M-Tea*6_6-道教思想(三)幸田露伴

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M-Tea*6_6-道教思想(三)幸田露伴

2013.8.31 第六巻 第六号

道教思想(三)
幸田露伴



月末最終号:無料  p.131 / *99 出版
※ DRM などというやぼったいものは使っておりません。

※ PDF 形式、六インチ版。
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(c) Copyright this work is public domain, 2013.

PDF マガジン 週刊ミルクティー*

 史に明記されているが、張角はみずから黄天と称したのである。黄天とはそもそも何を意味するか。元来シナは黄であり、黄はシナである。土も黄である、水も黄である、天も黄である、人も黄である。そのはじめに成り立ったところは黄河流域であり、そのはじめに成り立たしめた指導者は黄帝であった。(略)一つにはまた黄色はシナ民族の尊貴とする色で、漢末に黄衣する者は王であり、後世にいたっても黄色の瓦をもちいるのは王宮に限られたくらいである。その王の特用する黄色を奪い取って庶民の巾の色としたところに、反王政的の色彩は鮮やかに見ゆるというものである。この黄巾は、張角の徒が用いたのみではない。張陵の子の張衡、衡の子の魯らもまた同じくこれを用いたのである。されば、後にいたって張魯が曹操に征せられて力屈し、国家に帰順する態度をとったとき、曹操は命をもって黄を赤に改めさせた事実がある。色は些細なことであるが、その色の持つ意味においてよほど重大なものがあったからである。

※ #ref(6_6.rm)
(朗読:RealMedia 形式 xxxKB、x:xx)
※ お休みしまーす。

幸田露伴 こうだ ろはん
1867-1947(慶応3.7.23-昭和22.7.30)
本名、成行(しげゆき)。江戸(現東京都)下谷生れ。小説家。別号には、蝸牛庵、笹のつゆ、雪音洞主、脱天子など。『風流仏』で評価され、「五重塔」「運命」などの作品で文壇での地位を確立。尾崎紅葉とともに紅露時代と呼ばれる時代を築いた。擬古典主義の代表的作家で、また古典や諸宗教にも通じ、多くの随筆や史伝のほか、『芭蕉七部集評釈』などの古典研究などを残した。第1回文化勲章受章。娘の文は随筆家。

◇参照:Wikipedia 幸田露伴、『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008)。

底本

底本:『露伴全集 第十八卷』岩波書店
   1949(昭和24)年10月10日発行
初出:岩波講座『東洋思潮』岩波書店
   1936(昭和11)年7月
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/list_inp51_1.html

NDC 分類:166(宗教 / 道教)
http://yozora.kazumi386.org/1/6/ndc166.html

難字、求めよ

法家者流
違規者
加束縛的
漠焉 ばくえん? 〓焉・藐焉か。
獄神
寓在
格套
排去 廃去(はいきょ)か
煥散 かんさん? 渙散か。
亢まり たかまり?
果熟し蔕落つる -ほぞおつる?
圧逼
常相 じょうそう 定相か。
嫉罵 しつば? 叱罵?
荘厳相
妄感実得の状
道言
帝須阿那田
摩夷天
帝恬※[#「りっしんべん+會」、U+61C0]延
竺落皇笳天
帝鬱密羅千
帝龍羅菩提
帝婆婁阿貪
帝勃勃監
大梵行
後出
成壌の論
却波 カルパ
祖誦
三元八会
空玄
八角垂芒
玉字の説
拒斥
部類立て
太極章
治頭
昆吾鉄
確持
自高自貴
穢術
中気真術
三五七九の教え
房中の術
自然の勢
衣を被た おおうた? かぶった?
米賊
徴知
妖巫
九節の杖
符祝 符呪か?
怡熙 いき? 熙怡に同じか。
太平部
老巫
黄天
半霊半実
尚慕
帝君
督義司馬 役名か。
闇懦 あんだ?
圧潰 あっかい?
鎮夷中郎将
鎮南将軍※[#「門<良」、第3水準1-93-50]中侯
正一嗣法
幾干時
蜀の鵠鳴山
巴漢
漢寧
李氏
※[#「竹/完」、第4水準2-83-47]子
魏華存 ?-?
鮑※[#「靜のへん+見」、第3水準1-93-75] ほうくん?
張修 巴郡のもの。別部司馬。(本文)
張衡 ちょうこう 張陵の子。(Wikipedia)
蘇固 漢中の太守。(本文)
呉主の孫氏
安平王
甘陵王
白雲霽
※[#「广+龍」、第3水準1-94-86]義 将。
魏伯陽
『韓非子』「解老の篇」
『三皇経』 さんこうきょう 江南の呪文や避邪の方術と関連する経典群の核をなす。(あじあ、p.22)
『晋史』「鮑※[#「靜のへん+見」、第3水準1-93-75]伝」
『晋史』 → 『晋書』か
『典略』
『黄書』
『劉艾紀』 りゅうがいき?
『天師世家』

むしとりホイホイ

格套 → 外套 【外か】
圧逼 → 圧迫 【迫か】
符祝 → 符呪 【呪か】

スリーパーズ日記*

書きかえメモ。
然樣ではない、 → 然樣ではない。
分明でない、 → 分明でない。
位である、 → 位である。
名將である、 → 名將である。


 昨年(二〇一二)二月、「分野別リストの分類番号を青空データベースへ採用したい」というメールをいただいて、了承の返答をした。これが富田さんとの最後のやりとりになってしまった。
 富田さんの著作やメーリングリストを読んでいたので、闘病中であること、入退院をくりかえしていることも知っていた。が、お別れがこんなにもはやく、こんなに突然になるとは思ってもみなかった。

 一九九八年、仙台の書店で富田さんの『インターネット快適読書術』を購入。それで青空文庫のことを知り、付属のエキスパンドブックで宮沢賢治「銀河鉄道の夜」を読んだ。それがはじめての出会い。
 おなじく付録に動画ムービーが入っていて、ボイジャーの萩野さんの熱弁が収録されていた。何をかんちがいしたものか、萩野さんを富田さんと混同してしまって、しばらくのあいだ、ツルツル頭の萩野さんのことを「青空文庫の富田さん」だと、はやとちりしていたことがある。
 工作員になったのは二〇〇一年からのことで、以降、みずたまりやメーリングリストでのおつきあいがはじまる。毎年恒例の東京ブックフェア。そこでの富田さんの講演の様子が写真や動画でアップされるのを見て、ようやく自分がかんちがいしていたことに気がつく。

 二〇〇二年一月、Unicode 版への変換作業について
 二〇〇三年二月、漢文返り点の注記について
 二〇〇五年七月、ジャンル別は便利!
 二〇〇九年五月、問題点の修正、形式合わせ
 二〇一〇年一一月、宮地佐一郎『龍馬の手紙』の公開について

 手元にある保存メールをひさしぶりに開いて、富田さんとのやりとりの一部をひろってみた。
 毎年、東京ブックフェアにあわせて開催される青空文庫のオフ会。一つ、ひそかに夢みていたことがある。ある人といっしょにブックフェアとオフ会へ参加すること。そして、その人を富田さんへ紹介すること。ぼくがこれまでやってきたことの支えになってくれた人のことを、富田さんをはじめとする青空文庫のみんなに紹介したかった。心身ともにボロボロだったぼくが、これまで青空文庫に積極的に参加できたのは、まちがいなく彼女の影の支えがあったから。
 この一〇年間、ぼくがもっとも活動した舞台が青空文庫であり、それを間近で見ていてくれたのが富田さんだった。しばしば批判するようなメールを送ったこともあるし、直接お会いしておわびしたいこともあった。

 その人には、元気な富田さんに会ってもらいたかった。



2013.9.9 公開
2013.10.4 更新
目くそ鼻くそ、しだひろし/PoorBook G3'99
転載・印刷・翻訳は自由です。
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  • まだ体が動くうちに全国に広がる仲間達にお会いしたかった、と富田さんがおっしゃっていたのを思い出します。しださんと、しださんを支えられたその方を、富田さんは満面の笑顔で迎えたのではないでしょうか。しださん達に私もお会いしたかった。いや、まだ可能と思いたいです。 -- Juki (2013-10-04 18:56:13)
  • Juki さん、コメントありがとうございます。そうですねえ。 -- しだ (2013-11-01 20:15:10)
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