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2009.5.9 No.42

福井久蔵 枕詞と序詞(二)
定価:200円(税込)  p.173 / *99 出版
付録:別冊ミルクティー*Wikipedia(124項目)p.506

神風の 伊勢——
 神風の伊勢と続けたのは古く「神武記」に載っている。かんかせを神風と見る説、神下り瀬という説、神饌稲とする説がある。伊勢に続けた意も種々に説かれた。文字通りに神風と考えるなかにも古く『綺語抄』には神の恵みといってある。鴨長明もその説を奉じた。顕昭は威風・徳風など風にたとえて神徳のひろきをいう。伊勢は皇太神の天降りました所だからという一説をもあげている。仙覚は伊勢津彦が大風をおこし波に乗って去ったという『伊勢風土記』の記事を引き、神風伊勢と続けた所以を説き契沖は猿田彦のことを引き、風は天地の使いで君子の徳にも比し、大神宮の御勢おのずから風となるゆえに神風の伊勢というといい、また寿命は息風で大神の神徳外には風となり内には寿命となるゆえに神風の伊勢というといい真淵は風は神の息であるから神風の息のいの音から伊勢に転じたといい、田安宗武は神風の罪を癒やせるのものとし、いやせのせが省かれていせにかかるといい、本居大平は伊勢は余国にかわり風強くまたたびたび吹く国であるから、知らぬ火筑紫などの例であると説き、守部はその国に風神鎮座あり霊験あらたかで天武天皇のとき神風の吹いたことをあげている。神かぜは神が瀬の義であるとの説は平安朝時代から存していた。『奥儀抄』には磯宮は太神のはじめて天より下りたまう所でそれよりいうと説き、鹿持雅澄は両説をあげている。その一説には風は借字で神下瀬のくだがかとつまったもので、せは場というがごとし。伊勢も五十鈴も磯もみな同言のうつろいで五十鈴河による名であろうと述べている。ただし雅澄は一説としてかんかぜは神風で、伊勢と受けたのは いすかし いすゞき などと同じく物の平穏でなくはなはだしいのをいい、そのいすけしが約(つづ)まって伊勢となったのかもしれぬといい、荒木田久老はかんかぜは神饌稲であると説いた。請け取りにくい説である。

42.rm
(朗読:RealMedia 形式 544KB、3'43'')

福井久蔵 ふくい きゅうぞう
1867-1951
国文学者。兵庫県生まれ。歌書・連歌の研究で高名。著「大日本歌書綜覧」「連歌の史的研究」「犬筑波集研究と諸本」など。
◇参照:『広辞苑』

綺語抄 きごしょう 藤原仲実著の歌学書。1106-1118頃の成立か。歌語・天象・時節・動物・植物など十六部門に分類し、簡単な語釈を施して、次に万葉集を主に古今集以下の諸集より例歌を掲げる。和歌に関する故事・説話などを記す箇所もある。詠歌の手引書として、また古歌や歌語の知識の必要な歌合などに備えるために編まれたもの。(和歌)
鴨長明 かもの ちょうめい 1155-1216 平安時代末期から鎌倉時代にかけての歌人、随筆家。京都、賀茂御祖神社の神事を統率する鴨長継の次男として生まれた。著『方丈記』『発心集』『鴨長明集』。
顕昭 けんしょう 1130?-1209 平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての歌僧。父母については不明であるが、藤原顕輔の養子となる。「袖中抄」など多くの歌学書を著している。それらの大部分は仁和寺宮守覚法親王に献呈したもの。
仙覚 せんがく 1203?-? 鎌倉時代初期における天台宗の学問僧。権律師。中世万葉集研究に大きな功績を残した。東国生れ(常陸国とする説がある)、豪族比企氏の出身であるとされる。文永9年(1272年)、70歳の年まで存命したことは確実であるが、その生涯の伝記的事項には不明な部分が多い。
契沖 けいちゅう 1640-1701 釈契沖。契冲とも書く。円珠庵。江戸時代中期の真言宗の僧であり和学者(国学者)。摂津国尼崎(現、兵庫県尼崎市)生まれ。著書は、徳川光圀から委嘱を受けた『万葉代匠記』をはじめ『厚顔抄』『古今余材抄』『勢語断』『源註拾遺』『百人一首改観抄』『和字正濫抄』など数多く、その学績は古典研究史上、時代を画する。
賀茂真淵 かもの まぶち 1697-1769 国学者、歌人。浜松の神官である岡部政信の三男として生まれた。荷田春満・本居宣長・平田篤胤とともに「国学の四大人」の一人とされる。
田安宗武 → 徳川宗武
徳川宗武 とくがわ むねたけ 1716-1771 御三卿田安家初代当主であり、江戸幕府第8代将軍吉宗の次男。官位は従三位権中納言。荷田在満や賀茂真淵に国学・歌学・万葉を学ぶ。
本居大平 もとおり おおひら 1756-1833 国学者。伊勢国松坂(現在の三重県松阪市)の町人、稲懸棟隆の長男。13歳で本居宣長の門に入り、寛政11年(1799)44歳のとき、宣長の養子となる。
守部
天武天皇 てんむ てんのう 631?-686 『皇統譜』によると第40代に数えられる天皇。舒明天皇の第三皇子で母は宝皇女(皇極天皇)、天智天皇、間人皇女の同母弟であるが、異説もある。『日本書紀』には才能に恵まれ、武徳に優れ天文・占星の術を得意としたとある。
奥儀抄 おうぎしょう 奥義抄。藤原清輔著。1124〜1151頃の成立か。序文・本文(式:上巻、釈:中・下巻)、下巻余がある。式は六義・六体など25項につき、例歌・歌学書を引いて説明。釈は万葉集・伊勢物語などの古歌ならびに三代集・後拾遺集の歌を歌中の難語を中心に解釈。下巻余は旧来の難語および、歌体などに関する24項を問答形式で解説。平安朝歌学の集大成。袖中抄以下後世の歌学書に大きな影響を与えた。五家髄脳の一つ。
鹿持雅澄 かもち まさずみ 1791-1858 国学者。歌人。号は古義軒・山斎など。土佐藩士。宮地仲枝に師事。「万葉集古義」など万葉集を中心に著書多数。また、「山斎集」がある。武市半平太・吉村寅太郎らはその門人。
荒木田久老 あらきだ ひさおゆ 1747-1804 伊勢神宮祠官・国学者。1765年江戸で賀茂真淵に師事し、国学や和歌などを学び、特に「万葉集」を研究した。著「万葉考槻の落葉」「祝詞考追考」など。

◇参照:『広辞苑』『日本古典文学大事典』(明治書院、1998.6)、『和歌大辞典』(明治書院、1986.3)


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枕詞

茜(あかね)さす 日、紫
朝霞(あさがすみ) かひや
朝霜(あさしも)の 消(け)なば
あさもよし 紀
葦垣(あしかき)の
葦鶴(あしたづ)の あな、たづ/\し
葦(あし)の根の ねもころ
足引(あしひき)の 山
梓弓(あづさゆみ) 春、引、豊国
天(あま)さかる 鄙(ひな)
あもりつく 天の香山
荒金(あらかね)の 土
荒栲(たえ)の 布
あら玉の 年・月
青丹(あをに)よし 奈良
いさなどり 海、浜
岩橋(いはばし)の まぢかき
石(いは)ばしる 滝
うちえする/うちよする 駿河
うちひさす 宮
空蝉(うつせみ)の
うば玉の 黒
うま酒 三輪(みわ)
沖つ鳥 鴨(カモ)
おしてる/押照(おして)るや 浪速
大船(おほぶね)の たゆたふ、ゆくら/\、津守
鏡(かがみ)なす 思ふ
かきつばた 匂へる
かぎろひの ほのか
神風(かむかぜ)の 伊勢
唐衣(からころも) ひも
刈菰(かりこも)の みだれ、亂る
君(きみ)が着る 三笠
くれはどり 綾(あや)
さゝかねの/ささがにの 蜘蛛(くも)
刺竹(さすたけ)の 君、舎人(とねり)
さにづらふ 紅葉
さねかづら 後(のち)も逢(あ)はむ
さねさし 相模(さがむ)
敷島(しきしま)の 大和
敷妙(しきたへ)の 家、床
しなざかる 越(こし)
島つ鳥(しまつとり) 鵜(う)
白雲(しらくも)の 立田(たつた)
白玉(しらたま)の 君
知らぬ火の 筑紫(つくし)
白栲(しろたへ)の 袖(そで)、衣
菅(すげ/すが)の根の 亂れ
空(そら)みつ/そらにみつ 倭(やまと)
高(たか)ひかる 日
栲領巾(たくひれ)の 波
たゝなづく 青垣山
疊(たゝみ)こも 平群(へぐり)の山、隔て
玉かづら 絶ゆる
玉櫛笥(たまくしげ) 二見(ふたみ)の浦
玉襷(たまたすき) 畝火(うねび)
玉の緒の
玉鉾(たまほこ)の 道
玉藻(たまも)よし 讃岐(さぬき)
玉藻刈る(たまもかる) 沖
玉藻なす 浮べ
垂乳根(たらちね)の
ちゝのみの 父
千早振(ちはやぶる)
樛(つか)の木の つぎ/″\に
月草(つきくさ)の 移ひ易き
つぬさはふ いは 石見、磐之姫(いはのひめ)
津の國の なには
燈火(ともしび)の 明石(あかし)
夏草(なつくさ)の あひね
庭つ鳥(にはつとり) 鶏(かけ)
鳰鳥(にほどり)の かつく、葛飾(かづしか)
ぬば玉の 黒、黒髪、月
花細(はなぐは)し 桜
花薄(はなすすき)
柞葉(ははそは)の 母
久方(ひさかた)の 天(あめ)、雲、都、天の香山
まがねふく、吉備
眞木柱(まきばしら) 太き
まそ鏡(かがみ) 敏馬浦
みすゞ刈る 信濃
みづ/\し/みつみつし 久米(くめ)
むらたまの
群鳥(むらとり)の 群れ
望月(もちづき)の たゞはし、足れる
百敷(ももしき)の 大宮
百足(ももた)らず 筏(いかだ)、八十(やそ)
百傳(ももづた)ふ 角賀(敦賀)、磐余(いはれ)、鐸(ぬで)
八雲立つ 出雲
八隅(やすみ)して/八隅しゝ 大君(おほきみ)
若草の 妻


いすくはし 鯨(くぢら)
たゝなめて 伊那佐の山
しなだゆふ  篠竝路
香ぐはし 橘(たちばな)
三栗の 中
みほ鳥の かづく にほ鳥か?
野(ぬ)つ鳥/さぬつ鳥 雉子(キジ)
つぎねふ 山代
みかしほ 播摩速待
しなてる 片岡山
春日の かすが
うち苧(からむし)を 麻績王
櫛笥の 二上山
はやさめ くたみの山
千葉の 葛野
八百丹(やほに) 杵築(きつき)
木のくれやみ 卯月
ことひ牛の 三宅の潟
梶(かじ)の音の つばら/\
妹が手を とろしの池
あしびなす 榮えし君
ますげそ 蘇我の子
眞髮ふる 櫛名田姫(くしなだひめ)
眞土山(まつちやま) 待つ
瑞垣(みづがき)の 久し
花かつみ嘗(かつ)ても
塵ひぢの 數にもあらぬ
雲居なす 心いざよひ
高麗つるぎ わざみが原
釧つく 手節の崎
朝髮の 亂れて
引鳥の 我が引けいなば
たしみ竹 たしに
い組み竹 いくみはねず
ぬえ草の 妻
朝日の 笑(ゑみ)
栲紺(たくづぬ)の白き腕
根白の白き腕
さゝがねの蜘
山たづの 迎へ
眞玉なす吾思ふ妹
ししじもの水くゝ籠る
まさきづらあざなはり
岩くやす畏く
いくみ竹居組み
たしみ竹たしに
高行くや隼別の命
菰まくら高階
天つ水、仰ぎて
蜷(ニナ)のわた、か黒き
蘆穗山あしかる咎(とが)
飛鳥川明日も
吉城川よしも
菅(すげ)の山、すがなく
我心清隅の池
居待月明石
海小舟、泊瀬山
筑紫櫛
八百土(やほに)よし
魂ちはふ
真木立つ荒山
真草刈る荒野
遠つ人松浦川
遠つ人雁
高ゆくや隼(はやぶさ)
大魚よし鮪(まぐろ)
うまし物あべ橘
降る雪の白髪
あからびく肌
枕づく嬬屋
さゝらがた錦(にしき)
さへづるや唐臼
玉垂の小簾
玉垂小甕(をかめ)
くらげなす 漂ふ


2009.5.2 No.41

福井久蔵 枕詞と序詞(一)
定価:200円(税込)  p.182 / *99 出版
付録:別冊ミルクティー*Wikipedia(84項目)p.364

 枕詞は修飾的ということが本源になっている。ある一人がかくのごときおもしろい表現をなすと、感心してこれにならうものが生ずる。かくて新鮮味は失われるが、そこに踏襲によって一種の型が成立する。世人はこの型を呼んで枕詞という。(略)真淵は五七の調は天地の調といい、わが韻文の五七のリズムを絶対的のものと考えていたが、世界の韻文発達史のうえから考えても、太古には無定形詩がおこなわれ、それから種々雑多の型がおこなわれ、それらがその本来の性質や人々の好尚などによりてセレクトされ、五七調が確立したと見るのが自然と思われる。『万葉集』の長歌の中には県居翁以下の人々の説いた傾向がないではないが、最初は上田秋成が『冠辞続貂』に云ってあるように修飾説が正鵠を得ていると信ずるのである。(略)
 上代人が「そらみつ、倭」「つぎねふ、山城」「おしてる難波」「神風の、伊勢」「うちえ(よ)する、駿河」「さねさす、相模」「さゝなみの、近江」「しなざかる、越」「八雲立つ出雲」「つぬさはふ石見」「みかしほ、播摩」「まがねふく、吉備」「あさもよし、紀」「玉藻よし、讃岐」「知らぬ火、筑紫」「梓弓、引、豊国」のごとく国名にかけたものや「玉襷、畝火」「大伴の、御津」「燈火の、明石」「白鳥の、鳥羽山」「高くらの、御笠の山」「白雲の、立田」「まそ鏡、敏馬浦」のごとき地名にかけたものをかなりたくさんに遺しているように、近代の人も自分の住地もしくは遊歴した地方にある名山大川・霊地勝景などをとって枕詞を作ることを忘れなかった。今後も自家のめぐりにある風物をとって諷詠することは止まない。したがってその地名をいかして枕詞にもちいることはすたらぬであろう。古来都に遠ざかっていた田舎では歌人が出てその風物山川などを謡ってくれなければ郷土文学は決して起こらない。越中に二上山、布勢湖、石瀬野、辟田など歌枕の多いのは大伴家持のごとき歌人が任にあったためであろう。
41.rm
(朗読:RealMedia 形式 544KB、4'24'')


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底本

福井久蔵 枕詞と序詞
底本:『短歌講座第9巻修辞文法篇』改造社
   1932(昭和7)年発行
NDC 分類:911
※ 所収「うわづらを blog で」


2009.5.6:公開
2009.5.20:更新
目くそ鼻くそ/PoorBook G3'99
翻訳・朗読・転載は自由です。
カウンタ: -

  • 第41号で「続貂(ぞくちょう)」を「続貂(ぞくてん)」と読んでいたので、本日(2009.5.14)付けでファイル(milk_tea_41.zip)と朗読ファイル(41.rm)を、それぞれ第二刷に差しかえます。 -- しだ (2009-05-14 23:35:19)
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最終更新:2011年07月25日 14:23