M-Tea*4_36-台風雑俎 > 震災日記より 寺田寅彦

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週刊ミルクティー*第四巻 第三六号 0円

M-Tea*4_36-台風雑俎 / 震災日記より 寺田寅彦



p.134 *99 出版
付録:別冊ミルクティー*Wikipedia(48項目)p.309

※ オリジナル版に加えて、ミルクティー*現代表記版を同時収録。
※ JIS X 0213・ttz 形式。
※ この作品は青空文庫にて公開中です。転載・印刷・翻訳は自由です。
(c) Copyright this work is public domain.

月末最終号:無料  p.134 / *99 出版
付録:別冊ミルクティー*Wikipedia(48項目)p.309
※ DRM などというやぼったいものは使っておりません。

ラナーァァァ!!! 未来少年のび太*

 このように、台風は大陸と日本との間隔を引きはなし、この帝国をわだつみの彼方の安全地帯に保存するような役目をつとめていたように見える。しかし、逆説的に聞こえるかもしれないが、その同じ台風はまた、思いもかけない遠い国土と日本とを結びつける役目をつとめたかもしれない。というのは、この台風のおかげで南洋方面や日本海の対岸あたりから意外な珍客が珍奇な文化をもたらして漂着したことがしばしばあったらしいということが、歴史の記録から想像されるからである。ことによると日本の歴史以前の諸先住民族の中には、そうした漂流者の群れが存外多かったかもしれないのである。(略)
 昔は「地を相する」という術があったが、明治・大正の間にこの術が見失われてしまったようである。台風もなければ烈震もない西欧の文明を継承することによって、同時に、台風も地震も消失するかのような錯覚にとらわれたのではないかと思われるくらいに、きれいに台風と地震に対する「相地術」を忘れてしまったのである。 (「台風雑俎」より)

 無事な日の続いているうちに突然におこった著しい変化をじゅうぶんにリアライズするには、存外手数がかかる。この日は二科会を見てから日本橋あたりへ出て昼飯を食うつもりで出かけたのであったが、あの地震を体験し、下谷の方から吹き上げてくる土ほこりのにおいを嗅いで大火を予想し、東照宮の石灯籠のあの象棋倒しを眼前に見ても、それでもまだ昼飯のプログラムは帳消しにならずそのままになっていた。しかし弁天社務所の倒壊を見たとき、初めてこれはいけないと思った。そうしてはじめてわが家のことがすこし気がかりになってきた。
 弁天の前に電車が一台停まったまま動きそうもない。車掌に聞いても、いつ動き出すかわからないという。後から考えるとこんなことを聞くのがいかな非常識であったかがよくわかるのであるが、その当時、自分と同様の質問を車掌に持ち出した市民の数は万をもって数えられるであろう。 (「震災日記より」)

4_36.rm
(朗読:RealMedia 形式 500KB、4'03'')
milk_tea_4_36.html
(html ソーステキスト版 160KB)

寺田寅彦 てらだ とらひこ
1878-1935(明治11.11.28-昭和10.12.31)
物理学者・随筆家。東京生れ。高知県人。東大教授。地球物理学を専攻。夏目漱石の門下、筆名は吉村冬彦。随筆・俳句に巧みで、藪柑子と号した。著「冬彦集」「藪柑子集」など。

◇参照:Wikipedia 寺田寅彦、『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008)。

台風雑俎
底本:「寺田寅彦全集 第七巻」岩波書店
   1997(平成9)年6月5日発行
底本の親本:「寺田寅彦全集 文学篇」岩波書店
   1985(昭和60)年
初出:「思想」
   1935(昭和10)年2月1日
http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card4670.html

震災日記より
底本:「寺田寅彦全集 第七巻」岩波書店
   1997(平成9)年6月5日発行
底本の親本:「寺田寅彦全集 文学篇」岩波書店
   1985(昭和60)年
http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card4671.html

NDC 分類:451(地球科学.地学 / 気象学)
http://yozora.kazumi386.org/9/1/ndc451.html
NDC 分類:915(日本文学 / 日記.書簡.紀行)
http://yozora.kazumi386.org/9/1/ndc915.html

難字、求めよ

申謝 しんしゃ
ボール・ソケット・ジョイント
とうじ
ひだつ(火竜?)
散弾 「日本橋で散弾二斤買う。ランプの台に入れるため」
Rocket lightning
副原器
ナウエン ドイツの地名か。
山上集会所
湯島台
御茶の水橋
杏雲堂病院 きょううんどう びょういん
牛が淵 うしがふち
雑誌『思想』
雑誌『文化生活』

むしとりホイホイ

みさきちょう → さんさきちょう 【さんさきちょう、か】

以上1件。底本未確認。

スリーパーズ日記* フクシマ・ノートその3

『福島県の歴史散歩』(山川出版社、2007.3)をパラパラと読み始める。あら、フタバスズキリュウっていわき市の出土だったのか。これまで、てっきり福井県のほうかと思ってた。ピー助のふるさとは福島かあ。

『季刊東北学』最終号、読了。

「集団での高台移転」と聞くたび、なんだかいやな胸騒ぎを感じていたのだけれども、今回「台風雑俎」を読んでその理由がはっきりわかった。台風だ。
 この列島は地震国であり、かつ、台風の常襲国。
 むしろ大地震の頻度にくらべれば、台風・暴風は律儀に毎年、数回のペースで訪れる。沖縄や西日本のような台風銀座にはおよばないにせよ、東北でも過去に台風被害をこうむっている。ちょっと年表を見ただけでも、1947年キャサリン台風、翌年のアイオン台風による北上川氾濫、福島では1902年に暴風雨(足尾台風)の襲来……などがある。
 吹きさらしの高台は、暴風の影響をまともに受けやすい。だから、津波の被害に何度もあいながらも、高台ではなく谷間や低地へもどっていたんじゃないだろうか。

 仙台平野には、宅地の周囲を樹木でとりかこむ“いぐね”の習慣がいまも残る。おそらく、それほどまでに季節風の影響が大きいということだろう。風の通り道。



公開:2012.5.1
更新:2012.5.31  玲瓏迷人。
てながあしなが、どうなが、くびなが。だいだらぼっち。
目くそ鼻くそ。しだひろし/PoorBook G3'99
転載・印刷・翻訳は自由です。
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  • ううう、、、うぃnでの更新、慣れないなあ。。。 -- しだ (2012-05-31 16:51:56)
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