MT*2_7-新羅の花郎について 池内宏

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特集 花郎(ファラン)

2009.9.5 第二巻 第七号

新羅の花郎について
池内宏

定価:200円(税込)  p.181 / *99 出版
付録:別冊ミルクティー*Wikipedia(80項目)p.374

※ オリジナル版に加えて、ミルクティー*現代表記版を同時収録。
※ JIS X 0213・ttz 形式。Windows & Macintosh ハイブリッド。
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(c) Copyright is public domain.

(略)花郎(ファラン)はおおむね貴族の子弟であって、年十五、六のうら若き少年である。そうしてさまざまの階級の徒衆がこれに属し、その数は数百ないし一千にのぼった。すなわちいわゆる「郎徒」である。
 無慮二百余人もあったという上中下三代の花郎のうち、その事跡のあきらかにして、かつ最も古いのは、上代における真興王(第二十四代)の二十三年(五六四)、加羅征伐のおこなわれた時、名将異斯夫(いしふ)にしたがって抜群なる戦功を立てた斯多含(したがん)である。
(略)花郎および郎徒の風流韻事は、前章に述べた尽忠報国、勇壮義烈の精神とともに、その特別なる修養団体の本質の一部をなすものであろう。花郎が徒衆を領して山水に優遊することが、それおのずから風流なる行為であると同時に、彼らはそういう場合にかぎらず、平生韻事をたしなみ、かつ文字に親しんでいたにちがいない。
(略)『三国遺事』には、郷歌(きょうか)を対象とする記事がすこぶる多い。全然『三国史記』に記されていない十四首の郷歌のごときも、本書によって今日に伝わったのである。そうして本書の国仙すなわち花郎の物語は、おおむね郷歌に関係づけられている。しかるに前章に述べた『三国史記』列伝の花郎は、いずれもいわゆる芳名美事を遺した武勇伝中の人物であって、たがいに著しい対照をなしている。

2_7.rm
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(672KB)

池内宏 いけうち ひろし
1878-1952(明治11.9.28-昭和27.11.1)
東洋史学者。東京生れ。東大教授。朝鮮・満州史を研究。著「満鮮史研究」「元寇の新研究」など。祖父は儒学者の池内大学。朝鮮総督の依頼で満鉄調査部歴史調査部にて実証主義的(考証的)な満蒙・朝鮮の東洋古代史研究の基礎を確立した。朝鮮古代史の乏しい資料の中で花郎の研究、また慶長の役などの全体像を描き出すことに尽力したことでも知られている。

◇参照:Wikipedia、『広辞苑』。


底本

底本:『滿鮮史研究 上世第二册』吉川弘文館
   1960(昭和35)年6月15日発行
初出:『東洋学報』第24巻、第1号
   1936(昭和11)年4月稿

NDC 分類:221(アジア史.東洋史:朝鮮)
http://yozora.kazumi386.org/2/2/ndc221.html



2009.9.11:公開
2011.8.2:更新
目くそ鼻くそ/PoorBook G3'99
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  • NDC 分類の記述を微調整。 -- しだ (2011-08-02 06:07:23)
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