天夜奇想譚 なべ・でい。 > side out


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作者:グリム

タイトル:なべ・でい。





 ――鍋料理。

 昔から伝わる、様々な具材をぶち込み、煮込み、掻き回し、ぶち撒き、完成する料理。

 具材は何か……なんて野暮なことは聞くものじゃないですね。

 今宵は冷え切った夜。

 そんな夜の、平和な鍋を覗いてみましょう。




「海晴遅かったな。もうお前の柚子さん帰ってきてるぞ」

 アヤメと公園で別れてから家に帰り、玄関で僕を出迎えたのは、樫月だった。しかもワザワザ外で待っていたらしい。ポケットに手を突っ込み、寒そうに肩を震わせている。変なところで気を利かせる。

 何か言おうと考えて、止めた。

 何を言っても野暮のような気がした。

「味ポンと具材――牛肉買って来たよ。寒いし、とっとと食べよう」

 樫月はポケットから少し赤くなった手を出して、おう、と応えた。

「にぃーくぅ?」

 ……聞き覚えのある声に振り返る。

 いつの間にか、白いシャツに羽織る程度の上着、ジーパン姿の女性が立っていた。

「樋沼さん、寒くないですか?」

 目の前に立っている女性は手とポニーテールを振りつつ、全然、と答えた。

 それから樫月に軽い挨拶を済ませると、我が物顔で家の中にあがりこんでいった。さすがの樫月も面食らっていたので、取り合えず姉貴の知り合いだ、と言うことだけ伝える。それ以上のことは知らないし。

「はぁ……海晴。お前ってさ」

 そう言って、樫月は真っ直ぐ僕を見る。

「ムカつくわー」

 美人ばっかり揃えやがって、と吐き捨てて樫月は家の中に入った。

 あれ、待ってくれていたのではないだろうか?

 微妙に傷心しつつ、家の中に入る。中ではガンガン暖房を効かせているらしく、外と違って暖かかった。そう、あの公園よりもずっとずっと暖かい。掠める何かの映像と、誰かの声を頭を振って払う。覚えているけど、覚えてないフリ。

 そうしないと、何かが壊れてしまう気がした。

 リビングに入る――そこは、戦場だった。


「あ、ゆずちー肉ばっかりずっこい!」

「喧嘩しないでくださいよ~」

「チィ――……樫月、肉をもっと入れろ。カンナはこの程度は数分で食い尽くす」

「はいよっ! あ、穂積。これな。あとあの二人の仲介は止めとけ、穂積じゃさすがに荷が勝ちすぎ」

「はぁ……あ、お肉、ありがとうございます」

「にっくー!」

「こら、カンナ、抱きつくなっ!」


 ――戦場、なのか?

 鍋の中身はほぼ空になっていた。それを確認してから、自分がリビングの入り口で立ち尽くしていることに気が付いた。ビニール袋の中身を確認する。甘く見ていたかもしれない。穂積さんの食事量は人並みとして――一応六人分を想定していた材料はほぼないに等しい状態になっていた。炊飯器も確認するが、五合分がもう半分なくなっていた。

 遠慮なさ過ぎるだろ……

 しばし呆然。

「海晴、帰ってたのか。おかえり――それと肉はこれだけか、切れたんだが……」

「いや買ってるよ、姉貴」

 鍋の前に座ってる姉貴にビニール袋を見せる。そうすると、満足したように頷いた。

 ぐりん、と樫月と樋沼さんもこちらを見る。

 三人の目は――そう、肉を寄越せ、と言っていた……

 一息。

 生き残れるのだろうか。

 少しだけ、遺書を書こうかなとか思ったり。



 彼らは彼らの夜を過ごすでしょう。

 お客人よ、暇を持て余しているのならば次の余興をお見せいたします。



 その三人の人間と一人の神と私こと、神無が鍋を囲んでいるという光景は――いささかシュールだと思うのです。

 事の発端は、マスターの母上の一言でした。思い出す、とご覧の皆様方に嘘を吐きつつ、ああいえ嘘ではアリマセンヨ? 私は杖ですから、通常の人間の記憶とは違う保存法でしてね、はい。つまるところ、メモリーを再生します。

 それは……二時間五十二分、四十五秒前のことでした。


「鍋、食べたいわ……」


 この黒澄家の法律(この場合は献立)は彼女の呟き一つで決定するらしく、マスターの父上が馬車馬のように食料を買い占めてスーパーで奥様方の恨みがましい商品への執着の視線を浴びながら帰ってきたのが四十五分前の事でした。

 創造主もマスターの母上には寝床を借りているわけですから、逆らう事はできません。彼女がそう決定したのなら、予定していた蕎麦屋巡りなんてものも一刀に斬り捨てられるのです。

 マスターはと言うと、私もそんな気分、とのこと。

 何分私は杖ですから食事がなんだろーとマスターのお傍に仕えるわけで。

 そうして、この奇妙な食卓が生まれたのでした。

 スキャンした結果、鍋は、水炊きと鴨鍋と牡蠣鍋としゃぶしゃぶ――材料は様々な鍋に対応しております。素晴らしい。これが大多数種族対応型の食卓と言うものなのでしょうか。さすがマスターの母上といった所でしょうか。

「お母さん、何の鍋?」

 マスターの質問に対し、母上は一度頷いてから答えるのです。

「考えてない」

 素晴らしい。素晴らしい笑顔です。

 でもだからと言ってその無策を無くせるかと言うとそれは別問題。

「母君ー……余は早く鍋が食べたいのですよぅ」

 創造主が、茶碗を箸で打ち鳴らしながら、なぜか遠慮がちに言う。神なのに。まぁ一般家庭における神の普及率が低すぎて比較できず、神が遠慮するのが普通か否かの評価も私には出来ないのですが。

 そして母上はと言うと、腕を組んでおります。どうやらどうするか悩んでいるようです。

 しかし考える必要もありません。

 最も高性能、かつ、最強の頂に君臨する(予定)の私の導き出した答えは一つ。

「うん、よし。じゃあ全部煮ちゃいましょ」

 ――どれか単一に絞……そうですか、さすがマスターの母上、常に私の上を行くようです。

「お、お母さん? さすがにカレー粉とかを牡蠣や、卵と一緒に生で投入するのはどうかとお父さん思うんだけど!?」

 錯乱する父上。母上に比べると常識を持ち合わせているようです。

「大丈夫。何年も朝・昼・晩ご飯を作ってるお母さんが料理すれば万事オッケー」

 しかし、常識とは何の武器にならない、と私は学んだのでした。

 ……そして、杖には関係ない食卓は続いていくのです。


 ところで、貴女はどちら様ですか?

 余も気付いてたけど、何ものー?



 さて、気付かれてしまったようですね?

 さすがに私でも“神祖”やそれらが作り出したモノは騙せません。

 ええ大丈夫ですよ。

 それにこれは全て夢なのですから、お気になさらず。



 せかせかせかせか。

 わっせ、わっせ、わっせ。

 よいしょ、よいしょー。

 アレはこっちであっちはこっち、そっちはどっち?

 あー、忙し忙し。

「あ、それはこっちじゃなくて四階のほうですよ」

 ご主人である聖様も光様、そして御息女の嵐様は少しの間お仕事のために今晩は帰ってこられないらしいので、大忙し。部屋の掃除やシーツの取替えに、お洗濯もの。あと料理もしなくちゃいけない。

 メイドの数は多いけど、命様はよく気付いてお手伝いしてくれるけど、それでも手は足りない。

 この洋館は広いのだ。そしてメイドは小さいのだ。

 ……ご主人様の趣味なわけじゃない、と思う。けど、世の中にはそんなニーズもあるのです。

 考えないようにしましょう、あの聖様に限ってそんなそんな。

 さてはて、メイドの苦労の甲斐あって、料理は出来ました。

 はい。今日はバーンシュタイン様、命様、そして最近こちらに迎え入れられた銀様の三人だけですので、晩ご飯はささやかなものになります。折角ですので、命様に許可を貰って一緒にメイド達も食事を取るのです。しかしメイドは小さいので、半人前以下の食費ですんでしまいます。便利です。そして省エネ設計。

 なるほど、小さなメイド。素晴らしいですね。

 あれ……あれ? 何か地面が遠いです。私もようやく背が伸びたのでしょうか。そんなわけないです、ぐるっと半回転すると、そこには銀色の甲冑が立っていました。私は後襟を捕まれてます。軽くホラー。結構ディープ?

「よう」

 でも気軽な声です。そりゃそうです、お客様が怖いわけがないです。

「今日はメイドが忙しそうだな」

「はい。ご主人様たちがいらっしゃらないので。普段は光様がやっている事を私たちがしてるのです」

 言って、光様がいつもどれだけの仕事をしているのか実感をするメイド。うん、学ぶのはいいことです。

「そうか。あー……そうか、あの人居ないんだよな。食事はなんになる?」

 ふふふ、私としては最終兵器は何か、と言われているのと同じような心情です。メイドだって最終兵器やジェノサイドと言う言葉に嬉しさを覚える事があるのです。はい、自重しますとももちろん。

 てぽどん、なんて言うわけなじゃないですか。

「鍋です」

 ある意味最終兵器です、と付け足したら銀様は首を傾げ、私を高い高いして恐怖のどん底に叩き込んでから去っていきました。……泣いてなんかいませんよ。半泣きはメイド的にはセーフなのです。

 そして時は来ました。広い食堂で、ついさっき掃除の時にみつけた大きな鍋に具材を流し込んで煮えたぎらせます。

「ところで前々から気になっていたのだが、君は食事を摂れるのかね?」

 バーンシュタイン様が向かい側に座った銀様に向かって問い掛けます。銀様はその鎧甲冑で頷きました。

 メイドは見ているのです。銀様はあの顎の部分を開き、あらゆるものを流し込んでいるので食事をしています。その後こっそりと床を見たのですが、中身は漏れてません。謎です。

「あ、もういいんじゃないですか?」

 命様の言葉にハッとなり、鍋の蓋を取ります。もわっと湯気が噴出し、つんのめりました。

 危なく転落するところでしたが、後襟を銀様に掴まれたおかげで助かりました。いい人なのかもしれません。

「……これ、煮ても不味そうだな」

 前言撤回。悪人です。極悪人です。スーパーメイドブラックリストに載せておきましょう。

「こ、この肉はっ……メイド諸君、素晴らしいものを揃えたようですね」

 バーンシュタイン様のお褒めに預かり、メイド一同胸を張ります。そりゃそうです、外国産ではなく、国産の高級なお肉ですから。しかも会社を隅々まで調査して純国産だという事まで調べてあります。

 が、銀様は特に気にした様子もなく肉を放り込んでいきます。

「あんま変わんないな」

 ……ウルトラパナソニックメイドディープブラックリストに載せてしまいます、はい。

「あ、銀さん。そのお肉は生煮えですよ」

「腹は壊さないからだいじょう……」

「だめですよぅ」

 命様の言葉に圧し負けたのか、銀様は肉を鍋に戻しました。いい気味なのです。

 そして命様は具合の良さそうなお肉を選定します。

「ほら、これなら大丈夫ですよ」

 太陽のような微笑と言うのはこのことでしたか。銀様はその後は静かになって、穏やかな食事となったのでした。

 そう言えば、お片付けも私達なのでしょーか。

 ……メイドは大変なのです。


 そう言えば、さっきからなんか妙な気配を感じますけど、気のせいですよね。



 随分と可愛らしいメイドさんでしたね。

 それにまるで中世の騎士のような鎧を着た人、それとも人じゃないのかしら?

 あの紳士は私たちの事に気付いていたようですね。

 魔人と言うのも侮れません。

 さて、次に行って見ましょうか。



 糸目マンション、八〇一号室……俺は軽い早朝ランニングを終えて、軽く方を慣らしながら中に入る。最近は俺の筋肉ライフに同居人と言うものが追加されたが、トレーニングはやめない。

 もちろん、筋肉を強くするためだ。

 と言うわけで軽く十キロのランニングを終えた俺は玄関に立っている。

「んー……」

 軽く伸びをする。

 鼻腔をくすぐるのは、朝食の匂いか。

 耳に聞こえるのは、何かを煮詰める音か。

 ……ん? ちょっと待て。

 リビングまで入っていくと、匂いと音の正体が掴める。それは、鍋だ。確かこのマンションに入ったとき、なぜか置いてあった鍋だ。確かあいつが引っ張り出していたはずだ。そして今まで使ったことのない鍋には、鳥肉、野菜、豆腐が投入され……その横には小鉢と味ポンが置いてある。そして金髪、朱眼の少女(ともすれば幼女)が突付いている。

 満足げに頷いたりしてる。

「おい、その鍋は――」

 いいかけて気付く。

 いつもリビングに常置してあるはずのトレーニングマスィーンの姿が見えない。辺りを見回すと、それはあった。無残にも鉄アレイやプロテインがまるでガラクタのように山を築いている。しかもなぜかヒビ入ってる。

 お、俺の……

「うぉぉぉおおおお、俺のトレーニングマスィィイイイイインッ!」

「朝早くに叫ぶな。騒がしい。近所迷惑この上ないぞ」

 そして肉を口に運んでから、付け加えるようにそいつは言う。

「そして鉄アレイはマシンじゃない」

 んな事関係あるかっ、鍛えられれば全ては……ああ、やっぱり違うかもしれない。だが鉄アレイがマシンじゃないとなるとなんて呼べばいいんだ……

 ……考えてから、黙々と箸を進めている存在に気がつく。

 危ない危ない。冷静になれ。怒りに任せていればこいつのペースに巻き込まれるだけだ。

「一角。もみじおろしは……ちゃんと冷蔵庫に揃えていろ」

「お、おう。すまねぇ」

 そうか、そうだよな。鍋にもみじおろしがないなんて考えられねぇ。今度から置いておこう。

 ……

 そうじゃねぇええ!?

「お前、この鉄アレ……じゃなかった、いやそっちもだが、それよりもその鍋の材料はどうした!」

「知らないのか? 最近はコンビニでも肉や野菜が買えるんだぞ」

「ちげーよ、金は?」

「私は持っていない。超自然的思考で分かるだろう。お前の財布から少々頂いた」

「どれくらい?」

 そいつビッと一本指を立てる。

 一本……と言うと。

「千円?」

「一万円だ」

「てめぇええええええぇぇっ!?」

 俺の雄叫びをものともせず、鍋の具材……俺のマイマネーは減っていく。しかし使ってしまったモノは返って来ない。仕方がないので自分も箸と小鉢を持ってくる。食べなければ存した気分にしかならない。

 それを見てそいつはちょっと嫌そうな顔をしたが、俺の金だから文句は言わせない。

 豆腐を味ポンにつけて、食べる。

 しかしやっぱり物足りない。もみじおろしはやはり買っておくべきだ。

 肉に箸を伸ばした瞬間に制止の声が掛かる。

「待て。肉は筋肉の成長を阻害するから、一角はそっちの豆腐を食べていろ」

「てめぇ如きの筋肉論で騙されると思うな。俺の筋肉は肉如きではとまらねぇよ」

「だが癌の元だ」

 ……ガン?

 即ち、銃。

 銃、――ま、まさか、俺の筋肉は銃でできていたのかっ!? 否、それは違う。銃は筋肉でできているということか! すげぇ、俺の筋肉ってすげぇ! いや、むしろ筋肉万歳! イェイイェイ!

 そして俺がマッスルポーズを決めている間に肉は消失していた。

 ……俺は残された豆腐と野菜を食べ、怒ろうとする頃には、元凶は寝てしまっていた。

 朝に寝る、さすが吸血鬼だ。

 そして俺は筋トレでこの出来事を忘れる事にした。


 そう言えば、なんであいつは俺の斜め上見てたんだ?



 ――うーん、異形ってやっぱり鋭いですね。

 あ、ご心配なさらずに。

 これは現実ですが夢のようなものです。

 あるようなことでないことで、ないようなことであることです。

 どっちでしょうかね、私も知りません。

 しかし素敵な人たちばかりですね――貴女も楽しめているでしょう?

 では次に行きましょうか。



 ぐつぐつと言っているのは、つい先ほどソロモンがゴミ捨て場から拾ってきたという、おんぼろな土鍋だ。ヒビも入っていて、いつ割れてしまってもおかしくないかもしれない。しかし、タダで手に入ったのだから、文句も言えない。

 今日は本当にやりすぎたと思う。

 明は相変わらず。

「諭吉さんの……群れ……群れ……」

 と、呟きながら部屋の隅っこで服に埋もれながら体育座りしていたし。

 日本の景気付けといえば鍋、と言うソロモンの一言で鍋が決定したわけだが、何分、今日使いすぎて貯蓄がない。三十八円だ。それじゃあ具も買えやしない。買えやしない――の、だが。

 俺の目の前には雑草が積まれている。

 野菜ではない、雑草だ。

 さらにその雑草の隣には……なんかの肉が数匹分。ソロモンが適当に狩ってきたらしいんだが……本当に何の肉だ?

 むしろこれは……鍋、になるのだろうか。

「なんとか、なるよな?」

 自分に言い訳するように呟き、雑草の泥を落とし、謎の肉の血抜きをする。捌きながら、それが何なのか分かってしまったので、できるだけ忘れるように努めた。覚えていると食べれる気がしない。

 動物愛護法――……大丈夫だろうか。

 それから明が備蓄しているキノコを少々。少しばかり胞子がついてる。ストックしてるんだから、食べれるんだろう。多分。そんな風に不安を感じながら、キノコも水洗いを済ませる。

 これで、食材は整った。

 鍋の中では水もいい感じに沸騰し、投入の準備は完了した。

「ソロモン。具を入れるから火を強くしてくれ」

「あんたに言われる筋合いなーい」

 鍋の前で火の術式を発動しているソロモンが憎まれ口を叩きつつ、火勢を強める。ったく、明も変な奴にもてるもんだ。

 具を投入すると部屋中に匂いが立ち込めてきた。

 別段変な匂いがするわけも無く、それなりに食欲をそそる香りだ。

 骨でしっかりとダシをとってあったので、ちゃんと味もついた。ふと部屋の隅を見てみると、諭吉さんと呟く明の鼻がひくひく動いている。やはり幾らショックが大きかろうと腹は減るらしい。

「明、鍋ができてるぞ」

 声を掛けると明は少しだけ顔を上げて。

「お腹、減ってなぃ……」

 口の代わりに腹が返事をした。昼も抜いてて、しかもこんな時間になっての食事。腹が減ってるのも当然だ。

「我慢するな。こっち来いよ」

「お姉さんも一緒に食べましょー」

 俺の言葉にソロモンが一言添える。明はしばらく俯いていたが、もそもそと服の山から這い出すと、食卓についた。

 かくゆう、俺も腹が減っているので、早速肉を――

 ――取る前に肉が消える。

「はっ」

 勝ち誇ったようなソロモンの顔。いつか決着をつけようと思った。

「……ん、この野菜、美味しい」

 明も機嫌が直ったらしく、鍋の具をどんどん減らしてく。元気になったのはいいが、明。それは野菜じゃない。雑草だ。

 ソロモンが取ろうとした肉を掠め取り、鼻で笑ってやる。睨まれたが、無視して肉を放り込む。味は悪くない。しかし今まで食べた事のないような味であり、なんか不思議だ。

 まぁ、ただ食用でないだけだろうが。

「あ! このキノコ美味しいっ」

 ソロモンがそんなことをってキノコをパクパク食べている。

 倣ってそれを食べてみる。……なるほど、これは美味い。

 もう一つ食べようと箸を伸ばすと、その箸に絡みつくようにソロモンの箸が噛み付いてきた。マナー違反と言うよりもきたねぇ。一度手元に戻し、箸を突き出す。ガードされる。突き出す。ガード。ソロモンに拳骨一つ。

 しかし、これはあのキノコか。

 備蓄されていて食べれるか心配だったが、どうやら大丈夫だったらしい。

「はぁ、美味しい。このキノコ、どこで拾ってきたの?」

「ん? 備蓄に残ってたやつだよ」

 キノコを口に運んでから明の方を見る。明は鍋の中を凝視しながら固まっていた。

「どうした?」

 明の顔色が少し悪い。

「それ、儀式用の――強烈なシビレダケ、なんだけど」

 明の言葉が終わるのと、ソロモンが背中からぶっ倒れるのは同時だった。泡吹いている上に白目を剥いている。そして手足が小刻みに痙攣している。尋常じゃない。しかしどこかすがすがしい気分。

 だが、俺の意識が保ったのはここまでだ。

 最後に明が崩れる姿を確認して、ぷっつりと意識は途切れる。




 ……

 ……

 あ、うん、大丈夫、これは夢なんだから。

 心配しなくてもこの人たちは、上司の人に助けられたみたいよ、そんな顔しないで。

 そう、優しい子なのね。

 でもそんなに心配しないでもいいのよ、夢なんだから。




「ふむ」

 携帯電話を閉じつつ、一つ息を吐く。内容は非常にシンプルなもので、予定が入ったため、彼は参加できない、と言うことだった。確かに奥方がいる人間がそうそう参加できないイベントではあります。

 非常に残念な事です。

 折角この日のために仕事を切り上げて日本に帰ってきたというのに。

 しかしながら、待ち合わせの時刻は迫っています。

 ――一人欠員がでた、となれば、もしかしたら中止する事になるかもしれません。それは宜しくない。

 この不肖、セラフォート=ラギリアス、約束事を守れないという事ほど許せない事は有りません。

 だとすれば手段は一つ、人員を集める事。確か最近、近くに一人神父が入ってきたらしいので、そちらに掛け合うことにしましょう。教会に電話をかけ、権力と地位を振りかざし、確保完了。

 学生との事ですが、アルコールを抜けば問題ないでしょう。私の国ではそのくらいの歳には酒も一緒に飲めるのですが、いやはや、日本と言う国は制約が多いらしいですね。嘆かわしい事です。

 ええ、決して合コンが中止になるのが嫌だったわけではありません。

 集まってくださった現役ナースの方々を悲しませたくないだけです。

「では、行きましょう」

 店を見上げ、看板で店名を確認。――鍋処、ダーク・パン。

 出会いに思いを馳せつつ、入店。

 まず最初に私を出迎えたのは、黒い布を頭に巻きつけた大男だった。漆黒のスーツを身に纏い、レジの前に立っている女性店員が怯えている。怯えている顔も可愛い、うむ、人形にしたいほどだが、自重をするとして。彼に話しかける。

「相変わらずだね、ムツミ……いえ、今の名前は何だったかな?」

「ナカ……」

 目隠しの大男――ナカは、小さいながらも低く、響く声で告げる。

 女性店員はその声に驚いたのか肩をびくりと反応させていた。人形にしてしまいたいですねぇ。

「で、ナカ――下の方は?」

「ナカ、リョウ」

 そう言ってナカはメモ帳の切れ端を差し出してくる。そのメモには『仲 良』と書かれていた。送り仮名をつければ“仲良し”、なるほど、彼らしいネーミングですね。見上げると、仲は少し照れているようで、目隠しされた目線を逸らす。

 これで女性だったら完璧なのですが。

 メモを見て思案する。真名を隠匿するための偽名。数年に一度は交換するような代物。自分の蔵木瀬良と言う名前もそれだ。自分は気に入っているが、いつかは捨ててしまう名前である。彼も、私も、この国の人間ではないし、ちゃんと本名を持っている。

 ――本名で呼ばれるのは教会ぐらいか。

 妻でも取れば、また別だろうが。

「で、クロト君は来ているのかね? いや、それも相手方は?」

「……」

 首を動かして仲が席の方を示す。そこには美人な女性が三人だ。人形にしてしまいたい。

「ところで、相手方が揃っているのならば、仲君もそちらに座れば良かったのでは?」

「……」

 なるほど、案外恥ずかしがり屋なのですね。

 シャイ、と日本では言いましたか。本当に、女性でないことが惜しいですね。

「では行きましょう。女性を待たせるのは失礼ですからね」

「む」

 仲は頷いて、しかしその場から動かない。

 本当にシャイですねぇ。そう思いつつ、席のほうに移動する。仲はその後ろから歩き始める。ふむ、合コン慣れしていないようですね。まぁ私が居るので何とかなるとは思いますが。

「こんばんは。――天夜総合病院の看護士の方々ですね、蔵木瀬良と申します」

「あ。あの時の人ですよね」

 一番に反応してくれたのは、あの時の看護士だった。服装が変わってはいるが、美しい黒髪、そして大きい目、……うむ、間違いない。人形、それも日本人形にしてしまえばとても素晴らしい出来になるはずです。間違えようがない。

 笑みを作って応対する。

「はい。貴女はあの時の方でしたよね?」

「あ、覚えてたんですか?」

 嬉しそうに顔を綻ばせた彼女。――素晴らしい、人形にしてしまいたい。

「こっちが仲さん。職業は中央図書館の司書をやっています。私は旅の神父を少々」

「旅ですってー」

 その場がにわかに盛り上がる。

 本当のことなのですが――どうやら冗談と受け取られたらしいですね。不本意ですが。

「ね、旅の神父さん、こっちで一緒にしゃぶしゃぶしよーよ」

 あの時の看護士さんとは別の人、こちらは少々肌が残念ですが、及第点といった所ですか。おっと、あまり失礼な事は考えないようにしましょう。この国の女性は勘が鋭いようですし。

 にこり、と笑顔を向ける。

「ええ、そうしましょう」

 私が看護士さん達と向かい合うように座ると、倣うように仲も隣に腰を下ろす。

 さすがに初めて仲さんを見る方は驚かれるようで、例に漏れず看護士さんも驚いていた。ただ、私が初めて会った看護士さんはあまり驚かれた様子はなく、普通に話しかけていた。

 ……ますます、人形にしたい方です。

「司書さんって何をしてるんですか?」

 物怖じしないというか、分け隔てない――そんな印象です。

「……」

 こくりと一つ頷く仲。

「へぇ、そんな事をしているんですか」

 仲の声はかなり小さいはずなのですが、彼女の耳がかなりいい方らしい。

 見た目、性格、そして健康状態も素晴らしい方のようです。

「瀬良さん」

 席について鍋を囲っている内に、声を掛けられる。振り向いてみると、席の傍には黒く長い髪の少年――いや、ともすれば女性とも呼べてしまうような白い容貌の人が立っている。

「やぁ、クロト君。君も掛けたまえ」

「……俺、ちょっと予定あるんで帰っていいですか?」

 ぼそりと呟いたクロト。運良く看護士さん達には聞こえなかったようなので、ゆっくりと立ち上がる。そして仲の前を通り過ぎてクロトの隣に立つ。そして、あまりノリのよくない彼の耳元で魔法の言葉を囁く。

「教会の南極支部、人手が足りないみたいですね?」

「……て、てめぇ」

 教会の南極支部とは、まぁ術具を作るための氷を削掘するためだけの支部であり、ある意味懲罰的な人事である。

 私にはそれなりの地位があるのでクロトを飛ばすことは可能だ。

 それを分かっているのか、クロトは黒髪を掻きながら心底嫌そうな顔をしている。

「スマイル。合コンでは基本ですから」

 その言葉で、魔法の囁きは終わった。

 時計を確認する。鍋はいい頃合なのですが……

「ではクロト君。この場を少し任せました。仲君――ちょっと」

 仲を手招きして、さっさとその場を去って行く。

「あ、ちょっと瀬良さん!」

「すみません。少しだけ仲君に大切なお話がありまして」

「てめ、勝手な都合で呼び出しといて――ぁーかったりぃ!」

 喚くクロトに、看護士たちが話しかけてる。彼は顔がいいので、しばらく席を外しても不満は少ないでしょう。

 仲と店の外に出て、人払いを仕掛ける。

「――……」

「はい、滞りなく。近々、“夜”は彼等から“布”と“槍”と”釘”を“受け取る”そうです」

「……ないのか」

 平和に解決するつもりはないのか、歯軋りしながら、少しだけ昂った口調で仲が言う。

 彼には向いていないのでしょうねこの仕事は。

「ええ。“約束の日”に残るのは、信仰するものだけなのですから」

 空には月すら出ていなかった。




 おや。

 もう夜明けが近いようですね。

 貴女と過ごす時間ももう終わりのようですね。

 そう寂しい顔をなさらずに、これは夢なんですから。

 夢は終わりますが――決して尽きるものではありません。

 では、さようなら。




 ――さて。

 おや、もう夜明けは近いというのに、彼女が帰してしまって正解ですね。

 幸せな日々とは無関係な、残忍な日常なんて彼女には必要ないものですし。




 仕事がある。

 歩く度に竹筒がカラカラと音を立てる。

 俺の仕事はとてもシンプル。ターゲットを人気のないところに誘い込み、殺す。とてもシンプル。なので俺は、この仕事を気に入っている。面倒な事なんかまっぴら御免――楽をして大金を手に入れられる仕事だ。

 ルールを守るような連中とは違う、俺の仕事。

 金さえ手に入ればどうなってもいい。俺さえ良ければ、何でもいいんだ。

 誰もいない路地裏。

 白いワンピースを身に纏った麗人。艶やかな黒髪は、この汚らしい路地裏の闇でも輝いてみえる。顔の造型もよく出来ており、肌も白い。寒さなんて、微塵も考えていないような服装。彼女がここに来た、と言うことは俺の情報操作はどうにか成功したらしい。やはり、日本の様な島国の退魔士組織なんて、こんなものか。僅かな落胆。

 琥珀色の櫛で髪を梳かし、くすり、と笑みを浮かべる。

「――さて、まだ待たせるのかしら」

 その呟きに自分の策略が成功した事を確認する。

 ならば、時間を掛ける必要もない。

 懐から竹筒を三本抜き取り、“それ”に魔力を通して叩き起こす。

「吾は是れ、盟約の主なり。願わくは我が身の傍らに侍し、権現の慈風に当たりて怨敵を討つ矛となれ。須らく、我が武具となるべく列すべし」

 言霊の後に、竹筒から小さく、細長い青白い炎があふれ出す。それは狐の形になり、兇悪な牙を覗かせる。

 管狐――新潟、中部・東北地方では有名な使い魔。味噌が好物であり、これに憑かれると人間は味噌しか食べられなくなるらしい。らしい、と言うのは、俺が憑依のために使った事がないからだ。これの使い道は、至ってシンプル。

 続けざまに、竹筒から二匹の管狐が顔を出す。

 指令は一言だけ。

「噛み砕け」

 管狐は青白い軌跡を残して麗人まで奔る。

 三つの凶刃。

 さぁ、これで今日の仕事は終わり。なんて、簡単な――


「待たせた割には杜撰ね」


 振り返る。管狐は、地に伏していた。落とされたのではない。

 管狐が、“服従”している、だとっ!?

 使い魔と言うのは契約主と絶対的な契約関係にあり、絶対に裏切るような事はしない。しない筈なのに、管狐は目の前の麗人に膝を屈し、服従の意志を示している。有り得ない、まさかあんな僅かな間で契約主の権限を俺から奪ったのか?

「でも可愛い子達」

 愛でるように、冷ややかに、そいつは言う。

「こうかしら? ――両腕をもぎ取りなさいな」

 青白い軌跡が見えた。

 瞬きをすると、あるはずの腕が失われていた。目線を落すと、生きていた間、長い間付き合っていた腕が、路地裏のゴミと化していた。悲鳴が喉まで競りあがってくるが、激痛のあまり声を上げる事もできない。

 膝を屈す。

「たす、けて……」

 奇しくも先ほど服従した俺の管狐のようだった。

 目の前には麗人が微笑を浮かべて立っている。琥珀色の櫛で髪を梳きながら。

「おね……が、い、たすけて、くだ、さい……」

 その笑みは何処までも無垢で。

「だぁめ」

 ――そしてどこまでも残忍だった。

 麗人は髪に櫛を通しながら、悩ましげに息を漏らした。

 意識が段々消えていく。

「そうねぇ……」

 麗人が俺の体を抱き締める。

 ――腹には、有り得ない程に、その細い白磁のような腕が差し込まれて埋まっていた。内蔵が掻き回されて、思考が焼ききれる。真っ当なんてそこまで言ったらなくなる。痛みだけが支配する世界。

 視界も暗くなり、赤い唇が――まるで三日月のように見える。



「久し振りに、美味しい鍋にでもしようかしら」



 喉が潰れ、足を砕かれ、そこで意識は途絶えた。

 あれは、人じゃ、ない。

 たす――

 ――




 全てが終わった後、路地裏には血溜まりが残った。

 白い腕からは紅い雫が垂れている。彼女はそれを愛おしげに舐めとると、妖艶な笑みを浮かべた。獣の晩餐を終えた彼女のワンピースはところどころ紅い斑点が付着している。

 ふと、彼女は立ち止まると、“こちら”を向いた。


「あら……覗き見だなんて、悪い子ですね?」


 なるほど、気付いているようですね。

 彼女はゆっくりとこちらに歩み寄り、掌を広げて近づけてくる。

「さようなら。あまり食事風景は見ないでくださいよ」

 ――その場から離れる。


「趣味が悪いですよ」


 にこやかに、少女のような微笑を向けてきた。

 でも言われっ放しってのは気持ちよくないので、最後に一言残す。


 貴女には言われたくない。





 全ては夢。

 起こりうる出来事であり、起こりえない出来事。

 夢であり現であり、現であり夢。

 さようなら。











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