天夜奇想譚

壱-始りは変り者- 上

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作者:グリム

タイトル:つきまし/壱-始りは変り者- 上



 木の軋む音。薄暗い、洞窟のような印象が強い部屋の扉が薄く開いて揺らいでいた。その部屋の主はそんな事を気にも留めず、机の上に置かれた二枚の紙を凝視している。眺め続け、顔を上げない。

 質素な部屋だった。いや、調度品と呼べるモノはなく、質素と言うよりも何もない。窓はあるのだろう、しかし分厚い暗幕で侵入する光は尽く遮られ、部屋全体は薄暗い。部屋の主は長い黒髪は細い背中を滑り落ち床に広がっている。女性と呼ぶに近しい少女。それは緋色の時代錯誤な巫女装束を纏い、部屋の真ん中で二枚の紙を睨みつけるように茣蓙に正座していた。

 異様なほど静か。扉が風に揺れて、その軋む音が静寂に波紋を残す。

 しかしその音も自然と扉が閉まる事によって止まった。

「おはこんにちばんは」

 静寂を破ったのは、一つの声だった。部屋の主のものではない。

「――何用だ」

 主は視線すら向けず、声を返す。

 来訪者は溜め息を吐く。いつの間に入り込んだのか、壁に背を預けて立っている女性が一人。艶やかな鴉の濡れ羽色の髪。身に纏う白いワンピースは薄暗闇でも淡く輝いている。絶世の美女に相応しい姿。

「釣れないわね」

「貴様の戯言に付き合っていては永劫の夜も明けてしまう」

「そう? 永劫の夜が明けるならそれほど素敵な事はないじゃない」

 くすり、と悪戯っぽい笑みを女性は浮かべるが、部屋の主は眉一つ動かさない。その様子を見て、女性は少しばかり不服そうな表情をしたが、また笑みを作る。

「贈り物は満足していただけたかしら?」

 暗がりに火が灯る。それは一つではなく無数。女性を照らすように幾つも幾つも出現し、ゆらゆらと上下する。

 この時、部屋の主は表情を動かした。その表情は、不機嫌。その一言に尽きる。

「貴様は何を考えている」

「なぁに? 私はただアナタともぉっと親交を深めようと思ってるだけよ」

 女性の言葉が終わるよりも早く、光が爆ぜた。

 暗がりが戻る頃には、平然とした女性が立っているだけだった。ただ、先ほどまで浮かんでいた灯火と、その女性の笑みは消え去っている。相変わらず部屋の主は二枚の紙に視線を落としたままで顔を上げない。

「白々しいにも程がある」

「そうね、私もそう思ったわ」

 静かなやり取り。しかしそこには先程よりも緊迫している。

「貴様は、何を考えている」

 同じ問い。しかし今度は有無を言わせない気迫が込められていた。女性は目を細め、それから笑みを作る。

「この二つの逸材をアナタの下で育てて欲しいの」

「利益は?」

「この子達は間違いなく大成し、強力な退魔士になるわ。アバターやこの学園の名売りには持って来いと思わない?」

 問いに対して、部屋の主は初めて顔を上げた。

 瞳の色は黒なのに、その中には白く激しい光が犇いている。

「貴様の利益を問うている」

 静寂。

 そして、殺気。

「……アナタ程度に、理解できると思って?」

「“人”を舐めるな、女狐が」

 視線が交差したのは一瞬。

 次の瞬間には何もかもが無くなっていた。女性の姿も無い。

 部屋の主は、何もかもが焼けて消えてしまった部屋の中で、小さく溜め息を吐いた。

 ヒラヒラと舞い降りてきた推薦状の破片を手に取り、部屋の主は、呟く。

「それが挑戦ならば甘んじて受けよう。この二人に我が邪馬の門扉を開き、全てを注いでくれよう」

 立ち上がり、既に何も居ない空間に向かって、光の犇く瞳を向けて。

「首を洗って待っていろ、安倍桜花」






 ふと、顔を上げる。既に葉混じりの桜に地球温暖化の危機をヒシヒシと感じつつ、目線を前へ。目一杯に映るのは比較的新しく綺麗な校舎だった。つい昨日受け取った制服の襟を正しながら、校門をくぐる。

 ここに、きっとあの人が居る。

 俺には会いたい人が居た。顔は知らない。名前と学年と、学科を知っている。中学の時、あれは中高生が出品する写真の展覧会だった。暇潰しに入ったけど、一枚だけ、異様に惹かれた。写真の題材は、ありふれた景色だと思う。誰も居ない夕暮れ時の教室。何を思って撮ったのかは分からなかったけど、強く惹かれた。その時は学校なんて分からなかったけど、ある人が条件付で探してくれた。しかも今回は宿まで用意してくれて、感謝しても仕切れない。まぁ条件とか試験とか、専門分野の勉強で随分苦しめられたけど。

 気を取り直して、校門付近に立っているテントまで足を運ぶ。役員らしき人が一人座っている。

「おお新入生だな?」

 ――行動を一時停止。思考フル回転開始。


 俺は入学式に来た。そう、この学園都市と名高い邪馬の高難易度の受験をカツカツでクリアして。

 校門をくぐった。新しくて綺麗な校舎も見た。うん。問題ない。

 うん、問題ない、ハズだ。


 ……


 しかし、セーラー服。

 筋肉質な男の、ピチピチなセーラー服。


「すみません、ちょっと警察呼びますね。ほら、確か刑法百七十四条、引っ掛かってますから」

「……ん? 公然猥褻だと? ――どこだ!? この学園の風紀を乱すのは!」

 椅子をど派手に吹っ飛ばして立ち上がる歩く公然猥褻の男。

「あんたですよ、あんた」

 つい指差して指摘をする。しかしその男は辺りを見回した後に自分を指差し、私か? 、と言わんばかりに首を傾げた。頷いて答えると、訳が分からん、と言わんばかりに顔をしかめる。

 ちょっと頭が痛くなってきた。さっきまであった清涼感とかは一体何処へ……

「ああ、自己紹介が遅れたな。私は神学科の生徒会長を勤めている者だ。皆、私に畏敬の念を込めて“カクテルドレスの君”と呼んでいる。何故だかは知らないが」

 ああ、きっとこの人変態なんだなぁ。

 新入生としての清涼感は遥か彼方へと消え去った。しかも生徒会長って。カクテルドレスの君って。

「さて新入生よ。名前を言ってくれ」

 何事もなかったかのように椅子を拾い上げて腰掛けるセーラー服の男を眺めながら、今まで頑張ってこの学園に入学した経緯が走馬灯のように駆け抜けていった。

 ……拝啓、実家のお母様。俺、最初から地雷を踏んだようです……

「どうした新入生。遠い目をして」

「あんたのせいですよ……」

「むぅ」

 やはり訳が分からないようで、渋い表情をする自称カクテルドレスの君。しかし何となくこのままだと埒が明かない気がする。溜め息を一つ吐く。なんだか、グラウンド三周したぐらいドッと疲れた。

「ヒトカベです。ヒトカベ、ナツキ。ナツキは夏の樹って書きます」

 しばらく名簿を目で追っていたカクテルドレスの君が顔を上げる。

「これか。……教室は正面玄関から東の階段側。四組だ」

 その言葉を聞いて、少しだけ驚いた。

 しばらく動かない俺を見て、カクテルドレスの君は首を傾げる。

「ヒトカベ、って珍しい苗字だと思ったんですけど」

「ああ、実際にこの苗字の人間と会うのは初めてだ。しかし、知っていて当然だろう、日本人だからな」

 カクテルドレスの君はそれだけ言った。特に自慢するわけでもなく、誇るわけでもなく、さも当然と言うように。生徒会長と言うのは本当かもしれない。こんな校門付近でセーラー服をぴっちり着ているけど、本当は凄い人なのかも知れない。……変態臭いけど。

 チャイムが鳴り響く。

 っと。ぼうっとしてる場合じゃない。

「君で最後だ。ほら、急がないと遅刻してしまうぞ」

「あ、はい。いってきます!」

 ちょっぴりではあるが、最初の清涼感が胸に吹き込んできた気がした。


 人首、夏樹。

 前の学校では名前関係でいじめられたけど、何だかこの学校は楽しめるような気がした。





 教室の前に立つ。生徒は一度教室に集まって担任の教師と顔をあわせてから体育館に向かうらしい。ある意味一番大切な場面だ。ここで何か失敗してしまったら三年間それが付き纏ってくる。襟元をただし、深呼吸。一気に扉を開いた。

 教室の中はシンと静まり返っていた。

 と言うか、あれ、なんだかこれは少しおかしい。

 教室の中には生徒が居なかった。より正確に言うなら、あまり居ない。確か一クラス三十数人だったはずだ。椅子と机は数えていないが恐らくそれだけの人数分あるだろう。しかし腰掛けている生徒は二桁行っていない。数えてみると六人かそこらだった。そわそわと落ち着きの無い五人と、せかせかと手元で作業をしている女子生徒が一人。

 静まり還った教室にさっきから微かに聞こえるのはその女子生徒の作業音だけ。何してるんだ?

 少し気になるが黒板に貼り付けられている紙を見る。それは席順を示している紙だった。教卓を表す長方形に、生徒の席を表す正方形。その正方形の中にはフルネームが書かれている。

「……席は、ああ、あそこか」

 窓際の一番後ろ。……って、あの作業してる女子生徒の隣か。

 しかし、と思いなおす。確かこの高等部って単位制だったはずだ。ホームルームの席順なんて決める必要があるのだろうか。ホームルームなんて週一しかないし……ま、そんな事考えても仕方ない。

 指定された自分の席に腰掛ける。机も椅子も新品らしいが、何故か埃を被っている。掃除してるのか、これ?

 ふと視線を感じて、そっちを向いてみる。

「……」

 視線の正体は明白。隣に座っていた作業している女子生徒、略して作業女。

 ――って、なんだと?!

 髪は長い。つやつやしてて、恐らく手入れとかしっかりしているんだろう。目はデカイ。くりくりしてて綺麗な色の瞳。可愛いといえば可愛い。レベルの高い部類に入るだろう。

 しかし、しかしだ。

 椅子に座っているのに足が地についてない。俺の知ってる一般女子高生の慎重よりも遥かに低い。と言うか容姿が犯罪的に幼い。確か日本には飛び級なんていう制度も無かったはずだ。だとすればこの子は高校生、と言うことになるんだけど。

 ……何処をどう見ても小学生高学年……いや、最近の小学生だって発育がいいんだから低学年レベルか?

「ねぇ」

 薄い桃色の唇が少しだけ動いて、そう言った。我に返る。そうだ、俺は少し前までは普通の学校に通っていたが、この学校では普通ではないのだ。セーラー服を着ている人が生徒会長だったりしたのがその証明じゃないか。

 頭の中でカクテルドレスの君が増殖したので、その地獄絵図を頭を机に叩きつけて消失させる。消えろ、変態が。

 ふー、落ち着いた。

「……えっと」

 ほら、女の子が困ってる。俺は変態じゃないんだから、普通に応対するべきだ。

「なに?」

 しばしの間。女の子が目をぱちくりとさせて。

「血。出てる」


 俺の額は割れていた。

 意識もなんか靄掛かって来たし。

 普通に、入学式に来た、ハズ、なんだけど……なぁ……




「次からは注意するようにね。と言っても、机に頭ぶつけて額割るなんて滅多にある事じゃないと思うけど」

 垂れ下がった糸目な保健室の先生はガーゼを引っぱたいてから立ち上がった。地味に痛い。

「入学式は君が寝てる間に終わっちゃったから。職員室に顔出したら帰んなさい」

 ビシッとこちらに人差指を向ける。半ば呆然として頷くと、先生の方も満足したように頷いた。それから時計を確認すると慌てた様子で保健室から出て行く。まだ少し額が痛んだ。

 やっちゃったなぁ、入学式早々……始まってすら居なかったけど。目立ちたくないなぁ。

 そんな事を考えつつベッドに転がる。白い天井には猫みたいなシミがあった。ぼんやりとそれを眺めながら、息を吐く。まだ少しぼんやりとしていた。頭を打ったからそれも道理だろうけど。もう一度眠りたい衝動に駆られたが、グッと眠りを堪える。少し首を回して時計を確認する。確認しつつ、溜め息。

 二十時。分かり易く言うならば、午後八時。夜だ。日なんてどっぷり沈んじゃってる。

「どーっすかな、これ」

 仮にもここは学園“都市”。バスの数は多いし、少なくとも零時ぐらいまでは街に光は絶えないだろう。が、問題が幾つかある。

 一つ、今日、俺がここに始めてきたという事。

 二つ、下宿先の場所を俺が知らないという事。

 三つ……深山さん(下宿先の人)が迎えに来る手筈だったが、深山さんは夜の仕事が忙しい、と言うこと。

 不味いな。これはさっきの先生に説明して何とかしてもらえば良かったか。でもあの先生はさっさと出て行ってしまった。この時間だし、用事でもあるんだろう。それとこれはあくまでも憶測だが、この学園に教師は残っていないだろう。残っていたとしても恐らく用事があるだろうから頼るなんてことできないだろうし。

 学校って泊まれたっけなぁ……

 そんな事を考えていると扉が開け放たれた。

「ああ、居たか。人首君」

「――」

 戻った意識が、一瞬で吹っ飛びかけた。

 とても落ち着いた雰囲気の低い声だった。しかしその実態はふりふりの白っぽいドレスを身に纏った大男。夜の学校に女装の大男、シチュエーションとしては俺は悲鳴の一つでも上げていいはずだ、多分。

「カクテルドレスの君……、さん」

「ふむ。覚えていてくれていたのか」

 忘れる事が出来ようか。

 って、カクテルドレスの君で良いんだ、認識。と言うかむしろこの呼び方を気に入ってる? 底知れない。

「怪我をしてしまった、と教師から聞いてな。なに、若いのだからそういう事もある」

 原因はあんただよ、とは言えない。自分で打ち付けたんだし。

「もうこんな時間だしな。何かと困っているのではないかと……」

「はぁ、面倒見いいんですね」

「これでも生徒会長だからな」

 ……ドレスのまま胸を張られても。どう見ても変態だ。

「で、見たところ困っているようだが」

「まぁ……」

「大方、下宿先を聞いていないとかそういうところだろう。しかもその主は夜は忙しく、どうにもできない。そんな所だろう?」

 変態って凄いんだな。

 見事に言い当てられてグゥの音も出ない……と言うわけではない。もうこの人は変態だという事は分かっていたので、少しぐらいの事で驚いたりしない。

 まぁ、事実だし。

「その通りです」

「む、まさか当たるとはな。ふむ……だとすればこちらで何とかしよう」

 カクテルドレスの君はそう言うとポケットから携帯電話を取り出した。ニ、三言話すと電話を切る。

「手配した。なに、学園都市に顔は利くからな。一時間もすれば位置の特定まで至るだろう」

「……誰に電話したんですか?」

「熊田さんと鮭川さんだ。なに、調査も得意でガードマンとしても有能な二人でね。たまに私も頼らせてもらってる」

 まずはその二人の名前に突っ込みいれたかったが、ガードマン? 調査? 変態で妙な人脈。この人、一体何者だろうか。しかも生徒会長。名前覚えられちゃったみたいだし、俺、あんまり目立ちたくないんだけどなぁ。

 ベッドから降りる。

 カクテルドレスの君が肩を貸そうとしてくれたが、謹んで断った。あまり俺自身背は高くないし。平均以下。恐らくカクテルドレスの君に肩を貸してもらったりしたら、浮いてしまうだろう、俺。

「ぬぅ……」

 かなり残念そうな顔をなさってる。

「後一時間掛かるんですか?」

「ああ、最低でも一時間掛かる」

 一時間で個人情報とか分かる社会って怖いなぁ。そんな事を思いながら、時計を確認。ってことは少なくとも一時間は暇になる、と言うことか。担任の先生に挨拶ぐらいしておいた方がいいかもしれない。

 帰ってなければ、だけど。

「む、何処へ行くつもりだ?」

「担任の先生に挨拶だけでもしておこうかと思いまいて」

「そうか、そうだな。挨拶は何事においても大事だ」

 なんだろう。この人と話してると普通よりも大分疲れる。

「職員室は何処ですか?」

「保健室を出て左だ。私は一度生徒会室に戻る。なので、一時間経ったら三階中央の生徒会室に来てくれ」

 言い残して、颯爽とカクテルドレスの君が去っていった。妙に様になっている。地味に嫌な感じだ。ゆっくりと閉じていく扉。一瞬カクテルドレスの君がこっちを覗いてから去っていった。こっち見んな。

 誰も居なくなった保健室で溜め息一つ。

 職員室に行こう。






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