喜田貞吉『六十年の回顧』三六 論文著作年譜

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六十年の回顧
三六 論文著作年譜
喜田貞吉


【テキスト中に現れる記号について】

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#ここから底本凡例より]

〔〕:編者注


[#ここから底本凡例より]
 なお今日からすれば使用をつつしむべき差別用語が用いられているが、本著作集においては喜田貞吉の思想、史観を明らかにするうえからあえて改めず、原文のままとした。ただし限定された地名については若干の配慮をほどこした。
[#底本凡例ここまで]

       三六 論文著作年譜

 すでに述べたごとく自分には単行本としての著作はきわめて少い。その理由はこれもすでに述べたごとく、自分の研究がいつもとかく不十分がちで、その時にはベストと思うて発表したものであっても、やがては新しい資料の発表によって、後に改訂増補の必要を感じて来るからである。この場合これを改訂増補することは、単行本では容易でない。さりとて発表前に十分の調査を重ねて、もはや一指も加うべからずというようなものに仕上げることは、同時にもはやその研究を打切るということにもなって、自分にとっては実際出来ない相談だ。そのうちにはまた研究が新しい方面に移って、前にせっかく調査したことも忘れてしまうという虞れがある。そこでともかくもその当時においてこれと信ずるだけのものは、出来次第便利な活字の援けを借りて学界に発表し、これによって一方には識者の注意を受けてさらに研究を重ねる。一方にはさらに新資料を得るに従って訂正増補を加える。かくてこそ学問は進歩すべきもので、それには雑誌上の発表が一番よい。というのが自分の方針であった。それというのも実を告白すれば、自分は明治四十五年に『読史百話』という史談集を三省堂から発行したことがあり、その中に犬神人に関して飛んてもない無知の醜態を暴露して、柳田国男君から御親切なる注意を戴き、はなはだしく恐縮したことが確かに動機をなしたのであった。もちろんかかる失態は、単に恐縮するだけでは相済まぬ。ただ識者から自分の無知を笑われるだけのことならば、自分は小さくなって我慢もしようが、もし万一それを読んで真面目に信ずるような人が一人でもあったならば、それこそ誠に申訳がない。自分の学的良心がそれを許さないのである。そこで取りあえずこの問題に関しては、早速さらに研究を重ねて、その年九月の『歴史地理』第二〇巻第三号の誌上において、「犬神人」の題下にこれを訂正しておいたことであったが、しかしそれで果して『読史百話』の読者のすべてにそれを見ていただくことが出来たとは言われない。自分の責任はために解除されたとは言えないのである。それ以来自分ははなはだしく単行本としての著書に臆病になった。そしてその代りまでに、粗製濫造品を雑誌上に発表することはますます勇敢になった。ともかくその当時においてこれと信ずるところを発表すればよい。そして後にその不備を発見すれば、発見したたびにこれを補う。誤謬に気付けば気付いたたびにこれを正す。これによってさらに読者からしばしば有益なる資料の供給に預かる。誤解に対して懇切なる注意をも与えられる。しかしてそれによって自分の研究がますます精緻の域に進み得たことを自覚している場合が少からぬのである。学問上のことに限っては、いったん発表した説だからとてそれを固執する必要はない。新研究による変説改論はむしろ歓迎すべきである。これが自分の主張であった。それ以来ここに二十余年、自分が無遠慮に新聞や雑誌上で発表したところ、論文・雑録を通じて大小無慮約一千篇、これに当初以来のものを加うれば、すべてで一千三百余篇の多きに達し、口の善くない友人某君をして、喜田は濫書症に罹っているのだと言わしめたほどであった。その代りに単行本の方は、いかに切なる書肆の請求があっても、ほとんどそれを拒絶し通して今日に及んでいるのである。もし強いてその間における著書とでもいうべきものを求めるなら、大正四年に当時『歴史地理』を発行して貰っていた日本学術普及会の依頼により、歴史講座中の一篇として『帝都』という小冊子を書いたのと、これもそのころ親友有吉宮崎県知事の依頼を受けて、今の宮崎中学校長日高重孝君の協力のもとに、『日向国史』(大正七年完成昭和六年刊行)を著したのがあるくらいのもの、このほかにも昭和三年中に、アルスの児童文庫のために日本歴史物語古代の部を書いたことがあるにはあるが、これは子供相手のきわめて卑近な読み物で、あえて著作などと言うべきほどのものではない。近くは昨昭和七年に、杉山寿栄男君助力のもとに、『日本石器時代植物性遺物図録』というものを編纂した。これはわが考古学界空前の新発見資料を広く学界に紹介し、相ともに研究を進めたいがためであったが、その印刷はつとに完成しておりながら、別冊としてこれに添附すべきはずの論文が出来ぬがために、いまだあまり頒布するには至っておらないのである。それというのも、畢竟ずるに自分が単行本としての著作に臆病ながためであるにほかならぬ。実を白状すれば、この植物性遺物の研究については、自分が右の図録を出版した後になって、さらに種々の貴重なる新発見があり、ために学説の一部に変更を要するものもあれば、それを合理づけるためにはさらに史的研究を重ぬるを必要とする場合もあって、しかもそれがうまく纏まらぬがために、自分の学的良心は、いまだ自分をして安心して筆を執らしむるに至っていないのである。もしこれが雑誌上での発表であったならば、例のごとく自分は遠の昔において、最も勇敢にその所見を披瀝して、爾後新発見のあったたびごとに、逐次これが訂正増補を試みていたはずであった。しかもこれはすでに図録の出版も完成して、引続き解説を発表すべく公約してある責任上、そう永く等閑に附する訳には行かぬ。この『六十年の回顧』が終ったならば、次には早速これが起稿に着手して、その疑わしきはこれを闕くとしても、ともかくも予約の責を果したいと思っている。
 ひとり右の植物性遺物に関する研究のみならず、そのほかに自分には着手しながら未完成のままに放置せられた諸研究がはなはだ多い。またすでに発表した諸論文等についても、その後の研究と、学界の進歩とによって、改訂増補を要するものがさらにはなはだ多い。またすでに雑誌上で逐次改訂増補を加えた過去の諸論文についても、自分自身の手でさらにこれを整理すべき必要あるものが少くないのである。しかしながら取る年には争い難く、自分の筆は近来はなはだしく鈍って来た。自分の研究的努力ももはや行き詰まりに近づきつつあることを自覚した。自分の余命が将来いつまで続き得るかはもちろんこれを予期し難く、日暮れ道遠しの感は切々として自分に逼って来た。もはやこれまでのごとく暢気なことをいってはおられぬ。今や自分は自分の過去二十余年に渉って頑強に固執した従来の方針を放棄して、逐次既往の業績に整理を加うるを必要とするの時期に到達したのである。すなわちその必要上から、試みに過去三十余年に渉って書き散らしたところのものを尋ね出して、これを年代順に列挙してみた。いわゆる論文著作年譜なるものである。もちろんこの中には幾回にも重複したものもあれば、今においてはもはや全然その保存の要なきものも多く、またみずから顧みて、こんなものを発表したかと羞恥の念を禁ずる能わざるものも少くないが、研究発表上自分が過去に辿って来た道筋を明かにせんがために、恥を忍んで出来得る限りこれを網羅することにしたのである。なおこの以外にも、三省堂『日本百科大辞典』や、平凡社『大日本百科事典』などのために執筆したものの中には、相当研究を重ねたものも少くないはずではあるが、たいていはこれを漏らすことにした。その他起稿したままに未発表のもの、また採録するに堪えずして漏らした小篇もかなり多い。所在を知るを得ずしてやむを得ず年譜に加え得なかったものもある。心づかずして脱漏したものもまたすこぶる多かろう。それは発見するに随って補うことにする。また手許にその書なくして記述に誤謬あるものも多かろうことを断っておく。
 ちなみにいう。左記目録の中には講演に関する新聞記事、あるいは自分の校閲を経ぬ講演筆記の類も交っているが、その中にはきわめて杜撰にして、読者を誤ることの少からぬものもないではない。「文責在記者」など書いてあるものにことにそれが多いが、これは講演者にとっても、また読まされるものにとっても、迷惑千万の次第である。しかし自分のこの年譜が、もともと自分の過去の回顧のためであり、他日自分の研究を整理するうえの便宜を図るためであるの意味から、なるべくこれらをも漏らさず収録することにしたのである。
〔本巻の巻末に「著作日録」を付載するので、『六十年の回顧』「論文著作年譜」中の「目録」は省略することにした〕



※ 底本の編注は省略しました。

底本:『喜田貞吉著作集 第一四巻 六十年の回顧・日誌』平凡社
   1982(昭和57)年11月25日発行
初出:『還暦記念 六十年の回顧』
   1933(昭和8)年4月発行 (底本 p622、書誌一覧より)
入力:しだひろし
校正:2008年6月12日現在、未登録・校正待ち
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2010.3.5:更新 ※ カウンタを設置しました。
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