M-Tea* vol.7 no.34 桜島の噴火(二)大森房吉

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M-Tea* vol.7 no.34 桜島の噴火(二)大森房吉

2015.3.14 第七巻 第三四号

桜島の噴火(二)
大森房吉

 第三章 噴火にともなえる鹿児島湾潮位の変動
  潮位の変動
  鹿児島港各月の最高潮位
  鹿児島港各月の平均潮位
  安永噴火後の状況
  潮水高溢の原因如何
  土地の低落
 第四章 桜島付近地盤の陥落
  鹿児島湾北部付近地盤の陥落
  土地陥落の限度如何
 第五章 桜島降灰の継続如何
  桜島の強弱噴火の回数
  小噴火回数減少の割
  比較的強き活動
  今後降灰の減少率は如何
 第六章 安永の新島
  新島化生の時日順序
  新島の生因



100円(本体税抜93円)  p.133 / *99 出版
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(c) Copyright is public domain in Japan, 2015.

PDF マガジン 週刊ミルクティー*

(略)しからば鹿児島湾内潮水増溢の原因はいかがというに、次節に述ぶるごとく土地の低下に帰すべきものならんと考えらる。
【溶岩の容積と桜島の容積】 土地の低落 桜島破裂現象の特点とすべきは、その山体の微小なるに関せず噴火がきわめて盛大なるにあり。今回破裂の噴出物の総量を推算するに、前記せるごとく合計二・二立方キロメートルとなり、桜島の全容積(海面上の分なり。海面下の分を合するも格別の差とはならず)二十六・五立方キロメートルの約十二分の一にあたる。もしこの巨量なる噴出物の総量を桜島全島に等しく分布したりとすれば、約九十余尺〔約二七メートル〕の深さまで全島を埋むるにいたるべきなり。かくのごとく多量なる溶岩を噴出したりとせば、噴火活動の減衰とともに噴口内部、すなわち地下に貯蔵せられたる岩漿〔マグマ〕は漸次沈降するにいたるべく。【潮位上昇の原因は土地低下にあり】その結果は火山下にいくぶんの空竅を生ずるか、もしくは岩質の密度を減少せしめ、山岳全般およびその四接の地盤は多少陥落すべきなり。ゆえに今回、鹿児島湾の潮位増溢は鹿児島湾の北部全体ならびにその隣接の土地が一般に陥落したる結果なるべく、したがって潮位変動が著しきを致せる所以なるべし。はたして然りとすれば、潮水増溢の現象は今急に止むべきにあらずして、平均潮位はなお数年、もしくは数十年をへて桜島火山の地下活動力がふたたび増進して山体に地下より上圧力を加え、地盤を昇起せしむるにいたりて、潮位ははじめて常態に復するものならんかと想像せらる。けだし安永噴火後もかかる順序をくり返したるものにして、要するに噴火力の盛衰にともない数十年の長周期をもって桜島および鹿児島湾北部の地盤が少しく降起・陥落の変動を交互に示すものならんと考えらる。

※ #ref(7_34.rm)
(朗読:RealMedia 形式 xxxKB、x:xx)
※ お休みしまーす。


大森房吉 おおもり ふさきち
1868-1923(明治元.9.15-大正12.11.8)
福井生まれ。1890年東京大学物理学科卒。92年震災予防調査会の設立とともにその委員となる。97年東大教授。1906年学士院会員、長い間震災予防調査会幹事。地震学上の業績は、1) 各種地震計の考案、2) 地震帯の発見、3) 余震頻度の公式、4) 初期微動と震源距離との関係、5) 脈動、6) 潮位・津波の研究、7) 火山の観測、8) 建築物の振動測定など。(地学)/明治・大正時代の地震学の権威。理学博士。福井市に生まれる。大学予備門を経て、明治23年東京帝国大学理科物理学科を卒業、大学院に止まり地震学と気象学を専攻した。翌年濃尾地震の刺激により、菊池大麓の発議で文部省内に震災予防調査会が設立されるや、その幹事に任ぜられ、画期的な報告書を起草した。27年、万国震災予防調査会委員として渡欧し、帰朝後、明治30年東京帝国大教授となり、翌年理学博士の学位をうけた。爾来、東京、京都、福岡の各帝大理科の教授講師を兼任しつつ、内地の地震、津浪、噴火などの調査ならびに海外の大震災調査に出張すること四回、国際会議に幹部として渡航すること六回におよんだ。日本における地震学の創始者ともいうべき〈恩人〉。地震学に関する研究論文はきわめて多く、震災予防調査会報告記載の分だけでも邦文103篇、欧文で9篇を数え、殊に大なる功績は大森式各種地震計の考案にある。著書『地震学講話』『日本噴火志』『地震験測法一班』『日本に於ける津浪に就きて』など。(日本人名)

◇参照:『新版 地学事典』(平凡社、2005.5)、『日本人名大事典』(平凡社)。

底本

底本‥『地學論叢 第六輯』東京地學協會
   1915(大正4)年9月6日発行
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/list_inp1836_1.html

NDC 分類:453(地球科学.地学 / 地震学)
http://yozora.kazumi386.org/4/5/ndc453.html

難字、求めよ

零位 れいい?
傚之 〔漢和〕これにならう?
増溢 ぞういつ?
大焼 おおやけ?
験測 けんそく?
内麓 ないろく?
軽粗 けいそ?
基米 キロメートル?
地磐 地盤に同じか。
昇溢 しょういつ?
撓下 とうか? どうか? デフレクション。「撓」はたわむ。みだす。
岩漿帯〔がんしょうたい〕→ マグマ溜り、か
簡単微動計
微動計
轟鳴 ごうめい?
海水深浅図 かいすい しんせんず?
鹿児島半島
浜辺
塩田
大崎鼻 重富付近。
二股 桜島の西北岸。 → 二俣村か
猪子島/猪ノ子島
恵美須島
泥島 一名、恵比須島。
西迫鼻
鹿児島の城下
浜手の村
鹿児島県土木課
港務所
大井 同県土木課の技師。(本文)
児玉 同県土木課の技師。(本文)
鹿児島港務所員
鹿児島県庁
小山幸右衛門
鹿児島測候所
黒坂技手 震災予防調査会。
山口鎌二

むしとりホイホイ

技所 → 技師 【師か】
一月未 → 一月末 【末か】
のみならず。 → のみならず、 【読点か】
二股 → 二俣 【俣か】
不規測 → 不規則 【則か】
涌出す七番島 → 涌出す、七番島 【読点か】

以上6件。底本は左辺のとおり。

年表

安永八(一七七九) 桜島大噴火。
安永八(一七七九)一〇月一四日 一島涌出す。翌年七月朔日、水中に没して今見えず。一五日また一島涌出す。一一月六日夜、また一島涌出す。一二月九日夜、また一島涌出す。
寛政一二(一八〇〇)閏四月 藩府より島民六口をこの島に移し居らしむ。

明治二七(一八九四) 陸地測量部、測量を施行。
明治三七(一九〇四)八月一四日 暴風雨。


大正三(一九一四)


一月一二日 桜島大噴火。午前一〇時ごろよりはじまり、同日午後六時三〇分ごろに一回の激震。それより約一時間をへて鹿児島市の海岸に小津波を押しよせる。
一月一六日~二月八日 鹿児島県庁構内において震災予防調査会の簡単微動計をもって不断観測を施行。
二月一〇日~五月三一日 桜島古里において微動計観測。
三月一三日(太陰暦一七日) 大潮。
四月 大森房吉、桜島に出張。
夏より 参謀本部陸地測量部、鹿児島地方水準測量を施行。
九月 大森、桜島に出張。
一〇月二四日~翌年一月一〇日 古里において微動計観測。


◇参照:本文、『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008)。

スリーパーズ日記*

書きかえメモ。
火孔 → 火口
噴孔 → 噴口
西々北 → 西北西
十二分一 → 十二分の一
噴出孔 → 噴出口
地磐 → 地盤
孔縁 → 口縁

3/10 山形新聞 p.1
東日本大震災 あす4年
避難者なお22万9000人
ピーク時約47万人

本県への避難者は、今月5日現在で4346人。
うち福島県からが3960人。(復興庁)

3/11 水曜 吹雪。
13:30、外出。強い西風。一晩で目測10センチの積雪。除雪車出動したもよう。ほとんど消えかかっていた路肩の積雪。クロッカス、福寿草の上に雪。

山形新聞 p.2
県内の避難者4346人。
東日本大震災4年

県まとめ今月5日時点
市町村別
山形市が最多で1525人
米沢市(2番目)1065人
天童市(3番目)282人

主な避難元
福島県 3960人
宮城県 347人
岩手県 31人

3/13 金曜 雪
『Newton』南アフリカの壁画、動物の目、冬眠。

『週アス』。遠藤諭「神は雲の中にあられる」に AIBO、土井、てんげしろう。





2015.3.14 公開予定
2015-06-05 公開
しだひろし/PoorBook G3'99
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