやうな袋は葯《やく》と云ふのだ。そしてその袋の中にはいつてゐる粉は花粉と云ふのだ。丁子や百合や、其他大抵の植物の花粉は黄色だが、美人草《ひなげし》のは灰色をしてゐる。』
『叔父さんは此の間、森の風で吹き上げられた花粉の雲が、硫黄の雨のやうに見えると話して聞かせましたね。』とジユウルが云ひました。
『此の六本の雄蕋も取つて了ふ。こんど残つたのは、底が脹れて、上の方が小さくなつて、頭の上は粘々したもので湿《ぬ》れてゐる。これは雌蕋《しずい》と云つて、底の脹れたところを子房と云ひ、頭の粘々した処は柱頭といふのだ。』
『こんな小さな物にいろんな名があるんですね。』とジユウルが云ひました。
『なる程小さいが、仲々大事なものなんだ。此の小さいものが、吾々の毎日のパンになるのだ。此の小さなものが、不思議な仕事をしてくれなかつたら、吾々は飢死をして了ふかも知れない。』
『では、その名を忘れないやうにしませう。』とジユウルが云ひました。
『僕だつて忘れませんよ。が、もう一遍話して下さい。随分難しいものです。』とエミルが云ひました。
ポオル叔父さんはもう一度話してやりました。ジユウルとエミルとは叔父さんについて、雄蕋、花粉、雌蕋、子房、柱頭を繰返して云ひました。
『ナイフで花を二つに割つて見やう。さうすると子房の中の方が分るからね。』
『小さな種子が二つの室に行儀よく並んでゐますよ。』とジユウルが云ひました。
『この小さな種子は何だか知つてゐるかね。』
『いゝえ。』
『これが今に、此の草の種子になるのだ。子房は種子が出来る所なんだ。時期が来ると花は枯れて了ふ。花弁が萎んで落ちて、萼も落ちる。或は、萼たちは暫くの間生き残つて、保護者の役目を果してから落ちる。雄蕋は乾いて離れて了つて、後にはたゞ子房だけが残る。そして子房はだん/\大きくなつて、熟して、最後に実となるのだ。
『梨も、林檎も、杏も、桃も、胡桃も、さくらんぼ[#「さくらんぼ」に傍点]も、瓜も、苺も、はたんきやう[#「はたんきやう」に傍点]も、栗も、皆んな雌蕋の底の膨れた所が大きくなつたものだ。そして、吾々のたべ物になるやうに木が造つてくれるものは皆初めは此の子房だつたのだ。』
『梨は初めは梨の花の子房だつたのですか。』
『さうだ。梨も、林檎も、さくらんぼ[#「さくらんぼ」に傍点]も、杏も、皆んな綺麗な花の子房が大きくなつたのだ。では、杏の花を見せてあげやう。』
ポオル叔父さんは杏の花を持つて来て、ナイフで割つて子供等にその中を見せました。
『花の中央に、雄蕋に取り巻かれた雌蕋があるだらう。その頭の方にあるのが柱頭で、底の方に膨れたのは、今に杏になる子房なんだ。』
『あの小さな緑色のが、僕の大好な、おいしい汁の出る杏になるんですか。』とエミルが訊きました。
『さうだ。あの緑色のが、エミルの大好な杏になるのさ。お前達はパンになる子房を見たいと思ふかね。』
『えゝ、何もかも珍しいもの許りですよ。』とジユウルが答へました。
『珍らしいどころか、大事な事だよ。』
クレエルは叔父さんに云ひつけられて針を持つて来ました。非常に念を入れて、叔父さんは花の一ぱいに咲いた麦の穂から、その一つだけ取り離しました。
『パンになる此の尊い草はお化粧をする事を考へるひまがないんだ。世界中の人間を養ふと云ふ大事な仕事があるんだからね。で、こんな粗末な着物を着てゐるんだ。萼と花冠の代りに、ごく粗末な皿のやうなものが二枚あるだけだ。二つに重なつたやうな袋を持つた三本の雄蕋が下に垂れてゐるだらう。此の花の大事な所は樽形の子房で、これが熟したら一粒の小麦になるのだ。その柱頭の上にはごく細い二つの羽がついてゐる。お前達は、吾々を生かしてくれる此の飾気のない小さい花をよく見てお置き。』
[#5字下げ]六〇 花粉[#「六〇 花粉」は中見出し]
幾日かすると、又どうかすると二三時間のうちに、花は萎んで了ふ。雄蕋も雌蕋も萼も枯れて了ふ。そしてたゞ一つ後に残るのは、実になる子房だけだ。
『さて、花のほかの部分が枯れ落ちる時にも、後まで生き残つて、茎にくつついてゐる此の子房は、花の一番勢ひのいゝ時に、新しい生命とも云ふべき力をつけられるのだ。そして花冠は、その美しい色と匂ひとで、子房が此の新しい力をつけられる大事な時をお祝ひする。それが済んで了ふと、花はもうその役目を終つたのだ。
『ところで、この力をつけてやるものは、雄蕋の黄色い粉、即ち花粉で、これがなかつたら、種子は子房の中で死んで了はなければならない。花粉はいつも粘々した柱頭に落ちる。そして此の柱頭から子房の奥の深くの方にまではいつて行く。かうして、新しい力をつけられて勢ひづいた種子は急に発育して、子房はそれに応じて膨れてゆく。此の不思議な仕事の最後の結果が、やがて新しい芽を出す種子を持つた実になるのだ。
『こんどは、花粉が柱頭に落ちると云ふ事が、何故子房を実にする一番大事な事か、と云ふ事を話して上げやう。
『大抵の花には雄蕋と雌蕋の両方がある。今まで見た花は皆さうだつた。だが、中には、或る花には、雄蕋だけあつて、別な花には雌蕋だけあるのがある。又中には、同じ木に、雄蕋だけの花と、雌蕋だけの花とあるものがある。また中には、雄蕋を持つた花も、雌蕋を持つた花も、別々な木に咲くのがある。
『余りいろ/\と教へ過ぎたかも知れないが、私は、同じ木に、雄蕋だけを持つた花と、雌蕋だけを持つた花とが咲くのは、雌雄同株の植物と云ふのだと云ふ事を教へてあげたいのだ。此の言葉は「同じ家に住んでゐる」と云ふ事だ。つまり、雄蕋だけの花と、雌蕋だけの花とが、同じ木に咲くところから、一つ家に住んでゐると云ふわけだ。南瓜、胡瓜、瓜などは雌雄同株の植物だ。
『雄蕋を持つた花と、雌蕋を持つた花とが別々な木に咲く植物は雌雄異株の植物、即ち、別々な家に住む植物と云ふのだ。こんな木には、子房と花粉とは同じ木にはないのだ。いなごまめ[#「いなごまめ」に傍点]、なつめしゆろ[#「なつめしゆろ」に傍点](海棗《うみなつめ》)、あさ[#「あさ」に傍点]などは雌雄異株植物だ。
『いなごまめ[#「いなごまめ」に傍点]はフランスのごく南の方に出来る。実は豆と同じやうな莢に入つてゐるが、樺色で長くて肥つてゐる。そして実は大変に甘い。若し、気候がよくて、いなごまめ[#「いなごまめ」に傍点]が此辺の畑にも生えるものだとしたら、吾々はどのいなごまめ[#「いなごまめ」に傍点]を植えたらいゝだらう。勿論それは雌蕋のある方だ。何故なら、それには実になる子房があるのだ。しかしそれだけでは足りない。それだけを植ゑたのでは、雌蕋のあるいなごまめ[#「いなごまめ」に傍点]は年々花は開くが少しも実を結ばない。といふのは、枝に子房一つ残さずに花が散つて了ふからだ。では、何にが必要なのか? それには花粉の仕事が必要なのだ。雌蕋のあるいなごまめ[#「いなごまめ」に傍点]の傍に、雄蕋のあるいなごまめ[#「いなごまめ」に傍点]を植えてみる。こんどは望み通り実を結ぶ。風と昆虫とが雄蕋から柱頭へ花粉を運ぶ。すると、眠つてゐた子房が生き上がつて、莢はだん/\大きくなつて熟して行く。花粉があつて実が出来、花粉がなければ実は出来ないのだ。ジユウル、分つたかい。』
『よく分りましたよ、叔父さん。が、残念な事に私はいなごまめ[#「いなごまめ」に傍点]を知りません。此の辺にあるものを何にか教へて下さいよ。』
『それも教へてあげよう。だがその前に、もう一つほかの例を話さう。
『なつめしゆろ[#「なつめしゆろ」に傍点]は、いなごまめ[#「いなごまめ」に傍点]と同じやうに、やはり雌雄異株植物だ。アラビア人はその実を取らうと思つてなつめしゆろ[#「なつめしゆろ」に傍点]を栽培する。――アラビア人には此のなつめしゆろ[#「なつめしゆろ」に傍点]が主なたべ物なのだ。』
『なつめしゆろ[#「なつめしゆろ」に傍点]といふのは乾かして箱詰めにしてある大変おいしい長い果物ですね。この間の縁日でトルコ人がそれを売つてゐましたつけ。核は長くつて、縦に裂けてゐますね。』とジユウルが云ひました。
『それだよ。日に焼けた砂原だらけの、なつめしゆろ[#「なつめしゆろ」に傍点]の生える国では、水のある肥えた土地は少い。そして此の水のある肥えた所はオアシスと云ふのだ。アラビア人は出来るだけよく此のオアシスを利用しなければならない。で、アラビア人は実の出来る雌蕋のあるなつめしゆろ[#「なつめしゆろ」に傍点]だけをそこに植える。そして花の咲く頃になると、雄蕋を持つた野生のなつめしゆろ[#「なつめしゆろ」に傍点]の林を探しに遠くまで出かけて行つて、その花粉を畑に撒く。かうしなければ、実は出来ないのだ。』
『子房も大事だが、花粉もやはり大事なんですね。叔父さん。花粉がなければ、なつめしゆろ[#「なつめしゆろ」に傍点]を食べる事も出来ず、杏も桃も食べられないのですね』とエミルが云ひました。
『畑にある長い南瓜の蔓が、もう花を咲きかけてゐるだらう。あれで次のやうな実験をしてごらん。
『南瓜は雌雄同株の植物だ。即ち、雄蕋の花と、雌蕋の花とが同じ一本の木にある。花がまだ十分開かない中に、その区別はよく分る。雌蕋のある花は、その花冠の下に、胡桃位の大きさの膨らみを持つてゐる。これが南瓜になる子房なのだ。雄蕋のある花には此の膨らみはない。
『まだ花がよく開かない中に、雄蕋のある花を皆な切り捨てゝ、雌蕋の花だけを残して置く。そして猶念のために、それを小さなガアゼの片で包んで置く。その包みの大きさは花が十分開ける位にしておくのだ。さうすると、どうなるか分るかい。雄蕋のある花は切り捨てゝある上に、包んだガアゼの袋が近所の庭から来る昆虫を近寄らせないので、花粉を受ける事が出来なくなつて、雌蕋のある花は暫く咲いただけで萎んで了ふ。そして南瓜は一つもならない。
『その反対に、ガアゼの袋をかぶせて雄蕋の花と遠ざけた、そのどの花にでも、南瓜をならせやうとするにはどうしたらいゝか。それは、指の先に花粉を取つて来て、それを雌蕋の花の柱頭に塗りつけてやるのだ。それだけの事で、南瓜は立派に実のる。』
『その面白い実験をやつてみてもいゝんですか。』とジユウルが訊きました。
『あゝいゝとも。』
『私、ちやうどそのガアゼを持つてゝよ。』とクレエルが叫びました。
『僕それを結える紐を持つてらあ。』とエミルが云ひました。
『さあ、行かうよ。』とジユウルは急き立てました。
そして雲雀のやうに騒いで、三人の子供は実験の用意をしに庭の方へ駈け出しました。
[#5字下げ]六一 土蜂[#「六一 土蜂」は中見出し]
花粉のある花は切り落されて、子房のついた花はガアゼで別々に包まれました。毎朝子供等は花の咲くのを見に行きました。そして切り落した花の花粉を、雌蕋のある四つ五つの花の柱頭にふりかけました。すると、果して叔父さんの云つた通りになりました。柱頭に花粉をつけられた子房は南瓜になつて、つけられない花は膨れずに萎んで了つたのです。此の真面目な研究であり、且つ面白い楽しみになつた実験の間ぢう、叔父さんは花の話をつづけて居りました。
『花粉はいろんな方法で柱頭につく。或は高い雄蕋の上から低い雌蕋に、自分の重さで落ちる。又、風が花を動かし、雄蕋の粉を柱頭につけてやつたり、ほかの子房のところへ遠方まで運んでやる事がある。
『又、或る花では、雄蕋が自分で動いてその役目を果すのがある。雄蕋が代りばんこに曲つて、その粉袋を柱頭に擦りつける。それが済むと、緩々《ゆるゆる》と起き上つて、こんどはほかの雄蕋がそれをやる。ちやうど王様の足許にいろんな家来が捧げ物を供へるやうな恰好だ。それが済んで了ふと、雄蕋の仕事はもう終つた事になる。花が散ても、子房は種子を育て始めるのだ。
『せきしようも[#「せきしようも」に傍点]は水の底に生える草だ。これはフランスの南の方の川に沢山生えてゐて、葉は細い緑色のリボンに似てゐる。此の草は雌雄異株、即ち雄蕋のある花と、雌蕋のある花とが、別々の木に咲く。雌蕋のある花は長いそしてしつかりと螺線状に巻いた茎のさきに咲いてゐて、雄蕋のある花はごく短い茎についてゐる。水の中では、流れが花粉を流して了つて柱頭につくのを邪魔するので、花粉が子房のところへ行く事が出来ない。そこで、せきしようも[#「せきしようも」に傍点]は、水面に出して空中でその花を開かうとする。それは雌蕋の花には直ぐに出来る。その縮んだ茎を伸して水の表面に出さへすればいゝ。が、短い茎を持つて底の方に咲いてゐる雄蕋の花はどうするのだらう。』
『さあ、分りませんね。』とジユウルが答へました。
『他の助けを借らないで、自分の力で、その花は茎から放れて、雌蕋の花に逢ひに水面へ上つて行くのだ。そしてその小さな白い花冠を開いて、その花粉を風や昆虫に柱頭のところへ持つて行つて貰ふのだ。それが済むと、その花は枯れて流れに流されて了ふ。雌蕋の花は、かうして花粉をつけられると、再び縮んで底の方へ沈んで行つて、そこでゆつくりとその子房を熟させる。』
『奇体ですねえ、叔父さん。その小さな花は自分で分つてそんな事をしてゐるやうですね。』
『自分のやつてゐる事は分らないのだ。たゞ、機械的に、さうしてゐるだけの事だ。まだ、もつと面白い事があるよ。それはきんぎよさう[#「きんぎよさう」に傍点]だ。
『昆虫は花の媒介者《なこうど》だ。蠅も、胡蜂も、蜜蜂も、土蜂も、甲虫も、蟻も、皆雄蕋の花粉を柱頭に運んでやる助太刀をする。虫は皆な、花冠の底にある蜜に誘はれて、花の中に潜り込む。そして蜜を取らうとして、雄蕋を揺《ゆす》ると、そのからだに花粉がくつつく。虫はそれを運んで花から花へと飛ぶのだ。土蜂が花粉だらけになつて花から出て来るのは誰れでも見る事だ。此の花粉のついた毛だらけの腹は、かうして花から花へと飛んでゐる間に雌蕋の花の柱頭に触つて、そこへ新しい生命を伝へるのだ。春になると花の咲き盛つた桃の木に、蠅や蜂や蝶の群が、ぶん/\唸りながら忙しさうに飛び廻つてゐる。あれは三重の用をしてゐるのだ。昆虫は花の底から蜜を持つて来る。木はそのおかげで子房が活き出す。そして人間も亦、そのおかげで、沢山の実をとる事が出来る。かうして昆虫は一番よく花粉を配り廻つてくれる。』
『叔父さんがガアゼで南瓜の花を包ませたのは、近所の庭から、昆虫が花粉を持つて来るのを防ぐためだつたんですね。』とエミルが尋ねました。
『さうだ。あゝ云ふ設備をしておかないと、遠くの方から昆虫が飛んで来て、ほかの南瓜にあつた花粉をぬりつけて、此の南瓜の実験が駄目になつて了ふからね。それもほんの少しの花粉でいゝんだ。僅か一粒でも二粒でも、それで子房は十分活きて来るのだから。
『昆虫を引きつけるために、あらゆる花はその花冠の底に、蜜と云ふ甘い汁が入つてゐる。此の汁で蜂は蜂蜜を作るのだ。深い煙突のやうな形をした花冠の中から此の蜜を吸ひ出すのに、蝶は長い喇叭《ラッパ》のやうな管を持つてゐる。休んでゐる時には、蝶はそれを螺線のやうに巻いてゐるが、甘い汁を吸ひたくなると、それを伸して錐のやうに花の中に差し込む。昆虫には此の蜜は見えないのだが、そのありかはよく知つて直ぐ探し出す。が、花によつては非常に厄介なのがあつて、どこもかも堅く閉されてゐるのがある。そんな時には、どうしてその蜜に届く入口を探し出すのだらう。そんな花には、此処から入れといふ或るしるしがあるのだ。』
『そんな事があるものですか。』とクレエルが云ひました。
『あるかないかお前たちに見せてあげよう。此のきんぎよさう[#「きんぎよさう」に傍点]を見てごらん。此の花は堅く閉ぢて、二枚の唇の間が塞つてゐる。色は紫がかつた赤だが、下唇の中頃に明い黄色の大きな斑《ほし》がある。これが今云つたしるしで、よく目につくやうになつてゐる。此のしるしが、此処は鍵穴だよと云つてゐるのだ。
『此の斑を小指で押してごらん。そら、直ぐ花が口を開けるだらう。こゝが秘密の鍵のある所なのだ。お前たちは、土蜂はそれを知らないと思ふだらう。ところが、庭で見てゐると、蜂が此の花の秘密をよく知つてゐる事が分る。蜂がきんぎよさう[#「きんぎよさう」に傍点]のところに来ると、必ず此の黄色い斑に止つて、決してほかの所には止らない。そして戸が開くと入つて行く。蜂は花冠の中へ潜り込んで花粉をからだにつける。そして此花粉を柱頭につけるのだ。かうして汁を吸ふと又飛び出して、他の花へ飛んで行く。』(つづく)
底本:
2000(平成12)年12月15日初版発行
底本の親本:
1923(大正12)年8月1日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」
※ルビは新仮名とする底本の扱いにそって、ルビの拗音、促音は小書きしました。
入力:門田裕志、小林繁雄
校正:トレンドイースト
2010年7月31日作成
2011年1月17日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
*地名
(※ 市町村名は、平成の大合併以前の表記のまま。一般的な国名・地名などは解説省略。- 北アメリカ
- カナダ
- カムチャツカ カムチャツカ半島。(Kamchatka)ロシア東端の太平洋に突出した半島。東はベーリング海、西はオホーツク海に面し、千島海峡を隔てて千島列島のシュムシュ島と対する。28の活火山を含む160以上の火山がある。長さ約1200キロメートル。最高地点はクリュチェフスキー火山(標高4750メートル)。
- 千島列島 ちしま れっとう 北海道本島東端からカムチャツカ半島の南端に達する弧状の列島。国後・択捉(以上南千島)
、得撫・新知・計吐夷・羅処和・松輪・捨子古丹・温祢古丹(以上中千島) 、幌筵・占守・阿頼度(以上北千島)など。第二次大戦後ロシア(旧ソ連)の管理下にある。クリル列島。 - 中央アジア ちゅうおう- ユーラシア大陸中央部の乾燥地帯。西はカスピ海、北はシベリア平原、東はアルタイ山脈、南はヒンズークシ・崑崙両山脈に囲まれた、パミールを中央とする地域をさす。古代から遊牧とオアシス農業、シルクロードによる隊商の中継貿易が行われ、数多くの国家が交替。現在は中国の新疆ウイグル自治区・カザフスタン・ウズベキスタン・キルギス・トルクメニスタン・タジキスタンの五か国、アフガニスタンの北部とに分かれる。
- カスピア
- 南ロシア
- オーストリア
- ドイツ
- スイス
- フランス
- ラップランド Lapland スカンディナヴィア半島北部のほぼ北極圏内にある地方。ラップ人居住地域。ノルウェー・スウェーデン・フィンランド各国の北部からロシアのコラ半島までを含み、ツンドラやタイガが大部分を占める。世界遺産。
◇参照:Wikipedia、
*難字、求めよ
- 軽気球 けいききゅう 気球に同じ。
- 杜松 ねず ヒノキ科の常緑針葉樹。東アジア北部に分布し、西日本に自生。庭木、特に生垣に栽植。高さ1〜10メートル。樹皮は赤みを帯びる。葉は3個ずつ輪生。春、雌雄の花を異株に生じ、紫黒色の肉質の球果を結ぶ。これを杜松子と称して利尿薬・灯用とする。ヨーロッパ産の実はジンの香り付けに用いる。材は建築・器具用。ネズミサシ。古名、むろ。
- インディアン Indian → アメリカ‐インディアン
- アメリカ‐インディアン American Indian (ヨーロッパ人が、インド人だと考えたことから) 南北アメリカ大陸先住民の総称。言語・文化には地方的な差が大きいが、すべて最終氷期に当時陸続きだったベーリング海峡を経てアジア大陸から渡来した人びとの子孫。現在はネイティブ‐アメリカンと呼ばれる。
- モンゴル人 モンゴル族(蒙古族)。
- シナ人 支那人。中国人の呼称として用いられた語。
- 中国人 ちゅうごくじん 中国国籍を有する人。中国を構成する漢民族を中心として五〇あまりの民族を含めての総称。
- タタール Tatar (1) だったん(韃靼)。(2) タタルスタン。
- 韃靼 だったん モンゴル系の一部族タタール(塔塔児)の称。のちモンゴル民族全体の呼称。明代には北方に逃れた元朝の遺裔(北元)に対する明人の呼称。また、南ロシア一帯に居住したトルコ人も、もとモンゴルの治下にあった関係から、その中に含めることもある。
- タタルスタン Tatarstan ロシア連邦西部にある共和国。ウラル山脈の西方、ヴォルガ川中流にあり、首都はカザン。言語はチュルク語系のタタール語。人口377万9千(2002)。
- コザック人 → コザック
- コザック Kozak カザーク。
- カザーク Kazak (もとトルコ語で、自由人の意) 15〜17世紀のロシアで、領主の苛酷な収奪から逃れるため南方の辺境に移住した農民とその子孫。のち半独立の軍事共同体を形成、騎兵として中央政府に奉仕し、ロシアのシベリア進出・辺境防衛に重要な役割を果たした。カザック。コサック。
- 踵 きびす (1) かかと。くびす。(2) 履物のかかとにあたる部分。
- 灌木 かんぼく (1) 枝がむらがり生える樹木。(2) 低木に同じ。←
→喬木。 - ベラドンナ belladonna ナス科の多年草。中央アジアからヨーロッパ中南部原産の薬用植物。高さ1メートル余。葉は卵形。葉のつけ根に暗褐色の花をつけ、黒色の液果を結ぶ。全体にアトロピンなどのアルカロイドを含み猛毒。葉を鎮痛・鎮痙剤にする。アメリカではアトロピンの主要原料として栽培。
- 有毒植物 ゆうどく しょくぶつ 毒草・毒茸など、有毒物質を含む植物。接触したり食べたりした時に、かぶれ・腹痛・吐瀉・麻痺などの種々の中毒を起こさせるもの。有毒成分は、アルカロイドに属するものが多く、薬用とされるものもある。
- 獣物 けもの
- ジギタリス Digitalis ゴマノハグサ科ジギタリス属の多年草。南ヨーロッパ原産の薬用・観賞用植物。高さ約1メートル、全体に短毛がある。下部の葉柄は長く、上部のものは無柄。夏、淡紫紅色の鐘形花を花穂の一側面に並べて開く。葉を陰干しにして強心剤とするが劇毒。別名、狐の手袋。また、広義にはジギタリス属植物(その学名)。
- 狐尾草 〓 → ジギタリス
- ドクゼリ 毒芹 セリ科の多年草。水辺・池沢に自生。高さ1メートル。地下茎は筍状を呈する。夏から秋に白色の小花を密生。全草、殊に地下茎に猛毒がある。この地下茎を万年竹・延命竹・長命竹などと称し、盆栽として観賞。オオゼリ。漢名、野芹菜花。
- ヤマニンジン 山人参。(1) イブキボウフウ(伊吹防風)の異名。(2) カワラボウフウ(河原防風)の異名。(3) クソニンジン(糞人参)の異名。(4) ヤマゼリ(山芹)の異名。(5) シャク(杓)の異名。(6) マツムシソウ(松虫草)の異名。(7) テンナンショウ(天南星)の異名。
- オランダゼリ 和蘭芹。パセリの異称。
- オオドクゼリ
- コドクゼリ
- オランダカイウ 阿蘭陀海芋 カラーの和名。
- カラー calla サトイモ科の多年草。南アフリカ原産で観賞用。水湿地を好む。高さ1メートル内外。葉は大きく光沢がある。夏、長い花茎の頂部に、大きな白色の苞に包まれた肉穂花序がつく。温室で冬・春に開花させ、切花とする。オランダカイウ。
- タカトウダイ 高灯台 トウダイグサ科の多年草。山野に自生。高さ50センチメートル内外。茎葉に白い汁を含む。夏に咲く緑黄色の花は花被を欠き、萼状の総苞に包まれる。果実にはいぼ状の突起がある。有毒だが、根を乾燥させた漢方生薬が大戟で、下剤・利水剤として用いる。
- トリカブト 鳥兜 (1) 舞楽の楽人(伶人)が常装束に用いる冠。錦・金襴などで鳳凰の頭にかたどったもの。舞曲の種類によって形式・装飾・色彩が異なる。鳥甲。(2) キンポウゲ科の多年草。高さ約1メートル。秋、梢上に美しい紫碧色で (1) に似た花を多数開く。塊根を乾したものは烏頭または附子といい猛毒であるが、漢方で生薬とする。鎮痛・鎮痙・新陳代謝賦活薬。ヤマトリカブトなど同属近似の種が多く、それらを総称することが多い。種によって薬効・毒性は異なる。カブトギク。カブトバナ。
- チェリーベイ
- 月桂樹 げっけいじゅ クスノキ科の常緑高木。地中海地方の原産。高さ数メートル、葉は硬い革質、深緑色。雌雄異株。春、淡黄緑色の花を開き、果実は暗紫色、楕円状球形。葉・実共に芳香があって月桂油をとり、香水や料理の香辛料とする。デザインではしばしばオリーブと混同されるが、本種の葉は互生、オリーブは対生なので区別できる。ローレル。ロリエ。
- イヌサフラン ユリ科の多年草。ヨーロッパ原産。観賞用・薬用。10月、地下の球根から、淡紫色の花だけを開く。花は直径5センチメートル、漏斗状、6弁。春、細長い葉3〜5枚を出す。黒色球状の種子はアルカロイドの一種コルヒチンを含む。コルチカム。
- タヅノキ
- 晴紅色 ときいろ 鴇色、朱鷺色か。せいこうしょく?
- 鴇色 ときいろ 鴇の羽のような色、すなわち淡紅色。
- 萼 がく 花の一番外側にあって花冠(花弁)をかこむ部分。構成単位を萼片といい、多くの場合その数は花弁と同数である。普通緑色の葉状であるが、花冠と同じように大きく美しい色彩・模様を持つものもある。うてな。
- 花冠 かかん 花の雌しべ雄しべの外側にある部分。様々な美しい色彩と形をもち、花の中で最も目立つ。花冠の構成する単位を花弁という。多くの場合、花冠は5・4・3個の花弁をもつ。花冠と萼を合わせて花被という。
- ゼニアオイ 銭葵 アオイ科の一年草。ヨーロッパ原産。古く日本に渡来、観賞用に栽培。高さ約1メートル。葉は円形で5〜7浅裂、基部は心臓形。5〜6月頃紅紫色の花を開く。小葵。
- 花弁 かべん 花冠を構成する単位。多くは5・4・3個の花弁からなる。はなびら。花片。
- タバコ tabaco (アメリカ先住民の土語からか。一説に西インド諸島ハイチの土語) ナス科の大形一年草。全草に毛があり、花は管状で赤または白色。全草有毒。タバコ属の野生種は約60種あるが、栽培種は数種。南アメリカ原産。スペイン人によりヨーロッパに伝えられ、始めは観賞用・薬用に栽培されたという。アメリカ・中国・インドその他に広く栽培される。葉はニコチンを含み、加工して喫煙用とする。日本には16世紀に九州へ渡来。関東北部・九州南部などが主産地。
- 三色スミレ さんしき- 三色菫。パンジーの別称。
- パンジー pansy スミレ科の一年草。ヨーロッパ原産の観賞植物。高さ約20センチメートル。葉は楕円形で鋸歯があり、葉柄長く、羽状の大きな托葉がある。春から初夏に、濃紫・黄・白の斑または単色の大きな美花を開く。三色すみれ。胡蝶すみれ。
- スミレ 菫 (1) スミレ科スミレ属植物の総称。(2) スミレ科の多年草。春、葉間に数本の花茎を出し、濃紫色の花一つをつける。相撲取草。菫々菜。
- フウリンソウ 風鈴草 キキョウ科の観賞用草本。高さ60〜90センチメートル。夏、紫または白色の鐘状の大花を開く。カンパニュラ。
- キンギョソウ 金魚草 ゴマノハグサ科の多年生観賞用植物。南ヨーロッパ原産。高さ約1メートル。夏、白・黄・紅・紫などの花を多数穂状につける。花冠は上下2唇で、つまむと金魚の口のように開閉する。一年草として切花用に栽培。英語名スナップドラゴン。
- 萼片 がくへん 萼を構成する小片。
- ニオイアラセイトウ 匂紫羅欄花 アブラナ科の二年草で、園芸上は一年草。ヨーロッパ原産。高さ約50センチメートル、基部は木化、全株に短柔毛を密生し、灰色。葉は披針形で全縁。春、香の良い橙黄色などの花を開く。八重咲もある。観賞用。ケイランサス。
- 丁子 ちょうじ 丁子・丁字。(clove)フトモモ科の熱帯常緑高木。原産はモルッカ諸島。18世紀以後、アフリカ・西インドなどで栽培。高さ数メートル、枝は三叉状、葉は対生で革質。花は白・淡紅色で筒状、集散花序をなし、香が高い。花後、長楕円状の液果を結ぶ。蕾を乾燥した丁香(クローブ)は古来有名な生薬・香辛料。果実からも油をとる。染料としても使われた。
- 雄蕊 ゆうずい おしべ。←
→雌蕊(しずい) - おしべ 雄蕊 種子植物の雄性生殖器官。花糸および葯から成り、花粉を生ずる。ゆうずい。←
→雌蕊(めしべ)。 - 葯 やく 雄しべの先にあって、中に花粉を生じる嚢状の部分。
- ヒナゲシ 雛罌粟 ケシ科の一年草。西アジア原産。高さ60センチメートル、全株に粗毛を密生。葉は羽状に深裂。5月頃、皺のある薄い4弁の花を開き、花色は紅・桃・白・絞りなど。花壇用。麻酔物質を含まない。美人草。漢名、虞美人草・麗春花。ポピー。
- 雌蕊 しずい めしべ。←
→雄蕊(ゆうずい) - 雌蕊 めしべ 被子植物の花を構成する重要な要素。花の中央にあって、その頂上の花粉のつく部分を柱頭、中間を花柱、膨れた下部を子房という。子房は成熟して果実となる。子房の内部にある胚珠が受精すると、種子を生じる。しずい。←
→雄蕊(おしべ)。 - 子房 しぼう 雌しべの一部で、花柱の下に接して肥大した部分。下端は花床に付着し、中に胚珠を含む。受精後果実となる。花の中における位置により、上位・中位・下位に分ける。
- 柱頭 ちゅうとう 雌しべの頂端にある花粉が付着する部分。多くは乳頭状で、粘液を分泌する。
- ハタンキョウ 巴旦杏 (1) アーモンドの別称。(2) スモモの一品種トガリスモモのこと。
- 雌雄同株 しゆう どうしゅ 雌花および雄花が同一株にあること。クリ・キュウリの類。
- 雌雄異株 しゆう いしゅ 同種の植物で、雌花だけを生じる雌株と雄花だけを生じる雄株との区別のあるもの。イチョウ・カラスウリなど。二家。
- イナゴマメ
- ナツメシュロ ウミナツメ。
- アサ 麻 (1) 大麻・苧麻・黄麻・亜麻・マニラ麻などの総称。また、これらの原料から製した繊維。糸・綱・網・帆布・衣服用麻布・ズックなどに作る。お。(2) アサ科の一年草。中央アジア原産とされる繊維作物。茎は四角く高さ1〜3メートル。雌雄異株。夏、葉腋に単性花を生じ、花後、痩果を結ぶ。夏秋の間に茎を刈り、皮から繊維を採る。実は鳥の飼料とするほか、緩下剤として摩子仁丸の主薬とされる。紅花・藍とともに三草と呼ばれ、古くから全国に栽培された。ハシシュ・マリファナの原料。大麻。タイマソウ。あさお。お。
- 蒲色・樺色 かばいろ 蒲の穂の色。赤みをおびた黄色。
- オアシス oasis 砂漠中で水がわき、樹木の繁茂している沃地。生物群集が形成され、集落や都市が立地し、隊商の休息などに役立つ。
- 片 へん ひときれ。きれはし。
- ツチバチ 土蜂 ツチバチ科のハチの総称。体長10〜55ミリメートル。黒色で、腹部は一般に長く、黄色の毛による横縞や黄または赤色の斑紋のあるものが多い。土中のコガネムシの幼虫の体表に産卵し、孵化後はこれに寄生する。
- セキショウモ 石菖藻 トチカガミ科の沈水性多年草。池溝・流水の底に生える。雌雄異株の水媒植物で、淡緑色の雌花は糸状の花茎の先端に単生して水面に浮かび、雄花は多数で水中の苞内に開き成熟すると離れて浮遊、雌花に遭遇して受粉する。ヘラモ。イトモ。
- 奇体 きたい 奇態。
◇参照:Wikipedia、
*後記(工作員 日記)
池澤夏樹『春を恨んだりはしない』
2012.5.20 16:23 ながい、25秒……、まだ続いてる。
震度3岩手内陸・沿岸北部、宮城。震源、三陸沖。M6.2推定。
同日、イタリア、フェラーラにて M6.0、死者七名。
*次週予告
第四巻 第四四号
震災の記 / 指輪一つ
第四巻 第四四号は、
二〇一二年五月二六日(土)発行予定です。
月末最終号:無料
T-Time マガジン 週刊ミルクティー* 第四巻 第四三号
科学の不思議(七)アンリ・ファーブル
発行:二〇一二年五月一九日(土)
編集:しだひろし/PoorBook G3'99
http://www33.atwiki.jp/asterisk99/
出版:*99 出版
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