M-Tea*5_11-大正十二年九月一日の大震に際して(他)芥川龍之介

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M-Tea*5_11-大正十二年九月一日の大震に際して(他)芥川龍之介

2012.10.6 第五巻 第一一号

芥川龍之介
オウム ――大震覚え書きの一つ――
大正十二年九月一日の大震に際して
 一 大震雑記
 二 大震日録
 三 大震に際せる感想
 四 東京人
 五 廃都東京
 六 震災の文芸に与うる影響
 七 古書の焼失を惜しむ


【週刊ミルクティー*第五巻 第一一号】
http://www.dlmarket.jp/product_info.php/products_id/210223
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(444KB)

定価:200円  p.114 / *99 出版
付録:別冊ミルクティー*Wikipedia(18項目)p.149
※ DRM などというやぼったいものは使っておりません。

※ 現代表記版に加えてオリジナル版を同時収録。
※ JIS X 0213・ttz 形式。
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かむろー! 週刊もりた5ー*

 今度の地震で古美術品と古書との滅びたのは非常に残念に思う。表慶館に陳列されていた陶器類はほとんど破損したということであるが、その他にも損害は多いにちがいない。しかし古美術品のことはしばらくおき、古書のことを考えると黒川家の蔵書も焼け、安田家の蔵書も焼け、大学の図書館の蔵書も焼けたのは取り返しのつかない損害だろう。商売人でも村幸とか浅倉屋とか吉吉だとかいうのが焼けたから、そのほうの罹害も多いにちがいない。個人の蔵書はともかくも、大学図書館の蔵書の焼かれたことはなんといっても大学の手落ちである。図書館の位置が火災の原因になりやすい医科大学の薬品のあるところと接近しているのもよろしくない。休日などには図書館に小使いくらいしかいないのもよろしくない、(そのために今度のような火災にもどういう本が貴重かがわからず、したがって貴重な本を出すこともできなかったらしい。)書庫そのものの構造のゾンザイなのもよろしくない。それよりももっとつきつめたことをいえば、大学が古書を高閣に束ねるばかりで古書の覆刻をさかんにしなかったのもよろしくない。いたずら材料を他に示すことを惜しんで、ついにその材料を烏有に帰せしめた学者の罪は、鼓をならして攻むべきである。大野洒竹の一生の苦心になった洒竹文庫の焼け失せただけでも残念でたまらぬ。「八九間雨柳」という士朗〔井上士朗か〕の編んだ俳書などは、勝峰晋風氏の文庫と天下に二冊しかなかったように記憶しているが、それも今は一冊になってしまったわけだ。(「七 古書の焼失を惜しむ」より)

5_11.rm
(朗読:RealMedia 形式 304KB、2:27)
milk_tea_5_11.html
(html ソーステキスト版 160KB)

芥川龍之介 あくたがわ りゅうのすけ
1892-1927(明治25.3.1-昭和2.7.24)
小説家。別号、我鬼・澄江堂主人。東京生れ。東大卒。夏目漱石門下。菊池寛・久米正雄らと第3次・第4次「新思潮」を刊行。「鼻」「芋粥」で注目された。大正文学の中心作家の一人。作「羅生門」「地獄変」「偸盗」「河童」「歯車」「或阿呆の一生」など。自殺。

◇参照:Wikipedia 芥川龍之介、『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008)。

オウム ――大震覚え書きの一つ――
底本:「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」筑摩書房
   1971(昭和46)年6月5日初版第1刷発行
   1979(昭和54)年4月10日初版第11刷発行
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card3763.html

大正十二年九月一日の大震に際して
底本:「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」筑摩書房
   1971(昭和46)年6月5日初版第1刷発行
   1979(昭和54)年4月10日初版第11刷発行
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card3762.html

NDC 分類:914.6(日本文学 / 評論.エッセイ.随筆)
http://yozora.kazumi386.org/9/1/ndc914.html

難字、求めよ

ポプラ倶楽部
月見橋 つきみばし
渡辺町 わたなべちょう
平野屋別荘 鎌倉。
小町園 こまちえん
鐘大夫 かねだいふ
一游亭 いちゆうてい
桜川三孝 さくらがわ さんこう
田中 たなか
菅 すが
円月堂 えんげつどう
大彦の野口君 だいひこの のぐちくん
吉吉 よしきち
土臭 つちくさ?

むしとりホイホイ

眠らとする → 眠らんとする 【ん?】

以上1件。底本、未確認。

スリーパーズ日記*

 他者の姿の中に、荒ぶる魂を見ること(指摘すること)はさほど難しいことではない。古今の伝承の中にも怨霊や鬼、もののけなどの形で表現されている。それにくらべて、自分自身の中の荒ぶる魂に気がつくことは難しいし、それを何らかの形で表現することはさらに難しい。
 音楽ならブルースや津軽三味線、和太鼓。演劇ならクラウン、狂言、歌舞伎の荒事、マリオネット。マンガなら仮面ライダー、ナウシカ、エヴァンゲリオン、デビルマン。
 チャップリン、ティム・バートン、石ノ森章太郎、宮崎駿、庵野秀明、永井豪。彼らは「理性」「セルフコントロール」などという安直な回答は提供していない。秋葉原やアーケード街で暴走したりナイフをふりまわせばいい、などとも言っていない。首をくくったり、飛び降りたり、リストカットすれば救われるとも言っていない。集団でスーパーマーケットや大使館を襲ったり、自爆テロをすれば問題を解決できるとも言っていない。

 親しい人を失ったり、住みなれた場所を追われたり、疑念の目で相互に監視されたり、故意に不快ないやがらせを受けたり、いいがかりをつけて職場をやめさせられたり……いつ、どこで、荒ぶる魂が暴走してもまったくおかしくない。社会が、世界が、理性的・合理的な判断のできる人間ばかりでできている、ということは残念ながらありえない。睡眠不足、情緒の不安、暴食、体力のもてあまし、異形の嫌悪・排除……。むしろ、おたがいがおたがいに理性的・合理的な判断をさまたげ、あざむこうとする傾向の強い社会がおとずれているとするならば、荒ぶる魂がどこにでも発生する条件はますます整いつつある、ともいえる。

 吉野裕子『蛇――日本の蛇信仰』(講談社学術文庫、1999.5)読了。



田中福子。細川もりりん。
グリーンデイ、原発家族《Nuclear family》。結納論。
10.9 沖縄、ぱーんとう。
2012.10.9:公開 玲瓏迷人。
目くそ鼻くそ、しだひろし/PoorBook G3'99
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