M-Tea*5_19-校註『古事記』(一一)武田祐吉

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M-Tea*5_19-校註『古事記』(一一)武田祐吉

2012.12.1 第五巻 第一九号

校註『古事記』(一一)
武田祐吉
 語句索引
 歌謡各句索引


【週刊ミルクティー*第五巻 第一九号】
http://www.dlmarket.jp/product_info.php/products_id/215403
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(224KB)

定価:200円  p.431 / *99 出版
※ DRM などというやぼったいものは使っておりません。

※ 現代表記版に加えてオリジナル版を同時収録。
※ JIS X 0213・ttz 形式。
※ この作品は青空文庫にて校正中です。著作権保護期間を経過したパブリック・ドメイン作品につき、引用・印刷および転載・翻訳・翻案・朗読などの二次利用は自由です。
(c) Copyright this work is public domain.

♪たいようのかぜー、せにうけてー……週刊王立宇宙郡。


ああ、しやこしや      一〇
あおかき          三一
あおきみけしを       五
あおによし         五九
あおやまに         二 四
あがおおくにぬし      六
あかしてとおれ       八八
あがせのきみは       六三
あかだまは         八
あがはしづまに       六〇
あがみしこに        四三
あがもういも        九一
あがもうつま        九一
あからおとめを       四四
あきづしまとう       九八
あきづはやくい       九八
あぐらにいまし       九八
あぐらいの         九七
あさあめの         五
あさしのはら        三六
あさずおせ         四〇
あさぢはら         一一二
あさとには         一〇五
あさひの          四 一〇一
あしひきの         七九
あしはらの         二〇
あしふますな        八八
あしよゆくな        三六
あすよりは         一一三
あせを           三〇 一〇五
あそばしし         九九
あそびくる         一〇九
あたねつき         五
あたらすがしめ       六五
あたらすがはら       六五
あぢしきたかひこねのかみぞ 七
あじまさの         五四
あずさゆみ         九〇
あずさゆみまゆみ      五二
あずまをおえり       一〇一
あなだまはや        七
あわししおとめ       四三
あわししおみな       四三
あわしま          五四
あはふには         一二
あはもよ          六
あわれ           九二
あいおもわずあらん     六一
あいねのはまの       八八
あいまくらまく       四六
おうみのおきめ       一一三
おうみのうみに       三九
あうやおとめを       七八
あまだむ          八四 八五
あまとぶ          八六
あまはせづかい       二 三
あむかきつき        九八
あめをおえり        一〇一
あめたちやめん       八二
あめつつ          一八
あめなるや         七
あめにかける        六九
あめのかぐやま       二八
あやがきの         六
あやに           四 四一
あやにかしこし       一〇一
あゆいのこすず       八三
あらそわず         四七
あらたまの         二九
ありおの          九九
ありかよわせ        二
ありぎぬの         一〇一
ありたたし         二
ありと           九一
ありときかして       二
ありときこして       二
あれこそは         七三
あれはおもえど       二八
あれはすれど        二八
あれはわすれじ       一三
あわゆきの 

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武田祐吉 たけだ ゆうきち
1886-1958(明治19.5.5-昭和33.3.29)
国文学者。東京都出身。小田原中学の教員を辞し、佐佐木信綱のもとで「校本万葉集」の編纂に参加。1926(昭和元)、国学院大学教授。「万葉集」を中心に上代文学の研究を進め、「万葉集全註釈」(1948-51)に結実させた。著書「上代国文学の研究」「古事記研究―帝紀攷」。「武田祐吉著作集」全8巻。

◇参照:Wikipedia 武田祐吉、『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008)、『日本人名大事典』(平凡社)。

底本:「古事記」角川文庫、角川書店
   1956(昭和31)年5月20日初版発行
   1965(昭和40)年9月20日20版発行
底本の親本:「眞福寺本」
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person1349.html

NDC 分類:164(宗教 / 神話.神話学)
http://yozora.kazumi386.org/1/6/ndc164.html
NDC 分類:210(日本史)
http://yozora.kazumi386.org/2/1/ndc210.html

難字、求めよ

上つ国 うわつくに?
沖方 おきつへ?
大浦 おおうら?
隠ら かくら?
通わせ かよわせ?
軒后 けんこう?
子の一木 このひとつけ?
三枝 さきくさ?
玉島の里 たましまのさと?
堤の池 つつみのいけ?
戸無し八尋殿 となし やひろどの?
七媛女 ななおとめ?
柱太しり はしら ふとしり?
間なし勝間の小船 まなし かつまの おふね?
御琴 みこと?
海驢の皮 みちのかわ?
三重の子 みえのこ?
造木 〓
本つ教 もとつおしえ?
山百合草 やまゆり?
夜の水 よのみず?

むしとりホイホイ

鵜葦草葺合えずの命 → 鵜葺草葺合えずの命 【葺】
天の斑駒 → 天の斑馬 【馬】
居寝の清泉 → 居寤の清泉 【寤】
伊予の湯 → 伊余の湯 【余】
恵波の臣 → 恵波の王 【王】
衰那弁の郎女 → 袁那弁の郎女 【袁】
大宣都比売 → 大宜都比売 【宜】
大坂戸 → 大阪戸 【阪】
大多摩流別 → 大多麻流別 【麻】
大贅 → 大贄 【贄】
大山昨の神 → 大山咋の神 【昨】
大倭帯日子国押入の命 → 大倭帯日子国押人の命 【人】
袁牟漏が獄 → 袁牟漏が嶽 【嶽】
相模の小野 → 相摸の小野 【摸】
佐佐宣の郎女 → 佐佐宜の郎女 【宜】
佐佐宣の王 → 佐佐宜の王 【宜】
佐土布都の神 → 佐士布都の神 【士】
管竃由良度美 → 菅竃由良度美 【菅】
当麻の※斐 → 当摩の※斐 【摩】
多祁里の宮 → 多祁理の宮 【理】
旦波の比古多多須美智能宇斯の王 → 丹波の比古多多須美知能宇斯の王 【丹波の、知】
太刀 → 大刀 【大】
土佐の国 → 土左の国【左】
中つ日子の王 → 中日子の王 【つ】
中つ日売の命 → 中日売の命 【つ】
長日比売 → 長目比売 【目】
額田の大中つ日女の命 → 額田の大中つ日子の命 【子】
鰭手 → 端手 【端】
比古意須の主 → 比古意須の王 【王】
日子穂穂手見 → 日子穂穂出見 【出】
伊許許知邇の神 → 伊許知邇の神 【許】
未羅県 → 末羅県 【末】
八咫の鏡 → 八尺の鏡 【尺】
山佐智毘古 → 山佐知毘古 【知】
和久産巣の神 → 和久産巣日の神 【日】
和鳥 → 吾鳥 【吾】

 歌謡各句索引
いざあぎ 三五 →いざあぎ 三九 【三九】
うえしはじかみ 一二 → うえしはじかみ 一三 【一三】
うきしあづら → うきしあぶら 【ぶ】
えみさかえきえ 四五 → えみさかえきて 四 【て、四】
おいだてる 一三 → おいだてる ? 【?】
このまより → このまよも 【も】
したびをわしせ 八九 → したびをわしせ 七九 【七九】
ちどりましとど → ちどりましとと 【と】
つきたちにけり 二九 → つきたちにけり 二八 【二八】
わがこころし → わがこころしぞ 【ぞ】
(清音/濁音の差異のみは省略)

スリーパーズ日記*

 保立道久『歴史の中の大地動乱』(岩波新書、2012.8)、読了。

p.42 「大隅国の海中に神造の嶋あり、其名は大穴持(おおなむち)神といふ」

p.73 坤徳(こんとく)=地神

p.76 830(天長7)「物恠(モノノケ)」の初見。

p.80 837(承和4)鳴子火山噴火。(玉造温泉)
   839(承和6)鳥海山噴火。
p.169 火山神・地震神・雷神……頂点に位置するのは雷電。
    雷電 小童=魂・聖霊=タカミムスヒ=蒸す火(熱い火)
p.179 仏教には、釈迦は自由に大地の大規模な「六種震動」を起こしたり止めたりすることができるという信仰がある。

 網野善彦『新版 日本中世に何が起きたか――都市と宗教と「資本主義」』(歴史新書y、洋泉社、2012.6)、読了。

p.43
(略)職能民、境界的な人びとの扱い方が、東日本と西日本、東国と西国ではかなり違っていたことは確実といわざるをえませえん。これは今後の大きな問題になりうることで、古代以来、自然とのなお未開な関わり方をその基礎に持ちながら成立した王朝国家と、戦闘そのものの中から生まれた戦士的な王権である鎌倉幕府との違いもそこに考えなくてはなりませんし、それが宗教の問題とどのように関連してくるかも大きな問題です。禅宗、律宗はもとより、真宗も日蓮宗もその発祥に当ってはみな東国に関わっていることも、おそらくこの問題に関係していると思われますので、こうした視点から宗教のあり方の細部にまで立ち入って考えてみることは意味があるのではないか。

p.51
(略)しかし天皇、神仏の力が弱くなったことと、非人の差別の固定化とが、表裏をなしていることは事実なのです。つまり天皇の権威の低落のあと、それにかかわる聖なる権威、宗教が現われようとしながら、社会的にその権威を確立しえなかったことが、非人あるいは遊女に対する差別の固定化と深く結びついているのだと思います。このことの意味を、われわれはよく考えてみる必要がある。

p.52
(略)人類の青年時代は、もはや過去のものになりつつある。人間が人間を滅ぼし得る力を、自然の中から自らの力でつかみとってしまった現段階は、自然と人間の関わりをさらにまた大きく変化させたといわざるをえない。人類はいまや壮年時代に入ったといわなくてはならないと思うのです。それならそれなりの勇気と智慧を持って、これからの社会の問題を考えていく必要があると思います。
 その時に、人間にはどうしようもない力を、聖なるものととらえていた古代人のあり方からも学ばなくてはならない。人間は自然を新しく知り、その力を開発していく。これは人間の本質ですが、同時に有限の存在である人間が、自然のすべてを知りつくすことができないということもまた、一方の現実であります。そういう人間の力を超えた自然の力について、われわれが認識を深めることと、宗教の問題は深い関わりがあると思います。人間の前進は引き返すことはできない。しかし前に進んで行く時に、これまで人間が何を切り捨ててきたか、前進の中で何を見失ってきたかを絶えず注意深く見つめながら、先へ進んでいかなくてはいけないと思うのです。(「境界に生きる人びと」より)

p.243
もとよりこれに対して、『天狗草紙』や『野守鏡』のような烈しい批判に代表される圧迫があったことはいうまでもないが、十四世紀から十五世紀にかけて、禅宗・律宗は幕府と結びついてその立場を確立し、十五、六世紀には真宗・時宗、法華宗もその教線を拡大し、とくに真宗、日蓮宗は教団として大きな力を持つにいたった(略)。

p.244
鎌倉仏教をさきのように理解することによって、これまでやはり専ら農民、農村、領主、地侍などと結びつけて理解されてきたその諸宗派を、「資本主義」的な経済活動――禅律僧の勧進・修造――や、都市民と都市――真宗・時宗・日蓮宗の支持者――との関連で考える道がひらけてきた。(略)さらに十五、六世紀以降の問題として、日蓮宗、時宗の勢力が相対的に強い東国と、真宗の強力な西国という大よその地域差を、前述した問題と重ねて厳密に追究すること、また商人、市庭の由緒書に見られるような熊野の山臥・御師(おし)、神人の東国での活動など、この時期の宗教的勢力の動きを、地域を十分に考慮に入れつつ広い視野から考えることなども、今後の興味ある問題として浮上してきたのである。(「宗教と経済活動の関係」より)



♪たいようのかぜー、せにうけてー
 ぎんがのやみにー、あたかもおー
 ゆくてをおーおー、こんとんにー
 さばきのときはー、ちかづかんー あ~あ~あ~

12.6 1:05 なんだか尻の下に微震を感じる。。。ような。
2012.12.6:公開 おきゅぱい迷人。
目くそ鼻くそ、しだひろし/PoorBook G3'99
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