MT*2_21-蝦夷とコロボックルとの異同を論ず 喜田貞吉

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MT*2_21-蝦夷とコロボックルとの異同を論ず 喜田貞吉

2009.12.12 第二巻 第二一号

蝦夷とコロボックルとの異同を論ず
喜田貞吉



定価:200円(税込)  p.140 / *99 出版
付録:別冊ミルクティー*Wikipedia(66項目)p.368

※ オリジナル版に加えて、ミルクティー*現代表記版を同時収録。
※ JIS X 0213・ttz 形式。
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(c) Copyright is public domain.


三次元立体視  飛び出せ!!週刊ミルクティー*

オリジナル版 ミルクティー*現代表記版
(略)而して現に千島アイヌは堅穴[#「堅穴」は底本のまま]に住し、又、鳥居氏の調査によれば露西亞人の始めて來航せし當時、ガラス瓶を得て鏃を作りし形迹ありといふ。即ち所謂石器時代の状態にありしや明なり。且、千島アイヌはコロボツクルに關する口碑を傳へざる等の事實を綜合すれば、千島アイヌ即ちコロボツクルなるべき事は[#「千島アイヌ即ちコロボツクルなるべき事は」に白丸傍点]、小金井博士等先輩の已に唱導せる如く、何人も容易に首肯する所なるべし。(略) (略)しかして現に千島アイヌは竪穴(たてあな)に住し、また、鳥居氏の調査によればロシア人のはじめて来航せし当時、ガラス瓶(びん)を得て鏃(やじり)を作りし形跡ありという。すなわちいわゆる石器時代の状態にありしや明なり。かつ、千島アイヌはコロボックルに関する口碑を伝えざるなどの事実を総合すれば、千島アイヌすなわちコロボックルなるべきことは、小金井博士ら先輩のすでに唱導せるごとく、何人(なんぴと)も容易に首肯(しゅこう)するところなるべし。(略)
されば、余輩は、他に有力なる反證なき限りは、本島アイヌも、もとは穴居の状態にありしものにして、甞ては石器をも使用し、所謂津輕蝦夷即ち日の本蝦夷なる千島アイヌの状態にありしものなりし事を信ぜんとす。彼等が進歩したる民族と觸接するに及んで、麁蝦夷即ち唐子蝦夷となり、更に熟蝦夷即ち渡り黨の状態となれりとせば、千島アイヌと本島アイヌ、即ち、蝦夷とコロボツクルとは、博徳が都加留蝦夷と麁蝦夷とを同一蝦夷中の別種として認めたると同じく、ただ、進歩の程度に於ける區別に過ぎざるべきなり。 されば、余輩は、他に有力なる反証なきかぎりは、本島アイヌも、もとは穴居の状態にありしものにして、かつては石器をも使用し、いわゆる津軽蝦夷すなわち日の本蝦夷なる千島アイヌの状態にありしものなりしことを信ぜんとす。彼らが進歩したる民族と触接するにおよんで、麁蝦夷(あらえみし)すなわち唐子(からこ)蝦夷となり、さらに熟蝦夷(にぎえみし)すなわち渡り党の状態となれりとせば、千島アイヌと本島アイヌ、すなわち、蝦夷とコロボックルとは、博徳が都加留(つがる)蝦夷と麁蝦夷(あらえみし)とを同一蝦夷中の別種として認めたると同じく、ただ、進歩の程度における区別にすぎざるべきなり。

2_21.rm
(朗読:RealMedia 形式 296KB、2'24'')


喜田貞吉 きた さだきち
1871-1939(明治4.5.24-昭和14.7.3)
歴史学者。徳島県出身。東大卒。文部省に入る。日本歴史地理学会をおこし、雑誌「歴史地理」を刊行。法隆寺再建論を主張。南北両朝並立論を議会で問題にされ休職。のち京大教授。

◇参照:Wikipedia、『広辞苑 第六版』(岩波書店)。


底本

底本:『歴史地理』第9巻第3号 日本歴史地理学会
   1907(明治40)3月

NDC 分類:211(日本史/北海道地方)
http://yozora.kazumi386.org/2/1/ndc211.html
※ ページ未登録。


2009.12.14:公開
2009.12.18:更新
21世紀タヌキ、目くそ鼻くそ/PoorBook G3'99
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