M-Tea*6_9-後世への最大遺物(二)内村鑑三

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M-Tea*6_9-後世への最大遺物(二)内村鑑三

2013.9.21 第六巻 第九号

後世への最大遺物(二)
内村鑑三



定価:100円(税込)  p.000 / *99 出版
※ DRM などというやぼったいものは使っておりません。

※ PDF 形式、六インチ判。
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(c) Copyright this work is public domain, 2013.

PDF マガジン 週刊ミルクティー*

(略)金もじつに一つの遺物でありますけれども、わたしはこれを最大遺物と名づけることはできない。事業もじつに大遺物たるには相違ない、ほとんど最大遺物というてもようございますけれども、いまだこれを本当の最大遺物ということはできない。文学も先刻お話ししたとおりじつに貴いものであって、わが思想を書いたものはじつに後世への価値ある遺物と思いますけれども、わたしがこれをもって最大遺物ということはできない。最大遺物ということのできないわけは、一つは誰にも遺すことのできる遺物でないから、最大遺物ということはできないのではないかと思う。そればかりでなく、その結果はかならずしも害のないものではない。昨日もお話ししたとおり、金はもちい方によってたいへん利益がありますけれども、もちい方が悪いとまたたいへん害を来すものである。事業におけるも同じことであります。クロムウェルの事業とか、リビングストンの事業はたいへん利益がありますかわりに、またこれには害がいっしょに伴うております。また本を書くことも同じようにその中にいいこともあり、また悪いこともたくさんあります。われわれはそれを完全なる遺物または最大遺物と名づけることはできないと思います。
 それならば最大遺物とはなんであるか。

※ #ref(6_9.rm)
(朗読:RealMedia 形式 xxxKB、x:xx)
※ お休みしまーす。

内村鑑三 うちむら かんぞう
1861-1930(万延2.2.13-昭和5.3.28)
宗教家・評論家。高崎の人。札幌農学校出身。教会的キリスト教に対して無教会主義を唱えた。教育勅語の天皇の署名への礼拝を拒む不敬事件を起こし、また非戦論を唱道。雑誌「聖書之研究」を創刊。著「基督信徒の慰め」「求安録」など。

◇参照:Wikipedia 内村鑑三、『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008)。

底本

底本:「後世への最大遺物 デンマルク国の話」岩波文庫、岩波書店
   1946(昭和21)年10月10日第1刷発行
   1976(昭和51)年3月16日第30刷改版発行
   1994(平成6)年8月6日第64刷発行
底本の親本:「内村鑑三全集 第一巻」岩波書店
   1932(昭和7)年10月
初出:「湖畔論集 第六回夏期学校編」十字屋書店
   1894(明治27)年11月
http://www.aozora.gr.jp/cards/000034/card519.html

NDC 分類:914(日本文学 / 評論.エッセイ.随筆)
http://yozora.kazumi386.org/9/1/ndc914.html

難字、求めよ

外家 がいか
三日月様 みかづきさま
ほうりぽかす
石撃 いしぶち
ガラテヤ Galatia 小アジア中央部の古地名。
ダンバーの戦場
マウント・ホリヨーク・セミナリー
スミス女学校
ウェレスレー → ウェルズリーか
ウェレスレー学校
ブリンモアー学校 ペンシルヴァニア州。
ウォルフ将軍
丹羽〓 にわ?〓 雑誌『キリスト教青年』を出す。(本文)
坂本
シーリー先生 アーマスト大学の教頭。(本文) → シーリか
シーリ Seely, Julius Hamley 1824-1895 アメリカの教育学者。アマスト・カレッジ学長(1876-90)、マサチューセッツ州議会の議員。(西洋人物レ)
大島 〓 内村とともに札幌でクラークの指導を受ける。(本文)
『フランス革命史』 カーライルの著。(本文)
『少年文学』
『二宮尊徳翁』

むしとりホイホイ

アーマスト大学 → アマースト大学か

底本未確認。

スリーパーズ日記*


 ジブリ汗まみれ。
 ウェブサイトへ行くと、過去の放送をポッドキャストで聞くことができる。mp3 のDLもできる。現在、トップに宮崎さんが出演した回がピックアップされている。

 二〇一一年九月一日放送の、夏休みスペシャル第2弾!「スタジオジブリは、原発ぬきの電気で映画をつくりたい。」を聞きなおす。本放送を聞いたはずだけれども、横断幕のくだり、すっかり忘れていたらしい。あるいはその部分だけ聞き逃したんだろうか。

 ポニョのときには「全部手書きであること」をしきりに宣伝文句にしていたけれど、今回『風立ちぬ』を見ると、車窓から見る田園風景や、夕闇の渓谷に降る雪のパーティクル、あれはCG、コンピュータ・グラフィックスだろう。

 文春ジブリ文庫『ジブリの教科書1・風の谷のナウシカ』(文藝春秋、2013.4)の「島本須美の制作現場訪問記」写真キャプションに、現在すでにセル画そのものがないこと、フィルムが存在しないデジタル上映であること、撮影機械も製作現場から姿を消したことが書いてある。

 コンピュータを使ってものをつくるということは、電気まみれ、原子力まみれになることであって、電子本の作り手としても、自分の中の大きな矛盾、大きな悩みの種のひとつがそこにある。原発がすべてストップしたとしても、石油まみれ、石炭まみれ、天然ガスまみれ、二酸化炭素まみれ……では、罪業の加担者であることからまぬがれない。

 富田倫生『青空のリスタート』(青空文庫所収)を読み返している。いまのところ、原子力についての言及は見つからない。青空がほんとのあおぞらになって、星空がほんとのほしぞらになるには……
 宣言、「週刊ミルクティー*は、原発ぬきの電気で電子本をつくりたい。」

 智恵子は東京に空がないという、
 浜通りの海岸線に
 毎日出ている青い空が
 智恵子のほんとの空だという。



2013.9.21 公開
2013.11.1 更新
目くそ鼻くそ、しだひろし/PoorBook G3'99
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