M-Tea*3_35-地震の話(一)今村明恒

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M-Tea*3_35-地震の話(一)今村明恒

2011.3.26 第三巻 第三五号

地震の話(一)
今村明恒

 一、はしがき
 二、地震学のあらまし
 三、地震に出会ったときの心得(こころえ)
  一、突差(とっさ)の処置
  二、屋外(おくがい)への避難



※ オリジナル版に加えて、ミルクティー*現代表記版を同時収録。
※ JIS X 0213・ttz 形式。
※ この作品は青空文庫にて入力中です。転載・印刷・翻訳は自由です。
(c) Copyright this work is public domain.

月末最終号:無料  p.168 / *99 出版
付録:別冊ミルクティー*Wikipedia(25項目)p.191
※ DRM などというやぼったいものは使っておりません。

ひきこもれ! 週刊ミルクティー*


 日本は地震国であり、また地震学の開けはじめた国である。これは誤りのない事実であるけれども、もし日本は世界中で地震学がもっとも進んだ国であるなどというならば、それはいささかうぬぼれの感がある。実際、地震学のある方面では、日本の研究がもっとも進んでいる点もあるけれども、その他の方面においては必ずしもそうでない。それゆえ著者らは地震学をもって世界に誇ろうなどとは思っていないのみならず、この頃のように、わが国民がくりかえし地震に征服せられてみると、むしろ恥かしいような気持ちもする。すなわち大正十二年(一九二三)の関東大地震においては一〇万の生命と五十五億円の財産とを失い、二年後、但馬の国のケチな地震のため、四〇〇の人命と三〇〇〇万円の財産とを損し、また二年後の丹後地震によって三〇〇〇の死者と一億円の財産損失とを生じた。そしてこれらの損失のほとんど全部は地震後の火災によるものであって、被害民の努力しだいによっては大部分、免れ得られるべき損失であった。しかるに事実はそうでなく、あのような悲惨な結果の続発となったのであるが、これを遠く海外からながめてみると、日本はおそろしい地震国である。地震のたびごとに大火災をおこす国である。外国人は命がけでないと旅行のできない国である。国民は、ああたびたび地震火災に悩まされても少しもこりないもののようである。地震によって命を失うことをなんとも思っていないのかもしれないなどという結論を下されないとも限らぬまい。実際、これは欧米人の多数が日本の地震に対する観念である。かく観察されてみるとき、著者のごとき斯学の専攻者は非常な恥辱を感ぜざるを得ないのである。もちろん、この学問の研究が容易に進歩しないのも震災国たるの一因には相違ないが、しかしながら地震に対して必要な初歩の知識がわが国民に欠けていることが、震災拡大の最大原因であろう。じつに著者のごときは、地震学が今日以上に進歩しなくとも、震災のほとんど全部はこれを免れ得る手段があると考えているものの一人である。

3_35.rm
(朗読:RealMedia 形式 528KB、4'18'')
milk_tea_3_35.html
(html ソーステキスト版 304KB)

今村明恒 いまむら あきつね
1870-1948(明治3.5.16-昭和23.1.1)
地震学者。理学博士。鹿児島県生まれ。明治38年、統計上の見地から関東地方に大地震が起こりうると説き、大森房吉との間に大論争が起こった。大正12年、東大教授に就任。翌年、地震学科の設立とともに主任となる。昭和4年、地震学会を創設、その会長となり、機関誌『地震』の編集主任を兼ね、18年間その任にあたる。

◇参照:Wikipedia 今村明恒、『日本人名大事典』(平凡社)。


底本

底本:『星と雲・火山と地震』復刻版 日本児童文庫、名著普及会
   1982(昭和57)年6月20日 発行
親本:『星と雲・火山と地震』日本兒童文庫、アルス
   1930(昭和5)年2月15日 発行
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person1578.html

NDC 分類:K450(地球科学.地学)
http://yozora.kazumi386.org/4/5/ndck450.html
NDC 分類:K453(地球科学.地学/地震学)
http://yozora.kazumi386.org/4/5/ndck453.html
※ 青空本体に該当図書がないため、2011年4月現在、リンク先のページはなし。


難字、求めよ

グレー博士 電気学。
しかせんと
石本李蹊 いしもと りけい
石本新六男 いしもと しんろくだん

むしとりホイホイ

物(もつ)せられたる → 物(もの)せられたる 【の、か?】
このごろにおいて → このころにおいて 【ころ、か】
変(か)わられなければ → 変(か)わらなければ 【れ、削除か】
ことが多い、もし → ことが多い。もし 【。か】

底本は左辺のとおり。現代表記版は右辺に修正した。
ほかに、

震原 → 震源
有《も》つ → 持つ
大《おほ》いさ → 大きさ
地震波(じしんぱ) → 地震波(じしんは)

……を変更、若干の句読点を修正。「小国民」「大小国民」という表記は違和感ありまくりですが、そのままとしました。

年表

一八五五(安政二)一〇月二日 江戸大地震。小石川の水戸屋敷において藤田東湖、圧死。麹町神田橋内の姫路藩邸において石本李蹊、圧死。
一八八〇(明治一三)二月二二日 横浜ならびにその近郊において地震、レンガ煙突ならびに土壁に小破損を生じる。二週間後、日本地震学会を組織。毎月の会合に研究結果を発表。数か月ののちユーイング博士、水平振子地震計を発明。
一八八一(明治一四) グレー博士の考案を改良した上下動地震計を作り出す。
一八九一(明治二四)一〇月二八日 濃尾大地震
一九二三(大正一二)九月一日 関東大地震。一〇万の生命と五十五億円の財産とを失う。
一九二四(大正一三) 震災予防調査会、廃止。発表した報告書は和文のもの百一号、欧文のもの二十六号、別に欧文紀要十一冊、欧文観測録六冊。
一九二五(大正一四)五月二三日 但馬地震。四〇〇の人命と三〇〇〇万円の財産とを損す。
一九二六(大正一五) 今村明恒、東京帝国大学地震学教室における同人の助言によって地震の注意書を編纂、公にする。
一九二七(昭和二)三月七日 丹後地震。三〇〇〇の死者と一億円の財産損失とを生じる。
一九二七(昭和二)九月 今村明恒、チェコスロバキア、プラーグにおける地震学科の国際会議において、わが国最近の研究結果につき報告。
一九二七(昭和二)九月一三日 西九州における風水害。

スリーパーズ日記

 33号・34号を当面欠番としてあつかい、35号(今号)より再開します。それでもまだ出版日が一週間ずれていますが、これは早々に挽回(の予定)。月末最終号(無料)のほうが手にとってもらえる機会がふえることをもくろんでみました。メール、ブログ、ツイッター、新聞・雑誌・テレビ・ラジオなどでの紹介歓迎。よろしく、お願いします。



2011.4.2:公開
2011.4.6:更新
東北が、バクハツだ!
目くそ鼻くそ。しだひろし/PoorBook G3'99
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  • もちろんパブリックドメインですから、被災地・避難所などでのプリントアウト、まわし読みも歓迎です。励行・推奨します。 -- しだ (2011-04-06 01:58:03)
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