MT*2_53-二人の女歌人/東北の家 片山広子

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MT*2_53-二人の女歌人/東北の家 片山広子

2010.7.24 第二巻 第五三号

二人の女歌人/東北の家 片山広子



【週刊ミルクティー*第二巻 第五三号】
http://www.dl-market.com/product_info.php?products_id=79745
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(544KB)

定価:200円(税込)  p.152 / *99 出版
付録:別冊ミルクティー*Wikipedia(50項目)p.324
※ DRM などというやぼったいものは使っておりません。


飛び出せ! 週刊ミルクティー*


 小野小町は小野の篁(たかむら)の孫で、父は出羽守良真とも伝えられ、仁明文徳清和の頃の人と思われるが、生死の年月もはっきりわからず、伝説は伝説を生み、今の私たちには彼女が美しかったという事と、すぐれた歌人であったということだけしか伝わらない。久しぶりにこのごろ小町の歌を読みかえす機会があったが、時代のずれというようなものを少しも感じないで読んだ。現代の歌は心理的にかたむいて私にはだんだんむずかしくなってきている時、むかし私が「歌」と教えられていたそういう歌に、またもう一度めぐり会ったような感じであった。彼女の家集の歌はそうたくさんはないけれど、すこし抜いてみよう。

花の色は うつりにけりな 徒(いたづ)らに
  わが身世にふる ながめせしまに
山里の あれたる宿を 照らしつつ
  幾夜へぬらむ 秋の月影
思ひつつ 寝ればや人の 見えつらむ
  夢と知りせば さめざらましを
うたたねに 恋しき人を 見てしより
  夢てふものは たのみそめてき
いとせめて 恋しき時は うばたまの
  夜の衣を かへしてぞきる
夢路には 足もやすめず 通へども
  現(うつつ)にひと目 見しごとはあらず
岩の上に たび寝をすれば いとさむし
  苔の衣を 吾にかさなむ
わびぬれば 身をうき草の 根をたえて
  さそふ水あらば いなむとぞ思ふ
日ぐらしの 鳴くやま里の ゆふぐれは
  風よりほかに 訪ふ人もなし
木枯(こがらし)の 風にもみぢて 人知れず
  うき言の葉の つもる頃かな
ちはやふる 神も見まさば 立ちさわぎ
  天の門川(とがは)の 樋口あけたまへ
卯の花の 咲ける垣根に 時ならで
  わが如ぞ鳴く 鶯(うぐひす)の声
あるはなく なきは数そふ 世の中に
  あはれいづれの 日までなげかむ
はかなくて 雲となりぬる ものならば
  霞(かす)まむ方を あはれとも見よ
吹きむすぶ 風は昔の 秋ながら
  ありしにも似ぬ 袖(そで)の露(つゆ)かな
ながめつつ 過ぐる月日も 知らぬまに
  秋の景色に なりにけるかな
春の日の 浦々ごとに 出でて見よ
  何わざしてか 海人(あま)は過ぐすと
木の間より もり来る月の 影みれば
  心づくしの 秋は来にけり
あはれてふ 言こそうたて 世の中を
  思ひはなれぬ ほだしなりけれ
あはれなり わが身のはてや 浅みどり
  つひには野辺の 霞(かすみ)とおもへば

2_53.rm
(朗読:RealMedia 形式 592KB、4'48'')


片山広子 かたやま ひろこ
1878-1957(明治11.2.10-昭和32.3.19)
歌人、翻訳家。東京生まれ。佐佐木信綱に師事して歌人として活動するほか、松村みね子の筆名でジョン・ミリングトン・シングなどのアイルランド戯曲を翻訳した。

◇参照:Wikipedia 片山広子、『広辞苑 第六版』(岩波書店)。


底本

二人の女歌人
底本:「燈火節」月曜社
   2004(平成16)年11月30日第1刷発行
底本の親本:「燈火節」暮しの手帖社
   1953(昭和28)年6月
http://www.aozora.gr.jp/cards/001346/card49511.html

NDC 分類:911(日本文学/詩歌)
http://yozora.kazumi386.org/9/1/ndc911.html

東北の家
底本:「燈火節」月曜社
   2004(平成16)年11月30日第1刷発行
底本の親本:「燈火節」暮しの手帖社
   1953(昭和28)年6月
http://www.aozora.gr.jp/cards/001346/card49143.html

NDC 分類:915(日本文学/日記.書簡.紀行)
http://yozora.kazumi386.org/9/1/ndc915.html


むしとりホイホイ

東北の家
瑞厳寺 → 瑞巌寺 【巌、か?】
アットホーム → アツトホーム 【ツ、か?】


難字、求めよ

出羽守良真 よしまさ? よしざね?
あはれてふ
言こそうたて
三笠湯川
冬柏院
太神宮
パンうで玉子
さんざしぐれ さんさしぐれ、か。
政岡の寺


年表

昭和一六(一九四一)
夏 F、はじめて仙台に住む。
十月初め 片山、仙台をおとずれる。松島・瑞巌寺・塩釜・平泉・中尊寺。

昭和一七(一九四二)
十月 片山、仙台をおとずれる。山寺・天童・新庄・小牛田。手樽・蛇田・石巻・日和山。

昭和一八(一九四三)
四月中頃 片山、仙台をおとずれる。榴ヶ岡。
四月下旬 仙台を去る。


スリーパーズ日記


 本文中「仙山線に乗って……山寺、山形、千歳駅」の部分に出てくる「名取川」は地理上おかしい。奥羽山脈の山形県側は紅葉川もしくは馬見ヶ崎川が最上川と合流し日本海へ流れる。名取川は宮城県側で、支流に広瀬川があり太平洋へ流れそそぐ。
 おなじく千歳駅から天童・新庄へ行くところで通過するのは「庄内平野」ではなく、おそらく山形盆地、もしくは尾花沢盆地、もしくは新庄盆地のまちがい。


小野小町 809(大同4)頃-901(延喜元)頃。父は小野良真
平将門 ?-940(天慶4)
興世王 おきよおう ?-940(天慶4) 武蔵権守。
小野好古 884(元慶8)-968(康保5)。父は小野葛絃藤原純友の乱を鎮圧。
小野道風 894(寛平6)-967(康保3)。好古の弟。

 小町好古道風兄弟はいとこ同士。三人の祖父は小野篁良真葛絃は兄弟。羽黒山五重塔は平将門の創建、塔内の四方の額は小野道風書と伝えられる(「羽黒山五重塔沿革」『山形県の地名』平凡社)。『三代実録』の元慶元年11月と2年7月に「藤原興世」の名が所見する(『山形県史要覧』(平成元.3)「出羽国官人表・守の部」)。

小野春風 はるかぜ ?-? 9世紀前半。石雄の子。陸奥権守などになった春枝の弟。元慶の乱で力を発揮。元慶2(878)秋田城下に叛夷の乱が起こった際、出羽権守藤原保則の推挙で鎮守府将軍に登用され平定する。陸奥権守兼讃岐権守。

小野小町興世王平将門小野好古道風……歌仙と武者と羽黒山五重塔。大河ドラマ『風と雲と虹と』では藤原純友を緒形拳、田原藤太を露口茂、藤原玄明を草刈正雄、そして興世王を米倉斉加年が演じている。

 ePub の日本語組版制定がまだ弱いうちは、ボイジャーも T-Time の Unicode・ePub 対応には踏み切れない。ePub とボイジャーとブックリーダーの三すくみ。
 林信行『iPadショック』(日経BP社、2010.6)読了。さすが。大部分がアップルの宣伝だけれども、AppStore のこと、アプリ規制のこと、iPhone キャリア内幕など、かなりくわしく興味深い。

ひきこもり、全国推計70万人。



2010.7.25:公開
2010.7.28:更新
トトカルパッチョ、ごっつあんです。
目くそ鼻くそ/毛ケヶのヶ太郎。PoorBook G3'99
転載・移植・印刷は自由です。
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  • 良真を「よしまさ」と読んだが、別に「良実」と書く資料もあるらしいので「よしざね」かもしれない。 -- しだ (2010-07-25 16:53:58)
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