天夜奇想譚 つきまし > 壱-始りは変り者- 下


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作者:グリム

タイトル:つきまし/壱-始りは変り者- 下





 夜の八時だというのに、廊下はまだ廊下の電気がついている。職員室の前には、人影が二つあった。しかし、何と言うか、一方は人影と言っていいものだろうか。

 取り敢えず、一人は眼鏡をかけ、肩掛け鞄をかけた男子生徒。背は平均より低め(それでも俺よりは高い)、髪は黒く長めで、後で適当に結っている。痩せ型。すず張り目、不機嫌そうな顔をしている。で、もう一方。こっちは女子生徒で、背は……多分、平均よりもずっと低い。髪は茶色でツインテール。結構珍しい子だ。そして、全身にバケツを纏っている。

 ……ん?

 目を擦る。うん、バケツを“纏ってる”。

 事細かに見てみよう。まず両手に一個ずつ。頭に一つ乗っけて、さらに長い板を乗っけてその上に二つ。そして妙なベルトを胴回りに装着して前後左右にバケツを一つずつ。合計九個。人間ってあんなにバケツを持てるものなんだ。

「鎌っ子。先生に聞いたところによると、散らかすといけないって事で今日の中身は甲子園の砂を詰めたらしい」

「なに……その、無駄な、力の入れよう……」

 ぷるぷると震えるツインテールの女子生徒に向かって、眼鏡を掛けた男子生徒が隣に立ちながらぽつりと言う。そして手持ち無沙汰になった男子生徒は肩掛け鞄からハードカバーに入った文庫本を取り出して読み始める。

「水より……重いよね……砂、って」

「ん。そりゃ砂だし。ちなみにばら撒いたらそこの棚から箒とちりとり使えばいいから」

「そりゃ、どー……も」

 ぺらりと本を捲る男子生徒。

「あ、忘れてた。先生から言伝預かってたんだ」

「な……なに?」

「さすがに遅いからもう帰っていいんだってさ。砂は職員室裏に撒いとけば良いらしい。ってな事を一時間前にね」

 しばしの沈黙。

「なんで言わないの?!」

 勢いよく顔を上げるツインテールの女子生徒。その勢いで頭に乗っていた三つのバケツが床にばら撒かれる。乾いた砂はリノリウムの床に物凄い音を響かせて盛大に広がった。

「そりゃ、女の子が苦しむ姿とか楽しいし。ああ、血とか出ない限りはね。苦しむ程度はいいけど死体はそそらんし」

 何気なく大胆発言。……どころか危険発言だ。

「箒とちりとりはあちら」

 男子生徒はさらりと言って、棚を指差した。

 その様子を眺めていると男子生徒がこちらを向いた。目が合う。

「なに?」

「――え? あ、いや」

「……」

 目を細める男子生徒。不味いな、怒らせたのかもしれない。って、そんなに俺悪いことしたか?

「職員室に用? もう誰も居ないよ」

「そうなんですか」

 女子生徒はバケツを床において、ぐったりしつつ砂を掃き始めた。哀愁が漂う。

「何か困ってる事があるなら生徒会長とか頼った方がいいよ。場合によっては先生より頼りになるし」

「は、はぁ」

「……神学科の人だよね? だったらカクテルドレス着た人を探せばいいから。それが生徒会長。きっと簡単に見付かるよ、目立つし」

「あー、いえ。知ってます。それと用があったのは先生でしたから」

「そ。一応僕らも生徒会だから困った時は気軽に声を掛けてくれて構わんよ」

 そう言って男子生徒は視線を本へ向ける。

「じゃあ……あの」

「ん?」

 視線だけこちらに向ける。やはり表情だけ見ると不機嫌そうに見える。

「美術室……とか。写真部の部室、とか何処にありますか?」

「入部希望? でもこの学校には写真部なんてないよ。美術室とか特別教室はこの時間だったら多分閉まってるだろうし」

 やっぱりこの時間からだと無理か。諦めて適当にぶらぶらして時間を潰そうかな。まだ入学したばっかりだし、そんなに急ぐ事も無いか。ここなのは間違いないんだから、明日また来よう。

 このために、この学園に入ったんだから。

「ありがとうございました」

 踵を返してその場から離れる。

 背中越しに大きな音がして、振り返る。さっきの女子生徒が床に置いてあったバケツを倒し、砂をばら撒いていた。

「……んじゃ、僕は先に帰るから。後は頑張れ」

 去って行く男子生徒。女子生徒は無言だった。

 ……合掌。




 人気の無い廊下を歩く。窓の外は真っ暗で、街の明かりが見える。

 繁華街はあの辺かな。

 その明かりを見て、何処に何があるのかを想像しながら適当にぶらつく。階段を昇って。その果て、屋上まで辿り着いた。ドアノブに手を掛けてみるが、やはり鍵は閉まっているらしい。仕方ないので階段を下りる。屋上から外見たりしたらきっと綺麗だったんだろうけどな、とか考えつつ。まぁこんな時間だし、開いていないのも当然か。

 今度は回っていない廊下を歩いてみる。

 夜の学校、と言うのは新鮮だった。と言うか、この学園が初めてだから新鮮なのは当たり前だけど。何というか、雰囲気が新鮮だった。

 静かな廊下に響き渡る自分だけの足音。光の無い、暗い教室。

「――ホラーとかでよくありそうだけど」

 小さく呟いて、歩いていく。

 ちょっと怖くなった気がする。いや、さすがに映画じゃないからオバケなんかは出ないはずだ。


 ――ぺた。


 気のせい、だよな。できるだけ振り向かないように足早に廊下を進む。と、校舎の丁度真ん中あたり(だと思う)の電灯が消えているのが見えた。おかしいな、こっちの電灯はついてるのに。

 固唾を飲み込む。本当に居ないよな……オバケ。

 歩く。


 ――ぺた、ぺた。


 聞こえる。足音が余計に。心なしか足音の数が増えている気がする。


 ――ぺた、ぺた、ぺた。


 目の前は暗闇。背後からは数人の足音。しかも明らかに靴の足音じゃない。裸足の足音だ。意を決して暗闇を進む。だけど足音は増えるばかり。追い立てるような足音が幾つも聞こえてくる。


 ――ぺたぺたテケぺたぺたぺた……

『くひひひ、ひひひ』



 笑い声まで聞こえてきた。立ち止まれない。立ち止まったら――?

 どうなってしまうんだろう。

 考えが纏まらない、逃げる事だけに集中する。どうなるなんて、考えるな。

 止まったらきっと。

「べとべとさん――」

 ふと、誰かを通り過ぎたような気がした。

「御先にお越し」

 足音が消える。

「へ?」

 その突然の変化に驚き、足が変な風に絡まった。勢い余ってずっこけ、廊下を二、三回転がる。思いっきり頭とか腰打った……痛い。腰と頭を押さえながら立ち上がる。

 顔を上げる。暗闇の中にぼんやりと人影があった。

「災難だったね、キミ」

 どこか楽しそうに人影は言った。

 暗闇に目が慣れてきた。声の主は女子生徒だった。

 短い髪。ちょっと癖っ毛。左目には黒い――眼帯。それにはデフォルメされた猫がプリントされいる。

「新入生? もしかして部外者だったり? 一般の生徒だったらあれくらいの対処法知ってるだろうしねぇ」

 どこか楽しそうな声。

「はい。新入生です……」

「でも新入生ってこんな時間まで居るモンだっけ? あー、もしかして若さの勢いでしっぽりむふふとか!?」

「しっぽりむふふ、って何ですか」

「またまたぁ、とぼけちゃってぇ――」

 唐突に押し黙る。まじまじと俺の顔を覗きこんでくる。

 しばらく何ともいえない沈黙の後。

「――……っと。話の途中だったね。えーっと、そうそう、生徒会の人間としては生徒の深夜徘徊って指導しないといけないんだ」

「ええっ!? そうなんですか?」

 不味い。入学早々面倒ごとはごめんだ。

 それに今からお世話になる深山さんに迷惑をかけたくない。弱ったな、どうしよう。

「ああ、そんなに萌え……じゃなかった、泣きそうな顔しなくても大丈夫よ。黙っといてあげるから」

 女子生徒がにっこりと笑みを作る。素直にドキッとしたので、目を逸らす。顔が何か熱い。

「はぁ~」

 そして何か嬉しそうな声が聞こえる。この人も変な人だな。

 この人も生徒会なのか。……ここの生徒会って変な人しか居ないのだろうか。と言うか、今日会った人の半数以上って生徒会の人間のような気がする。変人に縁がある日なのかな――結構嫌だけど。

「自己紹介しとくね。私は生徒会の副会長やってる、荒山。気軽にあーちゃん……ん、そうね。お姉さん、って呼んでみてくれない?」

「は、はい?」

 何でいきなりお姉さんって呼ばなきゃいけないんだ……?

 そこでふと気付く。荒山。アラヤマって――もしかして。

「荒山(アラヤマ)、澪(ミオ)……?」


 ――テケ。


 足音。足音?!

 俺が歩いてきた方向から、確かにそれは聞こえた。

「オバケ……?」

 呟くと、くすり、と笑い声が聞こえた。振り返ると、口元に手を当てて、彼女はおかしそうに笑っていた。

「オバケって……随分可愛いこと言うね。それと、一応年上なんだし、フルネームよりも先輩、とか、お姉さん、とかあるでしょ?」

 お姉さん、と言う部分を強調する荒山……先輩。

 何か声を掛けようとして、それが喉もとで止まる。笑っている表情は消え去って、電灯のついた明るい廊下側を睨むように眺めていた。俺にも分かるような明らかな敵意。でもそれでいて、どこか惹き込まれるような感覚がある。

 そして、彼女は両手を広げ、舞台役者のように大仰に言葉を放つ。

「やれやれ、べとべとさんの群れだと思ったら、厄介なのが紛れてるわ」

 一切の感情を排斥した、どこか神々しくもある無表情。

「新入生君。ここは一応、“邪馬”なんだから、あんまりオバケなんて間抜けな事言っちゃダメよ? 減点ものだから」

 冗談めかした口調。けれど目線はずっと廊下の向こう側。

 そちらを見ると、くすんだ肉の塊があった。

 彼女はそれを睨みつけている。

「――異形。もしかして、実物見るの初めてだったりする?」

 そう言って、彼女は笑う。魅力的に。

 けれどそれは一瞬で、敵意を孕んだ無表情へと変わった。ドキッとしたけど、俺に向けられてはいない。少しだけ胸を撫で下ろすけど、焦っていたのだろう、彼女の言った事の意味を理解するのが遅れた。

 異形。

 人を喰らう存在。

『きひ、ききき、ひひっひひひぃ』

 肉の塊が、笑った。異形であるという事実とその地の底から湧き上るような不気味な笑い声に戦慄した。こんな。こんな明らかに害意のあるモノと面と向かうのは初めてだ。

 しかもその造型はおぞましい。肉の塊――髪の長い、女性であろうそれには、足が無かった。腹から下が引き千切られている、と言うのが正しいか。そこからは本来、保健や理科の教科書でしか見たことの無いような赤黒いナニかが漏れ出している。健康的な色からはかけ離れていた、ソレ。ソレをズルズルズルズル音を立てながら這って来る。無い足の変わりに体を動かしているであろう腕は、擦り切れ、赤茶け、細く、もうそれは腕と認識していいか分からない。

 その、あまりにも“酷い”光景に、思わず腰から力が抜けてしまい、その場に座り込んでしまった。

「あっれぇ? 本気と書いてマジで初めてだった? ……って聞くまでも無いか、腰砕けだし。あー、でもそれも可愛くてお姉さん的には結構そそる……っとと、違う違う」

 少し上の方から、明るい口調の声がした。安心感が沸いて、釘付けになった視線がその安心感さえ奪っていった。


 ――テケ、テケ。


 肘で這いながら近付いてくるそれと、長い髪の間から覗く血走った眼と視線が合った。そいつは、嗤っていた。

「安心していいよ」

 ぽん、と。暖かい感触が頭の上に乗った。上を見ると、眼帯をつけた少女の顔。優しく微笑んでいた。

「なんたって、私は生徒会なんだから」

 そう言って彼女は立ち上がる。

「おねーさん“達”に、」

 俺の目の前に立ちふさがる姿は勇ましく、カッコよく、


「まっかせなさい!」


 ――綺麗だった。


 陳腐な表現だと思うけど。



「それじゃあ、まぁ記念に一枚」

 荒山先輩は何処から取り出したのか、年季の入ったカメラを取り出していた。あんまり詳しいわけではないが、それなりに高い代物……っぽい。で、何を考えているのかフラッシュを焚いた。肘歩きする異形に向けて。

『ギィ、ッ!』

 悲鳴を上げる異形。

「みーちゃん流、影縫いってねー」

 軽い感じで先輩は笑う。異形から伸びる影は異様に黒く浮き上がっている。とんな仕組みかは知らないが、荒山先輩が動きを封じたらしい。しかしそれも長くは続かず、ぎしぎしと動き出す異形。

 彼女はそれに不満なのか、むぅ、と小さく漏らした。

「技術学科のギミックを持ってきたはいいけど……どーにも持続力ないなぁ」

 全く、これだから技術学科は……そう言って、カメラを仕舞う。

「んーっと、術式学科から持って来たのはーっと」

 本当にどこにしまっていたのか、今度は木の棒を取り出した。そんなに長くは無いけど……いや、本当にどこにしまってたんだろう。その木の棒には紋様が刻まれている。確か、退魔士の使う“式”と言うモノ、だったはず。

 荒山先輩はその先を向けると、言霊を紡ぐ。

「起動式、第十八番。詠唱略、証明略、発動、フランマッ」

 木の棒が砕け散り、尖端から炎が吹き出した。異形は束縛が解けたのか、壁に飛び移り、そのまま壁や天井を這って炎を回避する。荒山先輩は舌打ちをして、使い物にならない木の棒を放り投げる。

「やっぱ専門外じゃこの程度か。追尾機能付加とか面倒よね~……しかも略式なんて一発限りだし。実用性低い」

 愚痴を零す――って!

「先輩、前!」

「――あ」

 一気に距離を詰めた異形が、先輩目掛けて飛び掛る。

 けれど驚いた風な顔は一瞬で消えて、先輩は不敵な笑みを浮かべる。

「はい、残念でした」

 彼女がしゃがむと、背後から巨大な鎌が横薙ぎに振るわれた。空中で回避することは出来ない。異形はその攻撃を躱すことができず、モロに喰らって弾き飛ばされた。肉を打ち付ける音が響き渡る。

 生暖かい液体が頬を伝う。慌てて拭った。

「鎌っ子ちゃん、ナイス。でもその大振りの攻撃は色々飛び散るから減点かなぁ」

「え、あー……」

 先輩の背後に立っていたのは、先ほど砂をぶちまけたツインテールの女子生徒だった。鎌っ子、って名前なんだろうか。しかしそんな疑問もすぐに氷解する。その女子生徒は――身の丈よりも大きな巨大な鎌を持っていた。アニメとかゲームとかでたまに見かけるような、どう考えても戦闘とかそういうのには不向きの武器。ああ、だから鎌っ子なんだ。

 なんて、考えているウチに吹っ飛ばされた異形が体を起こす。

 かなり怒ってる。

『ひひひぃぎぃぃぎゃぁぁぁ!』

 雄叫びとも悲鳴ともつかない声が響き渡り、異形が這い寄ってくる。


 ――テケテケテケテケッ……


「あー、怒っちゃいましたね」

 鎌っ子がそんな事言って頬を掻く。

「むしろレベル的には“キレ”かな? ってかさぁ、最近の子はキレ易いよね。異形もキレる時代なのかな」

「や、明らかにそういう事言ってる状況じゃないですって!?」

 なに和やかにしてるんだこの二人!?

 ってな事を言ってる間に異形は飛びかかれる距離まで寄ってきている。

 しかし異形が腕を絡ませてすっ転ぶ。

「よっこいしょ」

 さらに後ろから飛び出してきた影が大きく一振り。異形は当たり所が良かったのか、勢いよく吹っ飛んでいく。何度も跳ねて、ぐしゃぐしゃと中身をぶちまける姿は、思わず吐きそうになる。

「最近の異形はキレやすい――先輩、それはかなり興味深いんで、後で語りましょう」

 さっき鎌っ子と一緒に居た眼鏡の男子生徒が立っていた。手には杖……いや、テレビでしか見たことは無いけど、恐らく“錫杖”と言うものだろう。それを持っている。

 荒山先輩は少しばかり考えて、答える。

「平群(ヘグリ)君が女装してくれるなら考えてもいいかな?」

「全力でお断りします」

 間髪入れずに平群と呼ばれた生徒が答える。

「で、先輩。この人は? さっき見掛けたきがするけど、まさか他の学科のスパイ?」

「新入生じゃないかな。あ、ね。キミ、名前は?」

 いきなり話題を振られた。って、そんな事言っている間にさっきの異形、起き上がってこっち思いっきり睨んでるんだけど。

「人首……夏樹です」

「ナツキ? へー、女の子みたいな名前ね。わー……めっちゃストライ……こほん、ぴったりね」

 ぺかー、と輝きだしそうな笑みを浮かべる荒山先輩。

 その様子を見て鎌っ子は溜め息を吐いて、平群と呼ばれた人は首を振った。手遅れ、と言う意味だと思うが、どういうことだろうか。

「荒山さん、まだ使ってないんですか? アバター」

 鎌っ子がおずおずと荒山先輩に尋ねる。すると、荒山さんは、ああ、と答えて。

「他の学科からかっぱらって来た術具と術式のテストしてたから。それに他の人も来たから別にいいんじゃ? とか思ったり」

 それに、と付け足す。

「ナツキちゃんって異形も見たの初めてっぽいし、どうせだから退魔士ってのがどんなものを使ってるか、とか見せたほうがいいんじゃないかなぁ、とか。でもやっぱり生徒が作ったものよね、市販品のほうがずっと良いわ」

「そりゃ当然ですよ。素材とかは配給されてるモンばっかりで、うまく作ったとしても限界がある」

 平群さんがつらつらと語り、錫杖を構える。

「ヒトカベってたけ? もしかして高等部に“外”から入って来たりした?」

「あ……はい」

「んじゃぁ基本知識とかほぼ皆無なわけか。実戦経験も皆無。退魔士志望じゃないの? ――とかまぁ、そんなのはどうでもいいとして、廊下の真ん中で腰抜かしてると面倒だから、できれば端まで寄ってくんない? ほら、鎌っ子とか平気で味方に攻撃当てるから」

 一息にそれだけ言って、一歩前に進む平群さん。

「や、さすがに私だって味方に攻撃当てたりなんか……」

「しない?」

 ぐ、っと黙り込む鎌っ子。

「あはは。そう言えば生徒会長だから毎回無傷だけど、あれってナツキちゃんに当たったら確実に怪我するよね」

「荒山さんまで……」

 ……すっごい哀れだなぁ、鎌っ子。

 でもそんな事言ったって俺も巻き添えは真っ平なわけで。抜けた腰で必死に這いずって廊下の端まで移動する。横を見る。異形は今度は警戒しているのか、簡単に飛び掛ったりしない。ジリジリと距離を詰めている。

「で、あの異形は何なの?」

 鎌っ子がそんな事を言いつつ、身の丈に合わない鎌を構える。

「部類としては“都市伝説”。異形の中でも最低ランクだけど――出現率は高い。恐らく、いや間違いなく都市伝説の原型は“テケテケ”だね。種類は色々あるけど、事故によって足を失った人間が悪霊になって人々から足を千切って持っていく、って話のだね。イメージは男だったり女だったり様々。テケテケの欠損部位、歩行方法、出現場所……あと呪文だったか、これらも種類は多い。それから――」

「あー、うん。ストップ。もういい」

 平群さんは話し足りないとばかりに止めた鎌っ子を睨みつけたが、すぐに視線を離す。そして最後に一言。

「攻略法は“呪文”か。あとは力のゴリ押し」

「ちなみに呪文は?」

 荒山先輩が尋ねると、平群さんはしばらく黙り込み。

「“地獄に帰れ”」

 しかし異形――テケテケは苦しむ様子すらなく、ジリジリと距離を詰めてくる。

「効果なし、か。まー、消えてくれればありがたかったんだけどなぁ。ちょっと意見聞きたいな、鎌っ子ちゃん、あれ強いと思う?」

「え、えーっと」

 鎌っ子は突然振られた話題に慌てて答える。

「中……ぐらい?」

「……」

 黙りこみ、非難がましい視線を向ける平群さん。小さくなる鎌っ子。

 にしてもこの人達、緊張感ないなぁ。俺がさっきまで感じてた恐怖や緊張なんてモノはとうの昔に吹っ飛んでしまっていた。何なんだろう、この人達は。本当に。

 そのあまりにも自然体な様子に、思わず笑ってしまった。

「下級生に嘲られてるぞ鎌っ子」

「うぇ?!」

「いや、決して笑ってないですよ!?」

 そー、とか言って小さく(嘲)笑う平群さん。なんと言うか、軽快な人だ。

「あっはっは、っと。二人とも、“溜めてる分”ってどれくらい?」

 荒山先輩が笑いながら二人に尋ねる。

「……聞かないでください」

「今月は校内の異形を適度に倒したんで、少し心もとないです」

 沈痛な面持ちで俯く鎌っ子に、平然として答える平群さん。

 受験の後に聞いた簡単な説明を必死になって思い出す。アバターや、バンク。退魔士を養成する学園都市“邪馬”――そこでは、人々を喰らう異形を退治する技術を教えている。バンクはアバターの原動力を貯蓄するシステム。

「そいじゃ、私かな? アバター使うから、ちょっと皆気をつけてね~」

 一歩、軽い足取りで踏み出すと、弾けるような勢いでテケテケが襲い掛かってくる。


「――Nameless」


 轟。暗がりの廊下を吹きぬける風。消えている電灯も、付いている電灯も等しく砕け、破片が廊下に散らばる。光源が消え、遠くから入り込んでくる僅かな光だけになった廊下。さっきまで騒がしかった三人は、口を真一文字に閉じている。

「アバ、ター?」

 空気が抜けるような、自分の間抜けた声が廊下に広がる。

 そこに立っているのは異様な居住まいの女性だった。身に纏っている布は、ほぼ衣服としての機能は無い。水着と呼ぶにも粗悪な布を腰と胸に巻きつけているだけ。手は胸の前でクロスしたまま鎖で縛られていた。足も同じように、鎖でぐるぐる巻き。異様なのはそれだけではない。裸足の指は鉄糸によって他の指と縫い付けられ、手の指も同じように縫い付けられている。長く腰まで伸びた髪は乾ききっていて、ボロボロ。鼻腔には死人のそれにされるような白い詰め物。上唇と下唇も縫い付けられ、右目の瞼も縫い付けられていた。ただ、唯一閉じられた左目だけ無傷だった。

 異常だった。

 一目見ただけで、それに“一切の行為を許さない”と言う意志が伝わってくる。

「ナナシ。行くよ」

 無表情になった荒山先輩が、平坦な口調でそう言った。

 アバター……“正しき神の偶像”を作り出す、技術。

 ――説明されてピンと来なかったけど、実物を見ておぞましさと共に実感した。正しき神の偶像、紛い物。でも――それでも、神。ああもう自分の言葉じゃ足りない。言葉なんかじゃ、この感覚を表現できない。

「うわぁ、毎度の事だけど……荒山さんのそれ、尖端恐怖の私にゃ辛いよ……」

 鎌っ子がアバターから目を逸らす。平群さんは無言。襲い掛かってきていたテケテケは、攻撃を中断してジリジリと下がっている。

 テケテケの造型は恐ろしいけど――この拘束されたアバターの前では見劣りする。

「まぁま、我慢してよ。ナナシちゃんはこんな姿だけど心優し――くもないか。結構怖いんだよね」

 フォローにもならず、荒山先輩の言葉は恐怖を水増ししただけだった。

『ひっひひひ……ギ、ィ』

 慄きの声。

「ナナシ。引き落としは残高の一分と七厘。十分ね?」

≪――一分七厘、だろう≫

 低く暗い、女の声。口は全く動いてなかったが、腹のそこに響くような不気味な感じだった。

 ……

 十分って、そういう意味じゃないと思うんだけど……

 痺れを切らしたのか、テケテケがアバター――ナナシに飛び掛る。

『くひひひいひっひい!』

 雄叫びのような哄笑。テケテケの振り上げた腕が物凄い勢いで振るわれる。しかし、それは眩い光と、遅れて訪れた轟音で消し飛ばされた。しばらくの間、視界が戻らなかった。耳も聞こえない。

 やがて目が慣れ、耳鳴りが消え始めた頃。


 ――一方的な虐殺の風景。

 ――一方的な殺戮の音響。


 誰もその場から動いていなかった。ただ佇んでいる拘束された女が、目を開いている。気だるげで、何処までも深い紅の色。それが見る先には下半身の無い異形、テケテケ。しかし先ほどの造型など見る影も無い。


≪哀れ、哀れ。その欠けた姿、哀れとしか言うほかあるまい≫


 低い声が響き渡り、窓から白い光が飛び込み、テケテケを射抜く。遅れて轟音。

 あれは、――雷?

 テケテケは最早見る影は無く、ただ黒焦げた肉の塊に成り下がった。炭になった腕で、まだこちらに這い寄ろうとする。


≪哀れな、哀れな痴れ者。僅かばかりの慈悲だ≫


 ナナシの紅色の瞳に、揺らめく炎が灯る。


≪苦しんで、死ぬがいい≫


 窓を突き破り、白い光が暗くなった廊下を照らし出して――



 ――次に目を開いたら、既に、テケテケの姿は無かった。

 残ったのは焦げ痕と、不自然に人の形を作っている無傷の床だけ。



 それから数分。平群さんと鎌っ子はせっせと後始末をしている。荒山先輩はその様子をカメラに収めている。……心なしか眼帯をはめていない方の目、ファインダー越しに風景を見ている瞳が楽しそうだ。

 俺はと言うと、未だに廊下の端にへたり込んでいた。

 情け無いけど……腰が抜けて動けない。

「……ほんとに情けない」

 口に出したらさらに情けなくなったような気がした。

「ん……先輩、これ、結構掛かりそうなんで先に帰っててください」

 平群さんが箒で灰とかを掃きながらそんな事を言った。カメラでその様子を撮影していた荒山先輩はカメラを下ろす。

「そう? それじゃ悪いけどそうさせてもらうね」

 それから廊下の向こうまで歩いていこうとして、俺の方に振り返った。

 しばらく目線があっていたと思う。何を考えたのか、荒山先輩は俺の方まで歩いてきた。そして首をかしげてしばし無言で見つめてくる。どこか目の奥底がキラキラ輝いてるような気がする。気のせいだろうか。

 そしてやがて、ぺかー、っとした笑顔を作る。

「この子送ってくね」

 ――は?

 疑問を口にする前に、先輩は腰が抜けて動けない俺の体を背負い、そのまま持ち上げた。

 いわゆる、うん。おんぶと言うやつだ。

「え、あ――な、なんで?!」

「んー? 腰が抜けて動けないんでしょ? 特別にお姉さんが送って行ってあげるわ~」

 きびきびと運ばれていく。と言うか背後から平群さんが、今晩はお楽しみですね、とか言ってる。確かドラクエの宿屋の台詞。……いや、なんでだろう。

 そんなこんな考えているウチに、先輩は歩いていく。

 ……仮にも女の子に背負われるぐらいに背が低いって問題だよなぁ、ハァ……

 漏れそうになった溜め息を飲み込んで、ぼうっとする。

 ――……

 肩にかけている手が何か控えめながらも柔らかいモノに触れているような。まさか、ね。うん……きっと頭をぶつけたせいでとか、ショックを受けすぎて感覚が変になってるんだろう。そうだ、そうに決まってる。

 目を瞑ると、シャンプーの匂いが鼻腔をくすぐった。

「あ、何処まで運べばいい?」

 ……

「ええっと……生徒会室、まで。会長さんを待たせてるんで」

 役得、とか言う言葉が脳裏に浮かぶ自分が無性に嫌になった。








 夜の人気の無い校庭に、紙切れが舞う。

 今宵開かれた門扉をくぐった少年の名の書かれた、紙切れが。





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