天夜奇想譚

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gurim

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だれでも歓迎! 編集

作者:グリム

タイトル:狩猟者―蛭の実験場/sister― 1/2





 祭囃子が聞こえる。

 男の子だから、女の子を守らなきゃ。

 お姉ちゃんともはぐれて、イトコと二人。

 小さな手のひらを引っ張って、他人の林を抜けていく。

 大丈夫。

 言葉に根拠なんてない。

 女の子は泣いてしまった。

 大丈夫。

 そう言って、泣きたくても僕はその手を引く。

 守ってあげる――幼い、二人きりの約束。

 女の子は、泣き止んだ。

 僕は、笑うことができた。




「ぁ……」

 自分の呻き声で目を覚ました。部屋の空気は冷え切っている。時間はまだ早い。いや、冬休みに入った身としては早すぎる。学校に行くでもないのに、弁当作るでもないのにこんな時間に起きてもな……それに、姉貴も今日は帰ってこないし、そんなに一杯料理を作る必要もない。

 けど二度寝するほど器用でもなく、諦めてベッドから降りた。

 足元で寝ている茶色の子犬――チャアは起きる気配もなく、愛らしいしぐさで足を組み替えて小さく呻いた。一週間近くすごせば、案外慣れるものだ。一旦リビングへ行き、携帯を持って寝室に戻ってくる。そこで寝ているチャアを一枚。

「アヤメに送っとこ」

 髪を掻きながら、送信。リビングへ戻る。

 リビングは仄かに青く、暗い。そしてかなり寒い。電気をつけるまでもないけど……少し悩んだ末、暖房を付け、キッチンの電気を点ける。光に目を慣らし、ヤカンを取り出す。

 まずはお湯、沸かさなきゃ。

 ヤカンを火にかけ、今度はテレビの電源を入れる。けど、やっぱり時間が早いのか、ニュースも始まってない。電源を切る。

「……はぁ」

 すること、ないや。

 ふと、目線がパソコンで止まる。どうしたものか一思案、それから電源を入れる。オンラインゲームで時間を潰そう。思いながら、天夜オンラインを起動した。タイトル画面に映ったところで、ヤカンが鳴る。

 一度席を立ってお湯を止め、それをポットに移す。それから茶葉を入れた急須へお湯を注ぐ。……二杯分ぐらいで良いや。急須と湯飲みを持ってパソコンの前に座り込む。

 小さく呟いて、マウスを操作。

 ふと、その手が止まる。

 ――夢。

 また眠気が抜けてなかったのだろうか、一瞬動きが止まっていたらしい。キャラクターを選択して、画面はロード画面に移った。

 ――祭囃子。

「小学校の頃、だっけ……」

 今日は、懐かしい夢を見た。

 奇妙な確信だけが胸の内に残る。

 けど、次の瞬間には思考がゲームに集中する。

 なんでもない、朝のひと時。




 目を覚ました。

 長い髪は寝起きは鬱陶しくなる。髪を手で払いながら、目を覚ます原因になった携帯電話を手に取る。着信が二件。メール着信が一つと電話着信が一つ。まずはメールを確認する。海晴からみたいだ、画像が添付されてる。

 開いてみると、そこにはくれてやった子犬の写真。寝ているのか、前脚は額を押さえるかのような形。

 ……、……

 ……

 保存。

「朝っぱらから、何してんだ海晴」

 携帯を布団に放り投げる。もう一個の着信の内容は大体予想できている。まだいつもは寝てる時間なので、今すぐ掛けなおす必要もないだろう。そんな事を考えながら、浴室に向かう。

 仕事の前にシャワーでも浴びてすっきりしてしまおう。

 扉に手をかけてから、ふと、先ほどまで見ていた夢を思い出す。

 ――繋いだ手。

「ん……」

 今は血まみれになってしまった俺の両手。

 入ろうと思ったが、踵を返す。水を浴びる程度じゃ、落ちやしない。放り投げた携帯電話を拾い上げ、リダイヤル。コール音はきっちり三回で遮られ、いつもと同じ女が機械的に対応する。

「アヤメ様ですね、しばらくお待ちください」

 これもいつもの台詞だ。たまに録音した音声でも流してるんじゃないかと思う。

 ……血塗れだけど。

 私はまだ、あの手を離せないでいる。

『今晩は――あら、お早うかしら?』

「挨拶は良い」

 だからなのか。

 まだまだ、私は“俺”のまま。菖蒲は、アヤメ。

「内容を教えろ」

『じゃあ教えるわ。と言っても、資料は既に投函してあると思うからそれを見てね』

 電話口の女は、どこか楽しそうに言った。

『良い報告を期待してるわ』

 その言葉を最後に、電話は切れた。玄関備え付けの郵便受けには薄っぺらい茶封筒。その中身を取り出す。中に入っていたのは資料と思われる紙が二枚。それと、クリップで留められた写真が一枚。

 写真の解像度は悪いが、どうやらスーツを着た男らしい。手に持っているのは一振りの刀。刀身は鋸のような形。日本刀としては異質なものだ。資料の方に目を通していく。内容の半分は契約のようなものなので放り捨てる。もう一枚の紙には今回の被害と、被害者の状況。そして現場が集中しているという事実。どれもこれも一刀両断、死後に特徴的な刺し傷があり、通常よりも出血量が少ない。つまり血が抜き取られていると言うこと――吸血鬼か?

 まぁ誰であろうと、することはいつも通り。

 異形を、狩る。




 はらりと振り抜く。

 紅色を払い、妖しく輝く歪な刃の煌きを眺める。未だ死なずに這いずるそれの命の灯火は少しも持たぬ。ならばせめて、と刃を突き立てた。いとも簡単に死に絶えるそれを、哀れに思う。

 息を吐き、一閃、そして鞘へと収める。

「もう少し改善する点はありそうだね」

「……そうですか」

 振り向かず、少年の声に答えた。気配まで三間ほど。

「研究成果は上々ってことかな。一太刀で致命だ」

「切れ味にゃ文句はありゃぁしませんが、少しばかり気に食わないことがあるんですよ」

 振り向き、そのまま一歩踏み出す。柄に手をかけ、細心の注意を払い、最も殺したい対象を心に思い描く。

 線を引くように滑らかに。

「――獲物が脆弱すぎるんです」

 しかしそこには気配は影も形もなく。切っ先は虚空を彷徨い、その一閃が外れたことを明白に示している。当たるなんて最初から思っていなかった。私は、気配の持ち主には遠く及ばぬ存在だ。だからこそ、私はその気配を殺したく思う。いや、私がそう思っているのか、それとも――歪な刃を眺めながら夢想する。

 刃を振りぬいたままの姿勢で固まっていると、声は横から聞こえてきた。距離は一間。踏み込めば刃の届く範疇、が、今の一撃があの程度ならば、当たるはずもない。

「それは残念だったね。だけど、まぁ……我慢してよ。統括の退魔士もそろそろ動くと思うからさ」

 このような殺気とは不釣合いに若い声。

 刃はまだ収めない。

「その時は遠慮なく殺しあってよ」

「……分かりました。全ては、」

 気配が失せる。

 刃を鞘に収めながら、白んできた空を見上げる。

「――天夜の為に」

 心にも無い事を呟いて踵を返した。




 被害者が出ている通りの付近、人気のない道を選んで歩く。刀は竹刀袋に入れ、手甲は手提げの中。学校の制服はさすがに怪しいので、今回は私服。丈の長いコートを羽織ってるが、やはり少し寒い。

「さて」

 小さく呟いて辺りを見回す。

 山に近く、工場か廃墟か、それくらいしか建物はない。たまに見かける通行人は、犬の散歩をする人か、ランニングをしている人ぐらいだ。あとは会社名の書かれた車が数台。

 元々人が少ないであろうこの付近で被害者は出ている。少しばかり妙だ。異形は人を殺したいのならば里に下りるし、殺されたくないならばもう少し地味に動く。しかし、今回の異形は里から遠いくせに派手に動いている。どうにも、異形としての行動と噛み合っていないのだ。まるで何か目的を持っているかのように。

 確かに不自然、だけど考えるのは面倒くさい。見つければ、斬る。

 坂道を下り、ふと、足を止める。

「――アヤメ」

 声は後ろから。

「柚子姉。何してんだ?」

 暮れかけの茜色に目を細め、振り返る。よく知る顔は逆光のせいで黒々と見通せない。

「それはこっちの台詞だ。この近辺で辻斬りが出ているのを知らんのか」

「知ってるよ――今日はそいつを殺しにきたんだ」

 逆光で顔はよく見えなかったが、柚子姉はイラついているように感じた。溜息を一つ吐き、柚子姉が踵を返す。

「いつまで続けるつもりだ」

 その言葉の意味が、一瞬どういう意味なのかわからなかった。

「色んなものを巻き込んで、滅茶苦茶にして。――いつまで続けるつもりなんだ」

 そしてしばらくの沈黙。

「……もういい。勝手に野垂れ死ぬなりなんなりしちまえ」

 いつもの侮蔑なのか、真意を量りかねる。逆光で黒々とした背中から表情を窺うこともできないし、もう話を聞く気もない背中に声をかけるのも無駄な気がした。なので、掛けられた言葉は忘れることにした。

 坂を下り、日は暮れる。

「――」

 体中がざわめいた。

 ――来た。

 角を曲がり、大通りから外れた細い路地に入る。走り抜けて、人気のない十字路。竹刀袋から刀を抜き取り、鞘から振り抜き、構えた。十字路には両断されたライフルらしきもの、恐らく統括で下っ端が使うチャンバーライフルが打ち捨てられている。ぶちまけられた内臓や血、チャンバーライフルの欠片やカートリッジ。パッと見て浅い傷はなく、胴を正面から真一文字に一太刀。遠目から見ても、そいつは死んでることが分かる。

 その死体を見下ろすように立っている男が一人。返り血の所為か、薄汚れたスーツを着ている。手に持っているのは、刀。いや、刀と言うべきか……刃は鋸状、間違いなく写真の男……異形だ。

「おや、もう一人」

 狐のように細い目がこちらを向く。戦いに備えて手甲を右腕に嵌めた。十分な隙はあったはずだが、相手は動かない。男は手甲を嵌めるところを見届けると、視線を死体に向ける。そして、躊躇いもなくその死体に鋸刃の刀を突き刺した。

「すみませんね、一晩に一人と決めているので」

 日が落ちて暗くなる。ボロッちい街灯に光が燈り、青白くその光景が照らされる。目の細い、狐っツラの男。見た感じ、四十代前半かそれくらい。スーツは血で汚れているだけではなく、袖辺りもずたぼろ。膝や肘部分は擦り切れちまってる。ただ一箇所、左腕だけが裂けて血が出ている。スーツを着てるくせに、スーツとして着ていない。どんだけ派手に動き回ればあんなにボロボロになるんだか。

 しかし、まぁ。

「つれないこと言ってくれるなよ、なぁッ!」

 駆け出し、術の有効範囲まで距離を縮める。どんな異形でも、至近で強いの叩き込めば倒せる。先手必勝だ。

「式名、五行――火遁、炎撫」

 放つ火炎は十分に必殺に足るもの。

「――今宵は自分を曲げてみようと思います」



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