坂口安吾 さかぐち あんご
1906-1955(明治39.10.20-昭和30.2.17)
小説家。本名、炳五。新潟県生れ。東洋大卒。「風博士」などのファルス、「吹雪物語」など観念的な作風で知られ、第二次大戦後、在来の形式道徳に反抗して「堕落論」を唱えた。作「白痴」、評論「日本文化私観」など。


◇参照:Wikipedia、『広辞苑 第六版』(岩波書店)
◇表紙写真:Wikipedia 「ファイル:Biggi_Bardot-Mutter_E.jpg」より。


もくじ 
私は海をだきしめてゐたい(他)坂口安吾


ミルクティー*現代表記版
私は海をだきしめていたい
安吾巷談 ストリップ罵倒

オリジナル版
私は海をだきしめてゐたい
安吾巷談 ストリップ罵倒

地名年表人物一覧書籍
難字、求めよ
後記次週予告

※ 製作環境
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*凡例
  • 〈 〉( ):割り注、もしくは小書き。
  • 〔 〕:編者もしくは、しだによる注。
  • 一、漢字、かなづかい、漢字の送りは現代表記に改めました。
  • 一、若干の句読点のみ改めました。適宜、ルビや中黒や感嘆・疑問符をおぎないました。一部、改行と行頭の字下げを改めました。
  • 一、ひらがなに傍点は、一部カタカナに改めました。
  • 一、漢数字の表記を一部、改めました。
  •    例、七百二戸 → 七〇二戸
  •    例、二萬六千十一 → 二万六〇一一
  • 一、和暦にはカッコ書きで西暦をおぎないました。年次のみのばあいは単純な置き換えにとどめ、月日のわかるばあいには陰暦・陽暦の補正をおこないました。
  • 一、カタカナ漢字混用文は、ひらがな漢字混用文に改めました。
  • 一、書名・雑誌名は『 』、論文名・記事名および会話文は「 」で示しました。
  • 一、差別的表現・好ましくない表現はそのままとしました。


私は海をだきしめてゐたい
底本:「坂口安吾全集 04」筑摩書房
   1998(平成10)年5月22日初版第1刷発行
底本の親本:「文芸 第四巻第一号」
   1947(昭和22)年1月1日発行
初出:「文芸 第四巻第一号」
   1947(昭和22)年1月1日発行
http://www.aozora.gr.jp/cards/001095/card42909.html
NDC 分類:913(日本文学/小説.物語)
http://yozora.kazumi386.org/9/1/ndc913.html

安吾巷談 ストリップ罵倒
底本:「坂口安吾全集 08」筑摩書房
   1998(平成10)年9月20日初版第1刷発行
底本の親本:「文藝春秋 第二八巻第一〇号」
   1950(昭和25)年8月1日発行
初出:「文藝春秋 第二八巻第一〇号」
   1950(昭和25)年8月1日発行
http://www.aozora.gr.jp/cards/001095/card43179.html
NDC 分類:914(日本文学/評論.エッセイ.随筆)
http://yozora.kazumi386.org/9/1/ndc914.html




私は海をだきしめていたい

坂口安吾

   一


 私はいつも神さまの国へ行こうとしながら地獄の門をもぐってしまう人間だ。ともかく私ははじめから地獄の門をめざして出かけるときでも、神さまの国へ行こうということを忘れたことのないあまったるい人間だった。私は結局、地獄というものに戦慄せんりつしたためしはなく、バカのようにたわいもなくおちついていられるくせに、神さまの国を忘れることができないという人間だ。私はかならず、いまに何かにひどい目にヤッツケられて、たたきのめされて、甘ったるいウヌボレのグウの音も出なくなるまで、そしてほんとに足すべらしてまっさかさまに落とされてしまう時があると考えていた。
 私はずるいのだ。悪魔の裏側に神さまを忘れず、神さまの陰で悪魔と住んでいるのだから。いまに、悪魔にも神さまにも復讐されると信じていた。けれども、私だって、バカはバカなりに、ここまで何十年か生きてきたのだから、ただは負けない。そのときこそ刀折れ、矢きるまで、悪魔と神さまを相手に組み打ちもするし、とばしもするし、めったやたらに乱戦乱闘してやろうと悲愴な覚悟をかためて、生きつづけてきたのだ。ずいぶん甘ったれているけれども、ともかく、いつか、化の皮がはげて、裸にされ、毛をむしられて、突き落とされる時を忘れたことだけはなかったのだ。
 利巧な人は、それもお前のずるさのせいだと言うだろう。私は悪人です、と言うのは、私は善人ですと、言うことよりもずるい。私もそう思う。でも、なんとでも言うがいいや。私は、私自身の考えることもいっこうに信用してはいないのだから。

   二


 私はしかし、ちかごろ妙に安心するようになってきた。うっかりすると、私は悪魔にも神さまにも蹴とばされず、裸にされず、毛をむしられず、無事安穏あんのんにすむのじゃないかと変に思いつく時があるようになった。
 そういう安心を私にあたえるのは、一人の女であった。この女はうぬぼれの強い女で頭が悪くて、貞操の観念がないのである。私はこの女のほかのどこも好きではない。ただ肉体が好きなだけだ。
 ぜんぜん貞操の観念が欠けていた。イライラすると自転車に乗って飛びだして、帰りには膝小僧ひざこぞうだの腕のあたりから血を流してくることがあった。ガサツなあわて者だから、衝突したり、ひっくり返ったりするのである。そのことは血を見ればわかるけれども、しかし血の流れぬようなイタズラを誰とどこでしてきたかは、私にはわからない。わからぬけれども、想像はできるし、また、事実なのだ。
 この女は昔は女郎であった。それから酒場のマダムとなって、やがて私と生活するようになったが、私自身も貞操の念は希薄なので、はじめから、一定の期間だけの遊びのつもりであった。この女は娼婦の生活のために、不感症であった。肉体の感動というものが、ないのである。
 肉体の感動を知らない女が、肉体的に遊ばずにいられぬというのが、私にはわからなかった。精神的に遊ばずにいられぬというなら、話は大いにわかる。ところが、この女ときては、てんで精神的な恋愛などは考えておらぬので、この女の浮気というのは、不感症の肉体をオモチャにするだけのことなのである。
「どうして君はカラダをオモチャにするのだろうね」
「女郎だったせいよ」
 女はさすがに暗然あんぜんとしてそう言った。しばらくして私の唇をもとめるので、女のほおにふれると、泣いているのだ。私は女の涙などはうるさいばかりでいっこうに感動しないたちであるから、
「だって、君、変じゃないか、不感症のくせに……」
 私が言いかけると、女は私の言葉を奪うように激しく私にかじりついて、
「苦しめないでよ。ねえ、許してちょうだい。私の過去が悪いのよ」
 女は狂気のように私の唇をもとめ、私の愛撫をもとめた。女は嗚咽おえつし、すがりつき、身をもだえたが、しかし、それは激情の亢奮こうふんだけで、肉体の真実の喜びは、そのときもなかったのである。
 私の冷たい心が、女のむなしい激情を冷然と見すくめていた。すると女が突然目を見開いた。その目は憎しみにみちていた。火のような憎しみだった。

   三


 私はしかし、この女の不具な肉体が変に好きになってきた。真実というものから見捨てられた肉体はなまじい真実なものよりも、冷たい愛情を反映することができるような、幻想的な執着を持ちだしたのである。私は女の肉体をだきしめているのでなしに、女の肉体の形をした水をだきしめているような気持ちになることがあった。
「私なんか、どうせ変チクリンなできそこないよ。私の一生なんか、どうにでも、勝手になるがいいや」
 女は遊びのあとには、特別自嘲的になることが多かった。
 女のからだは、美しいからだであった。腕も脚も、胸も腰も、やせているようで肉づきの豊かな、そして肉づきのみずみずしくやわらかな、見あきない美しさがこもっていた。私の愛しているのは、ただその肉体だけだということを女は知っていた。
 女はときどき私の愛撫をうるさがったが、私はそんなことは顧慮しなかった。私は女の腕や脚をオモチャにしてその美しさをボンヤリながめていることが多かった。女もボンヤリしていたり、笑いだしたり、怒ったりにくんだりした。
「怒ることと憎むことをやめてくれないか。ボンヤリしていられないのか?」
「だって、うるさいのだもの」
「そうかな。やっぱり君は人間か」
「じゃァ、なによ」
 私は女をおだてるとつけあがることを知っていたから黙っていた。山の奥底の森にかこまれた静かな沼のような、私はそんななつかしい気がすることがあった。ただ冷たい、美しい、むなしいものを抱きしめていることは、肉欲の不満は別に、せつない悲しさがあるのであった。女の虚しい肉体は、不満であっても、不思議に、むしろ、清潔を覚えた。私は私のみだらな魂がそれによって静かに許されているような幼いなつかしさを覚えることができた。
 ただ私の苦痛は、こんな虚しい清潔な肉体が、どうして、ケダモノのようなかれた浮気をせずにいられないのだろうか、ということだけだった。私は女の淫蕩いんとうの血を憎んだが、その血すらも、時には清潔に思われてくる時があった。

   四


 私自身が一人の女に満足できる人間ではなかった。私はむしろ、いかなる物にも満足できない人間であった。私はつねにあこがれている人間だ。
 私は恋をする人間ではない。私はもはや恋することができないのだ。なぜなら、あらゆる物が「タカの知れたもの」だということを知ってしまったからだった。
 ただ私には仇心あだごころがあり、タカの知れた何物かと遊ばずにはいられなくなる。その遊びは、私にとっては、つねに陳腐で、退屈だった。満足もなく、後悔もなかった。
 女も私と同じだろうか、と私はときどき考えた。私自身の淫蕩いんとうの血と、この女の淫蕩の血と同じものであろうか。私はそのくせ、女の淫蕩の血をときどきのろった。
 女の淫蕩の血が私の血と違うところは、女は自分でねらうこともあるけれども、受け身のことが多かった。人に親切にされたり、人から物をもらったりすると、その返礼にカラダを与えずにいられぬような気持ちになってしまうのだった。私は、そのたよりなさが不愉快であった。しかし私はそういう私自身の考えについても、疑わらずにいられなかった。私は女の不貞をのろっているのか、不貞の根底がたよりないということを呪っているのだろうか。もしも女がたよりない浮気の仕方をしなくなれば、女の不貞を呪わずにいられるであろうか、と。私はしかし女の浮気の根底がたよりないということで怒る以外に仕方がなかった。なぜなら、私自身がご同様、浮気の虫にかれた男であったから。
「死んでちょうだい。いっしょに」
 私に怒られると、女は言うのが常であった。死ぬ以外に、自分の浮気はどうにもすることができないのだということを本能的にさけんでいる声であった。女は死にたがってはいないのだ。しかし、死ぬ以外に浮気はどうにもならないというさけびには、切実な真実があった。この女のからだはうそのからだ、虚しいむくろであるように、この女のさけびはうそッパチでも、嘘自体が真実よりも真実だということを、私は妙に考えるようになった。
「あなたは嘘つきでないから、いけない人なのよ」
「いや、僕は嘘つきだよ。ただ、本当とうそとが別々だから、いけないのだ」
「もっと、スレッカラシになりなさいよ」
 女は憎しみをこめて私を見つめた。けれども、うなだれた。それから、また、顔を上げて、食いつくような、こわばった顔になった。
「あなたが私の魂を高めてくれなければ、誰が高めてくれるの?」
「虫のいいことを言うものじゃないよ」
「虫のいいことって、何よ?」
「自分のことは、自分でする以外に仕方がないものだ。僕は僕のことだけで、いっぱいだよ。君は君のことだけで、いっぱいになるがいいじゃないか」
「じゃ、あなたは、私の路傍の人なのね?」
「だれでも、さ。だれの魂でも、路傍でない魂なんて、あるものか。夫婦は一心同体だなんて、バカも休み休み言うがいいや」
「なによ。私のからだになぜさわるのよ。あっちへ行ってよ」
「いやだ。夫婦とは、こういうものなんだ。魂が別々でも、肉体の遊びだけがあるのだから」
「いや。何をするのよ。もう、いや。絶対に、いや!」
「そうは言わせぬ」
「いやだったら!」
 女は憤然ふんぜんとして私の腕の中からとびだした。衣服がさけて、だらしなく、肩が現われていた。
 女の顔は怒りのために、こめかみに青い筋がビクビクしていた。
「あなたは私のからだを金で買っているのね。わずかばかりの金で、娼婦を買う金の十分の一にもあたらない安い金で!」
「そのとおりさ。君にはそれがわかるだけ、まだ、ましなんだ」

   五


 私が肉欲的になればなるほど、女のからだが透明になるような気がした。それは女が肉体の喜びを知らないからだ。私は肉欲に亢奮し、あるときは逆上し、あるときは女を憎み、あるときはこよなく愛した。しかし、狂いたつものは私のみで、応ずる答えがなく、私はただ虚しい影を抱いているその孤独さをむしろ愛した。
 私は女が物を言わない人形であればいいと考えた。目も見えず、声もきこえず、ただ、私の孤独な肉欲に応ずる無限の影絵であってほしいとこいねがっていた。
 そして私は、私自身の本当の喜びは何だろうかということについて、ふと、思いつくようになった。私の本当の喜びは、あるときは鳥となって空をとび、あるときは魚となって沼の水底をくぐり、あるときは獣となって野を走ることではないだろうか。
 私の本当の喜びは恋をすることではない。肉欲にふけることではない。ただ、恋につかれ、恋にうみ、肉欲につかれて、肉欲をいむことがつねに必要なだけだ。
 私は、肉欲自体が私の喜びではないことに気づいたことを、喜ぶべきか、悲しむべきか、信ずべきか、疑うべきか、迷った。
 鳥となって空をとび、魚となって水をくぐり、獣となって山を走りたいとは、どういう意味だろう? 私はまた、ヘタクソなうそをつきすぎているようでいやでもあったが、私はたぶん、私は孤独というものを、見つめ、ねらっているのではないかと考えた。
 女の肉体が透明となり、私が孤独の肉欲にむしろ満たされていくことを、私はそれが自然であると信じるようになっていた。

   六


 女は料理をつくることが好きであった。自分がうまい物を食べたいせいであった。また、身辺の清潔を好んだ。夏になると、洗面器に水を入れ、それに足をひたして、壁にもたれていることがあった。夜、私がねようとすると、私の額に冷たいタオルをのせてくれることがあった。気まぐれだから、毎日の習慣というわけではないので、私はむしろ、その気まぐれが好きだった。
 私は常にはじめて接するこの女の姿態の美しさに目を打たれていた。たとえば、ほおづえをつきながらチャブ台をふく姿態だの、洗面器に足をつッこんで壁にもたれている姿態だの、そしてまた、ときには何も見えない暗闇で突然、額に冷たいタオルをのせてくれる妙チキリンなその魂の姿態など。
 私は私の女への愛着が、そういうものに限定されていることを、あるときは満たされもしたが、あるときは悲しんだ。みたされた心は、いつも、小さい。小さくて、悲しいのだ。
 女は果物が好きであった。季節季節の果物を皿にのせて、まるで、つねに果物を食べつづけているような感じであった。食欲をそそられる様子でもあったが、妙に貪食どんしょくを感じさせないアッサリした食べ方で、この女の淫蕩のありかたを非常に感じさせるのであった。それも私には美しかった。
 この女から淫蕩をとりのぞくと、この女は私にとって何物でもなくなるのだということが、だんだんわかりかけてきた。この女が美しいのは淫蕩のせいだ。すべてが気まぐれな美しさだった。
 しかし、女は自分の淫蕩を怖れてもいた。それにくらべれば、私は私の淫蕩を怖れてはいなかった。ただ、私は、女ほど、実際の淫蕩にふけらなかっただけのことだ。
「私は悪い女ね」
「そう思っているのか?」
「よい女になりたいのよ」
「よい女とは、どういう女のことだえ?」
 女の顔に怒りが走った。そして、泣きそうになった。
「あなたはどう思っているのよ。私が憎いの? 私と別れるつもり? そして、あたりまえの奥さんをもらいたいのでしょう」
「君自身は、どうなんだ?」
「あなたのことを、おっしゃいよ」
「僕は、あたりまえの奥さんをもらいたいとは思っていない。それだけだ」
「うそつき」
 私にとって、問題は、別のところにあった。私はただ、この女の肉体に、みれんがあるのだ。それだけだった。

   七


 私は、どうして女が私から離れないかを知っていた。ほかの男は私のようにともかく女の浮気をゆるして平然としていないからだ。また、そのうえに、私ほど深く、女の肉体を愛する男もなかったからだ。
 私は、肉体の快感を知らない女の肉体に秘密の喜びを感じている私の魂が、不具ではないかと疑わねばならなかった。私自身の精神が、女の肉体に相応して、不具であり、奇形であり病気ではないかと思った。
 私はしかし、歓喜仏かんぎぶつのような肉欲の肉欲的な満足の姿に自分の生をたくすだけの勇気がない。私は物そのものが物そのものであるような、動物的な真実の世界を信ずることができないのである。肉欲の上にも、精神と交錯した虚妄の影にあやどられていなければ、私はそれを憎まずにいられない。私はもっとも好色であるから、単純に肉欲的ではありえないのだ。
 私は女が肉体の満足を知らないということの中に、私自身のふるさとを見出していた。満ちたることの影だにない虚しさは、私の心をいつも洗ってくれるのだ。私はやすんじて私自身の淫欲に狂うことができた。何物も私の淫欲に答えるものがないからだった。その清潔と孤独さが、女の脚や腕や腰をいっそう美しく見せるのだった。
 肉欲すらも孤独でありうることを見出した私は、もうこれからは、幸福を探す必要はなかった。私は甘んじて、不幸を探しもとめればよかった。
 私は昔から、幸福を疑い、その小ささを悲しみながら、あこがれる心をどうすることもできなかった。私はようやく幸福と手を切ることができたような気がしたのである。
 私ははじめから不幸や苦しみを探すのだ。もう、幸福などはこいねがわない。幸福などというものは、人の心を真実なぐさめてくれるものではないからである。かりそめにも幸福になろうなどと思ってはいけないので、人の魂は永遠に孤独なのだから。そして私はきわめて威勢よく、そういう念仏のようなことを考えはじめた。
 ところが私は、不幸とか苦しみとかが、どんなものだか、その実、知っていないのだ。おまけに、幸福がどんなものだか、それも知らない。どうにでもなれ。私はただ私の魂が何物によっても満ちたることがないことを確信したというのだろう。私はつまり、私の魂が満ちたることを欲しない建前たてまえとなっただけだ。
 そんなことを考えながら、私はしかし、犬ころのように女の肉体をしたうのだった。私の心はただ貪欲どんよくな鬼であった。いつも、ただ、こうつぶやいていた。どうして、なにもかも、こう、退屈なんだ。なんて、やりきれない虚しさだろう、と。
 私はあるとき女と温泉へ行った。
 海岸へ散歩にでると、その日はものすごい荒れ海だった。女は跣足はだしになり、波のひくまをくぐって貝殻かいがらをひろっている。女は大胆で敏活びんかつだった。波の呼吸をのみこんで、海を征服しているような奔放な動きであった。私はその新鮮さに目を打たれ、どこかで、ときどき、思いがけなく現われてくる見知らぬ姿態のあざやかさをむさぼり眺めていたが、私はふと、大きな、身のたけの何倍もある波がおこって、やにわに女の姿がみこまれ、消えてしまったのを見た。私はその瞬間、やにわにおこった波が海をかくし、空の半分をかくしたような、暗い、大きなうねりを見た。私は思わず、心にさけびをあげた。
 それは私の一瞬の幻覚だった。空はもうはれていた。女はまだ波のひくまをくぐって、かけまわっている。私はしかしその一瞬の幻覚のあまりの美しさに、さめやらぬ思いであった。私は女の姿の消えてなくなることを欲しているのではない。私は私の肉欲におぼれ、女の肉体を愛していたから、女の消えてなくなることをこいねがったためしはなかった。
 私は谷底のような大きな暗緑色のくぼみを深めてわきおこり、一瞬にしぶきの奥に女を隠した水のたわむれの大きさに目を打たれた。女の無感動な、ただ柔軟じゅうなんな肉体よりも、もっと無慈悲な、もっと無感動な、もっと柔軟な肉体を見た。ひろびろと、なんと壮大なたわむれだろうと私は思った。
 私の肉欲も、あの海のうねりにまかれたい。あの波にうたれて、くぐりたいと思った。私は海をだきしめて、私の肉欲がみたされてくればよいと思った。私は肉欲の小ささが悲しかった。



底本:「坂口安吾全集 04」筑摩書房
   1998(平成10)年5月22日初版第1刷発行
底本の親本:「文芸 第四巻第一号」
   1947(昭和22)年1月1日発行
初出:「文芸 第四巻第一号」
   1947(昭和22)年1月1日発行
入力:tatsuki
校正:宮元淳一
2006年5月5日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。



安吾巷談こうだん ストリップ罵倒ばとう

坂口安吾


 私はストリップを見たのは今度がはじめてだ。ずいぶん手おくれであるが、今まで見る気持ちがうごかなかったから仕方がない。
 悪日であった。翌日の新聞の報ずるところによると、本年最高、三十度という。むしあつい曇天なのだ。汗にまみれてハダカの女の子をにらんでいるのはつらい。しかし、先方も商売。また、私も商売。
 日劇小劇場、新宿セントラル、浅草小劇場と三つ見てまわって、一番おどろいたのは何かというと、どの小屋も女のお客さんが御一方おひとかたもいらッしゃらんということであった。完全にいなかった。一人も。
 裸体画というものがあって、女の裸体は美の普遍的な対象だと思いこんでいたせいで、ストリップに女のお客さんもたくさんいるだろうと軽く考えていたのがカンちがいというわけだ。
 エカキさん方がすばらしいモデル女だというオッパイ小僧もセントラルにでていたが、美しくなかった。なるほど前から見ると、胸が全部オッパイだが、横から見ると、肩からグッとピラミッド型に隆起しているわけではなくて、肩から垂直にペシャンコである。お乳だけふくらんでいて、美しい曲線は見られない。
 画家はこのモデルから自分の独特の曲線を感じ得るのかもしれないが、その人自体は美の対象ではないようだ。
 裸体の停止した美しさは裸体写真などの場合などはありうるが、舞台にはない。舞台では動きの美しさが全部で、要するに踊りがヘタならダメなのである。昔の場末の小屋のショーには大根足だいこんあしの女の子が足をあげて手を上げたり下げたりするだけの無様ぶざまなものであったが、それにくらべると、今のストリップは踊りも体をなしているし、そろって裸体が美しくなってることはたしかであるが、裸体美というものはそう感じられない。
 むかし、日本政府がサイパンの土民に着物をきるように命令したことがあった。裸体を禁止したのだ。ところが土民から抗議がでた。暑くて困るというような抗議じゃなくて、着物をきて以来、着物のすそがチラチラするたび劣情れつじょうをシゲキされて困る、というのだ。
 ストリップが同じことで、裸体の魅力というものは、裸体になると、かえって失われる性質のものだということを心得る必要がある。
 やたらに裸体を見せられたって、食傷するばかりで、さすがの私もウンザリした。私のように根気がよくて、スケベ根性の旺盛おうせいな人間がウンザリするようでは、先の見込みがないと心得なければならない。
 まずほどほどにすべし。裸体がゆるされたからといって、やたらに裸体を見せるのが無芸の至り。美は感情との取り引きだ。見せ方の問題であるし、最後の切札というものは、決してそれを見せなくとも、にぎっているだけで効果を発揮することができる。
 だいたい女の子の裸体なんてものは、寝室と舞台では、そこに画された一線に生死の差がある。阿部さだという劇におさだ当人が登場することが、美の要素であるか、どうか、ということ。生きた阿部定が現われることによって美は死ぬかもしれず、エロはグロとなり、因果物いんがものとなるかもしれない。
 歌舞伎の名女形おやまといわれる人の色ッぽさは彼らが舞台で女になっているからだ。ところが、ホンモノの女優は、自分が女であるから舞台で女になることを忘れがちである。だから楽屋では色ッぽい女であるが、舞台では死んだ石の女でしかないようなのがタクサンいる。ストリップとても同じことで、舞台で停止した裸体の美はない。裸体の色気というものは芸の力によって表現される世界で、今のストリップは芸を忘れた裸体の見世物、グロと因果物の領域にはなはだしく通じやすい退屈な見世物である。
 いくらかでも踊りがうまいと、裸体もひきたつ。私が見た中ではヒロセ元美が踊りがよいので目立った。顔は美しくないが、色気はそういうものとは別である。裸体もそう美しくはないのだが、一番色ッぽさがこもっているのは芸の力だ。吾妻京子がその次。しかし、生の裸体にたよりすぎているから、まだダメである。舞台の上の女に誕生することを知らないと、せっかくの生の裸体の美しさも死んだものでしかない。
 セントラルのワンサの中で、小柄こがらの細い子で、いつもニコニコ笑顔で踊ってるのが、私は好きであった。浅草小劇場で、踊りながら表情のクルクルうごく子がかわいらしかった。ニコニコしたり、表情がクルクル動いたり、たったそれだけでも、ないよりもマシなのである。たったそれだけで引き立つのだから、ほかの裸体はみんな死んでるということで、芸なし猿だということだ。
 女の美しさというものは、色気、色ッぽさが全部、それでつきるものである。裸体とても同じことで、生のままの裸体を舞台へそのまま上げたって、色っぽさは生まれやしない。脚本がうまくても、どうにもならない。舞台の上の色ッぽさというものは、芸の力でしか表現のできないものだ。
 顔も裸体も決して美しいとはいわれないヒロセ元美に人気があるというのは、見物人が低脳でないことを示している。舞台の色気というものは、誰の目にもしみつくはずだ。とにかくヒロセ元美の裸体にだけは色気がこもっている。舞台の上で、一人の女に誕生すること、それは芸術の大道で、ストリップも例外ではない。生のままの裸体の美などというものは、これからいっしょに寝室へはいるという目的や事実をヌキにして美でありうるはずはなく、その目的や事実をヌキに、単に裸体をやたらにさらけだされては、ウンザリするばかり、この両者のバラバラの結びつきは、因果物の領域だ。見る方も、見せる方も、因果物なのである。
 しかし、因果物というものは、いつの世にも場末に存在するもので、私も因果物を見るのがキライではない。しかし、ストリップは因果物になりきってもいない。だれも好んで因果物になりたくはなかろう。困果物というものは、それを見る方も一匹の困果物に相違ないから、因果物になるには覚悟や心がまえがいるように、因果物を見る方にも、覚悟も心がまえもいるものだよ。誰だって、自分自身が一匹の因果物だなどと好んで思いたくはないが、こうむやみに芸なし猿の裸体ばかり押しつけられると、自分まで因果物に見えて、気が悪くなるよ。
 阿部お定女史が舞台に立ちたいというから、あのときは私が半日がかりでコンコンと不心得をいさめたのである。本人が舞台へでるというのは、因果物だからである。生の裸体が舞台へあがるのも、それと同じことである。美や芸術は見る人を救うが、ストリップは因果物の方へ突き落としてくれる。

         ★


 8888という自動車は浮気のできない車だ。この車の持ち主は文藝春秋新社。私はこの車にのっている。半死半生である。私がこの車にのるときは、銀座から、新宿、上野、浅草へとかけまわる運命にあるようである。今度もそうであった。
 浅草の染太郎そめたろうへたどりつく。
「ちょッと淀橋タロちゃん呼んでください。どッこいしょ。死にそうだ」
「それが、先生。タロちゃん、出世しやはりましてん。撮影所へ行ってはりますわ」
「ヤヤ。タロちゃん、スターになりましたか」
「いいえ。脚本どすわ。このところ、ひッぱりだこや。忙しそうにしてはりますわ。身持ちもようなって、感心なもんや」
 浅草で大阪弁とはケッタイな。こう思うのは素人しろうと考えというものである。浅草は大阪と直結しているところだ。この店の名が染太郎、オコノミ焼きの屋号であるが、元をたずねれば漫才屋さんのお名前。種をあかせば、納得されるであろう。浅草人種は千日前せんにちまえや道頓堀と往復ヒンパンの人種でもある。
 淀橋よどばし太郎たろうは浅草えぬきの脚本家であるが、終戦後、突如銀座へ進出して銀座マンの心胆を寒からしめた戦績を持っている。今から三年ほど前、日劇小劇場にヘソ・レビューというのが現われて人気をさらったのをご記憶かな。このヘソ・レビューの発案者、ならびにヘソ脚本の執筆者が淀橋太郎であった。つまりストリップの元祖なのである。
「ヘソをだしゃ、お客がきやがんだからな。バカにしやがる」
 元祖は酔っぱらってなげいていた。長い年月、軽演劇というものにうちこんできた彼にしてみれば、女の子がヘソをだすや千客万来とあっては残念千万であったろう。
「こうなりゃア、おさだですよ。もう、ヤケだよ。ホンモノのお定を舞台へあげますよ」
「因果モノはよろしくないよ。よしなさい」
「いえ。ヤケなんだ」
 三年前といえば、浅草人種は何がなんだかわからない時代であった。お客が何に食いつくか、好みの見当がつかなかったのである。てんでわからねえや、といって、淀橋太郎と有吉光也が渋面しぶつらをよせてションボリしていたものだが脚本家にとって、お客の好みがわからないぐらい困ったことはなかろうから、当時の彼らの苦しみは深刻であった。
「どうも純文学ものが、うけるらしいですよ」
 当時、彼らはそんなことも言っていた。そして私の小説などもとりあげてやったが、一時はそれで成功したようである。しかし、それも短い期間で、淀橋太郎らの新風俗は解散し元祖が一敗地にまみれて、映画に転向してから、ストリップの全盛時代がきたという、めぐりあわせの悪い男である。
 お定をひッぱりだす、という時には、もうヤケクソであったようだ。けれども、お定劇の主役にするというような大ゲサなものではなくて、幕間にちょッと挨拶あいさつするというプランであった。淀橋太郎は、そうあくどいことのできないタチで、ヘソの元祖でありながらアブハチとらずの因果な男だ。
 お定はこれを断わって、別口のお定劇の主役の方をやった。これは大失敗が当然で、去年彼女に会ったとき、
「淀橋さんの方でしたら、きっとよかったでしょうね」
 と言っていたが、淀橋太郎の方でもダメだったろうと私は思う。因果物は、そう長つづきはするはずがない。阿部お定自身はダテや酔狂でなく役者になりたがっていて、芝居をしこなす自信があったようだし、そうとう芸が達者だったという話であるが、見物の方は因果物としか受けとらないから、どうにもなりやしない。
「タロちゃんをヘソの元祖とみこんで、わざわざやってきたのだが、さりとは残念な。今日は一日ストリップショーの見物に東京をグルグルかけまわってきたのだよ。最後に浅草でタロちゃんに楽屋裏を見せてもらいたいと思ってね」
「それでしたら、都合のいい人が来合わしてはりますわ。隣りの部屋にヒルネしてござるのは浅草小劇場の社長さんや」
 ヒルネの社長はニヤリニヤリとモミ手しながら現われた。イヤ、どうも。さすがに浅草。奇々怪々なる人物が棲息しているものだ。そうとうなご年配だが、ストリップの相棒の男優が舞台できるのと同じハデな洋服を、リュウとまた、ダブダブと、着こんでいらッしゃる。
「さ、ビールを、一ぱい」
「ヤ。私は一滴もいただけないのでして」
 社長は辞退して、おもむろに上衣うわぎをぬぎ、満面に微笑をたたえて、
「浅草小劇場は家族的でして、私が社長ですが、社長も俳優も切符売りも区別がないのですな。私が切符の売り子もやる。手のすいてる子が案内係もやるというわけで、お客さまにも家族的に見ていただこうという、舞台は熱演主義で、熱がたりない時だけは、私が怒ることにしております。ストリップは専属の踊り子が十二名おりまして、数は東京一ですが、目立った踊り子はいません。しかし、ストリップ時代ですな。浅草におきましては、日本趣味がうける。和服からハダカになる。これが、うけます」
「踊り子の前身は?」
「それぞれ千差万別でして、女子大を出たのがいたこともありますが、がいして教養はひくいですな。ところが、ストリップの踊り子はハダカより出でてハダカにかえる、と申しまして、相当の給料をかせぎながら、つねにピイピイしておる。ストリップの踊り子に後援者はつきません。当り前のことですな。自分の女をハダカにして人目にさらすバカはいません。踊り子は自分で男をつくる。男の方を養ってる。そこでストリップの踊り子の情夫はもっとも低脳無能ときまっております。女の方がいばっておりまして、情夫への口のきき方のひどいこと、きいていられないあさましい情景で、腹のたつときがありますな」
「給料は?」
「ワンサで、日に五〇〇円。一流の子で二〇〇〇円から二五〇〇円ぐらいのようです。ところが奇妙に、踊りのうまい子はハダがきたない。かならずそうきまっているから、ジッと見てごらんなさい。よく見るとシミがある。フシギにそう、きまったものです」
 この御当人の方がフシギであるから、お言葉を真にうけていられない。
 案内されて、浅草小劇場へのりこむ。おどろいたね。
 焼け跡にバラックのミルクホールがあったと思いなさい。それがこの小屋の前身なのである。そこへ舞台をくッつけて浪花節をかけてたのがつぶれたあとへ、この社長氏がたてこもったのである。彼は骨の髄からの浅草狂で、軽演劇とバラエティ、浅草の古い思い出が忘れられないのである。
 見物席の横ッちょに音楽と照明席をとりつける。ミルクホール、浪花節、レビュー小屋と、たてますたびにデコボコにふくれる。ツギハギだらけのデコボコである。はじめは一日に五〇人という悲しい入りが何か月かつづいたそうだ。
 役者も踊り子も食えない。二日ぐらいずつご飯ぬきで、ヒロポンを打って舞台へでる。メシを食うより、ヒロポンが安いせいで、腹はいっぱいにならないが、舞台はつとまるからだという。それでも浅草と別れられない。それが浅草人種の弱身でもあり、強味でもある。
 ストリップをやりだしたら、にわかに客がふえた。そこで舞台をひろげて、楽屋をくッつける。また、デコボコがふえたのである。うしろはズッと焼け跡だから、もうかり次第、まだデコボコのふえる余地は甚大である。表から見たところでは、とにかく便所はあるだろうが、楽屋などというものがあるようには見えないが、三畳ぐらいの小部屋が六ツぐらいも、くッついている。ちゃんと一通りそろっているのが手品のようなグアイで、おもしろい。しかし、客席から楽屋へ行くというような器用なことはできなくて、外をグルッと一周しなければ行かれない。
 この小屋はデコボコ・バラックの雰囲気によって、おのずから成功の第一条件をにぎったといえる。このデコボコは、たくんでできる性質のものではない。社長、従業員、支配人、案内係などとキチンと取りすまそうたって、このデコボコが承知しやしない。イヤでも家族的にならざるを得んじゃないか。見物人も他人のウチへきたような気はしなかろう。おひざを楽に、などと言われなくたって、おひざを楽にする以外に手がないという小屋だからである。この効果はマグレ当たりであるがこの小屋の強みであることに変わりはない。
 ここのストリップは、表情のクルクルうごく子が、変に新鮮でかわいらしい。素人しろうとあがりで、見よう見マネで一人でやってるのだそうだから、天分があるのだろう。あとの子は昔ながらの浅草レビューで、体をなしていない。
 男と女が現われ、クロール、ブレスト、バタフライ、水泳をまねた踊りをはじめた。ストリップの踊りとしては新鮮な思いつきだと思って、見ていると、踊りがダメで、ハシにも棒にもかからぬものになってしまった。
 芸である。ほかの文句は無用、芸が全部だ。こういうデコボコ・バラックで見るにたえる芸人をとりそろえると、時代の名物になる可能性ははなはだ多い。旅の心、ノスタルジーとか、ふるさと、などというものに、小屋じたいの雰囲気が通じているからである。

         ★


 気がつかないと、なんでもないが、ズラッとみんな男だけ、それも相当の年配なのが、目玉をむいてギッシリつまっているというのは、それに気がつくと、どうもタダゴトならぬ気配である。
 見物人の一人としてこの気配の中に立ちまじっていても胸騒ぎがするぐらいだから、経営者側には、これが頭痛のタネなのはあたりまえだ。GIはキャアキャア喚声をあげ、女の子のハダをなでたり、一心同体のうちとけぶりを現わすが、日本人の観客は拍手ひとつ送らないのである。これに気がつくと凄味すごみがある。音もなく、反応もなく、ただ目の玉が光っているのである。タメイキをもらすわけでもない。じつにただ黙々と、真剣勝負のようなおだやかならぬ静かさである。
 そこでかの浅草小劇場の社長先生が考えたのである。GIだけ人種がちがうというわけはない。日本人だって酔っぱらえばGIなみなハデな喚声をあげる仁もある。素質がないわけではないのだから、こっちのやり方ひとつで、日本人をGIなみの見物態度に誘導できないはずはない。
 そこでストリッパーを踊りながら客席へ降ろすことを考えた。踊りながらタバコをすう。口紅のついたタバコを見物人にさしあげる。
 ところが、もらってくれないのである。三人のうち二人は身体をねじむけて、ソッポをむいてしまう。一人はわざと渋々しぶしぶうけとり、まずそうに吸ってペッペッとやる。そうかと思うと一人は三分の一だけ吸い、残りをうやうやしく紙にくるんで胸のポケットへ大事にしまいこんでしまった。拒諾いずれにしても沈々として妖気がこもってることに変わりはない。
 日本のストリップショーの見物人を家族的にうちとけさせるのはじつに一大難事業であるというのが彼氏の結論であるが、これも、一方的な、手前勝手な言い分なのである。
 踊り子が生きとらんじゃないか。彼女は踊り子ではなくて、生の裸体にすぎんじゃないか。沈々として妖気ただよう見物人とまったく同質の単なる肉体にすぎないのである。
 肉体がタバコをすって、ギコチないモーションで口紅だらけのタバコをつきだせば、誰だってギョッとすらあ。これにスマートな応対をしてくれたって、ムリのムリですよ。
 お客をうちとけさせるには明るく軽快でなければならず、これも芸を必要とする。芸なし猿が口紅だらけのタバコの吸いさしを突きだすなどとは、アイクチを突きだすぐらいおだやかならぬ怪事としるべし。生き生きとした笑顔ひとつできないというデクノボーのような肉塊にすぎないのだもの。
 見物人にインネンをつけるよりも、踊り子の芸を考えてみることである。
 先般、文藝春秋だかに、メリー松原と笠置山かさぎやまの対談があって、メリーさん曰く、肉体が衰えてはいけないから情事をつつしまねばならぬ、とある。こんな物々ものものしい考え方もしてみたいのだろうが、ムダなことだよ。芸だけ考えればタクサンなのである。芸というもの、舞台の上で女に生まれるということを本当に心得ていないから、肉体の衰えだの、情事だのくだらぬことを考える。むしろ正確に情事を学ぶ方がいくらか芸のタシにはなるだろうさ。
 私がストリップ見物に出発とあって、迎えにきた8888にのりこむと、旅館のオカミサンや女中サン大変なよろこびようで、
「ストリップ見せてえ! つれてきてくださいよう!」
 歓呼の声に送られて出たのである。
 内職の座敷の踊り、その道で「全スト」という。さすがにゼネストとまぎらわしいおだやかならぬ言葉であるが、一糸まとわぬストリップの意味なのである。
 しかし舞台のストリップを見れば一目瞭然であるが、このうえ全ストなどというものはそればッかりはゴカンベンという気持ちになる。もっとも、全ストから寝室へ直結するという意味だったら、通用する。寝室へ直結するだけの生の裸体でしかないのだから。そして、もし、寝室へ直結しないとしたら、全スト見物などということは、一番みすぼらしく哀れな自分自身を見物することでしかないのである。全ストは踊り子よりも見物人の方が見物であろう。踊り子の方は、まだしも、商売だからな。
 しかし、この商売ということで、生の裸体を売る稼業はパンパンであって、舞台で売るものではないはずなのだが、踊り子さんの大多数はパンパン・ストリップでしかない。寝室へ直結するだけの生の裸体でしかないのである。こんなストリップは、とても春画に勝てない。春画の方は超現実的な構成が可能だからである。
 春画を見るとき、どんな顔つきをすべきか、というようなことは、どこの大学校でも教えてくれないだろうが、大人物ともなれば、悠揚ゆうようせまらぬ春画の見方というような風致ふうちあふるる心構えがあるのかもしれない。しかし春画を見るに際して、悠々として雅趣がしゅに富んだ顔つきをしてみたって、救われるものではないだろうね。だいたい、悠揚せまらぬ顔つきをすることだけでも、たいへん顔に心を使っていることがわかる。
 ストリップもそうで、たいへん顔に心を使う。顔に心を使わせるようでは、芸ではない。いくらか芸のうまい子、ニコニコした子、クルクル顔のうごく子などだと、顔に心を使わずに打ちとけることができるのである。見物人に大人物の心がまえを思いださせるようでは、とてもダメだ。だいたい、拍手も、タメイキもおこらぬ。いかなる物音もおこらぬという劇場は、妖怪屋敷のたぐいにきまっているな。
 私も商売であるから、日劇小劇場では、一番前のカブリキというところへ陣どり、沈々としてハダカをにらんでいる。女の子のモモが私の鼻の先でブルンブルン波うち、ふるえるのである。決して美というようなものではない。モモの肉がブルンブルン波うつなどとは、こっちは予測もしていない。ギョッとする。そのとき思いだすのは、大きな豚のことなどで、美人のモモだというようなことは、念頭をはなれているのである。
 わざわざ仮面をかぶり、衣装をつけて、現われる。これを一つ一つ、ぬいでいく。ぬぐという結論がわかっているから、じつにつまらん。どうしたって脱がなきゃ承知しないんだというアイクチの凄味ある覚悟のほどをつきつけられている見物人は、ただもう血走り、アレヨと観念のマナジリをむすんでいるのである。どうしたって、脱がなきゃならんのか。コラ。
 それは約束がちがいましょう、というようなことは、どこにでもある手練てれん手管てくだであるがストリップショーに限って、コンリンザイ約束をたがえることがない。こう義理がたいのは悪女の深情けというもので、ふられる女の性質なりと知るべし。
 かの社長さんが満面に笑みをたたえて、こうおっしゃった。
「しかし、ストリップはつまらんですな。熱海かなんかで、男女混浴の共同ブロへはいる方が、もっと、ええでしなア」
 ご説のとおりである。芸のない裸体を舞台で見るよりは、共同ブロへはいった方がマシであろう。
 私は浅草小劇場から、座長の河野弘吉をひっぱりだして、ヤケ酒をのんだ。
「私は芸にうちこんできたつもりですが、ハダカになりゃ、お客がくるんですからな」
 まア、あきらめろよ。しかし、芸というものは、誰かが、きっとどこかで見ていてくれるものだ。



底本:「坂口安吾全集 08」筑摩書房
   1998(平成10)年9月20日初版第1刷発行
底本の親本:「文藝春秋 第二八巻第一〇号」
   1950(昭和25)年8月1日発行
初出:「文藝春秋 第二八巻第一〇号」
   1950(昭和25)年8月1日発行
入力:tatsuki
校正:宮元淳一
2006年1月10日作成
青空文庫作成ファイル:
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私は海をだきしめてゐたい

坂口安吾

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)真逆様《まつさかさま》

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ビク/\
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       一

 私はいつも神様の国へ行かうとしながら地獄の門を潜つてしまふ人間だ。ともかく私は始めから地獄の門をめざして出掛ける時でも、神様の国へ行かうといふことを忘れたことのない甘つたるい人間だつた。私は結局地獄といふものに戦慄したためしはなく、馬鹿のやうにたわいもなく落付いてゐられるくせに、神様の国を忘れることが出来ないといふ人間だ。私は必ず、今に何かにひどい目にヤッツケられて、叩きのめされて、甘つたるいウヌボレのグウの音も出なくなるまで、そしてほんとに足すべらして真逆様《まつさかさま》に落されてしまふ時があると考へてゐた。
 私はずるいのだ。悪魔の裏側に神様を忘れず、神様の陰で悪魔と住んでゐるのだから。今に、悪魔にも神様にも復讐されると信じてゐた。けれども、私だつて、馬鹿は馬鹿なりに、ここまで何十年か生きてきたのだから、ただは負けない。そのときこそ刀折れ、矢尽きるまで、悪魔と神様を相手に組打ちもするし、蹴とばしもするし、めつたやたらに乱戦乱闘してやらうと悲愴な覚悟をかためて、生きつづけてきたのだ。ずゐぶん甘つたれてゐるけれども、ともかく、いつか、化の皮がはげて、裸にされ、毛をむしられて、突き落される時を忘れたことだけはなかつたのだ。
 利巧な人は、それもお前のずるさのせいだと言ふだらう。私は悪人です、と言ふのは、私は善人ですと、言ふことよりもずるい。私もさう思ふ。でも、何とでも言ふがいいや。私は、私自身の考へることも一向に信用してはゐないのだから。

       二

 私は然し、ちかごろ妙に安心するやうになつてきた。うつかりすると、私は悪魔にも神様にも蹴とばされず、裸にされず、毛をむしられず、無事安穏にすむのぢやないかと変に思ひつく時があるやうになつた。
 さういふ安心を私に与へるのは、一人の女であつた。この女はうぬぼれの強い女で頭が悪くて、貞操の観念がないのである。私はこの女の外のどこも好きではない。ただ肉体が好きなだけだ。
 全然貞操の観念が欠けてゐた。苛々《いらいら》すると自転車に乗つて飛びだして、帰りには膝小僧だの腕のあたりから血を流してくることがあつた。ガサツな慌て者だから、衝突したり、ひつくり返つたりするのである。そのことは血を見れば分るけれども、然し血の流れぬやうなイタヅラを誰とどこでしてきたかは、私には分らない。分らぬけれども、想像はできるし、又、事実なのだ。
 この女は昔は女郎であつた。それから酒場のマダムとなつて、やがて私と生活するやうになつたが、私自身も貞操の念は稀薄なので、始めから、一定の期間だけの遊びのつもりであつた。この女は娼婦の生活のために、不感症であつた。肉体の感動といふものが、ないのである。
 肉体の感動を知らない女が、肉体的に遊ばずにゐられぬといふのが、私には分らなかつた。精神的に遊ばずにゐられぬといふなら、話は大いに分る。ところが、この女ときては、てんで精神的な恋愛などは考へてをらぬので、この女の浮気といふのは、不感症の肉体をオモチャにするだけのことなのである。
「どうして君はカラダをオモチャにするのだらうね」
「女郎だつたせいよ」
 女はさすがに暗然としてさう言つた。しばらくして私の唇をもとめるので、女の頬にふれると、泣いてゐるのだ。私は女の涙などはうるさいばかりで一向に感動しないたちであるから
「だつて、君、変ぢやないか、不感症のくせに……」
 私が言ひかけると、女は私の言葉を奪ふやうに激しく私にかぢりついて
「苦しめないでよ。ねえ、許してちやうだい。私の過去が悪いのよ」
 女は狂気のやうに私の唇をもとめ、私の愛撫をもとめた。女は鳴咽し、すがりつき、身をもだへたが、然し、それは激情の亢奮だけで、肉体の真実の喜びは、そのときもなかつたのである。
 私の冷めたい心が、女の虚しい激情を冷然と見すくめてゐた。すると女が突然目を見開いた。その目は憎しみにみちてゐた。火のやうな憎しみだつた。

       三

 私は然し、この女の不具な肉体が変に好きになつてきた。真実といふものから見捨てられた肉体はなまじひ真実なものよりも、冷めたい愛情を反映することができるやうな、幻想的な執着を持ちだしたのである。私は女の肉体をだきしめてゐるのでなしに、女の肉体の形をした水をだきしめてゐるやうな気持になることがあつた。
「私なんか、どうせ変チクリンな出来損ひよ。私の一生なんか、どうにでも、勝手になるがいいや」
 女は遊びのあとには、特別自嘲的になることが多かつた。
 女のからだは、美しいからだであつた。腕も脚も、胸も腰も、痩せてゐるやうで肉づきの豊かな、そして肉づきの水々しくやはらかな、見あきない美しさがこもつてゐた。私の愛してゐるのは、ただその肉体だけだといふことを女は知つてゐた。
 女は時々私の愛撫をうるさがつたが、私はそんなことは顧慮しなかつた。私は女の腕や脚をオモチャにしてその美しさをボンヤリ眺めてゐることが多かつた。女もボンヤリしてゐたり、笑ひだしたり、怒つたり憎んだりした。
「怒ることと憎むことをやめてくれないか。ボンヤリしてゐられないのか」
「だつて、うるさいのだもの」
「さうかな。やつぱり君は人間か」
「ぢやア、なによ」
 私は女をおだてるとつけあがることを知つてゐたから黙つてゐた。山の奥底の森にかこまれた静かな沼のやうな、私はそんななつかしい気がすることがあつた。ただ冷めたい、美しい、虚しいものを抱きしめてゐることは、肉慾の不満は別に、せつない悲しさがあるのであつた。女の虚しい肉体は、不満であつても、不思議に、むしろ、清潔を覚えた。私は私のみだらな魂がそれによつて静かに許されてゐるやうな幼いなつかしさを覚えることができた。
 ただ私の苦痛は、こんな虚しい清潔な肉体が、どうして、ケダモノのやうな憑かれた浮気をせずにゐられないのだらうか、といふことだけだつた。私は女の淫蕩の血を憎んだが、その血すらも、時には清潔に思はれてくる時があつた。

       四

 私自身が一人の女に満足できる人間ではなかつた。私はむしろ如何なる物にも満足できない人間であつた。私は常にあこがれてゐる人間だ。
 私は恋をする人間ではない。私はもはや恋することができないのだ。なぜなら、あらゆる物が「タカの知れたもの」だといふことを知つてしまつたからだつた。
 ただ私には仇心があり、タカの知れた何物かと遊ばずにはゐられなくなる。その遊びは、私にとつては、常に陳腐で、退屈だつた。満足もなく、後悔もなかつた。
 女も私と同じだらうか、と私は時々考へた。私自身の淫蕩の血と、この女の淫蕩の血と同じものであらうか。私はそのくせ、女の淫蕩の血を時々咒つた。
 女の淫蕩の血が私の血と違ふところは、女は自分で狙ふこともあるけれども、受身のことが多かつた。人に親切にされたり、人から物を貰つたりすると、その返礼にカラダを与へずにゐられぬやうな気持になつてしまふのだつた。私は、そのたよりなさが不愉快であつた。然し私はさういふ私自身の考へに就ても、疑らずにゐられなかつた。私は女の不貞を咒つてゐるのか、不貞の根柢がたよりないといふことを咒つてゐるのだらうか。もしも女がたよりない浮気の仕方をしなくなれば、女の不貞を咒はずにゐられるであらうか、と。私は然し女の浮気の根柢がたよりないといふことで怒る以外に仕方がなかつた。なぜなら、私自身が御同様、浮気の虫に憑かれた男であつたから。
「死んでちやうだい。一しよに」
 私に怒られると、女は言ふのが常であつた。死ぬ以外に、自分の浮気はどうにもすることができないのだといふことを本能的に叫んでゐる声であつた。女は死にたがつてはゐないのだ。然し、死ぬ以外に浮気はどうにもならないといふ叫びには、切実な真実があつた。この女のからだは嘘のからだ、虚しいむくろであるやうに、この女の叫びは嘘ッパチでも、嘘自体が真実よりも真実だといふことを、私は妙に考へるやうになつた。
「あなたは嘘つきでないから、いけない人なのよ」
「いや、僕は嘘つきだよ。ただ、本当と嘘とが別々だから、いけないのだ」
「もつと、スレッカラシになりなさいよ」
 女は憎しみをこめて私を見つめた。けれども、うなだれた。それから、又、顔を上げて、食ひつくやうな、こはばつた顔になつた。
「あなたが私の魂を高めてくれなければ誰が高めてくれるの」
「虫のいいことを言ふものぢやないよ」
「虫のいいことつて、何よ」
「自分のことは、自分でする以外に仕方がないものだ。僕は僕のことだけで、いつぱいだよ。君は君のことだけで、いつぱいになるがいいぢやないか」
「ぢや、あなたは、私の路傍の人なのね」
「誰でも、さ。誰の魂でも、路傍でない魂なんて、あるものか。夫婦は一心同体だなんて、馬鹿も休み休み言ふがいいや」
「なによ。私のからだになぜさはるのよ。あつちへ行つてよ」
「いやだ。夫婦とは、かういふものなんだ。魂が別々でも、肉体の遊びだけがあるのだから」
「いや。何をするのよ。もう、いや。絶対に、いや」
「さうは言はせぬ」
「いやだつたら」
 女は憤然として私の腕の中からとびだした。衣服がさけて、だらしなく、肩が現はれてゐた。
 女の顔は怒りのために、こめかみに青い筋がビク/\してゐた。
「あなたは私のからだを金で買つてゐるのね。わづかばかりの金で、娼婦を買ふ金の十分の一にも当らない安い金で」
「その通りさ。君にはそれが分るだけ、まだ、ましなんだ」

       五

 私が肉慾的になればなるほど、女のからだが透明になるやうな気がした。それは女が肉体の喜びを知らないからだ。私は肉慾に亢奮し、あるときは逆上し、あるときは女を憎み、あるときはこよなく愛した。然し、狂ひたつものは私のみで、応ずる答へがなく、私はただ虚しい影を抱いてゐるその孤独さをむしろ愛した。
 私は女が物を言はない人形であればいいと考へた。目も見えず、声もきこえず、ただ、私の孤独な肉慾に応ずる無限の影絵であつて欲しいと希つてゐた。
 そして私は、私自身の本当の喜びは何だらうかといふことに就て、ふと、思ひつくやうになつた。私の本当の喜びは、あるときは鳥となつて空をとび、あるときは魚となつて沼の水底をくぐり、あるときは獣となつて野を走ることではないだらうか。
 私の本当の喜びは恋をすることではない。肉慾にふけることではない。ただ、恋につかれ、恋にうみ、肉慾につかれて、肉慾をいむことが常に必要なだけだ。
 私は、肉慾自体が私の喜びではないことに気付いたことを、喜ぶべきか、悲しむべきか、信ずべきか、疑ふべきか、迷つた。
 鳥となつて空をとび、魚となつて水をくぐり、獣となつて山を走りたいとは、どういふ意味だらう? 私は又、ヘタクソな嘘をつきすぎてゐるやうで厭でもあつたが、私はたぶん、私は孤独といふものを、見つめ、狙つてゐるのではないかと考へた。
 女の肉体が透明となり、私が孤独の肉慾にむしろ満たされて行くことを、私はそれが自然であると信じるやうになつてゐた。

       六

 女は料理をつくることが好きであつた。自分がうまい物を食べたいせいであつた。又、身辺の清潔を好んだ。夏になると、洗面器に水を入れ、それに足をひたして、壁にもたれてゐることがあつた。夜、私がねようとすると、私の額に冷いタオルをのせてくれることがあつた。気まぐれだから、毎日の習慣といふわけではないので、私はむしろ、その気まぐれが好きだつた。
 私は常に始めて接するこの女の姿態の美しさに目を打たれてゐた。たとへば、頬杖をつきながらチャブ台をふく姿態だの、洗面器に足をつッこんで壁にもたれている姿態だの、そして又、時には何も見えない暗闇で突然額に冷いタオルをのせてくれる妙チキリンなその魂の姿態など。
 私は私の女への愛着が、さういふものに限定されてゐることを、あるときは満たされもしたが、あるときは悲しんだ。みたされた心は、いつも、小さい。小さくて、悲しいのだ。
 女は果物が好きであつた。季節々々の果物を皿にのせて、まるで、常に果物を食べつづけてゐるやうな感じであつた。食慾をそそられる様子でもあつたが、妙に貪食を感じさせないアッサリした食べ方で、この女の淫蕩の在り方を非常に感じさせるのであつた。それも私には美しかつた。
 この女から淫蕩をとりのぞくと、この女は私にとつて何物でもなくなるのだといふことが、だんだん分りかけてきた。この女が美しいのは淫蕩のせいだ。すべてが気まぐれな美しさだつた。
 然し、女は自分の淫蕩を怖れてもゐた。それに比べれば、私は私の淫蕩を怖れてはゐなかつた。ただ、私は、女ほど、実際の淫蕩に耽らなかつただけのことだ。
「私は悪い女ね」
「さう思つてゐるのか」
「よい女になりたいのよ」
「よい女とは、どういふ女のことだへ」
 女の顔に怒りが走つた。そして、泣きさうになつた。
「あなたはどう思つてゐるのよ。私が憎いの? 私と別れるつもり? そして、あたりまへの奥さんを貰ひたいのでせう」
「君自身は、どうなんだ」
「あなたのことを、おつしやいよ」
「僕は、あたりまへの奥さんを貰ひたいとは思つてゐない。それだけだ」
「うそつき」
 私にとつて、問題は、別のところにあつた。私はただ、この女の肉体に、みれんがあるのだ。それだけだつた。

       七

 私は、どうして女が私から離れないかを知つてゐた。外の男は私のやうにともかく女の浮気を許して平然としてゐないからだ。又、その上に、私ほど深く、女の肉体を愛する男もなかつたからだ。
 私は、肉体の快感を知らない女の肉体に秘密の喜びを感じてゐる私の魂が、不具ではないかと疑はねばならなかつた。私自身の精神が、女の肉体に相応して、不具であり、畸形であり病気ではないかと思つた。
 私は然し、歓喜仏のやうな肉慾の肉慾的な満足の姿に自分の生を托すだけの勇気がない。私は物その物が物その物であるやうな、動物的な真実の世界を信ずることができないのである。肉慾の上にも、精神と交錯した虚妄の影に絢どられてゐなければ、私はそれを憎まずにゐられない。私は最も好色であるから、単純に肉慾的では有り得ないのだ。
 私は女が肉体の満足を知らないといふことの中に、私自身のふるさとを見出してゐた。満ち足ることの影だにない虚しさは、私の心をいつも洗つてくれるのだ。私は安んじて私自身の淫慾に狂ふことができた。何物も私の淫慾に答へるものがないからだつた。その清潔と孤独さが、女の脚や腕や腰を一さう美しく見せるのだつた。
 肉慾すらも孤独でありうることを見出した私は、もうこれからは、幸福を探す必要はなかつた。私は甘んじて、不幸を探しもとめればよかつた。
 私は昔から、幸福を疑ひ、その小ささを悲しみながら、あこがれる心をどうすることもできなかつた。私はやうやく幸福と手を切ることができたやうな気がしたのである。
 私は始めから不幸や苦しみを探すのだ。もう、幸福などは希はない。幸福などといふものは、人の心を真実なぐさめてくれるものではないからである。かりそめにも幸福にならうなどと思つてはいけないので、人の魂は永遠に孤独なのだから。そして私は極めて威勢よく、さういふ念仏のやうなことを考へはじめた。
 ところが私は、不幸とか苦しみとかが、どんなものだか、その実、知つてゐないのだ。おまけに、幸福がどんなものだか、それも知らない。どうにでもなれ。私はただ私の魂が何物によつても満ち足ることがないことを確信したといふのだらう。私はつまり、私の魂が満ち足ることを欲しない建前となつただけだ。
 そんなことを考へながら、私は然し、犬ころのやうに女の肉体を慕ふのだつた。私の心はただ貪慾な鬼であつた。いつも、ただ、かう呟いてゐた。どうして、なにもかも、かう、退屈なんだ。なんて、やりきれない虚しさだらう、と。
 私はあるとき女と温泉へ行つた。
 海岸へ散歩にでると、その日は物凄い荒れ海だつた。女は跣足《はだし》になり、波のひくまを潜つて貝殻をひろつてゐる。女は大胆で敏活だつた。波の呼吸をのみこんで、海を征服してゐるやうな奔放な動きであつた。私はその新鮮さに目を打たれ、どこかで、時々、思ひがけなく現はれてくる見知らぬ姿態のあざやかさを貪り眺めてゐたが、私はふと、大きな、身の丈の何倍もある波が起つて、やにはに女の姿が呑みこまれ、消えてしまつたのを見た。私はその瞬間、やにはに起つた波が海をかくし、空の半分をかくしたやうな、暗い、大きなうねりを見た。私は思はず、心に叫びをあげた。
 それは私の一瞬の幻覚だつた。空はもうはれてゐた。女はまだ波のひくまをくぐつて、駈け廻つている。私は然しその一瞬の幻覚のあまりの美しさに、さめやらぬ思ひであつた。私は女の姿の消えて無くなることを欲してゐるのではない。私は私の肉慾に溺れ、女の肉体を愛してゐたから、女の消えてなくなることを希つたためしはなかつた。
 私は谷底のやうな大きな暗緑色のくぼみを深めてわき起り、一瞬にしぶきの奥に女を隠した水のたわむれの大きさに目を打たれた。女の無感動な、ただ柔軟な肉体よりも、もつと無慈悲な、もつと無感動な、もつと柔軟な肉体を見た。ひろびろと、なんと壮大なたわむれだらうと私は思つた。
 私の肉慾も、あの海のうねりにまかれたい。あの波にうたれて、くゞりたいと思つた。私は海をだきしめて、私の肉慾がみたされてくればよいと思つた。私は肉慾の小ささが悲しかつた。



底本:「坂口安吾全集 04」筑摩書房
   1998(平成10)年5月22日初版第1刷発行
底本の親本:「文芸 第四巻第一号」
   1947(昭和22)年1月1日発行
初出:「文芸 第四巻第一号」
   1947(昭和22)年1月1日発行
入力:tatsuki
校正:宮元淳一
2006年5月5日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。



安吾巷談 ストリップ罵倒

坂口安吾

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)無様《ぶざま》な

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)名|女形《おやま》と

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)キャア/\
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 私はストリップを見たのは今度がはじめてだ。ずいぶん手おくれであるが、今まで見る気持がうごかなかったから仕方がない。
 悪日であった。翌日の新聞の報ずるところによると、本年最高、三十度という。むしあつい曇天なのだ。汗にまみれてハダカの女の子を睨んでいるのはつらい。しかし、先方も商売。又、私も商売。
 日劇小劇場、新宿セントラル、浅草小劇場と三つ見てまわって、一番驚いたのは何かというと、どの小屋も女のお客さんが御一方もいらッしゃらんということであった。完全にいなかった。一人も。
 裸体画というものがあって、女の裸体は美の普遍的な対象だと思いこんでいたせいで、ストリップに女のお客さんもたくさん居るだろうと軽く考えていたのがカンちがいというわけだ。
 エカキさん方がすばらしいモデル女だというオッパイ小僧もセントラルにでていたが、美しくなかった。なるほど前から見ると、胸が全部オッパイだが、横から見ると、肩からグッとビラミッド型に隆起しているわけではなくて、肩から垂直にペシャンコである。お乳だけふくらんでいて、美しい曲線は見られない。
 画家はこのモデルから自分の独特の曲線を感じ得るのかも知れないが、その人自体は美の対象ではないようだ。
 裸体の停止した美しさは裸体写真などの場合などは有りうるが、舞台にはない。舞台では動きの美しさが全部で、要するに踊りがヘタならダメなのである。昔の場末の小屋のショオには大根足の女の子が足をあげて手を上げたり下げたりするだけの無様《ぶざま》なものであったが、それにくらべると、今のストリップは踊りも体をなしているし、そろって裸体が美しくなってることは確かであるが、裸体美というものはそう感じられない。
 むかし、日本政府がサイパンの土民に着物をきるように命令したことがあった。裸体を禁止したのだ。ところが土民から抗議がでた。暑くて困るというような抗議じゃなくて、着物をきて以来、着物の裾がチラチラするたび劣情をシゲキされて困る、というのだ。
 ストリップが同じことで、裸体の魅力というものは、裸体になると、却って失われる性質のものだということを心得る必要がある。
 やたらに裸体を見せられたって、食傷するばかりで、さすがの私もウンザリした。私のように根気がよくて、助平根性の旺盛な人間がウンザリするようでは、先の見込みがないと心得なければならない。
 まず程々にすべし。裸体が許されたからといって、やたらに裸体を見せるのが無芸の至り。美は感情との取引だ。見せ方の問題であるし、最後の切札というものは、決してそれを見せなくとも、握っているだけで効果を発揮することができる。
 だいたい女の子の裸体なんてものは、寝室と舞台では、そこに劃された一線に生死の差がある。阿部定という劇にお定当人が登場することが、美の要素であるか、どうか、ということ。生きた阿部定が現れることによって美は死ぬかも知れず、エロはグロとなり、因果物となるかも知れない。
 歌舞伎の名|女形《おやま》といわれる人の色ッぽさは彼らが舞台で女になっているからだ。ところが、ホンモノの女優は、自分が女であるから舞台で女になることを忘れがちである。だから楽屋では色ッぽい女であるが、舞台では死んだ石の女でしかないようなのがタクサンいる。ストリップとても同じことで、舞台で停止した裸体の美はない。裸体の色気というものは芸の力によって表現される世界で、今のストリップは芸を忘れた裸体の見世物、グロと因果物の領域に甚しく通じやすい退屈な見世物である。
 いくらかでも踊りがうまいと、裸体もひきたつ。私が見た中ではヒロセ元美が踊りがよいので目立った。顔は美しくないが、色気はそういうものとは別である。裸体もそう美しくはないのだが、一番色ッぽさがこもっているのは芸の力だ。吾妻京子がその次。しかし、生の裸体にたよりすぎているから、まだダメである。舞台の上の女に誕生することを知らないと、せっかくの生の裸体の美しさも死んだものでしかない。
 セントラルのワンサの中で、小柄の細い子で、いつもニコニコ笑顔で踊ってるのが、私は好きであった。浅草小劇場で、踊りながら表情のクルクルうごく子が可愛らしかった。ニコニコしたり、表情がクルクル動いたり、たったそれだけでも、無いよりもマシなのである。たったそれだけで引き立つのだから、ほかの裸体はみんな死んでるということで、芸なし猿だということだ。
 女の美しさというものは、色気、色ッぽさが全部、それでつきるものである。裸体とても同じことで、生のままの裸体を舞台へそのまま上げたって、色っぽさは生れやしない。脚本がうまくても、どうにもならない。舞台の上の色ッぽさというものは、芸の力でしか表現のできないものだ。
 顔も裸体も決して美しいとは云われないヒロセ元美に人気があるというのは、見物人が低脳でないことを示している。舞台の色気というものは、誰の目にもしみつくはずだ。とにかくヒロセ元美の裸体にだけは色気がこもっている。舞台の上で、一人の女に誕生すること、それは芸術の大道で、ストリップも例外ではない。生のままの裸体の美などというものは、これから一しょに寝室へはいるという目的や事実をヌキにして美でありうる筈はなく、その目的や事実をヌキに、単に裸体をやたらにさらけだされては、ウンザリするばかり、この両者のバラバラの結びつきは、因果物の領域だ。見る方も、見せる方も、因果物なのである。
 しかし、因果物というものは、いつの世にも場末に存在するもので、私も因果物を見るのがキライではない。しかし、ストリップは因果物になりきってもいない。誰も好んで因果物になりたくはなかろう。困果物というものは、それを見る方も一匹の困果物に相違ないから、因果物になるには覚悟や心構えがいるように、因果物を見る方にも、覚悟も心構えもいるものだよ。誰だって、自分自身が一匹の因果物だなどと好んで思いたくはないが、こうむやみに芸なし猿の裸体ばかり押しつけられると、自分まで因果物に見えて、気が悪くなるよ。
 阿部お定女史が舞台に立ちたいというから、あのときは私が半日がかりでコンコンと不心得をいさめたのである。本人が舞台へでるというのは、因果物だからである。生の裸体が舞台へあがるのも、それと同じことである。美や芸術は見る人を救うが、ストリップは因果物の方へ突き落してくれる。

          ★

 8888という自動車は浮気のできない車だ。この車の持主は文藝春秋新社。私はこの車にのっている。半死半生である。私がこの車にのるときは、銀座から、新宿、上野、浅草へと駈けまわる運命にあるようである。今度もそうであった。
 浅草の染太郎へたどりつく。
「ちょッと淀橋タロちゃん呼んで下さい。どッこいしょ。死にそうだ」
「それが、先生。タロちゃん、出世しやはりましてん。撮影所へ行ってはりますわ」
「ヤヤ。タロちゃん、スターになりましたか」
「いいえ。脚本どすわ。このところ、ひッぱりだこや。忙しそうにしてはりますわ。身持もようなって、感心なもんや」
 浅草で大阪弁とはケッタイな。こう思うのは素人考えというものである。浅草は大阪と直結しているところだ。この店の名が染太郎、オコノミ焼の屋号であるが、元をたずねれば漫才屋さんのお名前。種をあかせば、納得されるであろう。浅草人種は千日前や道頓堀と往復ヒンパンの人種でもある。
 淀橋太郎は浅草生えぬきの脚本家であるが、終戦後突如銀座へ進出して銀座マンの心胆を寒からしめた戦績を持っている。今から三年ほど前、日劇小劇場にヘソ・レビュウというのが現れて人気をさらったのを御記憶かな。このヘソ・レビュウの発案者、ならびにヘソ脚本の執筆者が淀橋太郎であった。つまりストリップの元祖なのである。
「ヘソをだしゃ、お客がきやがんだからな。バカにしやがる」
 元祖は酔っ払って嘆いていた。長い年月軽演劇というものに打ちこんできた彼にしてみれば、女の子がヘソをだすや千客万来とあっては残念千万であったろう。
「こうなりゃア、お定ですよ。もう、ヤケだよ。ホンモノのお定を舞台へあげますよ」
「因果モノはよろしくないよ。よしなさい」
「いえ。ヤケなんだ」
 三年前といえば、浅草人種は何が何だか分らない時代であった。お客が何に喰いつくか、好みの見当がつかなかったのである。てんで分らねえや、と云って、淀橋太郎と有吉光也が渋面を寄せてションボリしていたものだが脚本家にとって、お客の好みが分らないぐらい困ったことはなかろうから、当時の彼らの苦しみは深刻であった。
「どうも純文学ものが、うけるらしいですよ」
 当時彼らはそんなことも言っていた。そして私の小説などもとりあげてやったが、一時はそれで成功したようである。しかし、それも短い期間で、淀橋太郎らの新風俗は解散し元祖が一敗地にまみれて、映画に転向してから、ストリップの全盛時代がきたという、めぐり合せの悪い男である。
 お定をひッぱりだす、という時には、もうヤケクソであったようだ。けれども、お定劇の主役にするというような大ゲサなものではなくて、幕間にちょッと挨拶するというプランであった。淀橋太郎は、そうあくどいことのできないタチで、ヘソの元祖でありながらアブハチとらずの因果な男だ。
 お定はこれを断って、別口のお定劇の主役の方をやった。これは大失敗が当然で、去年彼女に会ったとき、
「淀橋さんの方でしたら、きっとよかったでしょうね」
 と言っていたが、淀橋太郎の方でもダメだったろうと私は思う。因果物は、そう長つづきはするはずがない。阿部お定自身はダテや酔狂でなく役者になりたがっていて、芝居をしこなす自信があったようだし、相当芸が達者だったという話であるが、見物の方は因果物としか受けとらないから、どうにもなりやしない。
「タロちゃんをヘソの元祖とみこんで、わざわざやってきたのだが、さりとは残念な。今日は一日ストリップショオの見物に東京をグルグル駈けまわってきたのだよ。最後に浅草でタロちゃんに楽屋裏を見せてもらいたいと思ってね」
「それでしたら、都合のいい人が来合してはりますわ。隣りの部屋にヒルネしてござるのは浅草小劇場の社長さんや」
 ヒルネの社長はニヤリニヤリとモミ手しながら現れた。イヤ、どうも。さすがに浅草。奇々怪々なる人物が棲息しているものだ。相当な御年配だが、ストリップの相棒の男優が舞台できるのと同じハデな洋服を、リュウと又、ダブダブと、着こんでいらッしゃる。
「さ、ビールを、一ぱい」
「ヤ。私は一滴もいただけないのでして」
 社長は辞退して、おもむろに上衣をぬぎ、満面に微笑をたたえて、
「浅草小劇場は家族的でして、私が社長ですが、社長も俳優も切符売りも区別がないのですな。私が切符の売り子もやる。手のすいてる子が案内係りもやるというわけで、お客様にも家族的に見ていただこうという、舞台は熱演主義で、熱が足りない時だけは、私が怒ることにしております。ストリップは専属の踊り子が十二名おりまして、数は東京一ですが、目立った踊り子はいません。しかし、ストリップ時代ですな。浅草におきましては、日本趣味がうける。和服からハダカになる。これが、うけます」
「踊り子の前身は」
「それぞれ千差万別でして、女子大をでたのが居たこともありますが、概して教養はひくいですな。ところが、ストリップの踊り子はハダカより出でてハダカにかえる、と申しまして、相当の給料をかせぎながら、常にピイピイしておる。ストリップの踊り子に後援者はつきません。当り前のことですな。自分の女をハダカにして人目にさらすバカはいません。踊り子は自分で男をつくる。男の方を養ってる。そこでストリップの踊り子の情夫は最も低脳無能ときまっております。女の方が威張っておりまして、情夫への口のきき方のひどいこと、きいていられないあさましい情景で、腹のたつときがありますな」
「給料は」
「ワンサで、日に五百円。一流の子で二千円から二千五百円ぐらいのようです。ところが奇妙に、踊りのうまい子はハダがきたない。必ずそうきまっているから、ジッと見てごらんなさい。よく見るとシミがある。フシギにそう、きまったものです」
 この御当人の方がフシギであるから、お言葉を真にうけていられない。
 案内されて、浅草小劇場へのりこむ。おどろいたね。
 焼跡にバラックのミルクホールがあったと思いなさい。それがこの小屋の前身なのである。そこへ舞台をくッつけて浪花節をかけてたのがつぶれたあとへ、この社長氏がたてこもったのである。彼は骨の髄からの浅草狂で、軽演劇とバラエテ、浅草の古い思い出が忘れられないのである。
 見物席の横ッちょに音楽と照明席をとりつける。ミルクホール、浪花節、レビュウ小屋と、たてますたびにデコボコにふくれる。ツギハギだらけのデコボコである。はじめは一日に五十人という悲しい入りが何ヵ月かつづいたそうだ。
 役者も踊り子も食えない。二日ぐらいずつ御飯ぬきで、ヒロポンを打って舞台へでる。メシを食うより、ヒロポンが安いせいで、腹はいっぱいにならないが、舞台はつとまるからだという。それでも浅草と別れられない。それが浅草人種の弱身でもあり、強味でもある。
 ストリップをやりだしたら、にわかに客がふえた。そこで舞台をひろげて、楽屋をくッつける。又、デコボコがふえたのである。うしろはズッと焼跡だから、もうかり次第、まだデコボコのふえる余地は甚大である。表から見たところでは、とにかく便所はあるだろうが、楽屋などゝいうものが在るようには見えないが、三畳ぐらいの小部屋が六ツぐらいも、くッついている。ちゃんと一通りそろっているのが手品のようなグアイで、おもしろい。しかし、客席から楽屋へ行くというような器用なことはできなくて、外をグルッと一周しなければ行かれない。
 この小屋はデコボコ・バラックの雰囲気によって、おのずから成功の第一条件をにぎったといえる。このデコボコは、たくんで出来る性質のものではない。社長、従業員、支配人、案内係りなどゝキチンと取り澄まそうたって、このデコボコが承知しやしない。イヤでも家族的にならざるを得んじゃないか。見物人も他人のウチへ来たような気はしなかろう。お膝を楽に、などゝ云われなくたって、お膝を楽にする以外に手がないという小屋だからである。この効果はマグレ当りであるがこの小屋の強みであることに変りはない。
 ここのストリップは、表情のクルクルうごく子が、変に新鮮で可愛らしい。素人あがりで、見よう見マネで一人でやってるのだそうだから、天分があるのだろう。あとの子は昔ながらの浅草レビュウで、体をなしていない。
 男と女が現れ、クロール、ブレスト、バタフライ、水泳をまねた踊りをはじめた。ストリップの踊りとしては新鮮な思いつきだと思って、見ていると、踊りがダメで、ハシにも棒にもかからぬものになってしまった。
 芸である。ほかの文句は無用、芸が全部だ。こういうデコボコ・バラックで見るにたえる芸人をとりそろえると、時代の名物になる可能性は甚だ多い。旅の心、ノスタルジイとか、ふるさと、などゝいうものに、小屋自体の雰囲気が通じているからである。

          ★

 気がつかないと、なんでもないが、ズラッとみんな男だけ、それも相当の年配なのが、目玉をむいてギッシリつまっているというのは、それに気がつくと、どうもタダゴトならぬ気配である。
 見物人の一人としてこの気配の中に立ちまじっていても胸騒ぎがするぐらいだから、経営者側には、これが頭痛のタネなのは当り前だ。GIはキャア/\喚声をあげ、女の子のハダをなでたり、一心同体のうちとけぶりを現すが、日本人の観客は拍手ひとつ送らないのである。これに気がつくと凄味がある。音もなく、反応もなく、ただ目の玉が光っているのである。タメイキをもらすわけでもない。実にただ黙々と、真剣勝負のような穏かならぬ静かさである。
 そこでかの浅草小劇場の社長先生が考えたのである。GIだけ人種がちがうというわけはない。日本人だって酔っ払えばGIなみなハデな喚声をあげる仁もある。素質がないわけではないのだから、こっちのやり方ひとつで、日本人をGIなみの見物態度に誘導できないはずはない。
 そこでストリッパーを踊りながら客席へ降ろすことを考えた。踊りながらタバコをすう。口紅のついたタバコを見物人にさしあげる。
 ところが、もらってくれないのである。三人のうち二人は身体をねじむけて、ソッポをむいてしまう。一人はわざと渋々うけとり、まずそうに吸ってペッペッとやる。そうかと思うと一人は三分の一だけ吸い、残りをうやうやしく紙にくるんで胸のポケットへ大事にしまいこんでしまった。拒諾いずれにしても沈々として妖気がこもってることに変りはない。
 日本のストリップショオの見物人を家族的にうちとけさせるのは実に一大難事業であるというのが彼氏の結論であるが、これも、一方的な、手前勝手な言い分なのである。
 踊り子が生きとらんじゃないか。彼女は踊り子ではなくて、生の裸体にすぎんじゃないか。沈々として妖気ただよう見物人と全く同質の単なる肉体にすぎないのである。
 肉体がタバコをすって、ギコチないモーションで口紅だらけのタバコをつきだせば、誰だってギョッとすらあ。これにスマートな応対をしてくれたって、ムリのムリですよ。
 お客をうちとけさせるには明るく軽快でなければならず、これも芸を必要とする。芸なし猿が口紅だらけのタバコの吸いさしを突きだすなどゝは、アイクチを突きだすぐらい穏かならぬ怪事としるべし。生き生きとした笑顔ひとつ出来ないというデクノボーのような肉塊にすぎないのだもの。
 見物人にインネンをつけるよりも、踊り子の芸を考えてみることである。
 先般、文藝春秋だかに、メリー松原と笠置山の対談があって、メリーさん曰く、肉体が衰えてはいけないから情事をつつしまねばならぬ、とある。こんな物々しい考え方もしてみたいのだろうが、ムダなことだよ。芸だけ考えればタクサンなのである。芸というもの、舞台の上で女に生れるということを本当に心得ていないから、肉体の衰えだの、情事だのくだらぬことを考える。むしろ正確に情事を学ぶ方がいくらか芸のタシにはなるだろうさ。
 私がストリップ見物に出発とあって、迎えにきた8888にのりこむと、旅館のオカミサンや女中サン大変なよろこびようで、
「ストリップ見せてえ! つれてきて下さいよう!」
 歓呼の声に送られて出たのである。
 内職の座敷の踊り、その道で「全スト」という。さすがにゼネストとまぎらわしい穏かならぬ言葉であるが、一糸まとわぬストリップの意味なのである。
 しかし舞台のストリップを見れば一目瞭然であるが、このうえ全ストなどゝいうものはそればッかりはゴカンベンという気持になる。もっとも、全ストから寝室へ直結するという意味だったら、通用する。寝室へ直結するだけの生の裸体でしかないのだから。そして、もし、寝室へ直結しないとしたら、全スト見物などゝいうことは、一番みすぼらしく哀れな自分自身を見物することでしかないのである。全ストは踊り子よりも見物人の方が見物であろう。踊り子の方は、まだしも、商売だからな。
 しかし、この商売ということで、生の裸体を売る稼業はパンパンであって、舞台で売るものではないはずなのだが、踊り子さんの大多数はパンパン・ストリップでしかない。寝室へ直結するだけの生の裸体でしかないのである。こんなストリップは、とても春画に勝てない。春画の方は超現実的な構成が可能だからである。
 春画を見るとき、どんな顔付をすべきか、というようなことは、どこの大学校でも教えてくれないだろうが、大人物ともなれば、悠揚せまらぬ春画の見方というような風致あふるゝ心構えがあるのかも知れない。しかし春画を見るに際して、悠々として雅趣に富んだ顔付をしてみたって、救われるものではないだろうね。だいたい、悠揚せまらぬ顔付をすることだけでも、たいへん顔に心を使っていることがわかる。
 ストリップもそうで、たいへん顔に心を使う。顔に心を使わせるようでは、芸ではない。いくらか芸のうまい子、ニコニコした子、クルクル顔のうごく子などだと、顔に心を使わずに打ちとけることができるのである。見物人に大人物の心構えを思いださせるようでは、とてもダメだ。だいたい、拍手も、タメイキも起らぬ。いかなる物音も起らぬという劇場は、妖怪屋敷のたぐいにきまっているな。
 私も商売であるから、日劇小劇場では、一番前のカブリツキというところへ陣どり、沈々としてハダカを睨んでいる。女の子のモモが私の鼻の先でブルン/\波うち、ふるえるのである。決して美というようなものではない。モモの肉がブルン/\波うつなどゝは、こっちは予測もしていない。ギョッとする。そのとき思いだすのは、大きな豚のことなどで、美人のモモだというようなことは、念頭をはなれているのである。
 わざわざ仮面をかぶり、衣裳をつけて、現れる。これを一つ一つ、ぬいでいく。ぬぐという結論が分っているから、実につまらん。どうしたって脱がなきゃ承知しないんだというアイクチの凄味ある覚悟のほどをつきつけられている見物人は、ただもう血走り、アレヨと観念のマナジリをむすんでいるのである。どうしたって、脱がなきゃならんのか。コラ。
 それは約束がちがいましょう、というようなことは、どこにでもある手練手管であるがストリップショオに限って、コンリンザイ約束をたがえることがない。こう義理堅いのは悪女の深情けというもので、ふられる女の性質なりと知るべし。
 かの社長さんが満面に笑みをたたえて、こうおっしゃった。
「しかし、ストリップはつまらんですな。熱海かなんかで、男女混浴の共同ブロへはいる方が、もっと、ええでしなア」
 御説の通りである。芸のない裸体を舞台で見るよりは、共同ブロへはいった方がマシであろう。
 私は浅草小劇場から、座長の河野弘吉をひっぱりだして、ヤケ酒をのんだ。
「私は芸にうちこんできたつもりですが、ハダカになりゃ、お客がくるんですからな」
 まア、あきらめろよ。しかし、芸というものは、誰かが、きっとどこかで見ていてくれるものだ。



底本:「坂口安吾全集 08」筑摩書房
   1998(平成10)年9月20日初版第1刷発行
底本の親本:「文藝春秋 第二八巻第一〇号」
   1950(昭和25)年8月1日発行
初出:「文藝春秋 第二八巻第一〇号」
   1950(昭和25)年8月1日発行
入力:tatsuki
校正:宮元淳一
2006年1月10日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。



*地名

(※ 市町村名は、平成の大合併以前の表記のまま。
  • [東京]
  • 日劇小劇場
  • 新宿セントラル
  • 浅草小劇場
  • 文藝春秋新社 1946年3月、「戦争協力」のため解散したが、社員有志により同年6月、株式会社文藝春秋新社が設立される。1966年3月、現在の社名に改められる。
  • 浅草の染太郎 そめたろう オコノミ焼き。漫才屋。
  • [大阪]
  • 千日前 せんにちまえ 大阪市中央区道頓堀の南にある地。歌舞伎座・映画館・遊戯場などがあり、大衆的娯楽街。千日寺(法善寺)の前という意で、江戸時代には墓地や刑場があった。
  • 道頓堀 どうとんぼり 大阪市中央区にある市中第一の盛り場。安井道頓の開削した道頓堀川の南、東は日本橋詰から西は戎(えびす)橋筋にいたる。動くカニの看板で有名。


◇参照:Wikipedia、『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008)




*人物一覧

(人名、および組織・団体名・神名)
  • 阿部定 あべ さだ 1905-? 阿部定事件の犯人。東京市神田区出身。阿部定事件とは仲居であった阿部定が1936年5月18日に東京都荒川区尾久の待合茶屋で、性交中に愛人の男性を扼殺し局部を切り取った事件。
  • ヒロセ元美
  • 吾妻京子
  • 淀橋太郎 よどばし たろう 1907- 昭和期の台本作家。(人レ)
  • 有吉光也
  • メリー松原
  • 笠置山 → 笠置山勝一か
  • 笠置山勝一 かさぎやま かついち 1911-1971 大相撲の力士。最高位は関脇。奈良県生駒郡(現在の大和郡山市)出身。本名、仲村勘治。現役時代の体格は173cm、101kg。
  • 河野弘吉


◇参照:Wikipedia、『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008)『人物レファレンス事典』(日外アソシエーツ、2000.7)。



*難字、求めよ

  • -----------------------------------
  • 私は海をだきしめていたい
  • -----------------------------------
  • 昂奮・亢奮 こうふん 感情のたかぶること。興奮。
  • 仇心 → 徒心(あだごころ)か
  • 徒心・他心 あだごころ 浮気な心。実(じつ)がなく移りやすい心。あだしごころ。
  • 歓喜仏 かんぎぶつ → 歓喜天
  • 歓喜天 かんぎてん 仏教の護法神の一つ。ヒンドゥー教のガネーシャが仏教に入ったもの。障害をなす魔神を支配する神とされ、財宝・子宝・安産を祈るためにまつられた。形像は象頭人身で、単身像と妃を伴う男女双身像がある。妃は十一面観音が魔神としての働きを封じるために現した化身だという。歓喜自在天。大聖歓喜天、略して聖天(しょうてんしょうでん)ともいう。
  • -----------------------------------
  • 安吾巷談 ストリップ罵倒
  • -----------------------------------
  • 劣情 れつじょう (1) いやしい心情。(2) 肉情。情欲。
  • ワンサ → わんさガールか
  • わんさガール 下っ端の映画女優や踊り子。大部屋女優。
  • 因果物 いんがもの 因果者。因果人。前世の悪業の報いを受けた人。不運な人。
  • ヘソ・レビュー
  • 一敗地にまみれる いっぱいちにまみれる [史記高祖本紀]再び起つことができないほど大敗する。
  • ミルクホール (和製語milk hall)牛乳を飲ませ、パンなども売る簡易な飲食店。明治末期から大正期に流行。
  • ヒロポン Philopon 覚醒剤の一種。メタンフェタミンの商品名。アンフェタミン(商品名ベンゼドリン)とともに覚醒剤取締法の対象。中枢神経興奮作用を持ち大量に与えると錯乱・幻覚・痙攣(けいれん)を起こす。連用すると統合失調症様症状を来す。
  • ブレスト ブレスト・ストローク breast-stroke。平泳。
  • GI ジー‐アイ (Government Issue(官給品)の略。下士官や兵士は衣服その他すべて官給品であることから)アメリカで、徴募兵または一般に兵士の俗称。
  • 拒諾 許諾か
  • パンパン (原語不詳)第二次大戦後の日本で、主に進駐軍の兵士を相手とした街娼・売春婦を指した語。
  • 悠揚迫らず ゆうようせまらず ゆったりとして落ち着いている様子。
  • 雅趣 がしゅ 風雅なおもむき。雅致。


◇参照:Wikipedia、『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008)『日本国語大辞典 第二版』(小学館、2001.5)『学研新漢和大字典』



*後記(工作員スリーパーズ日記)


 10月29日(土)曇り。気温20度こえ、汗ばむ。県立博物館にて企画展「出羽国成立以前の山形」。
  
 縄文の「縄」は、麻縄ぐらいに目が細かい。土器の表面上をただコロコロ転がしたような単純模様のくり返しには見えない。口の高さが一定なのに、紋様の水平はいかにもフリーハンド。ところが側面シルエットの曲線はロクロ作りでもあるかのような均整のとれた回転体。とても手びねりのようには思えない。内側は無紋。
 
 当時の人たちの平均身長が現代人よりも小さかったとするならば、手先の器用な細かい細工が得意だったことは想像できる。が、土器の大きさ、総重量はそれにつりあわず異様。長距離を持ち運ぶことはできない。現代人も、書籍やら家電やらいろいろかかえこんではフットワークが鈍くなっているが、当時の人たちも同じくらい、所有物に束縛されてその土地を動けなかったろうなと想像。

 炭化米。千枚田のごとく細かく区割りされた圃場。水の均一管理のためか。稲作と製塩の関係。稲作の一番最初に種籾の塩水選作業があって、収穫して食する段階でも塩味を効かせていたはず。稲作が内地へおよぶには、多量の塩を作って運ぶことが欠かせなかったんじゃないだろうか。

 エロスがたりないなあと思っていろいろ物色していたところ、「私は海を……」に遭遇。タイトルにも魅せられた。
 「ストリップ罵倒」その1、一見客の安吾が批評目的でかぶりつけば、その空気は踊り子にだって伝達しそうなもの。その2、GIが楽しんでいたのだとすれば、やはり問題は踊り子側ではなくて、安吾を含む日本人観客側の特異性ということになる。安吾のように「頭で見る」のでは結局罵倒する以外になく、こういうのは下半身で拝観するのが正しい鑑賞法ではなかろうかと。
 そのうえで、起つハダカと萎えるハダカがあるのはDVDでもしかり。安吾の言うとおり、美の範疇にあるということだろう。
 
 武光誠『日本人なら知っておきたい陰陽道の知恵』(河出書房新社、2010.11)、菊地章太『儒教・仏教・道教』(講談社、2008.12)読了。
 道教初期の太平道は河北省(現在の北京一帯)におこり、五斗米道は四川省の成都近郊の鶴鳴山におこる。諸葛孔明の本貫(本籍地)は山東省らしいが、三顧の礼で劉備らが訪ねたときは荊州(河南省)にいる。孔明は劉備にまず荊州・益州を領有することをすすめる。この益州が現在の四川省にあたり、五斗米道の指導者・張魯が勢力をはっていた。
 215年(建安20年)曹操は漢中に攻め込んで張魯を降伏させる。その後の待遇から察するに、曹操は張魯や五斗米道を重用したといっていいだろう。五斗米道は正一教となって現在まで続くことになる。

 2008年5月の四川省大地震(M8.0)では、報道によれば道教施設にも大きな被害があったと聞く。いままで気がつかなかったが、大地震のおこったところにたまたま施設があったと考えるよりもむしろ、地殻変動の顕著な場所だからこそ道教の発祥地のひとつとなったということか。




*次週予告


第四巻 第一六号 
三筋町界隈 / 孫 斎藤茂吉


第四巻 第一六号は、
一一月一二日(土)発行予定です。
定価:200円


T-Time マガジン 週刊ミルクティー 第四巻 第一五号
私は海をだきしめてゐたい(他)坂口安吾
発行:二〇一一年一一月五日(土)
編集:しだひろし/PoorBook G3'99
 http://www33.atwiki.jp/asterisk99/
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