天夜奇想譚 こちら白夜行! 第五話


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作者:えすぺらんさぁ

タイトル:こちら白夜行! 第五話








 まどろむ陽気。白と黒が光景を作る枯山水の庭は一見殺風景だが、どこからか流れた桜の花びらが白砂と子石の中に浮かび、水の無い水面に揺らぎを錯視する。

 お下げ髪の少女はその波の真ん中で、強張った面持ちでただ一点、十歩ほど離れ立つ老人の横顔を睨み続けていた。風に吹かれた、少女には少し大きすぎる赤い着物が砂を撫ぜる音が、かすかに聞こえる。

 向かい合う背の高い老人は、風にはためく着物の裾を正す手の他は特に動かさず、神妙に少女の動作を伺う。孫を眺める優しい眼ではなく、師としての視線で。

 そして少女は静かに口を開く。

「……開けヘルメスの宝物庫」

老人の眼に応えるべく、言葉を、術を紡ぐ。

「某は完全の象徴、永遠の具現、古き術士達が夢幻の果にして秘儀の結」

 鋭く老人を睨む幼い瞳が、不意に白も黒もなく、人に在らざる、純粋な紅一色の眼へと様相を変える。

今までに何十回と試行した言語を噛み締めるように発し、幾度と無く作り上げたイメージを洗練し、より実物へと近づける。借り受けるモノ、具現させるモノを。紛い物ではない本物を。

「四元・五行を統べ、我が瞳を依りに――」

幾千幾万の術士が希いたその名を、最後に告げる。

「来たれ“賢者の石”」

その言葉をもって少女の右眼は、完全な“石”となる。それは視覚器官の役割を棄て、固形とも液状とも語られたそれを硝子体に具現する。

「ほぅ。形になったか……よしよし」

「出来た……やーっと」

「その術は肉体損傷を直ぐに回復する。石と脳さえ残っていれば、一瞬で元に戻せる。また卑金属を金に変えられるが、金銭のばらんすとやらがあるんで無闇には」

老人の表情が、心なしか緩む。しかし相対して、少女の表情は段々と、硬くなっていた。

「ねぇ……これ、どーやって止めるの?」

「ぬ、ぉ!?」

そして老人自慢の枯山水は、段々と金色に侵食されていた。


 いわゆる暴走である。完全な物体は彼女の意思を無視し、強制的に魔力を吸い上げ、そして緩やかに術者を圧迫する。

「まだお前には荷が勝っていたか。既に金になった所へ視線を合わせろ。決して自分や私を見るな。童話の王様のような真似はごめんだろう」

苦笑い。老人は少女に触れ、ゆっくりと極めて冷静に詠唱を始める。

「福音により人の身に余る術を排する――姿を棄て、霧散せよ術、枯渇せよ力」

魔女の福音。魔女という人を超えた種族が、人間の弾圧から逃れるべく記された、術による対抗手段。機能はとても単純だが、魔女にしか扱えず、またそれは成功すればいかに卓越した術者であろうと、ただの木偶に変える。

「アラディアの加護より来たれ――“魔力奪取”」

いかに膨大な魔力量があれど、式を通さなければ形を成すものではない。なのでその流れを、強引に捻じ曲げ、魔力を奪う。それは光の潮流。老人の手を介し少女から魔力が通り抜けていく。形を保つだけの力を失った石が、しだいに瞳の白と黒を少女に返す。



石が力を完全に失ったことを確認すると、老人は少女のお下げ髪を撫でた。

「これから教えるべきだったかも知れんな。まぁ、今日は成功だろう」

老人にとってこれは、予測された失敗だった。十もいかない少女が扱うには明らかに分不相応な代物である。むしろそれを呼び出すことに成功したという事実それだけで、魔術を知る人間を卒倒させられるような話だ。

 だが、少女は納得がいかない。

「でも使えるようになったって、外で使っちゃダメなんでしょ。なんで覚えなきゃいけないの?」

「何度も言うが、魔女の家系は代々術を後世に継承するのが仕事だ。いずれ人間が我々魔女に追いついた時、それを――」

言葉が耳に入っている様子は無い。脹れ面で、ただ駄々を捏ねるように、覗き込んだ老人の表情を睨む。変わらない、やや険しい表情。その中に、些細ながら焦りや、困った色が伺える気がした。

「さて、茶にしよう。確か、かすていらが余っていたな……食べるか?」

「……食べる」

どこか恥ずかしそうに起き上がる少女を見て、老人は初めて微笑む。煙に撒かれた少女ではあったが、悪い気はしなかった。

「それが終わったら庭を元に戻さなければならんな……覚えておけ。大抵の物事は元に戻す方が手間だ」

「……はい」

 それはどこか温かな何か。“少女”がそれを、無形の“幸せ”だと認識できるのは

 夢から覚めてからだった。




「っつ、ぅ……」

ソファーから半身を起こし、明は瞼を軽く擦った。指が、微かに濡れる。

 天井から毀れて刺し込む光は、先日の雨から部屋に未だ残る水にキラキラと照り返し、殺風景な風景を妙な空気に変えている。

「風邪、ひいたかな」

言い訳するように呟き眼を腕で覆えば、欠伸でもしたのかはたまた別か、湿った感触が返ってくる。

鮮明に思い出せる夢。不思議な温かさの記憶、それの抜けた不足感。微熱のような眩暈が残る。

懐かしい場所、懐かしい顔。そのすべてが、今は無いモノ。

「せめて食べた後で目が覚めればいいのに」

苦笑いひとつ。涙の後を拭い、コートからはだけた肩を隠すと、勢いをつけてソファーから起き上がった。

「洗濯物取り込も……」





 それは数時間前の悲劇だ。

 白夜行事務所は最寄りのコンビニまで片道三十分、民家どころか、一番近い街灯まででも一キロはあり――しかも、そこから電力を拝借している――退魔士の仕事の依頼どころか、ひと気すら殆ど無いに等しい。木々鬱蒼とする、殆ど森の中に在り、通りやすいように獣道のようなルートと、事務所周辺のみ木々が取り払われてはいるが、あとは野放しの伸び放題だ。

 だからと言って、女性が服を木に引っ掛けて干すのはいかがなものだろう。葵は、低めの木に、首吊り死体のように掛けられた蕎麦所白杉のバイト着――藍と白の割烹着のようなデザインだ――が揺れる様を眺め、ため息をついた。

「もうちょい、恥じらいとかそういうモンは無いのか?」

正直なところ、葵はこのバイト着の他では、“隠れ蓑”コートしか見た覚えがない。十五という歳を考えると、なんとも寂しいことではなかろうか。


「取り込んでおいてやるか」

と、手を伸ばす。不意に、緑色の木々の合間から、桃色と黒、そして肌色が見えた。

 桃色は女性物の下着だ。間違いなく明のものであろう。一目では見えないように多少は木々の多い場所へ、服とは分けて置いて在ったのだろう。一応、恥じらいはあるらしい。

 そして飛び込んできた黒と肌色は、その下着へ手を伸ばそうとする、見知らぬ女性だった。

 黒服は、黒いフードつきのローブ。齢十八ほどに窺える女性は、薄茶の長髪を揺らし、青い瞳をジッと、葵に向けていた。葵も眼が合った以上、逸らすことも出来ない。

 先に口を開いたのは、女性だった。

「下着ドロですね、分かります。しかしこれは私の獲物」

「よし、とりあえず警察に突き出すか、怪しいの」

「フッフ……それじゃ、格好だけじゃないところを見せようか」

「……怪しいのは格好だけにしないか」




 箒に立ち乗りし舞い上がった女性の持つ杖が空を撫ぜれば、その合間から七、八ものサッカーボール大の火の玉が燃え盛る。見てくれはまるで手品だが、古来より火の象徴とされていた杖を用い、古来の魔女は用いなかった、いわゆるファイアボールを作り上げる。

「本物か? 記憶が正しければ、魔女は撲滅されたって聞いてるけどな。ツチノコにでも出くわした気持ちだ」

「ま、確かに大半は撲滅されちゃったんだけど、ね!」

手を振り下ろす合図とともに、火炎球は小さく破裂し、飛散する。

「なるほど。これなら、簡単に撲滅されるわけだ」

散り散りになった無数の火の粉を薄い氷壁でいなしすかさず、右手に氷柱を作り出す。そして、投じる。

「っつ……!」

掠めもしない氷柱は青空に飲まれどこへと無く失せる。当てるつもりなど無い、これは威嚇だ。的外れなそれは魔女にも、それを伝えた。

「しょっ引く先はどうやら警察じゃなく、統括だな」

「ストップ。魔女は魔女でも、しっかりアポとって白夜行に籍を置きましたってば」

「は……? あの馬鹿はゲテモノでも揃え始める気かまったく」

「ゲテモノって何よゲテモノって。ソロモンの魔女に向かってそんな――」

「どの道異形を加えるのはおそらくアウトだろ。まぁおとなしく帰るか、このまましょっ引かれるか……」

そのとき、彼女の中で何かが切れる音がした。軽い風切り音とともに、左手に短剣を抜く。そして、右手の杖とともに、掲げる。

風の象徴として扱われる短剣に魔力を注ぎ、空気中から可能な限りの可燃性物質をかき集める。

「それじゃ、第三の選択だ……よくも散々馬鹿にしてくれたね?」

着火する。先ほどまでとは比べ物にならないサイズ、質量を持つそれは、煌々と赤く揺らめき、隕石すら思わせる。

「あー、それは謝る」

余裕をかましてはいられなくなる。相手がそれを振り下ろすより早く。手足を凍りつかせ、抑える――!






そして今、二人は白夜行事務所内で、共に正座するに至る。

結果として、葵の術は間に合った。しかしコントロールを失った火球は地に落ち、砕け、周囲の木々をなぎ倒し、その余波を受けて、明のバイト着、及び下着は見る影もなく消し炭と消えてしまった。

「いや悪い……本当に悪かった」

「ごめんなさい……お姉さん」

思いのほかショックだったようで、明は正座する二人の前に立ちはだかり、やや涙目で一張羅、一張羅と呟いている。


「つかぬ事を聞くけどな……一張羅って、お前、もしかして今着てるのは……」

「お姉さん。ちょっとそのコートめくってもいい? ほら女同士じゃない、大丈夫大丈夫」

「今近づいたら刺すからね!?」

ナイフを抜き、頬を赤く染める態度を見ると、大方は葵と魔女ことソロモンの考えどおりということだろう。コートの丈が長かったことが不幸中の幸いか。

「まぁとにかく。魔女だろうがなんだろうが、白夜行はモンちゃんを歓迎するってことで」

モンちゃんとはおそらくソロモンの事なのだろう、ソロモン自身はその呼ばれに表情で難色を示したが、さすがに今しがたの負い目がある以上、黙っている。むしろ葵も同等の状態である以上、これは彼女にとってはラッキーとも言えるが。

「んで。私の服……モンちゃんの借りて、はサイズが合わないだろうし」

「ああ、買ってくるよ。丁度白夜行の、今月分の給料が下りてるから」

給料、という単語に明の表情が一転、晴れ渡る。今まで物品でしか貰えなかったそれが、今回初めて現金支給に切り替わったのだ。

「お米じゃなくて?」

「米じゃない」

「イモでもパスタでもなく?」

「イモでもないパスタでもない、というかお前穀物なら何でもよかったのか」

「夏目さん……新渡戸さん?」

「諭吉さんだ、というか前にも教えたがその二人はもう降板してる」

葵がため息をつき、明とソロモンが首を傾げる。

しばらく、お札の説明に時間を食われた。

「よく分かんなかったけど、とにかく諭吉さん?」

「そうそう、額はそんなに大きいもんじゃないけどな。ま、明日二人で服揃えてきてやるから」

その言葉で、明の機嫌はすっかり直ったようだ。






大型ショッピングモール、イデア。その規模、人の入りは周辺の他店、商店街などを容易く蹴散らす程のものだ。

キャッチコピーは『ゆりかごから墓石まで』。その通りに、メジャーマイナー問わず、あらゆるジャンルの品を購入できる、無いものを探す方が大変だ、と語られるほどの品揃えが売りである。

経営者の名は灯篭門 美恵。戦後、闇市の小さな店から香辛料の店へ、そしてその香辛料専門店からここまで店を発展させた。しかも近隣の商店や商店街との連携のための調査も欠かさず、信じ難いことに、結果として今までイデアが潰した店はひとつも存在していない。努力の人と言う背景とその人柄、そして類稀な経営手腕から、市内ではちょっとした有名人だ。

なお、経営の傍らどこかで今も香辛料を売っている、という噂もある。

「とんでもなく広いね」

「ああ、いつ来てもとんでもなく広く見える場所だ。気に入る服一着探すのにも結構苦労するんだよな、たまに」

中央ロビー、噴水前。二人はとりあえず、案内板と睨めっこしていた。

「あっちだな」「あっち」

そして狙い済ましたかのように、二人で正反対な方向を指し、睨み合った。

どちらが先に、よい服を見つけられるか――競争はまだ終わっていない。バックで開始の合図の空砲が聞こえてきそうなほどいいタイミングで、二人は同時に、そして正反対に駆け出した。




数十分後、二人は再び、それぞれ、買い物袋を引っさげて、ロビーに戻っていた。

「……センスない。何でシルバーアクセばっかこんなにあるの?」

「自信満々に着ぐるみ買ってきたやつにだけは言われたくねぇ。いいだろ、シルバー巻くとかさっ」

「かわいーでしょうが着ぐるみは! 着てるとこ想像してみなさいよ、最強よ!?」

「そういう用途の服探してんじゃないだろうが、次だ、次!」

勝負は、まだまだ続く。





明は事務所で、床に座り込んでいた。ナイフをペン代わりに、床を紙代わりに、夢に出てきた式を、覚えていなければならない白夜行の魔術を、記憶を手繰り寄せ、床に書き出していた。

「福音と、賢者の石で二……十王と七拾弐柱と魔弾の七足して九十一……あと八もある」

カツカツ、とナイフで床を引っかきながら、首をかしげた。

彼女が昨日の夢から思い出せたことはそれほど多くない。白夜行は魔女の血族達が、自分たちの秘術を後世に残すために託した場所だった。海外で教会が起こした魔女狩りの手は日本まで届かなかった。また届かないことを見越して、白夜行は作られた。

蔵野という名の血族は、古い古い血族だった。起源すら、誰も知らない。蔵野広郷という男が白夜行という組織を名乗るまでは、表舞台にいた記録は無い。外に出回った記録は精々、忍者の血筋だのイタコだのという眉唾物ばかりだ。

海の外で魔女が迫害され消えていく中、広郷は各家から秘儀を集めた。魔女達は、一族の血を永らえること以上に秘儀を途絶えさせないことを重要視したのだ。

結果として、『ソロモンの七拾弐柱』『七つの魔弾』など司る数のある術のその数値を、合わせて九十六、その他の術が二、最後に蔵野の家系が持つ術が一つ。合わせて九十九、転じて白。統べるはすなわち、“白夜行”。



そこまで思い出せたのはいいが、どうしても『残り八』を埋める術が思い出せない。そもそも、何故今まで忘れていたのだろう? こんなに大切なことを。

「あー、もう。また悩み事が増えた」

思い出せない物と言うのは、いくら頭を捻っても出てこない、なんてことが多分にある。明もその多分に漏れず、頭を抱えたまま、傷だらけにした床にへばりこんだ。







「……ち、閉店時間か。今回は引き分けね」

「馬鹿、俺の勝ちだろ。着ぐるみだの甲冑だの、服以外を選んでる分が多いじゃねぇかお前は」

買い物開始から、5時間ほど経った。

「センスの無い子に言われたくなーい」

「その言葉はそっくりそのまま返す」

気付けば外はもう暗さ深く、ロビーのデジタル時計は二十二時四十五分ほどを指す。既に閉まっている店もちらほら見られ、店内には定番の曲がかかった頃

「……なぁ」

葵は、重大な失敗に気付いた。

「お前、いくら……残った?」

黙り込む双方の間を、曲が静かに流れ、シャッターの閉まっていく音がそれに哀愁を付け足した。







数時間後。白夜行事務所は大量の服の束に三分の一ほどを占拠されていた。再び、そして先日に増して深々と、正座ではなくもはや土下座をする二人と、

「諭吉さん……諭吉さんの群れ……」

涙ぐみながら呟く、明の姿があった。



白夜行残資産、三十八円也


次回の給料まで、あと三十日






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