天夜奇想譚 こちら白夜行! 第四話


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作者:えすぺらんさぁ

タイトル:こちら白夜行! 第四話





 十一連敗の夜から、十日後。

「……帰るまでに止みそうに無い、かな」

「そうねぇ。予報じゃ、夕方から激しくなるんだって」

蕎麦屋白杉、その店内から、明は恨めしく、降り続く雨を眺めていた。

曇天で日は見えないが、店内の簡素な時計はおおよそ十五時頃を示している。本来ならば結構に賑わっている時間帯だ。しかし平日の雨天とあって、店内は、本当にまばらにしか客が来ない状態が続いている。

雨の日に、客の足はわざわざ甘物を食べへとは向かないらしく――蕎麦については論外である――本来ならば明は、こんな日はもう仕事上がりで帰宅する。しかし残念なことに店の置き傘がすべて出払ってしまっている今、彼女に出来るのは、外を睨みながら雨が止むのをひたすら待つことと、通常の接客業だけだった。



お客は三名二組。そのうちの一組は、男女。男の方は小柄で、背丈は百六十前後だろうか。黒髪だが、眼のほりは深く、鼻も高く、いや、高いというよりは尖ったようにも見える。外国人のように見えるが、静かにお茶をすすり、かつ、はぁとため息をついて〆る様は、日本人よりも日本人らしく見える。

もう一方、女の背丈は男と大差無い。肌色は白く、淡い茶の長髪が、その振る舞いに合わせて揺れる。青い瞳とその優雅な雰囲気は、場所が蕎麦屋でなければ、目の前に大量の甘物メニューが並んでいなければ、そして目の前の男と共にドカ食いしていなければ、きっと、多分、レディと呼ぶに相応しいのだろう。

この雨の中、傘を持ってきた様子ではない。二人は最初にドカッと大量に注文して、後はひたすら、男がそれを食べているように見えた。女性は、多少は口に運ぶものの、一見すると、非常に妙な客ではある。しかし日頃、結構に変わり者は見る気がするので、スルーを決め込む。

 そして、後の一人は。

「おーい、甘酒とバナナパッフェ、追加よろしく」

店の和風な雰囲気を真っ二つに裂くような、眼の覚める赤色の髪、高い、軽い老人の笑い声。あの後、毎日のように現れ、いつの間にかすっかり常連となった老人、赤星が、座敷を独占していた。

「もう十杯目になりますけど……」

明の営業スマイルも、仕事関係者相手には、非常に引きつった物になる。もっとも、今まで知り合いなどまったくいなかったせいもあるのだろうが、赤星に対しては特別にそれがきつい。

「十杯目か。それじゃ、お前の十連黒星記念ってことで、一緒に飲むか?」

ニカッと、老人が意地悪な笑みを浮かべる。

 明が赤星に対して接客がぎこちない一因としては、毎晩のように挑戦し、また毎晩のように負けていることがある。毎日のように策に頭を捻り、作意工夫の限りを尽くした。しかし結果は初戦から数えて、昨夜で十戦十敗の完封負けである。逆恨みではあるが、明には赤星が非常に憎い相手となっていた。

しかし

「いいんですか!? かしこまりました、大急ぎで!」

彼女の憎悪、そしてプライドは、一杯百五十八円の甘酒であっさり売り払われた。





「乾、杯っ!」

「はい、乾杯」

雨音静かに流れる店内に、陶器の触れる音が響く。すでに仕事もほとんど上がりなので私服であるコートを着込んだ明は、まれに見る甘味を、ちまちまと幸せそうに味わう。その様子は、木の実を頬張るリスの動作にも似て見えなくは無い。相対して、湯飲みのすっぽりと隠れるほどのしわがれた手で、それを一口に半分ほど、喉へと流し込む。

「しかし聞いちゃぁいたが、本当にプライドとか、そういうのは無いのか?」

「誇りだのプライドだので、腹が膨れるならいくらでも用意するけど」

不機嫌そうに、キュッと音を立て、甘酒をすする。

「じいちゃんにはよく、誇りを高く持て、なんて言われたけどね」

「白夜行先代か。あれの死んだ時は大変だったな。俺ら裁定者まで捜索に駆り出された」

「そんで、たった一人が死んだだけであっけなく組織解体。数百年続いただのの誇りったって、結局その程度の物だったってことじゃない?」

「盛者必衰、てか。お前さん、じいさん嫌いだったのか?」

「嫌いじゃない。跡継ぎの修行だのにはへーこーしたけど」

一息。それまでより、やや多めにすすり、湯飲みを置く。雨は未だ降り止まず、合間に聞こえてくる秒針の刻む音とともに、テーブルを這う蝿取り蜘蛛の足音さえ聞こえてきそうな穏やかな静寂が、継ぐ言葉を待つ。

温かな息を吐き、中空に視点をやる。甘酒で身体が温まって、空調もあいまって、やや暑い。コートを脱ぎ、椅子の背に。そういえば、ナイフが擦れる金属音にもいつの間にか慣れてしまったなぁ、なんてことをふと、考えたりもする。

「ナイフに魔術の基礎・応用、化学に物理に。学校には通わせてもらえなかったけど結構楽しめたし、優しいは優しかったから。どっちかというと好きだった」

少々恥ずかしいのか、追って、ちゃんと三食食べさせてくれたし、と茶化すように笑う。

「俺に似てたり?」

「全然。でも奢ってくれたから、好きってことで」

「ゲンキンなヤツだ。しかしま、若い子にそう言われるのは悪か無いねぇ」

一通り笑って見せると、赤星は湯飲みに残った甘酒を乾す。次いで、時間経過でアイスの溶け始めたバナナパフェにさじを運ぶ。

「……真に隠すはその身でなく、その実なる内の魔、真の名。我らが人の術はそのために」

「アん?」

「おじいちゃんの口癖」

再び、一口だけ、甘酒を口へと運ぶと、明はもうひとつため息をつき、また視線を――普段なら、物欲しげにバナナパフェに向けられるであろうそれを――穏やかに、虚空へとやった。静かに湯飲みを置くと、店内は再び雨音と静寂に支配される。



 静寂が絶ったのは、女の、ごちそうさま、の声だった。見た目とは多少のずれを感じる、少女を思わせるような、透った声。自然と、たった六つだが店内のすべての視線がそれを追うように向けられる。

「それじゃ」

男と女。二人が、席を立つ。女性は静かに、外へ。バックが純和風の蕎麦屋でなく、口元に小豆の粒を付けていなければ、映画のワンシーンのようにでも見えるのだろうか。そして男は、にこやかに軽く頭を下げ、レジへと向かう。

手振りのオーバーアクションを含めて、会釈して見せる様はいかにも、好感を与える気さくな男に見える。

「御馳走様です。評判は常々伺っていましたが、流石。そして奥様が麗しくいらっしゃる」

達者な日本語で語るその言葉に、店主がピクリ、と反応する。もっとも、誰も気付きはしないが。

「まぁ、おべっか上手」

「今回は時間がアレでしたので甘味のみでしたが、機会があれば、蕎麦の方も食べに来ましょうかね」

先ほどよりも分かりやすく、店主がカッ、と眼を見開き反応する。勿論、誰も気付かないわけだが。

「では、また。こちらへ足を運ぶことがあれば」

「はい、毎度」

ガラガラ、と音を立て、引き戸が開く。六つの視線は男の背を、見えなくなっても、追っていた。再び、店内が静かになる。外の雨音、中の時計だけが、ゆっくりと。

なにか、違和感がある。

秒針が、丁度三百六十度を駆け終えた頃。ガタン、と、明のかけていた椅子が静寂を破る。

男の行動に欠けていた、『違和感』の正体に気付いた。勢いよく、コートを引っつかむ。

「あの人、食い逃げ!」

誰の声も待たず、雨の打ちつける外へと飛び込み、駆け出した。




「……若いのは元気だねぇ」

「ええ本当に。私もあと二十年若けりゃ、飛び出してとっ捕まえに行ったけどねぇ」

「奥さんなら、五年若けりゃ行けるんじゃないかね」

「まぁ」

世辞を吐き、高らかに笑うと―店主の反応は相変わらずなので割愛する―再び、パフェへ匙を進める。半分ほど溶けかけたそれを、大きく二三、口に運ぶ。

 匙が、高い澄んだ音を立てる。あらわになった器の底をふたつ、叩いた。何かに呼びかけるように。

「伝えな。盗み聞きはあんま良い趣味じゃない、ってな」

「はい?」

「いんや、こっちの話。ああ、お勘定お願いね」

テーブルの上から、逃げるように、蜘蛛が走っていく。

 ふと、雨音が一回り、大きくなる。どうやら予報は当たったらしい。宵の薄暮れを思わせる曇天を眺める。時は暮れ。眺め――微笑む。

「さぁて。そろそろ始業時間か」






天夜市内、位置はおおよそ街の最南端、住宅地から離れた、三階建ての廃ビル……もはや何を目的とした施設だったのか、それを知る術さえ残されてはいない。周囲は鬱蒼と、獣や蟲の支配する木々に囲まれ、荒廃の二文字すら思わせる光景。

最上階三階、白夜行事務所――ただ今主は不在にて、来客応対は葵 恵に任されている。

「百歩譲って、お茶の代わりにお湯が出された所まではよしとしましょう」

そして来客、天城 比美は、不機嫌そうに、まっさらな湯飲みの水面を眺めていた。

その水面が、跳ねる。

「雨水がナチュラルにブレンドされるのはいかがなものかと」

「……余裕があったら直す」

雨音はワルツなどとうに超え、ついには外の生の音さえも超え、集められ、天井より入り込むその流れは、滝壺すらをも思わせる勢いで、他の小さな雨漏りの群れとともに、かなり自己主張の強いフルオーケストラとなっていた。

「まさか屋内で傘を差すとは思いませんでした」

「あいつ、カタログ防ぐ分くらいしか補強して無いな、天井……」

よく見れば、部屋のあちこちにダンボールや、その成れの果てが見受けられるが、もしかしてその用途は――優しい二人は、深く考えないことにした。

「で、用件は」

気を取り直して……双方、表情を引き締める。

「鳳 雅の件直後の、彼女の感染診断結果が出ました。勿論、感染についてはなんとも無いんですが……」

 退魔士は、異形、それも特に感染力の強い者と相対することもある。そのような場合、直後に消毒、および感染診断を受ける義務が生じる。

茶封筒で手渡されたそれを、パラパラとめくり……。

「どうせ内容はチンプンカンプンでしょうから、説明して差し上げてもよろしいですが」

「……ああ、そんじゃお願いするよ」

「お願いします、でしょう」

「ええい、性格歪んでるな……それじゃ、お願いします」

「……プライド低いですね」

「感染ったかもな、あいつのが……で?」

ため息ひとつ。天城は葵から資料を受け取ると、説明を開始する。

「身体的な異常はなし。これだけ見る限りは『人間』です。ああ、スリーサイズも載ってますけど、知りたいですか?」

「聞くまでもなく、大した結果じゃないだろ」

「……彼女に幸多からんことを、と願ってしまうくらいですかね」

遠くで、くしゃみが聞こえた……気が、した。




「さて気を取り直して……問題は、こちらのデータなんですが」

テーブルに資料を広げてみせる。そこは既に水浸しだったが、資料の防水加工が幸いしているあたり、かなり用意が良いと言えるだろう。

 資料は、明の持つ式具に関するもののようだった。ナイフや、隠レ蓑に関するデータがグラフや注釈込みで事細かに記されている。もっとも、葵には理解できて半分、の内容である。

「まぁ重点だけ話していきましょう。問題は隠レ蓑です」

「……あれか。確かに下手な使い方すりゃ、危険な品だろうけど」

「ええ、上層もあわよくば難癖つけて没収する、という発想はあったらしいです。ですが」

あからさまに呆れた表情をする葵を無視し、続ける。

「即御破算になりました。これ、扱えないんですよ」

「扱えない?」

ええ、と、天城は資料の注釈を指差していく。

「本来式具は、使用者の魔力量を節約できるよう、式との磨耗による余分な魔力消費を抑えようと工夫がなされるのですが、この隠レ蓑にはそれが無い」

「古い品だからじゃないのか?」

「いえ、それならいいんですが。随所に、逆に余分な消費がかかるようにしているとしか思えない細工が多いんです」

その代わり、大分丈夫にはなっていますが、と、追うように付け加える。

「実験の結果、隠レ蓑を三十秒持続させるのに、平均的な退魔士、五人分の総魔力量が必要でした」

「ごに……って、あいつ普通に五分十分使ってるぞ?」

「ええ、ですから、魔力量の許容量無視。これが蔵野 明の能力と見るべきでしょう」

「底なしか……」

「人外かどうかは定かではありませんが、下手をすれば、彼女には儀式級の術すら児戯に過ぎない。とすると」

「上が五月蝿そうだな」

ええ、と天城が小さく返す。

 会話に空白が生まれる。雨の騒音は未だ止まらず、廃ビルを包み込む。まっさらな湯飲みは、いつの間にか雨漏りで溢れ返ってしまっていた。



「そーいや」

雨音が、激しさを増す。もはやこのビルは、中にいても外にいても大差はなくなってしまいそうだ。ぽっかりと開いた、元、窓から、水滴が覆う景色を眺めた。

「あいつ……遅いな」




 午後の豪雨。冷雨は視界を阻み、遠くの景色を白く霞ませている。好き好んで濡れたい人間もいない、行き交う人影も疎ら、黒かビニールか、無地の傘がちらほらと窺えた。

 街を抜けてからは、どこを走っているのかすら、認識する暇はない。女性を抱きかかえながら走る男は、速い。一歩、一歩の踏み出しが大きく、まるで飛行のようにすら見える。

明も、常人以上には足に自信がある。しかし、軽く引き離しては、待って手を振るほどの余裕。息も、ペースも、まったく乱れる様子を見せない。

誘われている、いや、いた。気付いたときには、まわりに人影など、欠片も見当たらない。

枯れた木々。雨土のにおいに混じって、鼻に纏わり付くような、甘ったるい芳香が漂う。

「ここは街の北西。元は果樹園だったみたいね、この様子だと」

食い逃げ犯二名は、十歩ほど離れた距離から、待ち構えるようにして立っていた。女性がゆっくりと降りる。そして、男は彼女へと跪く。白んだ視界にもはっきりと映る。男の姿は黒い羽を撒き、空へと立つ。変容した、ではなく、元に戻ったのだろう。式神のような使役術の一種だろうか。

「“二人きりで”話をするには良い場所でしょう?」

雨粒の薄い霞の中、舞うカラスの濡れ羽。白と黒のコントラストの狭間から、青い瞳で、女は妖艶に笑む。

 だが

「とりあえず、支払いしめてキッチリ切り良く七千円、支払って貰ってからでいい?」

「あのね……こっちがせっかくキメたのに、もう少し場を読むとか空気を読むとかないの?」

「話がどーとかは後。現地点ではあんたはただの食い逃げ犯だし」

「分かった、払えばいいのね。あ、万札しかないんだけどお釣りちょうだい」

「無い。万札でいいよ」

「ちょ、こっちが三千も損するじゃないのそれ」

「手間賃手間賃。大体ちゃんとお釣り欲しいなら、次からはレジで支払って」

「う、それは確かに正論だ……」

「あれ? 諭吉さんは諭吉さんのままなんだ」

「……はい?」

ちょっとしたシリアスムードは、羽一枚より軽かった。

「はい毎度あり。で、話って?」

「それはジョークで言ってる? わざわざ食い逃げ紛いのことやっておびき出して、使役術まで見せて演出したんだけど?」

「そー言われても、外国の知り合いなんか私にいるわけもないし」

「……それじゃ確認するわ」

ため息ひとつを区切りに、女は表情を凛と整える。

「あなたは白夜行の魔女?」

雨の音が、耳に痛いほどに響く。もはや身体の冷えや濡れる感触は気付かないほどに慣れてしまった。

「ああ、あんたは外の魔女か……全滅したかと思ってたけど」

「確かに九割方壊滅したけど。現状、他に魔女が居るのかどうかすら危ういくらいになってる。もしかしたら私たち二人きりかも知れない」

 しばらくの沈黙の後に、明は、鼻で笑って見せた。

 魔女は、異形の中でも特殊な種だ。人間に限りなく近く、儀式や悪魔との契約により、人間から魔女になる場合も多い。また元が人間なので生殖機能も当然残っており、代をおうごとに血は薄まるが子孫を残す形での種の保存も可能。その特性は魔力許容量制限の無視、そして自分の身体・術式への介入不可――

魔術を使うことに特化した異形。人より出て、人を上回る。異形というよりもある種の超人的な存在とも言える。

しかし、その大半は過去、教会の行った大々的な魔女狩りにより撲滅。“白夜行”を統べた蔵野の血も、この女性も、細々と受け継がれてきた真祖の魔女の血を引く、僅かな生き残り。

「白夜行はまだあるけど、組織は小さくなったし魔女は先代で終わってる。私は正式に継いで無いから、まだ半分は人間。まぁもっとも」

今度は、眼でも、口でも微笑んでみせる。それはとても軽快で

「これからも、ずっと人間の予定だけど」

「あ――」

女性には、それがとても、魅力的に映った。

やっぱり、ここに来て良かった。胸を撫で下ろし、小さく、呟いた。

「それじゃしばらくそっちで厄介になりたいんだけど、同属のよしみで」

「だから私は人間だってば。それに魔女の雇用は問題ありそうなんだけど」

「細かい細かい。リスクを補って余りあるメリット保障、情報収集お手の物」

「まぁ人手が増えるのは歓迎なんだけど、泊めるスペースとかは無いよ?」

「うん。まぁどこかに宿とるから、今日はこれで。契約や手続きはまた近いうちに」

そ、と相槌を聞くと、女はゆっくりと歩き、帰路へとつく。



「あ」

そして、立ち止まる。どこか、上気を帯びた表情が見えたが、

「とりあえずお姉さまと呼んでもいい?」

「……なんだか硬くない? それ」

「こっちではそういうのが主流だって聞いたんだけど……じゃ最初はソフトにお姉さん」

「ソフトに? というか私十五だけど、明らかに……」

「年齢の問題じゃないの、姉は姉なの、お姉さまが欲しいの。アンダスタン?」

「……まぁいいけど?」

明にそれは理解できなかった。



「で、お姉さん名前は?」

「明。そっちは?」

颯爽と、どこからか取り出した――というよりは、どこにしまっていたのか――箒に跨り、女性は、胸を張る。受け継がれた誉れある名前を、告げる。

「うちの魔女は、代々ソロモンって名前なの」




 夜。魔と人の蠢く時間。裁定者――赤星は、ビルの屋上から、煌めく街と、暗い場所を眺めていた。

 今回彼が動いているのは、単に退魔士同士の縄張り争いの沈静、治安安定のためではない。最近出没する、奇妙な連続殺人犯の特定と、捕縛。これが彼の、今の仕事となる。

 本来は警察が動くべき物だが、この天夜では勝手が違う。事件が異形によるものか人間によるものかの判別が難しい場合、安全性の重視のため、まずは退魔士、それも裁定者が現場の警察と連絡を取り合うなどの形で動く。

しかし、聞き込みなどの調査を退魔士が行うはずもなく、基本は犯人が特定された場合の押さえ、もしくは現行犯狙いの行動となる。つまり

「……暇だねぇ」

基本的に、やることはない。

「今夜も外れかな……やってられん。こりゃ明日からは酒片手に来るか」

「まじめに職務に付け。お前がしっかりしないとこっちの職務が増えんだよ」

不意に。後頭部に、冷たい何かが触れる。すっかり慣れた、銃口の感覚。

「おぅ、柚子ちゃんか……とりあえずいつもどおりその物騒なのしまってくれないか」

「次にちゃん付けで呼んだら容赦なく撃つ」

「やれやれ、年寄りなりの愛情表現がわからんかな」

「いらん」

吐き捨て、広いビルの上で、赤星の隣に、乱暴に席を取る。

「とはいえ、こう連夜連夜と寒空の下お仕事ってのは、老体に響くな」

「どこが老体だ。お前そこらの若いのより動いてるだろう、毎回」

「そりゃ、他がだらしないだけ」

軽快な笑い声が、無人の夜空へ響く。

街の喧騒は遠く、ビルの上までは微かに届くばかり。風の音に守られた静寂は不思議と心地良い。街の明かりも遠く揺らめき、キラキラと幻想的な風景を描く。身に染み入る冷えと、建物自体が結構古く、すわり心地が良くないのが気になるところだが。

「さ、て。そっちの捜査の方は?」

「てんで進展なし。死体であがったホトケさんが生きてた、なんて罰当たりにもほどがあるな」

今回の事件が退魔士に委ねられた理由は、最終的な犯人が既に、異形か退魔士かのどちらかである、と割れていることにある。

遺体の損傷などに目立った特徴は無い。奇妙なのは殺人の起きた後、警察が身元確認のために訪ねれば、その知人や家族は口を揃えて『まだ生きている』と、言う。実際、生きていた、と言われるその人物は、二度と戻ってくることは無い。これは殺人の後、変化の類を使いその人物に化け、何事も無かったかのように装った、との見解がなされた。

後の共通点は、一様に被害者周囲の人間が、『人が変わったように嫌なやつになった』と、偽者に対して、疑心を抱いていたこと、程度である。




「まぁ、次は珈琲の差し入れでも持ってきてやる」

「お前の珈琲は遠慮する……っと」

 赤星は僅かな異兆を、その肌に感じ取る。盤を取り出し、それを覗き込む。

「ビンゴだ。近い」

「何だ、その板」

「ウィジャ盤って聞いたこと無いか? まぁそれと似たようなもんで、ある程度の範囲内での人死にを感知できるもんだ」

「へぇ。そりゃ、一家に一台欲しいね」

立ち上がると、ゆっくり、下がる。助走のための距離をとり始める。

「ああ、多分あたりだけども、ホトケさんの身内には知らせるなよ」

あからさまに不機嫌な見送りを横目に、宝石箱のような夜景へ、華麗にダイブを決めた。





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