天夜奇想譚 一息、アチキ珍道中 > Calm 3


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作者:グリム

タイトル:一息、アチキ珍道中/Calm 3





 ゴオオォォー……

 ガタッ、ガタ、ガタタタタッ!

 ガン、ゴト、

「あいたっ」

 ズンッ――ゴォォォォー!




 景色が突風のように過ぎ去っていく。暗い夜道をアチキ達はスゴイ勢いで進む。それにしても、歩いてもいないのに進むというのは奇妙な感覚だ。よく揺れるし、速い。隣に座った気弱そうな男は顔が青くなり、たまに揺れて壁や天井に頭をぶつけて悶えている。

「柚子さん! 制限速度! 制限速度を守ってください!」

「……同行は必要ない、って言っただろう」

 男の文句を無視して、前の席に座った柚子という女は男を責めた。男は押し黙り、というか天井に頭をぶつけて黙り込んだ。

 はて、なんでアチキはこんなところにいるんだったか。そう思って、少し前のことを思い出す。確か、歩いてた。外はいつもよりも日が照って暖かくて、眠くて。そうそう、それで変な箱を見つけた。その箱の椅子はそれなりに柔らかく、横になることにした。

 ……それからどうしたっけ。アチキは首を傾げるけど、思い出せない。たぶん大したことはないんだろう、うん。

「上島、なんでついてきた」

 前の女は振り向かないでウエジマという男に問う。上島はまだ頭を押さえていた。痛いらしい。アチキは天井なんかにぶつからない、強いから。柚子が変な丸いのを回す。すると箱全体が傾いた。

「のわっ」

 ――むぎゅ。

 上島がアチキに倒れこんできて、潰された。痛い。アチキ強いのに。

「ててて……あれ、何か……気のせいだよな、じゃなくて。仮にも他県の事件なのに柚子さんが強硬に行こうとするからじゃないですか。柚子さんだけじゃ、絶対問題起こしますよ」

「なるほど、私をそう言う風に見ていたわけ、かっ」

 今度は逆方向に上島が倒れこんだ。その上にアチキも倒れる。

「むぎゃ……あれ、なんか重い……」

 失礼な。アチキは、……そう言えば、アチキは長いこと自分の重さを量っていない。でも重くはないはずだ。軽やかに動けるし、うん、たぶん。

 とりあえず上島の上から体をどける。上島はなんとか椅子に座りなおし、息を吐く。

「だって柚子さんのコミュニケーション能力絶望的じゃないですか」

 ジト目の上島。柚子は前を向いたまま何も答えない。でも返答するように足を奥へと踏み込んだ。突風のように過ぎ去っていた景色が一気に遅くなり、アチキは前の椅子に叩きつけられた。

 痛い、アチキ何もしてないのに……

 上島も同じように、いや、顔から椅子にめり込んでいた、そんで固まってる。少し面白い。少ししてから顔を抑えながら上島は椅子に座りなおる。

 柚子が初めて後ろを向いた。髪は短い黒。目は常に不機嫌そうに細められてる。怖い。いつもの怖いものとは違う、別物の怖さをもってる。アチキは知ってる、人はこれを……ぶっちょーづらって言う。……ぶちょーの顔はとっても怖いという意味らしい。ぶちょーってなんだ。

「到着だ」

 それだけ言うと、扉を開けてとっとと箱から出て行ってしまう。上島も慌てて外に出た。アチキも続いて出てみる。そこは、アチキの知らない土地だった。でも、目の前にある建物はアチキも何度か見たことがある。

 ――学び舎だ。

「柚子さん、やっぱり不味いですよ。令状も何も用意してないんですよね? ウチの管轄外ですし、それに、ほら、異形の事件なんて言っても信じてもらえないし……」

「問題ない。令状ならある」

「……え?」

 慌てていた上島の表情が固まる。柚子は不機嫌そうな顔を崩さないまま、懐から立派な紙切れを取り出した。字は読めない。きっと字がへちゃくそ過ぎるんだ。きっと。けれど上島はそれに目を通して、内容を理解したらしい。……もしかしてアチキに読ませないための暗号?

 上島の表情が驚きに変わってく。

「令状。……といっても、署長のじゃない。どこぞの女狐が用意してくれたヤツだ」

 本当に嫌そうに、柚子は吐き捨てた。嫌ならそんなもの作らなきゃ良いのに。アチキはそう思い、呆れた表情の上島もきっと同じことを考えている。

 柚子もそれを分かってるのか、その様子を無視してれーじょーを懐にしまいこんだ。

「件の事件もあるが、この学校には――」

 そうして柚子は言葉を一回切る。上島が不思議そうに首をかしげた。アチキもマネして隣で首を傾げる。柚子は少し考えている風な様子で、懐に手を突っ込み、白い棒を取り出した。アチキも見たことがある、それは煙を吐き出すのを楽しむタバコというおもちゃだ。

 けれど柚子はそれを吸わない。しばしそれを見つめた後に懐になおす。

「……なんでもない、未確認だしな。まずはここで起きた事件の処理を済ませてしまおう」

 誤魔化すように静かな口調で言って、柚子は踵を返した。灯の消えた学び舎だけど、柚子は構わず中に入っていく。上島もそれに続いた。アチキも追おうとして、躓いた。下駄も脱げた。今日はさっきから痛いことばっかりだ。後ろを見ると、入り口の辺りに黄色いうどん麺みたいな紐が張ってた。読めない文字も書いてある。

 アチキは転がった下駄を拾い上げて、二人の背中を追った。

「事件の概要は叩き込んでるな?」

「ばっちりです……けど。いつもの事ながら気分が悪くなりますね」

 答えずに学び舎の中に入っていく二人。アチキもその後ろから入る。学び舎は夜のせいか、学徒の姿がない。静かだし、皆寝てるのかもしれない。夜は毎日運動会で、試験も宿題もないのが人間の学び舎らしい。ぱねぇ。……ぱねぇってなんだ?

 二人は階段を二つ上り、いくつかの部屋を過ぎて、重そうな鉄の扉の前まで来た。

 上島と柚子は並んで、何か確認するかのように目線を交わすと、柚子の方がゆっくりと扉に手をかけた。開いた扉から細い線が漏れ、それが徐々に量を増していく。目を擦る。つん、と、変な臭いが鼻をつく。なんだ、これ。

 目が慣れてきて、まず目に飛び込んだのは這い蹲る人間と、赤いまだらがいっぱい。

「うっ」

 上島が呻き、柚子が息を吐いた。そして、中にいた人間……二人が振り返る。どっちも年を食ったおっちゃんだ。一人は髭が立派なやつで、もう一人はつるっぱげ。

 ――そっか、血だ。

「……どちらさまで?」

 つるっぱげが怪しむように二人の方を見ている。柚子が一歩踏み出す。

「時枷柚子、一応、天夜市で刑事をしているものです」

 胸のポケットから黒い手帳を取り出して、開いてみせる。それでもつるっぱげは疑わしそうに柚子を見ている。

「令状も取ってあります。こちらで起きた事件と同様の事件が市内で発生したため、双方の関連性を明らかにするために派遣されてきました。……つまり、調査協力です」

 そこで初めてつるっぱげの表情が変わった。とっても嫌そうだ。そんな事を気にしていない様子で、柚子はポケットから手袋を取り出して嵌める。寒いのか?

 髭のおっちゃんはニッと笑うと柚子さんに一つ礼をする。少し前に会った店のジジにちょっと似てるかもしれない。気の良い感じのおっちゃんだ。つるっぱげよりも百倍良い感じだ。

「どーも初めまして。警部の服部といいます」

「ご丁寧にどうも。……階級は警部補で、時枷といいます」

「ほぉ、その歳で、しかも女性で警部補ですか。これはこれは……」

「キャリアから外されたはみ出し物ですよ」

 軽く二人が会話を交わすけど、意味が分からない。上島も青い顔をしてどっかに走っていっていないし。アチキはしゃがみこむと、三人がしゃがみこんで調べてるものを見ることにした。赤いまだら。

 部屋の柄にしては変だ。変すぎる。南蛮の音を鳴らすという黒い箱にも飛び散ってる。桶に入れた色水をぶちまけたような、そんな感じの風景だ。

「この血は、人間のものですか?」

「いいや兎のだよ。最初は人間の血でも紛れてるもんだと思ったが、そんなもんは全く無し。それどころかペンキが混じってて意図が掴めん。変質者の仕業ってことで捜査は進められてるよ。近くで起きたヤツと同一犯と見てる」

「ったく、こんな事件が起きるようじゃこの国も終わりだな」

 柚子の質問に服部のおっちゃんが返し、つるっぱげがぼやく。

「他の……巡査や検察官は?」

「肉片の回収で相当疲れてたからな、とりあえず帰した。この現場も明日の昼には片されるみたいだから今のうちに、な。一応全部調べてもらったが、やはり刑事は足で情報を集めなきゃならん。これが私なりの調査法でな」

 カカッと笑い、服部は立ち上がる。腰に手をあて、あたたたた、と声を漏らす。腰が痛いらしい。

「それに付き合わされる俺の身にもなれってんだ」

「そう言うなよ清水。ああ、紹介が遅れたな、同僚の清水だ。長年の相棒でな」

「相棒、ですか」

 そう言って柚子が視線をアチキに向ける。相棒になった覚えはない。振り返ると、顔を真っ青にした上島が立ってた。げっそりとやつれている。視線を戻すと、服部が苦笑いを浮かべ、柚子は不機嫌そうだった。

「はぁ、すみません。動物だと思ってても血は苦手でして……」

 服部のおっちゃんがかかっと笑い、柚子はため息を吐いた。

 何がそんなにおかしいんだろ。思いながら、アチキは上島の横をすり抜けた。

「血っていやぁ、近くの病院でも冷凍血液が盗まれたって……」

 服部のおっちゃんの言葉が遠くなってく。

 階段を二つ降りて、部屋を幾つか過ぎて学び舎の門まで戻ってきた。さて、暇も潰れたし帰ろうか。と思って、また黄色い紐に足を引っ掛けて転んだ。今度は下駄が上に飛び、アチキの頭に落ちてきた。痛い。……今日は厄日だ。

 頭をさすっていると、ふと、目の前に影がさした。真っ暗な門の前、ジッと、学び舎の一室を睨んでいる。かと思えば、踵を返してどこかへ行ってしまった。

 ――あれは……。

 ふと気付く。

 ……ここ、どこだ。




「――ということは、兎は全部?」

「ああ、足が落とされていた」

 さっきの部屋に戻ると、上島は手持ち無沙汰に立ってた。柚子と服部のおっちゃんは喋ってて、清水のおっちゃんは窓際で煙草を吸っていた。

 よく分からないけど、何か調べてるらしい。アチキは暇だ。

「それで、時枷警部補の意見を伺いたいんだが、どうだ?」

「時枷で結構です。……兎の足は海外では幸運の象徴とされていますから、収集癖のある変質者の犯行であるのではないかと」

 幸運。なんで兎の足が幸せに繋がるんだろう。他人の考えなんて分からない。けど、どうしてそんな事考えるんだろう。幸せなんて、自分が考えるものでしかないのに。アチキはそんなことを考えて、どうでも良いと思った。

「なるほど。だが、それだけだったらこんな風に、あからさまに現場を汚す必要はない気もするな」

「……それも踏まえて変質者なのでは?」

「そうも取れるな。まぁ調査が進まないとなんとも言えないな」

 その言うと、服部のおっちゃんは清水のおっちゃんに声をかけた。清水のおっちゃんはめんどくさそうに煙草を消すと、懐から取り出した袋に突っ込む。

 何かするんだろうか、上島もアチキと同じように辺りを見回してる。

「じゃあ俺達は署で資料纏めないといけないからな、時枷さん達も出て行ってもらえますかね」

「はい、ありがとうございました」

 柚子は服部のおっちゃんに一礼する。上島もそれに倣い、慌てて頭を下げた。アチキもなんとなく頭を下げた。清水のおっちゃんはそれに目もくれずとっとと部屋の外に出て行ってしまった。服部のおっちゃんはその清水のおっちゃんを見て苦笑い。

 そうして三人は部屋から出て階段をくだり、学び舎の中からも出て行ってしまった。

「そいじゃな」

 服部のおっちゃんと清水のおっちゃんは鉄の箱に入るとそのままそれを走らせて行ってしまった。それを見送った柚子と上島。……こいつらも帰るのかな? じゃあアチキも帰れるかも。

「それで、誰のコミュニケーション能力が絶望的だって?」

「あ、ははは……誰のでしょうねぇ~……」

 上島は目線を逸らす。柚子は今にも上島を殺さんばかりの視線を向けていた。怖いものとは違うけど、今の柚子は怖い。けれどそれも一瞬のことで、ため息が一つ。白く濁って溶けて消える。それから少しの間、二人は何も喋らなかった。冷たい風が吹きぬけてく。……狐のお面が少しずれたから、アチキはそれを直した。

 柚子が一度学び舎を振り返る。

「……異形か、退魔士の仕業だろうな」

「ただの悪戯じゃないんですか?」

 柚子の言葉に、上島が返す。柚子は少し目を伏せて間黙っていたが、やがて顔を上げた。

「こんなイカレたこと、その二種類以外に考えられるか」

 吐き捨てるようにそう言った。それは怖くて、でも。


『怖がってる』


「……上島、今なんか言ったか?」

「は? いや、何も言ってませんけど――っと、連絡だ」

 上島は鉄の箱に歩み寄ると、中にある変な黒いヤツを取り出した。それに口を当てて何か言ってる。聞こえないけど。柚子はそれを見ながら、懐から白い箱を取り出した。アチキはそれを知ってる。確か、煙草の入っている箱だ。柚子はそこから一本の煙草を取り出す。だけど、それを口に運んだりしない。無言で、ジッとそれを見つめる。そして吸わないまま箱になおしてしまった。

「柚子さん」

 上島が戻ってくる。柚子は煙草の箱を懐にしまいこみ、そちらを見た。

「連絡です。明日には署の方から人が送られて来るそうです」

「退魔士か?」

「いえ、先日から退魔士の人たちはごたついてますし……尾霧警部を筆頭に数名来るそうです」

 その言葉を聞いた柚子の表情が変わった。驚き。たぶん、アチキはそう思う。柚子はそうか、と短く言ったきり黙りこんでしまった。またしばらくの間沈黙。アチキは暇で仕方がない。上島も暇なのか、視線をあっちこっちに向かわせている。

 それから少し。

「……上島、先に帰れ」

 沈黙を破ったのは柚子のそんな言葉。

「な、嫌ですよ。柚子さんの言う通りのヤツが犯人なら尚のこと……それに、俺らみたいな一般人じゃ何もできないじゃないですか! 退魔士の到着を待ちましょうよ。調査も、昼の間なら大丈夫でしょうし」

「私なら――」

 柚子は言葉を呑み込んだ。でも、アチキには何て言いたかったのか、なんとなく分かった。『私なら勝てる』、きっと、そう言おうとした。何でかその言葉を呑み込んだ柚子は黙り込んだ。

「心配するな、軽く調べるだけだ。尾霧達が到着したとき、引き継がせて戻るよ」

 上島は不服そうだったけど、その言葉に従った。上島があの箱の中に入る。アチキも入ろうと迷ったけど、後ろの扉が開かなかったから、柚子と残る事にした。箱が唸りを上げて、夜の闇へと消えてってしまった。それを見届けると、柚子も闇に向かって歩き出す。偶然か、さっき学び舎の前にいた奴が向かった方角だ。アチキもその後を歩いた。

 柚子は歩きながら、赤い石を取り出した。それはなんだか、変な感じだ。辺りを探るような、気味の悪い気配。アチキはその気配に触れないように柚子の後に続く。……よく分からないけど避けられる。どやってアチキは避けれているのか、アチキにも分からん。

「……尾霧が来る前にできるだけ済ませたいな」

 そう言う柚子は、少しだけ柔らかい表情をしてた。

 柚子が足を止める。

「見つけた」

 呟いて、柚子は眼鏡を掛けた。それから駆け足で曲がり角を曲がる。アチキもそれに続いた。見間違いじゃなかったら、手に持ってた石の色が変わってた。真っ赤だった石の色は少しピンクっぽくなってた。変な石は見たことあるけど、あんなに変な石は今まで見たことがない。ちょっと欲しい。

 曲がり角の先には、少年が一人倒れていた。

 ……そして、“怖いもの”が立っている。真っ白なスゥツを着た、変な男。でも、怖いものだと本能的に分かった。

「お前だな、……今回の犯人は」

 柚子が懐から短筒を取り出して、その口を白服の男に向ける。

「犯人、とは何のことかなルェディ?」

 男から返って来た言葉は、緊張感に抜けるものだった。妙に甲高くて、変な声。国の人間じゃない、たぶん、南蛮の人だ。背も高くて、髪の色は稲穂のような色。目は青く、肌も白く、月に映える。

 怖い。そんな怖いものに対して、柚子は一歩踏み出した。肩の高さまで腕をあげ、短筒の口を男に向けたまま離さない。指は引き金にかけたまま、微動だにしない。

「この先の学校で兎をばらして遊んでたのは、お前だろう? バケモノ」

「ウサギッ!」

 ビクッ!?

 ……お、男が大きな声を上げ、夜空を仰いだ。

「兎、いいね兎。淡白でありながら繊細な旨み、素朴で優しい風味……アーティチョークなど添えてソテーなども悪くない。嗚呼、空腹に火をつけたねぇ……」

 怖い。怖いものだけどめっちゃ怖い。

 よく分からなくて怖い。アチキは後ろに下がって、曲がり角の壁に隠れた。

「言い逃れはしない、って事で良いのか? その少年は……殺したのか?」

 呆れたような感じで柚子が言う。

「全く、酷い味のオードブルだった」

「そうか」

 渇いた音が二回響いた。

「魔性を殺す銀の弾丸だ。これでもかっ食らって死んどけ。犯人で、異形なら悲しむヤツもいないだろ」

 短筒から吐き出されたそれは、アチキの目では追いきれず、男の両足に一つずつ穴を開けた。男の体勢が少し崩れるが、倒れはしない。柚子は驚いた風。男は笑う。

「――HAHAHAッ! 吸血鬼界の優良健康児であるワタクシを舐めてもらっては、困るッ!」

 足から噴出していた血の勢いが一気に遅くなり、止まった。白い服は赤くなっていたけど、その下にあった傷はもうない。でもそんな事より怖い。笑い方とか。声の出し方がアチキ怖い。確か、確か……アチキは知ってる。こーゆー男は、変態というんだ。間違いない。

 柚子は舌打ちを一つして、懐から大きい短筒を取り出す。弾を出す口がさっきよりも大きい。今度は何も言わずに腹に向かって二発撃ち込む。物凄い音がして、男の体が後ろに吹っ飛んだ。

 倒れて動かなくなる男。……死ん――

「HAHAHAHAHAHAッ!」

 でない、怖いっ!

「少し痛かったがドントウォゥリィ! 言っただろう、吸血鬼界の健康優良児だと」

 また二回轟音。男の体がまた後ろに吹っ飛んだ。また立ち上がる。服に穴が開いているけど、やっぱり傷口はすぐに塞がっていた。ちょっぴり痛そうな顔をしていたけど、男はすぐに笑い飛ばす。……男も怖いけど、無言で撃っちゃう柚子も怖い。

「対異形用のマグナム弾だぞ……デタラメな」

 大きい短筒を下ろして、小さい短筒を三連続で撃つ。二発は地面に辺り、一発は男に当たった。けど、それは体に当たってない。どこにもなくなってる。かと思ったら、変な笑い声を上げる男。

「HAHAHAッ! ペッ、銃弾なんて止まって見えるなぁ!」

 男は、噛んで弾を受け止めていた。

 柚子が姿勢を低くして、小さい方の短筒を懐にしまった。男が驚きに目を丸くする。一気に男の懐まで潜り込むと、柚子は顎を蹴り上げた。男は足を躱せず、仰向けに倒れた。柚子は男が立ち上がるよりも早く胸元を踏みつける。空気を吐き出すような唸り声が聞こえる。

 一瞬の間、やけにゆっくりと男に短筒の口を向けるのが見えた。

 引き金を引く。轟音と光。赤いのが噴出して、喉に穴が開く。ヒューッと、空気が抜けるような音が聞こえた。

「……デタラメ、過ぎるだろう」

「HAHAHA、母国の町でもよく言われたよ」

 至近距離で撃たれたのに、男は生きていた。男が柚子の足を掴んで、そのまま引き倒す。体勢を崩した柚子は地面に尻餅をつき、男は飛び上がった。塀の上、そして屋根の上へと飛び移る。

 月を背にして、顔はよく見えない。

「――しかしデタラメは君もそう、大差ないだろう。君は退魔士ではないし、魔力も扱っていない」

 柚子がそれに向けて撃つ。今度は、掠りもしなかった。

「私達の相手しているのに、それでは“退魔士”をまるっきり否定してしまっているではないか」

「何が言いたい」

「退魔士でない人間に異形が見える道具。魔力を用いていないのに異形に対し効果のある銃弾――そんなものを使えば、退魔士でなくとも、異形と戦える。そのような外法品、退魔士組織が即座に回収処分する類のものではなかったかな?」

 男の言葉に、柚子の表情が強張る。

 けどその強張った表情はすぐに鋭く変わる。大きい短筒を男に向かって撃つ。弾は肩口の肉を抉って、けれどその傷もすぐに治る。

 男の言ってることはよくわかんないけど、たぶん、本当のことなんだと思う。

「HAHAッ! 返答が鉛球とはクレイズィとしか言えないな! 自己紹介も無し、碌な会話も無し、全く乱暴な御人だ」

「……良く動く口だな」

 嵐のように短筒から弾が吐き出される。男はその弾を体を上手く曲げたり、叩き落とす。今度は血が飛び散ることなく、全てを捌き切った。男はスゴイ、普通のヤツなら戦ってるうちに立ち向かう心が折れてしまうだろう。でも、柚子もスゴイ、それでも心が折られることなく引き金を引ける。

 アチキは壁に隠れつつ、そんなことを考える。ぱねぇ怖いから帰っても良いのかな。ぱねぇってなんだ。

「くそ、術式も正常に機能してる――クレイジーなのはお前の方だッ」

 柚子が苛立った様子で叫ぶ。

「私は狂っていない。吸血鬼界の優良健康児である私も、叩かれれば痛い。なので、撃たれ続けて足が震えてきたよ」

 男の白い服は赤い斑点まみれで、白い部分が少なくなっている。足もガクガク震えてる。アチキの足もさっきからずっと震えてる。いっそ逃げたくなってきた。

「この国にはこんな格言がありましたね。逃げるが勝ち。サンジゥロッケイ、ニゲルニシカズ! つまり、He who fights and runs away lives to fight another day!!」

 そう言って男は飛び上がった。屋根を飛び越え、向こうの道へ。柚子は追おうとするけど、家を飛び越えることはできない柚子は追うことができない。夜道に苛立たしげな舌打ちが響き渡った。

 柚子は短筒を懐にしまうと、さっきまで放置してた少年のそばにしゃがみこむ。

「……これは兎の……しかも、息がある」

 少年の懐から柚子が取り出したのは、白い棒のようなものだった。柚子は近くに落ちてた鞄もあさくる。その中からは赤茶がこびりついた刃物が一本。赤いのもついてる。柚子は懐から小さな箱を取り出すと、なんか突いた後に耳に当てた。しばらく黙ってそれを当てている。なんだろ。アチキは不思議に思ってそれに近付いた。箱を耳に当てたまま、……頭大丈夫か?

 プッ、と変な音が箱から聞こえた。

「もしもし、ああ、尾霧。私だ――いや、プライベートじゃない。お前が明日担当になることになってた事件、恐らく解決だ。犯人らしき少年を確保した。ナイフと、それから兎の胴部を持ってる」

 柚子は鞄にそれを突っ込むと、少年の手を後ろに回して手錠をかけた。

「任意ではないが証拠は揃ってるから手錠しておいた」

『そ……が犯人じゃなかっ……どうするつもりなんだ』

 !!

 なんと、箱の中から男の声が聞こえる。そう言えば、この小さな箱は町でよく女達が耳に当てたりジッと見てるものだ。

「その時は、銃刀法違反とでもすればいい」

『相変わらずだな……また、危ないことしてるんじゃないだろうな』

「……身柄は地元のヤツに引き渡す。後は任せた」

『待て。あと、なんで令状が出る前にお前が捜査してるんだ?』

「以上。さよなら」

 箱越しで男はまだ何か言ってたけど、柚子は箱を突っついた。男の声は途切れて、もう聞こえてこない。柚子はしばらくジッとその箱を見ていたけど、目を閉じて開くと、それを懐にしまった。それから眼鏡を外す。眼鏡を外したら一度ガクン、と柚子の頭が下に落ちた。目頭を強く抑える。……頭が痛いのか。しばらくして顔を上げる。少し目がうつろだ。

 頭を二、三度振って立ち上がる柚子。今にも倒れそうだ。それでもしっかりと地に足をつけて立つ。

「となると、あっちの件も外れか。くそっ、戻ってもう一回調査のしなおしだ」

 力強い。そう思った。

 だから、アチキも歩き出した。

 ここはどこかよく分からないけど、自分で歩いてみることにした。見知らぬ土地を。






「そこな、ガァールゥ」

 んで、なんかに襟首を掴まれた。

 アチキはあれからふらふらと街を彷徨うことにして、半時歩いたぐらいでさっきの男に捕まった。場所は歩き出した場所から少し離れた路地。さっきのスゥツも着替えたのか、真っ白い。あと、さっき持ってなかった手提げを持ってる。怖いものだけど、少し違う感じがした。……なんでだろ、怖いものなのに怖くない。うぅん、上手く言葉にできない。つまるところ、アチキにとっておそるるに足らないということなのか。

「HAHAHA、一緒に先ほどの少年から頂いた兎でソテーでも食べないかい?」

 手提げから足のなくなった兎を取り出す男。やっぱ怖い。

「……む、兎は好きでなかったか。なら仕方がないな……おっと失礼、自己紹介をするのを忘れていた」

 男はそう言って兎を手提げの中に突っ込んだ。そしてそれを道の脇に置いた。少し開いた口から濁った赤目がこちらを見ているのが見えた。

 一つ咳払い。それに気付いてそっちを見ると、男が胸を張っていた。両手も広げてる。白く輝く八重歯を覗かせ、ニィッと笑ってる。それから大きく息を吸うと、歌うかのように言った。

「私の名は、イーヴァン! 吸血鬼の中の吸血鬼、つまり、Lord of vampire 、Evan. 頭文字をとると、そう、エル・オー・ヴィー・イー……ラブ! 愛という名の体言なのだよ。分かるかね?」

 分からない、けど怖い。怖いものとは違う。なんか単純に怖い。

「少し前に乱暴な女に襲われてね。自己紹介もできなかったからウズウズしていた。反省はしていない」

 イーヴァンが歌うように言って、少しの間静かになる。

「こうして会ったのもなにかのYEN……ん、縁、だったか。話をしようか」

 一歩こちらに踏み込んできた。だからアチキは後ろに下がった。イーヴァンは少し残念そうな表情をしてから、ふむ、と唸った。

「つい先ほど、一人の少年の血を吸った」

 しかし、とイーヴァンは前置きをする。

「その少年は小動物を嬲るのが趣味で、その帰りだったらしい。しかしそれを追っていたらしき女からは私が異形であるからと犯人扱いされた。異形と言うのは実に不平等とは思わないかね」

 不平等とか難しいことはよく分からない。そう言うと、またイーヴァンは難しそうに唸った。難しいことを考えるぐらいなら、アチキはアチキでいるために頑張る。それだけだ。そう言ったら、イーヴァンは感心したように息を吐いた。えっへん。

「私はルーマニアという国で名が知れた吸血鬼でね。とある鼻持ちならない吸血鬼のエルマというのがハンターに追われてこの島国に来たと聞いて――笑いに来たのだよ」

 なんだか嬉しそうにイーヴァンは言う。けど、その表情はすぐに曇った。

「結局見つけきれずじまいだった。が、探している間に人の生活というものに興味を持った」

 そこで何か考えるかのような表情。

「よく分からない話になってしまったな」

 イーヴァンはそう言って、また黙り込んだ。

 アチキも特に話すことはない。踵を返してどこかへ行くことにした。一度だけ振り返る。イーヴァンはこっちをまだ見ていた。手を振り、にこやかに見送ろうとしている。

「ではまたYENがあれば会おう。君の名前はなんと言うのかな?」

 アチキは、アチキだ。

「そうか、ではまたいつか会おう、ミス・アチキ」

 アチキは、そいつに手を振った。



 今日はどこへ行こうかな。




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