津[波浪]

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津[波浪]

検索対象:作家別テキストファイル(『青空文庫 全』2007.10)
検索文字:津[波浪]
※「津波」「津浪」を含む行頭を一部表示。


有島武郎 カインの末裔
 朝食をすますと夫婦は十年も前から住み馴《な》れているように、平気な顔で畑に出かけて行った。二人は仕事の手配もきめずに働いた。しかし、冬を眼の前にひかえて何を先きにすればいいかを二人ながら本能のように知っていた。 ……

泉鏡花 南地心中
 わ、と立騒ぐ群集《ぐんじゅ》の中へ、丸官の影は揉込《もみこ》まれた。一人|渠《かれ》のみならず、もの見高く、推掛《おしかか》った両側の千人は、一斉に動揺《どよみ》を立て、悲鳴を揚げて、泣く、叫ぶ。茶屋|揚屋《あげや ……

泉鏡花 夜叉ヶ池
晃 ここに伝説がある。昔、人と水と戦って、この里の滅びようとした時、越《えつ》の大徳泰澄《だいとくたいちょう》が行力《ぎょうりき》で、竜神をその夜叉ヶ池に封込《ふうじこ》んだ。竜神の言うには、人の溺《おぼ》れ、地の沈 ……

泉鏡花 夜叉ヶ池
もしや、岩抜け、山 津浪 、そうでもない、大暴風雨《おおあらし》で、村の滅びる事があったら、打明けた処……他《ほか》は構わん、……この娘の生命《いのち》もあるまい——待て、二三日、鐘堂《つりがねどう》を俺が守ろう。その内 ……

泉鏡花 夜叉ヶ池
鯉七 そこだの、姫様《ひいさま》が座をお移し遊ばすと、それ、たちどころに可恐《おそろ》しい大 津波 が起って、この村里は、人も、馬も、水の底へ沈んでしまう…… ……

泉鏡花 海神別荘
僧都 さればその事。一国、一島、津や浦の果《はて》から果を一網《ひとあみ》にもせい、人間|夥間《なかま》が、大海原《おおうなばら》から取入れます獲《え》ものというは、貝に溜《たま》った雫《しずく》ほどにいささかなもの ……

泉鏡花 海神別荘
美女 (起直り、会釈す)……父へ、海の幸をお授け下さいました、 津波 のお強さ、船を覆して、ここへ、遠い海の中をお連れなすった、お力。道すがらはまたお使者《つかい》で、金剛石のこの襟飾《えりかざり》、宝玉のこの指環、(嬉 ……

泉鏡花 海神別荘
公子  津波 |位《しき》、家来どもが些細《ささい》な事を。さあ、そこへお掛け。 ……

海野十三 太平洋魔城
 天地もくずれるような大音響! ひゅーうと、嵐のような突風が三人の頬をうった。大地は、大地震のように、ゆらゆらとゆれた。三人は、砂上にはった。その上を、どどーんと、大波がとおりこしていった。大爆発によって生じた ……

海野十三 洪水大陸を呑む
「あっ、 津波 だ。すごい 津波 だ。アトランチス大陸が、 津波 にのまれてしまう」 ……

岡本綺堂 異妖編
 ここにはまた、龍をみたために身をほろぼしたという人がある。それは江戸に大地震のあった翌年で、安政三年八月二十五日、江戸には凄まじい暴風雨が襲来して、震災後ようやく本普請の出来あがったもの、まだ仮普請のままであるもの ……

織田作之助 六白金星
津波 が来た。大 津波 が来て蒲団[#「蒲団」は底本では「薄団」]も畳もさらはれた。猿股《さるまた》の紐が流れてくる。」 ……

楠山正雄 家なき子 02 (下)
 そのとき耳の遠くなるようなひどい物音が聞こえた。大 津波 《おおつなみ》のうなる音、木のめりめりさける音、圧搾《あっさく》された空気の爆発《ばくはつ》する音、すさまじいうなり声がわたしたちをおびえさせた。 ……

楠山正雄 家なき子 02 (下)
 そのときふとわたしは、レールが 津波 《つなみ》のために持って行かれたことを確かめた。わたしはもう道しるべがなくなった。そういうわけでは、わたしのくわだてをとげるわけにはゆかない。 ……

坂口安吾 明治開化 安吾捕物 その三 魔教の怪
 さてカケコミの唄と音楽に合せてドッと 津浪 のように又山々のゆれるように無我境の踊りが起るのであるが、これは許されて信徒となった者のみが会得する果報な踊りと云われている。ソジンのうちはよくまちがえて ……

須川邦彦 無人島に生きる十六人
 大波が、船首をうった。船首に、 津波 《つなみ》のように、海水の大きなかたまりが、くずれこんだ。船は、ぐらっと動いた。 ……

高村光太郎 回想録
 何かあの頃は、そういう神秘的なようなことが頻《しき》りと行われた。盤梯山が破裂したり、三陸の 津浪 《つなみ》が起ったり、地震があったり、天変地異が頻々とあって、それにも少年の自分は脅かされた。地震のある時は夜空が変に ……

太宰治 惜別
 所詮《しょせん》は、四十年むかしの話である。私の記憶にも間違い無しとは言えない。しかし、一国の維新は、西洋の実利科学などに依らず、民衆の初歩教育に力をつくして、その精神をまず改造するに非《あら》ざれば成就し難いのではあ ……

太宰治 津軽
 はじめは蟹田から船でまつすぐに竜飛まで行き、帰りは徒歩とバスといふ計画であつたのだが、その日は朝から東風が強く、荒天といつていいくらゐの天候で、乗つて行く筈の定期船は欠航になつてしまつたので、予定をかへて、バスで出発す ……

寺田寅彦 ルクレチウスと科学
 そうして世界の可死を論じるために水や空気や火の輪廻《りんね》を引用して種々の地文学的の問題に触れている。また地質学上の輪廻にも暗示を投げている。その記述の中には当然地震や 津波 も出て来る。 ……

寺田寅彦 ルクレチウスと科学
  津波 の記事の加えられているのは地震国たるギリシア・ローマの学者にして始めてありうるものであろう。 ……

寺田寅彦 天災と国防
 地震 津波 台風のごとき西欧文明諸国の多くの国々にも全然無いとは言われないまでも、頻繁《ひんぱん》にわが国のように劇甚《げきじん》な災禍を及ぼすことははなはだまれであると言ってもよい。わが国のようにこういう災禍の頻 ……

寺田寅彦 天災と国防
 戦争はぜひとも避けようと思えば人間の力で避けられなくはないであろうが、天災ばかりは科学の力でもその襲来を中止させるわけには行かない。その上に、いついかなる程度の地震暴風 津波 |洪水《こうずい》が来るか今のところ容 ……

寺田寅彦 日本人の自然観
 地震によって惹起《じゃっき》される 津波 もまたしばしば、おそらく人間の一代に一つか二つぐらいずつは、大八州国《おおやしまのくに》のどこかの浦べを襲って少なからざる人畜家財を蕩尽《とうじん》したようである。 ……

寺田寅彦 時事雑感
 大正十二年の大震災は帝都と関東地方に限られていた。今度のは箱根《はこね》から伊豆《いず》へかけての一帯の地に限られている。いつでもこの程度ですむかというとそうは限らないようである。安政元年十一月四日五日六日にわた ……


寺田寅彦 津浪と人間
 昭和八年三月三日の早朝に、東北日本の太平洋岸に 津浪 が襲来して、沿岸の小都市村落を片端から薙《な》ぎ倒し洗い流し、そうして多数の人命と多額の財物を奪い去った。明治二十九年六月十五日の同地方に起ったいわゆる「三陸大 ……

寺田寅彦 津浪と人間
 学者の立場からは通例次のように云われるらしい。「この地方に数年あるいは数十年ごとに 津浪 の起るのは既定の事実である。それだのにこれに備うる事もせず、また強い地震の後には津浪の来る恐れがあるというくらいの見やすい道 ……

寺田寅彦 津浪と人間
 しかしまた、罹災者《りさいしゃ》の側に云わせれば、また次のような申し分がある。「それほど分かっている事なら、何故 津浪 の前に間に合うように警告を与えてくれないのか。正確な時日に予報出来ないまでも、もうそろそろ危な ……

寺田寅彦 津浪と人間
 災害直後時を移さず政府各方面の官吏、各新聞記者、各方面の学者が駆付けて詳細な調査をする。そうして周到な 津浪 災害予防案が考究され、発表され、その実行が奨励されるであろう。 ……

寺田寅彦 津浪と人間
 さて、それから更に三十七年経ったとする。その時には、今度の 津浪 を調べた役人、学者、新聞記者は大抵もう故人となっているか、さもなくとも世間からは隠退している。そうして、今回の津浪の時に働き盛り分別盛りであった当該 ……

寺田寅彦 津浪と人間
 これが、二年、三年、あるいは五年に一回はきっと十数メートルの高波が襲って来るのであったら、 津浪 はもう天変でも地異でもなくなるであろう。 ……

寺田寅彦 津浪と人間
 風雪というものを知らない国があったとする、年中気温が摂氏二十五度を下がる事がなかったとする。それがおおよそ百年に一遍くらいちょっとした吹雪《ふぶき》があったとすると、それはその国には非常な天災であって、この災害 ……

寺田寅彦 津浪と人間
 災害記念碑を立てて永久的警告を残してはどうかという説もあるであろう。しかし、はじめは人目に付きやすい処に立ててあるのが、道路改修、市区改正等の行われる度にあちらこちらと移されて、おしまいにはどこの山蔭の竹藪の中 ……

寺田寅彦 津浪と人間
 昔の日本人は子孫のことを多少でも考えない人は少なかったようである。それは実際いくらか考えばえがする世の中であったからかもしれない。それでこそ例えば 津浪 を戒める碑を建てておいても相当な利き目があったのであるが、こ ……

寺田寅彦 津浪と人間
 しかし困ったことには「自然」は過去の習慣に忠実である。地震や 津浪 は新思想の流行などには委細かまわず、頑固に、保守的に執念深くやって来るのである。紀元前二十世紀にあったことが紀元二十世紀にも全く同じように行われる ……

寺田寅彦 津浪と人間
 こういう災害を防ぐには、人間の寿命を十倍か百倍に延ばすか、ただしは地震 津浪 の週期を十分の一か百分の一に縮めるかすればよい。そうすれば災害はもはや災害でなく五風十雨の亜類となってしまうであろう。しかしそれが出来な ……

寺田寅彦 津浪と人間
 科学が今日のように発達したのは過去の伝統の基礎の上に時代時代の経験を丹念に克明に築き上げた結果である。それだからこそ、颱風が吹いても地震が揺《ゆす》ってもびくとも動かぬ殿堂が出来たのである。二千年の歴史によって ……

寺田寅彦 津浪と人間
  津浪 の恐れのあるのは三陸沿岸だけとは限らない、寛永安政の場合のように、太平洋沿岸の各地を襲うような大がかりなものが、いつかはまた繰返されるであろう。その時にはまた日本の多くの大都市が大規模な地震の活動によって将 ……

寺田寅彦 津浪と人間
 それだから、今度の三陸の 津浪 は、日本全国民にとっても人ごとではないのである。 ……

寺田寅彦 津浪と人間
 しかし、昆虫はおそらく明日に関する知識はもっていないであろうと思われるのに、人間の科学は人間に未来の知識を授ける。この点はたしかに人間と昆虫とでちがうようである。それで日本国民のこれら災害に関する科学知識の水準 ……

寺田寅彦 津浪と人間
(追記) 三陸災害地を視察して帰った人の話を聞いた。ある地方では明治二十九年の災害記念碑を建てたが、それが今では二つに折れて倒れたままになってころがっており、碑文などは全く読めないそうである。またある地方では同様 ……

寺田寅彦 災難雑考
 大 津波 が来るとひと息に洗い去られて生命財産ともに泥水《どろみず》の底に埋められるにきまっている場所でも繁華な市街が発達して何十万人の集団が利権の争闘に夢中になる。いつ来るかもわからない 津波 の心配よりもあすの米びつ ……

寺田寅彦 颱風雑俎
 地震による山崩れは勿論、颱風の豪雨で誘発される山 津浪 についても慎重に地を相する必要がある。海嘯《かいしょう》については猶更である。大阪では安政の地震 津浪 で洗われた区域に構わず新市街を建てて、昭和九年の暴風による海 ……

豊島与志雄 文学以前
 信州の佐久郡あたりでは、稲田に鯉を飼う。植付けの後、鯉の子を水田に放せば、秋までには五六寸になる。それを池の中で冬を越させ、翌年また水田の中に放せば、その年の秋までに、料理に程よい大きさとな ……

中里介山 大菩薩峠 39 京の夢おう坂の夢の巻
深川の屋敷も、度々《たびたび》の 津浪 《つなみ》ゆえ、本所へ屋敷替えを親父がして、普請の出来るまで、駿河台の太田姫稲荷の向う、若林の屋敷を当分借りていたが、その屋敷は広くって、庭も大そうにて、隣に ……

中里介山 大菩薩峠 39 京の夢おう坂の夢の巻
「これはあの優麗典雅な古今無比の名文を以て、趣向も、作風も純国産、日本人の生活そのものを描写したものでげして、尤もその生活というのが、上《うえ》つ方《かた》の生活でございまして、我等風情とは全く ……

長谷川時雨 旧聞日本橋 09 木魚の配偶
 明治四十三年の九月に佃島に 津波 《つなみ》が来た。京橋の築地|河岸《がし》一体にまでその水は押上げたほどで、洲崎《すざき》や月島は被害が甚《ひど》かった。庭の眺めになるほどの距離にある相生橋から越 ……

林芙美子 泣虫小僧
 と感嘆の声をもらすと、 津浪 のように皆がどっと笑い出した。とりとめようもない程、笑い声が続いた。啓吉は、益々小さくなった。田口七郎兵衛は教壇に上って、 ……

牧野信一 緑の軍港
 艦隊は何處の國の港で春を迎へ何處の大洋の沖合で春をおくり——と市民達の噂も長く、やがて軍港の山々は緑に映え、卯の花の蕾がほころびて散り、海も山もえる[#「山もえる」はママ]炎夏を迎えた。季節をたとへて金樽緑酒とも云 ……

エクトール・アンリ 家なき子 02 (下)
 そのとき耳の遠くなるようなひどい物音が聞こえた。大 津波 《おおつなみ》のうなる音、木のめりめりさける音、圧搾《あっさく》された空気の爆発《ばくはつ》する音、すさまじいうなり声がわたしたちをおび ……

エクトール・アンリ 家なき子 02 (下)
 そのときふとわたしは、レールが 津波 《つなみ》のために持って行かれたことを確かめた。わたしはもう道しるべがなくなった。そういうわけでは、わたしのくわだてをとげるわけにはゆかない。 ……

南方熊楠 十二支考 01 虎に関する史話と伝説民俗
 仏教国に虎を入れた滑稽談も数ある、その内一つを出そう。クラウストンの『|俗話小説の移化《テールス・エンド・ポピュラル・フィクションス》』一に引いたカシュミル国の譚に織工ファッツ一日|杼《ひ》を一た ……

宮本百合子 二つの家を繋ぐ回想
 憎い、どうでもよい者に、誰が此程涙を流そう。母よ。貴女も、今、そちらの静かな闇の中で、斯様な悲しみに打れて居らっしゃるのですか。何と云うことだ。辛いことだ。然もそれが避けられない——。彼の家で育った ……

宮本百合子 加護
と云われると、始めは、稍々《やや》驚のみを以て聞いていたお恵さんも、友の言葉に耳を傾けずにはいられなくなった。全く、神の心は、計り知られない。いつ、どこに、どんな啓示が潜んでいるか解らない。亡くなった良人、息子、ま ……

宮本百合子 日は輝けり
 家柄からいえば、孝之進は名門の出である。けれども、若いときから、生活の苦味ばかりを味わってきた。ちょうど彼が出世の第一歩を踏み出そうとしたときに起った、政治上、社会上の大 津浪 が、家老という地位をも、先祖伝来の ……

宮本百合子 獄中への手紙 08 一九四一年(昭和十六年)
 夕方や朝、丸の内に 津浪 のようにさしよせる灰色の人浪を見ると、余りただ一色の人間群で悲しいし。本当に人間らしい姿と足どりとで生きるということがそのようにむずかしいということが抑※[#二の字点 ……

宮本百合子 私の覚え書
 階下では、良人が「大丈夫! 大丈夫!」と呼びながら、廊下を此方に来る足音がする。私共は、階子の上と下とで、驚いた顔を見合わせた。が、まだ揺れはひどいので、彼が昇って来る訳にもゆかず、自分が降るわけにも行かない ……

宮本百合子 私の覚え書
 私の思いは、忽ち父の上に飛んだ。父の事務所は、丸の内の仲通りにある。時刻が時刻だから多忙な彼は、どんな処にいて、災害に遭ったか知れないのだ。心を落つけ欹《そばだ》てるようにし、何か魂を通りすぎる感じを掴もうと ……

宮本百合子 逆立ちの公・私
 日本の個人主義は、よきにつけ、あしきにつけ、未発達のまま、第二次世界大戦、太平洋戦争に突入してしまった。そのため、一個人としての自主的な判断力が、どの個人の能力の中にあっても薄弱であった。薄弱な客観的判断 ……

宮本百合子 風知草
 その治安維持法によって獄につながれている人々の、生活ぶりが、薄暗いのぞき穴をとおしてうつされた。やがて、この悪法は撤廃されることになって、画面に一つの力づよい手が現れて、特高と書いた塗札をひきむしった。検事局思 ……

横光利一 夜の靴 ——木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)
 谷間から暗く夕暮れが来て人も揃った。私の横に村長、その横が前村長、順次に左右へ農会の技師、みなで十人ばかりの人たちだが、寒さは寺の畳の冷えからではなさそうだった。公益を重んじて来た老人たちの眼 ……

若山牧水 樹木とその葉 34 地震日記
『今夜は 津浪 が來るさうですから直ぐ彼處に行つてゝ下さい、村の者は皆行つてゐますから。』 ……

若山牧水 樹木とその葉 34 地震日記
 宿の婆さん——主人の母で七十近くの——が私の側に寄つて來た。そして安政二年にも地震と共に大 津浪 がやつて來て、この古宇村全帶を破壞し、洗ひ浚《さら》つて行つたことがある。その時に不思議にも此處一軒だ ……

若山牧水 樹木とその葉 34 地震日記
『えれえもんだ、船着場んとこん土藏が二三軒ぶつ倒れた、狩野川がまるで 津浪 で船が繋いでおかれねえ。』 ……

若山牧水 樹木とその葉 34 地震日記
 村はほんとにノンキであつた。果して一升壜を提げて、なほ罐詰をも持つて、人の子一人ゐない部落の方から亭主は歸つて來た。『先生、惜しいことをしましたよ。店では實のある奴が二三本ぶつ壞れて酒の 津浪 でした ……

若山牧水 樹木とその葉 34 地震日記
 漸く私は彼等を座敷に招じた。聞けば彼等は三人共各學校柔道の選手で、九月一日には小田原小學校で始業式の濟んだあとが柔道大會となり、彼等は全て柔道着か裸體かになつて式場(雨天體操場などであつたらうと思 ……


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公開:2011.3.30 八面玲瓏。
目くそ鼻くそ。しだひろし/PoorBook G3'99
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