MT*No.52-徳永直_「印刷文化」について > 恩地孝四郎_書籍の風俗

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2009.7.18 No.52

徳永直 「印刷文化」について
恩地孝四郎 書籍の風俗
定価:200円(税込)  p.139 / *99 出版
付録:別冊ミルクティー*Wikipedia(17項目)p.69

※ オリジナル版に加えて、ミルクティー*現代表記版を同時収録。
※ JIS X 0213・ttz 形式。
※「『印刷文化』について」は青空文庫にて入力未定です。「書籍の風俗」は公開中です。翻訳・朗読・転載は自由です。
※「『印刷文化』について」のテキストおよび底本画像は、
あをぞラボ2.0號館366号室(http://awozolab366.seesaa.net/article/120449523.html)(uakira)にて公開中です。
(c) Copyright is public domain.

(略)アジアにおいて最初期に鉛の漢字活字をつくってヨーロッパ文化を東洋に導きいれる大きな機会を与えた英国人ダイヤーは印刷術についてはまったくの素人だったにもかかわらず、当時のロンドンにおける印刷文化の高揚と、相当に普及された印刷技術知識によってのみ成し遂げられた顛末が『支那叢報』にくわしくでている。
 しかしさて印刷科学について国民一般に関心をもたせ概念を与えるといっても、生活的には印刷業と直接関係ない人間にとっては、単に技術上の課程を叙述しただけでは、何の感情もおこさせることができない。もともと「技術」なるものはその人間が直接必要に当面した場合にのみ獲得さるるものであって、今日のように個人的には名刺、葬祭用のはがき印刷から、一般的には新聞、書籍にいたるまで、他人の技術によって容易に必要が満たされる分業化の時代にあってはなおさらそうであろう。(略)
 近代印刷術の日本における歴史は特殊事情だけれどもそういう事情をべつにしても、高度化された専門技術を生活的には畑ちがいの人間にいきなりおしつけても興味がおこらぬは当然である。科学一般となればまだしものこと、科学の一分野は、特定の人間を除けば、人間生活にとって枝のまた枝であるからだ。科学はそれ自身無感情であり、活字も、印刷機もそれ自体ではただの物質でしかないのである。

「『印刷文化』について」より
52.rm
(朗読:RealMedia 形式 352KB、2'51'')


週刊ミルクティー*第52号 ※ ダウンロードサイトへジャンプします。
(328KB)

徳永 直 とくなが すなお
1899-1958(明治32.1.20-昭和33.2.15)
熊本県飽託郡(現熊本市)生まれ。1922年上京、博文館印刷所(後の共同印刷所)に植字工として勤務。1925年に「無産者の恋」「馬」などを発表。翌年共同印刷争議に敗れ、同僚1700人とともに解雇。1929年この時の体験を基にした長編「太陽のない街」を『戦旗』に連載。『新日本文学』に長編「一つの歴史」を完結させないまま世田谷の自宅で病没。享年59。

恩地孝四郎 おんち こうしろう
1891-1955(明治24.7.2-昭和30.6.3)
版画家、装幀家、写真家、詩人。東京生れ。恩地轍の四男。1914年に田中恭吉・藤森静雄とともに、同人誌『月映』を創刊。日本の抽象木版画の先駆けで、創作版画運動に尽力。装丁美術家としても著名。
◇参照:Wikipedia、『広辞苑』。


底本

「印刷文化」について
底本:底本:『印刷雑誌』27巻1号・2号
   1944(昭和19)年1月・2月発行
NDC 分類:023

書籍の風俗
底本:「日本の名随筆 別巻87 装丁」作品社
   1998(平成10)年5月25日第1刷発行
底本の親本:「恩地孝四郎装幀美術論集 装本の使命」阿部出版
   1992(平成4)年2月発行<br />
NDC 分類:022



2009.7.22:公開
目くそ鼻くそ/PoorBook G3'99
翻訳・朗読・転載は自由です。
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