天夜奇想譚 狩猟者―アナタに祈りを > irrational beliefs― 2 > 2


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作者:グリム

タイトル:狩猟者―アナタに祈りを/irrational beliefs― 2/2





 今日の星はキレイだ。

 いつもよりも透明に見える。

 人ごみが流れてく。

 誰も俺を見ない。

 俺を見ろ。

 俺を見ろ。

 変わったんだ。

 世界が変わったんだ。違う、俺が、変わったんだ。

 高みへ、気高いものへ!

 俺を、

 見ろ!




 ――どこか遠くで咆哮が聞こえた気がして、ふと、振り返った。

 繁華街から少し離れた木々の多い道。車が断続的に通り過ぎて冷たい風を残していく。やっぱり今年は例年以上の冷えらしい。肩を震わせて歩いていくシスターを眺める。やはり後姿を見ても、まぁ、真正面から見ても中学生そこらにしか見えないんだが。

 ポケットからベニイシを取り出す。色は、少しだけ褪せていた。遠いけど、異形が居る。

 歩調を速めて、シスターの横に並んだ。

 そう言えば。

「僕、時枷って言います」

 名乗ってない事を思い出して、伝える。

「あ……私、月ヶ谷――花枝って言います」

 ぺこり、と頭を下げる月ヶ谷さん。なんと言うか、失礼ながら、犬みたいだ。

「月ヶ谷さんって――」

 言いかけて言葉が止まる。

 月ヶ谷さんは、なぜか頬に両手を当てて、やーん、とか声にならない声を上げて照れている。

「……えっと」

「す、すみません。やっぱり恥ずかしいですよ、名字は!」

「普通逆じゃぁ……」

「は、花江って読んでください! 名字は恥ずかしいですから!」

 ……

 最近、まともな人と話す機会が減ってきたなぁ。少しだけ悲しくなったので夜空を見上げてみた。しかし繁華街からの光のせいで薄っすらとしか星が見えない。満天の星空なんて、数えるほどしか見たことが無い。

 一つ息を吐く。

「じゃあ、花枝さん。シスターってどんなことするんですか?」

「へ? えーっと……そうですね。教会でお掃除をしたり、お祈りをしたり」

 思い出すように中空を見つめながら、並んで歩く。

「お掃除をしたり、お祈りをしたり……」

 ん?

「お掃除をしたり、お祈りをしたり、お掃除をしたり――あれ?」

 それしかないんですね。

 とか言ったら、また涙目になってしまうのでそれ以上追求する事は避け、次の質問をすることにした。が、特に何も思い当たらないので、適当に考えたものを口に出してみる。

「ご主人はどんな人なんですか?」

「主人、ですか……?」

 頬を可憐に朱に染めて、花枝さんは照れる。

「夜は、ケモノみたいで……」


 聞かなかった事にした。


 そうして、教会まで辿り着いた。それまでの花枝さんのノロケは続いて、僕は少々ぐったり気味だ。

「ありがとうございました。貴方に、主の加護があらんことを」

 彼女は眩しい笑顔で十字を切り、慇懃に礼をしてこちらに背を向けて去って行く。その姿は、それなりに年月を載せた、凛とした立ち振る舞いで、見た目とちぐはぐだった。去って行く花枝さんの背中を見て、つい笑みが零れる。

 もしかしたら、本当に子持ちで、僕よりずっと年上なのかもしれない。

 ×××。

 強い風が吹きぬけていって、体がよろける。踏みとどまって、辺りを見回すが、何も無い。今、何か聞こえたような気がするけど。

 ナニカガキコエタキガスル。

「――帰らないと」

 携帯を開くと、もう七時前だった。夕食が遅くなってしまう。期末も近いし、少しずつ勉強もしないと。

 踵を返す。

 先ほどの道まで戻り、人気の無い道を引き返していく。

 夜空の星はやっぱり繁華街の光のせいで、相変わらず薄っすらとしか見えない。

 だけど月だけが赤銅色を織り交ぜた不気味な色彩を夜空に誇っていた。欠けた月は手を伸ばせば届くのではないだろうかと錯覚してしまうほど大きく、存在感を持っている。本当に、届いてしまいそうだ。

 ――もうすぐ、手が届く。

 昼休みに樫月が言っていた事を思い出す。

 不安が輪を広げた。

 けれどこの不安は違う。ポケットからベニイシを取り出す。本来、その名の通り紅色のそれは、すっかり白く褪せていた。迂闊だった。急いで荷物から照魔鏡を取り出す。さっきの事があったのに、警戒を怠るなんて。自分の迂闊さに毒づきつつ、照魔鏡を掛ける。視界が一気に広がり、くらりとするが、気にしている暇は無い。

 暗い夜道。

 断続的に流れる車の流れ。ライトが照らす道の先。

 赤。

 瞬間的に理解する。ここは。――食卓だ。

 転がっているのは生け作り。全ての布切れは引き裂かれ、丸裸になったそれは綺麗に腹を裂かれ、サーモンピンクの臓器を晒している。ただ頭の部分は処分されてしまったのか、未だ動く心の臓が脈動するたびに赤いものが漏れ出している。

 吊るされているのは、喰いカス。首は無く、腕は無く、足は無く。胴体だけが太い木の枝に突き刺されていた。鈍色のつまよう枝のような針が幾つも刺さり、細い赤が地面に溜まっている。

 そしてメインディッシュは、捕食者の口の中。ゴリゴリと全てを喰われていくだけ。

 教会への道の帰り道は、地獄の食卓。

「あ、ああぁあ!」

 喉から悲鳴が漏れるが、鋭く、深い深い銀の瞳に射竦められる。

 そいつは口の端から血肉を漏らしながら、本当に嬉しそうに口を歪ませた。――笑ってる。悦んでる。

『グルオォォォォォ!』

 雄叫びが木々を揺らした。僕は耐え切れなくなって、尻餅をつく。

『俺が見えるな、俺見えているな!?』

「……ハァ、ハァ――な、に?」

 動悸が激しくなって、息が切れる。目の前の赤い獣が叫んだ。

『俺を、見ているな!?』

 その叫びのたびに、口からは血混じりの涎が飛び、木々が揺れる。生ぬるい感触が頬をなでた。

『どうだ、俺を見ろ! 誰も知らない、俺の真の姿を見ろ!』

 獣の姿は異様。四本の足で立ち、尾は長く、その先には無数の細い針が生えていて、まるでハリネズミのようだ。毛皮は赤く、頭は獅子。巨大な体躯は二メートルは越えているだろう。トラックのような大きさだ。その銀の双眸が僕を捉えている。

 笑いながら、獣は叫ぶ。

『そうだ、刻み込め! 真の姿だ! 俺の姿だ!』

 その言葉一つ一つに地は揺れ、木々は揺れる。獣の叫びが、僕に向けられていると気付くのに少し掛かった。

 狂喜する獣は、見せ付けるかのようにもう原形を留めていない肉片を喰らい、大声で叫び、笑う。水溜りを打つような音がして、そちらに目線を向ける。ワザと形を残したのだろう、細い、女性の腕が落ちている。

 腰が抜けて立ち上がれない。

 尻餅をついたまま、腕の力だけで少しずつ後退する。手に湿った感触。頬に落ちてくる雫。見上げると、吊るされた胴体だけの死体が見えた。酷い。人間の形はあんなものじゃない。プラモデルのパーツのようにバラバラになるモノじゃない。背徳的なオブジェに胃の底から不快なものが込み上げてくる。

『怖いだろう? 怖いだろう!』

 赤い獅子の頭が、こちらを見据える。

『ホンモノの俺は怖いだろう!? なんで誰も見なかった? これはお前達のせいだ!』

 支離滅裂な叫び。

 また、頬に雫が落ちてくる。

 ぬらり。やけに生暖かい感触がもどかしくて、気持ち悪い。

『だからこれは復讐だ。なんで誰も見なかった。なぜ、なぜ、なぜ、なぜェッ!』

 一気に冷めていく思考。

 ……なんで僕がこんな目に合わなきゃいけないんだ。

 狂気じみた、駄々っ子じみた獣の主張が頭に痛い。断片だった言葉を繋げて、“こいつ”の真意を見つける。

 それに対する答えは、簡単に出た。

 誰も、


「てめぇなんかに興味がねぇからだ」


 刹那。

 獣の脇腹に錆色の刀が突き立てられた。


 彼女は、軽やかにステップを踏んで、突き立てた刃で傷を抉り、引き裂く。

「過剰な自己主張なんてただの露出狂と変わらねぇんだよ」

 返す刃で傷に傷を重ねる。

「だろう? 独りよがりのイカレ野郎」

 返す刃で更に傷を重ねる。刺突点を中心として、綺麗に米の字に傷跡が走った。遅れて噴出す血液。

『ギ……ァ』

 トラックの体躯のような獣の横腹は、遥にか細い少女の刃に切り裂かれていた。辺りに散らばる赤を、不気味な欠けた月が照らす。断続に続いていた車の行き来はなくなり、人の気配も失われ、そこが食卓から狩場に変わったことに気がついた。

「見て欲しいなら周りを見ろ。ただ押し付けるだけで見られる訳がない。分かるか?」

 薄桃のパジャマ。右手には銀の手甲、左手には錆色の刀。

 右腕を天にかざし、風が長い髪を揺らした。

 狩猟者は嗤う。

「分からないなら可哀想だから殺してやる。分かるのなら迷惑だから殺してやる」

 銀の手甲に光が奔り、血が溢れる傷跡を炎で焼いた。アレは酷いな。ボンヤリと考える。後には米の字の奇妙な火傷が残った。

 さっきまで叫んでいた獣が跳ねる。アヤメに慄き、距離を開く。

 だけど。

「ほら、俺は優しいだろ?」

 一瞬で詰まれるほどに、それは短い。

 振り上げられた刀は、縦一文字に獅子頭を割った。今度は悲鳴すら上げられず、獣の巨体が揺れる。しかし、そいつもその程度では死なない。一気に跳躍してバランスを崩し、道路の上に転がった。立ち上がろうとしても、火傷が疼くのか、上手く立ち上がれずに倒れる。

 圧倒的だ。獣に少しだけ同情をする。

 アヤメは楽しそうに、――と言うかアレは嫌がらせだろう、一歩一歩、踏みしめるように距離を詰めてる。

 獣は銀の双眸でアヤメを見据え、長い尾を振るった。尾の先についてる幾つもの針がアヤメに襲いかかる。アヤメはそれが来る事を理解しているのか、手甲を真正面に向けた。

「式名、五行――土遁、泥塗レノ壁」

 コンクリの道路を突き破り、泥の壁が出現した。針を全てそれに命中する。獣はもう一度尾を振る。針に際限は無いらしく、次々と放っていく。壁はいつの間にかボロボロになり、崩れ始める。

 アヤメは舌打ちをしつつ、僕を歩行者道まで蹴っ飛ばした。視界が回転する。

「あ、だぁ……」

 な、んてことするんだ……

 頭を振って、状況を確認。そして見る。もう、アヤメの張った壁は長くない。だが、相変わらず笑ってた。

「式名、五行――木遁、」

 壁が崩れると同時に、アヤメが跳躍。しかし針を躱す高さまでは跳んでいない。

「根ノ壁」

 今度地面を突き破って来たのは、木の根っこだった。高さは四メートル近い。針は根の壁に突き刺さり、アヤメは――その高い根の壁の天辺に立っていた。

「木生火ニ則リ、陽トスル。火遁、火炎ノ産魂」

 更なるアヤメの跳躍――いや、墜落。

 眩しい。

 思わず目を瞑る。

 アヤメは跳躍と同時に作り出した根の壁を焼却したらしい。おかげで暗がりに慣れてしまった目が変になってしまった。

『ォォォオオオォ!』

 つんざく悲鳴。目を上げると、針の生えた尾を切り落とされた、哀れな獣が居る。

 背を向けた、細い体。それが四本の脚を折り曲げて屈服している獣に立ち塞がって――ああ、何かアヤメ、不機嫌だな、と場違いにもそんな事を思ったり。

 錆色が走り、絶叫。

『ギ、ザ、マァアアァ!』

 巨躯が跳ねる。

 太く赤い軌跡が、アヤメに振り下ろされるのだけが見えた。でも。それ以外は知覚外だ。

 振り下ろされたはずの前脚が、僕の足元に転がり落ちた。爪が伸びたまま奇妙に痙攣する赤い獣の腕。切断面は綺麗で、残った血液がだらしなく漏れていた。また、地面を、木々を揺らす獣の叫びが響き渡る。しかしそれはもう先ほどの迫力は有していない。助けてくれと懇願する、ただ苦痛から逃げるための叫び。

 哀れに思う。

 デモ、ソレイジョウノアイセツヲボクハシッテイル。

 刃が踊る。

 血飛沫がその度に色んなものを染めていく。

 赤い獣に、幾重の染みを作っていく。重なっていく致命ではない傷の数々。その異形は、不幸にも“少々”頑丈だった。刻まれても刻まれても痛みだけで死ぬ事はできない。獣は傷だらけになりながら、白目を剥いてもう訳の分からない言葉を吐く。

 巨体が傾いだ。倒れても、まだ微かに息はある。

『タず、げ、テ』

 それだけ聞こえたけど、アヤメは一言返すだけだ。

「嫌だ」

 背中越しで、笑ってるのが分かった。

 一際大きく振り下ろされた刃は獣の首を落とし、確実な絶命を与えた。

 ああ。

 ×××。




「海晴」

「……あ」

 声を掛けられて放心していたことに気付く。頭を振って、辺りを確認する。いつの間に現れたのか、黒い服の男達が死体の処理をしていた。文様の刻まれた布袋の中に肉片を掻き込み、血の跡をペンキのようなものを撒いて偽装していく。

 こういう風に処理、してるんだ、死体。

 まるで物のような扱いだな。吐き気にも似た嫌悪感が込み上げてくる。鉄の臭いがやけに鼻をつく。

「……」

 ジッと見つめている。

「アヤメ、寒くない?」

 アヤメの格好は――なんと言うか、寒そうだった。薄桃のパジャマは何の仕掛けか、血は一滴も浴びていない。ただ汗をかいているらしく、体のラインが若干分かりそうに……

 気付いて目線を少し逸らす。

 とにかく、こんな寒い日にする格好じゃないことだけは確かだ。

「……別に」

 声が少し震えてる気がするけど気のせいだろうか。真意を確かめようと顔を覗き込んだら、睨まれた。

「海晴。なんでこんなところに居るんだ?」

「なんで、って……ちょっと人を送って……アヤメこそなんでこんなところに?」

 学校休んだくせに。

「あのマンティコアの気配を辿っただけ。家にも近かったからな、狩り来たってわけだ」

 その理由だと確かに納得だけど。アヤメの家ってこの辺りにあったっけ。

「それに俺の住んでるとこはここから近いんだ。覚えてないのか?」

 言われて、ちょっと思い出してみる。そう言えば、こっちの方面にアヤメが利用してるアパートがあったような気がする。もう何年か前に一回行ったきりだし、覚えていないのも当然だ。

 が、何となくアヤメの不機嫌を感じ取って、明言は避ける。

「……忘れてたんだな」

 溜め息混じりの言葉。……ばれてる。

「それはどうでもいいんだ。ところで――」

「ところで?」

「海晴。さっき一緒に歩いてた変な女は誰だ?」

 変な女、その言葉に真っ先に浮かぶのはついさっき教会まで送って行った花枝さんの事を思い出す。思い出して、あ、これ失礼だな、と思った。

「自称シスターの花枝さん。学校に忍び込んだみたいだから送って帰ったんだ」

「……」

 アヤメはしばらく僕を睨んでいたけど、やがて、白い息を吐いた。

「そ」

 一言ならぬ、一文字だった。

 それから踵を返して黒服たちに一言二言告げて去って行く。声を掛けようとしても、背中に掛ける言葉は見つからなかった。

 片付けを終えた黒服が一人、こちらに歩み寄ってきた。

 その出で立ちは――異様だった。黒いスーツ姿。体躯は立派で、筋肉質。口は真一文字に閉じられ、目には黒い布が巻かれている。黒いステッキを持っているが、盲目の人が使うソレとは明らかに違う“実用品”だと言う事が分かる。

「……」

 お送りします。

 黒服は蚊の刺すような小さな声音で、そう言った。

 気まずい帰路の始まり。




 暗がりの気配は、明らかにこちらに向けられたものだった。だからこんなに人気の無い山の中まで来たのだが。そこで立ち止まり、辺りを見回す。ここらでいいだろう。

「おい」

 声を掛けると、気配が背後で動いた。

「後つけるなんて趣味悪ぃなぁ?」

 木々を掻き分ける音がする。そちらに目を向けると、背の低い黒い姿があった。

 あまり服装には詳しくないのだが、寺院の尼僧が着るそれに似ている。だが和風なものじゃない。西洋のシスター服。

 ……教会の人間か。

「用件はなんだ」

「なぜあの異形を殺したのですか?」

 最初、その質問の意味が分からなかった。しかし、あることに思い当たる。確か、あの近くには教会の支部があったはずだ。退魔士と言うのは縄張り意識が強い。その事なのだろうか。

 だとすれば――対応するのも面倒臭い。

「しかも、あんな惨たらしい殺し方……っ」

「は?」

 一瞬、耳を疑った。

 しかしそいつが目に本当に涙を溜めているのを見て、その言葉が本気である事を知る。

 ある意味、縄張り意識のほうがマシだった。

「酷いじゃないですか……あの“人”は命乞いまでしてたんですよ」

 退魔士の中でも、そういう人間は多い。

 昔から、人と異形は表と裏、連れ添って歴史を築いてきた。異形にも人を守るものもいたし、異形を襲う人だっていた。なんてもの、俺にとっては何の救いにもならない理論だ。

 俺が、何匹の異形を殺してきたと思ってる。

 俺が、何匹の異形に心を殺されてきたと思ってる?

「何勘違いしてるんだ、クソが。あれの何処が“人”? 死体を見なかったのか? あいつはただの快楽殺人鬼だ」

 そいつは黙り込んだ。

 しかし教会なんて、ただデカイだけの無能組織だと思っていたが――これほどまでとは思わなかった。

「違います、快楽殺人鬼なんかじゃありません。あの“人”は、泣いてました!」

 まだ言うか。

 血が滾るのを感じた。

 感情が赫一色に染まっていく。

「だから、どうした」

 そいつが声に詰まる。

「だからどうした、って言ってるんだよ」

 歩み寄る。背は俺の方が少し高い。胸倉を掴み上げる。そいつは爪先立ちになって苦しそうな顔をする。暗くてもそいつの瞳の色がはっきりと見て取れる。その色は俺を責め立てるようなものではない。

 どこか哀れんでいるような。

 どうしようもなく腹が立ち、掴み上げて、突き飛ばした。

「見ろ、って。言ってました」

 地面に転がった小さな体が立ち上がる。見てくれは中学生かそこらの少女だ。

「あの人の話を聞いてあげれば良かったかもしれないのに。あの“人”にはまだ意識がありました。話し合いの余地があったはずです」

 責め立てる。

 でも責め立てるのは自分の中身。

「アレに話し合いの余地なんてない。アレは――ただのバケモノで、快楽殺人鬼だ」

「違います! バケモノでも快楽殺人鬼でもありません!」

 立ち塞がる細い体。

 斬り捨てるには余りにも易い。


「――っ」


 押し殺した息遣いを感じた。振りぬいた錆色は空を切り、そいつはしゃがみ込んでそれを躱していた。

 刃を返して縦に振り下ろす。しかしそれも避けられる。何度刃を振り下ろしても、薙いでも、それは全て紙一重で躱される。相手も余裕ではなく、本当にギリギリで回避していた。

「なんで、そんな悲しい考え方しかできないんですか」

 その言葉が、心を掻き毟る。


「黙れ」


 大きく振りぬいた刃がそいつの頬を掠め、薄く皮膚を裂いた。

「お前がなんと言おうと俺の考えは変わらない。変えられてたまるものか」

 今度は喉に切先を突きつける。この状態で喉を突き抜けば、死を免れる事はできないだろう。

 殺すつもりはない。

 ただ、黙って欲しかった。

 だって。

 そんな事を言われてしまえば。今までの自分はなんだったんだ、と。


 正当化できなくなってしまう。


 だから、私/俺を見るな。


 俺は人を理解するつもりなんてない/私は人に理解されたくない。

「……分かりました」

 そいつは、悲しそうに俯いた。俺はその場からとっとと立ち去りたくて踵を返す。その背中に、女の声。

「私には祈る事しかできません。だから、」

 返答はしない。

 早くこの場から去りたい。

「貴女のために、祈らせてください」

 透明な声はどうしようもなく優しくて。


 どこまでも残酷に響く。




 事実に即さない考え方は淘汰されて崩れていく。

 悪者を探すよりも先に、その考え方を考えなきゃ消えていくだけ。






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