M-Tea*6_40-風土記物語(四)武田祐吉

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M-Tea*6_40-風土記物語(四)武田祐吉

2014.4.26 第六巻 第四〇号

風土記物語(四)
武田祐吉
 四 常陸国風土記
    国号
    高天の原から降った神
    日本武の尊
    筑波山
    歌垣
    神蛇
    佐伯
    白鳥
    大人



税込価格:100円(本体税抜93円)  p.161 / *99 出版
※ DRM などというやぼったいものは使っておりません。

※ PDF 形式、六インチ判。Mac OS X 10.4・Acorbat Reader 5.0、Windows 7・Adobe Reader X および SONY Reader(PRS-T2)にて確認済み。
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(c) Copyright this work is public domain, 2014.

パブリックドメインマガジン 週刊ミルクティー*

 東方の諸国は、地勢上遅れて開発されていった。わが国の文化は西の方におこり、しぜん近畿を中心としたのであったが、東方には先住民の棲息するものがあり、王化に浴することが遅かったのである。しかしついに人々は植民し、その地を開墾していったのである。いまその跡を『常陸国風土記』に見ることができる。この国は元来肥沃の地であったが沼沢が多く、東の道の果てとも称せられていた地である。ここに蛇類を逐い、沃野を開墾して新しい国土は建設せられていった。日本武の尊のご事跡を所々に伝えるのも偶然ではない。この国の風土記も完全なものは伝わらず、古老の伝説の部分を中心とした略本だけが残っている。しかし漢文学をよくした人が著したものと見えて、立派な文章で書かれている。(「四 常陸国風土記」より)

※ #ref(6_40.rm)
(朗読:RealMedia 形式 xxxKB、x:xx)
※ お休みしまーす。

武田祐吉 たけだ ゆうきち
1886-1958(明治19.5.5-昭和33.3.29)
国文学者。東京都出身。小田原中学の教員を辞し、佐佐木信綱のもとで「校本万葉集」の編纂に参加。1926(昭和元)、国学院大学教授。「万葉集」を中心に上代文学の研究を進め、「万葉集全註釈」(1948-51)に結実させた。著書「上代国文学の研究」「古事記研究―帝紀攷」。「武田祐吉著作集」全8巻。

◇参照:『日本史広辞典』(山川出版社、1997.10)。

底本

底本:『物語日本文學 風土記・靈異記』至文堂
   1954(昭和29)年4月15日発行
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person1349.html

NDC 分類:213(日本史 / 関東地方)
http://yozora.kazumi386.org/2/1/ndc213.html

難字、求めよ

許呂 ころ
一連 いちれん
社の御船 やしろの みふね
烏織 からすはた
桙釜 ほこかま
浦の花 うらのはな
阿是の小松 あぜのこまつ
奈美松 なみまつ
古津松 こつまつ
筑波の曲 つくばのうた
久慈の酒 くじのさけ
神蛇 かみへび
堺の堀 さかひのほり
山の佐伯 やまの さえき
野の佐伯 のの さえき
東の道の果 あづまの みちのはて
我姫の道 あづまのみち
寒田 さむた
神の郡 かみのこほり
天の大神の社 あめの おおかみの やしろ
香島の宮 かしまのみや
豊香島の宮 とよかしまのみや
大坂山 おおさかやま
津の宮 つのみや
沼尾の池 ぬまのおのいけ
碓井 うすい
雄栗の村 おぐりのむら
東の大山 ひがしのおおやま
賀※[#「田+比」、第3水準1-86-44]礼の高峰 かひれの たかね
松沢の松の樹 まつざわの まつのき
槻野の流れ つぎのの ながれ
現原の丘 あきつはらのおか
鴨野 かもの
椒の池 はじかみのいけ
香取の神子の社 かとりの みこの やしろ
屋形野の行宮 やかたのの かりみや
香島、香取の二つの神子の社 かしま、かとりの ふたつのみこのやしろ
相鹿の丘前の宮 おうかの おかざきのみや
飽田の村 あくたのむら
軽野の田 かるののた
童子女の松原 おとめの まつばら
小田の里 おたのさと
大伴の村 おおとものむら
椎の井 しいのい
片岡の村 かたおかのむら
安婆の島 あばのしま
安伐の里 やすきりのさと
吉前の邑 よしさきのむら
小泊瀬山 おはつせやま
中臣幡織田連 なかとみの はたおりたのむらじ
比那良珠の命 ひならすのみこと 国造。
中臣部兎子 なかとみべの うさぎこ
高向の大夫 たかむこ/たかむくの まえつぎみ 長官。
香島の天の大神 かしまの あめの おおかみ
大中臣の神 おおなかとみのかみ
聞勝の命 ききかつのみこと
天津大御神 あまつおおみかみ
天の大神 あめの おおかみ
中臣臣狭山 なかとみの おみさやま
長幡部 ながはたべ
多弖の命 たてのみこと 長幡部の祖先。
立速日男の命 たちはやひおのみこと 別名、速経和気の命。/天津神。(神名)
速経和気の命 はやふわけのみこと
片岡大連 かたおかの おおむらじ
茨城の国造 うまらきの くにのみやつこ
壬生連麻呂 にぶのむらじ まろ 茨城の国造。
那珂の国造 なかの くにのみやつこ
壬生直夫子 にぶのあたい せこ 那珂の国造。
中臣幡織田の大夫 なかとみの はたおりたの まえつぎみ
鳥日子 とりひこ 佐伯。
寸津毘古 きつひこ 国栖。
寸津毘売 きつひめ 国栖。
古都比古 こつひこ
大橘比売の命 おおたちばなひめのみこと 日本武の尊の妃。
建御狭日の命 たけみさひのみこと 多珂の国造。
川原宿禰黒麻呂 かわらの すくね くろまろ 国守。
筑簟の命 つくはのみこと 紀の国の国造。采女臣の一族。
雄の神 おのかみ
那賀の寒田の郎子 なかの さむたの おとこ
海上の安是の孃子 うなかみの あぜの おとめ
箭括氏麻多智 やはずのうじ またち
努賀※[#「田+比」、第3水準1-86-44]古 のがひこ
努賀※[#「田+比」、第3水準1-86-44]※[#「口+羊」、第3水準1-15-1] のがひめ
建借間の命 たけかしまのみこと
夜尺斯 やさかし 国栖。
夜筑斯 やつくし 国栖。
比奈良珠の命 ひならすのみこと

むしとりホイホイ


スリーパーズ日記*

大きな災害でたくさんの死者が出たばあい、遺体をどう安置するか。マレーシア航空機の行方不明事件、韓国南部でおきた旅客船事故の報道を聞きながら、そのことについて考えている。

東日本大震災から数日後、県外からの避難者の受け入れについてある人と話をしていたときに、「被災地で、遺体を安置する場所がたりなくて悩んでいる」と聞く。そのときは、「亡くなった人よりも、生きてる人の避難が優先だろう」と即答してしまった。

が、以後しばらく、そのことを考えていた。
三月十一日。当日は、春先の低気圧で東北一体がひさしぶりの降雪になった。そのあと天候は快復し、日中の気温が上昇に転じる。あのとき、生存者の避難もたしかに大事ではあったけれども、それと同等に、遺体の安置場所と方法のすみやかな解決策が望まれた。

案、その一。
遺体を月山や蔵王の麓の村へ運ぶ。
蔵王なら四月まで、月山なら七月まで残雪が確保できる。ふつうの観光地はそういう利用を好まないだろうけれども、月山や蔵王は死出の山、死者を葬りとむらう山としての長い歴史がある。ほかの場所よりも理解が得られやすいはず。
問題は移送方法。JR仙山線は不通。国道はガソリン不足。加えて国道112号では雪崩事故の処理中だった。陸上自衛隊による輸送が可能だとしても、慣れない雪道の月山への輸送では二次災害発生のリスクが高い。大型ヘリ・チヌーク利用による運搬。こちらは陸路にくらべて費用は高くなる。
この案のもう一つの問題は、遺体とその家族が一時的にせよ遠く隔てられてしまうこと。家族による身元確認ができにくくなる。家族には、残った家屋の問題もあるから遠距離への長期移動は難しい。

案、その二。
遺体の長距離移送には問題が多い。となると、条件は被災地の近く。かつ、遺体を霊安できる低温の場所。トンネル。できれば交通利用をやめたような山間僻地。もしくは地下室。ある程度の広さのある空間が好ましい。こちらも、繁華な市街地の地下ではないほうが理解が得られやすい。
トンネル利用の問題点は、大地震後の崩落の危険性、輸送路確保。
常設の地下空間。しかも海岸部から近く、遺体安置に理解を得られやすいところ……。

震災後の報道によれば、解決策のひとつは砂浜への一時的埋葬・安置。もうひとつは「汗まみれ」で紹介のあった、ピースウィンズ・ジャパンの大型テントの使用。



2014.4.19 公開
目くそ鼻くそ、しだひろし/PoorBook G3'99
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