M-Tea*3_28-面とペルソナ/人物埴輪の眼 他 和辻哲郎

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M-Tea*3_28-面とペルソナ/人物埴輪の眼 他 和辻哲郎

2011.2.5 第三巻 第二八号

面とペルソナ / 文楽座の人形芝居
能面の様式 / 人物埴輪の眼
和辻哲郎



【週刊ミルクティー*第三巻 第二八号】
http://www.dlmarket.jp/product_info.php/products_id/118154
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(552KB)

定価:200円  p.134 / *99 出版
付録:別冊ミルクティー*Wikipedia(27項目)p.197
※ DRM などというやぼったいものは使っておりません。

※ オリジナル版に加えて、ミルクティー*現代表記版を同時収録。
※ JIS X 0213・ttz 形式。
※ この作品は青空文庫にて公開中です。転載・印刷・翻訳は自由です。
(c) Copyright this work is public domain.


ひきこもれ! 週刊ミルクティー*


(略)しかし「意味ある形」、たとえば「甲冑」を円筒上の人物に着せたとなると、その甲冑は、四肢などに対するとはまったく段ちがいの細かな注意をもって表現されている。(略)それはこの鉄の武器が、人体などよりもはるかに強い関心の対象であったことを示すものであって、いかにも古墳時代の感じ方らしい。(略)
(略)埴輪(はにわ)人形を近くからでなく、三間、五間、あるいはそれ以上に、ときには二、三十間の距離を置いて、ながめてみる必要があると思う。それによって埴輪人形の眼はじつに異様な生気をあらわしてくるのである。もし、この眼が写実的に形作られていたならば、すこし遠のけば、はっきりとは見えなくなるであろう。しかるにこの眼は、そういう形づけを受けず、そばで見れば粗雑に裏までくりぬいた空洞の穴にすぎないのであるが、遠のけば遠のくほど、その粗雑さが見えなくなり、魂の窓としての眼の働きが表面へ出てくる。それが異様な生気を現わしてくるゆえんなのである。眼にそういう働きがあらわれれば、顔面は生気をおび、埴輪人形全体が生きてくるのはもちろんである。古墳時代の人々はそういうふうにして埴輪の人形を見、また、そういうふうに見えるものとして埴輪の人形を作ったのであった。
(「人物埴輪の眼」より)

3_28.rm
(朗読:RealMedia 形式 568KB、4'37'')
milk_tea_3_28.html
(html ソーステキスト版 216KB)


和辻哲郎 わつじ てつろう
1889-1960(明治22.3.1-昭和35.12.26)
倫理学者。兵庫県生れ。夏目漱石の門に入る。東洋大・京大・東大教授。人間存在を間柄として捉える道徳論の展開に特色がある。風土論をはじめ文化史にも業績が多い。著「古寺巡礼」「日本精神史研究」「風土」「倫理学」「日本倫理思想史」など。文化勲章。

◇参照:Wikipedia 和辻哲郎、『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008)。


底本

面とペルソナ
底本:「和辻哲郎随筆集」岩波文庫、岩波書店
   1995(平成7)年9月18日第1刷発行
   2006(平成18)年11月22日第6刷発行
初出:「思想」
   1935(昭和10)年6月号
http://www.aozora.gr.jp/cards/001395/card49911.html

文楽座の人形芝居
底本:「和辻哲郎随筆集」岩波文庫、岩波書店
   1995(平成7)年9月18日第1刷発行
   2006(平成18)年11月22日第6刷発行
初出:「思想」
   1935(昭和10)年8月号
http://www.aozora.gr.jp/cards/001395/card49908.html

能面の様式
底本:「和辻哲郎随筆集」岩波文庫、岩波書店
   1995(平成7)年9月18日第1刷発行
   2006(平成18)年11月22日第6刷発行
初出:「思想」
   1936(昭和11)年7月号
http://www.aozora.gr.jp/cards/001395/card49907.html

人物埴輪の眼
底本:「和辻哲郎随筆集」岩波文庫、岩波書店
   1995(平成7)年9月18日第1刷発行
   2006(平成18)年11月22日第6刷発行
初出:「世界」
   1956(昭和31)年1月号
http://www.aozora.gr.jp/cards/001395/card49894.html

NDC 分類:121(東洋思想/日本思想)
http://yozora.kazumi386.org/1/2/ndc121.html
NDC 分類:210(日本史)
http://yozora.kazumi386.org/2/1/ndc210.html
NDC 分類:773(演劇/能楽.狂言)
http://yozora.kazumi386.org/7/7/ndc773.html
NDC 分類:777(演劇/人形劇)
http://yozora.kazumi386.org/7/7/ndc777.html


難字、求めよ

日本文化協会
糸瓜 へちま、か。
『面とペルソナ』
『能面』
生の外現 がいげん?
竹本小春太夫 たけもと こはるたゆう → 竹本春子太夫か

スリーパーズ日記


 安田喜憲『古代日本のルーツ・長江文明の謎』(青春出版社、2003.6)読了。奇しくも鳥居龍蔵がブッキング。鼻につくような記述もしばしば出てくるが、そこは、つまみながら読めばよし。
 川崎利夫『やまがたの歴史を掘る』(教育文化センター、1993.2)読了。川崎さんは天童在住、昭和八年生まれ。長らく県内遺跡の発掘調査にたずさわる。昨年は、山寺峯の浦本院跡発掘と高擶散策のおりにご健在な様子を見る。旧石器捏造事件の発覚が二〇〇〇年一一月だから、本書は、発覚前の当時の見解がそのまま記されている。複式炉のことにも若干ながら言及がある。

 先週のつづき。質問時に複式炉の用法をたずねた人がいる。「暖をとることと、調理をすること」という無難な返答があったが、いくつかひっかかる。住居跡の中心をはずしている理由。暖をとる目的ならば中央にあってよさそう。住居スペースと収容人数と燃焼空気量の関係。空気の取込口と排気。いろりやかまどに想像するような燃焼が可能だったか。炉中央の土器が地中約四〇センチ程度に掘り下げて設置してある。いろりは平面、かまどや暖炉は地上が普通で、どちらも大きく空気口を開いている。炉中央の土器は一つないし二つが、横にもしくは奥と手前に並ぶ。その上に食物を入れた甑(こしき)を置くとした場合、土器の厚みで支えるのに強度は不足しなかったものか。手前の土器は石組み傾斜にあわせて口を欠いている。直接、物を乗せることはおそらく難しい。
 古代の熱利用について。まき木・炭の燃焼熱のほか、植物の腐蝕発酵熱、石材の太陽反射熱、生石灰の化学反応熱を併用していたのではないかと想像するのだが、まだ、該当する論考を読んだことはない。



2011.2.5:公開
たまさま……。
目くそ鼻くそ。PoorBook G3'99
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