M-Tea*5_9-校註『古事記』(六)武田祐吉

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M-Tea*5_9-校註『古事記』(六)武田祐吉

2012.9.22 第五巻 第九号

校註『古事記』(六)
武田祐吉

古事記 中つ巻
 五、景行天皇・成務天皇
  后妃と皇子女
  倭建(やまとたける)の命の西征
  出雲建(いずもたける)
  倭建の命の東征
  思国歌(くにしのひうた)
  白鳥の陵(みはか)
  倭建の命の系譜
  成務天皇
 六、仲哀天皇
  后妃と皇子女
  神功皇后
  鎮懐石と釣り魚
  香坂の王と忍熊の王
  気比(けひ)の大神
  酒楽(さかくら)の歌曲


【週刊ミルクティー*第五巻 第九号】
http://www.dlmarket.jp/product_info.php/products_id/207408
※ クリックするとダウンロードサイトへジャンプします。
(544KB)

定価:200円  p.215 / *99 出版
付録:別冊ミルクティー*Wikipedia(46項目)p.222
※ DRM などというやぼったいものは使っておりません。

※ 現代表記版に加えてオリジナル版を同時収録。
※ JIS X 0213・ttz 形式。
※ この作品は青空文庫にて校正中です。著作権保護期間を経過したパブリック・ドメイン作品につき、引用・印刷および転載・翻訳・翻案・朗読などの二次利用は自由です。
(c) Copyright this work is public domain.

瓦礫の下には村上龍が埋まっている。週刊なまなま*

 その太后(おおきさき)息長帯日売の命〔神功皇后〕は、当時(そのかみ)神帰(かみよ)せしたまいき。かれ天皇〔仲哀天皇〕、筑紫の訶志比(かしひ)の宮にましまして熊曽の国を撃たんとしたまうときに、天皇御琴(みこと)を控(ひ)かして、建内の宿祢の大臣沙庭にいて、神の命を請いまつりき。ここに太后、神帰せして、言教え覚し詔りたまいつらくは、「西の方に国あり。金銀をはじめて、目耀(まかがや)く種々の珍宝その国に多(さわ)なるを、吾今その国を帰(よ)せたまわん」と詔りたまいつ。ここに天皇、答え白したまわく、「高き地(ところ)に登りて西の方を見れば、国は見えず、ただ大海のみあり」と白して、いつわりせす神と思おして、御琴を押し退けて、控きたまわず、黙(もだ)いましき。ここにその神いたく忿(いか)りて詔りたまわく、「およそこの天の下は、汝(いまし)の知らすべき国にあらず、汝は一道(ひとみち)〔一説に、死出の道。冥土〕に向かいたまえ」と詔りたまいき。ここに建内の宿祢の大臣白さく、「恐(かしこ)し、わが天皇。なおその大御琴あそばせ」ともうす。ここにややにその御琴を取りよせて、なまなまに控きいます。かれ、幾時もあらずて、御琴の音聞こえずなりぬ。すなわち火をあげて見まつれば、すでに崩(かむあが)りたまいつ。

5_9.rm
(朗読:RealMedia 形式 312KB、2:30)
milk_tea_5_9.html
(html ソーステキスト版 296KB)

武田祐吉 たけだ ゆうきち
1886-1958(明治19.5.5-昭和33.3.29)
国文学者。東京都出身。小田原中学の教員を辞し、佐佐木信綱のもとで「校本万葉集」の編纂に参加。1926(昭和元)、国学院大学教授。「万葉集」を中心に上代文学の研究を進め、「万葉集全註釈」(1948-51)に結実させた。著書「上代国文学の研究」「古事記研究―帝紀攷」。「武田祐吉著作集」全8巻。

◇参照:Wikipedia 武田祐吉、『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008)。

底本:「古事記」角川文庫、角川書店
   1956(昭和31)年5月20日初版発行
   1965(昭和40)年9月20日20版発行
底本の親本:「眞福寺本」
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person1349.html

NDC 分類:164(宗教 / 神話.神話学)
http://yozora.kazumi386.org/1/6/ndc164.html
NDC 分類:210(日本史)
http://yozora.kazumi386.org/2/1/ndc210.html

難字、求めよ

惚《たしな》め
珍宝 うづたから
いつわりせす神
言教え
知らまくほし
鎮懐石 ちんかいせき
幣 みやじり
酒楽の歌 さかくらのうた
倭根子の命 やまとねこのみこと
三野の宇泥須和気
倭の屯家 やまとの みやけ
息長田別の王 おきながたわけのみこ
難波の吉師部 なにわのきしべ
沙沙那美 ささなみ 篠波。滋賀県か。
恵賀の長江 えがのながえ 恵賀は現、大阪府羽曳野市恵我之荘か。
小河 佐賀県。
勝門比売 磯の名。佐賀県。

むしとりホイホイ

北魚澤郡 → 北魚沼郡 【沼か】
矜《くび》 → 衿《くび》 【衿か】 「えりくび」の意。

以上2件。底本は左辺のとおり。

スリーパーズ日記*

 以下、『校註古事記』本文検索の結果(割注含む。校註と章題は含まず)。

たけ
「建」……112件。
「健」……1件。「男健《をたけび》」
「武」……2件。「相武《さがむ》の國」「金波鎭漢紀武《こみはちにかにきむ》」
「竹」……19件。

禾の部
「稻」……28件。
「米」……28件。
「麥」……1件。「陰《ほと》に麥生り」
「穗」……41件。
「穀」……なし。
「穢」……6件。
「稗」……2件。いずれも序「稗田の阿禮」
「稔」……なし。
「稙」……なし。
「種」……18件。
「稚」……2件。「國|稚《わか》く」「八|稚女《をとめ》」
「秦」……2件。「秦《はた》の造《みやつこ》の祖」「秦《はた》人」
「秋」……16件。

 直前に読んでいた本の中に、二十八宿に関する記述があった。古代日本と陰陽道の関係を示唆するものとして説明づけている。(碓井洸『三角縁神獣鏡と邪馬台国――古代国家成立と陰陽道』友月書房、2006.6)
 二十八宿とは古代中国の星座(星宿)のことで、黄道の東西南北の四神をさらに七分ずつしたもの。高松塚古墳の壁画に二十八宿図が描かれてある。「28という数字は、月の任意の恒星に対する公転周期(恒星月)である27.32日に由来すると考えられ」る。(Wikipedia)
 三角縁神獣鏡や古代天皇名称の漢字画数などに、マジックナンバー「28」がしばしば出現する……というのだけれど、ざんねんながら博引旁証・牽強付会のきらいがって、信用に足るのか判断つかない。

 ところが、なにげにかぞえた『古事記』の中の「稻」と「米」の出現数が、両方とも28。いまのところ確認できたのはこの2つだけなので何ともいえないが、偶然にしてはできすぎているようで、ちょっと。。。



2012.9.25:公開 玲瓏迷人。
目くそ鼻くそ、しらひろし/PoorBook G3'99
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