天夜奇想譚

天夜奇想譚 -詩- Prologue

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作者:飛崎 琥珀

タイトル:天夜奇想譚 -詩- Prologue



本文
         ◇
 目の前で開かれた薄桃色のカーテンの先。
 そこには戸惑った貌の私の姿がある。手には二人に選んでもらったレモン色のワンピースが抱えられていて、それと鏡を行き来する視線は、どうしようかとさまようばかりだ。
 ほら、と背中を押されて、私は靴を脱いで試着室に入る。人があふれる煌びやかな建物に入ったのも初めてなら、服という自分には着ていればなんでも良いという程度の物だったものためにある、試着室という場所は未知の世界だ。
 そう考えると、とたんに胸の鼓動が早鐘を打つ。
「じゃあ、閉めるから着てみてね。着方はわかるわね?」
 後ろでやさしく微笑む女性に、私はこくんとうなずいた。その姿に安心したのか、女性はゆっくりとカーテンを閉める。
 すると、とたんに世界には私だけになった。
 試着室の外から他人の喧騒がきこえる。
 私は言いようのない気恥ずかしさを感じながら、手にした洋服をもう一度みる。
 自分がこれを着ている姿を想像する。
「―――」
 顔に熱がのぼってくるのが分かる。これを着た姿をあの人に見てもらうことを想像すれば、たぶん自分は倒れてしまうだろうと考えると、頭をふりかぶってその思考に至る前にそれをかき消す。
 私はレモン色のワンピースを壁のハンガーに一度掛けると、上着にしていた大切なジャンバーを同じ様にハンガーに掛ける。
 その後は、あちこちがほつれ汚れた黒いシャツを脱いで、それを無造作に下に落としてデニム地の半ズボンも脱ぐ。
 上を脱げば、此処に来る前に寄った下着屋で買った、薄いピンクの下着が鏡に写る。それを着ている自分の肌には、これといった傷や汚れはないものの、どこか自分には不似合いな気がしてしかたがない。
 初めて履いた白いフリルのついたソックスも、何処か自分の足ではないような気分にさせる。
 生まれてこのかた、こんな下着も着たことがない。
 そんなものを買い与えてくれる人はいなかったし、そもそも自分はこんな可愛い服があるなんてしらなかった。私が纏っていたのは、泥にまみれた襤褸か薬の臭いのする白い服だけだったから。
 初めて都会と呼ばれる場所に連れられてきた私は、気づけば自分の世話を焼いてくれる二人に連れられて、服選びをさせられたのだ。
 ――これからは、この街で生活をするのだから、それなりの身なりをしなきゃだめよ。
 二人の言葉は、この建物――デパートに入った時に痛感した。周囲の自分の格好をみる視線に、思わずたじろいでしまったくらいなのだから。
「でも、最後の女の子なんだから、という言葉はよくわかんない」
「――なにか言った?」
 自分の呟きが外の二人に聞こえていた事に、私は慌ててなんでもない、と答える。
 どう、着れた? という言葉に、今からと答えると、私は意を決して掛けていた服を着る。
 ワンピースという服の名前は分からなかったが、着方はなんとなく分かった。
 下から服を纏め上げると、そのまま上にから被る。
 袖を通してずれを直せば、あっという間に着替え終わった。着るという動作を考えれば、さっきまで着ていたものよりも早く、簡単だ。だが――、
「なんだか、すうすうする…」
 ズボンじゃない、というのがなんだかおかしな気分だ。なんだか無防備な気分になった気がして、少し前の自分ならこんな状態に耐えられなかったかもしれない。
 でも、他にも同じ様な服を着ている他人を目にすれば、別段へんというわけじゃないのだろう。
「だけど…」
 それを着ている自分の姿が、なんだかおかしい。
 鏡の前でふわふわとした服を着ている自分の姿。その顔はすでにリンゴのように真っ赤になっていて、そんな自分を見ていると違和感が付き纏う。
 これはなんだろうと考えて、不意についた言葉は、
「にあわない…」
「え、うそ!?」
「ほら、貴女の見立てだとやっぱり駄目なんですよ」
 私の言葉に、騒ぎ始める外の二人。せっかく二人が一生懸命選んでくれたのに、とかんがえると申し訳ない気持ちにもなるが、どうしても自分の姿に納得できない。
「ねえ、私達に見せてちょうだい」
 外からの声に、私はさらに顔を真っ赤にする。もう顔だけじゃなく全身が真っ赤な気がする。
 私はやっぱり断ろうと後ろを振り返ると、
「――え?」
 静止するまもなく、カーテンが開かれた。
 世界が止まったかのように、自分の身体が動きを止めたのがわかった。
 カーテンから出てきた自分を見る視線は、きょとんとしたものだった。
 二人もとも驚いているのか、それともやっぱり似合わないことに対して何かを思っているのだろうか。
 似合っていないのは分かっているが、二人に笑われるのはいやだなぁ、と思う。そんなことを考えていると、不意に二人の表情が和らいだ。
「あら、似合ってるじゃない♪」
「まあ、悪くないですね」
 二人の言葉に、どっと力が抜けた。
「これなら彼も喜んでくれるじゃない?」
「さあどうでしょう。彼はこういうことには’超’が付くほど鈍感ですから」
「でも、こんな可愛らしい姿を見たら、男なら黙ってないわよ!」
 私を置いてけぼりにして話を進めていく二人に、今度は私が目をまるくする番だ。
 可愛い。
 似合っている。
 自分が否定していた言葉が二人から発せられ、私は戸惑ってしまう。
 しかし、二人がお世辞や適当なことを言っていないのは、二人の顔を見ていれば分かる。
 だけど、何故だか二人の言葉が信じられない。
 自信が、持てない…。
「ほら、はやく彼に見せにいきましょう!」
 手を引っ張られたところで、私は頭の片隅においやっていた事を思い出す。
 ――あの人に、この姿を見てもらう。
 とたんにはずかしさと、それを上回る恐怖が胸を締め付けた。
 いつも無愛想で、だけど本当はすごくやさしいあの人の貌を思い出すと、胸の締め付けは強くなるばかりだ。
 私は抵抗することも忘れて、引かれるままに試着室を出る。
 つい数週間前まで、あったこともなかった二人の横顔と、自分を救い出してくれたあの人の顔を思い出し、私はこの数日の間にあったことをふと思い出した。
 それは、まだあの人の事も信じられなかった――否、何も信じられなかった頃の自分の話。

 その頃の私は、独りだったのだ…。







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