M-Tea*3_26-光をかかぐる人々 続『世界文化』連載分 六 徳永 直

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M-Tea*3_26-光をかかぐる人々 続『世界文化』連載分 六 徳永 直

2011.1.22 第三巻 第二六号

光をかかぐる人々[続]『世界文化』連載分(六)
徳永 直


【週刊ミルクティー*第三巻 第二六号】
http://www.dlmarket.jp/product_info.php/products_id/115210
※ クリックするとダウンロードサイトへジャンプします。
(612KB)

定価:200円  p.257 / *99 出版
付録:別冊ミルクティー*Wikipedia(54項目)p.276
※ DRM などというやぼったいものは使っておりません。

※ オリジナル版に加えて、ミルクティー*現代表記版を同時収録。
※ JIS X 0213・ttz 形式。
※ この作品は 徳永直『光をかかぐる人々』入力中(http://d.hatena.ne.jp/HikariwokakaguruHitobito/)(uakira)にて公開中です。転載・印刷・翻訳は自由です。
(c) Copyright is public domain.

飛び出せ! 週刊ミルクティー*


 活字が日本に渡るには、他の条件が必要であった。そして、その他の条件のうちもっとも大きなものは、やはり文久二年・一八六二年の日本幕府がはじめてやった貿易船千歳丸の上海入港であったろう。(略)経済的にいえばこの貿易は失敗したけれど、不馴れな幕府の役人たちは積荷をそのまま持ち戻るはめにもなったけれど、オランダの役人につれられて各国の領事たちにあったり、諸外国人の活動ぶりを見てびっくりした。たとえばこれを便乗者・高杉一人の場合に見てもあきらかである。(略)その後二年あまりで、攘夷の中心長州藩が領民に洋品使用の禁を解き、薩摩や佐賀と前後して海外貿易を営なんだ急角度の転回も、したがって「薩長締盟」を可能にした思想的背景も、このときの千歳丸便乗によって彼が上海で感得したものによるところ、はなはだ多いといわれている。
 (略)第一回の千歳丸のときは高杉のほかに中牟田や五代〔五代友厚か。〕や浜松藩の名倉(なぐら)予可人(あなと)などあったが、第二回の健順丸のときは、前巻でなじみの昌造の同僚で長崎通詞、安政開港に功労のあった森山多吉郎、先の栄之助がいまは外国奉行支配調役として乗り組んでいたし、第三回目、慶応三年(一八六七)の同じく幕府船ガンジス号のときは、佐倉藩士高橋作之助〔猪之助か。〕(のちの由一)ら多数があり、たび重なるにつれて上海渡航者の数は急速に増えていった。(略)
 また、官船以外の密航者、あるいは藩所有の船修理と称して渡航する者もたくさんあった。(略)さては中浜万次郎を案内に立てて汽船を買いに来た土佐藩の後藤象次郎などと、千歳丸以後は「きびす相ついで」いる(略)。

3_26.rm
(朗読:RealMedia 形式 424KB、3'26'')
milk_tea_3_26.html
(html ソーステキスト版 316KB)


徳永 直 とくなが すなお
1899-1958(明治32.1.20-昭和33.2.15)
熊本県飽託郡(現熊本市)生まれ。1922年上京、博文館印刷所(後の共同印刷所)に植字工として勤務。1925年に「無産者の恋」「馬」などを発表。翌年共同印刷争議に敗れ、同僚1700人とともに解雇。1929年この時の体験を基にした長編「太陽のない街」を『戦旗』に連載。『新日本文学』に長編「一つの歴史」を完結させないまま世田谷の自宅で病没。享年59。

◇参照:Wikipedia 徳永 直、『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008)。


底本

底本:『世界文化』4月号 第4巻第4号、世界文化社
   1949(昭和24)年4月1日発行
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person1308.html

NDC 分類:022(図書.書誌学/写本.刊本.造本)
http://yozora.kazumi386.org/0/2/ndc022.html
NDC 分類:210(日本史)
http://yozora.kazumi386.org/2/1/ndc210.html
NDC 分類:914(日本文学/評論.エッセイ.随筆)
http://yozora.kazumi386.org/9/1/ndc914.html


難字、求めよ

溝口靖夫
『滬上史談』 こじょう しだん? 沖田一の著。「滬」は上海の略称。
ローリィ Water, Rowrie
Scientibis ?
林楽知 Young, L, Allen
シリンダー・プレス
上海道台
呪咀 呪詛(じゅそ)。「咀」は誤用か。
ロッセル商事会社
中檣 ちゅうしょう?
便役 鞭役(べんえき)か。
沖田一 著『滬上史談』。
小林六郎 芸州藩。
長尾治策 芸州藩。
八戸喜三郎? 八戸善三郎?
曽我弥一
軋位仏
英商ガラバ グラバーか。
宗門所詰
中牟田倉五助? 倉之助?
朝野 朝野(ちょうや)新聞か。
岩崎克己 著『前野蘭化』。
鋳りつけ いりつけ?
ブラムゼン
マティーア 美華書館主。ギャムブルの後任。
前田三介
英人ホエレー
ウェブストル 『ウェブスター大辞典』か。
重野鉱之丞(安釈) 重野安繹(やすつぐ)、厚之丞か。

むしとりホイホイ

Faunding → Founding 【o か】
Ameican → American 【r か】
Electrhotype → Electrotype 【h、削除か】
楊子江 → 揚子江 【揚】
頻る → 頗(すこぶ)る 【頗か。2か所】
担き → 担ぎ 【ぎ、か】
几張面 → 几帳面 【帳】
呉淞河 → 呉淞江(ごしょうこう) 【江か。】
作っていた。まだ → 作っていた、まだ 【「、」か】
応わしく → 相応(ふさ)わしく 【相か】
扶知 → 扶持(ふち) 【持か。2か所】
屋張 → 尾張 【尾か。2か所】
尾張の音 → 尾張の音吉 【吉か】
倉五助 → 倉之助 【之か】
ありかたか → ありかたが 【が、か?】
末だに → 未だに 【未か】
どうれで → どうりで 【り、か】
わからなけれど → わからないけれど 【い】
一八六一年、安政元年 → ? 【一八六一年は文久元年。安政元年は一八五四年。】

底本は左辺のとおり。

スリーパーズ日記


ガムブル、ギャンブル
八戸喜三郎、八戸善三郎
活字板をすることをしたい、活字板をつくることをおしえたい

 以上三件の混用はそのままにした。

 ソーステキスト(html)の公開を試みる。大きな修正点は、(1) スタイルシート記述の追加、(2) t-font タグを font タグへ変更、(3) 字下げ用の div タグを追加、以上三点。Internet Explorer、Netscape、Safari にて確認。
 (3) の字下げ div タグは T-Time 組版には不要な記述で、この点、html よりも T-Time のほうがスマート。ソーステキストを直接修正したいときに div タグの乱立は邪魔くさい。html 5 は未確認。

 安田喜憲『龍の文明・太陽の文明』(PHP新書、2001.9)。東洋文明をこんなにあっさり二分していいのだろうかと不安になるくらいの読後感。安田論、その反論ともに未見なので真偽の評価は保留。期待していた自然環境変化、とくに海進・海退に関する記述がものたりない。温暖期に水没していた地帯が、寒冷期の海退で各地に出現。そのくりかえしが動力ポンプとなって人口の分散と集中をうながした……とするならば、まっさきに安田に求められるのは、各時代ごとのアジア海岸線の想像復元のはず。
 津野海太郎『電子本をバカにするなかれ』(国書刊行会、2010)読了。ベストオブベスト。ページの英訳・コリアン訳は早々に試みたい。チャールズ・パースのマチガイ主義(falliblism)を紹介。対になるのが元旦朝生で片山さつきちゃんが口にした「無謬の原則」だろう。

 拡充版CSV を見る。著者情報と書誌情報を二分して、処理側でマッチさせるなりソートさせるなりできないものか。
 著者の国籍、生没年の情報ソースが不明で、追確認の手だてが絶たれている。とくに著名でない作者・郷土史家は、かならずしもネットで確認できるといえない。ソース非公開の根拠は何かしらあるのだろうか。



2011.1.24:公開
2011.1.30:公開
まちがい、ばちがい、かんちがい。
おもいちがい、いいちがい、いきちがい、すれちがい。
おもわくちがい、おかどちがい。けんとうちがい。こころえちがい。
けたちがい、だんちがい。すじちがい、たがいちがい。
はたけちがい、はらちがい。みこみちがい、みまちがい。
目くそ鼻くそ。PoorBook G3'99
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