M-Tea* vol.7 no.26 笑い/小浅間 寺田寅彦

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M-Tea* vol.7 no.26 笑い/小浅間 寺田寅彦

2015.1.17 第七巻 第二六号

笑い
小浅間
 寺田寅彦



税込価格:100円(本体税抜93円)  p.115 / *99 出版
※ DRM などというやぼったいものは使っておりません。

※ PDF 形式。Mac OS X 10.4・Acorbat Reader 5.0、Windows 7・Adobe Reader X および SONY Reader(PRS-T2)にて確認済み。
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(c) Copyright is public domain in Japan, 2015.

PDF マガジン 週刊ミルクティー*

 私は子どもの時分から、医者の診察を受けている場合にきっと笑いたくなるという妙な癖がある。この癖は大きくなってもなかなかなおらなくて、今でもその痕跡だけはまだ残っている。
 病気といっても四十度も熱があったり、あるいはからだのどこかに堪えがたい痛みがあったりするような場合はさすがにそんな余裕はないが、病気の自覚症状がそれほど強烈でなくて、起き上がってすわって診察してもらうくらいのときにこの不思議な現象がおこるのである。
 まず医者が脈をおさえて時計を読んでいる時分から、そろそろこの笑いの前兆のような妙な心持ちがからだのどこかからおこってくる。それは決して普通のおかしいというような感じではない。自分のさしのべている手をそのままの位置に保とうという意識に随伴して一種の緊張した感じがおこると同時にこれに比例して、からだのどこかに妙なくすぐったいようなたよりないような感覚がおこって、それがだんだんからだじゅうを彷徨しはじめるのである。いわば、かろうじて平衡を保っている不安定な機械のどこかに少しのよけいな重量でもかかると、そのために機械全体のつりあいがとれなくなって、あっちこっちがぐらついてくるようなものかもしれない。実際、からだが妙にグラグラしたり、それをおさえようとすると肝心の手のほうがガクリと動いたりするのである。(「笑い」より)

※ #ref(7_26.rm)
(朗読:RealMedia 形式 xxxKB、x:xx)
※ お休みしまーす。


寺田寅彦 てらだ とらひこ
1878-1935(明治11.11.28-昭和10.12.31)
物理学者・随筆家。東京生れ。高知県人。東大教授。地球物理学を専攻。夏目漱石の門下、筆名は吉村冬彦。随筆・俳句に巧みで、藪柑子と号した。著「冬彦集」「藪柑子集」など。

◇参照:『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008)、Wikipedia 日本語・オフライン版(『iP!』2009.4月号、晋遊舎)。

底本

笑い
底本:「寺田寅彦随筆集 第一巻」小宮豊隆編、岩波文庫、岩波書店
   1947(昭和22)年2月5日第1刷発行
   1963(昭和38)年10月16日第28刷改版発行
   1997(平成9)年12月15日第81刷発行
http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card2443.html

NDC 分類:914(日本文学 / 評論.エッセイ.随筆)
http://yozora.kazumi386.org/9/1/ndc914.html

小浅間
底本:「寺田寅彦随筆集 第五巻」岩波文庫、岩波書店
   1948(昭和23)年11月20日第1刷発行
   1963(昭和38)年6月16日第20刷改版発行
   1997(平成9)年9月5日第65刷発行
http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card2506.html

NDC 分類:915(日本文学 / 日記.書簡.紀行)
http://yozora.kazumi386.org/9/1/ndc915.html

難字、求めよ


笑い

弱い神経 ウィークナーヴ weak nerve


小浅間

溶岩塊 ようがんかい
灰砂
ミネヤナギ
多稜形 たりょうけい
麺麭殻 ブレッドクラスト
バンベルヒの天頂儀
バンベルヒ バンベルクか?
バンベルク Bamberg ドイツ南東部、バイエルン州の都市。レグニッツ川とマイン川の合流点にある。11世紀には大司教座の所在地で、宗教・文化都市として栄えた。「バンベルクの騎士像」の内部装飾彫刻で有名な大聖堂がある。
ラキジュリー
小浅間 こあさま

スリーパーズ日記*

書きかえメモ。
正常《ノルマル》 → 正常《ノーマル》

1/10 土曜
21:00、NHKスペシャル。空き屋問題討論。

1/11 13:30 日曜 くもり。
『Newton』知床写真。水素社会、四川省。

このところ、とくに人間不信に拍車がかかってる気がする。出歩くよりも、へやにひきこもっていなさいと暗にうながされてるかのようでもあり。不信感がうまれるのは、多かれ少なかれ他者との接点があるかぎり、どこででも同じなんだろうけれど。。。

親しい人、顔見知り、つきあいを持ってるひとに不信感をいだくほうがまだいいのか、それとも、見ず知らずの他人に不信感をいだくほうがまだいいのか。。。「不信感」の質や内容にもよるか。

身に危険を感じるような不信感。ひとのスキをうかがってるような不信感。逆に、なにか犯罪をおかすんじゃないかと疑われてるような不信感。。。なんだろう? 住んでる街に依拠した不信感なのか、それとも、ほかのひとと大きく異なる生活パターンの自分自身に依拠する不信感なのか、それとも、昨今の日本列島のどこでもありふれた不信感なのか。

あるいは、精神的な弱さなのか。
衰弱、消耗、ストレス、過敏すぎることが原因なのか。
あるいは、現代社会そのものの問題なのか、住んでる街の問題なのか、大震災後特有の問題なのか。

どんどんぱんぱん、鈍感力。
鈍くなりたい。鈍くなりたい。鈍くなりたい。



2015.1.17 公開
目くそ鼻くそ、しだひろし/PoorBook G3'99
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