M-Tea*3_47-地震雑感/静岡地震被害見学記(他)寺田寅彦

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DL-MARKET 被災地支援チャリティー終了のおしらせ

  • DL-MARKET 被災地支援チャリティーは2011年6月30日にて終了、7月5日に日本赤十字社あてに振込が完了とのことです。ご協力、ありがとうございました。
  • リンク先をチャリティー用から、通常購入用へ変更します。

2011.8.2:追記

電子本を読んで、被災地を支援しよう! 一日一偽善!

DL-MARKET 被災地支援チャリティー企画 参加作品

M-Tea*3_47-地震雑感/静岡地震被害見学記(他)寺田寅彦

2011.6.18 第三巻 第四七号

地震雑感
 一 地震の概念
 二 震源
 三 地震の原因
 四 地震の予報
静岡地震被害見学記
小爆発二件

寺田寅彦


【週刊ミルクティー*第三巻 第四七号】
http://www.dlmarket.jp/product_info.php/products_id/145912
※ クリックするとダウンロードサイトへジャンプします。
(564KB)

定価:200円  p.139 / *99 出版
付録:別冊ミルクティー*Wikipedia(25項目)p.162
※ この作品は、売上金が東日本大震災・被災地への義援金となります。ご購入いただくと、価格200円の全額が日本赤十字社に寄付されます。
※ DRM などというやぼったいものは使っておりません。


※ オリジナル版に加えて、ミルクティー*現代表記版を同時収録。
※ JIS X 0213・ttz 形式。
※ この作品は青空文庫にて公開中です。転載・印刷・翻訳は自由です。
(c) Copyright this work is public domain.

はみだせ! 週刊ぺだんてっく*


 震災の原因という言語はいろいろに解釈される。多くの場合には、その地震が某火山の活動に起因するとか、あるいは某断層における地すべりに起因するとかいうようなことが一通りわかれば、それで普通の原因追究欲が満足されるようである。そして、その上にその地すべりなら地すべりがいかなる形状の断層に沿うて幾メートルの距離だけ移動したというようなことがわかれば、それで万事は解決されたごとく考える人もある。これは原因の第一段階である。
 しかし、いかなる機巧(メカニズム)でその火山のそのときの活動がおこったか、また、いかなる力の作用でその地すべりを生じたかを考えてみることはできる。これに対する答えとしては、さらにいろいろな学説や憶説が提出され得る。これが原因の第二段階である。たとえば、地殻の一部分にしかじかの圧力なり歪力なりが集積したためにおこったものであるという判断である。
 これらの学説が仮に正しいとしたときに、さらに次の問題がおこる。すなわち地殻のその特別の局部に、そのような特別の歪力をおこすにいたったのはなぜかということである。これが原因の第三段階である。
 問題がここまで進んでくると、それはもはや単なる地震のみの問題ではなくなる。地殻の物理学、あるいは地球物理学の問題となってくるのである。
 地震の原因を追究して現象の心核にふれるがためには、結局、ここまで行かなければならないはずだと思われる。地球の物理をあきらかにしないで地震や火山の現象のみの研究をするのは、ことによると、人体の生理をあきらかにせずして、単に皮膚の吹出物だけを研究しようとするようなものかもしれない。地震の根本的研究は、すなわち地球、特に地殻の研究ということになる。本当の地震学は、これを地球物理学の一章として見たときにはじめて成立するものではあるまいか。

3_47.rm
(朗読:RealMedia 形式 456KB、3'41'')
milk_tea_3_47.html
(html ソーステキスト版 184KB)

寺田寅彦 てらだ とらひこ
1878-1935(明治11.11.28-昭和10.12.31)
物理学者・随筆家。東京生れ。高知県人。東大教授。地球物理学を専攻。夏目漱石の門下、筆名は吉村冬彦。随筆・俳句に巧みで、藪柑子と号した。著「冬彦集」「藪柑子集」など。

◇参照:Wikipedia 寺田寅彦、『広辞苑 第六版』(岩波書店)。

底本

地震雑感
底本:「寺田寅彦全集 第六巻」岩波書店
   1997(平成9)年5月6日発行
初出:『大正大震火災誌』
   1924(大正13)年5月
http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card43077.html

静岡地震被害見学記
底本:「寺田寅彦全集 第七巻」岩波書店
   1997(平成9)年6月5日発行
底本の親本:「寺田寅彦全集 文学篇」岩波書店
   1985(昭和60)年版
初出:「婦人の友」
   1935年(昭和10年)9月1日
http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card4391.html

小爆発二件
底本:「寺田寅彦随筆集 第五巻」岩波文庫、岩波書店
   1948(昭和23)年11月20日第1刷発行
   1963(昭和38)年6月16日第20刷改版発行
   1997(平成9)年9月5日第65刷発行
底本の親本:「寺田寅彦全集 第十巻」岩波書店
   1961(昭和36)年7月7日第1刷発行
初出:「文学」
   1935(昭和10年)11月
http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card2507.html

NDC 分類:453(地球科学.地学/地震学)
http://yozora.kazumi386.org/4/5/ndc453.html
NDC 分類:450(地球科学.地学)
http://yozora.kazumi386.org/4/5/ndc450.html

難字、求めよ

記象
半潰家
角テント → 三角テント?
雲帽
多稜形 たりょうけい
田丸先生 田丸卓郎?

むしとりホイホイ

ものがる。 → ものがある。 【あ、か】(地震雑感)

底本未確認です。

人物一覧

寺田寅彦 てらだ とらひこ 1878-1935 東京生れ。高知県人。
Alfred Lothar Wegener ウェーゲナー 1880-1930 ドイツの気象学者。1912年、大陸移動説を提唱。
Joly, John ジョリー 1857-1933 アイルランド生まれ。1924年、地殻変動の熱的輪廻説を発表。(地学)
Henri Poincare ポアンカレ 1854-1912 フランスの数学者。主著「天体力学」。
日下部 → 日下部四郎太か
日下部四郎太 くさかべ しろうた 1875-1924 物理学者。岩石の弾性の研究、物理学、地震学に貢献。(人レ)
田丸先生
水上理学士 → 水上武か
水上武 みなかみ たけし 1909-1985 火山学者。地震研究所所長。(人レ)
大森博士 → 大森房吉か
大森房吉 おおもり ふさきち 1868-1923 地震学者。福井県人。
藤原博士 → 藤原咲平か
藤原咲平 ふじわら さくへい 1884-1950 気象学者。長野県生れ。

◇参照:Wikipedia、『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008)、『人物レファレンス事典』(日外アソシエーツ、2000.7)、『新版 地学事典』(平凡社、2005.5)。

年表

一九二三(大正一二)九月一日 関東大震災。すぐあとで小田原の被害を見て歩く。
一九二四(大正一三)五月 寺田寅彦「地震雑感」『大正大震火災誌』。
一九三五(昭和一〇)四月二〇日 浅間山大爆発。
一九三五(昭和一〇)七月一一日 午後五時二十五分ごろ、本州中部地方・関東地方から近畿地方東半部へかけて、かなりな地震。静岡の南東久能山のふもとをめぐる二、三の村落や清水市の一部ではそうとう潰家もあり人死もあった。
一九三五(昭和一〇)七月一四日 朝、東京駅発姫路行きに乗って被害の様子を見に行く。清水で下車、久能山、平松、大谷、静岡をめぐる。
一九三五(昭和一〇)八月四日 朝、信州軽井沢千が滝グリーンホテルで、浅間山の小爆発に遭遇。
一九三五(昭和一〇)八月一七日 午後五時半ごろ、また爆発。寺田は星野温泉別館にて気づかず。
一九三五(昭和一〇)九月 寺田寅彦(吉村冬彦)「静岡地震被害見学記」『婦人之友』。
一九三五(昭和一〇)一一月 寺田寅彦「小爆発二件」『文学』。

スリーパーズ日記


『山形新聞』より。
 14日、桜井勝延・南相馬市長が来県。山形・米沢・飯豊の避難所を訪れる。「南相馬市の避難計画を策定する際は、ぜひ山形県が避難者の受け入れ先となってほしい」など要望。「被災市町村を支援する自治体への全面的な財政支援が必要」。
 16日、新潟県、被災者関連の経費は54億9800万円。うち17億7500万円を国に負担要望。新潟は県外避難者が最も多く、ピーク時は1万人超。現在も約7800人を受け入れ。

 青森・秋田・山形・新潟は、同じ東北内の隣接支援県。最前線に注目が集まるのはもっともなことだけれども、後方支援が何をするか、何をしないかは、今後も問われる。震災直後、阪神の震災経験のある 近畿ブロック自治体 関西広域連合がいち早く動いて物資や職員の派遣ができたのにくらべて、北海道・東北の横の連携はじゅうぶんだったのか。
 知事会、県会議長会、市長会、市議会議長会、町村会、町村議会議長会……ためしに、北海道東北地方知事会がどれくらい注目され期待されているかは、Wikipedia 同項目の記述量にシビアに反映されている。

 後方支援、兵站業務、ロジスティックス。「鬼県令」の異名のある薩摩出身の三島通庸は、東北各地で賛否評価のわかれる人物。寺田屋事件に関与して謹慎ののち人馬奉行に抜擢され、鳥羽伏見の戦いでは小荷駄隊(=兵站業務)を率いたという。戊辰戦争当時の動向が見あたらないが、西郷や黒田清隆が前線へ出向いたのに対し、おそらく三島は後方の長距離化する食糧補給・武器輸送を指揮していたのではないだろうか。



チリ、プジェウエ火山。
2011.6.19:公開 八面玲瓏。
2011.8.2:更新
やまぼうしに、夕暮れのピンク色のバラ垣。えろ〜い。
つぎは、穂花たん大河デビューか!
目くそ鼻くそ。しだひろし/PoorBook G3'99
転載・印刷・翻訳は自由です。
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  • 「近畿ブロック自治体」じゃなくて「関西広域連合」でしたね。 -- しだ (2011-06-28 00:56:44)
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